2007年7月アーカイブ

公職選挙法 第150条

第3項
衆議院(比例代表選出)議員、参議院議員又は都道府県知事の選挙においては、当該公職の候補者(衆議院比例代表選出議員の選挙にあつては衆議院名簿届出政党等、参議院比例代表選出議員の選挙にあつては参議院名簿届出政党等。第5項において同じ。)は、政令で定めるところにより、選挙運動の期間中日本放送協会及び一般放送事業者のラジオ放送又はテレビジョン放送の放送設備により、公益のため、その政見(衆議院比例代表選出議員の選挙にあつては衆議院名簿登載者、参議院比例代表選出議員の選挙にあつては参議院名簿登載者の紹介を含む。以下この項において同じ。)を無料で放送することができる。この場合において、日本放送協会及び一般放送事業者は、その政見を録音し又は録画し、これをそのまま放送しなければならない。

第5項
第3項の放送に関しては、それぞれの選挙ごとに当該選挙区(選挙区がないときは、その区域)のすべての公職の候補者に対して、同一放送設備を使用し、同一時間数(衆議院比例代表選出議員の選挙にあつては当該選挙区における当該衆議院名簿届出政党等の衆議院名簿登載者の数、参議院比例代表選出議員の選挙にあつては参議院名簿登載者の数に応じて政令で定める時間数)を与える等同等の利便を提供しなければならない。

公職選挙法 第150条の2

公職の候補者、候補者届出政党、衆議院名簿届出政党等及び参議院名簿届出政党等は、その責任を自覚し、前条第1項又は第3項に規定する放送(以下「政見放送」という。)をするに当たつては、他人若しくは他の政党その他の政治団体の名誉を傷つけ若しくは善良な風俗を害し又は特定の商品の広告その他営業に関する宣伝をする等いやしくも政見放送としての品位を損なう言動をしてはならない。


立候補者の政見放送について、上記のような取り決めが公職選挙法にてなされている。
つまり、どんなに得票数が見込めない候補者であろうと、当選有力候補者であろうと、同一の時間だけ政見放送の時間は割り振られるわけである。

地方にもちょっと変わった候補者(羽柴へいぞう秀吉氏など)がいるが、東京のそれに比べると変わり具合の程度と人数が相当に異なる。そんな候補者でも、○条ネットや女○党あたりの候補者よりは「参議院の活性化(爆弾投入とも言う)」という意味で、いっそのこと当選させてみたほうが良いのではないかと思う。そもそも参議院なんて大して役に立たないのだし…


今回、生で見てぶっ飛んだのは「日本スマイル党」の「マック赤坂」候補の政見放送である。最初は何だか気味が悪かったのだが、「口角が下がり、眉間にしわがよった人間ばかりで挨拶すら無いこの国を改革したい」という公約を聞いているうちに「何だ、とても良い事言っているじゃないか」と感じ始めてしまった(笑)。比例区に「日本スマイル党」が無かったため、埼玉選挙区の有権者である私は投票することが出来なかったが、東京在住だったら投票していたかもしれない。


今回の参院選は民主党の圧勝にて終わったが、大政党に属している一人一人の議員が自分の考えどおりに政治を行えるとは到底思えない。そうした意味で、この2大政党の争いは本当にどうでも良かった。喜ぶべきは無所属候補の当選数が随分と多かったことである。
参議院にはこうした「猛烈な個性」を持つ議員がたくさん欲しいと思う。そういう方向で生き残るのであれば、参議院の存在価値もまた生まれてくるのではないだろうか。

社会人になって初めて属した会社の同期たちと久しぶりに会った。もう7年も前に退職しているのだが、友人としての付き合いはずっとさせてもらっている。「社会人になって初めて」という時期を共有した仲間というものは、今でもとても貴重な存在である。

まだ私がその会社に属していた頃…そして退職して数年の間、我々は「残業」と呼ぶイベントを定期的に実施していた。ここで言う残業とは、もちろん会社に居残って仕事をするというアレではない。夜から大体、翌朝にかけて行われる大カラオケ集会である(なぜ、残業という名前になったのかその由来はよく覚えていない。ただ、この残業メンバーとは最初の1年間同じところで研修を受けており、同じ顔を突き合わして遊びまくるから「残業」という名がついたのかも知れない…)。残業の開始当初は二週に一度のペースで週末に実施していた。22:00頃から歌い始め、終了するのは翌朝5:00位である。つまり、7時間位カラオケで歌いまくるのである。しかも歌うのは自分が入れた曲だけではなく、知っていれば集団で絶叫するように歌う。実質、7時間歌い続けるといっても過言ではない。このようなハードなイベントなわけだから、残業の終わりに近づく3:00頃には声がガラガラになっている。しかし、それでも屈せずに歌い続けるのである。肉体と精神と喉の限界に挑戦するのが残業であり、終了する頃にはβ-エンドルフィンが分泌されて「ランナーズハイ」のような状況になっていた。毎度ボロボロになりながらも翌週には残業に行きたい(我々の中ではこのような心情を「残業感」と読んでいた)という気持ちになっていた。
残業の主要メンバーは5人であったが、入社2年目にあった異動で1人が北海道へと移った。彼が東京に出張してきた際には残業で暖かく迎えることも合ったが、その頃からは主要メンバーは4人となり、そこにゲストが参入するという具合である。
残業ではだいぶ恥ずかしいこともした。当時、神楽坂にあったカラオケ店にはカラオケで歌ったものをCD-Rに書き込むシステムが導入されていたのだが、その残業の酷さっぷりをこのCD-Rに注ぎこんだ。今の私にとって「このCD-Rを再生される」ことは、最も強烈な罰ゲームであるといっても過言ではない。

