2008年5月アーカイブ

Movable Type 4.2 リリース候補版 (RC) を公開

しばらくβリリースされていたMovableType 4.15のテストが順調とのことで、MovableType(以下MT) 4.2としてリリースされることになった。リリース時期は6月末とのこと。なんという微妙な時期...たった今、サーバのリプレイスをしている私はどうしたらいいものか?OSをFedora9にして構築作業も順調に進むようになり、もうすぐ立ち上げられるのに...
MT4.2の新機能はいくつかあるが、凝ったデザインを組む気にはなれない(...めんどくさい)私にとっては、パフォーマンス向上、TypePad AntiSpamの導入あたりが目玉である。この2点の魅力は大きい...と思い、いささか無謀ながらもMT4.2のRC1をインストールすることにした(だいたい、出たばかりのFedora9を導入している時点でも相当無謀なのに、MTはRC1を採用するなんて...仕事だったら絶対出来ない行為)。

で、使ってみました。MT3.21-jaからのリプレイスになるので、管理画面のGUIが全然変わっていて使いづらいったら無い。これでもMT4.1からメニュー配置を効率化したと聞いているが...MT4.1はどれだけ複雑だったんだ?
大きな売りの一つ「パフォーマンス向上」はMT3.21ユーザの私からすれば「本当に早くなってんのこれ?」というレベル。800を超える記事を全て再構築すると、所要時間は12分あまり。MT3.21はもっと軽かった。ということは、MT4.1はどれだけ重かったんだ?と思わされる。

MT4.1からあった機能だが、CAPTCHAプロバイダによるスパムコメント防止機能はかなりいい。毎日、20通くらいのスパムコメントを受けてうんざりしていたのだが、この辺はかなり改善されるだろう。バックアップ機能も、画像等を含められるようになり、圧縮機能も追加されている。これはかなりイイ。
ちょっと期待はずれだったは、スタイルキャッチャー機能。選択するだけでブログのGUIが変わるというかなり優れた機能なのだが、MT3系のスタイルとは互換性が無く、MT4向けのスタイルキャッチャーを提供しているサイトが極端に少ないことが判明。残念である。

MT4.2正規版がリリースされたら、RC1は時機を見て置き換えようと思う。でも、特別トラブルが無ければ、放置してしまうかも~。

以前、中島氏が書いた「うるさい日本の私」という本を紹介した。日本の至るところで荒れ狂う「言葉を伴う音や管理放送を鎮める」ための戦闘記であったが、それらの戦闘の経験を踏まえ、コミュニケーション論的に人々の行動を分析した往復書簡が本書である。往復書簡の相手は過去に「拡張機騒音を考える会」で中島氏と一緒に活動をしていた加賀野井秀一氏。中島氏、加賀野井氏共に海外での生活経験があるが、中島氏はウィーン、加賀野井氏はフランス。このあたりがサブタイトルの「偏食哲学者と美食哲学者の会話」につながっている。二人とも哲学者という括りになっているもの、中島氏は「悲観的なドイツ哲学者」に対し、加賀野井氏は「楽観的なフランス哲学者」であるから、大きな違いがある。このギャップを乗り越えて、両者の往復書簡は成り立つのかとハラハラさせられる。

騒音問題について真摯に抗議し続けた両氏であるが、騒音を出している側に全く悪意が無く、事なかれ主義や曖昧さで真っ当に相手にされないという現実を突きつけられ、日本の街を変えることはとても出来ないことを体験している。

いきなりざっくり所感を述べさせてもらうと、日本における言語のやり取りというのは非常に表層的で感情的なものであり、欧米におけるそれは表層よりも内容をじっくりと重視しているという指摘に大いに納得させられた。具体的にいえば、エスカレーターでの注意を喚起する放送であれば「エスカレータでは遊ばないようにしましょう」というのがよくあるパターン。それが「エスカレーターで遊ぶな!」という放送になれば「何だその言い方は?」という具合になる。つまり、日本人は言葉の表層的な部分に対してまず感情が表れる。そしてその中身を理解しない。表層的に問題が無ければ、意識の外に行ってしまう。日本人が「エスカレーターの案内」のような公的な音には寛大であり、私人の発する音(携帯電話の着信音など)には不寛容であるという性質も無関係ではないと思う。

