2007年6月アーカイブ

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070628-00000007-mai-soci

<抗うつ剤>「パキシル」服用の自殺者増加 副作用の疑い
6月28日3時2分配信 毎日新聞

 抗うつ剤「パキシル」(一般名・塩酸パロキセチン水和物)の副作用が疑われる自殺者が05、06年度と2年連続で2ケタに増えたことが厚生労働省などの調べで分かった。パキシルはうつ病やパニック障害などに有効だが、若い人を中心に自殺行動を高めるケースがあり、添付文書にはすでに警告や注意が明記されている。厚労省は医療関係者に「患者の状態の変化をよく観察し、薬の減量など適切な処置を」と呼びかけている。
 パキシルは世界で発売され、国内では00年11月から販売。製造・販売元の製薬会社「グラクソ・スミスクライン」(以下GSKと略)によると、推計売り上げは01年は約120億円で、年々増え06年は約560億円。推定物流ベースでは抗うつ剤全体の約25%を占め人気が高いという。一方、厚労省の患者調査では、うつ病などの気分障害も増加傾向で、96年の43万3000人に対し、05年は倍以上の92万4000人に上っている。
 厚労省と独立行政法人「医薬品医療機器総合機構」によると、同機構への報告が義務化された04年度以降、パキシルの副作用と疑われる症例のうち、自殺をした「自殺既遂」は04年度が1件だったが、05年度は11件、06年度は15件と増加。自殺行動が表れた「自殺企図」も04、05年度の各2件に対し、06年度は24件に増えた。いずれも03年度以前は1ケタとみられ、06年度は厚労省が5月末現在でまとめた。
 増加の原因について、医療関係者によると、処方される患者が増える中、医師が投与後、経過を十分に観察していないことなどが考えられるという。
 一方、同社は「患者が勝手に服用をやめると、病状が悪化する恐れがあり、必ず医師に相談してほしい」と話している。【玉木達也】
 田島治・杏林大教授(精神保健学)の話 パキシルはうつ病に有効で、自殺関連の副作用が表れるのもごく一部とみられる。ただ、投与後、最初の9日間は慎重に様子をみて注意が必要だ。また、うつ病を早く見つけ、治療するという流れにのって、軽いうつ状態にまで、すべて薬を投与するのは問題だ。特に若い人の場合、カウンセリングで治るケースも多く、慎重にすべきだ。

最終更新:6月28日3時8分


あるアメリカの精神科医の言葉である。
「我々は精神障害を起こすような社会を治そうとはせず、薬を使って無理やりその社会に適応させようとしている。これが正しい方法なのだろうか?」

20070628_1.jpg

上のニュースで挙げられている坑うつ剤「パキシル」は確か3年ほど前から処方されるようになった新薬である。多くの坑うつ剤はセロトニン、ヒスタミン、アドレナリン、ドーパミン等の脳内神経伝達物質を受容する量をコントロールすることで症状を改善していくのだが、このパキシルは特にセロトニンの受容体取り込み阻害に強い効果がある。多くの坑うつ剤は眠気や口の渇き、手の震えなどの副作用を伴うものだが、パキシルはそれらに比べ副作用が非常に少ないとされている。また、薬の効果の出方が強く、一気にうつ症状が改善されたかのように感じられることもある。
…ということになっているのだが、副作用の発生はかなり個人差があると聞く。焦燥感の増大や前立腺系の障害、血圧の変動、頻脈etc... また、妊婦に投与した際の奇形児の発生比率は、他の坑うつ剤に比べて高い。18歳未満への投与は原則しない。

うつが原因の自殺というのは、うつがどん底の状態から少し回復期に入ったときに発生することが多い。自殺するということも結構パワーが居ることで、うつがどん底の時は、何かしたり考えたりするようなパワーが全く無くなる。そこから薬を投与しながら休養をとって次第に回復させていくのだが、この頃になると色々と考え、行動するパワーが生まれてくる。
パキシルに特に自殺の危険性が強いのは、かなり急速にこれに近い状態へ持ってくることが出来るためではないかと私は考えている。

坑うつ剤はロングセラーの製品も多く、古いものだと40年位の歴史があるものもある。こうした古い薬は十分に副作用が知り尽くされており、投与する側としてもどのような反応があるのかが予測できる。坑うつ剤の中には、開発された時点では坑うつ剤としての効能を目的としていなかったようなものもあり、実に面白い。とある薬は血圧を上げる事を目的に開発されたのだが、たまたま血圧の障害だけではなくうつも併発している患者に投与したところうつも改善したため、うつにも効果があるとされ現在はどちらの患者にも処方されている。このように何らかの「結果」から「原因」を分析するリバースエンジニアリング的(ブラックボックス的?)なアプローチにより生まれた薬はその効用と副作用が広く知られている。
それに対して新薬の怖いところは、どのような副作用が出るかがまだ良くわかりきっていないところである。実験レベルで副作用が無いといわれても、うつの原因が千差万別なように、患者ごとに反応が異なることである。非常に慎重な処方が必要だといえよう。


そもそも、脳の障害が原因でうつを発症する患者は1,000人中3人くらいの割合しかいないらしい。しかし、現実社会において潜在的なものも含めると、うつ患者は10人に3人程度の割合で存在していると言われる。つまり1,000人中297人は、ストレス等の外的要因によりうつ状態に至っているといえる。
この「パキシル」を開発した会社はGSKである。GSKは米国の会社であり、米国ではこうした薬がとにかく必要なほどにワーカーホリックが多く存在している国である。そして、そのワーカーホリックの原因となる「効率化」や「市場のグローバル化」を強力に推し進めているのも米国である。

米国は他国で紛争を起こすと同時に、それに必要となる兵器も輸出している。どうも私にはこの構図が「うつ」という病を通して見え隠れしているような感じがしてならない。国家間の経済競争が過熱すれば、それだけ労働によるストレスも増えてくる。それを米国製の薬で解決する。まさにマッチポンプというやつである。

20070627_1.jpg 20070627_2.jpg

かなりのスローペースで読み続けている「明るい悩み相談室」シリーズ。本書はシリーズ中3冊目と4冊目にあたる。世の中、変わった人は本当にたくさん居るものである。この悩みの回答内容が後の中島らもの作品の中に組み込まれていたりするので、氏のファンとしてはそうした発見もこの本を読む楽しみになっている。
多くの難問珍問のうち、個人的に気に入った質問を一つ「ますます明るい悩み相談室」から紹介したい。


悩み:傍観できぬ逆効果マラソンおじさん
クラブの朝錬で六時前に学校に行くと、学校の前の道路の車道の端を「後ろ向きで」マラソンするおじさんをいつも見かけます。彼は必ず某清涼飲料水を右手に握り、それをちびりちびりやりながら後ろ向きマラソンをしているのです。ところが最近、その某清涼飲料水は体に悪い、ということを聞きました。六時といえば外はまだ暗く寒いのです。そんな中での健康づくりが逆効果かもしれないと思うと胸が痛みます。私はこのまま傍観してよいのでしょうか。

(新潟・「う」だ。・20歳)

回答:
桂文珍さんに「健康のためなら死んでもいい!」という名言がありますが、このおじさんなどはまさにその典型なのではないでしょうか。清涼飲料水うんぬんよりも、むしろ「後ろ向きに走る」という点が「命知らずの健康中毒」という感じがします。後ろ向きに走るというのは反射神経や平衡感覚を鍛えるためのトレーニング方法なのだそうです。しかし、いくら早朝とはいえ、路上でこれをやるというのはやはり命知らずです。牛乳や新聞の配達車、ゴミ収集車などに衝突したらおじさんのせっかくの「健康」はどうなるのでしょうか。僕は今の日本の「健康神話」というのは一種のマスヒステリアだと思っています。この神話のせいで、人は「健康でない自分」に対してせっせとストレスを生産しているのです。「体に悪い」嗜好品を断つことによって起こるストレス、不健康に対する強迫観念がもたらすストレス、これらの方がよっぽど体に悪いのではないでしょうか。「絶対的健康状態」という幻想を追って、右往左往していると、それだけで一生が終わってしまいます。精神状態は疑心暗鬼の塊になるか、もしくは狂信状態になるかのどちらかです。
たとえばジョギングだって、やりすぎて心臓麻痺を起こすケースが問題になっています。また、「ランナーズ・ハイ」という現象があります。これは運動中に脳内でβエンドルフィンという麻薬物質が分泌され、これが神経を刺激するので恍惚となるのです。エンドルフィンは、モルヒネによく似た分子構造を持っています。外からの「不自然な」物質を拒絶しても、脳内では麻薬中毒者と同じような反応が起こっているわけです。「自然」とか「健康」を絶対的に追うならば人はもう「健康のために死ぬ」しかないのかもしれません。だからおじさんは後ろ向きに命がけで走っているのでしょう。


先日起きた「あるある大辞典 納豆ダイエット実験結果偽造」事件の前後のスーパーの様子を見たりすると、マスヒステリアであると大いに感じられる。私は健康のために食事をするということは全くしていない。食べたいものを食べ、飲みたいものを飲んでいる。度が過ぎなければ、これが一番「心」と「体」に良いと思っている。
しかし「健康のためなら死んでもいい!」という言葉は、まさに名言である。

港区白金台…六本木以上に私とは縁が薄い場所である。
国立新美術館に続き、上京してきた母の付き合いでやってきたのは、東京都庭園美術館。旧朝香宮邸として昭和8年5月に竣工した建物である。アール・デコ様式を採用した建築物で、その希少性をアメリカも認めていたのか、東京大空襲の際にも意図的に目標から外したと言われている(戦後に接収するつもりだったのだろう…)。建築物だけでも一見の価値があるのだが、現在はごく一部を改造して美術館として機能している。
(オフィシャルサイトはこちら


