愛用のデジカメD70をリコールのためニコンに送りになっていた。それが先日帰って来た(ファームウェアが思いっきり変わっており、かなりびびった)。
その間は200万画素の古いデジカメや義父から借りた小型のデジカメで撮影していたのだが、子供の写真は印画紙に焼いていつでも見られるようにしたいと思い、久しぶりにフィルムの一眼レフカメラを使うことにする。カメラはPENTAXのMZ5である。
入門機の一眼レフであり、カメラ自体の質感や機能はD70と比較すると著しく劣るが、レンズの大きさも影響してか写りは良いこのカメラ。自身の結婚式のときに余った大量のフィルムを使い、息子の写真を撮る。すぐ確認できない、現像代がかかるなど、デジカメに比べてデメリットは多いものの、印画紙に出力されたフィルムからの写真はやはり美しい。デジカメで撮影した画像をプリンタで印刷というのも、インク代や紙代を考えるとさほど変わらない金額になってしまう。写真にしたときの品質はフィルムの方がやはり良い。
ということで、D70とMZ5をしばらく併用していこうと思う。悩ましいのはフィルムのCD-R化である。CD-Rのメディア代だけで500円も取るのはさすがにぼったくりだろう?さらに、他のフィルムの画像を追記できないと言う。一緒に現像したフィルムだけが同一のメディアに入れられる…CD-Rなのに…これではまとめて現像に出さないと損してしまう。とはいえ、撮った写真は早くみたい…んー、いい写真だけうちのしょぼいスキャナーで取り込むことにしようか…
2006年8月アーカイブ
この5年続いた小泉政権。今までの政権に比べフットワークが良く、国が抱えていた様々な問題を解決してきた。その主たる手法が「民営化」である。小さい政府へ。借金がこれだけある政府に対する対応策としては理解できる。公の機能や責任をを民間へ、そして個人へとしていく中で生まれた言葉、それが「自己責任」という言葉である。
「自己責任」これは万人がフェアな状態になっていくように見えるが、国民一人ひとりが生まれた瞬間(スタートライン)からフェアな状態ではない。裕福な家庭に生まれる子もあれば、そうでない家庭もある。教育熱心な家に生まれる子もあれば、あまり気にしない家庭もある。こうした「アンフェア」な状態を「フェア」に近い状態にする。それが政府の役割の一つであると私は考える(ただ、この理論を突き詰めてしまうと社会主義になってしまうから、完全なフェアにしろと言っているわけではない)。アンフェアな国民に対して一律に「自己責任」でいいのか?例えば同じ失敗をしたとしても自己責任を受け止められる人もいるかもしれないが、別の人にとっては致命的になりかねない。私は同じ言葉で片付けることは出来ないと思う。
どうも良い状態、悪い状態へのベクトルは放っておくと加速度を増していく傾向があり、元の状態に戻すことが難しい。スパイラル状に事態が進行する。例えばだが、
0.中小の工場勤務→1.会社が倒産する→2.収入が無くなる→3.家賃が払えずホームレスへ→4.仕事を探す→5.ホームレスが出来る仕事が少ない→6.雑誌を集めるなど、ホームレス特有の仕事に…
さて、6の人が0に近い状態に戻るためにはどうしたらいいのだろう?私には見当もつかない。
このような機会損失というか、ある層から出られないという現象は収入だけではなくスキルにおいても同様である(スキルが賃金を決めると言う側面を持つわけだから、関係ないわけが無いのだが)。社会に出て、会社と言う組織の中でしか身につけることが出来ないスキルはかなりに及ぶ。個人で勉強という方法もあるが、仕事という時間的制約がある中で学習できる範囲は限られるし、ある一線以上は自己学習では習得できない。例えば、300万円もするオブジェクト指向でソフトウェアを構築できるアプリケーションの利用方法。これはどうあがいても個人では無理である。一線を越えたスキルを得た人はさらに上のレベルのスキルが習得でき、反対にこうした機会に恵まれなかった人はずっと同レベルまたは、ほとんどスキルを必要としない職業を選んでいくしかない。しかし、前者には仕事がものすごく集中し、過労死という道をたどる可能性もある。それはそれで不幸な話である。
北欧の某国のように税金をものすごい取って社会福祉を充実させるという選択肢を本政権では否定してきた。私は否定されてきたような国のあり方も良いと思う。不幸だったのは、日本は過去にこれら財源を適切に運用することが出来なかったことだ。故に借金だらけの国になり、社会福祉を手厚くする選択はもう取れない。国民も税金を納めることに抵抗感を覚えるようになり、その税金を使って個人を救うことに嫌な感覚が生まれてくる。その感覚を表した言葉、それがまさに「自己責任」であると思う。
最近、製造業の業務請負業者のテレビCMをよく見かける。業務請負業の詳細についてはここを参照頂きたい。市場のグローバル化や商品のライフサイクルの短縮化により企業が「正社員」として雇用し常に賃金を払い続けるよりも、必要なときに必要な人材をすぐに集められる方がリスクが低減する。この「必要なときに必要な人材を」ということで働く人間を集めて工場に入れ込むのが請負業者である。CMでは「今すぐ100人の労働者を集められる」と言っている。全く持ってすごいことである。こうしたCMを打てるのはそれくらいのことが簡単に出来る規模の請負会社なのであろう。大小ものすごい数がある請負会社の広告媒体としてメジャーなのは新聞折込の求人情報やフリーペーパーである。先日田舎に帰ったときに新聞折込の求人情報を見たが、ほとんどが企業の直接雇用求人ではない。90%近くが請負業である。直接従業員として雇用するのではなく、その間に請負業者が入るわけだからそこにもお金が流れる。本来であれば雇用される人に支払われる金額の一部を請負業者が得ている(上記CMは工場で死ぬ思いで働いた人たちからピンはねしたお金を元に放映されているわけである)。
