まだこのネタ続くんですかって感じですけど…語りつくしていない話はまだあるのです。
多くの人が社会で生きていくためには公共性を持たなくてはならない。今回はその公共性の根源が何なのかということについて考えてみたい。
アメリカやヨーロッパ、中東をはじめとした様々な国を見ていると、人の公共性(道徳と考えても良い)の根源には宗教がある。アメリカの大統領就任式のでは聖書の上に手をのせて宣誓を行う。この国には多種多様の民族が住んでおり、その信仰も様々である。最も多いのがキリスト教徒であろうし、その教義が人に公共性を持たせる役割を担っている。中東の多くの国ならイスラム教であり、その教えに忠実に生きている多くの人がいる。
こうしたことを話すと「政教分離がなっていない」等とおっしゃる方もいるのだが、おそらく完全な政教分離というのは難しいのではないかと考える。公共性が宗教により規定されているため、政治家を選出権利を持つ国民と選ばれる政治家の間にも同じ公共性を持つことが最低限必要だと思うからである。
ところで、この日本はこうした宗教もないという、世界的に見ればかなり稀な先進国である。それなのに、宗教により公共性を定義づけられた他国よりも公共性や倫理観は強かったのではないかと思う。なぜ日本人はそうなれたのか?私は先祖や自然を畏敬する心が強くあったからだ思う。戦後は良くわからないが、戦前であれば国家に対する忠誠心も多少あったのではないかと思う。先祖を敬う(年寄りを敬う)ということは、墓参り、毎日仏壇を拝むといった風習として現れている。ご先祖様が守ってくれる、ご先祖様が見ている。そうした思いを私は墓参りと言う行為をすることで強く感じた。
もうずいぶんと昔の話だが、森元首相が「日本は神の国である」といって問題になったことがある。結果として失言であったと森元首相は訂正したわけだが、これは全く訂正する必要がなかったと私は思う。日本には自然信仰がある。山には山の神、水には水の神、大地には地の神と、自然に対して神が存在していると考えていた。八百万の神を日本人は信仰していたではないか。そうした意味で神の国という彼の意見は全くもって正しいのである。
ワーキングプアと公共性。関係が見出せないかもしれないが、両者には密接な関係がある。現在のように収入の格差が広がることにより、社会全体が拝金主義的に傾いていくからである。貧困層はお金を手にするためにどのような手段に出るかわからない。どうしても超えられない壁があり、それに絶望して全く無気力になってしまうかもしれない。富裕層はその立場を頑なに守り、豊かな教育を子に施していく子によって貧困層とのさらなる差別化をよりすすめることになるだろう。それにより日本固有の金を超えた先人を畏敬する心、倫理観は失われ、金を手にすることだけに昏倒する治安の悪い、実にすみにくい世になっていく。
その昔、日本には大義のために命を捨てられるような人が居たという。それが武士であり、武人である。お金を手にすることだけを考え、一日でも退屈に長生きしたいと思うとある人は言う。私はそんなことはうんざりである。全く嫌な世の中になったものだ。
ワーキングプア ~働いても働いても豊かにならない~ Vol.3
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