2008年4月アーカイブ

これはあるかなぁと思っていたけど、あらためて見ると中々面白い。飲酒運転防止だと交通課管轄だから、特命係とは関係無いことが唯一悔やまれる。
ホント、タイアップ広告っていいなぁ。まぁ、両方を知る人じゃないと効果が薄いという問題はあるけれど。

刑事ドラマが全体的に下火になってしまった昨今、異例とも思えるほど続く「相棒」シリーズ。シーズン1からずっと見ている。
水谷豊、寺脇康文、高樹沙耶の3名を見て「おいおい、刑事貴族メンバーじゃないか…」と唖然とした(さらにそしてシーズン4初回には田中実が出演)。水谷のイギリス通の継承(バンデンプラ・プリンセス1300に乗っていた。そんな警官いるわけない)と、寺脇、高樹がぜんぜん老けていないことに驚いた。確か、自分が中学生の頃に放映されていたと記憶しているので、約17年前である。うーん、すごい。

大笑いしました。
警視庁捜査一課の伊丹刑事と鑑識課の米沢鑑識課員という絶妙なキャスティング。リボD CMとしては、「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」の企画で登場したMr.オクレに次ぐ貧弱さであろう。

「相棒-劇場版-」放映に向けたCMなのだが、見事なタイアップだと思う。

シースルーバックとは、時計の裏蓋側にもサファイアクリスタル(もしくは硬質ミネラルガラス)を使用し、ムーブメントを見えるようにしたものを指す。OMEGA HOUR VISIONのように横から透けるもの、文字盤上に穴を開けたり透過素材を使ってムーブメントを見えるようにしたもの(ZENITHのOpenシリーズやFrederique ConstantのHeartBeatシリーズなど)と、時計の中身が見えるような仕組みはいくつかある。
こうした仕組みは機械式時計の精密な動きや、パーツに施されたコートドジュネーブやペラルージュ、ジュネーブシール刻印などを見ることができるため、機械式時計のムーブメントに興味がある者にとっては、実に魅力的である。ムーブメントに興味が無くても、時計の心臓ともいえるテンプ周りの動きは見るものに驚きを与えるものだろう。

そうしたメリットもあるものの、シースルーバック化することによるデメリットも何点か存在する。具体的に挙げてみると

  • SSバックに比べて装着感が悪い(ガラスの質感、平滑な表面が主な原因)
  • ムーブメントが磁化することを防ぐ対磁プレートを配置できない
    (対磁プレートは裏蓋とムーブメントの間に金属板を挟むため、シースルーバック化してもムーブメントが見えなくなってしまう)
  • 光が機械油の劣化を促進する
  • 防水性能が低下する
というところだろうか?

実用時計No.1といってもいいROLEXのレギュラーモデルやスポーツモデルでは、徹底してシースルーバックを採用していない。裏蓋の中心はサテン仕上げされ、外周はポリッシュである。シードゥエラーを除いて、裏蓋に文字が書かれていることは無い(もし、チェリーニ以外でシースルーバックのモデルであれば、それは贋物です)。決してROLEXのムーブメントが汚いわけではないのだが、実用時計という路線から離れてしまう要素を徹底して排除しているのだと思う。

だが、機械式時計を選択するという動機は、実用性に偏ったものではないと思う(実用性や絶対的精度を求めるならば、電波時計でもしていればいいわけだが)。音を聞いたり、運針を見たりすることも機械式時計を使う楽しみの一つであろう。そしてそれらがどのように見えるかということは、ある意味装着感よりも大事なことなのかもしれない。

今日は上司の父上の葬儀出席のために牛久へ行った。蓮田からならば車でガーッと東に走れば牛久へ着くのだが、葬儀が終わった後は会社に行く予定だし、今日は酒を飲む予定がある。仕方が無く上の経由でぐるっと回るコースで牛久へ向かうこととした。
上野駅から常磐線に乗り込む。上野駅は相変わらずの立体ホームであるため、どこから常磐線に乗り込むのかがわからない。駅員に聞きながら何とかたどり着く。

上野―牛久間は1時間ほど。我孫子を過ぎたあたりから駅と駅の間隔が次第に長くなり、駅も小さくなっていく。なんだか福島の実家に帰ったかのようである。この辺の駅を見ると「蓮田も捨てたもんじゃないな」などと思えてきてしまう。その中でも牛久駅はそこそこの規模があり、駅前には「エスカード」というスーパーがある。
葬儀の時間よりもかなり早く牛久駅に到着したが、場所が良くわからなかったので「迷う時間」を考慮して斎場へと向かう。こんな具合に時間的余裕があるときは逆に迷わない。
会社のほかの方々も出席すると聞いていたのだが、さすがに葬儀30分前に到着したのは私だけであった。時間があったのでのどを潤そうとカップ式ジュースの自販機でリアルゴールドを飲もうとしたら、炭酸水だけが出てきた。なんだこりゃ。