派遣と請負というのは似ているようだが異なる。指揮命令がどこから来るのかの違いがそれである。派遣は派遣先から直接仕事を指示をうける。請負は企業から仕事を請け負い、これを請負会社が抱えている人材に行わせる。但し、その請け負った仕事は請負元の工場内で行われことが多く、派遣に近い状況(工場内の請け負い元の上長から指示が来る)になりやすい。請負会社が取引先工場に人材を投入し、取引先工場の人から仕事の指示を受けて仕事をしてしまうことは派遣法に違反する(このような例を偽装請負と呼ぶこともある)。そのため、製造業の知識などあまり持っていないような「管理者」と呼ばれる人たちが、一日に一度以上勤務先にやってくる(と言っても主に出欠確認くらいしかされておらず、製造に対する指揮命令には程遠い)。なお、派遣業者には人材派遣業として行政の承認が必要なのに対し、請負会社はそうした承認を必要としない。承認を得てないのに人材派遣業のようなことをしてはいけない。
それ以外にも請負でやってはいけないことがある。それは、請負元企業と労働者の面接である。「適当に人を見つけてきて働く先の人たちに面接させて、手渡す。」これでは人身売買である。しかし、「顔合わせ」等と適当に名前を変え、面接は実施されている。結局、人身売買なのだ…
企業は雇用に対するリスクの軽減が出来る。請負会社は労働者の賃金をピンはねし、黙っていても儲かる。そのしわ寄せがどこに来るか?それは労働者に来るのである。この労働者の不幸なことは、自分の意思とは関係なく仕事に就かざる得ないため、今後のキャリアプランを中々描けないことである。スキルが身についていくという実感は希望をもたらすが、例えばライフサイクルの短い商品の組み立て(携帯電話が典型的)ラインに人間が投入されているのは、機械のライン構築が間に合わないというだけの理由なのである。ライン構築が終わったら、もう新モデルの投入。本来機械がやるべき仕事を人がしているだけなので、スキルになるはずもない。仮に何らかのスキルがついたとしても、そのスキルを生かすようなラインの製造業をずっとやっていくのか?従来の正規雇用型ブルーワーカーの場合、リーダーに取り立てられたり、さらに難易度が高い仕事に就くチャンスがあったり(当然、給与も増える)、後輩を教育する立場になったりすると思うが、単なる雇用の調整と見られる人たちがこのようなチャンスを得ることはとても難しいだろう。いつまでこのような仕事が続くのか?希望など持てるはずもない(希望格差社会のコラム参照)。
「ワーキングプア」と言う言葉、これを市場に浸透させたのは2006/7/23放映のNHKスペシャル「ワーキングプア 働いても働いても豊かになれない」のおかげであろう。例えばフリーターを35才過ぎまでしていた方の場合、中卒の場合、何年も別な事業(農業、小売業など)をしていたが何らかの影響で生活できるほどの収益が出なくなってしまった方。正社員が狭き門になっている現在、上記のような請負会社を介した就労しか出来なくなっている人がかなり出てきてしまった。労働意欲が無いわけではない。がんばって仕事をしてもしても、企業からの決して高くは無い賃金は請負業者がピンはねしてしまい、本人には信じられない額しか残らない。働いても働いても豊かになれない。それどころか借金がかさんでいく。これでは自殺も増えるわけだ。だが、自殺することで残された人たちにそれ以上の借金がかさむこともある。
「ワーキングプア」という言葉は「働く貧困層」を意味し、アメリカで広がる社会現象を表すために生まれた言葉である。日本の場合「働いているのに生活保護水準以下という人」を意味し、これに該当する世帯が400万以上とも言われている。これは日本全体の世帯の1/10に値する。社会全体の構造にも問題があるが、私達自身で何か工夫することでこれらの問題を回避することは出来ないだろうか?
妻の実家は私の家から数分の場所にある。これだけ近いのであれば自宅で産後を過ごしてもらおうと思ったのだが、やはり何かと妻が動かなくてはならないことが多く、安静に…という環境が作れない。また、私自身もなれないことが続き、体調が良くない。というわけで期間はいつまで…とは決めていないものの、実家にて子供と過ごすこととなった。朝、晩のご飯は私も実家に頂きに行く。その際に子供の姿を見ることができる。
どうも通勤に相当なパワーを奪われているような気がする。往復3時間以上というのはやはりしんどい。妻の体も大事だが、自分がダウンして他の人に迷惑をかけるのはさすがにまずい。
女性が産後に患った病は一生残るという。私の母は私が生まれた後頃の不調がいまだに残っているらしい。
理想的には3週間、全ての家事は任せ、子供の世話だけに集中すべきなのだが、普段ろくに家事をしていない私には一苦労である。義理の母が食事を届けてくれたり色々としてくれるので助かっているが、正直私も参ってしまいそうである。本当に夏と相性が悪いんだなぁ、俺。
龍之介の入浴もとても大変である。ベビーバスで行うのだが、とにかく手際よく行えない。数ヶ月前に父親教室で習ったようにうまくは行かない。そりゃ、あの人形は動かないからな。こっちは活発に動き回る。まだ目はしっかり見えていないようなので、お湯に浸かったら驚いて泣くのではないかと思っていたのだが、その反対でむしろ喜んでいる。お腹の中で羊水に浸かっていたせいなのだろうか?