ちょうどこの時期は「大正シック」という企画展が行われていた。
大正時代は15年と非常に短い期間であったが、明治の「列強国に追いつけ追い越せ」という時代から一歩先に進み、日本が元々持ち合わせていた独特の文化と西洋文化が融合して非常に面白いものを作り出していた時代である。非常に残念なことに、この時代の作品は戦争にて消失したものも少なく無いのだが、今回の企画展ではホノルル美術館の日本美術コレクションとして国外に出ていた大正時代から戦前までの作品を「里帰り」させている。


美術館内に入ると、いきなりルネ・ラリックの立体ガラス工芸と、美しいモザイクタイルが出迎えてくれる。美術館内は三階建てで、一階は主に来賓をもてなすための部屋が、二階は朝香宮家の居室として、三階は「ウィンターガーデン(冬園)」で、冬でも植物を管理できる庭になっている。各部屋には旧朝香宮邸としての紹介と、企画展の展示がされている。何だか一粒で二度おいしいという感じである。建物では、執務室とバルコニーが非常に印象深かった。
執務室(殿下書斎としてこちらに写真があります)は円形の絨毯の上に、360度回転する机がある円形の部屋。背後には書棚と出窓がある。このような部屋で仕事をしてみたいものである。仕事もはかどるだろうなぁ。まぁ、一生無理だろうけど(笑)。

バルコニーは寝室、バスルームからも通じている。美しい芝生の庭園を一望できる、とても明るい開放的な空間である。白と黒の大理石の床とアール・デコらしい照明がとても似合う空間である。この照明を灯しながら見る夜景も美しいのではないかと想像した。西洋庭園からバルコニーを見ると、このように見える。

「大正シック」の企画展だが、どの作品にもちょっとした可愛らしさが込められており、それが私の心を見事に捕らえてくれた。例えばうぶげや肌の色を表現するためのグラデーションが何とも見事である。残念ながら写真に残すことは出来なかったが、子供が蛍を見ている屏風が入り口近くに展示されており、ミュージアムショップにこれのポストカード等があったら購入しようと思っていたのだが、残念ながら見当たらなかった。中村大三郎の「婦女」という巨大な屏風も、女性が非常に優雅に描かれており、心を和ませるものがある。この屏風を作成するに当たって事前に作成した素描も同時に展示されていたが、その緻密さには驚かされた。偶然や感覚だけで描いているわけではないという事を思い知らされた。

ところで、この「大正シック」の企画展は和装で来館した場合、団体料金で入場できるそうである。着物姿の若い女性もちらほら見られ、建物、企画展以外にもいいものを見せていただいた。

「モネはひとつの目にすぎない。だが、なんとすばらしい目だろう」

ポール・セザンヌ(1839-1906)


国立新美術館で開催されている「大回顧展モネ」に、福島から上京してきた母の付き合いで行ってきた。国内の美術館はもとより、オルセーからもかなりの数の作品がここに集まっている(妻はオルセー美術館で見てきたらしいが…)。こうした機会はそれほどあるものではないので、私も喜んで同行してきた。
(オフィシャルサイトはこちら

私は東京に勤めるようになり10年以上経つのだが、六本木界隈は私にはどうも縁遠いところで、車で何度か通過したことを除けば十数回しか行ったことが無い。しかも人に招待されていくことがほとんどで、どこにどういったのかはよく覚えていない。覚えても次に来るのが1年以上先であり、その間に六本木の街は雰囲気を変えてしまう。私にとっては、半永久的に新しい街であり続けるわけである。
防衛省の主機能が市ヶ谷に移転し、その跡地に東京ミッドタウンと呼ばれるビル群が現れた。ビルはオフィスビルや住居になっており、観光色は六本木ヒルズよりも低い。その東京ミッドタウンと国立新美術館は直結しており、地下道を経て直接向かうことが出来る。他に東京ミッドタウンにはサントリー美術館が隣接しており、六本木ヒルズ 森タワー53Fには森美術館がある。これら3つを合わせ、六本木アートトライアングルと呼んでいるそうである。


この国立新美術館は、黒川紀章氏と日本設計の共同体による設計で、東京大学生産技術研究所の跡地に2002年7月から2006年5月までの3年半余りかけて建てられた。カーテンのような波打ったガラスウィンドウが非常に美しい建物である。建物の中に入ると、この窓から注ぎ込む光が開放的な気持ちにさせてくれる。どうも都知事選のせいで変な印象を与えてしまった感が否めない黒川氏だが、やはり建築家としての仕事は超一流である。

会場では事前にチケットを入手して行ったにもかかわらず、十数分待たされた。平日でこの調子なのだから、休日に来たらどうなったことか…ゾッとさせられた。

モネの作品は明暗の対象性と色彩の豊かさに特徴があり、そしてそこを主張したいがために「景色とその景色が写りこむ水面」のような「光」を意識した作品が多い。印象派以前の作品において、色彩を表現するものは「色」そのものであった。色を表現するためにはその色を作らなくてはならないという考えである。しかし、絵の具は色を混ぜれば混ぜただけ暗くなる「減法混色」の世界である。これでは色を作ろうとしても暗くなるだけで、明るさや光を表現することはおそらく困難であろう。
印象派の作品に必須であった、19世紀半ばに現れた画期的な道具がある。チューブ入り絵の具である。これの誕生により、画家はアトリエ以外の場所で絵を描くことが出来るようになった。そしてモネはこの絵の具を混ぜあわせずに、その色そのままを使い作品を仕上げている。モネの作品は面白いことに、離れたところから見ると写実的な印象を与えるのだが、近くから見ると絵の具の原色が荒々しくキャンバスに叩きつけられているように見えるのである。私はハッとした。これは印刷物における色彩表現(網点の大きさや数により色の強弱を表現する)に非常に近いのである。印刷物の場合は基本はCMYKの4色だが、モネにはチューブ入り絵の具の数だけ色を扱える。無限の色表現の可能性がそこにはある。
写実的な印象を与えると先ほど書いたが、その絵のデッサンや写真と比較すると必ずしも写実的ではないようである。光の明暗を使いながら、見るものの視点を見事に操っている。見て欲しいものを見させる。これはセザンヌの言葉が如何に的を獲た言葉かが実体験できた。
晩年は白内障を患ってしまったため、モネの作品は少々前衛的になってしまっている。医療技術が今ほど発達していなかったことが大変悔やまれる。

3時間あまりをかけて作品を一通り見通したが、美術史に造詣が深くない私でも相当に楽しむことが出来た。非常に有意義な時間を過ごさせてもらった。

 

日本で初めて作られた記念貨幣は、昭和39年に行われた東京オリンピックを記念した1,000円銀貨(銀92.5%、銅7.5%)と100円銀貨(銀60%、銅30%、亜鉛10%)である。それ以降、万博や皇室関連の行事が行われるごとに記念貨幣は発行されてきた。現時点で最も新しい記念貨幣は「南極地域観測50周年記念500円貨幣」であろう。
これら記念貨幣は現行でも記載されている額面どおり使用することができるが、古銭収集家や古物商に売れば額面以上の価値で買い取ってもらうことが出来る。出て間もない記念貨幣を除き、未使用で保存状態の良いものであればほぼ間違いなく高く売れるはずである。先ほどの1,000円銀貨は、日本貨幣商協同組合の貨幣カタログによれば、保存状態が良いものであれば\10,000の値がつけられている。100円銀貨で\600とされている。
しかし、昭和39年と現在では物価が変わっているわけで、同じ\1,000といってもその重みは明らかに異なる。例えばこのサイトによると昭和39年頃の大卒の初任給平均は\21,200であった。ちなみに、平成16年の統計では\198,300である。10倍近いということで、1,000円銀貨なら割が合うかもしれないが、100円銀貨では実質的には損をしている。まぁ、この時代は高度成長期にあたり、著しくモノの価格が変動した時期なので何ともいえない。もう少し最近発行されたものと比較してみよう。昭和61年に発行された昭和天皇御在位60年記念10,000円銀貨(銀100%)、これは現在\20,000の価値があるとされる。昭和61年の大卒初任給平均は\144,500なので、およそ1.37倍というところだから、かなり得していると言えよう。
しかし、古銭集めを「利益を出すため」だけに行うというのは、どうも虚しい感じがしてならない。私はお金そのものの絵柄や地金自体に非常に強い興味を持っており、自分が持っているものを売ろうとは全く思っていない。仮に私が死んだ後ならば、私が収集したものをどう扱おうとも構わない。しかし、目が黒いうちは手放すつもりは全く無いのである。

レンタルビデオ店に行くと、見たいと思いつつも見忘れた映画が膨大にあることに気づかされる。トリックは劇場版1は劇場に見に行き、テレビ版もほとんど見ていた。2も、1を一緒に見に行った方に誘われていたのだが、何だか良くわからないうちにうやむやになって、見に行くのを忘れていた。「これで最後だ!」とトリックシリーズの終了を公言しているのがとても残念だが、仲間由紀恵も売れまくりの女優であり、こればかりやってもいられないのだろうか。
(しかし、作品最後の「完」の右下に「かも」の文字があったのを見逃さなかったが)

