1月下旬に教育再生会議の第1次報告が提出された。主な内容はゆとり教育の見直し(公立学校の授業時間を10%程度増やす)、教育委員会の統廃合、文部科学省から独立した評価監査機関の打ち出し等である。
ゆとり教育によって、他先進国に比べて各分野における学習能力が低下したと言われているが、それは平均値である。今、全世界的に見て求められる人材像はそのように平均化された人材なのだろうか?何か突出した能力を得ている人間の方が確実に需要があると思えるし、そのような方向に身を処すためにはある程度の時間を要する。ゆとり教育でそうした時間が取れるほうが有利だと思うのだが…
子供にただ時間だけを与えたら、それは遊んでしまうだろう。その管理を学校に押し付けるというのが今回の「ゆとり教育見直し」の対処法であるように見える。色々と問題が噴出している学校にこれ以上何を期待しようというのだろうか?そもそも、子供の教育ということに大人が興味を持たな過ぎているように思える。自由に出来る時間がある…その中で「子供はどんなことをしていきたいだろうか?」、「どんな良いところを伸ばしていこうか?」ということを考え、それに合致するような向ければいいと思う。学費負担は増えるかもしれないが、塾にでも何かの稽古でも、最も子供に向いている所をとにかく伸ばして行きたいと私は思う。
もう社会を見ればわかると思うが、大量消費、大量生産の世の中ではないのである。今後、日本という国に平均的な人間がそんなに必要だとは思わない。何らかの専門性を有する人間が今以上に必要になってくる。そうでもしないとインドや中国の有能かつ、安価に使える人間に多くの仕事をとられてしまうだろう。
といいつつも、絶対に必修にしなくてはならない学問も存在する。それは歴史と語学である。先般、大量に未履修者が出た「世界史」は特に必要である。ビジネスフィールドがグローバル化するにあたって、日本が世界においてどのような立場をとるべきか、また様々な国がどのような歴史を持つか…ということを知ることで相互理解を得ることができる。もちろん、その手段である語学も必要である。
6・3・3・4年制というのも個人的には疑問が残る(私は高専という6・3・5年生だった影響もあるか…)。高校以降はさらに専門性を高めて、進路に特化したような学習内容にした方が良いように思う。受験は高校進学時のみ、それ以降は入学を緩くし、進級することが難しいといったようにし、「学校の入り口(入試)だけ厳しい」という現状から「学校における進級、卒業が難しい」ようにした方が、より専門的な人材を学校で育成されるのではないかと思う。


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