「沐浴は5分以内で」と本には書いてあるが、とても無理である。その後は耳の水をとったり、へその緒を消毒したり。沐浴で気持ちが良くなると、大便、小便をまたしてしまうってのも困ったものである。男の子の小用は噴水状態。全く持って油断ならない。
私も子供の頃に同じようなことをしたと母から聞いたことがある。こいつにもそんな話を聞く日が来るのでしょうか?
夏休みは行楽地における子供の事故のニュースが日々入ってくる。昨日も今日も、同じ子を持つ立場としてはなんとも痛々しい。子供に良かれと思い連れて行った先での事故など、気の毒でならない。
そうしたニュースとは別に、今日は「家庭用シュレッダーに子供の手が挟まれる」という、想像するだけで背筋が寒くなるような事故があった。個人情報保護の重要性が世間で謳われるようになり、最近低価格のものも見るようになった。私は仕事でシュレッダーを良く使う。私の会社に導入されているシュレッダーはあまり多くの枚数を処理することができない。もう少し飲み込めればなぁと使いながらいつも思う。高価なものになると、かなり処理できるものもあるそうだ。このシュレッダーには注意書きがあり「ネクタイ等を挟まないように注意しましょう」など。私は今はあまりネクタイを締める仕事をしていないので、入退出に使うカードキーが吸い込まれないように気を使っている。
話を本日発生した事件に戻すが、このシュレッダーを製造しているのは宮城県の優良企業「アイリス・オーヤマ」であった。即、経営陣が本事件に対して謝罪している。手をはさんでしまった子供というのは二歳児らしい。昨今、企業不祥事が耐えないが、本件に関して私は完全に管理監督すべき親の責任であると思う。先ほども述べたが、シュレッダーの性能指標の一つが「一度でどれだけの枚数の紙を処理できるか」であり、それは他のものが吸い込まれてしまう危険性に比例している。だから私は広口のシュレッダーが悪いとも思わない。ただ、自分たちのおかれている環境において、どの大きさのシュレッダーが適切か(または、子供がいるような場合であれば購入しない、手の届かない位置に置く等の配慮)といった判断がされなかったことに問題があると思う。
と自分なりの考えを述べたものの、本来話をしたかったのは上記の件そのものではなく、それを報道するマスコミに対しての意見である。私は報道はどんなものであったとしてもあくまで事実を伝えるものであり、あることに対して世論をコントロールするような働きを持ってはいけないと思う。実際、伝える側にどれだけの自覚があるのかはわからないが、ニュースやワイドショーにおける発言はものすごい影響力があり、世論をコントロールしている。さらに最近は演出がすごい。ニュースなのに芝居を見ているかのようである。本日22:00からテレビ○日にて放送された某ニュースでは、のっけから事件があったシュレッダーが用意し、その機種の危険性(相当強調されている)や、そうした事故を未然に防ぐような商品にすべきであったという意見を垂れ流しているわけである。私は既に起きてしまったことに対して「そうした配慮が足りなかった」、「そうすべきであった」ということを無責任に言うような人間が大嫌いである。「専門家といわれる人の、役に立たない後付け意見」が何を生み出すかを教えて欲しい。事後に同様な事件が減るとでも言うのだろうか?ならばもっとはやくからその専門家が警鐘をならしてほしいものである。
世の正義か?世直しか?ジャーナリストとしての使命感か?勝手にやるのはいいですが、毒を世の中に撒き散らさないで頂きたい。事実は事実として報道し、そこに対してどう考えるか、それは個々人がしていくべきものである。その上で企業の糾弾が等が必要であれば、さらに公平な立場として事実のみを伝えてくれればよい。
今日は大安である。昨日、息子の命名も済ませたので、実家から来ている父と一緒に出生届を出しに行く。午後からは出勤しなくてはならないので、10時位に蓮田市役所に到着した。
事前に産婦人科から出生届の用紙等、手続きに必要な書類は渡されてあり、記入も済んでいた。続柄が「子」である。何とも不思議な気分でならない。住民課、福祉課に書類の申請を行い、登録作業は30分程度で終わった。もう戸籍もある立派な人間である。
福島から出てきていた父母もデジタルカメラで写真をごっそり撮っていった。子供の顔は日に日に変わっていくそうである。こまめに撮って、サーバに上げないと…
最近どうも疲れ気味で、家のサーバにアプリケーションをインストールするような気合が出ない…夏は何をしてもあっという間に体力を奪っていくものだ。午後からは会社に行き、作業の進捗を確認する。特に問題になるようなトラブルも発生していないようなので、23,24日を休ませてもらい、妻子とすごそうと思う。
一生付き合う名前。名前は時にしてその人の運命さえも変えることがある。当然いい加減につけるわけにはいかない。
妊娠したと聞いたときからどういう名前にするかを考えていた。私の名前は「○○のような子になって欲しい」という思いから付けられた名前ではなく、祖父と父から一字ずつもらって付けられた名前だ。私はそうして付けられた自分の名前を気に入っている。
「一字もらう」という名前の付け方は私が自分で気に入っているだけに、息子にも…と考えている。私の名前は漢字二文字。初めの字は父からの字で、これを使うとどうも私や父と同じような名前になってしまう。使うのなら下の漢字「之」を使いたい。
