2006年2月アーカイブ

まずはこれを見て欲しい。インクは赤のみで、回りは薄くなっていてよく見えない(版画かよ?)。さら、この絵の意味が良くわからず、非常に不気味な雰囲気を漂わせている。
これは私の最寄駅の蓮田駅にある有料掲示板に張られている。経済産業省が作ったものらしいのだが、尋常なセンスではない。「注意しろ」と呼びかけているのに、その対象が何なのか良くわからんのである。ヨダレたらして目がラリっちゃってる絵もあるし。
わけのわからんもんで人を怯えさせるのはやめてください。ほんと。

おいしい和菓子が食べたい。家には水戸の梅饅頭だったかなんだったか(しろあんがシソにくるまれている)製品名を思い出せない和菓子があるが、甘すぎる。甘さが程よい和菓子が食べたい。おいしい緑茶と一緒に。妻と二人でそんな話をしていた。
妻はお茶を買って来ることになり、私は和菓子。季節的には桜餅がどうだろうと思い、池袋西武の和菓子ゾーンをふらふらと歩いてみた。東北生まれの私にとって、桜餅とは小麦粉で作ったピンクの皮の中にあんを入れたもののみが桜餅と言う認識であったが、関東に来てから不思議な桜餅に出会うようになった。細かく砕いたもち米を蒸してあんを包み、俵型になっているものである。はじめて見た時は「何でこれが桜餅なんだ?」と正直不思議に思っていた。これは「道明寺」という関西風の桜餅らしい。個人的には道明寺はあまり好きではない。なのでそれを避け、森八で関東風?の桜餅を購入した。
子供の頃、私はあんこが苦手だった。そして、桜の葉も嫌いだった。なので、桜の葉・皮・あんこと分離して、皮だけを食べていた。その当時食べたものはあまり高級なものではなく、桜の葉の葉脈が残ったり、食感がよくなかった。あんこもかなり甘かったように記憶している。最近購入するものはやわらかい葉、上品なあんのおかげで、普通に食べられるようになった。同じように見えても、これほど味(と値段)が変わるものなのかと、数年前に久しぶりに食べたとき思った。塩漬けされた桜の葉があることで、あんこの甘みと見事にマッチする。それ以来、私の好物である。デパート地下では3/3に向けてか、桜餅がいっぱい売られている。皆様もぜひ。

鉄砲が無く、剣と剣の戦いがある映画ばかり見ている私。そんな私の目に止まったのがこの作品。
舞台は12世紀。エルサレムにおける十字軍とイスラム教徒戦士との戦いが行われていた時代。鍛冶屋のバリアンの元に突然現れた父の誘いで十字軍遠征に参加することとなる。エルサレムでバリアンはさまざまな功績をたて、騎士として成長していく。
あらすじはこんなところ。
映像とかそういったものはそれなりに出来ており、野戦、攻城戦は中々の迫力。だが、この映画は表面的な映像処理よりも内容に深みがあるように感じる。大事と小事。これらにどう向き合うかということがこの作品からは強く感じられた。「大事のための小事にこだわるな」とよく言われるのだが、小事を無視した大事というものはあまり長続きしない。しかし、小事を意識しすぎると大事がなせない。実にバランスが難しいことだ。
例えが三国志演義ばかりで申し訳ないのだが、大事のための小事にこだわった人が劉備玄徳。とにかく人民のことを考え、小さなことでも大事にした。結果として蜀の皇帝となったが、この地は三国時代においては最も領土が小さかった。民衆は君主を愛した。反対なのが曹操孟徳。とにかく自らの領土を増やす大事のために、多くの小事は無視してきた。そういった性格のせいもあるだろうが、三国時代には最も大きい魏の皇帝となった。彼は民衆より恐れられた。
この作品の中のバリアンはまさにそうした行動が幾つか見られた。例えば、バリアンは国王の妹と結婚することで国王になりうるチャンスを得たのだが、それをしなかった。国王の妹は他の貴族の下に嫁いでいた。その貴族は暴虐な人物で、とても国王のような重責を担うにはとても考えられないような人物であった。この貴族が王にならないよう、他の貴族がバリアンを推すのだが、背徳的行為であると言うことで、王になることを拒む。結果的に新しい王は国王の妹を妻にする貴族がなった。その貴族は早速イスラム勢力との戦争を始める。水源の問題で、エルサレム篭城戦が有利だと説くバリアン。新しい王はその意見を聞かず、大敗を喫する。
イスラム軍はついにエルサレムを包囲し、攻撃を開始。エルサレム内にはバリアンとその部下、王女、その他一般市民のみ。城壁があるおかげで防戦有利だが、兵の数は敵の方が圧倒的に多い。幾度か戦っているうちに城壁のもろい部分が崩壊し、バリアンはイスラムの王と和平条約を結ぶ。
バリアンは王女と結婚することが出来なかった。自身が王になれるという大事があっても、結婚するという小事に抵抗を覚えて、そうすることが出来ない。もし、バリアンが王になれば戦争は避けられ、これほどの死者を出さずにすんだ。そうすればエルサレムの陥落も無かっただろうし。でも、それが出来なかった。
大事のための小事とはいえ、いつか小事が積み重なることで、大事をなすことが出来なくなることもある。難しいことだ。

昨日借りてきたDVD。笑いの大学と役所広司続き。本当にいい俳優だと思う。
この作品、好きな人は好きなのだろう。だが私的には萎え萎え。シベリア超特急をも超える駄作。久しぶりに気絶しそうになった。
まぁ、主観の違いですから許してください。とりあえずこういう心境になった要点だけ列挙。

<変人ばっかり>
 沢山変人がいるのだが、朝倉大佐が極めておかしい。アニメではこうしたわけのわからないナルシストさんや天才が出てくるわけだが、実写映画でアニメ的な設定が来るとかなり萎える。軍部が管理し切れていない高級将校なんてありえるわけ?高須成美も怪しすぎ。それは石黒賢のせいだろうか?

<テンポ速すぎ、理解不能>
 感動して泣いたり、怒ったり、勝手に奮い立ったりするイベントが多々あるものの、無理やりその設定を映画の時間内に盛り込むため何がどうなってこうなったのかがわからない。わかったとしても時間が足りないので「さっきまで奮い立ってたのに、こんなに萎えてんの?」と。原作にあることを忠実に含めるのであれば、この時間では収まるはずも無い。いっそのこと、もっと一つ一つのイベントを大事にしたほうが良かったのでは?

