2006年9月アーカイブ

私の息子も生まれて一月半くらいが経過した。もうベビーバスではなく大人用の風呂に一緒に入って良いと言われていたので、本日決行することにした。
ほかの子と比較したことが無いので良くわからないのだが、うちの子は意外と風呂に入れやすい。湯船にさえ入ってしまえば、さほど騒ぐようなことも無い。体がムチムチしていてしわ(?)になっている部分がちょっと洗いにくいが、湯船に入って「ホゲホゲ」言っている間にささっと済ます。本によれば沐浴は5分程度でよいと書かれているが、ちょっと5分で一連の作業をするのは無理である。
ベビーバスでなくなることで、入浴そのものは楽になる。しかし、今まで1人でも入浴作業が出来たものの、大人用の風呂となると「風呂に入れる人」と「お風呂から出た後の世話をする人」の2人が必要になる。私が洗う役、妻が風呂のあとの世話役である。
一連の作業を見ると、まず私が風呂に入る。そこに妻が息子を連れてやってくる。まずはお尻を桶で洗い、ガーゼを体の上に乗せて湯船に入れる。ここで例によって泣き止む。ベビーバスの頃は足が風呂の底にとどいたが、今度はそうはいかない(そもそも二足歩行できるわけではないので、あまり意味は無いのか?)。私の腕の中で抱かれて風呂に入っている。ちょっと手を引いただけで大変な事態になるのだが、安心しきって体を私に委ねている。ここまで私を信じきっているんだなぁと不思議な気分。よほど気持ちが良いのか、寝てしまいそうになる。その後、湯の外に出し、空気で膨らむビニールマットの上において、体を洗う。いつもと同じように頭をまず洗い、その後に体を洗う。ベビーバスで洗うよりはとても楽である。また、シャワーが使えるところも大きい(ずっとシャワーの温度は気にし続けなくてはいけないけど)。シャワーで石鹸を洗い流したら、また一緒に風呂に入る。育児の先輩方に聞くと、気持ちよさのあまり、排泄行為をしてしまうことがあるらしい。小用は…まぁ許そう。大用は勘弁してくれー。
入浴が終わったら、妻に子を渡す。次は私の入浴である。風呂から上がるころには新しい服に着替えて、眠っている。入浴は疲れるのであろう。入浴後は数時間眠るので、その間に私たちの食事の時間となる。子供中心に時間が回っている我が家である。

sadeの名曲なのだが、日産ティアナのCMにSmooth Operatorのアレンジバージョンが使用されている。本来の曲はもっとメロウな印象の曲なのだが(いわゆるsade調)、これは非常に明るくテンポがスムーズで明るい印象。ティアナのブランドイメージである「モダン」という言葉に非常に合う曲だと私は思う。で、歌っているのはSadeでは無く、Basiaである。ちなみにこのCMの前はMatt Biancoの曲が採用されていた。BasiaとMatt Bianco、この両者の間には親密な関係がある…っていうか、BasiaはMatt Biancoの元ボーカルなんだよな。Basiaのアルバムはここ数年出ていないが、Matt Biancoの割と最近のアルバム「Matt's Mood」にてボーカルとして返り咲いている。私はBasiaもMatt Biancoも好きなので、元に戻ってもっとアルバムを作ってくれればうれしいのだけど。
で、日産ティアナのCMにSmooth Operator、非常にいい曲なので販売されているのならば即買いしたい。同じような思いの人が結構居るようで、googleで検索してヒットしたページを見ると「発売されていないのが非常に残念」と記載されている記事を見かける。日産は過去にCMで使われた曲だけを集めたCDを発売したことがある。こういう方式になるのだろうか?それだと聞きたい曲も、聞きたくない曲も一緒に入っている上に、高い。嫌だな。次のMatt Biancoのアルバムに入っていてくれとうれしいのだけど。

手巻き・自動巻きの時計は、どの程度ゼンマイが巻かれているかによって駆動時間が変わる。ゼンマイをフルに巻いたとき駆動し続ける時間を表すのに、パワーリザーブという言葉が使われている。パワーリザーブの時間は時計固有で、手巻き・自動巻きの時計のマニュアルに大体は記載されている。しかし、現在どの程度ゼンマイが巻かれているのかはわからない。フルなのか、それとも全然巻かれていないのか?時計を外したらあっという間に止まってしまうということもある。ゼンマイの巻き具合(残り駆動時間)を視覚的に見られるようにしたのが「パワーリザーブメーター」であり、一般的には高価な時計に採用されることが多い(オリエント社のような例外もあり。あそこの時計はいい物が多い割には非常に安価である。)。
理想的なのは自動巻きでありながらも、手巻きもできて、パワーリザーブメーターがついているモデル。私の手持ちの時計には手巻き&自動巻きというモデルは無いので、使い始めるときに上下に振ってから使っている(このプロセスがどうもかっこ悪いと私は思う)。これが手巻き可だと、あっという間にゼンマイを巻くことができる。原理上、巻きすぎるとゼンマイは壊れる。そういう意味でも、パワーリザーブメーターがあると助かる。
買うつもりは無いのだが、最近気になる時計がある。SEIKO腕時計の最高峰、GRAND SEIKOスプリングドライブモデルである。現物を見ると本当に驚くのだが、秒針の動きがものすごく滑らかで、まさにアナログな動きなのである。ハイビートの自動巻きもかなりアナログに近く感じられるが、このスプリングドライブを見てからは微妙にカクカクしているように見えるようになってしまった。自動巻きのローターの動きから発電し、クオーツ時計のように動作させるキネティック(オメガならオメガマチックなど)というムーブメントがSEIKOにはあるが、スプリングドライブはキネティックと同様にローターの動きで発電するものの、その用途は異なる。動力はあくまで機械式。コイルで発電した微量の電力はICや水晶振動子に伝えられ、ここから得られる正確な時間情報を元に電磁ブレーキをかけて機械式時計ではどうしても発生してしまう数秒の日差を解消する。滑らかな秒針の動きはトライシンクロレギュレータによるもので、水晶振動子、ICの情報を利用しながら一定の速度を保っている。さらにパワーリザーブは驚く無かれ、72時間…3日持つのである(通常の機械式時計のパワーリザーブは40数時間ほど)。パワーリザーブメーターも装備しており、ゼンマイの巻かれている度合いがわかるようになっている。もちろん、手巻きでゼンマイを回すことも可能である。
やっぱりSEIKOはすごいなぁと思う。クォーツ式時計を生んだのもSEIKOであった。デビュー当時は少ない日差、正確性でクォーツは大変もてはやされたそうだが、今となっては何だか味気ないという印象が否めない。しかし、このスプリングドライブは、機械式の良さとクォーツの正確さが双方兼ね備えられている。本当に脱帽である。40万円オーバーで安い時計とはいえないが、ROLEXの最下級クラスの値段とさほど変わらない。ならば私はスプリングドライブ採用のGrand SEIKOを買いたい。