当初は「雅之」という名前を考えていた。「雅」という字はその文字が持つ意味も魅力的であり、また男であるならば粋に生きて欲しいという思いもこもっていた。しかし、昨年交通事故にて亡くなった妻の友人が「まさみ」という名前で、妻が「まさちゃん」と呼ぶことに抵抗があるということから、この名は諦めた。
半ば決めた名前をもう一度無から作り出すというのは意外に難しい。私は妻や義理の母と話をしながら5つの名前を考えた。そのうち残った名は「俊之」、「龍之介」、「直人」などであった。
この名前をA4用紙に印刷し、並べる。今日福島からやってくる私の父母も含めて命名式である。結果、ほぼ満場一致で「龍之介」になった。「龍」の漢字は少々難しいが、あまり今どきらしくなく(当て字のような名前を妻は嫌っている。必ず読める字でとのリクエストがあった。)私も非常に気に入っている。龍と言う架空の生き物は中国であれば天子を意味し、日本でも水を司る神として崇められている。その龍のように元気に育って欲しいという思いである。また、私の祖父は「吉之助」、「久助」という名で、漢字は異なるが音としてそれを継承している。
息子がもう少し大きくなったとき、この名を気に入ってもらえれば幸いである。
今日も暑い。ここ数日、信じられないくらいに暑い。つい先週までは夜は涼しいほどであったと言うのに。こういう暑さを酷暑と言うのだろう。今日はまる一日何も予定はない。面会時間に産婦人科に行き、妻と子にあってこようと思う。
昼食を妻の実家で…と誘いを受け車で向かったが、我が家の難易度A級駐車場から出るときに、左後ろのフェンダーを思いっきり壁にこすってしまった…な、なんと言うことだ(泣)。暑い日はどうも注意力が散漫になり、だめである。10年前に3Fの屋根から叩き落ちた日も暑かった。はぁああ。やってしまったことは仕方がない。私は自損保険にも加入しているが、免責金が5万なのである(あー、本当に契約失敗した!)。車対車は免責0だが、その場合にはもっと気持ちが悪い。精神的には自損の方がマシか…あー、ここで散財するなら時計を諦めておけばよかった…といっても、今から手放したくはない。
色々と保険の嫌な手続きを済ませ、傷だらけになった車に乗って妻のもとへ。毎日変わる息子の写真を撮りに行く。病室は個室でとても綺麗だが、少し光の量が足りない。結構手振れ写真が多そうだ。フィルムで写真を撮っているため、どうなっているのかは現像するまでわからない。愛用のデジカメD70はリコールトラブル扱いのに合い、電源すら入らない状態になってしまった。ニコンの工場送りである。こんな理由もあり、フィルムの一眼レフを取り出して久しぶりに使っている。子供の写真は結果的に紙にすることが多いと思うので、それほど抵抗も感じない。とは言えど、早く手元に帰ってきて欲しいものである。
頭の形は、さらに円形に近づいた。髪の毛もどんどん増えている。相変わらず手や足を動かし、笑ったり泣いたりしている。いつまで見ていても飽きないのだが、夕食に近い時間になってしまったので、私も家に戻った。
何かと忙しい土曜日。通院しなきゃいかんし、伸びきった髪の毛も切りたい。また妻の実家で使うウィスキー用のタンブラーをいくつか買い求めたい。ということで池袋へ。平日いつも通っている池袋だが、最近は乗り換えの際に駅から出たくなくなった。最近、疲れることがとても多い。
今回の通院では薬の処方のみのはずなので、病院終わったら即行で池袋北口にある某とんかつ屋のロースカツを食ってやろうと意気込んでいたのだが、病院内の手際の悪さのため限りなく診察に近い時間になってしまい、営業時間内に間に合わず。頭にくる。この恨み、どうしてくれよう…と街をふらついたところ、蕎麦屋にカツ丼と蕎麦のセットがあるのを目撃し「しかたねぇか」と思いながら入る。値段の割にはそこそこうまかった。
さて、髪の毛を切りに行くまでにちょっと時間がある。本屋で時間をつぶそうかと思ったのだが、蕎麦屋と本屋の間にある時計や宝石、バック等を扱うお店をのぞく。すると、欲しいと思っていた120m防水モデルのSeamasterが…しかも自動巻きのクロノメーター対応。しかも値段が…信じられん。そして気絶した。
きがつくと、私の左腕にはSeamasterが…あー、やってしまったか衝動買い。でも見れば見るほどいい時計である。さて、これをどう妻に伝えればいいのか…私の中では俺に対する出産祝い的な意味合いであるが、出産そのものは私と言うよりも妻がしたことであり、なんと言うか「勝手にもう、すいません」と居たたまれない気分になってきた。妻にもお祝いをしないとだな。
もう少し出産に時間がかかるだろうと踏んでいたため、すべき仕事が中途半端で残っている。自分が行うべき仕事は今日中に他に移り、仕事が滞らないようにする必要がある。
出社後は休憩返上で一気に仕事を進める。これなら18:00には退社できると思っていたが、17:00位から始まった会議が終わらない。正直言えば、自分の話したいところさえ解決すればこの席に居る必要がないのだが…18:00が近づいても中々終わる気配がなく、私もこれにはさすがにイライラさせられた。妻が入院中の産婦人科の面会時間は、夫に限って21:00まで許されている。しかし、この市ヶ谷から蓮田の駅にたどり着くまでに約90分かかり、そこから家に帰って車で病院へ向かう。これでも20分くらいかかってしまう。会議は18:30頃終わり、一つだけ残っていた仕事を速攻で行う。会社を出られたときは19:00であった。
