
入浴後、車で昨日と同じシンポジウムの会場「草津音楽の森国際コンサートホール」へ向かった。ここは草津の街中から少し離れているため、バスや車を使わないと来るには非常に骨が折れる。
参加費を支払い、会場に入るとほとんどの席が埋まっていた。このシンポジウムのために、日本中の療養所の患者や、ハンセン病患者を家族に持つ方々が私は報道の方が多く居るかなり前方に座った。どういうわけか、テレビ局、しかも「山陽放送」が来ていた。国立療養所長島愛生園が岡山にあるため、わざわざやってきたのか?
このシンポジウムで挙がってきた問題をざっと羅列すると…
- 療養所内に住む患者が高齢化し亡くなる方もかなり増えてきており(現在は年間200名のペースで亡くなっている)、空き病床が非常に多くなっている。
- 療養所の統廃合が検討されている。第二の故郷として過ごしてきた療養所から、また別なところへ強制的に移転させられるのか?
- 先端医療に接する機会が少ないため、医師が療養所に来たがらない。医師が居ないために診療できない科目が増えてきている。
- 1996年施行の「らい予防法廃止法」にて療養所はハンセン病患者か元患者しか受け入れられないようになっている。医療機関としてだけではなく、人権教育の場として療養所を地域に開放する必要がある
- 療養所から退所した方たちが一般医療機関にかかることが出来ない(ハンセン病であるということを告知したくないという患者に対する偏見への思いと、思い切って告知しても医師が「この病院ではあなたの病気を見る見ることができない。療養所に行ってください」といわれてしまい、適切な治療を受けることが出来ない)
- 未だに患者やその家族への偏見や差別が少なくない。社会復帰の足枷となっており、結局同じ病気の仲間としか良好な関係が築けない
といったところであろうか。
私も先々月に入院しており、患者に対し看護師の人数が少なすぎることを痛感していた。民間の病院ではそのような状況であったが、国立療養所でも同じような状況なのであろうか?草津の市街地に入る道路脇や栗生楽泉園の入り口脇に「職員募集」の看板を見ていたので、薄々感じてはいたが果たして…
Web上にあったデータをいくつか確認してみると、現在のハンセン病療養所の職員は、看護を主体業務にしない医療事務等も含めて患者と同数ほどであった。これは年間200人ペースで亡くなり続けている患者数の減少によるところが大きいのであろう。看護師がどの程度実数居るのかはわからないが、民間の病院に比べれば高待遇なのではないかと思う。もっと苦しい状況下で動いている地方の病院は多く存在するはずである。
シンポジウムの後半で、パネリストの石井勝夫氏(松丘保養園自治会長)が、若年看護師からの応募があったことに大変喜びを表していた。今までの歴史からすれば、ハンセン病療養所は忌み嫌われるような場所であったわけで、そこで若い人間が働きたいという意志を示したことに感動したと話していた。通常と同じプロセスをふみ、採用と至ったとのことだった。こうした活動の中で、病気に対する正しい理解が進んだと、好印象に捉えておきたい。
そして療養所の統廃合の問題だが、患者作業をはじめとした強制作業が無くなり住環境が以前に比べればかなり好転した現在、強制連行された上に「とにかく出たい」という昔抱いた思いも果たされること無く、療養所を第二の故郷と感じさせる入居者の気持ちもわからないでもないが、国の社会保障の現実を見た場合、正直これは無理な願いなのではないかと思わざるえない。また、これは1の問題とのトレードオフであるとも思える。療養所自体の数が減少することで、医師や看護師を集中させることができる。よって、3で挙げた問題の解決にもつながると思う。
ハンセン病は治療の方法が既に確立された病で、適切な処置をすれば完治する病となっている。問題なのは、過去のずさんな治療体勢の中で失われた視覚や四肢へのケアとなってくる。つまり、今後ものすごい医学的進展があるというよりも、医学の進歩的には現状維持となるであろう。医師にとってより先端医療機関としての魅力を感じさせるようにするためには、4で挙げた法改正が必須となる。つまり、療養所を一般市民に開放し、ハンセン病患者以外も受診できるようにする。
こと草津に関しては、湯のph値が高いため滅菌作用があり、大腸菌などは湯だけで死滅してしまう。特にアトピー性皮膚炎にはその効果が高く評価されている。温泉療法ができる皮膚疾患の専門病院というのは魅力的な構想ではないかと考える。
4、5の問題は、こうした市民との交流集会の中でハンセン病という病気がどのような病気であるかを正しく知ってもらうことが何よりも大事であると思う(そういう意味でも、前日の映画はもっと病気を正しく知ってもらう内容を込めて欲しかった)。
私自身、社会の教科書に一行「ハンセン病」という言葉が載っているのを見たことがあるだけで、法改正の裁判の報道がなされるまでハンセン病というものがどのような病気なのかを知ることは無かった。そして、何も知らないで報道のみを見てしまったがために、原告団の方々の姿を見て、正直驚いた。何がどうなって、この方達はこのような姿になってしまったのか、私は全く知識が無かった。中途半端な報道というのは恐ろしいもので、私は逆に恐怖感を抱いた。草津に来て、ここ数ヶ月調べることによって、病気についてそして、国が採ってきたひどい過去の施策についても知るようになった。とにかく知ってもらうための活動を地道にしていくしか、社会の偏見を退ける手段は無いように思える。
日本におけるハンセン病の歴史は悲しい歴史であるが、今現在進行している社会保障問題も明らかに存在している。その実情も理解していただいたうえで、療養所を今後どうして行くか、患者・元患者の皆様や家族と政府がお互いを理解しあいながら、最良な道を選択して行って欲しいと思う。それが社会に病気を理解してもらうための一歩だと考える。明日、草津に長く在住されている一般市民の方の声を聞き、その認識の乖離について考えてみようと思う。