mixiのあゆさんからゲット。
振り返ってみると、俺の飲みは本当にひどい。

Q1.週に何回酒を飲む?
 6日くらい。最近、食前から食後にお酒を飲むタイミングが変わりつつある。

Q2.居酒屋で呑む派?家呑み派?外呑み派?
 家飲み派です。居酒屋や外では全力では飲めません。倒れますから。
 自宅の他県で飲んでいるときは、アルコール度数10%以上の酒は飲まないようにしてます。

Q3.好きなお酒ベスト5
 1.ウィスキー
 2.ブランデー
 3.焼酎(甲類で、割ったものだけ。チューハイとか?)
 4.ワイン
 5.ビール
 ビールは喉越しが良いので飲みますが、実はあんまり味わってません。

Q4.お酒弱いですか?
 弱くなりました。
 一晩でウィスキー1本みたいな飲み方が、もうできないです。

Q5.記憶なくしますか?
 もうカウントできないくらい記憶とばしてます。
 記憶をなくしたことで、嫁を得ました。

Q6.一番最近お酒でやってしまったこと・今までで一番酷かったことをどうぞ。
 最近…親戚にすさまじく飲まされ、げーぇ!
 お宅でやってしまいました。
 1番ひどいのは、救急車で運ばれた池袋の飲みでしょう。
 入院中の仮釈放(一時帰宅)の隙にやってしまいました。
 もちろん、主治医には秘密。

Q7.今まででお酒のせいでされてしまった嫌な思い出は?
 酔っ払った友達のマーライオンアタック。
 俺に向かって飛ばすなよ!
 終電ギリギリだったらしく、吐きながら全力疾走してたなぁ、あいつ。

Q8.しっとり呑む派?大勢でにぎやかに呑む派?
 しっとりです。大勢って、実は苦手なんです。

Q9.今までに何を何杯飲んだ?
 昨日はウィスキーダブルのお湯割を1杯。
 もう秋ですね。

Q10.酔った時、二日酔いなどのオリジナル対処法などありますか?
 スポーツドリンク飲みまくり、小用しまくりでアルコール排出。

Q11.バトン回す人。。。。
 O氏に回そうかしら?

理由はわからないのだが、ある日を境にものすごい量のスパムメールが届くようになった。フィルタリングをして大分弾いているものの、日に十数通のメールは届く。今日は比較的笑えるものが届いたので、さらしてみようと思う。

--- ココカラ

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---ココまで

謙虚なんだか傲慢何だかわからないが、メールの真ん中あたりで「横領」などの怪しげな文字が現れる。読んでいる人をとても不安にさせる上等テクニックだ。
まぁ、バッタモンの通販サイトなんだろうけど、日本語翻訳ソフトかなんかで出た文章をそのままコピペしたんだろうな。でも、自分が書いた英語のメールが上記のように受け取られていたら…と、人ごととして笑えない自分が居る。

東京駅八重洲口方面にあるパシフィックセンチュリープレイス。ここの2Fにある「OLD Man's UN」という店へ急ぐ。間違ってホテル側に入ってしまったり、とかくこのあたりは縁が薄いせいか、目的の場所に来るのがとても難しい。7時少し前に店に入るとS氏が既に店内にいた。
今日は私が初めに入社したときの同期メンバーでの飲み会。名古屋にいるS氏の東京出張&O氏の送迎会である。S氏と会うのは約5年ぶり。まだあの時は結婚どころか、今の妻とも付き合っていなかった。上記2人以外にはI氏(大きい方)、K氏、旧名でN氏、T氏、Y氏。私を加えて合計8名。この同期でこれだけの人数が集まることは珍しい。やはりO氏の送迎会ということで、急なスケジュールながらも多くのメンバーが参加してくれた。
私が社会人になりたてでまだ20才だったころに所属していた会社は非常に太っ腹で、新入社員をまる1年間、会社の研修施設で育成してくれたのである。主に高専卒の者と、事業部から数名。計20数名が研修施設で一緒に研修を受けていた。多くの人は会社の近くの寮暮らし。毎日顔を合わせていても、いろいろなところで飲んだり遊んだりした。研修施設を出た後は各部署へと配属が決まって別れることになったが、在京の人が多く、また地方事業部に配属となったメンバーも東京に来る機会が多く、良く飲みに行っていた。しばらくは宿泊込みのイベント等を行ったが、退社する人、仕事が忙しくなってしまった人、結婚して中々時間が作れなくなった人がぽつぽつと出てきて、飲みやイベントの回数が次第に少なくなった。特にここ5年位は集まる機会が非常に少なかった。相当数の人数が揃うのは誰かの結婚式やその2次会の時くらいになってしまった?
飲めば飲んだで非常に楽しいのである。少ない機会ながらも、いつもそのように感じている。話す内容は昔のことが多い。まだ自由に飲み、遊び、旅行に行っていた頃の話。しかし昨日の飲み会では今までならあり得ないような会話があった。育児に関することである。8名揃ったうち、5名が親なのである(一番新米なのは当然、私)。年をとったなぁと思った。20才で一緒に入社した同期もみな、30才になろうとしている。
7時から11時まで飲んだが、こんなに楽しい思いをした飲みは久しぶりである。なのというか、居心地がいいのである。まぁ、20才の頃のように飲みに行くことはできなくても、もう少し、このメンバーで飲む機会を作ろうと、帰り道で話した。