家から車を飛ばし病院へ向かうが、何らかの原因で電車が遅れており、その遅延が解決した直後のためか、かなりの本数の電車が蓮田駅を越えていく。病院は線路をはさんだ向かい側。踏み切りをこえる必要があるのだが、全然あかない。20分近く待たされ、病院に着いた時は20:30。結局、面会は30分のみであった。
息子の顔は、昨日は産道をがんばって通ってきたせいか頭がとんがっていたが、大分丸くなってきた。それにしても良く動く子である。今日も手足を動かしながら、表情を変えている。まだ目は見えないそうだが、声で人が判別できるのであろうか?妻と私の違いがわかるような気がする。
あっという間に21:00。夕飯を用意していてくれる義理の母の元へ向かった。
昨日の看護士の「あと2~3日で出産…」という言葉を聞いていたので、いつもどおり会社に行く準備をする。9:30になったところで私の携帯が鳴った。義理の母からである。お弁当をお願いしていたのでその件かと思い電話に出たら「う、うまれたよ~」と。ど、どういうこと?出産といえば陣痛が始まった頃、家族に連絡が来るのが当たり前と思っていたのだが、それどころではなかったらしい。11:30位から陣痛が始まり、9:22に出産とのこと。何でも昨晩は4人位出産があり、大変な事態であったとのこと。陣痛室に空きが無いのでベットで待機し、即分娩台だったらしい。病院についたところで、看護士が私の子供を抱いてやってきた。男!正直、私は男の子が欲しかったのだ。うれしいなぁと思いながらも、3kgを越すこの子を腹の中で育てていたのだなぁ…と、妻に感謝の気持ちが生まれる。しかし不思議なものである。「俺の子…」不思議な思いである。
子供との対面の後、妻の病室を案内していただく。その途中で「とにかく大変な出産だったので…」と聞く。私がいびきをかいて寝たり、風呂に入ったりしている時にそのような事態になっているとは予想もつかなかった(今更ながらそうした状態にあったという連絡が私に無かったことはちょっと悲しかった)。陣痛室に入れないほどの出産ラッシュでそのような余裕が無かったのだろう。私が立ち会ったところでなにができるわけでもない。だが、産声を聞くというのは体験してみたかった。
妻の病室でしばらく待つと、看護士に付き添われ、ふらふらとしながら妻が帰ってきた。とにかくよくやったと思う。「痛くてもう、おかしくなるかと思った」と言う。こればかりは男である以上、一生知ることができない痛みである。それを乗り越えて立派な子供を産んでくれたわけで、あらためて「よくやった…」と言葉が出た。眠らずに出産したせいか、昼食についていたヨーグルトだけを食べ、横になった。しばらくすると義理の父母もやってきた。しばらく話をした後、もう一度子供の姿を見て、家に戻った。
今、子供の写真を見ている。言っちゃ悪いが変な顔である。だがかわいい。産まれてくるまで様々なリスクを乗り越え、五体満足に産まれてきてくれたことにとても感謝している。色々と迷いながら生きてきたが、こうしたことに出会える自分は幸せ者である。今日はいつに無く長い1日だった。
妻の出産予定日が近い。いつ陣痛が来てもおかしくないので時期なので、携帯がなる度にドキッとする。
今日は午後から重要な打ち合わせがある。一通り資料をまとめて、確認が必要なポイントをまとめる。会議中に私が話をしていると携帯が鳴った。普段なら出ないのだが、今日は出産予定日の前日。急いで携帯を見ると妻からの電話。妻は要件があるときはだいたいメールで済ませる。電話をするというのはよほどのことと思い、会議中ながら電話に出る。すると「破水した」との連絡。会議を放り出して家に戻りたいと思ったが、そういうわけにもいかない。この会議だけは終了させなければならない。
2時に会議は終わり、上司の承諾を得て急いで蓮田へ帰る。運良く快速列車に乗ることができたので、3時半くらいに病院へ到着。病室がある3Fにエレベーターであがると、目の前に歩いている妻がいる。「だ、大丈夫なの?」と聞くと「すぐ出産ってわけじゃないから大丈夫。ただ、羊水が少なくなると菌に弱くなるから入院しなくてはならない」とのこと。動き回っていて平気なのかと思ったが、むしろ動かないといけないらしい。うーん、婦人科の領域は良くわからん。
帰り際に看護士から「あと2~3日位で出産になると思いますよ」といわれる。妻は退屈で仕方が無いようだ。
会社の近くにローソンとam/pmがあった。後者のam/pmは信じられないくらいスペースが狭い。店内の一部が鏡になっており、実はものすごく大きいのではないかと、初めてこのコンビニに行ったときに錯覚してしまった。人が通り過ぎるにも支障が出そうなほどである。
しかし私はこのam/pmを気に入っていた。私は毎日紙パックのウーロン茶を買って飲んでいる。ローソンにもam/pmにもウーロン茶はあるのだが、どうもローソンで売っているお茶は味が薄いのである。お茶を飲んでいる気がしない。am/pmで売っていた銘柄は結構おいしく、気に入って飲んでいた。
そんなコンビニがつい先日つぶれてしまった。もう残るはローソンだけである。もうちょっと増えないものかねぇ?