今日は恵比寿で飲みとなったのだが、かなり珍しく東京にやってきた残業メンバーの一人は、飲みの前に飛行機の出発時刻を迎えてしまい、顔を合わせることは出来なかった。彼は「残業があるなら東京に残る」とまで言っていたそうだが…。実はこの恵比寿の飲みの後、どうも飲み足りない雰囲気に包まれていた私たちは川口にて残業を実施した(うむー、裏切ってしまった…)。残業を実施するのはかれこれ5年ぶり位であり、私はそれ以降カラオケには行っていない。つまり、カラオケ自体も5年ぶりなのである。
かなりのハイテンションで残業現場へ向かった我々であったが、残業絶賛実施中の頃に比べると全くといっていいほど声が出ない…高い声が特に出ない。音程も微妙に狂っている気がするし…5年も歌わないとこういうことになるのだなぁ。あまりの退化っぷりに結構、ショックを受けた。歌も相当忘れてしまっている。どういうわけか、今回の残業はメドレー曲のラッシュ(それだけ多くの曲を歌いたいという心情の現われか?)だったのだが、どこから歌い始めていいのか良くわからないというヘボさを見事に露呈した。
時刻も2:00を過ぎると既にグダグダの状態になり、風邪気味だった参加者の一人は声が完全におかしくなってしまった。3:00頃になると私は逆に勢いがついてきた。β-エンドルフィンが分泌され始めたのだろうか?
5年という月日は我々を完全に衰える方向へ向かわせているようである。今日、それを実感した。

学生時代の友人と神楽坂で久しぶりに飲んだ。彼は地元である福島県内の、ある音響メーカーの開発部門にて働いている。主にDSP処理によって実現される音場プログラムの開発を担当しているそうである。

現在、ホームシアターを除くと、ピュアオーディオ機器の市場は非常に厳しい状況にある。単品コンポを購入するのは一部のオーディオファンに限られ、昔あった多くのメーカーがここ15年ほどでかなり淘汰された。家庭内で音楽を再生する機器は一体型の小型コンポやパソコンで行われ、また、音楽を聞く時間自体も家にいる時間よりも移動の際に行われることが多い。つまり、iPodのようなポータブルプレーヤー携帯、カーオーディオにて再生される時間が圧倒的に多いという状況である。

過去に一度ブログにも書いたが、ポータブルプレーヤーにて再生される音はとんでもなくひどい音である(しばらく音楽を家で聞いていない方は、ぜひとも眠っているコンポでいつも聞いている曲をあらめて聴いてみて欲しい。感動すると思う)。音楽データがデジタル化の際に圧縮されることも音が悪くなることの一因ではあるが、やはり小型化されたプレーヤーから再生される音には迫力がなく、そしてノイズがかなり入り込んでいるのである。「鑑賞する」というよりも、「ただ鳴っている」という感じである。
車というのも、音楽を鑑賞するには決して適した環境とはいえない。主なリスニングポジションは運転席になるかと思うが、そこで最適に聴こえるようにスピーカーが設置されているとはいえない。また、スピーカーの大きさにも限界がある。車のシートは音を吸収するし、音の反射も不自然な環境である。そして何より、エンジン音やロードノイズといった雑音が常に聴こえてくる。そうした環境下でノイズを出来る限り軽減するような処理をすることも彼の仕事の一つのようだが、音響にも金がかけられるような車は元々ノイズが少ない高級車である場合が多く、ノイズ軽減処理を施したい安価な車には音響に金をかけるだけの余裕がない。お客様(自動車メーカー)はこうした無理難題を押し付けてくるが、やはりスピーカーが悪くてはどれだけ努力しても要求を叶えることは不可能だという。そのような「現実とのせめぎ合い」を日々、続けているらしい。

味が極端なものを食べ続けると微妙な味の違いに対して鈍感になるという統計結果があるが、聴覚についてもそのようなことが言えるのではないだろうか?良いものを良いと感じられなくなると、感動する機会も減っていく。音楽を愛する者として不感症にはなりたくないので、出来る限りまともな環境で音楽を聴くように今後もしていこうと思う。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070723-00000060-san-pol

群馬県知事に大沢氏初当選 現職の5選阻む
7月23日8時0分配信 産経新聞


 任期満了に伴う群馬県知事選は22日投開票され、自民党新人で元県議会議長の大沢正明氏(61)=公明推薦=が、現役では全国最多と並ぶ5選を目指した無所属現職の小寺弘之氏(66)や、無所属新人で元県議の山本龍氏(48)ら4人を大接戦の末に破り、初当選を果たした。投票率は過去最低だった前回より16・0ポイント高い53・41%。

 自民党は過去4回の知事選で推薦した小寺氏と県政運営などをめぐり対立。知事選では全国で11年ぶりの公認候補として大沢氏を擁立し、保守勢力が分裂する激しい戦いとなったが、年金問題などの逆風にさらされる中、公認候補の勝利によって「保守王国」の健在ぶりを示し、参院選に弾みをつける形となった。

 選挙戦で大沢氏は「多選による閉塞(へいそく)感が生まれている」と多選批判を繰り広げ、無党派層から一定の支持を得た。また、福田康夫元官房長官を選対本部長に迎え、県選出国会議員や県議を動員するなど徹底した組織型選挙を展開。公明党支持層にも浸透した。当選が決まり、大沢氏は「県再生の先頭に立つ」と意欲を語った。

 小寺氏は4期16年の実績や子育て支援などの少子化対策をアピール。連合群馬や各種団体、企業の支援を受けたが、多選批判も響いて支持を固めきれなかった。

                   ◇

 ◇群馬県知事選       開票終了

当 305354 大沢 正明 自新【公】

  292553 小寺 弘之 無現

  190651 山本  龍 無新

   52808 吉村 駿一 無新【共】

   12523 清水  澄 無新

                   ◇

 大沢(おおさわ) 正明(まさあき) 61〔1〕 

 社会福祉法人理事長(県会議長・町会議長)群馬県太田市・慶大


私は群馬県民では無いため、この選挙への投票権はないのだが、候補者の一人、山本龍氏の情報を草津に滞在しているときに散々見たため、ちょっと選挙結果が気になっていた。
草津町は山本氏の後援者が多いようで(出身地だったのかなぁ?)、何度か訪れたトンカツ屋の親父は
「山本龍も県知事か~」
と、半ば当選が当たり前のようなことを言っていたが、どうやらそうはならなかったようである。

投票が20時に締め切られて開票作業にうつった。昨日の21時現在で開票率が3%だったのだが、その時は山本氏が当選した大沢氏や前職の小寺氏の2倍程度得票していた。トンカツ屋の親父の言うとおりになったか…と思いつつ、なぜNHKニュースが「当選確実」と言わないのであろう…と疑問に思っていた。

今朝、新聞を読んでいて驚いた。山本氏は2位どころか、大沢、小寺両氏の2/3程度の得票数だった。一体どこの自治体から開票作業を始めたのだろうか?