葬儀を終え、会社に到着したのは3時ちょっと前。仕事嫌いの私にとっては、良い遠足でありました。久しぶりの革靴で足が痛くなったけど。

蓮田駅西口にちょっと変わった自動販売機がある。ビニール傘の自動販売機である。自動販売機好きとしてはちょっと見逃せない。

蓮田駅西口は再開発が頓挫したような状況にあり、タクシープールが非常に少ない。ロータリーといえるようなものも無い。そのため、突然の雨の日はタクシー待ちの長い行列ができる。この行列に遅れまいと、ホームからダッシュする人も少なくは無い。私の場合、常に折り畳み傘を持ち歩いているので、こうした列に並ばなくてはならないような状況にはならない。

埼玉県のタクシーも初乗り\710と値上げされた。タクシー乗るのもなぁ…という方向けだろうか?いわゆるビニール傘は1本\400、折り畳み傘および、黒い(ビニール傘に比べれば)少しまともな傘が\1,000である。

自動販売機には様々なギミックが存在する(お菓子の自動販売機とか面白いですよね)。この傘はどのようにして出てくるのかを見てみたいのだが、あいにく私は傘を買う必要に迫られることがないのである。
何より、ビニール傘ってどうも好きになれないんだなぁ。

あんまり安全な遊びじゃないんですけどね…

最近、うちの息子は真似事ばかりする。人がしていることと同じことをしてみたいらしい。
その中の一つが、車の運転である。上の写真のように、運転席に乗せるとハンドルを動かそうとしたり、ハザードランプをつけたり、サイドミラーの開閉をしたりして遊んでいる。

私も子供の頃、車を運転するということにものすごい憧れがあった(実際、運転免許が取得できたときも、ものすごく喜んだ)。息子はまだ2歳にも満たないが、私は車の運転席に座って遊ぶことを小学校2年生くらいまでしていた。当時放映されていた「太陽にほえろ!」では、どういうわけだがみんなサイドウィンドウ全開で走っていたため、私もしきりに開けていたことを思い出す。まだ当時はパワーウィンドウの車は少なく、初めてパワーウィンドウに触れたときの驚きをいまだに覚えている。
また、私はメーター好きでもあった。速度計、回転数計、ガソリンの残量インジケーターなど、見ているだけでもゾクゾクする。そう、デジパネが搭載されている車のときはものすごく驚いた。あれは男の子の心を猛烈にくすぐる。

あと17年後に息子は車の免許を取得することが出来る。その頃はどんな車が走っているのだろうか?

これはZENITH CLASSの女性モデルの写真である(ZENITHは時計のラインナップごとにモデルが違う)。腕に光るのは40mmのZENITH CLASS Open T El Primeroである。こんなカッコイイのはこのモデルだからだろ?と思っていたのだが、先日、実際にOpen Tを身につけた女性と電車の中で遭遇。意外にも大変似合っていた。

女性用の時計と言うと、小さいアクセサリーのようなニ針モデルなんかをステレオタイプのように想像してしまいがちだが、結構大きいサイズのものを身につけている方も少なくない。個人的な趣味からいえば、大きな時計大変結構!身長の高い女性も多いことですしね。

国産時計メーカーがリリースしている女性用時計にも大サイズのものが見られるようになった。例えばWIRED f AGEE系。クォーツだが、レトログラード式の曜日表示機能がある。インダイヤルが多めなので、この時計は43.5mm径(!)。で、モデルは道端ジェシカ。この時計が似合うなぁと思ったら、身長173cm。俺とあんまり変わらないじゃないか(笑)。
元祖国産でかい時計と言えばG-SHOCKのカシオ。ここにはBaby-Gというラインナップがある。大体、直径41mm前後である。モデルは土屋アンナ。彼女の身長は168cmである。