と、日本の場合...と連呼してしまったが、ウィーン&フランス絶賛で「日本はダメ」とか「欧米は優れている」という論点に終始しないことには大変好感が持てる。多くのヨーロッパ賛美者の著作物のように「理念としてのヨーロッパ」と「現実の日本」との比較がダラダラと流れるような本であれば、途中で読むのを止めたことだろう。「良い」とか「悪い」とか主観的な価値観で論じず、「文化の違いがある」という客観的視点で論じられている。両氏のコミュニケーションの方法論に関する分析は非常に面白い。

ところで、昨年「KY(空気が読めない)」という言葉が流行った(?)が、これなどはまさに「和をもって貴しとなす」価値観の現代版である。「一を聞いて十を知る」、「ツーカーの仲」、「腹芸」、「以心伝心」、「行間を読む」などなど...言葉で語るというよりも、むしろ言葉の余白で語る能力を日本人は発達させてきた。議論したり話し合ったりすることを逆に「屁理屈」だとか「大人げない」とか、「青臭い」と言われてしまう。だが、こうした察知力は同じ前提を持つ人々、つまり同じ文化の中で価値観を共有するようなマジョリティにしか通じず、マイノリティ的価値観を持つものを排斥するような動きを強める。こういう構造を見ていると、イジメなんてものはなくなりそうにないと切実に思う。

2月から着手しているのだが、様々な災難に遭遇し、未だに構築が完了していない。現行のサーバが何とか稼動しているので、特にこれといって大きく困ってはいないのだが…やっぱり遅いんだよなぁ、このサーバ。
2月から今日まで、色々と方針転換があったので、ざっと挙げてみる。

  • PowerEdge 600SC やめました

    RAIDコントローラのLinux kernel 2.6でのドライバ問題、IDEポートの動作不具合などの様々なトラブルに見舞われていた本サーバ。それだけではなく、もっと大きな問題が…それは「うるさい!」
    温度感応型のファンを採用しているためか、暑くなってきたこの頃は轟音をたててファンをまわしている始末(しかも、部屋の中がさらに暑い)。騒音があっても全然寝られてしまう私でもさすがに耐えがたくなり、売却することにした。売却先はソフマップ。ほぼ同価格でHP Compaqの省スペース型デスクトップd330 STを購入。スペックは
    • Pentium 4(HT) 2.6GHz
    • メモリ1GB
    • HDD 内蔵250GB, 外付250GB HDD×4
    というもので、CPUは若干性能アップ。DELLのマシンはやっぱり恐ろしいよ…
  • CentOS 3.9やめました
    kernel 2.4を使い続ける理由も無いので、OSを変えることに。当初はCentOS 5.1を採用したのだが、MovableTypeのアップロード画像サムネール作成に必要なImage::Magickコンポーネントが動作せず。yumでimagemagick-perlインストールすると、MovableTypeからどういうわけか認識されず。仕方が無いのでソースからのインストールを実行したが、メモリリークを起こして、全メモリ(swapも含めると3GB)を完全に消費するという素敵なImageMagickの完成。頭を痛めていたら、突然X-Windowのビデオカードドライバに問題が発生し、GUIが利用できなくなる。頭にきて、Fedora9(5/13にリリースされたばっかり)に再度OSを変更。上記Image::Magickの問題もすべて解決。俺はいったい今まで何をしていたんだ…慣れないCentOSなんかに手を出したのが間違いの元だったか…

本日時点でDNS、SMTP、POP、SSHは動作中。DNSとメール関係は既に新サーバへ移管済である。CentOS 5.1にしても、Fedora9にしても、インストーラが非常に優秀で、あっという間に作業が完了した。私が初めてLinux(ディストリビューションはSlackware)に触れた頃は、インストールがもっとも困難な作業だったが…良い時代になったものである。

一昨年、限定発売されていた(らしい)ウィスキー。私は完全に見逃しておりました。2004年にも「ジ・アニバーサリー12年」というブレンデッドピュアモルト(余市モルト、宮城峡モルト、カフェ式連続蒸留機で蒸留されたモルト)ウィスキーが発売されたが、これはちょっと好みではなかった。そういう過去があるだけに、さほど期待せずにとりあえずヤフオクで落札。3本で\3,600。定価が\1,600だから、送料を考えるとちょっと安いくらい。でも、もう既に入手不能な一本ですしね。