朝、私はラジオで目を覚ます。今朝も渋くNHK第一である。今日はニュースが延長になったようだ。よく聞けば、東京、千葉、神奈川にて大規模停電が発生したとのこと。そこでまず私は携帯を使いJRの運行状況を確認する。湘南新宿ライン(宇都宮線)は全く無影響であるとのこと。今日は午前中に打ち合わせがあるので、その時間まではなんとしても向かわなくてはならない。
例によって炎天下の元を歩いたせいか、蓮田駅につく頃は顔色が悪くなっている。今日もグリーン車である。珍しく混んでいる。みんなお盆休みでどこかに出かけるようである。蓮田までは何とか座席があったが、東大宮、土呂あたりからグリーン車に乗ってきた人たちは座れない。\750-も出して座れないというのも問題である。ホームライナーのように座席数がカウントされているわけではないからこういうことが起きるのだが、せめてグリーン車の乗車率くらい乗車前に知っておきたいものである。
全く遅れることなく職場に到着。停電の影響も私は全く受けなかった。本当に停電があったのかと疑いたくなるほどである。
妊娠中の妻のお腹の大きさもピークを迎えている。もうこれ以上大きくならないと思うが、どうなのだろう?
今週が出産予定日である。急に陣痛が来たとき車に乗せられないと困るので、ある程度だが酒を控えている。妻曰く、「よく夜中に…ってあるのよね」というから、そうせざる得ない。今月中に自主的に出てこないとすると、帝王切開となる。メスを入れられることなく出産することを望んでいる。
今日から一ヵ月後、恐らく家には子供が居るのだろうと思う。不思議である。全く持って不思議である。
もう時計はしばらく買わないぞ~、次に買うときはIWCのポルトギーゼに…とか思っていたのですが、ちょっと最近気になる時計、それがSeamasterである。ベゼルがでかい300m防水のものではなく、120m防水の方である。あの落ち着いたデザイン、そして自動巻きにCHRONOMETER認定されているモデルがあるってだけでかなりグッとくる。もうクォーツの時計を買うのは何だか嫌になってきた。自動巻きは忙しい朝など面倒な場合もあるが、やはりこのゆっくりと針が動く感じがたまらない。気味が悪いが、文字盤をじっくり見てニヤニヤしてしまう。決して高いわけではないのだが、出産を控えたこの時期に購入するわけにはいかない。ここは我慢だなー。
なんて贅沢なんだと言われてしまいそうだが、会社の好意により出勤時にグリーン車を使わせてもらっている。訳は、乗車時の私の体調不良のためである。私は精神的にも肉体的にも朝がものすごく苦手である。体調が悪い状態で電車に乗ると、乗換駅で少し休まないと動けない。吐き気や頭痛のために会社の途中まで来て、引き返したこともある。そんな感じで会社に遅れがちになったために会社がしてくれた配慮である。本当に恩ばかり受けているようで申し訳ない。いつか必ずこの恩を返さなくてはいけないな。
テレビ朝日系列で水曜の9時から放映されている作品である。最初は「全然面白くねぇ!」と見るのをやめようかと思うほどであったが、見ているうちにハマってきた(私の中では良くあるパターン)。特に先週の話はよかった。何かこの世がおかしい。生活が脅かされ、死ななくてもいい人がどんどん殺されていく。これはドラマの中の話だけではない。実際に我々が生きるリアルな世界においても同様のことが言える。
先週の話はネプチューンの名倉潤がコンビニ強盗役になり、立てこもる事件。つい先日、名倉の妹役がバイト先の別なコンビニにて強盗に刺されて死んでしまった。単純に考えるとその復讐かと思うが、そういうことではない。ただ悲しみにふけり、ふらりと近所のコンビニにふらっとやってきて、そこで売られていたカッターナイフに目が入る。それを取り出して店員を脅し、立てこもってしまう。計画性は全く無い。ただ絶望感の中、気がつけばそうしていたというのに近いだろう。拉致されたのは3人。その中に本作の主役である木村佳乃が演じる刑事も含まれている。名倉は特に何を要求するわけでもない。ただ悲しみや苦しみにより暴走を止めることができない。名倉は「世の中いったいどうなってるんだ」とやるせない思いを吐く。
コンビニというものは現代社会をあらわす一つのシンボルではないかと私は思う。今はそこそこな田舎に行っても、深夜まで営業するコンビニエンスストアが存在している(あ、私の家と実家の周りは別…)。とにかく「個」にこだわる人にはなくてはならない存在がこのコンビニ。夜だけ外に出られる方(私も荒んでいた時期があるのでわかります。AM3:00くらいに酒だけを買って帰る。公園で酒を飲みながらあたりが明るくなっていくのを感じて、家に帰っていた。)や、夜遊び大好き人間には必須である。またコンビニが増えることによって元々存在していた商店等が廃業に追い込まれる(実際に私の実家周辺ではこうしたケースがあった)ことで、経済的に追い込まれた人が生まれてくる。