で、街中で女性がリアルに着用しているのを見て「おっ、あんた…いいねぇ(ニヤリ)」とした時計(直径33mmオーバー)ベスト5。

  1. OMEGA Seamaster 120(Ref.2501.50)
    直径36mm。黒文字盤。池袋西武デパートの店員さん。このモデルも女性用があるけど(結構している人多し)メンズをしていても違和感なし。西武デパートの制服姿でした。
  2. PANERAI ルミノールマリーナオートマチック 40mm(Ref.PAM00050)
    直径40mm。上野駅のハードロックカフェで遭遇。30代半ばくらいの女性。カジュアルな服装で、ハンバーガーにかぶりついていた。何で女性が身につけているとよく見えるのかはわからん…
  3. ROLEX OYSTER PERPETUAL DATE (Ref.15210)
    直径34mm。山手線内で遭遇。白文字盤。おそらく20代後半の女性で、カジュアルな服装。もう34mmは女性がしていても全然良いと思う。DATEJUSTのレディースを見ると萎えてしまうのは私だけ?
  4. OMEGA SpeedMaster Automatic(Ref.3510.61)
    直径35.5mm。赤文字盤(シューマッハモデル)。SSブレス。20代前半。宇都宮線車内で遭遇。スピマスのレディースモデルを選ばない豪快さに脱帽。連れの彼がProfessionalをしていた。彼が譲った?
  5. ZENITH CLASS Open T Ref.03.0520.4021/01.C492
    直径40mm。白文字盤。30代前半かな?湘南新宿ラインのグリーン車で隣に座った女性が着用していた。スーツ姿。本当に使っている女性がいるなんて…と、ちょっと感動した。

かなり私の時計趣味も入ってますが…。貴金属や宝石による表面的なアクセサリーというより、中身(どこまで知っているかはこの際、どうでもいい)で勝負に出ているあたりがいいんだなぁ。贈り物なのかもしれないけど、ちゃんと使っているってのはなんだか嬉しい感じがするのです。

まだ進行しているのか、もう止まったのかはわからないのだが、ここ数年で腕時計のサイズはずいぶんと大きくなったものだ。

時計のほめ言葉として「圧倒的な存在感」なんて言葉が一般的に使われるわけだから、大きいとか厚いということが良いと思われているのだろう。
この流れの火付け役が何だったのかはよくわからない。一説ではG-SHOCKのデカ厚に慣れた世代が機械式時計に走ってこんな現象が起きたとか、ETA Cal.7750を採用したためにこういうサイズにならざる得なかったなど諸説ある。個人的には国内外で起こったパネライの人気がそれを加速させたと見ている(私にはあの時計の良さが判りかねるのですが…だって、ミリタリーウォッチでしょ?)。また、腕時計自体が必需品としてよりも「装飾的」意味を強く持ち出したことも一つの要因だろう。虚栄心や見栄という視点から考えれば、目だったほうが良いとも考えることが出来る(デカ圧モデルにはポリッシュ仕上げでギラギラしたモデルが多いのもそのせいかな?)。
そして、デカ厚ブームに乗ってケース径を大サイズ化したブランドも確かに存在している。ブライトリング、IWC、ZENITH、LONGINE…。大サイズ化の中心はインダイヤルが存在するクロノグラフだが、ブライトリングのスーパーオーシャンヘリテージあたりは三針モデルなのに大サイズモデルでは46mmもの直径がある(38mm径のモデルも存在するが、46mmの方が売れているらしい…)。

私の腕周りは17cm。この腕の太さだとケース直径40mm、厚さ13mm位の時計が限界だと思う。但し、文字盤のカラー(膨張色である白だと大きく感じられるし、黒は逆に小さく見える)やケースエッジの造型(Deville CO-AXIALのように段をつけるなど)によっても視覚的な大きさは変わってくる。
OFFタイムならばもっと大サイズも服装によってはアリだと思うが、ONだとシャツとの関係がかなり重要である。シャツの袖口に収まらない時計ってのはどうなんだろう?と思う。さらにベゼルの角が立っているようなモデルだとシャツを痛める。

外からどう見えるかということも大切な要素だが、つけ心地も大事である。表面積もつけ心地にかなり影響を与える感じがするが、それ以上に私は厚みや重さの影響が大きいと思う。厚みがあると袖口との接触が多くなり、フィットする位置から時計がずれてしまう。ブレスと本体の重さが釣り合わなくても同様に位置がずれてしまう。デカ厚時計の多くは重量感のある無垢のブレスを使っていることが多いのでバランスは保たれそうだが、皮やラバーベルトでは難しいだろう。

アンティークに分類される男性用時計の三針モデルを見ると、多くは34mm前後である。これはROLEXのOYSTER PERPETUALやAirKingのサイズと同じである。私もOYSTER PERPETUAL DATEを使用しているが、ちょっと小さいかな?と思えるサイズである。腕時計が「時間を知らせる道具」に徹していた時代であれば、このくらいのサイズが妥当だったのかも知れない。