ブレンドする原酒はすべて12年以上のモルトウィスキーである。特に、シェリー樽で熟成させた原酒を使用しており、甘い熟成感と華やかなバニラフレーバーがたまらない仕上がり。こ、これは…!ものすごくうまいんですけど。元々、シェリーカスクのシングルモルト好き(マッカランの19年シェリーカスクとか…あちらは\13,000くらいするが。最近のマッカランはシェリー樽が足りなくなったせいか、オーク樽が多いんだよなぁ)の私にはたまらない1本。

ブレンダーの定番ティスティングである「1:1の水割り」でお試しください…とある。確かに、ふわっと鼻腔をくすぐるような甘い香りが楽しめるものの、味が…混ぜないほうが絶対においしいと思う。ロックすらももったいない。ストレートで、舌の上で転がすようにしながら飲むのがおすすめ。
しかし、こんなにおいしいものが\1,600で売られていたとは…。ニッカ、良心的過ぎだな。知っていたら買占めに走ったことでしょう。500mlしか入っていないので、大事に呑むことにしましょう。

今日、コンビニで買い物をした際、レジにおいてあるのを見て思わず買ってしまった。20円。いつからこの値段になったのだろうか?10円だった頃以来買ってないのだから、もう何年ぶりだろうか?

ポンジュースが30%以上含有されているらしい。しかしそれはチョコにではなく、中に入っているゼリーのようなものに練りこまれて入っていた。ゼリーを食べると…たしかにポンジュースの味。でも、このゼリー状のものはどちらかというと苦手。
チョコという形状を保つためには、チョコにそんなに混ぜることは出来ないのだろうな。苦手といいつつも、結構おいしくいただけました。

昨日紹介した書籍「やさしい時計学(2)」にいくつかの外国時計メーカーの記載があった。呼び名が今とは異なっているメーカーが多く、結構面白かったので紹介する。

スイス製時計
  • Solvil(ゾンビル)
  • Paul Ditisheim(パウル・ディティスハイム)
  • Ulysse Nardin(ナルダン→現在はユリス・ナルダン)
  • Vacheron et Constantin(バセロン→現在はバセロン・コンスタンタン)
  • International(インターナショナル→現在はIWC)
  • Omega(オメガ)
  • Zenith(ゼニット→現在はゼニス。英語圏ではジーナスと発音する)
  • Vulcain(バルカン)
  • Movado(モバード)
  • Jaeger-LeCoultre(ルクルツール→現在はジャガー・ルクルト)
  • Longines(ロンジン)
  • Moeris(モーリス)
  • Tissot(チソット→現在はティッソ)
  • Juvenia(ジュベニア)
  • Buren(ビューレン)
アメリカ製
  • Waltham(ウォルサム 現在はスイスメーカーに買収された)
  • Elgin(エルジン)
    現在は山口県の福本電気がブランドライセンスが所有しているが、単なるパチモノ時計屋と化している。この当時は大変な高級品だったようだ。現在の地位は昔には遠く及ばない。残念である。
  • Hamilton(ハミルトン)
  • Bulova(ブローバ)
  • Gruen(グルウェン)
イギリス製
  • Benson(ベンソン)
  • Bennet(ベンネット)
  • Rotherham(ローザハム)
ドイツ製
  • Lange und Sohne
    (ランゲ・ウント・ゼーネ→ランゲ・アンド・ゾーネ 昔の方がドイツ語発音にあっている)

日本にしっかりとした代理店が無いために売られてはいなかったものの、現存している多くのウォッチブランドがこの時期には存在していた。それとは別に、クォーツショック等で倒産に追い込まれた企業も少なくは無い。アメリカ勢はほとんど全滅である。労働単価が安いスイスと真っ向から勝負をしては勝てる見込みも無かった。スイスから輸入したほうが安いという状況では、必然だったのかもしれない。本書ではエルジンの時計についてかなり細かく説明しているのだが…エルジンというブランドは、今後どうなってしまうのだろうか?