富毛村(「ふもうむら」と読む)出身の青沼和彦という青年は10年前に行方不明になった幼なじみの西田美沙子という女性を探して欲しいと上田教授に依頼した。依頼を引き受けた上田と奈緒子は、西田美沙子を探しに筺神(はこがみ)島へ向かう。しかし、その南海の孤島には恐ろしい霊能力者である筺神佐和子率いる「箱のゆーとぴあ」と呼ばれる宗教団体が暮らしていた…。主演は仲間由紀恵(山田奈緒子)、阿部寛(上田次郎)、生瀬勝久(矢部謙三)、野際陽子(山田里見)、片平なぎさ(筐神佐和子)、堀北真希(西田美沙子)、平岡祐太(青沼和彦)、綿引勝彦(回りくどい富毛村村長)、上田耕一(佐伯周平)、北村有起哉(伊佐野銀造)、池田鉄洋(秋葉原人)、瀬戸陽一郎(照喜名保)、大島蓉子(池田ハル)、アベディン・モハメッド(ジャーミー君)、なすび(隣の部屋に住んでいる夫)、ゆーとぴあ ホープ(山崎箱一)、ゆーとぴあ ピース(山崎箱二)、有吉弘行(二世代ローンが気になる村人)、山崎樹範(途中でいなくなった村人)、温水洋一(原因不明の病で倒れた現場監督)、大仁田厚(大仁田厚)、マギー司郎(マジシャン)、重泉充香(ズワイガニがうれしい信者の吉田美津子)他。堤幸彦監督。2006年作品。公式サイトはこちら

例によってゆる~い感じの笑いが盛りだくさんである。初めは毎度おなじみ、山田母の書道教室でのバカバカしい文字のラッシュ。こうした細かい演出はコマ送りで見ないと追えないので、DVDだと自由に見ることができて大変ありがたい。「次のシーンで大仁田厚登場」という文字の次のシーンで本当に本人が登場していた(政治家役として…w)。
今回の悪役は2時間殺しドラマの女王、片平なぎさ。本人が登場した瞬間、噴出しそうにそうになった。船越英一郎が出なくて良かった(笑)。筺神島に乗り込み、美沙子を助けた後に富毛村へ向かう。この村、「毛」の名前がついているだけに、当然あの方(矢部謙三)が出てくるのだが、あまり活躍することが無かったのが残念だった。同じく、山田母もさほど活躍の場がなかったなぁ。本当に最終回にするのであれば、初回からのメンバーであるこの2人はもっと活躍させてほしかったなぁ。
こんな具合の消化不良があるので、これで最後にはして欲しくないと切に思った。

今頃な感もあるが、結構熱心に続けているGNO。本日、第2クールが終了した。

私は連邦軍に所属している。第2クールの結果は、ジャブローへのコロニー落としは阻止したものの、地上でかなりジオン軍の勢力拡大を許してしまい、ジオンの存続を許すという形の事実上、敗戦であった。コンクールでは勲章を300以上集めることに成功し、大佐で終了。現時点で609個持っているため、次クールではLv20になった時点で准将に昇進できるだろう。そうなると、乗艦はペガサス級からグレイファントム(グレイファントムもペガサス級強襲揚陸艦なはずだが、GNOでは完全に別物扱いである)となる。クール後半、ペガサス級で全力攻撃にしていると、戦艦狙いのNPCに撃沈されてしまうため、ずっと通常にせざる得なかった。グレイファントムなら攻撃重視位には出来るのではないかと思う。

しかし、今回もビグザムにやられたという印象である。ガンダム2号機奪還任務に成功させ、GP-03Dの早期リリースを実現したにも関わらず、ジオンの地上降下作戦を阻止できず、ろくろく使えなかったという悲しい事態に見舞われてしまった。連邦側にもI-フィールドを装備した地上で使えるMSが欲しいものである。ビグザムが地上で使用できる以上、ビグザムリリース後の地上作戦は成功しないのではないかと思う。サイコガンダムでもリリースしてくれないだろうか、バンダイよ。

古くからのユーザーに聞くと、ビグザムが敵にあったとしても、連邦がサイド3を制圧して完全勝利したことがあったという。このごろはそのような気配が全く無いところを見ると、バンダイがジオン側が有利なように何らかのバランス調整をしたのではないかと疑いたくなってくる。
バンダイもGNOにはそれほど力を入れなくなっているようだが、15,000を越えるユーザーがまだ居るわけで、見捨てないでやって欲しいと心からお願いしたい。

20070618_1.jpg

今年の夏は暑くなると、しきりに天気予報で言っている。自室は南向きで非常に暑くなるためエアコンは必須なのだが、どうも調子が悪い。
原因は冷却用フロンが漏れてしまい、触媒が足りなくなっているためである。触媒が足りなくなると、冷房運転時には室内機のラジエーターが凍ってしまい、それが融けて水びたしになる。暖房は効きが悪くなる。2年前に充填してもらった(\20,000位払った記憶があるのだが)のだが、気密がもうダメなのだろう。また入れたところで、2年後にはまた同じような事態になるのは目に見えている。しかも、動かすとすごい振動と音がするのだ。さらに最近の新型エアコンは消費電力が低い。長期的に見ると、数年間の電気代差額でこのエアコン代の元は取れそうである。

購入・取り付けは義理の父が懇意にしている電気屋に頼んだ。以前テレビを無料で直してもらったことがあり、その義理をどこかで果たそうと思っていた。自室は6畳の洋間である。さほど高い買い物ではないので、これがいいタイミングと思い、依頼した。既に室外機用の穴も開いているわけで、一時間半ほどで取り付け工事は終了した。非常に静かになった上に、あっという間に部屋が冷える。本格的な暑さが来る前に導入できて良かった。

続編作品が最近はリリースラッシュのような気がしてならないのだが…インディジョーンズもまた続編をするそうで…M:i-2から5年だから、本作はそれほど久しぶりではないかな?とにかく見忘れていたので、レンタルビデオ屋で借りてきた。後でamazonでスペシャルエディションが\1,500位で売っているのを見て、買えばよかったとちょっと思った。

M:i-1は「スパイ大作戦を思い出させる」という意味で、非常に成功した映画であったと思う。M:i-2は「ジョン・ウー監督によるアクション」が見られるということで、これも成功。さて、本作は?

米国のスパイ組織IMFのエージェント、イーサン・ハントは、現場を退き教官としての仕事をしながら婚約者のジュリアと幸せな生活を送っていた。そんな彼の元に、かつての教え子である女性エージェント、リンジーが捕らえられたという知らせが届く。迷いながらも救出作戦に参加したイーサンは、仲間達とのチームワークを発揮し見事にリンジー救出を果たしたが、ヘリに乗って逃げる途中、リンジーの頭に仕掛けられた爆弾の時限装置が作動し、リンジーが死んでしまう。イーサンはリンジーの任務であった、ブラックマーケットの商人であるオーウェン・ディヴィアンを拘束すべく、仲間と共にバチカンへ向かうが…。主演はトム・クルーズ(イーサン・ハント)、フィリップ・シーモア・ホフマン(オーウェン・ディヴィアン)、ヴィング・レイムス(ルーサー・スティッケル)、ローレンス・フィッシュバーン(ブラッセル)、マギー・Q(ゼーン)、ジョナサン・リース=マイヤーズ(デクラン)、ミシェル・モナハン(ジュリア・ハント)、ケリー・ラッセル(リンジー・ファリス)、サイモン・ペグ(ベンジー)。J・J・エイブラムス監督。2006年作品。

シナリオはちょっとありきたりだけれど、使用するスパイツールがかなり面白い。そしてアクションは前作ほどではないにしても、かなり派手。何も考えずスカッと楽しめる。が、劇場に見に行くほどのものではなかったかな。
音響が非常に評価できるので、ぜひとも5.1ch環境下での視聴をお勧めしたい。弾丸が飛んでくる方向から音が聞こえるし、爆発音もすごい。何よりすごいのがヘリの音。大迫力でした。

またヤフオクで古銭を落札した。渡来銭と呼ばれる貨幣で、遣唐使、遣隋使などが中国から持ち帰ったのが始まりと考えられ、その多くは平安末期より鎌倉鎌倉末期、室町時代にかけて、幕府または民間貿易により輸入された貨幣である。

これより前の奈良、平安時代には「和同開珎」をはじめとした「皇朝銭」と呼ばれる貨幣が国産され、流通している。近代律令国家の成立を目指した当時の政府は、貨幣発行も近代化政策の一環として、唐の貨幣政策を模倣した。しかし、当時国内では貨幣を必要とする経済は発達しておらず、政府は「蓄銭叙位法」、「献銭叙位法」のような貨幣流通促進策を積極的に打ち出した。
貨幣が流通しだすと私鋳銭が横行し、これに焼いた政府は新銭鋳造を行って対抗した。これが和同開珎の後に作られた「萬年通宝」である。萬年通宝は和銅開放よりも大きいが、和同開珎に対して10倍の価値を与えている。これは政府が改鋳による利益を狙ったものと考えられている。このような改鋳利益を狙った新銭発行はその後幾度と無く繰り返され、発行された新銭は旧銭よりも小型化軽量化していく。また原料の銅も枯渇し、旧銭の回収に頼らざる得なくなり、鉛の混入割合が高くなり、鉛で作られた貨幣まで登場した。
このような改鋳利益を狙った新銭発行はインフレを招き、庶民の貨幣に対する信頼は大きく失われた。また、荘園制度の発達もあり、やがては元の米や絹を交換の媒体とした時代に戻っていき、政府も10世紀から七百年の長い間、政府が貨幣を鋳造することは無くなった。
11世紀に入り、宗との交易が盛んになると再び日本に宋銭が流入されるようになった。良質な宋銭は庶民の指示を受け、大量流入を背景に再び貨幣経済が戻ってきた。このときの貨幣が渡来銭と呼ばれる。

渡来銭は具体的には621年に唐で作られた「開元通宝」から1433年の「宣徳通宝」までが該当するとされる。千数百年前のものもあるわけで、錆だらけのもの、穴が開いているもの、割れているもの、磨り減って文字の判読が難しいもの(篆書体の物もあり、読めない…)と状態はかなりまちまちである。また、状態がよくても流通枚数が多いものは数百円の価値しか無い。残念ながら今回落札した貨幣も数百円の価値のものばかりであったが、これだけ昔の中国製のものが自分の手元に存在しているということ自体に相当な感動を覚える。
錆がひどいものは錆び取りのために酢酸につけたたのだが、数分で酢酸水が真っ青になった。千年間の錆びはだてじゃない。