生後一ヶ月経った息子の入浴担当、土日は私らしい。
あかちゃんというのはムチムチしていて、体に溝がいっぱいある。そこに汚れがたまるので、そのあたりを重点的に洗ってあげる。難しいのはのど。首を反らせなければならないので難しい。
入浴前、服を脱がせるとうちの子は泣き出す。体の上に何も無いということがよほど心細いらしい。ガーゼを乗せてあげて、適温にしたお湯に入れる。実に不思議なのだが、それまで泣いていたのに湯につかると泣き止み、嬉しそうな顔をする。お腹の中に居た頃の心地よさなのだと聞いたが、一歩間違えば危険な水である。不思議なものだ。
お湯から上がるとまた泣く。だが、バスタオルでくるむと泣き止む。今日は入浴後にとてもさっぱりしたのか、放尿してくれた(今日に限らず、どうも入浴後はやってくれる)。なかなか威勢のいい奴である。こんなんでも可愛いのだから、重症だ。

特に買い物が無くても大型電気店を見て回るのはとても面白い。結構な時間つぶしになるものである。
今日は一つ買い物があり、池袋の某大型電気店を訪れた。目的のものを買った後、カメラコーナーへ。
最近は圧倒的にデジカメの売り場が広くなり、銀鉛カメラのエリアは縮小された。販売されるレンズもデジタルカメラによる使用を主眼としたものがほとんどだ。
で、とんでもないレンズを見つけた。NikonのAF-S DX VR Zoom Nikkor ED 18-200mm F3.5-5.6G(IF)である。おい、なんだよ18-200mmって!デジカメ計算だと画角が1.5倍計算だから、27-300mm相当。広角も望遠も1本でOK?しかも全然暗くないし。
あー、シグマとかタムロンのレンズならまだ我慢する(Nikonのレンズに比べてAFのスピードが明らかに遅い)。しかし、Nikon製。で、実売価格8万円代。あー、D70買った頃にこのレンズがあったら、絶対に買っていたのに…
どうも大人気商品(当然だ!)のようで、入荷が全く未定とのこと。売り場の店員も「私もほしいんですが、全然入らないんですよ。工場を海外に移したためのタイムラグらしいんですが…」とのこと。
売っていても、現在の私にはこれを買うだけの金は無いんですけど!!あ~くやしいわ~。

今日、ニュースを見ていて個人的にはぶっ飛んでしまったのだが…
学校の入学式、卒業式に日の丸を掲げ、君が代を斉唱することを東京都教育委員会が義務づけ、それに反した教師を罰した件について、思想・良心の自由を侵害する(原告曰く、軍国主義的思想だとのこと)として東京都立高の教職員ら400名が東京地裁に訴えた裁判の判決が本日あった。判決は「強制は違法、違憲」として原告の全面勝訴となった。
この東京都教育委員会が教師を罰したという点については個人的にはどうでもいい(いや、良くは無いんだけどさ)。私が大変問題に感じているのは、この都立高校の教師たちの態度についてである。私は「日本という国家に属し、日本国の国民である」という意識を持つ(国家意識を持つ)ことは昨今、非常に必要であると感じている。その一例として「税金を徴収し、公共の福祉を提供していく」という国の持つ機能が十分に機能しなくなりつつあることを挙げたい。年金のシステム、災害当によるライフラインサポート、生活保護、医療費負担、教育など、国が最低限保障しなくてはならない局面があり、それを支えるのが税金である。税金は国に対して納めている。国家に対する帰属意識が無くなれば…?納税という意識も薄らぐように考えるのだが、どうだろうか?特に二極化する昨今、これらのサポートは今以上に必要なものとなるだろう。私も会社から頂く給料の少なくは無い額を税金として取られている。しかし、国が持つ税という仕組み全体を考えれば、仕方が無いと思う。
国家意識が必要と思うのはもちろん税といった側面からだけではない。外交、歴史史観、文化など様々な面から今後も必要とされるだろう。
そうした税金をこれから払うこととなる高校生たちを教育する立場の人間として、国家意識を否定するような行動(表現)をとるということが私には理解できない。東京都教育委員会も呆れて、本当ならそんな罰則規定を作りたくない(生徒を校則で罰するのと同じように、いい大人に対して罰則規則など設けたくないだろう?)と思う。
さらに言わせてもらえば、彼らは「都立」高校の教師なのである。あなたたちの給料はどこから出ているのだろうか?
日本国憲法には確かに自由権という権利(表現の自由、思想・良心の自由を内包)が謳われているが、この教師の態度を私は一つの「表現」として見ている。時として表現の自由の濫用は対象とされたものの(今回の場合は国家)の利益を損ねるという一面も持つ。そのため表現内容には「明白かつ現在の危険」という制限のガイドラインを設けている(日本では下級審判決にて基準となった例がある)。本件は明らかに「近い将来、実質的害悪を引き起こす蓋然性が明白であること」という項目に該当すると思うのだが。