<あの女は何だ?>
 本作中の一番の萎えポイント。N式の中にいるパウラという女。いや、女がいると言うことではなく、あの顔と衣装が問題。戦争映画を見るつもりでこの作品を見たので、卒倒しそうになった。挙句の果てに、その女が新兵器センサーの中枢だと言う。これほど不安定なシステムを予備人員もなしで使わせるという。異常だ。外で歌うシーンも音量と合わない口ぱくも参る。そして、たいしたイベントも無いにもかかわらず、あっという間に折笠に惚れる女。戦争、潜水艦映画と言えば男の友情の世界を期待していたのだが、もうありえない。

<ゲーム以下のCGとBGM>
 CGひどすぎ。ゲーム機のCG以下。グランツーリスモのオープニングの方が十分にいけていますよ。BGMも戦争ゲームみたいな感じ。映画らしさが無い。その割にはそんなBGMが延々と流れる。無音の状況が少ない。
 日本映画でハリウッド映画のような作品を作ろうとすること自体に、相当に無理があるなぁと実感した。日本映画は台本勝負でしょうね。

<設定に無茶ありすぎ>
 潜水艦に女って言う瞬間におかしいのだが、他にも艦隊の配置。艦隊の水面下を進むシーンで、駆逐艦同士が隣接しすぎていて、魚雷の直撃で船同士がぶつかりあって自滅していく。国志の赤壁の戦いにおける連環の計状態である。あんなバカな艦隊の配置の仕方はあるのか?そして、B29を潜水艦の砲塔で撃墜すること自体が無理。

こんな映画に出演した役所さんや柳場さんも大変だな。イメージダウンだよ。
これはどう考えてもアニメ映画として公開すべきだったのでは。というか、ほとんどガンダム。パウラ(強化人間)、朝倉(シロッコやトレーズ)、浅見少佐(ブライト)…いくらでも浮かぶわ。
実写ですべき内容ではなかったということ。それと、もう少し時間がほしい。
しかし、何であんな映画でウケタのだろうか?興行成績は良かったと聞くが。踊る大捜査線効果でフジテレビが絡めば何でもいいのか?

普段の仕事をオフィス内で行っていることが多い私。ずっと室内で机の前にいるのもいい加減に飽きてきた。外出したい。私はお昼は妻の弁当を食べる人なので、そこで外出することすらない。食後に出かければよいのだが、最近は寝不足のせいか昼に寝ないとちょっとつらい。通勤時間が睡眠時間を奪っているkからね。
そんな私が珍しく外出である。雨なのが悲しい。今回のミッションは得意先に行って、技術的な話をしてくればいいだけなので、たいしたことではない。外出できると言うことだけでもうれしい。同行する営業は「たまには一日しっかりと机の上で仕事がしたい」と言っている。隣の芝生はなんとやらというものなのだろう。しかし、私に自由に営業を任せたら、めちゃくちゃサボりまくるんだろうな。漫画喫茶やインターネットカフェで遊んだり、爆睡したり。そういう私には向かないのだろうな。
外出していれば、していただけ仕事がたまってしまう。訪問先企業から質問された件について、調査をせかされる。結構本気で調べていたら、もう時間は9時。池袋のビックカメラに予約していた「劇場版Zガンダム 恋人たち」を買い損ねた…休みに見ようと思っていたのに。

Webの業界でこれを知らなかったらモグリと言ってもいいほどメジャーになったSEO。私も多少仕事でかかわりがあるが、検索エンジン側でも色々な工夫がされ続けているし、検索サイト独特の癖があったりする。まさにいたちごっこって感じ。最近ではSEOはイニシャルコストとしてではなく、ランニングコストとして見積もることが多い。つまり、リサーチした検索エンジンの特性を解析し、引っかかりやすくする仕組みを継続して適用していかなくてはならないということだ。
SEOの仕事ももちろんお金を頂くわけだが、頂く以上はしっかりとその成果をレポートしなくてはならない。「どんなキーワードでこのサイトに来たか?」、「関連するキーワードで検索した時の表示順位は何位か?」など、評価基準は多岐にわたる。中々、面倒な作業である。効果が出ているときのレポートは書きやすいが、逆に順位が下がった時のレポートは書きにくい。結果に対して理由をつける必要があるのだが、正直良くわからないのである。
最近、とある初心者ユーザー層の利用サイトをリサーチする仕事があった。その結果から知った驚いたのだが、ブラウザの「お気に入り」と言うものを利用しないというのである。どうやって利用しているサイトを決めているかというと、ホームページ(ブラウザを起動して最初に表示されるページ)を検索サイトにしており(この層のユーザーはまだ圧倒的にYahoo!にしている方が多い)、気になる情報のキーワードをとにかく入れる。入れて出てきた結果の最初の方をクリックするというのである。当然、SEOに本気で取り組んだサイトが最初に出てくる。書籍などであれば、かなりの比率でAmazonが上位に来る。あそこも何らかのSEO対策をしているのではないかと創造するが、それ以上に書籍の説明や感想など、とにかく情報量が多いことがその原因ではないかと私は思う。まさにSEOがお金をかけてやるだけの価値があるというリサーチ結果だった。
SEOで困るのが同一業界の複数会社サイトに対してSEOを施してくれという場合。引っ掛けたいキーワードは非常に似通ってくるし、その中でどう順番をつけるべきか悩む。気持ち的には、上客を優先したいのだが、そのためにもう一つのサイトのSEOの手をちょっと抜くと、あっという間に他社に差をつけられる。手は抜けないけど、サービスレベルの差異は出したい!結局、双方とも全力でSEO対策するしかないようである。

会社から自宅のサーバにログオンしようとしたが、出来なくなっている。「またサーバのトラブルか?」と思い気が沈んでいたが、そうではなくFTTHモデムの電源が切れていた。というか、コンセントから抜けている。いったいどういうことでこうなったのか。我が家にはバカ猫(かわいいんですけど)が二匹もいるため、何が起こってもおかしくは無い。先日は携帯の充電器のケーブルを食いちぎるし、その前にはイヤホンの線を食いちぎられた。悪いことばかりする。でもまぁ、今回のはサーバやルータの問題ではなくて良かった。前にサーバが壊れたときはHDDがおかしくなり(すごい音を出す。どう考えても故障)またそんなだったら金はかかるし…ぞっとする。
帰り道、お湯割りにして飲むウイスキーを購入するために、近所の酒屋へ。ウィスキーが異様に安いこの店、ネットオークションで酒を買う前はよく利用していたが、最近はかなりご無沙汰。久しぶりに店内を見回すと、相変わらず安い。スーパーニッカか竹鶴12年かで悩むが、竹鶴に決定。\1,850-のお支払い。ロックで、水割りで、お湯割と汎用性が非常に高いこのお酒(ソーダ割りはちょっと違う感じがするなぁ?)。非常にコストパフォーマンスが高い。