と書きつつも…同モデルで複数サイズあるような腕時計(先ほど挙げたスーパーオーシャンヘリテージやOMEGAのSeamaster AquaTeraなど)でサイズの比較をすると…大きいサイズの方が欲しくなってしまう。デカ厚を非難するようなことを書いてみたものの、その不思議な魅力は感覚的には理解しているつもりである。

私のことです。

中毒患者の私に朗報。会社前の自動販売機にCocaCola Zeroの500ml缶が入る。やった!しかもペットボトルではないので500mlで\130。
自動販売機で売られているジュースって、ギンギンに冷えているのがありがたい。炭酸の刺激と冷たさ、カフェインが私の仕事への動力源なのである。

といいつつも、1日1本以内に留めるという自主規制を設けている。やっぱり骨とかとけるのでしょうか?あれは都市伝説?

昨日はかなり暖かい(暑いくらい)だったのに、今日は寒い。暖房をつけないといられないほどである。
天気予報を見てみると、昨日は17.8度だったのに、今日は7度。さすがに一日で10度近い寒暖の差があると体がだるくて仕方が無い。しかも少し風邪っぽい。

久しぶりに何も予定の無い日曜日なので、サーバのバックアップなどを行う。新サーバ移行計画はちょっと頓挫中。どうにもCentOS 3.9にVer.4.x以上のMySQLをインストールできないのである。MovableType 4.1がMySQL 3.x系で正常に動作しない(再構築処理でこける)という問題を抱えているため、バンドルされているバージョンではインストールできないのである。MySQLはSun microsystemsが面倒を見るようになったようで、ここからRHEL3用RPMも取得できるからいけるか…と思ったら、なぁんかパッケージの構成がVer.5から変わってしまったようで、ちょっとよくわからない…。時間と気力があるときにじっくりと取り組みたいと思っているが、なかなかそんな気分になれないのである。

そんな感じで、今日もだらっとすごしてしまった…

3/15にJR東日本はダイヤ改正を行った。
このダイヤ改正により、私が出社・帰宅時間に使用している電車は大きな影響を受けた。良い方にではなく、悪いほうにである。

まず朝。私がいつも使用していた特急列車(おはようとちぎ)が無くなった。これが無くなると6分ほど前に発車する湘南新宿ラインに乗らなくてはならない(朝の6分は大変貴重である)。しかも、その湘南新宿ラインは10両編成なのである(湘南新宿ラインは15両編成と10両編成の2パターンがある。前のダイヤでは圧倒的に15両編成が多かった)。一度普通車両に乗ってみたのだが、圧死寸前という環境で、次の駅で降りてグリーン車に飛び込んだ。だが、グリーン車とて安楽な環境とはとてもいえないのである。グリーン車とはいえ自由席グリーン車なので、座れない可能性がある。以前は特急列車を使っていた方たち(私もそうだが)がこの列車のグリーン車へ流れ込んだのだろう。現時点で、グリーン車で座れている確率は30%位。ひどいもんである。それでも普通車両で圧死させられるよりはマシだと思い、750円払って乗っているわけである。特急列車の特急料金は500円であり、間違いなく座ることができた。払う金が増えて、さらに座れないなんて…。ちなみに、この18分後にまた湘南新宿ラインがあるのだが、このグリーン車には間違いなく座れるのである。そして、普通車両にもそれほどの混雑は見られない。だが、この電車では出社時刻に間に合わないのである。

帰りもまた悲惨だ。定時で帰った場合、前のダイヤならば「定時に速攻で出れば間に合う湘南新宿ライン(15両)」と、「ちょっとだけ残業しても間に合う湘南新宿ライン(10両)」の2つの列車を選べたのだが、新ダイヤではこの2つの間くらいの時間に10両の列車だけが残された。私のいる会社は世の中的に見て、変則的な時間に定時が設定されているわけではない。ほかの多くの会社と同じである。つまり、この時間の乗客は少なくないのである。普通車両に乗ると、もう阿鼻叫喚というかなんというか、もう言葉で表せないほどひどい。さらに言えば、この時間に帰宅するのは閑職に移った比較的年齢の高いサラリーマンが多く、そうした人々に包囲される状態で立っていると、もうね、吐きそうになってくる。で、グリーン車もこれがひどい。比較的高齢なサラリーマンだから、酒持ち込んで呑んでいる。席もびっしり、空いてない。たちながらこっちも呑んでやろうかと思えてくる。席が空くのは大体、大宮あたりから(赤羽で空けばかなり運が良い)。