めて入社した会社の同期であるO氏が近々転勤するという。場所は仙台。元々仙台への異動は考えていたそうで、岩手生まれの彼としては実家が近くなる等のメリットがある。最近はこの会社の同期のメンバーと飲む機会も少なく、半年に一度程度会っていた。仙台に異動になった後も東京に来る機会は少なくないだろうし、会う頻度としては変わらないのかもしれないが、やはり物理的に離れるのは寂しいものである。
彼との付き合いは、もう9年以上に及ぶ。いや、入社前の内定の時からカウントすればもう10年になる。興味のあること、仕事の志向性が彼と私では近いものがあってか、入社1年目の研修期間だけではなく、入社2年目で他部門に異動し、入社4年目で私が退職して別の会社に移った後でも付き合いはほとんど変わらなかった。徹夜で行われるカラオケイベント「残業」やら、すき焼きを食べたいと思い、店を探してもすぐ誘惑に負けてすき焼き以外のものを食べてしまうと言う「すきやき倶楽部」といったB級グルメ探訪チームのメンバーでもあった(あの企画、またやりたかったなぁ)。
こうした笑いが止まらないようなイベントだけではなく、この10年間、私には「彼女と付き合う→別れる」ということが度々あった。付き合い~わかれ~また別の人と付き合い~と…今数えてみたら、4年間で5人と付き合い、別れたと言うことになる。もう、これには泣いた。そして、私ほど頻度は多くないが、O氏にもそんなことがあった。私が沈んでいるとき、彼は精神的に健常な状態であり、逆に私が正常だったとき、彼は沈んでいると言う交互に状況が悪くなるという傾向があった。そのときはお互いに相手を励まし、泣き、そして最後には笑った。彼に私は幾度と無く助けてもらった。
お互いが結婚をしてからは家庭に時間をとられ、さらにO氏の超激務状態が続き、合う回数もずいぶんと減った。家に集まって忘年会をする位だったが、また会社の同期であるI氏の結婚式二次会の幹事を大きい方のI氏、O氏、私で承った時は、よく会うようになった。結婚式が終わってからはまた同じような状況に戻ったが…
とにかく、彼が関わるイベントが本当に多かった。いざ異動となると送迎会で中々時間をとることも難しいと思い、お互いの会社の近くである神楽坂にてサシで飲むことにした。1軒目は神楽坂の奥まったところにある焼き鳥屋さん、そして2軒目は20才のときに同期と何度か来たことがあるM's Barという店である。どうも話す内容が今のことより、昔のことばかりとなる。「あ~あの頃は楽しかったなぁ」と、過去を振り返りまくるオヤジのようである。4時間近く飲んでいたのだが、お互いしかしらないような情報を10年分振り返るには至らなかった。大きな出来事が多すぎるのである。
仙台は私が学生時代によく遊びまわった街。しかし、かれこれ5年以上行っていない。O氏が異動した後、また行ってみようと思う。学生の頃のように朝まで酒を飲みたいものだ。

池袋駅にて、領収書をもらうために改札近くの駅員と話をしていたところ、突然おばさんが怒りながらやってきた。私の後ろには人が数人並んでおり、駅員は突然乱入してきたこのおばさんに「お並びください」と言ったのだが、肩を他の人とぶつけたのか「私は怪我してるんですよ」と凄んでくる。そして「どこかで休めるところに連れて行け。無ければ救急車を呼べ。」と言うのである。ぶち切れている…
ぶつけたのは事実かと思うが、救急車を呼ぶというのはおばさんの様子を見ていると大げさに思える。ようは「駅員をぶつかってたまった不満の捌け口としている」だけのようにしか思えない。客とはいえ、あまりに横暴である。
鉄道職員というのは非常に気の毒であるように思う。信号機が壊れたり、ポイント故障ってのは多少鉄道会社にも非があると言わざるえないが、人身事故は鉄道会社のせいだけではない。天候もそうである。それでも車内放送などで「ご迷惑をおかけします」と言っている。そこで自分の思い通りに成らないことに対して鉄道職員に文句を言うのは筋違いだろう。
このおばさんは50代後半だと思うのだが、どうもこのあたりの年齢層の方には自分勝手な方が非常に多く見受けられる。周りの目が見えなくなってしまうようである。

私は思う。最近、何につけてもサービスが過剰すぎるのである。そして、消費者もそれを当たり前だと思いすぎである。だいたい、列車の停止位置どおりにちゃんと列車が止まるなんてことは、すさまじい過剰サービスに感じる。それが当たり前になれば、他の鉄道会社にも伝播する。過剰なサービスを提供するということは、サービスを提供しているのが人間である以上、どこかにしわ寄せが来るということになる。そのしわ寄せの一つの例がJR福知山線の事故であろう。
 ・綿密なスケジュール通りに列車を運行させる
 ・駅における車両停止位置通りに絶対車両を停止させる
この上記2つを満たそうとしたため、あのような脱線事故がおきた。
それ以外にも物流は運送会社自体が過当競争気味であると思う。その影響か、トラック運転手の疲労による事故が絶えない。別に今日送ったものが明日届かなくてもいいのである。明後日でいい。それだけサービスを過剰にして、他のリスクを高めてほしくないと思う。
どうも社会のサービスというものはIT機器の導入や技術革新、人間の努力により放っておくと過剰になる傾向があるようである。それを止められるのはサービスを利用する側の私たちだけである。そのサービスがどのような犠牲によって提供されているのかということを少し考えれば、「いいえ、そこまでは結構です」と言えるのではないか?サービス過剰のリスクは最終的に消費者にも不利益を与えることは、現社会システムを見れば、すぐにでもわかることだと思うのだが。

