傘がない

私は毎日ニュースを見る。テレビで、新聞で、Webで、ラジオで…。この行為に何も考えはない。習性として見ているというところだろうか?

井上陽水の「傘がない」という昔の曲。井上陽水ではなく、UAや中森明菜がカバーしているのでそれで聞いたことがある方もいると思う。その冒頭の歌詞

 都会では自殺する若者が増えている
 今朝来た新聞の片隅に書いていた
 だけども問題は今日の雨 傘がない

これがどうも私の心を捉えて仕方がないのである。

色々な社会問題をニュースで聞いたり、ドキュメンタリーで見ることが多い。だが、本当に私自身が主体的になって取り組んでいるような社会問題は皆無に近い。結局のところ、明日の天気がどうなのか?そして、雨であれば「傘がない」ことの方がよほど自分にとって大きな問題である。

 行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ
 君の町に行かなくちゃ 雨にぬれ

 つめたい雨が今日は心に染みる
 君の事以外は考えられなくなる
 それはいい事だろ?

雨にぬれながら考えることは、これから会いに行く君のこと。雨にぬれながら、自殺者の増加という社会問題を考えることはほとんどありえない。傍観者にしかなりえない自分の事を仕方がないと思い、そして自分が主観的になれる人を愛したり思ったりする気持ちにばかり心は奪われていく。それはそれでいい。
だが、ならばなぜ私はニュースを見るのだろう?社会問題にそのときばかり心を痛めたりしているのだろう?
どうもわからない。

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