今日は「リスク化」について。
この本の大命題は「二極化」と「リスク化」のふたつにある。何が二極化とリスク化って?例えば仕事。いつ、首を切られるかわからない。仕事の不安があるとすると所得が不安定になる。所得の変動が大きくなれば生活にも影響するし、教育に対する投資額も、飲食物による健康被害も。「二極化」と「リスク化」が進んだ原因は非常にさまざまなな要素(社会環境、会社、学校、家庭生活…)にあり、まぁ詳細は勘弁して。
例えば、戦前のこと(江戸時代が最適かな?)。自分がどんな親から生まれてきたかということで、自分の一生がほぼ決まる。武士の長男ならば家を継ぎ、農家であれば土地を受け継いで農業に従事する。商人であれば店を継ぐ。つまり、自分がどうなるのか決まっており、ほぼそのとおりになった。他の仕事に就くなど考えられなかった。そもそもそういう発送が無かったのであろう。女性であればどこかに嫁ぎ、夫の生活を助ける。家を飛び出して異なる仕事をした人もいただろうが、そういうものは異端者として扱われ、それなりの苦労が待っていた。身分が違うということは、絶対的な差で、羨ましがったところで、士農工商の垣根を越えるということはできない。
反対に、戦後は実力があれば自分の好きな仕事に従事できるし、基本的に超えられない垣根は(理論上は)ない。従業員の教育から始まり次第にスキルが身についてくる。そうすると会社にとって大事な従業員ということで終身雇用は約束され、年功序列的に賃金が上がった。「私の人生はおそらくこうなるであろう」という予測ができた。これが高度成長化社会の雇用。万一、失業したとしても比較的受け入れる窓口も多かった。しかし、現在はリストラや会社の倒産をはじめとした要因で終身雇用は保証されない。実力を持つものが採用される。そうでないものは淘汰(表現が悪いけど)されていく。つまり、自身の生活における常にリスクを考えなければならない。そして、そのリスクヘッジが出来ないと救いようが無いところまで落ちる可能性も含んでいる。一度ホームレスに身を落とすことは簡単だろうが、ホームレスが社会復帰することはとても難しい。極端な例だが、納得いただけると思う。
リスクというものをずっと意識して仕事を続けるというのは、精神的に大きな負担である。家族がいる。子供がいる。それはリスクに対する重みとなってくる。失業したらどうしよう?家族を養えない…だから結婚しない。子供は作らない。独身者の増加と少子化問題は、全く持って理解できる話である。
昔の話は昔のこと。元に戻ることは無い。誰にでもチャンスがあるすばらしい世界だと感じる方もいるかと思うが、そういう考えを持てる強い人や有能な人はうらやましいなぁ。私のように平凡もしくはそれ以下の人はとても大変な世の中である。しかも、一度リスクとして想定される事を被ってしまうと、再起できるチャンスが非常に少なくなる。再起できない事実がわかった人が自暴自棄になったり、死にたいと思う気持ちは良くわかる。無差別殺人が起こることも私には理解可能だ。
誰が悪いと言えば、社会が悪い。しかし、社会を構成するのは我々だ。といって、個人が努力したところでどうにもなら無い社会問題。現実を知って慎重に行動するしかないのかしら?

一昨年に出た本で、いまさらという感じがしないでも無いが読んでみた。著者は山田昌弘氏。あの「パラサイトシングル」という言葉を作った社会学者である。読んだ感想があまりに大量なので、何回かに分けてレビュー。
変な本のタイトルだが、これは「人が生きていく上で持つ(持てる)希望の大きさに、これからはかなり格差ができますよ」というように解釈していただきたい。ざっくり読んだ上での印象は「最近のニュースを見ていて、なにかおかしい?何でこんなことがおきるの?と漠然と不安に感じているものを一気に活字にしてまとめてみました。」といったところ。なにかとりとめが無い…というかつかみようが無い感情があるとき、その感情に至った様々な要因を書いて関係するものの集合を作り、整理する。これをすると何が問題なのかということがだんだんとわかってくる。そこまでくれば、自分でどうするべきかということが次第にわかってくるし、第三者にも伝えやすくなるから相談もしやすい。だが、問題に対してあまりに自身が無力であったりすると、がっくりと来る。そういう意味でこの本、かなりがっくりとさせられる。読む前からうっすら感じてはいたのだけどね。
マイナスイメージを持つものに対して中々目を瞑れない損な性格(良く言えば好奇心旺盛)なもので、こういうものを読んでしまうのである。知らないほうが幸せなことってあるじゃないですか。何か根が暗いせいかなぁ?わかっていても突っ込んでしまう。全く困った性格である。