もう、大声で「ヴァカヤロウ!!」とJRに言ってやりたい。遠距離通勤者をいじめるのもほどほどにしとけよ、このやろう。

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GTOがリリースされたことには目もくれず、相変わらずGNO2をやっている。ようやく少佐まで昇進したところである。

ネトゲでは他ユーザーとは顔を突き合わさずにコミュニケーションをとらなくてはいけないので、顔文字等を使って出来るだけ感情を表現(といっても、喜んでいるような表現ばかりなのだが)するようにしている。杓子定規とはいえ「よろしく~」とか「任務お疲れさま~」とか、そんな具合である。

このように人が集うところには必ず発生するものだなぁ…と思わされるのが、勝手に自治をしてしまう方々。2ch的に言うと自治厨?些細なことにも丁寧に(笑)クレームをあげ、小学校の頃の生活委員みたいな活動を自主的に行っているようである。私は幸いにしてこういう方々の指摘を免れているが、そもそも娯楽のゲームなのに文句を言われてはなぁ…

自治厨の方ではないのだが、今日はとある一般プレーヤーに「挨拶をしない」とかどうとかで文句を言われた。他のユーザーからも同じようなクレームが挙がっているといって、狂犬のように噛み付いてくる(他ユーザーから指摘されたことは一度も無いのですが^^;)。ホント、私にとってはどうでもいいことである。忙しいときは挨拶がおざなりになることもあるだろうし、自分もそういうときが全く無いとは決していえない。そして、多くのユーザーもそういうことはある程度理解しているものだと思うのですが。
まともに相手して喧嘩するのも時間の無駄でしかないので、ignoreリストに入れて無視。ホント、ゲームでストレスためても仕方が無いもん。

先週に引き続き、今週も花見である。メンバーは妻の友人一同。昨年、私はこの時期に草津にいたので(早いもんだなぁ…あの楽しかった一人旅から1年経ったのか…。また機会があれば行ってみたいが、一人で行けるだろうか?)このメンバーで花見はしなかったのだが、一昨年は今回と同じように我が家に集まってもらって、花見をした。あの時との大きな違いといえば、うちの子供を含めて、幼児が2名増えていることである。参加者は9名である。

まずはうちで食事を済ませて、その後に元荒川沿いから西城沼公園を散策するというコースである。
酒はうちでも用意していたし、お土産でもいくつか頂いた。スパークリングワイン、ビール、白ワイン、サワー、ウィスキー、泡盛…どんだけあるんだ?って感じだが、私は一通りそれらを飲んでみた。自宅で飲んでいるという油断も働き、かなりの酒量だったように思うが、よく覚えていない。

ちょっと前まで、うちの息子は結構ひとみしりをしていたのだが、このところそういった傾向は薄れてきたようだ。どこの人にも喜んで行くようになった。幼稚園の先生も今回のメンバーにはいるので、その方に結構任せて、私たちは飲みまくっていた。

今日は非常に天気がよく、さくらも散り際で花見にはぎりぎりというところ。元荒川河川敷で花見をしているのは比較的高齢の方々で、西城沼公園は子供連れが多い。ちょっと酔っ払った感じのお父さんと子供が公園で遊んでいる。うちの息子とこのような遊びが出来るのは、あと2~3年は必要だろう。

公園から家に戻り、またしばらく飲む。19:00頃、花見参加メンバーは帰っていった。
帰った途端にすさまじく酔いが回り、私は倒れこんでしまった。

ZENITHが開発した世界初の自動巻きクロノグラフムーブメント、それが「エル・プリメロ」である。ムーブメントは型番で呼ばれることが多いのに対し、珍しく名前が付られている、いや、付けるべきと言えるほど「エル・プリメロ」には数々の歴史がある。ちなみに「エル・プリメロ」とはスペイン語で"No.1"を意味する。

このエル・プリメロが誕生したのは1969年。腕時計クロノグラフが1910年代、自動巻き時計は1920年代に登場している。1969年まで自動巻きクロノグラフが登場していないことはずいぶんと時間がかかったものだと思わざる得ないが、このふたつを組み合わせることは想像以上に困難なことであったようだ。
1960年代後半は各メーカーが自動巻きクロノグラフ開発に躍起になっていた時代で、同じ1969年にZENITH以外にブライトリングが率いるグループにより自動巻きクロノグラフが誕生している。しかし、これは自動巻きにクロノグラフ機構を乗せただけのものであり、専用設計されたエル・プリメロのように薄型なものではなかった。厳密にはブライトリングの方が開発が早かったようだが「自動巻きクロノグラフ」と冠するものに値しないと考えると、やはりエル・プリメロが世界初といっていいだろう。