今となってはあまり役に立つ資格でもないDTPエキスパート。履歴書の「資格」の欄を埋めるだけのものであった(そもそも、もう履歴書を書くこと自体無いのだが…)。2年程前までは副業でDTPエキスパート試験の対策講座を、とある学校で担当していた。人に教える手前、自分でもそれなりに勉強して、生徒からのどのような質問にも答えられるようにしていた。2年前時点での本業は既にDTPとは無関係。実質、関係があったのは初めの会社だけだった。だが、副業とはいえそれなりの報酬を得ていたわけだから、勉強する動機は当然ある。
このDTPエキスパート試験の厄介なことは、数年置きに更新があることである。私はDTPエキスパート10期生である。先月実施された試験を受けた方は26期になるそうだ。半年に一度実施されているので、もう資格取得から8年にもなる。更新回数が一定を超えると、ゴールド会員というものになる。私もそうである。ゴールド認定されると更新は3年に一度になる。そして、私は今回更新対象になっている。
正直、「もう更新するの辞めようかなぁ?」とも思った。受験料が\7,000-もかかるのである。かつ、証明書のための写真を準備したり色々と書類を送ったりと、手続きもめんどくさい。さらに、DTP業界から2年間も離れていた私が容易に問題を解けるかという思いもある。うんざりである。ただなぁ…最初に試験に臨んだとき、試験勉強や課題提出に大分苦労させられたことを思い出すとただ捨てるのももったいない。不満はあるが、とりあえず更新試験を受験することにした。
かくして、8/28頃に更新試験の問題は私の手元に届いた。しかし、届いてもしばらく放置。何だかやる気が起きない。とりあえず封をあけて、回答送付の期限を確認する。9/20消印有効…まだまだ先だな…と思いつつも迫り来る締め切り。16日からの三連休の1日目、2日目をあっさりとスルー。3日目、もうどうにも逃げられないので、気合を入れてやることにする。
結果、所要時間4時間で終了(まだ現役だった前回の更新試験に要した時間は、半分の2時間)。結構わからないこと(Adobe製品のCS以降のバージョンのことなど)は非常に苦戦したが、他は覚えていた知識でどうにか対処できた。しかし、サーバやインターフェースの問題は全然難しくないのに、アプリケーション特有のトラブルに関する問題や文字組の問題はとてつもなく難しい。また、長文問題がかなり増えており、問題を読むだけでもかなりのパワーを要する。
まぁ、合格であろうとは思う。明日19日に郵便局へもって行くことにする。締め切りギリギリだが、間に合ったな。
DTPの業界で仕事をしていたとき、同期の友人も試験を受けていた。自分を含めて多くの人が会社を去ったが、本資格の更新はしているのだろうか?私のように未だにやっている人がいたら、連絡求む。

息子、龍之介が生まれて一ヶ月が経った。妻と子が病院にいたのが、一月前とは思えないほど前のように感じる。
龍之介が生まれて45分後に私は病院に到着した。そしてすぐに、生まれたての龍之介を抱いた。危なっかしい、とても慣れない手つきであった。その瞬間のことは、一生忘れないだろう。とても暑い、夏の日だった。
退院し、妻の実家から我が家へ移り、私も風呂に入れたり、オムツを取り替えたり、服を着せたりと、簡単なことは出来るようになった。生まれたての頃から比べれば、抱き方も大分マシになったと思う。何より、自分の子供であると言う実感が生まれてきた。
私は以前の会社の上司に「子育てを楽しんでください」とメッセージをいただいた。子供は色々と手がかかる。しかし、成長していく姿を見ることが出来る楽しさもある。私にとっては、困難な問題を乗り越えるための糧になる。既に子に助けられていることが多くあるのである。

またあの植草教授が逮捕されてしまったそうだ。罪状は「痴漢」。前回と似たり寄ったりである。飲酒していたせいもあったのか、性癖というものは本当に変える事が難しいんだなぁとしみじみ思う。
その植草教授を超える懲りない男がいる。今となっては伝説化している「田代まさし」である。初犯の頃、彼はかなりのレギュラー番組を持っていた。特別、他の芸能人に比べて突出した特徴があったわけでもない。可もなく不可もなく、まぁテレビ局からしても使いやすい男だったのだろう。事件で信用とレギュラー番組をすべて奪われたが、それに懲りず数々の同様な犯罪を繰り返した。最近は神とまで呼ばれているほどである。
植草教授はこうした性癖を持っていても、エコノミストとして非常に有能である。これだけの頭脳を活躍させることが出来ないということは一種の社会的損失でもある。名古屋商科大大学院客員教授まで立場を取り戻した矢先であり、また社会に自分の経験等をフィードバックできると思っていたので、個人的には大変残念である。かといって、能力があれば罪を免れると言うわけにもいかない。こうした特殊な人に適用できる刑事罰はないものだろうか?保釈金の代わりに、頭脳で支払えないものだろうか?
植草教授もあれほどの社会的損失を実感していながらも、犯罪を繰り返すと言うことは、性癖というよりも一種の病気だと感じられる。そう考えると彼も不幸な男であると言わざる得ない。個人的にはまた、社会に戻ってくることを願いたい。手鏡、痴漢は無しでね。