ちなみに今週のシナリオは、巨大チェーンソーを持って銀行のATMを破壊する事件であった。犯人は町工場の社長。今までタダ同然で工場で働いてきた社員に、最後の給与を何としても渡したい。その思いだけであった。ATMをぶっ壊す人はそうそう居ないだろうが、そうしたいと思いたくなるような経営者はとても多いだろう。
「世の中いったいどうなってるんだ」って言葉、それは世の歪さにどこかで気がついてしまった人の心を表す最もストレートな表現なのだろう。
三谷幸喜は本当にすごいなぁと思う。彼が書いた作品は何を見ても面白い。今回も期待を裏切ることの無い出来栄えであった。細かい出来事が話の中で次々と関係し、最後には面白いオチとなる。伏線一つ一つが面白いのに…すごいなぁ。
一応あらすじ。毎度のごとくAmazon様から引用させていただきますが、
大晦日、様々なイベントが目白押しでごった返すホテル・アバンティ。そんな時に副支配人の新堂は別れた妻と再会。妻は再婚していたが、その再婚相手はホテルの目の上のタンコブであるコールガールのヨウコと浮気を。そんなことは知らぬ新堂は、つい元妻に見栄を張って大嘘をついてしまう……。という話はごく1部。主な登場人物だけで20名以上もおり、それらの人々が織りなす2時間の物語がリアルタイムで、しかも絶妙に絡み合って展開していく。面白いのは舞台っぽいところ。あえて1シーン1カットにこだわった撮影が舞台っぽさを強調し、ちょっとやりすぎではと思える笑いの要素(特殊メイクなども含めて)も引っ掛かることなくサラリと見せてしまうのだ。三谷ワールドは全開だし、俳優たちの演技合戦も相当に楽しい。観て損なしの作品だ。(横森文)
シナリオの面白さもあるが、使っている役者がとにかく豪華だ。役所広司、松たか子、佐藤浩市、香取慎吾などなど。三谷作品は外れることが少ないだろうから、これだけ有名な役者が揃うのも理解できる。他に篠原涼子も売春女の役で出演していたが、金髪のズラが取れるまで誰だかわからなかった。個人的にはまってしまったのはホテルの支配人役の伊東四朗が白いどうらんを顔に塗ったまま、それを落とせずにホテル内を逃げまくる様子。何度見ても笑えてしまう。唐沢寿明もすごい髪型で出演しているが、三谷×唐沢の組み合わせにコーヒーのCMを思い出した。
文章で説明するのが面倒なのでこのあたりにしておきますが、見て損はありません。もうね、買ってもいいくらい。お勧めです。
我が家の庭でガチャピンに遭遇(チョウチョ手前って感じ。苦手な人はクリックしないで!)。すごい色。この彩度が高い緑は印刷物やディスプレイで出せないであろう。ガチャピンの側面にある紫色の縦線が「将来立派な蝶になる」と感じさせられる。もう少しで空を飛べるだろうから、生き残れよ~。
私が「カンゾー先生、見てみたいなー」と妻に話したのを覚えていてくれたのか、DVDを借りてきてくれた。何ともコミカルかつエロい作品だったような覚えがあるのだが、話しの詳細は良くわからず。予想していたものとは違ったけど、むしろ想像していたものより良いかも。あらすじはこんな感じです。いつもすみません、amazonさん。
戦時下の岡山県で「開業医は足だ」をモットーに診療を続ける赤城風雨(柄本明)は、どんな病気も肝臓炎と診断してしまう「カンゾー先生」と呼ばれる医者。「このままでは日本中に肝臓炎が蔓延し、国が壊滅してしまう」との危機感を抱いた彼は、診療の傍ら肝臓炎ウィルスの研究に精を出す。そんな折り看護婦として雇われているソノ子(麻生久美子)が、負傷した脱走兵・ピート(ジャック・ガンブラン)を診療所に匿ってしまう。
ネタバレしない解説だとこのくらいになってしまうのかな?ただ面倒でどの患者にも「肝臓炎」と言い続けているだけかと思ったが、実際にそれだけ蔓延している病気だったらしい。肝臓炎とは「肝臓の炎症性疾患の総称。病因によってウイルス性・中毒性・自己免疫性に分かれ、また、経過により急性と慢性に分かれる。」とのこと。ウィルス性のものであるとうつる可能性があり、さらに顕微鏡等を使用しないとそのウィルスを確認することはできない。慢性になるとお腹に水がたまり、すさまじい状態になるようだ。本作品の中にもそうしたシ-ンがあり、驚いた。
