先日レビューを書いた「嫌われ松子の一生」の続編…ということになっているが、松子のことが頻繁に出てくるわけではない。思い出として時々登場するくらいであり、前編を読んでいなかった人でも、もちろん読んだ人ならなお楽しめる作品である。
川尻松子の死から4年後の話。松子の甥である川尻笙は大学を卒業したが就職できずに東京でフリーター生活をしていた。それに対し、前作の最後で「自分の夢のために」と大学を辞めて医大にを再受験することにした笙の彼女、明日香は見事佐賀県の大学に合格し、着実に自分の夢を実現するために歩み始めていた(映画版では青年海外協力隊に入ってウズベキスタンに行っているが、あれば映画版だけの設定)。
前作と同様に、笙の視点と明日香の視点で物語りは進む。前作は過去(松子)と現在(笙)からの視点ので物語は進んだが、本作では同じ時間をお互いがどのように生きているのかが対比させられている。輝かしいばかりの日々をすごす明日香に対して、笙は明日の暮らしもわからない、夢の無い時間を過ごす。しかし、劇団員のユリやミックとの偶然の出会いにより、笙の生活は変わっていく。ミックの「ロンドン公演」という壮大な夢を知り、演劇へのめりこむようになる。
そのころ、明日香は地元病院御曹司の同級生と付き合いっており、プロポーズを受ける。客観的に見ればとても恵まれた状況にある明日香だが、彼からの「子供を産んでほしい」、「麻酔科医として病院に来てほしい」等といった要求をうけ、自分の夢や可能性が急激に制限され、現実的になることに悩みを覚える。
明日香が大学に入学してから一切の連絡をとっていない笙。そんな二人がどこでクロスするのか?この二人がぶつかって今の状況を話したらどうなるのか?夢を追う笙、現実に折り合いをつけようとする明日香。若い時期を両極端に走る二人の対比が実に面白い。
結構厚みのある本であったが、あっという間に読了してしまった。
今、モラトリアムな状況にある人…または、そんな時期を経験した人には特に心に来るものがあると思う。
以下、ネタバレがあるので注意。
「共感する」ということに対しての笙と沢村社長のやり取り。結構、この台詞にジーンときた私。
笙 「それはそうですけど……。でも、そんな生き方に共感できないですよ?」
沢村「共感できない人間は、無視するの? 共感できる人間だけが、仲間?
仲間以外の人間は否定していいの?」
笙 「………」
沢村「共感は、感情をともなう。感情ってのは、自然に湧き上がるものだからね。
自分でも、コントロールしきれない。
でも、たとえ共感できなくても、理解できなくても、
その存在を事実として認め、受け入れることなら、できるだろ」
沢村「世の中の人がぜんぶ、自分と同じわけじゃない。
よく考えたら、そんなの当たり前だよね。
価値観、習慣、その他、みんな違うってことを、まず認める。
認めた上で、その違いを尊重し、受け入れる。
……そう、共感じゃなくて、尊重するんだよ」
笙 「ミックさんの選択を尊重するべきで、無理に手術を受けさせるのは
間違っているってそう言いたいんですか?」
沢村「間違っているかどうかは、なんとも言えない。
でも、一人の大人が、自分の人生について真剣に考えて、
自分で下した決断なら、それをまわりがとやかく言うべきじゃないと思う」
沢村社長は「嫌われ松子の一生」の中で、松子の選択に介入しようとした。
共感できない、松子がダメになってしまうということが目に見える
判断だったからだ。
しかし、それを止めることはできず、結局はなるようにしかならなかった。
そうした経験が生きている、大人なセリフである。



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