以前…ちょっと何年前か思い出せないが衆議院選の際、マスコミが当確を出した後にその候補者が落選するという事態が起きた(報道機関はNHKではなく民放だった)。バンザイをした映像が全国に映った後、他の候補者が当選してしまったのである。さすがにそのような事態を見たのは一度きりだが、出口調査というものの重要性を改めて感じた。開票率数パーセントで当確が出る場合は、出口調査の結果と合致している場合なのだろう。

群馬県知事選も、山本氏の得票数が圧倒的でも、出口調査の結果と合致しなかったから当確を出さなかったのだろう。数パーセントという開票率で表示される得票数は人口の少ない自治体の者だけだったのかもしれない。草津町やその周辺といった、人口の少ない山本氏の地盤はさっさと開票作業が済んでしまったのだろう。
選挙とは実に深いものである。


来週日曜日は参院選がある。これはもちろん私も有権者なのだが、参議院不要論者の私にとっては非常に悩ましいイベントである。参議院は設立当初の「良識の府」としての機能が十分に果たされていないことは、多くの有権者が感じているのではないかと思う。議論が必要な法案はもちろんたくさんあるのだが、参議院を経ることによって有意義な議論がされているとは全く感じられない。スピードを何より必要とする法案に関しては、無駄に時間を消費するだけの害悪に過ぎない。衆議院で可決され、参議院で可決されなかった法案は衆院が出席議員の2/3以上の多数で再可決すれば成立するほか、予算の議決、首相の指名などで衆議院の優位性が認められている。参議院の運営費用だけでもバカにならないだろう。議員の人件費等を考えた上で、それでも必要かどうかを国民に問うべきではないかと考える。
こんな考えを持っているので、投票に行く気がどうしても萎えてしまう(誰か、参議院の必要性を私を納得させてください)。とはいえ、「数」ばかりで実の無い議会制民主主義になっている日本において、この参議院の議席という「数」も今後の政局に影響してくるのだろうから、一応行くつもりである。

現時点ではどの党の誰に投票するべきか、全くイメージがついておりません…

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うふふふ。GNO3クール目にして准将に昇進。
将官の仲間入りです(あれ、准将って将官じゃない?)
私の所属する"E.F.S.F. Marions (連邦軍北米ニュータイプ実用実験部隊)"チームでは同じタイミングで3人准将へ昇進と、実にめでたい。

でも3クール目なのでNTパイロットが少ない…
隊長の階級に周りがついて来れてないので、任務をご一緒する方にはご迷惑をおかけしているわけです…すいません~。

全ての事を意識し、疑うことが哲学の初めだと言われている。哲学というと大学などで勉強をすることをまず考えがちだが、「哲学的に生きること」と「哲学を研究する」ことは異なる。
この筆者はどちら側の本も出している。筆者の専門である時間論や自我論、コミュニケーション論といった「哲学研究者」としての書籍は結構難解で、レビューするのもしんどいのである。大学教授といったポストを持っている人であればこういった書籍だけでも体面は立つと思うのだが、「哲学的に生きる」ことをまさに実践している筆者の普段の生活を記した書籍は、一人の不器用な人間の生き方をありのままに記しており大変面白い。


本著のタイトルはちょっと言葉がかけてあって「うるさい」の言葉が日本にかかる(つまり、日本中がうるさい)といったニュアンスと、「うるさい」の言葉が私にかかる(つまり、筆者がうるさい)の双方が含まれる。

バス・電車、デパートから駅の構内、物干し竿の宣伝まで、けたたましくスピーカーががなりたてるこの日本。いたるところ騒音だらけ。我慢できない筆者(本当に頭痛がしてきたり、仕事が出来なくなるようで…)は、その“製造元”に抗議に出かけ徹底的に議論する。本の半分くらいがこの戦闘記である。クレーム記録といったほうがいいかな…
筆者からすれば、私はこうした騒音に非常に鈍感な人間(書籍内では日本におけるマジョリティ)ということになるだろう。うるさいことはうるさいのだが、それを「意識した」ことは少ない(埼玉に引っ越してから初めて聞いた「防災無線」くらいかなぁ、私が本気で意識したのは)。意識せずに聞き流せてしまうのである。しかし、この書籍のおかげで(…良かったか悪かったかは別として)相当「意識する」ようになってしまった。そして、おそらくここでマジョリティの意識のまま少しも変わらない人にとって、この本は全く面白みの無いクレーマーの悪あがき本で終わるのではないかと思う。
戦闘記は読むのが疲れる。書くのはもっと疲れているだろうし、戦うのはもっと疲れるだろう。そう思い、苦行のようにして読んだ。コミュニケーション論を専門とする著者にとっては、クレームの内容をのらりくらりと「回避される」ことが最も辛いらしい(クレームを受ける側としては最も楽な対応である)。筆者は音を出している理由の明確な説明を求め、それを元に議論したいのである。