今の家を借りたときから不満に思っていた和式トイレ。妻の出産を機に洋式に変えることにした。金がかかるからと見送ってきたわけだが、結局やる羽目になるならさっさと洋式化すればよかった。くそっ!損した気分。
今日はその工事の日である。洋式化するにあたって、現状の和式であるためにできてしまっている段を取り除き、平坦にしなくてはならない。便器代なんてものはたいした額ではないのだが、この平坦化作業があるために相当の出費を強いられた。
「ガガッガガッガッガ!」と(ぬるぽを連発したわけではない)、道路工事の際にアスファルトを砕くのに使うあのマシン。それでタイルを砕いている。うるさい。工事期間は今日一日ですむはずであったが、色々とやっていくうちに今日だけでは終わらないことに。トイレを使用できるようにはするが、使用に直接関係無い壁紙は明日にまわされた。工事は9時に開始し、終了見込みが18時。その間、ずっとトイレはつかえない。我慢するにはちょっと厳しい時間。私は昼過ぎまで寝ていたが、ある程度身なりを整えて、うちから徒歩5分以内にある図書館に行く。
幼稚園、小学校、図書館が全て徒歩5分以内にある私の家。遠くから図書館まで車で来ている人にとっては大変うらやましいと思うかもしれないが、一年半以上ここに住んでいて一度も図書館に行ったことはなかった。別に図書館が嫌いとかそういうことではなく、単純に出不精なのである。「外出する」と決めれば、だいたいくるまで遠くまで行く。この5分以内の距離というのが実に微妙である。
外観が非常に美しい図書館で、中に入ってみるとやはりきれい。図書館としての規模は大きいとはとてもいえないが、よくまとまっている。「最低の地方行政」と言い放ってきたこの蓮田市にしては、かなり良いできである。初めてなので色々なところを回りながらどんな本があるのか一通り見てみる。私が図書館にくるは福島県立図書館以来で、最後に行ったのがかれこれ9年近く前。県立で威厳が高い図書館だったせいか、難しく分厚い本はたくさんあったことを覚えている。しかし、ここの図書館はそうした本よりももっと軽い感じの本が多い。また、漫画、雑誌まで用意されている。雑誌の中には車の情報誌NAVIも…今後はNAVIは買わずにここで読むことに決定。
私の場合、家に帰ってしまうとパソコンやらテレビやら音楽やらと誘惑に負けてしまい、本は中々読めない。よほど興味があれば集中するが、中々難しい。「借りる」ではなく、ふらっとやってきて、図書館内で本を読んだほうが私には良いようだ。そういえば学生のときも、誘惑を絶つために図書館を利用していたな。この図書館にも勉強に来ている学生さんがたくさんいる。だが、ここで仕事は無理だな。私の仕事でパソコンを使用しないものはほとんどないし。
17:00の閉館時間を知らせる「蛍の光」が聞こえてきたので、家へ戻る。家では便器の最終調整段階まで作業が進んでいた。あっという間に取り付けられて、本日の作業は完了。トイレに入ると今までの雰囲気とずいぶん変わったことに驚く。しかし床の柄が派手だ。妻が選択したもので、彼女いわく「こんなに大きい四角だとは思わなかった」とのこと。まぁ、別にいいか。

私が住む蓮田はとても田舎である。私の家は駅から十数分のところにあるのだが、この辺までは住宅地(すごい密集度。道路狭すぎ)。そこから車で5分も走れば、見渡す限り果てしない田園が見られる。このあたりは私の実家を越えた田舎である。東京に近いというアドバンテージがある分、こちらの方が土地が高かったりするのだが。
田んぼ、畑と来れば農協である(ホントカヨ)。菖蒲町(蓮田市の隣)の農協はそんな田んぼの中にある。そびえたつサイロが目印だ。ここでは産直の野菜(生産者の名前が書いてある。多くが地元産)を購入できたりするのだが、他の農協とちょっと違うのが併設されている食堂。うどん、蕎麦を中心としたメニューを持つ食堂なのだが、うどんがうまい。入荷したうどん粉で打ったもので弾力があって非常にコシがある。太さが不揃いなのはご愛嬌だが、実にうまい。さらに、値段も安い(立ち食いのには負けるがな)。埼玉のグルメマップにも多く掲載されており、土日となると多くの客が押し寄せてくる(私も押し寄せてくる人の一人)。非常に大きな食堂なのだが、お昼時は座る場所も無く並ぶこともしばしば。本日は店に付いたのが午後二時。さすがに客がある程度引けており、あっさり座ることができた。例によってうどんを食べたのだが、それだけではなく「ミニカレー丼」まで食した。くいすぎだ。
帰りに伊那に新しくできたケーキ屋へ寄る。妻が友人から聞いた店で、場所は明らかにわかっているのに見つけられない。何度か往復してようやく見つけた。おしゃれすぎてケーキ屋には見えなかったのでな。ケーキを二つ買ったが、妻に一個半食われた。くそっ。

寿司が食えないという女性の友人が身近にいる。寿司は私の大好物であり、食わしてくれるのならば一週間、三食寿司でもかまわない。いや、むしろそれを望む。寿司を食えないということは「日本人であるメリットの40%位を失っている」と私は思う。新鮮なものを一回食ってみろと。
で、この友人。自宅周辺の寿司屋で寿司を食った。翌日「寿司、めっちゃうまい」と。寿司嫌いと数十年言ったいた人間の好き嫌いを一食で吹き飛ばすとは、かなりの腕前のすし屋と見てその店に同行。
店はものすごく狭い。9人入ったらぎゅうぎゅう。ビールに合うおつくりをお願いしたら、貝ラッシュ!生ホタテがうまい。このほんのりとした甘さとやわらかさ。たまらん。全くいい店教えてくれるな。で、皿を見ると見覚えが。プラスチックの皿なのである。これは回転すしで使用されているものではないか。聞けばご主人、前までは回転寿司をやっていたそうだ。何がどうなってここで店を持つようになったのかは良くわからないが、皿は回転でもネタは本物である。ひらめ、えんがわ、さば、いわし、たい、あなご…全てうまい。ネタがとてもでかい。しかし値段は\120 or \240だけである。恐ろしい…なんて事だ!
で、本日のお勧めの中に「牡蠣」があるのを発見。同行した友人はなんと大胆にも生牡蠣を要求。つい先日まで魚介類ダメ人間ではつらいんじゃないのか?と思ったが、ぺろりと食べている。嘘ついていたのか?いままで。あおやぎ、しゃこと食えない人もいるようなネタでも全然平気。すごいな。私的にはひらめが絶品。まぐろもいきなり中トロだしな。サービスが良いのう。
かれこれ1時間半位食べていたか?店を出ると異様なまでの寒さ。今日は風が強い。少し話し足りなかったのでファミレスでデザート。またパフェを食う俺。
終電近くまで話し込んで、要町から歩いて池袋駅へ。めちゃくちゃ近いじゃないか。
かえって寿司の話を妻にしたところ、暴れだした。妻は私と同じくらい寿司スキーな人。今度一緒に行きましょう。

先日、クリスマスプレゼント&誕生日プレゼント&バレンタインデーということで妻に買ってもらったオメガのコンストレーション。金属ベルトのコマがたりず、到着したもののつけることができない。オメガのコマ追加や修理を専門でしているサポートセンターのようなものが御徒町にあり、今日の午前中に行ってきた。上野、御徒町あたりは細い路地にいろんな店が雑多にあり、店を見ているだけでも面白い。ちょうどお昼に近い時間だったせいか、さまざまなランチメニューがいろんな店先に紹介されている。おいしそうであり、かつ安いのだ。うむ。入ってみたいが弁当を持っているので我慢。サポートセンターへ直行した。
サポートセンターでの作業はあっという間だった。幸いコマの在庫があったために、その場で取り付けしてくれる。あっという間に完了。合計\6,300-。「\15,000でできます」と言い放った大阪の業者の手に乗らなくて良かった。半分以下の価格で、かつ速攻修理。ここはオメガだけではなくラドーの修理も受け付けているらしい。ラドーの時計も持つ私としてはとてもうれしい。
ようやく装着できるようになり、自分の腕を見る。イイ!金色があまり好きではない私にとって、シックでありかつシルバー基調のこの時計、大変気に入った。実にうれしいプレゼントだった。