川崑監督+石坂浩二主演の横溝正史原作ミステリー映画第5作。原作でも金田一耕助最後の事件がこの事件であるように、映画も第5作目の本作を持ってシリーズ終了となる。
昭和26年、吉野市に住む先生(先生夫妻は、横溝正史夫妻…しかも、推理作家の役で、台詞もかなり長い。ちょっと台詞が棒読みなのは仕方が無いが、1作目の那須ホテルの主人の頃と比べると、かなりの進歩である。)の元を金田一は訪ねる。しばらく渡米しようと考えていることを告げる。そのために必要なパスポート用写真の撮影のために、先生の薦めがあった近くの写真館を訪れる。そこで、写真館の主人徳兵衛から「最近、誰かに命を狙われているようだ」と、調査の依頼を受ける。ここから事件が発生する。主演は石坂浩二(金田一耕助)、佐久間良子(法眼弥生)、桜田淳子(法眼由香利・山内小雪)、菊地勇一(法眼琢也)、入江たか子(五十嵐千鶴)、三条美紀(田辺光枝)、河原裕昌(五十嵐滋)、萩尾みどり(山内冬子)、小林昭二(三之助)、あおい輝彦(山内敏男)、久富惟晴(五十嵐猛蔵)、ピーター(吉沢平次)、林ゆたか(佐川哲)、早田文次(秋山武彦)、山本伸吾(原田雅美)、小沢栄太郎(本條徳兵衛)、清水紘治(本條直吉)、草笛光子(雨宮じゅん)、白石加代子(宮坂すみ)、三木のり平(野呂十次)、横溝正史(推理作家)、草刈正雄(日夏黙太郎)、加藤武(等々力警部)、岡本信人(阪東刑事)、大滝秀治(加納巡査)他。監督市川崑。1979年作品。

金田一がパスポート用写真を撮影した後、山内小雪が写真館を訪れる。「結婚写真を撮影したいので、ある場所に来て欲しい」。それだけを告げ、前金を置いていった。写真館の主人の息子直吉と弟子の日夏黙太郎は撮影の準備をし、案内された先へ向かう。そこは「首縊りの家(法眼弥生の夫、琢也の愛人、山内冬子が終戦の翌日に首を縊って死んだ)」と呼ばれる法眼病院跡であり、空き家のはずの場所だった。そこには金屏風をバックにした花婿姿の山内敏夫と、花嫁姿をした、写真の撮影を依頼者と思われる女性がいたので、撮影する。翌晩、また電話にて法眼病院跡で撮影してほしいと同じ女性から依頼があったので直吉らが向かったところ、天井から花婿の生首が風鈴のように吊るされているのを発見する。徳兵衛は昨日撮影した写真を現像し、その花嫁が法眼由香利に似ていることに驚く。
「生首風鈴殺人事件」捜査本部が設置され、(例によって)等々力警部が捜査の担当となる。殺人現場に家主、法眼弥生、由香利、五十嵐滋、田辺光枝、死体発見者の四人、容疑者の吉沢を集め、その状況を見せる。この時点で金田一は誰が犯人かを既に知っており、この殺人が起こった経緯を日夏黙太郎と共に調査し始める。やがて金田一は、敏夫と小雪が、この場所で首を縊った冬この遺児であることを知る。そして、捜査本部に小雪からの「血のつながりのない兄との結婚を断ったことから争ううち、兄を刺してしまい、息絶える寸前、母を不幸な死に追い込んだ法眼家への復讐の念を燃やす兄は、自分の首を母が死んだ場所に吊るすことを遺言した。私はそれを実行し、母、兄の許に旅立つ…」との遺言が届く。しかし、その遺言書から小雪の指紋は検出されなかった。
その後、徳兵衛、吉沢が殺される。金田一は黙太郎と協力しながら、法眼一族と山内家の一族との関係をつきとめ、冬子は法眼弥生の娘、そして、敏夫と小雪が孫であることを知る。そして、由香利として法眼家に居るのは実は小雪であるということも…
ラスト、弥生は法眼病院跡へ三之助が引く人力車で向かう。病院跡に着いて、三之助が、車のシートを開くと、舌を噛んでうっすらと血を流す弥生の姿があった……

金田一はかなり始めの時点から犯人を知っていたためか、法眼弥生が何故犯人になったのかという「人物関係」と過去の出来事の調査にを中心に動き回る。今までのように「思い悩む金田一」という役は、日夏黙太郎に譲っているように見える。いつもの「飯を食いながら、人物関係図を作る」という作業を金田一はしていないが、本作は本当に人物関係が複雑なので、視聴するときに自分で書いて見るほうが良いかもしれない。
偶然が引き起こしたと言え、実に悲しい結末である。最後の三之助の姿はかなり格好よかったな…

うちで今まで使ってきた炊飯ジャーは私が独身時代から使っていた東芝製のものである(ちなみに、炊飯器を初めて開発したのは東芝である。こうした歴史がある故に、炊飯器の開発に東芝はかなり力を入れていると聞いたことがある。それで何となく東芝製のものを買ったのである。詳しくはこのへんを参照)。厚手の釜を使用したもので、まぁまぁおいしいご飯を炊いてきてくれたのだが、ここ最近動きが怪しくなってきた。
まず、タイマーがあてにならないのである。朝7:30に炊けるようにセットしても、全く炊けてないということもしばしばあった。私は朝食でご飯を食べるだけではなく、昼食用の弁当も持参しているので、米が炊けてないと昼飯にまで影響が出てくるのである。こんな状況を週に1~2度味わいながらも半年ばかり使い続けてきたのだが、妻の我慢も限界に達してしまった。炊飯している途中でいきなり電源が切れてしまうことが見られるようになったのだ。全く炊けていないのならばガスを使って急いで炊くことも出来るのだが、この中途半端というのは大変困る。そこから再度炊き出しても、ひどい食感のご飯が出来るだけである。これを見て、さすがに「もうダメだ」と思った。そして、ここまで頑張ってきたのだから適当なのではなく、しっかりとしたものを購入しようと考えたのである。

妻は既に買いたい炊飯器の目星をつけていた。カタログハウスが出している「通販生活」の誌面で絶賛の評価を受けていた鳥取三洋電機製のIH式炊飯器である。鳥取三洋電機には「炊飯器作りの神様」と呼ばれる職人がいるそうで、その方が丹精込めて作った炊飯器がこれである。通販生活の価格は一般家電量販店より高いので電気屋に行く度にこのモデルを探してみたのだが、一向に見つからない(鳥取三洋電機ではなく本家の三洋電機の製品はいくらでも見かけるのだが…)。仕方が無いので通販生活から買うことにした。そして今日、炊飯器が到着したのである。

実際に炊飯してみる前に、この釜の作りについてじっくり見てみた。釜を衛生的に保つためには、内釜の蓋の部分が取れて洗浄できると実にありがたいのだが、この炊飯ジャーは取り外せるようになっていた。さらに「おねば」と呼ばれるうまみ成分を一時的に溜める部分も取り外しが可能で、ここの洗浄もできる。中々よく出来ている。
釜もいい。厚みも重みもほど良くあり、熱伝導性の良い素材が使われている。内側はテフロン加工がされ、汚れが落としやすい。
炊飯機能も充実しており、炊飯のスピードや消費電力も調整できる。さらに「長時間保温モード」というのがあり、これを選択して保存すると米の水気が失われない程度に保温してくれる。もちろん米はたいてからすぐ食べるに越したことは無いが、常識的な時間の保温であれば米が硬くなりすぎて奥歯にはさまったり、色が変わったりするようなことは無い。

さて、最も大事な味であるが、今まで使ってきたものと比較すると甘みと粘り気が強くなったように感じられた。以前の釜も割とうまかったのだが、それを確かに越えている。東芝製のものと同時に炊飯して比較すればより結果は歴然としたとおもうのだが、やらなかったことを少々、後悔している。どちらが東芝製、鳥取三洋製かを隠した状態で食べ比べをすればよかった…

内部改修工事ということで一ヶ月ほど休業していた久喜の健美の湯。今日、リニューアルオープンしたとの事だったので行ってみた。
健美の湯は以前このブログで紹介した、いわゆる「スーパー銭湯」のようなものである。他のスーパー銭湯に比べて変わっているところを挙げれば、理容店が中にあることくらいだろうか。

改修工事により、今流行の「岩盤浴」の施設が本格的に追加され、いままで「よもぎ湯」だったところが「炭酸泉」に変わっていた。今日は岩盤浴をするつもりは無く、普通に入浴してきたのだが「炭酸泉」は実に面白かった。極端なイメージかもしれないが、お湯になった炭酸水に入浴するような感じのものである。そのため、体中に小さな炭酸の泡が付着し、ちょっと不思議な感じがする。温度は37度と低く、10分以上入浴していても湯当たりしない。この炭酸は皮膚を通じて体内に入ることで血中の酸素濃度を高め、毛細血管の血流量を通常の3~5倍にする効果があるという。そして、これに入った後に他の湯に入ると、2度ほど体感的にはお湯が温かく感じられるそうである。リニューアル前に比べて、風呂の温度が全般的に低くなっていたのだが、これはこの炭酸泉のためだったのかもしれない。自律神経の正常化も促し、ストレス解消効果も期待できるという。実にいい湯を追加してくれたものである。これからもちょくちょく利用しようと思う。