ところで、この1969年に誕生した腕時計における画期的な仕組みがもうひとつある。それは「クォーツ」である。1969年、SEIKOは世界初の水晶発振式電子腕時計「クォーツアストロン」をリリースしている。クロノメーター優秀級の機械時計の精度が日差-3~+12秒であるのに対し、アストロンは+-0.2秒以内という超高精度であった。当時45万円という高価格にも関わらず、あっという間に売り切れてしまったという。
このクォーツはスイス時計産業にも大きな影響を与えた。クォーツの波に押された多くの名門機械メーカーが機械式の製造を中断し、クォーツの製造を余儀なくされたのである。

もちろん、ZENITHもこの影響を被った。昨日のブログに書いたとおり、この時期ZENITHはアメリカの電子機器メーカー「ブローバ」資本傘下にあり、ブローバから機械式時計の生産中止と図面や金型の廃棄を命じられた。もちろん、エル・プリメロの図面や金型も含めてである。しかし、ZENITHの技術士「シャルル・ヴェルモ」はエル・プリメロの図面や金型を靴箱にしまって、工場の屋根裏にこれを隠したのである。
1978年にZENITHはスイス資本下に移り、1980年代になって他メーカーからエル・プリメロを提供してほしいという依頼が入り、1981年から再びエル・プリメロの生産が再開された。その後、このムーブメントは自社製品はもちろん、ロレックス、エベル、タグホイヤー、ダニエルロート、パネライ、ダンヒル、ルイヴィトン等にも提供され、多くの実績を残している。エル・プリメロの名前を一躍有名にしたのは、ロレックスのコスモグラフデイトナのおかげであろう。

ムーブメントのスペックを紹介する。

  • 毎時36,000振動(10振動/sec)のハイビートムーブメント(デイトナはこれを8振動に落して使用)。
  • 1秒間に10振動するため、0.1秒間隔で時間計測が可能。
  • 50時間のパワーリザーブ(ETA 7750に比べ、8時間長い)。
  • 制御系装置にピラーホイール(コラムホイール)採用。ボタンの操作性がよく、アームやクラッチの作動が安定している。
  • 伝達方式はキャリングアーム式
  • 31石
  • 両方向巻きのセンターローター
  • 総パーツ種225種類(Cal.400)
  • 直径30mm, 厚さ6.5mm

これほどの高振動であるため、重亜硫酸塩化モリブデンをベースにしたドライな潤滑剤を使用している。現代の高度な機械技術によって作られた、正確無比なムーブメントという印象である。

ZENITHの現行モデルのDEFYではブリッジ部に新素材を使ったりして改良を加えているが、エル・プリメロの基本的な設計は開発されてから40年近く経つ現在でもさほど変わらない。だが、時計業界における自動巻きクロノグラフの進化は止まっているわけではない。最近では駆動力伝達に垂直クラッチを使った、クロノグラフ起動時の針飛びがなく精度が高いものがトレンドのようである(キャリングアーム式はクロノグラフの動きが見えるという利点はあるのだが)。しかし、0.1秒を測定できるハイビートモデルは、まだ存在していない(TAG HEUERのCal.360は見なかったことにしてください^^;)。もちろんハイビートであるが故の問題もあるのだが、そうしたものを踏まえても、私には非常に魅力的なムーブメントに見えてならないのである。

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OMEGAの時計ばかり所持している私だが、プライス的なものを無視して言えば、最も好きなウォッチブランドはZENITHなのである。最近は様々な事情により価格が異様なまでに高騰してしまい、手に入れることが非常に難しくなってしまった。ZENITHを愛してきた旧ユーザーからすれば、何とも口惜しい状況にあることだろう(私はそこまで古いユーザーではないが、高価だとは思っています)。しかし、ナタフショック(後述)以降のOpenを初めとした斬新なデザインは、それはそれで評価できると思う。
ZENITHと言えばあのハイビートムーブメント「エル・プリメロ」なわけだが、このムーブメントのことは後述することにして、ZENITHというブランドについてまずは紹介したいと思う。