音の発信源は多くの場合においてサービスを提供する側である(例えば駅の乗り換え案内など)。ここ日本において、サービスのやり取りを「自己責任」で完結させることはどうも難しいらしいく、乗り換えに失敗した客が居れば「何故、乗り換えの案内をしないのだ?」とサービスの提供側は文句を言われてしまう。そして力の関係上、サービスを提供する側は「すいません」と謝ってしまうのである。筆者からすれば、これもクレームの回避という楽な対応である。さらに楽な対応は何かといえば、事前に放送等で情報を流すことである。クレームを受けても「放送させていただきましたが…」という、一種の予防線にもなりうる。
単純に騒音で苦しんでいる理由だけではなく、こうした予防線だらけでは自己責任を生まない「管理されたがり」ばかりの「幼稚園国家」になってしまうと筆者は危惧している。


後半は「察する」という、優しさを期待する日本独特のコミュニケーション文化への警鐘であった。私はこの「察する」というものが日本人の一種の美徳かなぁと思っていたのだが、察することに過度な期待を持つことでどのようなことが生まれるか…。前半のような音の氾濫も一種の察しすぎといえなくも無い。

ところで、筆者は「ヨーロッパ並みの静けさが実現されている街(ウィーンでの暮らしが長いので、こういう言葉が出るのでしょう…)」として「銀座(大銀座祭のときは除く)」と「鎌倉の小町通り」を挙げている。執筆時から時間が経っているので何ともいえないが、今度行く機会があればちょっと意識してみようと思う。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070718-00000315-yom-int

「段ボール肉まん」はやらせ、中国TVが謝罪
7月19日0時28分配信 読売新聞


 【北京=佐伯聡士】豚肉の代わりに使用済み段ボール紙を詰めた肉まんが北京市内の露店で違法に販売されていたと北京テレビが報道し、市公安局が調査した結果、テレビ局の“やらせ報道”であることがわかったと、市政府系のインターネット・ニュースが18日伝えた。

 これを受けて、北京テレビは「管理が行き届かず虚偽の報道をしたことで社会に良くない影響を与えた」と謝罪したという。

 同ニュースによると、市公安局の調べでは、6月中旬、北京テレビの番組「透明度」の臨時職員が自ら持参した肉や段ボール紙などを出稼ぎ労働者ら4人に渡した上で、水に浸した段ボール紙を肉に混ぜて肉まんを作らせた。その過程を自分で撮影し、編集、今月8日に放映し、国内外で大きな反響を呼んでいた。

最終更新:7月19日0時28分


ちょうどミートホープ社の牛肉偽装事件がひと段落したところで聞いたニュースであったため、「さすが大陸はやることのレベルが違うな」とちょっと特殊な意味で感心していたのだが、北京市公安局によると、この報道自体が捏造だったとの事である。

日本という国は非常に言論の自由が保障されている国で、国家に対して明らかに不利益となる報道であっても情報を統制するようなことはしない(というか、できない)。しかし、いくら改革開放指向とはいえ、シナは赤い旗の国である。私はこのニュースが「やらせ」であるかどうか、まだ疑問を持っている。緑地化といって山を緑のペンキで塗ったり、芝生に緑のスプレーを吹きかけているような現状を見ると、決してありえない話でも無いと私は思う。
シナ国内でも、海に近い場所に住む富裕層は、国内の野菜を「毒菜」と呼び、口にすることは無いという。しかし、それしか口に出来ない国民が内陸に向かうにつれたくさんいるわけで、そんな環境下であれば「段ボール入り」もありうる話に私には見える。
時を同じくして、中国国内で販売されているミネラルウォーターはただの水道水で、ミネラルどころか有毒であると報道されていたが、あれも「やらせ」だったのだろうか?

オリンピックを目の前にし、形振りかまわぬ様子の北京の姿が段々と明らかになっていた。
こうした報道がされるということは、今までのいい加減な取り組みを改める一環と私は見ており、それだけシナが国内を戒め、そして言論の自由を保障するようになってきたものと好意的に受け止めていただけに、このような結果になることは全く持って残念であるといわざる得ない。

もっとひどい現実を知ってうんざりしたい方はこちらを。
http://jp.youtube.com/watch?v=09bZdV9C0t4
http://jp.youtube.com/watch?v=1oswALS6FOg
http://jp.youtube.com/watch?v=5MkphI-B-5c
http://jp.youtube.com/watch?v=CzK-673MBVE

昨日紹介した横浜の叔父と共に、横浜の街を歩くことにした。叔父は健康のため。そして私は写真を撮影するためだ。

台風4号が予定進路から逸れ、横浜は台風の被害を被らなかった。今日の天気はまさに「台風一過」と呼ばれるそれである。台風の後、面白いのは雲である。様々な高さに、様々な形の雲が浮かぶ。世には雲ばかり撮影するカメラマンも居ると聞くが、このような雲を見ていると納得できる。

 

みなとみらい駅から国際橋を渡って新港地区へと向かう。幸いにも「にっぽん丸」と「飛鳥2」が入港していた。「飛鳥2」は非常に大きな旅客船である。

近くの「横浜赤レンガ倉庫」では『関口照生写真展 「旅からの視点 地球の笑顔」』が開催されていたが、今日は写真を鑑賞するのではなく撮ることが目的である。叔父の若かりし頃の横浜の思い出を聞きながら新港橋を渡り、山下公園の方に向かった。「山下臨海線プロムナード」という歩道を歩いたのだが、この歩道の下に非常に趣のある店を見つけた。中央の時計はGMTを示しているのだろうか?