市川崑監督+石坂浩二主演の横溝正史原作ミステリーの映画第四作目が本作、女王蜂である。どうやら当初は第三作で終了の予定であったようだが、前作までの興行成績が非常に良かったため、本作が作られることになったようである。
昭和27年、伊豆天城の「月琴の里」にある大道寺家を金田一耕助は訪ねる。京都の山本弁護士から、19年前に起きた事件の再調査の依頼を受けていたのである。大道寺家に金田一が着いたとき、大道寺家の大時計で大道寺智子の求婚者の一人である遊佐三郎が何者かに殺されていた。この殺人を皮切りに、大道寺智子をめぐって連続殺人が発生する。出演は、石坂浩二(金田一耕助)、加藤武(等々力警部)、岸惠子(神尾秀子)、司葉子(蔦代)、中井貴恵(大道寺智子)、萩尾みどり(大道寺琴絵)、高峰三枝子(東小路隆子)、仲代達矢(大道寺銀三)、沖雅也(多門連太郎)、神山繁(九十九龍馬)、坂口良子(おあき)、白石加代子(速水るい)、小林昭二(木暮刑事)、大滝秀治(加納弁護士)、草笛光子(お富)、三木のり平(嵐三朝)、伴淳三郎(山本巡査)、石田信之(遊佐三郎)、中島久之(赤根崎嘉文)、佐々木剛(駒井泰次郎)、佐々木勝彦(日下部仁志)、高野浩之(文彦)、常田富士男(農夫)他。市川崑監督。1978年作品。

19年前の事件は、源頼朝と縁ある大道寺家へ歴史調査のために京都から2人の学生が来たことから起こった。この2人の学生は日下部仁志と、後の大道寺銀蔵であった。大道寺家に世話になっているうちに日下部と大道寺家の娘(大道寺智子の母)琴絵が恋仲になり、やがて妊娠したことが発覚する。琴絵は結婚を迫るが、日下部は母の反対があって受けることが出来ない。日下部の本当の姓は「東小路」であり、元公爵家という名門であった(婚姻に反対していた母とは東小路隆子である)。そんないざこざの中、何者貨の手によって日下部は殺されてしまう。琴絵が日下部を殺したと家庭教師である神尾秀子は思い、あたかも事故死であるかのように偽装する。所轄の巡査が事件を調査したものの、宮内省からの圧力がかかり、調査は中断された。
大道寺銀三は普段は京都に居るが、この日は智子を京都に連れて行くために月琴の里の屋敷を訪れていた。そして智子を連れ、東小路隆子が主催する茶会に出席した際に第二の殺人が起こる。遊佐と同じ求婚者であった赤根崎が青酸カリによって毒殺されてしまう。
智子は次第に実の父、日下部こと東小路仁志の事に興味を持ち出していた。そんな矢先、九十九龍馬は実の父の事をネタに智子を密室に呼び出し、強姦しようとする。しかしその企みの中、何者かによって刺殺されてしまう。
このように大道寺智子を中心に、その周りに居る男達は次々に殺されていく。女王蜂は母系社会の種族を永らえるために働き蜂に身を守らせ、そして殺していく。その様子がこの映画のタイトルの由来である。

市川崑監督の横溝正史映画作品一作目「犬神家の一族」の犯人は高峰三枝子、二作目「悪魔の手毬唄」の犯人は岸惠子、三作目「獄門島」の犯人である司葉子の三大女優を集結させた大作である(よく集めたものである…)。例によって、金田一は19年前の事件を足がかりに調査をはじめ、静岡県警の等々力警部は今現在起きていることしか見ようとはしない。「全くあの男は…突然居なくなって全く無責任…」云々という等々力警部の台詞は「よし!わかった!」と同じように定着化してきている。やはり19年前の事件は今回の事件に関係があり、そしてそれより昔…銀三の子供時代からの怨みの蓄積がこれらの連続殺人の原因であった。そして、悲しい形で結末を迎える。

大滝秀治のすっとぼけた感じには磨きがかかり、シリーズを重ねるごとに草笛光子の役は段々と変な役になっていく…(笑)。白石加代子の不気味さも度を増している…そんな中、急成長をとげるのが小林昭二である。今回は等々力警部指揮下の刑事として結構活躍しているように見受けられた。小林昭二だけではなく、多くの出演者が亡くなってますね。昭和はもう大昔ですなぁ。

市川崑監督+石坂浩二主演の横溝正史原作ミステリーの映画第二弾が本作、悪魔の手毬唄である。昨日見た獄門島は第三弾作品で、映画化された順番と前後してしまった。
岡山と兵庫の県境にある四方を山に囲まれた鬼首村(「おにこべむら」と読む。もちろん、実在しません)。古き因習に呪われた閉鎖的な山村にて、古くから伝わる手毬歌の通りに起こる連続殺人事件の謎を解く。主演は石坂浩二(金田一耕助)、若山富三郎(磯川警部)、加藤武(橘警部)、岸惠子(青池リカ)、仁科亜季子(大空ゆかり)、草笛光子(由良敦子)、高橋洋子(由良泰子)、永野裕紀子(仁礼文子)、渡辺美佐子 (別所春江)、中村伸郎(多々羅放庵)他。市川崑監督。1977年作品。

金田一は鬼首村の温泉旅館「亀の湯」で岡山県警の磯川警部と待ち合わせをしていた。仕事の依頼を受けるためである。磯川警部は金田一に、待ち合わせに使った温泉旅館「亀の湯」の主人が殺害された20年前の迷宮入り事件の調査を依頼をする。犯人は詐欺師の恩田という男であることはわかっているのだが…
鬼首村には由良家(古くからの由緒ある名家)と仁礼家(新興してきた名家。ワイン工場を持っている)という二つの名家があり、そのころ恩田と別所(旧姓仁礼)春江の間の子である千恵が人気歌手になって帰ってきた。そんな中、元は庄屋であったが大変な放蕩の末に財産を失ってしまった男、多々羅放庵が行方不明になる。さらに由良泰子、仁礼文子が村に伝わる手毬唄の歌詞通りの姿で次々に殺されていく…
(もっと詳しいシナリオはこのサイトで。私が書くより相当わかりやすいわ)

私は市川崑+石坂浩二コンビによる5つの横溝作品の中で、本作が一番好きである。
磯川警部は20年前の事件を調べることによって、何となく「自分が望まない結論」に達することを薄々感じていたのではないかと思う。そう思いながらも、この謎解きを金田一に依頼したのは「自分の疑念は偽りだった」という確証が欲しかったのではないかと思う。しかし、20年前の事件だけではなく、新たに多くの殺人事件が発生する。信じたいが疑いは増えるばかり。そんなやるせない感情がとてもよく表現されている。
また、次々と殺人を繰り返すことになる犯人にも悲しい結末が訪れる。殺人を娘に知られ、そして殺すべき相手と間違って自分の娘を過てしまう、その悲しさ…。恩田と言う男を愛してしまったがために、人食い沼に吸い込まれていくように身動きが取れなくなっていく。

恐怖感以上に悲しみに包まれていく本作。でも、のめり込むように見入ってしまった。

犬神家の一族を見てから、久々に市川崑+石坂浩二の金田一耕助シリーズを見たくなった。具体的には「悪魔の手毬唄」、「獄門島」、「女王蜂」、「病院坂の首縊りの家」なのだが、近所のレンタルビデオ店に全作品があることを確認した。今日はそのレンタルビデオ店のレンタル料金半額日であったため、とりあえず「悪魔の手毬唄」、「獄門島」、「女王蜂」の3作を借りてきた。今日はその中から「獄門島」を見ることにした。

昭和21年9月下旬、金田一耕助は戦争からの復員船の船内で死んだ「鬼頭千万太」の遺言書を届けるために、瀬戸内海に浮かぶ彼の故郷「獄門島」へと向かう。獄門島では千万太が死ぬ間際に残した言葉「俺が生きて帰らなければ、3人の妹達が殺される…。」の通りに、妹が次々に異様な姿で殺されていく。出演は石坂浩二(金田一耕助)、加藤武(橘捜査主任)、大原麗子(鬼頭早苗)、司葉子(勝野)、太地喜和子(巴)、ピーター(鵜飼章三)、浅野ゆう子(鬼頭月代)、中村七枝子(鬼頭雪枝)、一ノ瀬康子(鬼頭花子)、草笛光子(お小夜) 、内藤武敏(鬼頭与三松)、大滝秀治(儀兵衛)、上條恒彦(清水巡査)、小林昭二(竹蔵)、坂口良子(お七) 、東野英治郎(鬼頭嘉右衛門)、佐分利信(了然)、池田秀一(了沢)、荻野目慶子(少女時代の勝野)他。何気に池田秀一(ガンダムのシャア・アズナブル)が役者で出てるし…。市川崑監督。1977年作品。

鬼頭家の三娘(月代、雪枝、花子)が殺されるのだが、この殺され方が宝井其角と松尾芭蕉の下記の三つの句にあわせている。この句は金田一が宿として借りた寺の一室の屏風にかかれているのだが、達筆すぎて金田一は読めなかったのである。
 鶯の身をさかさまに初音かな (宝井其角) 花子の死
 むざんやな冑の下のきりぎりす(松尾芭蕉) 雪枝の死
 一家に遊女も寝たり萩と月  (松尾芭蕉) 月代の死
時期は9月下旬ということもあり、一句目は季語が合っていない。これは春の句なのである。了然はぽつりと「きちがいか…」と言う。この「きちがい」を金田一は「気ちがい」だと思ってしまう。了然は「季ちがい」のつもりで言っている。この言葉が事件解決への糸口となっている。
ところで、「気ちがい」は放送禁止用語であり、公共の電波にのって放映されたときには、音が消されたり「ピー」という音にすりかえられている。しかし、この言葉のトリックが無いと三姉妹の死が俳句にそったものであることをアピールできない。そのため、DVDでは音は消されることなく収録されている。