ZENITHはジョルジュ・ファーブル・ジャコという人物により1865年、既にスイス時計産業の中心地として繁栄をみていたジュウ渓谷のル・ロックルに創設されている。ZENITHという社名を使い始めたのは1911年からであり、その由来はアラビア語のzenith【ジーナス:天頂、頂点】から採られている。ブランドロゴにもなっている星はまさに天頂に輝く星を意味している。
19世紀末の先進的時計メーカーにみられたように、機械によるアメリカ式生産方法を柔軟に取り入れたZENITHは、部品交換や修理可能な時計の生産を早くから行った革新的ブランドのひとつであった。手仕事の職人芸に執着することのないところが後の発展を導いたといえるだろう。1875年には何と、ル・ロックルの労働人口の約3割を雇い入れる規模にまで成長した。

日本において、ZENITHの時計は昔からなじみ深いものだった。優秀な機械だけを選んで使用していた日本国有鉄道が昭和2年に鉄道時計として採用したのが、何とZENITH製の時計だった。その時計は「ゼニット」と呼ばれ、交通博物館に今でも保管されているという。この時代、ZENITHの懐中時計は世界を席巻していた。

世界が戦争へと激動していく時代を迎えると、ZENITHはミリタリーウォッチの供給を行った。過酷な条件が幾重にも重なる戦場では、正確であることと頑丈であることが時計に求められる最大の要素である。つまり、軍に認められるミリタリーウォッチを制作するということは、その精度と耐久性が公的に認められたというに等しい。腕時計が民間に普及する以前の第一次世界大戦中、アメリカ軍の信号部隊が使用したのがZENITHの腕時計であったし、第二次世界大戦ではドイツ、イギリスなどの軍に採用されている。

1920年代、ZENITHはクロノグラフ腕時計の製品開発に取り掛かる。当初はExcelsior Park社からムーブメントの提供を受けていたが、1960年代になってクロノグラフムーブメントの製造を行っていたMartel Watch Co.を買収。そして1969年にはかの名クロノグラフムーブメント「エル・プリメロ」が完成する。
しかし、皮肉なことにエル・プリメロリリース以降、クォーツショック等のあおりを受けて企業としての体力を急激に落とすことになる。同様の境遇にあった時計メーカー同士合併を行い、Mondia-Zenith-Movadoという会社が誕生。ZENITHはこの会社の一部門になってしまう。そして1972年にはアメリカのブローバ社に買収される。1978年にスイスの金融グループDixiがこの資本の大部分を掌握し、ZENITHは再びスイス資本のメーカーとなる。

そして1990年以降、機械式時計のブームが到来。さらにはROLEX社のコスモグラフデイトナに「エル・プリメロ」が採用される(1999年まで13年間)。このデイトナへの採用は「エル・プリメロ」と「ZENITH」を世に知らしめる大きな要因となったと思う。
また、1994年には薄型自動巻きムーブメント「Elite」をリリース。パワーリザーブやGMTをも付加させることができるそのムーブメントは、1994年に「ベストメカニカルムーブメント賞」を受賞。ZENITHのもう一つの顔となった。

そしてZENITH社最大の転機は1999年に訪れる。ZENITHはLVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)グループ傘下におさまる。当時、LVMHは宝飾・時計分野の強化を積極的に進めており、同時に時計メーカーならばTAG HEUER、宝飾ブランドならショーメ(時計も出してますが…)、フレッド、デビアス(!)をも擁している。
これまで、ZENITHは素晴らしいムーブメントを持ちながら、時計の外装や仕上げのクォリティがさほど高くなかった。そのかわり、比較的安価に素晴らしいムーブメントを手に入れることができた。当時、ROLEXのデイトナは今ほど高くはなかったが、それでもその当時のZENITHならその半分程度の額で同じムーブメントを手に入れることができたのである。
そんなZENITHにLVMHが送り込んできた男、それが現CEOのティエリー・ナタフ氏である。エンジニアリング畑から複数の大学でMBAを取得した変わり種というだけではなく、ファッションモデルのようにフォトジェニックな存在であるナタフ氏。ZENITHにのりこんできて開口一番に彼は「眠れる獅子を起こすために私はきた」と言ったという。LVMH側の人間が「ZENITHは自分の持っている価値に気づいていない」と考えていたそうだが、ナタフ氏はその急先鋒だったと言える。
この一件でZENITHがどのように変わったかと言えば…ものすごい高級ラインの時計に変わった。従来からあった製品は一気に値上げされた(通称、ナタフショック)。たとえば、旧ZENITH時代に誕生した名クロノグラフ、Rainbow FlybackはLVMH前は38万円であったが、まず48万円に値上げされ、最終的には58万円まで値上げされた。同じものを売って、なんなんだこの価格差は!そして、新しく開発されたモデルはエル・プリメロモデルなら90万以上、Eliteモデルでも50万以上になった。上位モデルを見ると青天井で、トゥールビヨン搭載モデルには2000万以上するものすら見受けられる。確かにケースの質感は上がり、文字盤にギョーシェ仕上げがされたり、ムーブメントにコートドジュネーブやペラルージュ加工がされるようになった。それらの成果を見やすくするためか、多くのモデルがシースルーバックとなった(最近のモデルはバックだけではなくフロントも透けて見えるようになっていますが…)。
とにかく旧ZENITHのイメージを払拭したいというブランドイメージアップのために、同じ商品の定価を上げて高額にしたり、旧ユーザーの多くが手にすることができないような価格帯に設定されてしまった。確かに、商品はとても魅力的になり、何より女性ウケがするようなデザインのものが多い。もちろん、私も新ZENITHの商品が欲しいと思っているのだが、現実的に手が出せない。