子供に逢いたい…と、17:00位にソワソワしてくる。18:00に派遣社員の方とほぼ同じ時間に会社を去る。
この時間は、もう退職が近いサラリーマンおっさん、派遣で働くお姉さん、学生が非常に多い。しかもかなり混んでいる。湘南新宿ラインも10両編成だったりする。電車内でおっさんの後ろにつくと大変である。ポマード&加齢臭。学生はうるさい。決して気持ちいい電車…という時間帯とは言い難い。しかし、家に早く帰りたい。我慢して環境が悪い車両に乗り込んでいる。
会社を6時に出ると、家に着くのはおよそ7時半。うんざりする通勤列車。でも、家に帰ることを思うと、何とか乗り越えられる。
7時台に食事ができると言うのは非常にありがたいことである。食べて数時間は眠りたくないので、帰りが遅くなると食事も遅くなり、寝るのも遅くなる。
食事が終われば、子供の世話や色々な話を妻とする。子供が生まれてから、平日に一緒にいる時間は確実に長くなった。もうしばらくこの生活を続けていきたい。

例えば幼稚園児に「将来どんな仕事をする人になりたいですか?」と聞いたとする。するとおそらく「サッカー選手」、「野球選手」、「芸能人」、「医者」、「看護士」、「お嫁さん」など…といった回答があるんじゃないかと思う。「お嫁さん」ってのは結構現実的な感じがするが、他の職業を見るととても夢があるように感じられる。幼稚園児の時点でなりたい職業が「公務員」とか「サラリーマン」っていう子は、ちょっと違和感を感じる。(自分が保育園にいた頃の感覚で話をしているが、今は変わってるのだろうか?)
私は将来なりたい仕事として、保育園にいたときになんていってたかは良く覚えていない。だが小学校6年~中学校2年くらいまで、医者か政治家になりたかった。医者は血を見るのが苦手でやめ(その後に血を見ない内科医という選択もあったことを知る)、政治家は本気で考えた結果、自分はあそこまで精神的に図太くなれなかったのでやめた。中学校3年生になると「受験」というある程度自分の方向性を決めるイベントが発生するのだが、このときはコンピュータ関連のエンジニアになろうと思い、高専という学校を選んだ。が、うっかり電気工学科なる学科に入ってしまった。どうも電気のことには興味が持てず、徹頭徹尾、情報系の授業以外は手を抜いた。留年しない程度に。
現実に社会人デビューは情報系というか、まぁ全てのメディアの情報を扱うことが出来る会社に入社することが出来た。だが野望は潰えず、4年後に転職して本当に情報系の企業に入る。が、この会社の仕事も思ったほど面白いものではないと思うようになった。その後、体調を崩したせいもあり、なんとなく何もしたくなくなった。一時期、引きこもり状態になったのだが、所詮は1人暮らしのひきこもり。いつまでもそんなことを続けることはできず、少々興味のある仕事をすることにした。それから今の職につき、自分が持っていないようなスキルを持つ人がたくさん居る環境で仕事をしている。サラリーマンである。客観的に見ても、妻子ある平凡な男である。
子供の頃に大きな夢を持つ。それはとてもいいことだ。そして一握りだが、その思いを実現させている人が確かに存在する。そしてまずは中学校から高校進学で一つの転機を迎える。夢に向かっていけるだけの学力があるか、ないか?ふるいにかけられるのである。そして、さらなるふるいが大学受験という形でやってくる。しかし、少子化により大学も定員割れするような時代になった。ふるいの目はすこし粒度が荒くなっているのかもしれない。
大学に入学し、就職活動をしていく中で自分がどのような仕事をしていくかという現実を突きつけられる。この時点で子供の頃の思いを実現できそうと感じる人は本当に一握りであろう。多くの人が現実的に企業に就職し、サラリーマンと言う平凡な人となる道を選ぶ。しかし、その平凡であるということを中々認めたくないと言う風潮が非常に強いように感じる。夢をつかみたい。その夢のために就職の機会を蹴り、フリーターと言う立場から目標に向かって足掻きをはじめる。それでうまく行く人もいるだろう。だが、多くが夢を追う中で年をとってしまう。実家にいるのならば、フリーターとして少し仕事をするだけでも、または無職でも食えなくはならないだろう。しかし、両親はかなりの確率で先に死ぬのである。死んでしまったとき、まだ夢追い人のままでいられるのだろうか?
ゆとり教育というものがあった。子供の可能性を引き出し、自分らしい姿を追い求める。「自分には何らかの特殊なスキルや適性があり、それを見つけ出す」。つまり、平凡ではない何かがあるということを本気で信じさせる。しかし、先天的に特殊なスキルを持つ人間というのは、極々一部の人だけである。そうした幻想を子供達に植付け、永遠の夢追い人となる。フリーターやひきこもりが増えたことと全く関係ないとは私には思えない。
かつて私も平凡は面白くないと思っていた。夢を追ったが挫折した。しかし挫折の余韻に酔ってばかりいる訳にも行かなかった。結局一人で生計を立てなくてはならないので、あまり夢ばかり追うことは出来なかった。それが幸いしているだけなのだろう。毎日混雑した電車に乗り、上司に頭を下げながら仕事をし、疲れて帰る。こういう風に書くと、サラリーマンってのが絶望的に思えるかもしれないが、このように勝手に想像していたときより、やってみると平凡なことがそんなにひどいことではない気がしてきた。平凡に結婚し、平凡に子供が出来、養育していく。頭の中で考えていた時よりは、現実がまともに見えてきた。