と大げさなタイトルをつけてみたが、実際に行ったのは歌舞伎町にあるデータセンター(Livedoor的にはデータホテルという)の方。家宅捜索が入った際に踏み込まれた場所である。
しかし、何で歌舞伎町にデータセンターなんだろう?宿泊施設(正式名称ラブホテル)が近くにわんさかあるからか?ありえねぇな。また、ビルがすごい。ものすごい大きなビルなのに、「ぽっつーん」と入り口が一つだけがある(もちろん、電子ロックになってる)。エントランスとか一切無し。定礎の日付を見ると昭和61年と書かれている。この時期から考えると最初からデータセンターとして作られた建物ではないのだろうな。以前は何に使っていたのであろうか?
私を含め4人でデータセンター内に入る。入り口には警備員。データセンターとしては当たり前だな。入管の手続きを済ませ、その先のロックを超えて中に入る。中には信じられないような大きさのエレベーターが1基。どう見ても業務用である。これを使ってラックを上の階に運んでいるのだろう。病院の「ベットものせられる」大きなエレベーターのサイズを越えている。エレベーターを降りると、通路はコンクリートがむき出しで、床のタイルも素っ気ない(床下にケーブルがしいてあるので、底上げされる分屋根が近くなる。頭をぶつけてしまうことも考え、天井を広く取ったのだろう。)。まさに無機質空間。窓も少なく、こんなところに長くいたら気が滅入ってしまいそうだ。会議室でしばらく待つと担当の方が2名現われ、名刺交換。最近、頂く名刺は変わったものが多い。目立たせたいんだよね、やはり。Livedoorのは横書き名刺で、横幅は通常の名刺サイズであるが縦が短い。サイズの違いがあるので、整理していても目にとまる名刺である。
早速、データセンター内を見学するが、ラックの量の多さに驚いた。いったいどれだけの会社が契約していたのだろう?もちろんUPS装備、地下には重油発電機も備える。例の事件があっても、これだけのサーバを見ていると、まだまだやっていけそうに感じる。データセンターを変える会社もあるだろうが、それはそれで結構お金も手間もかかる(というか、現在私が苦労しているわけで…)。これだけのサービスが提供できるなら、データセンターだけはどういう形になるかはわからないにしても、きっと残るように感じた。
会議室に戻り、担当の方と雑談。雑談とはいえ、どうしてもあの事件のことに話が移ってしまう。社外向けのフリーペーパーには彼の似顔絵(武部幹事長が書いたらしい)がある。私は二ヶ月くらい前にこれを読んだのだが、会社のごたごたで次の発行が滞っているのだろう。サービス名にも○○エモンみたいな名前のものがまだ残っている。従業員はどうしたらいいのかわからない。新社長体制で再起を狙うか。「大変申し訳ないです」といった姿勢だが、君らが悪いんじゃない。決して高くない給料でよく働いている(あいつは儲けをもっと社内に還元すべきだったな)。
見学を終えて、建物の周りを見るとどうもいかがわしい雰囲気。道草くわずに私は職場へ戻った。

私の職場は市ヶ谷。池袋までJRで行き、東京メトロ有楽町線に乗り換えて市ヶ谷へ向かう。
有楽町線には2つの種類の電車が走っている。元々有楽町線を走っていた黄色いラインのゴツイ地下鉄車両と、東武東上線の車両である。JRの改札を抜けて少し早足で有楽町線のホームへ向かう。あまり混雑していなければ9:12発の列車に乗れる。階段やエスカレーターで人に囲まれるとこれには乗れない。まぁ、朝の有楽町線など5分に一本は電車があるわけで、そんなに焦るほどのこともない。
今日は運良く9:12の列車に乗れた。乗り込んで社内広告を見ると、ほとんど見たことがないものばかり。よく見ると住所が「和光市」だったり「志木」だったり。聞いたことがないような会社の紹介だったり。妙にデザインが古めかしく、ちょっと滑稽である。これから東京の中央へ向かおうとする電車にしてはとてもおかしい。
こういう中吊りを紹介してくれるサイトはないのかなぁといつも思っている。反面教師的なデザイン(失礼な!)として非常に参考になるのだがなぁ。

9時前に家につき、夕食を食べる。いつもなら降りてきて「にゃあにゃあ」うるさい「しろ」が居ない。
我が家の水道は時々、赤い水が出てくる。錆である。どこかに出かけて家を空け、帰ってきて蛇口をひねると赤い水が出る。最近は不規則に不規則にそのような現象が見られた。鉄分は体にいいが、こういう摂取の仕方は避けたい。体によいわけがない。しかもすごい味だ。
大家に何度か言おうと思っていたのだが、決定的な証拠に欠けている。やはりさびた水を採取して「このようなものが…」と話せば説得力もある。しかし、水を入れるための容器をスタンバイしているときに限って、赤い水は出てこないのである。困ったものだ。そんな苦戦をする中、ようやく先日採取することができた。それを元に大家のもとへ相談へ。
すると大家、この現象を事前に知っていたらしい(だったら直せよこら!)。この家の先住者が「お風呂から鉄の混じった水が出る」と相談したそうだ。なので、風呂までの水道管は樹脂パイプにしたらしい。しかし、台所と洗面所の水道管は鉄のまま。こうなることはおおよそ予想がつくだろうが…というわけで、台所、洗面所までの水道管を樹脂パイプに変える工事をしてもらうことになった。今日はその下見のため、日中に業者が来たらしい。私も妻も仕事に出かけているから対応することができなかったので、義理の母に対応をお願いした。業者は床下収納の穴から床下へ潜入し、水道管の様子を確認。結果、今日は工事ができないということで後日またとなった。
しろはとにかく人間が嫌いである。「ピンポーン」というドアベルも苦手で、全速力で二階へ消える。知らない人の話し声がするときは、めったに1Fには降りてこない。そうするとずっと2Fに居続けるので、うっかり眠って数時間気がつかないということがある。今日もまたそんな感じかと思ったが、2Fに居る時間が長すぎる。異変を感じてしろが居そうな場所を探すが、どこにも居ない。押入れの中にも、布団の中にも、たんすの上にも。しばらく家中を探すが全然居る様子がない。少なくとも家の中にいるなら、潜んでいるところに人が近づいたときに「にゃ~」とか「シャー!」とか何らかの反応をするはずなのである。過去の例から見て、今日はどうも家の中には居ない気がする。
日中、業者が出入りしていたから、うっかり外に出てしまったのかもしれない。(しろはずっと室内飼いなので、外が怖いらしい)もしかしてと思って家の周り、近所を探すがどこにも居ないのである。満月だとは言え、夜である。猫の姿を見つけるのは至難の業である。それでも二時間ばかり探すが、居ない。外の捜索はあきらめて、明日また探そうということになった。
今朝、しろは私の部屋に入ってきてひっくり返り「腹なでろ~」ってポーズをしながらにじり寄ってきたわけだが、今朝も例によって時間がなく、ろくにかまわずに仕事に行った。それがしろとの最後のやり取りであり「悪いことしたなぁ」とかなり反省した。今日はとても寒い。外で何をしているのだろうか?交通事故にあってないだろうかと心配は尽きない。しかし、どうにもならないものはどうにもならないので、眠ることにした。
翌朝、妻の「しろが居たー!!」という言葉で目が覚める。「え?どこにいたの?」と聞けば、床下に居たそうだ。業者が床下収納をはずしたときに、一緒に入っていってしまったらしい。朝から外にでてしろを探していた妻が、床下から「にゃ~」というか細い泣き声を聞き、探してみたそうである。全く驚かせる奴である。でもまぁ見つかってよかった。泥だらけで汚いしろは救出されて早々にもりもりとご飯を食べ始めた。1日で発見できてよかった。あー、ほっとした。

