
OMEGAの時計ばかり所持している私だが、プライス的なものを無視して言えば、最も好きなウォッチブランドはZENITHなのである。最近は様々な事情により価格が異様なまでに高騰してしまい、手に入れることが非常に難しくなってしまった。ZENITHを愛してきた旧ユーザーからすれば、何とも口惜しい状況にあることだろう(私はそこまで古いユーザーではないが、高価だとは思っています)。しかし、ナタフショック(後述)以降のOpenを初めとした斬新なデザインは、それはそれで評価できると思う。
ZENITHと言えばあのハイビートムーブメント「エル・プリメロ」なわけだが、このムーブメントのことは後述することにして、ZENITHというブランドについてまずは紹介したいと思う。
ZENITHはジョルジュ・ファーブル・ジャコという人物により1865年、既にスイス時計産業の中心地として繁栄をみていたジュウ渓谷のル・ロックルに創設されている。ZENITHという社名を使い始めたのは1911年からであり、その由来はアラビア語のzenith【ジーナス:天頂、頂点】から採られている。ブランドロゴにもなっている星はまさに天頂に輝く星を意味している。
19世紀末の先進的時計メーカーにみられたように、機械によるアメリカ式生産方法を柔軟に取り入れたZENITHは、部品交換や修理可能な時計の生産を早くから行った革新的ブランドのひとつであった。手仕事の職人芸に執着することのないところが後の発展を導いたといえるだろう。1875年には何と、ル・ロックルの労働人口の約3割を雇い入れる規模にまで成長した。
日本において、ZENITHの時計は昔からなじみ深いものだった。優秀な機械だけを選んで使用していた日本国有鉄道が昭和2年に鉄道時計として採用したのが、何とZENITH製の時計だった。その時計は「ゼニット」と呼ばれ、交通博物館に今でも保管されているという。この時代、ZENITHの懐中時計は世界を席巻していた。
世界が戦争へと激動していく時代を迎えると、ZENITHはミリタリーウォッチの供給を行った。過酷な条件が幾重にも重なる戦場では、正確であることと頑丈であることが時計に求められる最大の要素である。つまり、軍に認められるミリタリーウォッチを制作するということは、その精度と耐久性が公的に認められたというに等しい。腕時計が民間に普及する以前の第一次世界大戦中、アメリカ軍の信号部隊が使用したのがZENITHの腕時計であったし、第二次世界大戦ではドイツ、イギリスなどの軍に採用されている。
1920年代、ZENITHはクロノグラフ腕時計の製品開発に取り掛かる。当初はExcelsior Park社からムーブメントの提供を受けていたが、1960年代になってクロノグラフムーブメントの製造を行っていたMartel Watch Co.を買収。そして1969年にはかの名クロノグラフムーブメント「エル・プリメロ」が完成する。
しかし、皮肉なことにエル・プリメロリリース以降、クォーツショック等のあおりを受けて企業としての体力を急激に落とすことになる。同様の境遇にあった時計メーカー同士合併を行い、Mondia-Zenith-Movadoという会社が誕生。ZENITHはこの会社の一部門になってしまう。そして1972年にはアメリカのブローバ社に買収される。1978年にスイスの金融グループDixiがこの資本の大部分を掌握し、ZENITHは再びスイス資本のメーカーとなる。
そして1990年以降、機械式時計のブームが到来。さらにはROLEX社のコスモグラフデイトナに「エル・プリメロ」が採用される(1999年まで13年間)。このデイトナへの採用は「エル・プリメロ」と「ZENITH」を世に知らしめる大きな要因となったと思う。
また、1994年には薄型自動巻きムーブメント「Elite」をリリース。パワーリザーブやGMTをも付加させることができるそのムーブメントは、1994年に「ベストメカニカルムーブメント賞」を受賞。ZENITHのもう一つの顔となった。
そしてZENITH社最大の転機は1999年に訪れる。ZENITHはLVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)グループ傘下におさまる。当時、LVMHは宝飾・時計分野の強化を積極的に進めており、同時に時計メーカーならばTAG HEUER、宝飾ブランドならショーメ(時計も出してますが…)、フレッド、デビアス(!)をも擁している。
これまで、ZENITHは素晴らしいムーブメントを持ちながら、時計の外装や仕上げのクォリティがさほど高くなかった。そのかわり、比較的安価に素晴らしいムーブメントを手に入れることができた。当時、ROLEXのデイトナは今ほど高くはなかったが、それでもその当時のZENITHならその半分程度の額で同じムーブメントを手に入れることができたのである。
そんなZENITHにLVMHが送り込んできた男、それが現CEOのティエリー・ナタフ氏である。エンジニアリング畑から複数の大学でMBAを取得した変わり種というだけではなく、ファッションモデルのようにフォトジェニックな存在であるナタフ氏。ZENITHにのりこんできて開口一番に彼は「眠れる獅子を起こすために私はきた」と言ったという。LVMH側の人間が「ZENITHは自分の持っている価値に気づいていない」と考えていたそうだが、ナタフ氏はその急先鋒だったと言える。
この一件でZENITHがどのように変わったかと言えば…ものすごい高級ラインの時計に変わった。従来からあった製品は一気に値上げされた(通称、ナタフショック)。たとえば、旧ZENITH時代に誕生した名クロノグラフ、Rainbow FlybackはLVMH前は38万円であったが、まず48万円に値上げされ、最終的には58万円まで値上げされた。同じものを売って、なんなんだこの価格差は!そして、新しく開発されたモデルはエル・プリメロモデルなら90万以上、Eliteモデルでも50万以上になった。上位モデルを見ると青天井で、トゥールビヨン搭載モデルには2000万以上するものすら見受けられる。確かにケースの質感は上がり、文字盤にギョーシェ仕上げがされたり、ムーブメントにコートドジュネーブやペラルージュ加工がされるようになった。それらの成果を見やすくするためか、多くのモデルがシースルーバックとなった(最近のモデルはバックだけではなくフロントも透けて見えるようになっていますが…)。
とにかく旧ZENITHのイメージを払拭したいというブランドイメージアップのために、同じ商品の定価を上げて高額にしたり、旧ユーザーの多くが手にすることができないような価格帯に設定されてしまった。確かに、商品はとても魅力的になり、何より女性ウケがするようなデザインのものが多い。もちろん、私も新ZENITHの商品が欲しいと思っているのだが、現実的に手が出せない。
もうすぐ、スイスでは2008年のバーゼル&ジュネーブショーが開催される。ZENITHの新作について概要をうっすらと聞いたが、もう私が興味を持てるレベルのものではない。しかし、本当に売れるのかなぁアレ…。