しばらく歩くと山下公園である。ここに来るのも4年ぶり位になるだろうか。LAWSONが山下公園内に出来ていて大変驚いた。中では生ビールやカクテルも販売されているので、デッキに座って生ビールを叔父と乾杯する。暑すぎない海風が実に心地いい。しばらく海を眺めながら叔父と話をする。

山下公園をしばらく散歩した後、タクシーで港が見える丘公園へと向かう。山下公園とはまた別な高さから港一帯が見える。後ろにある結婚式場では神父が誓いの言葉を述べている。結婚式の真っ最中のようだ。同じ敷地内にある大佛次郎記念館横の喫茶店「霧笛」でコーヒーを飲みながら一服。かわいらしい猫の置物やポストカードがたくさんある。猫好きの妻に何か買っていこうと思ったが、意外と値がはるので諦める。
そのまま山手の坂を上っていくと、外人墓地が見えてくる。日本の墓石も最近は面白いデザインの物も増えてきたが、外人墓地のバリエーションにはまだ負けているような気がする。しかし、こんなに良い場所(山手近辺は、お金があれば住めるという感じではない…。古くからこの地に居ないと家など持てないだろう)が未だに墓地なのだから、もったいない感じも少しする。

昼食は外人墓地向かいの山手十番館でとる予定だったが、コースがちょっとイマイチだったので中華街でとることにする。そのまま坂を上り、山手聖公会や山手234番館、フェリス女学院の横を通る。このあたりでは建物の絵を描いている方が多数見られた。絵になる建物が本当に多い通りである。

目的地のイタリア山庭園では、外交官の家を見学。1F角に作られたサンルームは太陽光が室内にふりそそぎ、美しい庭園が一望できる。私が屋敷の主であれば、ぜひとも客を誘いたくなるスペースである。2Fでは、NIKON D200を使って寝室の床ばかり撮影する変わった人にであった。YGのROLEX DAYTONAが何とも眩しかった。

 

庭園は噴水を中心に対称な作りになっているだけではなく、歌壇の中に植えられている花まで全て対照であった。このような実が植えられていたのだが、一体何の実なのだろうか?

イタリア山庭園を出たとき、時計は既に15:00を刻もうとしていた。昼食にしては遅すぎる時間なのだが、叔父は普段昼食をとらない人らしいので全然平気らしい。私はさすがに空腹を覚えていたので、バスで中華街へ向かう。バスによってSuicaが使えたり使えなかったりするのにはちょっと参ってしまった(そういうときに限って小銭が無い…)。

中華街ではとりあえずお約束ということで、関帝廟で関羽様を拝む。叔父は関帝廟の階段下で、小さな女の子にあごひげをつかまれていた。
 「階段を登れば、もっと鬚が長い人に会えるよ」
と女の子に関羽像を紹介して、一路「順海閣」へ。中華をたらふく頂いて、本日の散歩はおしまい。

しかし、叔父曰く「今日のコースは横浜の上辺の紹介だけで、本当に面白いのは小さな路地裏だな」とのこと。また近いうちに訪れて、未知の横浜を教えてもらわなければ。

私の父の叔父(私の祖父の弟)が横浜に住んでいる。父方の祖父の兄弟ではこの叔父だけが今も元気にしている。

実に多彩な人で絵画、書、造園と趣味がどれだけあるのか数え切れない。年齢は84才だが、精神的な若さには20代と自負するほどの方で、そのバイタリティたるや私など既に到底届きそうもない。
今は肉体的な老いのため遠のいているようだが、叔父は釣りの名手でもあった(釣り仲間に梅宮辰夫なども居る)。ものすごい大きさの魚を釣り上げ、新聞に掲載されたり、魚拓がキッコーマン醤油の広告に採用されたこともあった。ちょくちょくクルーザーで外洋まで出かけていた叔父が身に付けていた時計は、ROLEXサブマリーナー(Ref.16800)であった。風防にサファイアクリスタルを採用することで300mの防水性能を持たせ、ベゼルと文字盤は黒。ケースとブレスはSSで黒とシルバーのコントラストがなんとも逞しくみえる。まさに「海の男」のための腕時計である。
しかし、横浜という洗練された街では逞しいだけでは通用しない。無骨なだけではなく、どこか優美さも感じられるサブマリーナーはこの街に最も似合う時計ではないかと私は密かに思っている。

OMEGA贔屓な私ですらダイバーズウォッチの性能、デザインにおいてSeamasterではサブマリーナーやシードゥエラーには到底敵わないように感じている。1958年(Ref.5508)にほぼ完成されたまま現在まで継承されているサブマリーナーのデザインは、多くのダイバーズウォッチの指標となった。そしてそれを追い抜いている時計に私はまだ出会っていない。

叔父の息子(父の従弟)も叔父と同じサブマリーナー(Ref.16610)を身に付けている。親子揃って同じシリーズを身に付けているというのもまた面白い。

叔父は寝ているときと風呂に入っているとき以外、どんなときでもサブマリーナーを身に付けている。造園をするときも身に付けているため、時計に傷が絶えず、20年以上使い込まれたブレスは緩々になっている。しかしそのヤレた感じが、またたまらない。どのようなときにも一緒で、あくまで道具として使われる。これが本来の腕時計の姿で、傷を恐れながらチマチマと使っている自分が何とも貧乏っぽく感じられて居た堪れない(OMEGAの時計、すぐ傷つくんだもん)。ROLEXが採用しているSSは316ステンレススチールと呼ばれる傷や腐食に強いものである。普段使いの時計にはベストマッチである。

サブマリーナーやシードゥエラーは腕が細い私はあまり似合わないかもしれないが、恐ろしく腕が太い私の父なら似合うであろう。お金に余裕があるのならば、買って差し上げたい1本なのだが…妙に人気が出てきて、高騰が続いているのである。

FONとは、各家庭や会社内で使用されている無線LANを公開して、みんなに使ってもらおうというWiFiのコミュニティである(詳しくはこちら)。これを実現するためにはLa Foneroというアクセスポイントとして無線LANを安全に公開するための専用機器が必要なのだが、私が利用しているプロバイダーが無料配布キャンペーンをしてくれたため、真っ先に飛びついた(そもそもこのコミュニティには金を払ってでも入るつもりだった)。La Foneroを使って無線LANを公開しているメンバーは、他のメンバーが公開している無線LAN環境を無償で利用することが出来る。最近、ちょこちょことパソコンを持ち歩く機会が出てきているのだが、ネットとの接続には携帯電話を使用しており、結構費用がバカにならなかった。また、802.11b接続に比べると相当遅いのである。

実際にこのFONのWiFiコミュニティにどれだけの人が登録しているのかは、Googleマップを使ったこのFONマップから確認することが出来る(私も登録しております)。私の住んでいる付近にも数名の登録者がいるようだが、日本ではまだまだ普及しているとはまだいえない状況である。例えば全国展開しているハンバーガーショップやカフェでこうしたサービスを始めてくれると一気に普及するだろう。そうした動きを期待している。

ところで、設置後のちょっとした設定について、La Foneroのマニュアルが全て英語だったもので少々、戸惑った。セッティングが終了した後に気がついたのだが、FONの日本向けブログセットアップムービーがアップされている。これを見ながら作業をすれば、戸惑うことなく作業が出来るのではないかと思う。

Join the FON movement!