妻がDVDを借りてきたので、一緒に見てみることに。本当に三谷幸喜さんという方は面白い作品を作るものである。
ちょうど戦時中の日本、言論統制真っ只中の劇作家の検閲官とのやり取りが内容の主である。国のためにならない、都合が悪いような表現は検閲官の手により台本から抹消。さまざまな修正を経て、戦時中の国家のためになる内容に変えられる。台本は大きく捻じ曲げられてしまうが、上演できるだけでもマシとである。直しようも無いほど不適切な内容ばかりであれば、この台本での上映禁止を意味する「不許可」の判が押され絶対に上映できない。その検閲官が最近赴任してきたばかりという向坂(役所広司)であり、検閲を通すために台本を直しまくる劇作家椿(稲垣吾郎)のやり取りを描いたものである。ほとんどが検閲室での二人のやり取りで、他にあまりシーンはない。低予算なのかと思ったら、この話は元々はラジオドラマで、それから演劇化された話だったらしい。確かに、舞台変更があまり要らないこの作品は演劇でやるにも持って来いだろう。
とにかく役所広司がすごい。威厳ある「笑ったことがない」という堅物検閲官役が良く似合っている。この検閲官がだんだんと「笑い」というものに引き込まれていき、元が堅物であるがゆえ照れながら演技するその姿は実にすばらしい。後半の怒りながら笑うシーンなど、よくできるものである。ラストもうまく締める。久しぶりに心から気持ちよく見ることができた。ぜひごらんいただきたい。

先日読んだ「失踪日記」にインスパイアされ、失踪ということにただならぬ興味を持ってしまい、ついでに購入してしまった本。1994/10に出版された本で、内容的には古さが否めない。インターネットもまだまだ一般化されていない時期の本である。時代を経たものだが、実際に探偵の生業のひとつとして失踪支援を行っていた作者の解説は実に面白かった。失踪期間に応じたその失踪プランというものがあり、そのために必要なものは何か、何をしてはいけないか、どのようなリスクがあるかということが非常にわかりやすく説明している。特にリスクについては勉強になった。失踪期間が長くなるにつれ、元の社会へ復帰することが困難になってくる。もちろん長期の失踪をする方は、そうした過去の社会への復帰を望まない人が多いわけだが、長期の失踪で最も堪えることは「寂しさ」らしい。借金取りに追われているとか、暴力や苦痛な日常から逃れた人であっても、自分を生んだ両親に合いたいという気持ちはどこかのこってしまわないか?
本の中にこんな事例があった。十数年失踪したが、死ぬ前にどうしても父母に会いたくなり実家に帰ったところ、家に鍵がかけられていて入ることができない。どこかに出かけているのだろうと思い玄関の前にござを敷いて一晩待ったが、冬のあまりに寒い日であったため、その人は凍死してしまった。せっかく戻ってきた家であったが、既に両親は他界されており合うことはできなかったのである。その上、本人まで凍死とは全く泣ける話である。
長期失踪の解説には違法行為が含まれているため(こうした書籍が出版されたこと、時代が過ぎたことにより、これらと同じ方法で失踪するのは現在では難しいと思うが)内容的に抵抗を感じるものの、意外と簡単に失踪できることがわかった。ケーススタディが豊富で、失踪する気が無い人でも楽しめる本である。
この本より少し前に「完全自殺マニュアル」という本が出ていたが、失踪は自殺に比べればまだポジティブな判断であるように思う。何かに行き詰まったときを、打破するひとつの方法としてこういったものがあるということを知るということは、実際に失踪しないにしてもなんとなく安心感を感じる。行き詰ったときの人生のやり直しとしての失踪は、決して後ろ向きなことではないと思う。でも、そういう羽目になる前にどうにかできればよいにこしたことはない。