昔は輸入品にかかる税金が半端ではなかったから、今以上に時計は高いものだったのだろう。今は情報を収集するのも簡単だし、多くのモデルが購入できる。良い世の中になったものだ。

千代田区図書館の蔵書を見ていたら、面白い本を発見した。「やさしい時計学(2)」。昭和30年7月10日初版の書籍である。

この本は機械式時計の基本的な構造、メンテナンス手法、各種公式などが記載された書籍である。まだ職人の世界は師弟関係が構成されており、師匠の見よう見まねで技術を盗みつつ習得するというのが一般的だった時代。そのような時代の中で、時計技術者は待ったなしで必要にもかかわらず、しっかりとした時計の教科書といえる書籍は存在していなかったがために作られたという本書。(2)ということは(1)も存在するのだろうが、残念ながら千代田区図書館にはなかった。

ちょっと面白いと思ったのは定価の記載である。定価260円、地方定価265円とある。物流の関係で、中央と地方で書籍の値段が違う時代があったのだろう。こういうのを見ると、現代ってのは恵まれているものだなぁと思う。どんな書籍でもネット上で購入することができる。そうした点では、中央と地方の差というのは限りなく縮まっている。
ちなみに、昭和30年(1955年)の大卒の初任給は\11,000ほど。現在の1/20位だろうか?そうすると本書は…5,200円。結構な高級書だったのか?

昭和30年は時計と言えば、機械式である(クォーツはこの14年後に登場する)。そして驚くべきは、基本的な構造においては現在の機械式時計と全くと言っていいほど同じことである。もちろん、新素材が誕生したり、ベアリングの構造が変わったり、オイルも高性能なものが誕生したが、そうした点を除けば、香箱の構造も、輪列も、脱進機の構造も全て同じ。長い間培われてきた機械技術というものに驚きを隠せなかった。この本をもとに習得した技術も、機械式時計に対してであれば十分に通用する。

当時の機械式時計の価格と寿命はどれほどのものであったか?本書に下記のような記述がある。


1年に1度分解掃除の手入れをするものとして7年も使えたら3000円や5000円の時計なら十分にお役目を果たしてくれたことになります。
また実際にも5年から7年くらいが時計の性能もよく調子もよく動くのであります。
(中略)
もっとも上にのべた5年とか7年というのは並級の時計の話であります。数万円くらいの時計で10年くらい、拾数万円の時計で15年くらいに時計の寿命をおさえるのがいいところではないでしょうか。
これからの皆さんはもし時計に対し、それ相当の性能で使うものとすれば、ある程度つかったらまた新しくいい性能を発揮する時計に買い替えるくらいの心構えをしていただきたいと思います。時計だってそんなに長く酷使してはかわいそうです。だんだん弱りもいたみもします。時計も生き物です。

3000円~5000円と言うと、先ほどの初任給換算で言うと、現在の60,000~100,000円位になるだろうか?クォーツ化により腕時計はものすごく安く製造でき、高耐久性を得たが、機械式時計時計ならこのくらいの値段が妥当であろう。寿命に関しては…機械式時計とはいえ、7年で逝ってしまう時計というのは少なくなったが、これは製造技術の向上によるところが大きいだろう。
しかし、十数万円の時計時計でも15年位か…これを読んで、アンティーク時計には手を出せないなぁとしみじみ思わされた。

本書の最終章は、新型時計の技術紹介である。ここで挙げられているのは

  • 中三針時計
  • カレンダー時計
  • 自動巻時計
  • 耐振時計
である。写真のROLEXのDATEJUSTはこれらの機能をすべて有する時計である。当時としてはまさに夢の時計だったことだろう
私が生まれた時代の時計はほとんど中三針時計であったため、特に目新しいものとは思っていなかった。しかし、多くの懐中時計がスモールセコンドで秒表示をしているように、時分針と同軸に秒針を配置するのは結構手間であることが本書でよくわかった。現在は意図的にクラシカルな雰囲気を醸し出すためにスモールセコンドを採用している時計が多い。
自動巻機構についても比較的詳しく本書では述べられている。香箱のスリップ機構、両方向巻の原理など…ためになりました。

本書を読んで、機械式時計を分解したくなってきた。そしてうっかり、腕時計のメンテナンスキットを購入してしまった(笑)。
ジャンク品でもオークションで落札して、改めて構造を直に見てみたい。