例によってマタカ!って感じなのだが、太った。体重は変わらないのだが、体脂肪率が上がってしまった…
このところ妻の実家で夕食を頂いており、日々満腹になるまで食事をしていたことが祟ったか。
毎週土曜に水泳をしているのだが、今日は特に実感。体が沈まないのである。
泳ぎやすいことは泳ぎやすいが…潜水ができんのですよ。浮いてきてしまう。1.1mという浅いプールで底にお腹をつけることができないとは…。10年前は呼吸無しで25mくらい潜水できたのに…下手に浮いてくるから、推力が前方にはたらかない。
はぁ。妻が実家から戻り、今は家で夕飯を食べていている。少し量を考えて削がないとな。

まだこのネタ続くんですかって感じですけど…語りつくしていない話はまだあるのです。
多くの人が社会で生きていくためには公共性を持たなくてはならない。今回はその公共性の根源が何なのかということについて考えてみたい。
アメリカやヨーロッパ、中東をはじめとした様々な国を見ていると、人の公共性(道徳と考えても良い)の根源には宗教がある。アメリカの大統領就任式のでは聖書の上に手をのせて宣誓を行う。この国には多種多様の民族が住んでおり、その信仰も様々である。最も多いのがキリスト教徒であろうし、その教義が人に公共性を持たせる役割を担っている。中東の多くの国ならイスラム教であり、その教えに忠実に生きている多くの人がいる。
こうしたことを話すと「政教分離がなっていない」等とおっしゃる方もいるのだが、おそらく完全な政教分離というのは難しいのではないかと考える。公共性が宗教により規定されているため、政治家を選出権利を持つ国民と選ばれる政治家の間にも同じ公共性を持つことが最低限必要だと思うからである。
ところで、この日本はこうした宗教もないという、世界的に見ればかなり稀な先進国である。それなのに、宗教により公共性を定義づけられた他国よりも公共性や倫理観は強かったのではないかと思う。なぜ日本人はそうなれたのか?私は先祖や自然を畏敬する心が強くあったからだ思う。戦後は良くわからないが、戦前であれば国家に対する忠誠心も多少あったのではないかと思う。先祖を敬う(年寄りを敬う)ということは、墓参り、毎日仏壇を拝むといった風習として現れている。ご先祖様が守ってくれる、ご先祖様が見ている。そうした思いを私は墓参りと言う行為をすることで強く感じた。
もうずいぶんと昔の話だが、森元首相が「日本は神の国である」といって問題になったことがある。結果として失言であったと森元首相は訂正したわけだが、これは全く訂正する必要がなかったと私は思う。日本には自然信仰がある。山には山の神、水には水の神、大地には地の神と、自然に対して神が存在していると考えていた。八百万の神を日本人は信仰していたではないか。そうした意味で神の国という彼の意見は全くもって正しいのである。
ワーキングプアと公共性。関係が見出せないかもしれないが、両者には密接な関係がある。現在のように収入の格差が広がることにより、社会全体が拝金主義的に傾いていくからである。貧困層はお金を手にするためにどのような手段に出るかわからない。どうしても超えられない壁があり、それに絶望して全く無気力になってしまうかもしれない。富裕層はその立場を頑なに守り、豊かな教育を子に施していく子によって貧困層とのさらなる差別化をよりすすめることになるだろう。それにより日本固有の金を超えた先人を畏敬する心、倫理観は失われ、金を手にすることだけに昏倒する治安の悪い、実にすみにくい世になっていく。
その昔、日本には大義のために命を捨てられるような人が居たという。それが武士であり、武人である。お金を手にすることだけを考え、一日でも退屈に長生きしたいと思うとある人は言う。私はそんなことはうんざりである。全く嫌な世の中になったものだ。

私は某高専出身者なのだが、最近はあの山口高専生殺害事件のおかげで不名誉な形で有名になってしまった。ちょっと前までは「高専を出てます」というと、ロボコン(映画にまでなったね)のことを聞かれたのだが、今では高専という言葉から思い出されるのは本事件であろう。
すべての高専がどうなのかはわからないのだが、私が在籍していた高専は非常にオープンな環境であった。広い敷地内を警備員が見回るようなことも特になく、入るつもりなら誰でも入れる。図書館で物を調べるくらいのことは、近隣住民でもできた。夏場になれば校長がプールで泳いでいるし、教官室で魚を焼く先生もいた。そういうことが許されるようなおおらかさがあった。それが高専の魅力であった。
卒業研究も自分のペースですることができ、本当にいい思いをさせていただいたと思う。そのような学校で殺人事件というのは、全く結びつけられない。研究室に入り死体を見るなど、第一発見者の学生もとても驚いたことであろう。
結果として犯人の学生の自殺をもって決着が付いてしまったこの事件。関係した皆様全員にやるせなさが残る嫌な事件であった。

本当にそうだと思う。気が滅入ると、最近はダイレクトに体に来る。ただ、その気と言うのは中々コントロールできるものではない(特に私はその傾向が強い)。全く困ったものだ。

現在、市ヶ谷にある会社に勤務している。東京に出てきて始めて入社した会社も市ヶ谷。何かと縁がある。
仕事柄か、私は肩のコリと足の筋肉の張りが尋常ではない。定期的に大宮のマッサージ屋に行っているのだが、最近は大宮で途中下車するのが嫌になってきた。家にすぐにでも帰り、子供と一緒にいる時間を持ちたいと思うのである。
今日は肩がひどくこっており、頭痛が止まらなかった。かといって大宮で降りたくはないので、昔市ヶ谷に勤めていた頃に利用したマッサージ屋へ向かった。が!店が日焼けサロンに変わってた。がっくし。
と、視線を下に向けると、B1Fにマッサージ屋があるではないか。しかし、昔あったマッサージ屋とは関係ないようである。\100/1分。東京のマッサージ屋の相場である。初めての店なので、ヘボいマッサージであった場合のリスクを避けて、30分でお願いする。マッサージを担当するのは4,50代のおじさん。力はありそうである。撫でられているかのようなマッサージではないだろう。
着替えをしてベットに横になる。「肩と足を中心に」というと、一応全身のマッサージをした上で肩と足をもんでもらった。力もいい。ツボも心得ている。このおじさん、なかなか良いうでをしている。うむぅ、巧い。これは大宮を越えている。
ただ、店にはおじさんが一人でいるだけであったことが気がかり。夜になっても1人で営業しているのであれば、予約無しでこの店に来るのはやめたほうが良いだろう。