ところで、この市川崑版獄門島は横溝正史の原作とは犯人が異なっている。誰かとは言わないが、私は今作のほうが不思議としっくり来る。


役者を見ると、やはり若い坂口良子は非常にかわいいのだが、それ以上に大原麗子が捨て置けない。目茶苦茶美人で卒倒しそうである。今でも綺麗ですけどね~。それだけでも見る価値があるかもw
鬼頭三姉妹は、綺麗なんだけどちょっと気が変な感じがして、ちょっと見てられないなぁ。化粧が濃すぎて月代が浅野ゆう子ということに気がつかなかったし。

20070609_1.jpg 20070609_2.jpg

最近、また積極的に始めだした古銭集め。主に「蔵から出てきた古銭2kg」であるとか「祖父のコレクション放出」などという、あまり古銭に興味がなさそうな人が出品しているものをヤフオクで落札している。すごい価値のある貨幣が含まれていたり、特年(たまたま発行枚数の少ない年の貨幣)があったりと、びっくり箱的な楽しみができる。先日、\3,000程で落札した古銭2kgは1.8kg位はカスのような貨幣であったが、昭和5年の美品クラスの1銭青銅貨が含まれていた。これだけ1枚だけで\3,000の評価がされている。他に明治37年の美品クラスの五十銭銀貨が含まれており、これも\3,000の評価がされている。つまりこの2枚の貨幣だけで、落札価格の2倍以上丸儲けしている計算になる。

こうした経緯で出品されている貨幣は、美品クラスのものがあればいい方で、大体は並品クラスのものである。特に銅貨はサビが発生してしまい、図柄が読み取れないものがいくつか存在する。厄介なのは明治時代に発行された竜の図柄が掘られている竜1銭銅貨2銭銅貨である(竜の図柄はかなり細かいので、ゴミがたまりやすい、錆びると図柄がわからなくなる)。これらは銅98%、錫1%、亜鉛1%と非常に銅の含有率が高い銅貨である。錆びは良く出るし、表面が柔らかい。そのため、磨きすぎると図柄そのものが消えてしまう。自分で言うのもなんだが、硬貨を磨くのは私はかなりうまいと思っている。美品クラスの青銅貨を磨いて、未使用品として売ったこともあるほどである(笑)。だが、銅の含有率が高い銅貨は難しい。銅95%、亜鉛4%、錫1%の含有率の青銅の場合、固さが増し、錆びの発生も大分少なくなる。これであれば大きな傷やへこみさえなければ、未使用品クラスまで磨くことが出来るのだが…
ちなみに私の銅貨磨き方は、食用酢の中に青銅貨を浸し(必ず硬貨全体が浸されるようにする)これを半日行った後、硬貨の裏表を逆にしてまた半日置く(錆びの多い硬貨の場合、この時点で酢が青っぽい色になってくる)。その後硬貨を取り出し、粒子の細かい研磨剤でまんべんなく、柔らかめの歯ブラシで磨く。水に濡れたままだと、どのくらい研磨がすすんだかがわかりにくいので、必ず乾いた布で拭きながら状態を確認する。これを繰り返し、納得いくところでやめるのである。銀貨はまた別な方法で磨くようにしている。金貨は…経験なし。というか、やめておいた方がいいでしょうね。

2006年版「犬神家の一族」を見て、急に過去の同作品を見たくなったので、近所のレンタルビデオ店に行って借りてみた。
シナリオは2006年版とほぼ同じなので省略。出演は石坂浩二(金田一耕助)、島田陽子(野々宮珠世)、あおい輝彦(犬神佐清)、高峰三枝子(犬神松子)、三条美紀(犬神竹子)、草笛光子(犬神梅子)、坂口良子(那須ホテル女中・はる)、岸田今日子(琴の師匠)、小沢栄太郎(古舘弁護士)、加藤武(橘署長)、大滝秀治(大山神官)、横溝正史(那須ホテル主人)、角川春樹(渡辺刑事)、三國連太郎(佐兵衛)他。市川崑監督。1976年作品。

随分と前に見たもので、私自身、勘違いしている点がいくつかあった。「よし、わかった!」の署長は名前が変わっており、1976年版でも署長であった。確か加藤武は「獄門島」にも出演しており、こちらで警部役だったのかも知れない。また、子供の頃に見たから強烈な印象を受けたのか、今見てみるとそれほど「エログロ」な脚色はされていない。古谷一行版犬神家の一族と勘違いしているのかも知れないが…
久々に見て新鮮だったのは、那須ホテル女中はる役の坂口良子である。今もきれいな女性だが、猛烈に可愛らしい。2006年版では深田恭子が演じているが、確かに現代なら彼女が適役であったと思う。

私は古い時代劇を良く見ているので余計に感じるのかもしれないが、1976年版も十二分に映像が美しい。信州の山野、湖の景色が今見ても実に見事で2006年版と比べても遜色は無い。角川映画第一作である本作にどれだけ力をかけていたかが肌身で感じられる。最近の商業主義的な姿勢を見直して欲しいと心から思う…
というと2006年版の批判になってしまうのだが、エンディングを除いて、見事なくらい1976年版に忠実に2006年版が作られていることがわかる。それが良いことなのか悪いことなのかを述べるのは難しい。なぜなら、1976年版が十二分に面白いからである。だがこれだけ忠実なのであれば、これから犬神家の一族を見る方は2006年版を見るだけで十分だと思う。音なんかはどうやっても敵わないですから。

まだ大人用の風呂が使えなかった頃…そして、大人の風呂に入るようになってしばらくは私が息子の入浴を担当していたのだが、このところ時間の都合等で私が担当することはあまりなかった。昨日、今日と久しぶりに息子を風呂に入れている。

どうも私は「洗う」という行為をする際に泡が立たないのがイヤなのである。そして、完全にきれいにならないのがイヤなのである。そのせいか、私が風呂洗いや食器洗いをすると結構な時間がかかってしまう。
息子を入浴させるときもそうで、割と徹底的に洗ってしまう。どうもそれが息子には辛いようで、途中で泣き出してしまうのである。最近は大分妥協するようになったのだが、どうも頭を洗うのは苦手である。
今日の入浴では「泣かさずに頭を洗う方法」というのちょっと考えてみた。どうも水(特にシャワー)に怖さがあるようで、水が体に触れるときは、誰かに抱えられていないと安心できないようなのである。以前は寝せて洗っていたが、今日は抱きかかえながら洗ってあげた。すると、いつものように泣き出さずに頭を洗うことが出来た。

甘えんぼさんなんだなぁと思うが、子供は甘えたいと思うときに甘えさせた方がいいと思っている。そのうち「甘えてみろ」と思っても甘えてくれない日がくるのだから。

20070608_1.jpg

すっかり上映され、DVDも発売されているのに見るのを忘れてしまっていた…

前作映画「あぶない刑事フォーエバー」から7年。(今度こそ)誰もが死んだと疑わなかったタカ&ユージは韓国・釜山にてアンダーカバーコップとして活躍していた。どういう経緯でそうなったのかはわからないが、2005年、再び横浜港署に刑事として帰ってきた。
出演、舘ひろし(鷹山敏樹)、柴田恭兵(大下勇次)、浅野温子(真山薫)、仲村トオル(町田透)、小林稔侍(深町新三)、木の実ナナ(松村優子)。監督 鳥井邦男。2005年作品。


「あぶない刑事」シリーズは非常に好きなもので(特に大下勇次はいいのぅ…)贔屓目で見てしまうこと私なのだが、今作はいけなかった…。アクション中心であまり深く現実的な事を考えながら見てはいけない作品なので、その点だけを評価するならば、おさえて置かなくてはならないシーン(タカがバイクに乗ってレミントンをぶっ放すシーンや、ユージがジャンプしながら敵を撃つシーンなど)は当然のごとく盛り込まれている。カーチェイスも相変わらず楽しめる(愛車がマセラティ クアトロポルテになってるし。日産がスポンサーじゃなくなってからはイタリア車ばっかり。イタ車好きなんだなぁ、ユージ)。
問題なのはシナリオである。彼らが横浜に戻ってきた理由がいまいちわからないし、刑事に復帰する理由も不明確だ。現実的にありえないことがあっても、それを多少は裏付けるシナリオがあったのだが、今回は完全にそれが破綻している。また、リターンズあたりからなのだが「コンピューター万能論」的なものがはびこり、素人があまりにも安易にクラッキングしたりしている。パソコンが現在ほど普及していなかった「リターンズ」のころはそれでもごまかしが効いたとおもうが、現在のように「当たり前の道具」になってからは多くの人が違和感を感じたのではないかと思う(私はリターンズからずっと気になって仕方がなかった)。
今回は敵にも深みがない。登場する役者がそれほど多くなく、完全に思ったような展開である。これは上映時間にも現れているように思える。108分なのである。最近、邦画は時間が短くなる一方のような気がしてならないが(洋画は3時間越えが当たり前になってきて、別な意味で見るのが辛くなってきたけど)、あぶ刑事の映画を108分で作るのはちょっと無理である。敵を減らして、安直なシナリオにするしかないだろう。前作「フォーエバー」では、「テレビで始まり、映画で終わる」というスタイルをとった(そして、片方だけでもそこそこ楽しめるように出来ていた)。そのため、全体を通じた上映時間はゆうに3時間を越えていたはずである。「あのときのNETという犯罪組織はどうなったのだろう?」という疑問を「フォーエバー」のエンディングを見ながら不思議に思っていただけに、今作にもNETは関係してくると思っていたのだが…全然違った。

7年ぶりのあぶ刑事で、この作品だけを見たという新しい世代の方も居るかもしれないが、これをあぶ刑事とは思わないで欲しい。今回の作品は「同窓会」的な作品で、昔のメンバーがどうなったかを振り返り、そしてタカ&ユージがどれだけまだはしゃげるか(または、どれだけ年食ったか)を見るための作品である。もういろんな意味でみんな大物俳優になってしまっただけに作ってくれるだけでもありがたいのだが、ちょっと残念な印象は否めない。