今朝、会社へ向かう電車で隣に座った男性がSEIKOクロノグラフという、「OMEGA Speedmaster Automatic」に似た腕時計を身につけているを見て怒りがこみ上げてきた。先日のブログで「SEIKO 5の事はいつか書く」と書いたので、今日書くことにする。

SEIKOという時計メーカーに対して皆さんはどのような印象を受けられるだろうか?
日本を代表する時計メーカーであり、従来の機械式時計とは比べ物にならないほど精度が高い「クォーツ」式の時計を1969年に世界で始めて誕生させ(機械式時計愛好者の方は「無粋なものを作りやがって」と思われるかもしれないが、SEIKOが作らなくても他のメーカーがクォーツを作っていただろう。私はムーブメントの小型化実現により、時計デザインの自由度を高めたと言う意味でクォーツを評価している)、人の動きからムーブメント駆動に必要な電力を発電する「キネティック」や、機械式時計でありながらもクォーツと同等精度を持つ「スプリングドライブ」といった高度な技術をプロダクトにフィードバックしている非常に優秀な企業である。技術云々を抜きにしても、確固たるブランドイメージも持っている。私の勝手な印象だが、質実剛健というか、無難と言うか…車でいえばトヨタに似たブランドイメージを懐く。
実際、SEIKOの国産向け製品は特別安いというわけではない。最も安いモデルでも定価\21,000である。これより安価で若者向けのモデルはALBAブランドでリリースされている。また、高級ラインとしてはCREDORというブランドを持っている(スイスのR社も真っ青になるほどの価格の製品もたくさんある)。双方ともワールドワイドに販売展開されているようで、国内専用、海外専用製品はあるものの、ブランドの方向性に差異はない。
今朝見かけたモデルはSEIKOの逆輸入モデルとしてネットショップやディスカウントショップなどで\10,000前後で販売されているのだが、実際どの国で販売されているのかはよくわからない。SEIKOの国内向けサイトはもちろん、ワールドワイドサイト内で検索しても、このような時計は見当たらないのである。知っている方が居たら教えて欲しい。

私はこのSEIKO逆輸入商品の何を問題にしているかというと、以前、ELGINやテクノスの事を散々非難したのと同じ理由である。有名ブランド製品のデザイン流用があまりにも多いことである。かつ、さらに問題なのはある意味ELGINやテクノスは「終わってしまったメーカー」でブランドイメージを維持する必要性を感じないのに対し、SEIKOは確固たるブランドイメージがあることである。これはSEIKOの国内向け製品を買ったユーザーを侮辱するに等しいと私には感じられるのである。

さて、実際にどの程度のパクリ感があるかを実際に確認してみよう。今朝目撃したモデルはOMEGA Speedmaster Ref.3513.50に非常に似ている。SEIKOのモデルが自動巻きなのに対し、SEIKOのモデルはクォーツで絶対的な違いがそこには存在する。さて、表面的なデザインはどうであろうか?3513.50が日付表示機能付きクロノグラフとしてある意味完成されたデザインであるが故、それに近いものが生まれるのは何とか理解しよう。しかし、アームやブレスの形状までが似せてあるのはどういうわけであろうか?さらにタキベゼルが風防から外側に向けて斜角がつけられているあたりも非常に似ている。だが、あくまで似せて作られているだけで、アームの部分はのっぺりとしたデザインでタキメーターの文字の墨も浅いようである。何となくショボイつくりになっているのは否定できない。このSEIKOクロノグラフは10気圧防水らしいが、スクリューダウン式のプッシュボタンを採用せずに10気圧防水なんてありえるのだろうか?私は無理だと思うのだが…
実売価格を比較すると、SEIKOクロノグラフは\10,000-に対し、Speedmaster 3513.50は\150,000-位で、大体15倍の価格差である。私は3513.50を所持していたので粗が非常に気になったが、それを知らないと3513.50が法外に高いように感じられるかもしれない。しかし、こういう比較を自分自身もブランドイメージを持っているSEIKOがやっていいのかという点については大きく疑問を抱かざる得ない。


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続いてSEIKO 5である。今回例に挙げる時計は、多くの人が見た瞬間に「ROLEX…DATEJUST?」と思ってしまうような、フルーテッドベゼル&ジュビリーブレスを採用したSEIKO 5である。日差は随分と出てしまうムーブメントのようだが、一応自動巻きである。もしかすると、曜日表示あり(といっても、海外使用の逆輸入版なので、英語とスペイン語表記w)&シースルーバックなので、ロレよりもいいなんて方も居たりして…。安いジュビリーブレスはちょっと使うとグダグダになってしまい、そのくたびれっぷりが何ともいえない。とてもじゃないが恥ずかしくて身につけることが出来ないモデルである。
他にも数々の有名ブランドに似たデザインのものが大量にラインナップされているが、もうしんどいのでこのへんでやめておく。こういうものを見続けると、何ともいえない気持ちになってくる。