なんだか最近必殺シリーズのネタばかりで…これもYouTubeにて必殺の映像が見られるようになったからなんです。
必殺シリーズは放映時間が金曜日の22:00からだったので、子供だった私にはとてもではないが見ることができなかった。主に見ていたのは夕方に放映されていた再放送なのである。再放送だと放送されるシリーズの順番もめちゃくちゃで、新旧混ざりながら放映されていた。その中でも良くわからんがインパクトだけは残っている作品があった。
まず、必殺に市原悦子が出演しているのである。「まんが日本昔話」のような声の出演ではない。映像でレギュラーなのである(家政婦の格好はしていない)。見た目は江戸時代ならどこにでもいそうなおばさんである(なんと、役名も「おばさん」!)。それだけでも十分にインパクト大なのだが、仕置(つまり殺し)も担当する記憶喪失の元女殺し屋という設定なのである。殺し方もまたすごい。どこにでもいるおばさんのふりをして近づき相手を油断させ、包丁のようなもの(YouTube動画により匕首であることが判明)でぶっ刺すのである。刺された瞬間は相手も気がついていない。完全に油断しているのである。おばさんは一突きだけではなく、その後にグリグリと相手の体に匕首を刺しこみ(さすがにこのあたりでは刺されたほうも気がつく)「あんたに地獄に行ってもらわなくちゃね!」であるとか、「見かけない顔には、気をつけるんだよぉ」といったようなセリフを吐くのである。もう、トラウマになりそう。当時小学生であった私は、本気で市原悦子が怖くなった。
また、本作には和田アキ子が出演しているのだが、必殺シリーズの中で最も強烈(だと私は思う)な撲殺を見せてくれる。これでもかというほど殴る。石に頭をぶつけたり、もう最強。役名は若。女なのだが男としか見られないため、こう呼ばれているらしい。
このようなすさまじいキャラが大活躍するのが必殺シリーズ第14作「翔べ!必殺うらごろし」なのである。当時のオカルトブームを反映させ、行者の先生(中村敦夫)とともに超常現象目撃のために各地を放浪するという話。仕事料はほぼ無料。ボランティア殺しである。決して面白くないわけではないのだが、ちょっと必殺を見る層に対するリサーチをあやまったのか、シリーズ最低の視聴率3%というすごい記録を残し、危うく必殺シリーズを打ち切りにしそうになった。この反省を踏まえ、原点回帰して路線を修正した第15作、それが「必殺仕事人」である。ここからは視聴率がうなぎのぼりで、第19作「必殺仕事人Ⅲ」にてその頂点を見るわけである。

私が持っているTAG HEUER 4000シリーズは200m(20気圧)防水。OMEGA SeaMasterは120m。ROLEXやSEIKOのほとんどのモデルは100m(10気圧)以上の防水機能が付いている。しかし、多くのモデルが水中での使用を推奨していない。逆回転ベゼル(元々は潜水時の空気残量を知るためのもの)が付いているようなモデルであっても、できることなら水にはつけないでほしいと言われている。
「じゃあ何のための防水?日常生活防水で十分じゃない?」と思うかもしれないが、これは国内では時速100kmが制限速度なのに時速250km出る車を売っているのと同じようなもので、可能性の付加価値なのである。防水機能が高い時計の場合、リュウズがねじ込み式であることが多い。時計を利用すればこのリュウズを回す機会は頻繁にあり、購入時にはそれだけの防水機能があっても使っていくうちに防水機能は低減しているような感じがする。
また、真水ならまだしも海水は金属に対して少なからず影響を与える。ステンレススチールならまだしも、貴金属では余計にそうだろう。以前、那須の鹿の湯という硫黄分たっぷりの温泉に行ったことがある。そこでどこかの会社の慰安旅行なんかで来たのだろうと思われる人達にであったのだが、腕にROLEXをはじめとした立派ないい時計をしたまま入浴している。こんな硫黄だらけの湯の中に時計を突っ込んだらまずいだろうと思うのだが…「ROLEXごときは使い捨て」と言い放つような金持ちばかりだったのだろうか?いずれにしても時計がかわいそうである。

今日も暑い。夕方や夜は大分マシになってきたが、日中はまだダメだ。
電車に乗り、座席に座る。東大宮駅で正面にサングラスをしたおばさんが乗ってきた。座るやいなやサングラスを取るおばさん。目の周り以外は汗をかいたためかメイクが落ちてしまっており、目元にばかり残ってしまったのか、そこだけ白くなっている。ぶぷぷぷぷ…笑いをこらえるのに必死。大宮で降りてくれて良かった。笑い死ぬところだった。

通勤電車の座席に座る。前の座席に二人で並んで同じLet's Noteを開いている男女が居る。何をしているのだろう?ディスプレイを覗き込んだところ、お互いにテキストエディタを開いて、そこに話したい内容を書き込んでいる。相手のディスプレイを見合いながら書き込みを続けている。すごいオフラインチャットである。デジタルであり、アナログである。数年前、Palmの赤外線通信機能を使って暇な会議中にチャットをしたことを思いだした。アレの方がまだデジタル感あるよな。

2009年8月

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