昨年1年間の自殺者数は32,155人で、昨年より1.2%減少したものの、9年連続で3万人を超えたことが本日、警察庁から報告があった。

年齢別にみると
 60才以上:11,120人(全体の34.6% 前年比2.1%増)
 50才代:7,246人(全体の22.5% 前年比4.5%減)
 40才代:5,008人(全体の15.6% 前年比3.8%減)
 30才代:4,497人(全体の14.0% 前年比2.4%減)
 20才代:3,395人(全体の10.0% 前年比0.4%減)
 19才以下:623人(全体の0.02% 前年比2.5%増)
という結果となった。
男女別では男性が22,813人(全体の71% 前年比3.1%減)、女性が9,342人(全体の29% 前年比3.7%増)という結果になった。

自殺の動機だが
 1位:健康問題
 2位:経済生活問題
 3位:家庭問題、勤務問題
となっている。昨年の統計では経済生活問題が1位であったが、順位が変動している。

職業別では
 無職者:15,412人(全体の47.9%)
 サラリーマンなど被雇用者:8,163人(全体の25.4%)
 自営業者:3,567人(全体の11.1%)
となっている。


年齢別統計を見ると、全体的に減少しているのは現在就労をしている年齢層であり、景気回復による経済的不安が多少緩和されたのかと考えられる。それに対し、社会福祉への依存度が高い高齢の無就労者の自殺が増加しているが、社会福祉が今後さらに財政再建と共に削られていくだろうという仮説の元に考えると、今後はさらに「高齢者の健康問題による自殺」は増加していくと予想できる。社会レベルでは60才以上の雇用の促進が必要であろうし、個人レベルでは生きがいを持ち健康的な生活を送れるようにするための努力や啓蒙を退職前にする必要があると思われる。

自殺理由についてだが、「学校問題」が前年に比べて28.2%増加、「勤務問題」も8.4%増加している。組織内におけるいじめ等が増加しており、精神的に追い込まれた状況での自殺が非常に増えている。昨年10月に自殺対策基本法が施行されて相談窓口等が増えているものの(何をすべきなのかがわからない自治体も多かったようだが…)、実質的な効果は2ヶ月間だけでは法律の効果を判断することは出来ない。今後の行政の動きを見守り、来年の報告をみてその効果を考えてみたいと思う。
学校問題を掘り下げていくと、小学生14人(前年比100%増)、中学生81人(前年比23%増)、高校生220人(前年比2%増)という結果で、小中学生については異常な増え方である。学校という空間が異常な空間になりつつあるということが、この統計から読み取ることができる。学校関係者はもちろんだが、親としても子供を見守って、コミュニケーションを積極的にとって「気づき」を大事にしなくてはならないと思う。死ぬくらいなら、学校なんて行かなくたっていい。


昨年の統計結果を元に自殺問題を考えた際も述べたが、意外と自殺しようと思ってもちゃんと死ぬことは難しく、未遂で終わるということが非常に多い。おそらく未遂者は死亡人数の10倍以上は居るのではないかと私は見ている。自殺未遂は重症なものになると脳をはじめとした心身に多大なる悪影響を残すことが少なくは無い。こうした未遂者まで見据えて自殺問題は取り組まなければいけない。

横溝正史氏原作、1976年に市川崑監督が映画化したものを、同監督が再びリメイク。昭和22年信州那須市(架空の市。実際の撮影は長野県上田市で行われたようである)が生んだ製薬王「犬神佐兵衛」が残した膨大な財産相続を描いたミステリー。私立探偵「金田一耕助」役を1976年の作品(以下、「前作」と略)と同様に石坂浩二が担当している。他、出演は松嶋菜々子(野々宮珠世)、尾上菊之助(犬神佐清・青沼静馬)、富司純子(犬神松子)、松坂慶子(犬神竹子)、萬田久子(犬神梅子)、深田恭子(はる)、奥菜恵(犬神小夜子)、岸辺一徳(犬神寅之助)、草笛光子(琴の師匠)、大滝秀治(大山神官)、加藤武(等々力署長)、中村敦夫(古館弁護士)、仲代達矢(犬神佐兵衛)ほか。監督は市川崑。2006年作品。

犬神佐兵衛にはそれぞれ母親が異なる松子、竹子、梅子の3人の娘がいるが、古館弁護士に託した遺言状にはなぜか犬神家に同居する恩人の孫娘「野々村珠代」に全財産を譲ると書かれていた。しかし、珠世が財産を受け継ぐためには、松子、竹子、梅子の息子と結婚することが条件とされていた。この珠世をめぐり息子達が争いを始める中、殺人事件が発生する。


石坂浩二は1941年生まれなので、前作の時点では35才。現在は65才になるわけだが、これだけ年をとって同じ役を演じられるというのは恐ろしさすら感じさせる。他にも「よし!わかった!」で有名な等々力署長(前作では等々力警部だったけど…出世?)を加藤武が演じたり、大滝秀治が同じ神官役で出てきてくれているのは非常に嬉しい。役柄は異なるけれど草笛光子も出演しているのが何とも嬉しい。音楽もメインテーマは同じものをアレンジしたものが使用されているが、全く古さを感じさせない。いかに洗練されていたか、今になって深く思わされる。

前作と比較すると、大分タッチがソフトになっていることが第一印象である。残虐な場面が軽減され、お色気も無くなった。1970年代の映画やテレビに許されていた独特の「エログロ」さがスポイルされおり、恐怖感は明らかに少なくなっている。惜しいとも思えるが、見られる間口が広がったと解釈しようと思う。まぁ、子供が見たら佐清(以下、スケキヨ)で卒倒しそうだけど(笑)。やっぱりスケキヨは恐くないと。湖に足だけ出てひっくり返ってる死体には前作で相当度肝を抜かされたのだが、今回はそれを発見した奥菜恵に度肝を抜かされたw

これを見て久しく見ていなかった前作や、市川崑&石坂浩二の金田一耕助作品「悪魔の手毬歌」、「獄門島」、「女王蜂」、「病院坂の首縊りの家」が久しぶりに見たくなった。レンタル屋にどこまで揃っているだろうか?

しばらく怠っていた古銭や紙幣集めに最近、また熱を出し始めた。古銭や紙幣は現行価格の目安が日本貨幣商協同組合により規定されているため、その商品が金額に身あるものであるかどうかを判断するのは比較的容易い。

現在、通常に流通している貨幣の中に金貨や銀貨は存在しない(記念硬貨を除く)。アルミ、黄銅、青銅、白銅貨が現行流通硬貨の主な材質である。それ以上の価格になると紙幣となるのだが、紙切れがそうした金属のように「材質だけで価値があるもの」ではないのに金属よりも高く評価されているということに疑問を持ったことは無かろうか?
昭和19年に登場した聖徳太子の100円紙幣(不換紙幣100円 2次100円)以来、日本の紙幣には「日本銀行券」と記載されるようになったが、それ以前の明治18年に発行された紙幣(旧兌換銀行券)には「日本銀行兌換銀券」との記載がされている。つまり「金貨、銀貨との交換を日本銀行が保障する」という、いわば金・銀の貴金属としての希少価値をバックにした上で成り立っていた(紙幣のデザイン等は貨幣博物館のサイトで確認できる)。明治30年には「金0.75gを1円とする」金本位制度の「貨幣法」も制定されている(このタイミングから、紙幣の記載も「日本銀行兌換券」に変わっている)。

さてこれら近代通貨の古銭的価値であるが、同じ1円であったとしても、1円札よりは1円銀貨の方が価値は高く、1円銀貨よりも1円金貨の方が価値が高い場合が多い(発行枚数が少ない「特年」等の例外はある)。残念ながら、この兌換の仕組みが出来上がった時には既に1円金貨は発行されていないが、江戸時代の一分金と一分銀では天保時代の並品同士を比較しても、前者が\30,000程度と評価されるのに対し、後者は\3,800である。ちなみに、江戸時代の貨幣制度では四分が一両に相当するのだが、現在の天保小判金(一両)は\200,000である。天保小判金と天保一分金は金と銀の含有率は同じであり、いかに「小判」というのが古銭の世界で優遇されているかがわかる。

現在では金貨は記念硬貨として発売されるのみだが、当然、流通紙幣よりは高い価値で評価されるものの、銀や白銅の記念硬貨に比べて著しく高い評価はされていない。しかし、時間が経つにつれてその評価は変わってくるのではないかと私は見ている。

私のように細々と古銭を集めている人間には、金貨というのは高嶺の花でとても手が出ない。1円でも銀貨が精一杯なのだが、明治時代の1円銀貨(とても大きくて、威風堂々とした立派な貨幣である)は海外との貿易用に主に用いられ、贋作が非常に多くてその見分けがつけられない。さすがにヤフオクの写真程度では、私には判断不能である。

以前「働くことがイヤな人のための本~仕事とは何だろうか」という書籍を読んで大変感銘を受けた。「世の中は公平だ」と嘯く本はたくさんあれど「世の中とは理不尽」ということを真正面から言い、それを前提として書かれた書籍ははじめてだった。。実際にその理不尽を十分に体感し、考えつくした上で書かれた「働く理由」には説得力があったのである。「働くことがイヤな人のための本」は中島氏の著書で、本書はそれよりも前に書かれた本である。
哲学博士で電気通信大学教授である中島氏は、物事に対する見方に妥協が無い。面倒なことは出来るだけ避けてしまいがちな文化を持つ日本において、様々な事象について哲学的視点で徹底的に検証し、行動するそのエネルギーには驚かされるばかりである。

著者が挙げている「私の嫌いな10の言葉」とは、下記のような言葉である。

  1. 相手の気持ちを考えろよ!
  2. ひとりで生きてるんじゃないからな!
  3. おまえのためを思って言っているんだぞ!
  4. もっと素直になれよ!
  5. 一度頭を下げれば済むことじゃないか!
  6. 謝れよ!
  7. 弁解するな!
  8. 胸にてをあててよく考えてみろ!
  9. みんなが厭な気分になるじゃないか!
  10. 自分の好きなことがかならず何かあるはずだ!