数年前にはわりと頻繁に行っていた愛知県名古屋市。小倉トーストなどの独特な食文化を持つこの街の食べ物は、他県民の私の度肝をぬきまくってきた。そんな名古屋においてメジャーな(らしい?)ファミリーレストラン「Cats Cafe」の東京進出の話を会社の友人より(名古屋出身)聞いた。私はこの店の存在を知らなかったわけだが、混沌たる食文化に対してただならぬ興味を持つ私として、この事実を見逃すことはできなかった。
2店舗ほど東京に進出しているそうだが、私が向かったのは大崎ゲートシティB2Fにある店舗。昔、この界隈で仕事をしていたことがあるが、その頃に比べて大崎駅がものすごくきれいになっており(駅からゲートシティにも直行できるようになった)驚く。
店に入る。金曜の夜なのにかなり席が空いている。あまりゲートシティ内の会社に勤める方は使用しないのだろうか?ちなみに、私が大崎によく来ていた頃、この同じ場所は別な店があったように記憶している。何屋さんだったかなー?
そして、メニューを見る。1ページ目からパフェやプリンの大特集である。この店の売りはこの手のスイーツのようである。メニューの中には「きなこシェイク」など、名古屋らしいメニューが含まれている。店の雰囲気は東京だが、メニューからは名古屋感を十分に感じられる。そして、このパフェのサイズを見よ。ネバーギブアップはビールのピッチャー、アンビリーバブルはワインクーラーにパフェが入っている。恐ろしい。大食いの私でもアンビリーバブルはどう考えても完食できない。これは罰ゲームに最適である。間食できたら無料。できなかったら全額負担。怖い。
他はハンバーグやオムライス、ピザなど普通のファミレスメニューだが、値段が安い。パフェ食わずに純粋に食事だけすませるなら、\1,000-はかからない。そして、その割にはだいたいうまい。「高くない」というのも名古屋クオリティの中に含まれる非常に重要な要素である。私はハンバーグとピザとビール、グラスワイン白を3杯ほど頂いた。
そして、問題のパフェを頂く。アンビリーバブルは論外としてネバーギブアップも難しい(何も食べていなければいけるかもしれないが、絶対に飽きるよな)。ということでその下のランク「チャレンジ」を頂く。チャレンジのサイズはビールの大ジョッキ。ハンバーグとピザの後では苦戦が必至だが、せっかくここまで来てこれを食わないという手は無い。手元にはコーヒーや紅茶は無い。白ワインのみ。中はソフトクリーム層、スポンジ層、プリン層、ジャム層と(コーンフレークは無し。良かった)まるで地層である。信じられんことだが、ワイン飲みながら完食した。特にソフトクリームに苦戦した。甘すぎ。さすがに完食後、カプチーノを頂きお口直し。ホッとしながら店を出たが、食べすぎで少々参った。

先週、先々週とBMWディーラーでは1シリーズの販売キャンペーンをしている。目玉は3.0Lエンジン(265ps)を搭載した130i M-Sports。東京モーターショーにも展示されていたアレである。トランスミッションは6速MTのみ(ハードだなぁ)。Mテク仕様の外観になり、いまいち好きになれなかったエクステリアデザインがかなりマシになった。
1シリーズはセグメント的には私が乗る318tiとかぶるため、tiシリーズはなくなってしまった。デザインはtiの方がよいと思うが、4ドアの利便性がある。なんとも難しいところだ。
元々、国内で販売されていた1シリーズは116i,118i,120iの三種類。一番排気量・馬力が高かったのが120iの2000cc 150ps。部分部分は強化されているのだろうが、基本的には同じ1シリーズのボディを130iでも使用するのであろう。そう考えると、120i等は相当にキャパシティが高くとられた車なんだなぁと思う。BMWではそういったことは良くある。私の318tiのシリーズも欧州では325tiという上位グレードがある。直列六気筒2.5Lエンジンが入っても、問題ない設計になっている。そうした余裕がなんとなくうれしい。
インテリアは新型3シリーズへの発展途中というような印象。決して使い勝手が悪いわけではないが、素っ気ない。まぁ、E46よりは面白みがあるか?
BMW好きのわたしでも、このシリーズはちょっと買えない。めだかみたいに見えるエクステリアがどうも苦手だ。

朝晩と、電車に揺られながら埼玉の自宅から職場に行っている。私が使っているのは宇都宮線(東北線)か湘南新宿ラインなのだが、始発が宇都宮や小金井なので栃木県南~埼玉県北からの通勤者が既に多く乗っており、蓮田で座れることはまず無い。その上、次の東大宮でさらに多くの人が乗り込んでくる。すると本を読むスペースも無くなる。そんなときは電車の中吊りを良く見ている。週刊誌、広告など色々ある。お気に入りはJR東日本、東海が作っている3枚ぶち抜き中吊りなど。写真を2枚掲載し、あと1枚は文字のみ。特に文字がいい。文字のレイアウト、書体、サイズ。見るたびに「う~ん」と唸らされる。
そんな中、毎年1月位から現れる不気味というか意味不明な広告「みすず学苑」。なぜか歴史上の人物(日本武尊とか。今年はナポレオンらしい。)のコスプレをする。今年のナポレオンは最初は絵だったので「多少は落ち着いたか。怒涛怒涛とたくさん書いてあって、電波を感じるなぁ。」って感想だったが、ある日からまた例年のようにコスプレ写真に変わった。日本人がコスプレやっているのに、ナポレオン(鼻が低いので、付け鼻までしている)。絵の方が絶対に良かったと思う。非常に不気味である。別に変える必要があるのかとこ一時間問いたい、問い詰めたい感じである。

何かしら人や社会と関わっていると、悩み事が発生する。私も悩みっぱなしである。
その悩み事が具体的にどんなものなのか説明できるのなら、それは限りなく解決に近い悩みだろう。結構苦しいのが、「原因がなんだかわからないけど、とにかくここにいるのが嫌」とか、「心がもやもやして嫌」とか、抽象的な場合である。
カウンセラーのはじめの仕事はそこから始まる。とにかく聞く。どんなふうに苦しいのか、どういう状況にあるのか、それを明確にしていく。何か過去の事例が思いつけば、その事例を元に話す。その事例はカウンセラー自身が経験したことがあるものであると望ましい。悩みを完全に打ち明けるということは、どんな人に対してでも多少の抵抗がある。「この人も同じようなことがあったんだ…」という共感があると、悩める方も話を聞いてくれるようになる。
カウンセラーに相談するほどでもないことでも、もやもやと悩むならその悩みを文字にしてみるといい。おそらくすぐに文章にはならないだろうが、その状態に陥っている理由のキータームが幾つか出てくる。それを元にもう少し整理していく。時間がかかってもかまわない。これができないと解決の糸口が見つけられない。どうしても難しければ、カウンセラーと話すことである。
私もこの職場に移って五ヶ月近くになる。色々と見えてきて、それらが私の悩みになっていく。だけど、相談する相手がいるから、非常に心強い。これも上司の大きな仕事である。

WindowsXPには「Windows画像とFAXビューア」という画像等の表示を行うプログラムが用意してある。JPEGビューアのディフォルトとして設定されているのでそのまま使っている。ビューアとして最低限の機能は持っているし、軽いから私はそのまま使っている。
いつからかわからないのだが、デスクトップにある画像に限り、画像の表示が急に遅くなった。「プレビューを生成しています」という表示から、画像の表示にいたるまでの時間が急に遅くなった。他のフォルダの画像は問題ないのである。なんだこれ?
現象から判断すると、プログラム自体の問題とは思えない。他のフォルダの画像はすばやく描画されているし…と考えついでに、デスクトップの上に散乱しているファイルをやショートカットを整理したところ、現象は解決した。何で?
よく調べると、この画像表示遅れは「リンクが切れているショートカットが同一フォルダにある場合に発生する」とのこと。このような現象が見受けられる方、ぜひお試しを。

