「モネはひとつの目にすぎない。だが、なんとすばらしい目だろう」
国立新美術館で開催されている「大回顧展モネ」に、福島から上京してきた母の付き合いで行ってきた。国内の美術館はもとより、オルセーからもかなりの数の作品がここに集まっている(妻はオルセー美術館で見てきたらしいが…)。こうした機会はそれほどあるものではないので、私も喜んで同行してきた。
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私は東京に勤めるようになり10年以上経つのだが、六本木界隈は私にはどうも縁遠いところで、車で何度か通過したことを除けば十数回しか行ったことが無い。しかも人に招待されていくことがほとんどで、どこにどういったのかはよく覚えていない。覚えても次に来るのが1年以上先であり、その間に六本木の街は雰囲気を変えてしまう。私にとっては、半永久的に新しい街であり続けるわけである。
防衛省の主機能が市ヶ谷に移転し、その跡地に東京ミッドタウンと呼ばれるビル群が現れた。ビルはオフィスビルや住居になっており、観光色は六本木ヒルズよりも低い。その東京ミッドタウンと国立新美術館は直結しており、地下道を経て直接向かうことが出来る。他に東京ミッドタウンにはサントリー美術館が隣接しており、六本木ヒルズ 森タワー53Fには森美術館がある。これら3つを合わせ、六本木アートトライアングルと呼んでいるそうである。
この国立新美術館は、黒川紀章氏と日本設計の共同体による設計で、東京大学生産技術研究所の跡地に2002年7月から2006年5月までの3年半余りかけて建てられた。カーテンのような波打ったガラスウィンドウが非常に美しい建物である。建物の中に入ると、この窓から注ぎ込む光が開放的な気持ちにさせてくれる。どうも都知事選のせいで変な印象を与えてしまった感が否めない黒川氏だが、やはり建築家としての仕事は超一流である。
会場では事前にチケットを入手して行ったにもかかわらず、十数分待たされた。平日でこの調子なのだから、休日に来たらどうなったことか…ゾッとさせられた。
モネの作品は明暗の対象性と色彩の豊かさに特徴があり、そしてそこを主張したいがために「景色とその景色が写りこむ水面」のような「光」を意識した作品が多い。印象派以前の作品において、色彩を表現するものは「色」そのものであった。色を表現するためにはその色を作らなくてはならないという考えである。しかし、絵の具は色を混ぜれば混ぜただけ暗くなる「減法混色」の世界である。これでは色を作ろうとしても暗くなるだけで、明るさや光を表現することはおそらく困難であろう。
印象派の作品に必須であった、19世紀半ばに現れた画期的な道具がある。チューブ入り絵の具である。これの誕生により、画家はアトリエ以外の場所で絵を描くことが出来るようになった。そしてモネはこの絵の具を混ぜあわせずに、その色そのままを使い作品を仕上げている。モネの作品は面白いことに、離れたところから見ると写実的な印象を与えるのだが、近くから見ると絵の具の原色が荒々しくキャンバスに叩きつけられているように見えるのである。私はハッとした。これは印刷物における色彩表現(網点の大きさや数により色の強弱を表現する)に非常に近いのである。印刷物の場合は基本はCMYKの4色だが、モネにはチューブ入り絵の具の数だけ色を扱える。無限の色表現の可能性がそこにはある。
写実的な印象を与えると先ほど書いたが、その絵のデッサンや写真と比較すると必ずしも写実的ではないようである。光の明暗を使いながら、見るものの視点を見事に操っている。見て欲しいものを見させる。これはセザンヌの言葉が如何に的を獲た言葉かが実体験できた。
晩年は白内障を患ってしまったため、モネの作品は少々前衛的になってしまっている。医療技術が今ほど発達していなかったことが大変悔やまれる。
3時間あまりをかけて作品を一通り見通したが、美術史に造詣が深くない私でも相当に楽しむことが出来た。非常に有意義な時間を過ごさせてもらった。
翌日、皇太子様ご夫妻もこの回顧展をご覧になったそうで…最近、皇室とのニアミスが多いなぁ。


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