私は良く「人の気持ちがわかっていない」と言われる。そういう自分を毛嫌いして結構、自己嫌悪に陥ったりしてきた。しかし、よくよく考えると「人の気持ち(特に個人的な気持ち)を理解する」事など、今までの人生が違う人々の間で実現することはほぼ不可能である。気持ちは「正直な言葉」という具体的な伝達手段をもってしか恐らくわかりえないし、相手にそれを過度に期待したり、されたりしてもちょっと私には無理なようである(道徳や倫理観というものはある程度共有できるかもしれないが「最近の若い者達は…」と年寄りが言うように、年代を超えるとそれすらも難しいのかもしれない)。そして「相手の気持ちがわかっている」つもりになっている人というのがどうも信用できなくなってきた。「個人的」な付き合いでそれを望まれて辟易したことはあるが、仕事のような「社会的」場でそれを出されると私にはどうすることも出来ない。
著者が「嫌い」といっている言葉の多くは、「相手の事をわかっているつもり」という自信があるから生まれてくる言葉なのだと思う。1,3,4,6,8,9,10の言葉はそれを端的に表している。よく「京都の人は心の中で何を考えているかわからない」という事の例として「京都のぶぶづけ」が挙げられるが、これは比較的有名とは言え、そうした行動から心境を読み取れという態度に他ならない。言語によるコミュニケーション手段があるにも関わらず、こうした行動を見て判断せよというのは中々難しいことである。こうした風習には断固抗議するというのが本書のスタンスである。
2は微妙である。これは筆者の意見を一概に取り入れることはちょっと難しい。「みんなに迎合しろ」という意味で使われるならちょっと賛成しかねるが、誰かを尊重する意味では重要な言葉であると考える。ひとりひとりが色々な事を担うから社会が構成されているわけで、そうした行為は尊重すべきと考える。
5は「形だけでも取り繕え!」という実に日本的な考えであり、これで逃げられるから不祥事を起こした企業ではよく社長らが頭を下げているのを目にする。私はこうした不祥事に対し、責任者は頭を下げて謝ることを禁止したいくらい毛嫌いしている。具体的な対策を聞きたいとは思うが、謝るだけで終了するなら謝らない方がマシであるとすら思う。そして7へと続く。これも実に日本的で、私は何かが起きた「本当の理由」を知りたいから弁解は聞きたいと思っている。ただ、周りがそれを許すような雰囲気ではなく、それを話すことによって事態が解決の方向に行かない場合が多いという経験上、言うのを避けてしまっている事情がある。自分が弁解を聞くような立場になったときには、しっかり聞いてあげようと思う。

ところで「働く人がイヤな人のための本」にも記載されていたのだが、「成功者」の言葉というのは世の中に流れるが、「成功できなかった人」の言葉は世に出ることはない。そもそも、社会的成功者にならないと言葉を発する機会すら与えられないから仕方が無いといえば仕方が無いのだが、そればかりを聞かされていると自分の無能さに嫌気がさしてくる。世の中は不公平なのである。社会的成功者になるためには、本人の努力ももちろん必要だが、それ以上に運や環境が影響してくる。
まず好きなことが見つかるかどうかもわからない。見つかったとして、好きなことを仕事にできるというもわからない。仕事に出来ても、それで成功するとも限らない。しかし、様々なことに挑戦していかないと始めの「好きなことを見つける」という段階で止まってしまう。10のような言葉を頭ごなしに言い続けるのではなく、いろいろなものを見たり体験したりしていくことが重要なのではないかと思う。

残念ながら、私は中島氏のように「嫌いな言葉に徹底抗戦」という立場はとれないが、少なくとも自分はこうしたことを言うのは出来るだけ避けて生きたいように思う。

 

本書は朝日新聞大阪本社版の日曜「若い広場」欄に掲載された読者の「明るい悩み」を、中島らも氏が奇妙な方法を提示して解決していくというもので、昭和59年11月から始まったそうだ。これを集めて書籍にしたのが「明るい悩み相談室」であり、後に全国版に掲載されるようになってからのものを集めて書籍化したのが「もっと明るい悩み相談室」になる。
ちょうど一つの悩みがイラスト込みで3ページで完結している。先に紹介した「しりとりえっせい」や「ビジネスナンセンス辞典」と同様に非常に読みやすい。本当に奇人変人に関する悩みが多く、悩みの内容で笑い、回答内容でまた笑えるようになっている。

例によって、中島らも氏のによる回答なので、冗談を冗談と理解できる人でないと、理解することが難しい(いや、難しくは無いんだけど)。しかし朝日新聞の読者となるとお堅い人もたいそう多く、回答内容に対してあらぬ誤解を生んで大変になったようである。
大変な誤解を生んだのはこんな悩みであった。


悩み:
以前、祖母から「じゃがいもを焼いてみそをつけて食べると死ぬ」と聞いたことがあります。私が「そんなこと迷信にきまってる」というと、ばあちゃんは「本当やぞ。自分で食べてみろ」と真剣な顔でおどすのです。私は「よし食べてやる」といいながらなぜか食べることができませんでした。本当に死ぬのかどうか知らないまま私は死にたくありません。

(尼崎市・勇気のない母・29歳)

回答:
この場合、迷信というよりおばあちゃんのおっしゃることが正しい。「焼きジャガイモにみそをつけて食べると死ぬ」というのはほんとうです。詳しい統計は出ていませんが、「焼きジャガイモにみそをつけて食べた」ことによる死亡率が何割かに達しているという説もあります。
僕の友人の医者の話ですが、先日往診に行ったときにもやはりその実例をみたそうです。患者さんは今年九十八歳になるおじいさんなのですが、友人が診たときはすでにご臨終でした。亡くなる前にひとこと、「おのれ、あのとき、わしが十二のときに焼きジャガイモにみそをつけて食いさえせなんだら品図にすんだものを」と言い残して逝去されたそうです。
これを見ても「焼きジャガイモにみそをつけて食べると死ぬ」ということがよくわかりますね。
このほか「月夜ガニにマヨネーズをつけて食うと死ぬ」「らっきょうを六つ一度に口に入れると死ぬ」「豆腐にソースをかけるとまずい」などの言葉があって、どれもうなずけるものばかりです。とにかく気をつけてください。「健康のためなら死んでもいい」気で健康管理しましょう。


人間いつかは死ぬわけで、どう見ても冗談にしか思えないのだが、この記事が掲載された新聞が出たその日のうちに、朝日新聞社には何十件という電話がかかり、次の週には山のような問い合わせの手紙が来たそうである。中には「私は焼きジャガイモにみそをつけたのが米の飯より好きで、何十年来これを食べている。私は死ぬのでしょうか?」という全然死んでない人からの手紙や、「こんな大事なことは一新聞だけでなく、国会で国民に知らせるべきだ」というものもあったと言う。
うーん、固い。固すぎる。大阪だけなら冗談で通じたのかもしれないが、全国紙になり、冗談をあまり言わないような気がする東北の人なんかが鵜呑みにしてしまったのではないかと勝手に想像したりしている。

昨日に引き続き、地震である。

14:51、工具を出して椅子の修理をしている最中にまた「グラグラグラ~~」っと来た。我が家周辺の観測所によると、震度3を記録したようである。やはりこの家は良く揺れるし、ミシミシという音がすごい。
震源は茨城県南部。茨城県と栃木県の一部で震度4を記録したようである。

地震が発生するときというのはそれを予兆するような不思議な現象が起きるというが、私の家で今日は不思議な現象が発生していた(らしい…)。
朝起きて、妻が庭の水やりをしようと水道に近づくと、そこにおいてあったバケツの壁面全てが毛虫が密集している状態になっていたそうだ。おそらく椿の木にいたのが一斉に水を求めてやってきたのではないかと思うのだが、想像しただけで寒気がする。義理の父が急ぎ来て消毒したが消毒がいまいち毛虫に効果なく、発生源と見られる椿の木は切断された。私はこの手のものがダメで、そういうものを見ると、食事が出来なくなったりする(あ、新たなダイエット法発見…試したくない)。私が見たのは、椿が切断された後のことだった。

地震と毛虫発生の因果関係はわからないが、明日、大地震が来るようなことは絶対に避けてくれ。最近、地震が今まで起きていなかったところでボカーン!と地震が起きているので…

「違~う!!」

自分がこう叫んだことで目が醒めた。その時震度2の地震の真っ最中だった。

私は「バーチャルリアリティ世界での出来事を実際に五感で感じ取るシステム」の夢を見ていた。すさまじい振動が実際に自分に伝わってきて「ををををぉぉ」と、その出来ばえに驚きまくっているという、全く持って分けがわからない夢である。そしてその振動がものすごい勢いで伝わってきているのだが、どうやら本当に体が揺れているということに夢の中で気がつき、このような叫びを思わずあげてしまった。
我が家はどうも建て付けが悪いので、二階の自室では震度2が3位に感じられるという素敵な家である。震度5なんかが来たら、ドリフのコントセットのように本当に家がつぶれそうである。
 「次いってみよぉ~!」
と言えないのが悲しいが。

歯のケア対策にはインプラント・矯正歯科・入れ歯などに役立つ情報サイト

定期的に歯のケアをされている方がいます。そのような方々は受診前に歯に関する情報サイトで、知識を吸収しているようです。歯医者さんで、インプラント・矯正歯科・入れ歯などの受診に役立ててください。

MTBlog50c2BetaInner

2010年7月

        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
MovableType(MT)テンプレート 無料(フリー)
Powered by Movable Type 5.02