だが、中国ではこのSEIKO 5のパクリすら存在する。それがこのSAIGO 5である。大爆笑モノだが、中国の貧民層にはSEIKO 5も高嶺の花なのかもしれない。

地元の友人F士君の結婚披露宴の入り口に掲載するためのウェルカムボード作りが完了した。5テイク位作り、3テイク印刷。うち2テイクに絞り込んだが、どちらを使いたいかは本人に任せることにする。
A3ノビの絹目調用紙に印刷して(ものすごく綺麗に印刷できて、毎回惚れ惚れさせられます)、A3サイズのトンボに合わせて裁断する。額は別な形のものを2つ用意した。
その気になればあっという間に作れるのだが、私はその気になるのが一番難しい。まぁ、そこそこ出来がいいものだと自負している。

J-WAVEのとある番組を聴いていたら、昨日が七夕だったせいか「今の願い事は?」という質問を小学生に向けてしていた。
野球選手やサッカー選手など「自分が将来なりたいもの」を話す子供もいれば、ゲーム機やソフトを買って欲しいと言う「物欲」が願い事になっている子も居た。
そんな中で私が猛烈に印象に残ったのが「自分が死にませんように」と願う子供であった。

私も小学生の頃、死ぬことが猛烈に怖かった。死んだ後にどうなるのかということよりも、家族と離れ離れになって永遠に会うことが出来ないということにものすごい恐怖を感じていた。大人になるにつれてそうした感覚は麻痺してきたが、大病を患ったときを境に「死ぬ」という事をまた再び考えるようになった。何の因果か…この世に生まれるということを渇望したつもりはない(というか、希望したところでどうにもならないのだが)のにこの世に生を受け、そしてまた自分の意志とは全く関係なく死んでいくわけである。それも地球や宇宙と言う時間尺度で見れば、私が生きられるのは一瞬である。その一瞬のために何をあくせくしているのかと、一気に物事に対して無気力になった。ただそう無気力にばかりなっているわけにも行かず食っていかなくてはならないので、社会と「ある程度」の折り合いをつけて騙し騙し仕事をしてきた。ここ数年は、無気力は多少克服できるようになってきたが「自分は何で生きているのだろうか?」と言うことを常に問い続けながら生きている。そして、その答えはまだまだ見つからない。

仮に、永遠の(といっても、銀河にだって寿命があるわけだから永遠と言うのは厳密にはありえないが、人間的視点で永遠に限りないくらいの時間ということ)時間を人間が与えられたらどうなるのだろうか?私の空頭で考えただけのことだから何ともいえないのだが、何か覚えようとか成長しようとか、そういう気持ちは持てなくなるのではないかと思う。いつかいつか…と、全てを先延ばしにする行為を永遠に続けそうな気がする。いつ尽きるか不確かで迷惑この上ない「寿命」というものがあるから、限られた時間の中で出来るだけ自分にとって良い時間を持てるように成長したいというのが今の私の正直な気持ちである。しかし「寿命」が不確かであるが故に心的プレッシャーになっていることもまた事実で、なんとも本当に付き合いづらいものである。

生きている意味を問うという行為は、精神的にあまり健全な状況を作らない。刹那的になったり無気力になったり、厭世的にもなる。そして、こういう話を人に対してすることはその人をも精神的に不安定にしてしまう可能性があり、人に迷惑をかけてしまう。だから私はこの話を出来る限り外に出さず、心の内にしまっておくことにしている。こんな話ばかりしている人間とは付き合いにくいだろう(笑)しかし、「何のために生きているのだろう」という問いを死ぬまでやめることは無いと思う。
「きみのからだは、きみの頭脳の知らないことを知っている」というニーチェの言葉がある。生き続ける事によって生きる意味を問うしか道は無いのかなぁと思い、私は生き続けている。とてつもなく生きにくいんですけど。

2007.07.07 省略すると「'07.07.07」 何とも奇妙な感じがする。

今日は七夕である。我が家でも笹飾りを用意して、そこに願い事を書いたて庭につるしておいた。
自分が子供の頃、実家でもこんなことをしたような記憶がある。子供ができることで、こうした懐かしいイベントを自分達でするようになる。おそらく、一人暮らしの状態ならば、このようなものを準備して飾ろうとは思わないだろう。家族が出来ることによって、季節を感じるイベントを、以前よりするようになった。
妻がこうしたことに意外とマメであることがありがたい。季節の移り変わりがよくわかり、そうした積み重ねが1年間を充実させてくれる。

あいかわらずちょくちょく久喜市のスーパー銭湯「健美の湯」にちょくちょく行っている。高濃度炭酸泉風呂という…まぁ、「炭酸水の中に入るような」風呂があるのだが、これが実に心地よいのである。湯温は37度位に設定されており比較的ぬるいのだが、この温度であるがために長く風呂に入っていることが出来る。血行促進や自律神経の正常化を促す効果があると紹介されているが、実際に効果があるような気がする。

さて、この湯へ家から向かう途中にディスカウントショップ「ドンキホーテ」のチェーン店の小規模店舗のような店「ピカソ 久喜店」がある。他のドンキホーテの店舗同様、何とも荒々しい雰囲気があるのだが、常飲しているアイスコーヒーが安く売られているようだったので今日、初めて店内に入ってみた。
ドンキホーテと言えば、数年前に多発した火災を思い出す方も少なくないと思う。私は出火した店舗に実際に行ったことがあるのだが、店内の空いているスペースを全て埋め尽くす勢いで商品が陳列されており、その混沌とした様相に驚かされたことを記憶している。そのような環境下で出火したらならば、逃げるまでも無く一酸化中毒でやられてしまうのが目に見えている。まさにそんな感じの店舗であった。
そんな事件もあった後であるから、当然のようにチェーン店でも店内の陳列状況は改善されているのかと思ったのだが、少なくともこの店に関して言えば、同じような事件が起きれば同じように被害者が出ると言わざる得ないような状況であった。思うに、取り扱っている商品が多岐に渡りすぎているのである。カキ氷のシロップとブランドバックがこのようなディスカウントショップに同じようにおかれている必要があるのだろうか?
腕時計も、ディスカウントショップという位置づけと店の規模からすれば非常に多くスペースをとりすぎていると言っても過言ではないくらい、販売スペースが設けられていた。そこそこ高価なものだと、オメガやブルガリ(しかし、決して安くは無い。むしろ高い。ここで買う理由がわからない。)も見受けられたが、比較的多いのは…SEIKOの恥といいたい時計、SEIKO 5である。ロレやオメガに似せて作られたポリシーのかけらも感じられない時計を見ていると、寒気がしてくる(SEIKO 5については、そのうち別途ブログで意見を述べたい)。そうした、ブランドパチっぽいものが所狭しとひしめきあっているのを見て、何ともいえない気分になってきた。