もうすぐ、スイスでは2008年のバーゼル&ジュネーブショーが開催される。ZENITHの新作について概要をうっすらと聞いたが、もう私が興味を持てるレベルのものではない。しかし、本当に売れるのかなぁアレ…。

今の職場は皇居の堀に面した、北の丸公園へすぐ行ける場所にある。
12月に引っ越したとき「会社で花見が出来る」と、景観については喜んだものだが、実際、会社で花見をしているような人はそう多くなく、花見酒を飲むなんて企画も見受けられない。皆、いつものように忙しく働いている。窓際で桜を見ながら、ボーっとするような時間がもう少しあれば、殺伐とした心に潤いも見られるようになることだろう。

あまりに綺麗なお堀の桜を見ることなくこの季節をやり過ごすのももったいないと思い、今日は自宅からデジカメをもって、昼休みに北の丸公園に行ってみた。もちろん、弁当持参である。昨日入社したばかりであろう、どこかの会社の新入社員たちが集まってご飯を食べている。私もついこないだまで同じようなことをしていたような気がするが、気が付けば10年以上過ぎている。

武道館の屋根が見え、堀の水面に桜が映るこの景色は実に見事である。夕焼けの時間帯ならばもっと映えるのだが…今日はあまり天気が良くないため、残念ながら撮影できなかった。
公園内に入ると、何重にも枝分かれした桜の巨木が数本。花の数も半端ではない。ここのように広大な空間を使えないならば、枝を伐採して小さく納めなくてはならないのだろうが、ここの桜は自由奔放そのものである。

ちらちらと桜の花びらが舞い始めてきている。桜吹雪になるのもあと数日のことだろう。

ドイツ車のクーペやハッチバックには、ラインナップの中にカブリオレを持っているものが少なくは無い。BMWもそうだし、メルセデスもVWにもラインナップされている。カブリオレまで行かなくても、サンルーフをメーカーオプションでつけられる車はかなり多いはずだ。
どうしてこんなにドイツ車にはカブリオレが多いのだろうか?それは推測だが、日照時間の短さに理由があるように思える。車に乗っている時間も外を散歩しているかのような開放感を得たい。そういう思いが働いているのではないか。

ドイツ車のカブリオレの優れている点といえば、しっかりと大人4人が乗れるということである。国産にもオープン2シーターは何車種かあるが、4人乗れるというのはあまり思い当たらない。最近出たマーチのオープンは4人乗れたかな?でも、オープンじゃなくても4人乗るのは厳しい車種だから、あまり期待は出来ないが。

カブリオレは屋根やピラー部が担っていたボディ剛性を保つために、割と根本から設計をしなおさなくてはならない。さらに今ならば電動でルーフを収納するような機構が付くわけだから、値段が高くなる。さらに言うと、ベースとなる車種が最高グレードであることが多いことも価格高騰の一因だろう。同じBMW 3シリーズでも320iクーペは\4,410,000、カブリオレは335iしかないので、\7,880,000である。300万オーバーの価格差はちょっと引いてしまう。やっぱりカブリオレは金持ちのものかなぁ…と思っていたら、120iのカブリオレが発売された(130iにしなかったことは、大変良心的)。120iカブリオレが\4,340,000で、120iが\3,550,000である。価格差80万ならば検討に値するかもしれない(でも、ハードトップじゃなくてソフトトップなんだよな…)。

いずれにしても、1シリーズは私の選択肢の中に入る車ではないのであまり気にとめてもいないのだが、120iの購入を検討されている方ならば、より楽しいカーライフを、2シーターのように制限されずに楽しむことができるのだから…

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