本作品は大東亜戦争末期の話で、本土決戦も辞さない時代に生きる人々を生活を描いているのだが、それを見事に映像で表現している(といっても戦争中に生きていたわけで、実際にはこれと異なるのかもしれないが、今村昌平監督を信じたい。)。ボロボロで汚れた衣服を身につけながらも、現代よりもむしろ生き生きと「人間らしい」生活をしているように私の目には映った。この世界からすれば、今の私達の世界など「無菌室」のようである。とにかくたくましい。ソノ子の家庭は両親が亡くなっており、とても貧しい。生計は売春(作品の中では淫売という言葉を使っている)での収入。ひどいあばら家に住んでいるソノ子の妹、弟は満足に飯を食うことも出来ず、空腹のために「お姉ちゃん、淫売たのむ。」と書かれた置手紙を残して、寝ている。子供だから淫売ということが何なのか、良くわかっていないのだろう。唐十郎が演じる酒ばっかり飲んでいる坊さんや、モルヒネ中毒の外科医(世良公則)と破天荒な人がたくさん出てくる。実に面白い。
私としてはかなりお勧めの作品である。
最近、JR湘南新宿ラインに翻弄されまくっている。木曜の帰りは湘南新宿ラインを利用できず、赤羽駅での埼京線→宇都宮線という乗り換えに失敗。目の前でドアが閉まるという最も悔しいパターン。しかも、30分近く電車が来なかった。本来の帰宅時間よりも1時間位遅れてげっそりである。
今日は大宮によって昼飯に寿司を食い、病院に行くつもりであった。乗りたかった電車は11:33蓮田発の電車。その時間に間に合うように炎天下を歩いていたら、突然上野方面に向かう電車がやってくる。時計をみてもまだ11:33には余裕があるのに…と思いつつも、ダッシュしてその電車に間に合わせようとしたが、例によって目の前で電車のドアが閉まる。しかも、小金井駅でのポイント故障のため、次の列車は40分後にならないと来ないというアナウンスが流れる。そんなに待たされては寿司屋はおろか、病院にすら間に合わない。大宮まで出れば京浜東北線がある。なんとしてでも大宮に急がなければならない。
埼玉に住んで4年位になるが、いまだに埼玉県の地理が良くわからない。そこで妻に電話をし「なんとか大宮に行く方法は無いか?」とたずねると「埼玉新都市交通(ニューシャトル)がある」とのこと。家の比較的最寄である今羽駅まで車で送ってもらった。私はこのニューシャトルを利用したことが一度も無い。駅に着くと、実家福島の寂れた駅を思いだすような小さな駅。切符を買おうと発券機に向かうと、大宮まで\240。高すぎだろ!と思いつつも、仕方が無く購入。JRに払って欲しいくらいだ。ホームに上がるとホームの距離が短い、線路の幅が狭いなど色々な発見があった。10分程度待つと車両がやってきた。小さい!中に入ったらこれまた狭い。名古屋の地下鉄より狭い。ニューシャトルはわりと小刻みに駅があり、ちょっとした距離を走って止まり、また走って止まり…ようやく大宮に着いたと思えば、次の京浜東北線が15分後…もうやってられません。
寿司を食えなかった反動でとんかつを食いに行ったが、これがショボイ。おそらく揚げすぎで肉が収縮しているような気がする。さらにコロモが鋭利といってもいいほどに尖っており、口の中の上のほうが傷ついた。もうね、最悪。ついてねぇなぁ。
以前、友人達から頂いた体脂肪測定機能付きのヘルスメーターが壊れてしまった。測定開始を指示して無いのに、勝手に開始してしまう。接点異常であろう。5年近く働いてもらったが、もう寿命だろうか。
妻は妊娠中で体重管理が大事。私は…太りっぱなしなのでヘルスメーターは必要なのだが、見たいような、見たくないような体重と体脂肪率。しかし、「ダイエットは自分の体重を知る事から始まる」と言われている(誰が言ったんだ?)ように、基本中の基本である。そろそろ現実に目を向けようと思い、ヘルスメーターの購入を決めた。
妻からの要望は0.1kg単位で測れることと、体脂肪計がついていること。具体的な機種選択は私に任された。私は多少高くてもデザインが優れるものを選びたかったので、ガラス天板のこのモデルを購入することにした。某メーカーの同じようなデザインのものは、値段が2倍近くする。メーカーの違いによるヘルスメーターの差異を論じられるほど私はヘルスメーター通ではない。とりあえずこれでいいだろう。と、ネット通販にて購入。
そして、今日届いた。代金引換にしたので、手数料が結構付く。こういう手数料がかかることをもっと目立つところに書いて欲しいものだ。体重測定はこれからしにいくが、久しぶりで恐ろしい。しばらく止まっていた体重・体脂肪計測記録を再開するとしよう。
歯のケア対策にはインプラント・矯正歯科・入れ歯などに役立つ情報サイト
定期的に歯のケアをされている方がいます。そのような方々は受診前に歯に関する情報サイトで、知識を吸収しているようです。歯医者さんで、インプラント・矯正歯科・入れ歯などの受診に役立ててください。
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