埼玉には結構、荒々しいディスカウントショップがあるのだが、そことはちょっと違った雰囲気をかもし出すドンキホーテ系列店…どういう販売戦略があるのか、聞いてみたいものである。

地元の友人F士君の結婚披露宴の際に使用するウェルカムボード作成の依頼を受けており、今日、素材の画像が届いた。
画像にはウェディングドレス姿の奥様も写っている。何ともかわいらしいのである。やるな、F士君(池田秀一風に)。

ウェルカムボード作りもこれで3度目になるのだが、毎回何テイクか作ってみて、妥当なものを選ぶようにしている。ディスプレイで見ている時とプリントアウトした時で大分印象が変わるが、プリントアウトしたものをフレームに入れるとまた印象が変わってくる。前回依頼があったときは5つくらい作って、最終的に2つをフレームに入れて依頼者へ渡した。
F士君用のものを今日は2テイクほど作成してみたが、ちょっとどちらがいいのか決め難い。明日にでももう1テイク作って、プリントアウトして比較してみようと思う。一つ一つの作成時間はそれほどかからないのだが、色々なデザインにトライしているが故に時間がかかっている。脳内でフィニッシュのイメージがもっと具体的に描けるとこんな手間は要らないのだが…

私の手元にあったSpeedmaster Automatic Ref.3513.50を父に返し、入れ替わりという形で私の手元にこの時計がやってきた。3513.50は7ヶ月という短い使用期間であったが、街で同じものを身につけている人をあまりに多く見かけたため、ちょっとうんざりしてしまった。私は見ていないので良くはわからないのだが、昔「エンジン」というドラマで木村拓哉がこの時計をしていたそうで、放映当時に随分と売れたそうである。その名残であろう。

SpeedmasterはProfessionalとAutomaticの2ラインに大別できる。前者は手巻きのムーブメントを採用しているのに対し、後者は文字通り自動巻きムーブメントを採用する。Speedmasterの輝かしい伝説としてよく挙げられるNASAの正式採用、宇宙空間・月面での使用、アポロ13号の事故からの乗組員救出を果たしたのはProfessionalの方である(無重力空間で自動巻きは意味がありませんからね)。このProfessionalの裏蓋には
FLIGHT-QUALIFIED BY NASA FOR ALL MANNED SPACE MISSIONS. THE FIRST WATCH WORN ON THE MOON.
との記載がある。

Professionalのデザインというと、黒い文字盤に白い針のモデル(Ref.3570.50)を連想するが、私の元に来た3575.20は白い文字盤にメタルブルーのアロー針である。さらに12時の位置にもう一つインダイヤルが配置され、この針では日付を示し、文字盤部分は月の満ち欠けを示すムーンフェイズになっている。さらに、タキベゼルの素材が18Kホワイトゴールドに変更されている(傷だらけになりそうだが…)。またAutomaticの多くは風防がプラスチックだが、サファイアガラスに変更されている。これは好き好きだろう(プラ風防は傷つきやすいが、コンパウンド等で磨けばすぐに綺麗になる。風防自体も高いものではない。サファイアガラスは、万が一ヒビでも入った日には…ゾッとする)。

ムーンフェイズを持つ時計は既に一本持っているのだが、私の身の回りには月齢の表示があるカレンダーが無いためまともに使ってはいなかった。だが、この時計にもムーンフェイズがついているとなると、どうしてもあわせたくなってくる。幸いにもネット上で月齢が確認できる非常に便利なサイトを見つけることが出来た。これを使ってあわせている。このところ天候がくもり続きで、実際の月の満ち欠けと合っているかどうか、まだ確認は出来ていない。

パワーリザーブは45時間だから、二日間ぜんまいを巻かないと停止してしまう。設定した日付と月齢がずれるのが嫌なので、使う使わないに関わらず、朝出かける前にこの時計のゼンマイを巻くようにしている。3513.50にも手巻き機能があったが、それに比べると巻き上げ感は軽い。まぁ、3513.50は自動巻きなのでほとんど巻くことが無かったため、比較的固いままだったのだろう。

この時計のデザイン、実はものすごく気に入っている。白の文字盤とブルーメタリックの針の組み合わせが非常にさわやかに感じられ、Speedmasterの中では最も好みのモデルである。難点は、フェイスがものすごく大きい(タキメーターを含むと、直径41mmもある)ため、ちょっと細めの私の腕には大きすぎるのである。3513.50は比較的しっくりくる大きさ(直径38mm)であった。3mmの差なのだが、それだけとは思えないほどの差に見える。タキベゼルが平たくなったことと、リュウズやクロノグラフのボタンが若干大きくなったことが、より視覚的に大きく見せているのかもしれない。

定価が\619,500と、私が所持している時計の中でも群を抜いて高価な品である。一生モノの一品と言っていいだろう。大事に使っていこうと思う。

歯のケア対策にはインプラント・矯正歯科・入れ歯などに役立つ情報サイト

定期的に歯のケアをされている方がいます。そのような方々は受診前に歯に関する情報サイトで、知識を吸収しているようです。歯医者さんで、インプラント・矯正歯科・入れ歯などの受診に役立ててください。

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