いまどきあまりないと思うのだが、私が住む家は非常に古いので和式便器である。和式便器段差つき。私の妻はまだそれほどおなかが大きくなってないが、出産を間近にした頃に和式だったら結構つらそうである。私の心の中でも自分の家の「三大ダメな点」の二位に輝くのが和式便所問題である。(一位は駐車場までの道のりが非常につらいこと。幅が大きい車は通りにくい。でかい車買えないよ。)
この家が自分の持ち家であれば速攻で洋式工事をするわけだが、貸家である。そこまでする気が起きにくいわけだが、いつにこの家を出て行くといった予定はたっていない。おそらくかなり長期にわたって住むだろうから、やっちゃってもいいかなぁと少し悩んでいる。とりあえず、工事の見積もりを取ろうと思っている。今から導入するならばウォシュレット付きが好ましいが、残念なことにトイレに電源はない。こうした電気工事がどのくらいかかるのか気になる。

今日は検査があり、病院で採血と尿検査を行わなければならない。
16:00~検査があるので、昼過ぎには飯を食えない。今日は朝も昼も食べていない。しかし、食べなくても意外と平気なのがこの私。空腹の中病院へ。
何度やっても嫌なのが注射である。採血用の注射針は太いのが嫌である。看護師がベテランだったおかげで痛くもなんともなかったが、刺される瞬間をじっと見つめることができず、虚空を見ている。こればかりは何年も変わっていない。もっと痛まずに採血する方法はないものか。そして、採血されたときの血の色が妙に濃いのもちょっと嫌な感じにさせられる。どこの血を抜かれているんだろうか?わからない。
そして、尿検査。今はごく少量の尿でも検査ができるようで「少しでいいですから」と看護師に言われた。少しってどれくらいなんだろう?とりあえず50cc程度で看護師に持っていくと、問題なくOK。昔って結構入れなくちゃダメだったような覚えがある。小学校の頃は妙な容器に取って提出した記憶がある。人によって色が妙に濃かったり、無色透明の人もいる。妙に黄色かったやつはちょっと恥ずかしそうだった。何がこの色を決めるのであろうか?コーヒーやお茶、水を飲みすぎたあとの尿はあまり色がない。謎である。
結果報告はしばらく後。さて、引っかからないことを祈る。

どうも昨日までの失敗がボディブローのように効いてきて、ひどい頭痛に見舞われた。
「今日は会社に行けない!」
ただぽかーんと。していたい。この乱れた精神状態をどうにかしたい。こういうときは休養に限る。とにかく寝た。休んだ。
最近任される仕事が多くなり、だんだんと苦痛なことが発生してきた。中でも私は、自分が主催しなくてはならないミーティングがとてつもなくつらい。どんな段取りで何を話すか。何も準備せずとも会議ができる人がいるが、どうしてそんなことができるのか気が知れない。さらに、出席するのが大体、チームリーダー(課長相当職?)なので、ますますつらい。貴重な時間を割いていただいているので、不毛な形にはできない。毎回、チームの人や上司にコメント(注意!)を受ける。まぁ、より良い会議にするためにはノウハウが必要なのだが、正直へこむ。
いつになれば一人前になれるのやら…

今日はとかく仕事での失敗が多かった。最近顕著なものは「物忘れ」である。
私も転職してかれこれ五ヶ月目に突入しようとしているが、いまだ会社のことでわからないことが多々ある。会議に出席して人の話を聞いていたとしても、それが何なのか意味がわからない事項だとすると、記憶に残りにくい。人の記憶というものは、関連する事項とリンクしないとなかなか残らない。どのくらい重要なのか、何に関係するのか。記憶に残る情報をしっかりと持たなければならない。
IT企業というところは共通していても、対象としている業界が違うため、その勝手が違う。さらに自分自身が開発するのではなく、開発を依頼する立場になった。経験者採用だが、思うほど経験者としての力を生かせていない。わからないことが多すぎるのだ。
「わからない。」と言うことは中々難しい。特に私のように前職の経験をいかして即戦力という形で入ると、口が裂けても言いたくない、いえないときがある。しかし、本当はわからないのだ。それを放っておくとますますわからない。技術的なことのような、調べればわかることならまだいいが、その会社オリジナルのルールというのは、しっかり説明を聞かないとわからない。
私の上司は会議場で「わかりませんが」と平気で言うのである。私には中々できないことだ。まぁ、そう言われればより詳細な説明を受けることができる。小手先の対応をして後で詳しく調べるってのは結構手間がかかる。経験がある人に聞き、それをしっかり覚える方が手っ取り早い。効率も良い。
なまじ人に教えるような商売をしていたことも、私が人に聞きにくいと感じる原因のひとつだろう。仕事に対してはこのようなプライドを捨てなければならない。なんてことないように思うかもしれないが、私にとってはとても重要な問題なのである。

最近、失踪ということに強い興味を覚えている。全く知らない世界にふらっと行ってしまう。すべてを捨てて。失踪は死ぬよりはだいぶマシだと思う。生きていくわけだから色々と大変だろうが、本当の意味でやり直すことができるかもしれない。
といって私が失踪するかというと、しない。ちょっと憧れもあるけど家族や周りの人に多大な迷惑を与えてしまう。私の場合、結婚しているし子供ができるからなおさらそうだ。とてもできない。
そんなことを考えていたら、この本に出会った。失踪日記。吾妻ひでおという漫画家が実際に失踪したり(二度も…)アル中で精神病院に入れられたときの話が書かれている。漫画で丸いタッチの絵が多いせいかそれほど悲惨そうには見えないのだが、実際結構つらい(さいとうたかをのような劇画タッチでシリアスに書かれていたらつらいなぁ)。だからというわけではないが、失踪したい気分のときに読むと「あ~、もう少しやってみますか」という気分になる。現在かなり精神的につらい状態に陥っているが、この本のおかげもあってか平常を保っている。完全自殺マニュアルもそうなんだけど、ある程度知るということは予防効果があるように感じる。完全失踪マニュアルという本も自殺マニュアルがはやっていた頃に出ていたように記憶している。読んでみようかな。

2009年6月

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