前回はRainbow Flybackの一般的なスペック等について述べたが、今回は私が入手したものの状態などを書きたい。

例によって、入手ルートは父からである。ありがたいものである。

付属品は外箱、内箱(結構汚れており、角はビニールがはがれている。無いよりはマシというレベル)、マニュアル、国際保証書とブレス3コマ分。国際保証書はZENITH国内正規販売店のものだから、オーバーホール等のメンテナンスサービスを60%の価格で受けることが出来る。総じてクロノグラフのオーバーホールは3針モデルに比べて割高になるのだが、この時計のムーブメントはパーツ点数が280、10振動のEl Primero Cal.405である。正規オーバーホールの定価は\63,000位するこれの40%引きというのは大変ありがたい。
しばらくオーバーホールはしていないとのことだから、今年の夏が終わった頃にしようと思っている。

ケースやブレスはステンレススチールのサテン仕上げである。ポリッシュに比べて傷が比較的目立たないとはいえ、かなりの傷がついている。特にブレスがひどい。研磨も検討したいが、オフで結構荒く使う予定の時計なので、また傷だらけになることを考えると…悩ましい。
他にも傷がいくつか。回転ベゼルの表面にはかなり深い傷が二つ。サファイアクリスタル風防の無反射コーティング部に傷が一つ。ZENITHやBREITLINGの時計は風防の両面に無反射コーティングを施されている。見る角度によって文字盤が青っぽく見えて面白いのだが、剥がれてしまうとちょっとみすぼらしい。手が触れることが無い内側だけ施されていても無反射効果は十分だと思うのだが…。ベゼルは、文字が書かれているプレートだけ交換可能なら、次のオーバーホールのときに試してみたいと思う。

バックルは観音開きのデュプロイメントタイプ。ちょっとここの出来はチープである。爪が浅いために、そのうち閉まらなくなるのではないかと心配になる。現行ZENITHのものと比べると、厚みも半分くらい。使いやすさであれば、現行よりも勝っているかな?(現行ZENITHのバックルで腕に傷を作った経験アリ)

ケースバックはステンレススチールのスクリューバック。一応、100m防水にするためには他モデルのようにシースルーバックにするわけにはいかなかったのだろう。まぁ、Cal.405はコートドジュネーブやペルラージュ仕上げがされているような美しいものじゃないから、見えなくても別にかまわないが。

夜光はトリチウムを採用しているが(この時期のモデルでトリチウムというのは珍しい)、さすがに10年以上経過しているために明るさは期待できない。真っ暗なところで薄ぼんやりと針が読めるレベルである。

購入時期は国際保証書によると1998年。まだZENITHがLVMH傘下ではなかった、定価は38万の頃のものだ。
1998年当時、私は今ほど時計に興味を持っていなかった。その頃に今と同じ気持ちを持っていたなら、38万で買ったと思う。これは相当に安い価格設定だと思う。…時計に興味が無い方からすると相当おかしい発言に思われるかも知れないが、同時期、同じムーブメントを使ったROLEXデイトナが100万前後という価格設定で販売されているのである(そりゃケースの質感とか、そういうのを比較されるとどうにもなりませんが)。そして、実際に使ってみて38万以上の価値を私は感じているのである。リセールバリューも悪くない(売るつもり無いけど)。


さて、使い心地である。比較的大きな時計なので小指一本分位の隙間をあけ、ちょっときつめにブレスの長さを調整する。そして装着。いきなりすごい。私の腕にものすごくよくフィットするのである。ステンレススチールバックの感触、ラグの仕上げ、重量バランスともに最適。今まで使ってきたどの時計よりも装着感に優れている。
ケースサイズは40mmとOMEGA SpeedMaster Professional MoonPhaseと同サイズだが、文字盤の色のせいか、Rainbow Flybackの方が小さく見える。厚みはさすがに自動巻き機構を持つだけあってRainbow Flybackの方があるが、現行DEFYのような(武器にでもなりそうな)凶暴なまでの厚さではない。自動巻きクロノグラフとしては薄いほうではないかと思う。

垂直クラッチ式クロノグラフに比べ針飛びが多いと聞いていたキャリングアーム式だが、本モデルに関して言えば全くといっていいほど見られない。ボタンの形状、コラムホイール方式が相まってか、操作性はすこぶる良い。フライバック動作も全く問題は無い。
このフライバック機能、現実には中々実用的な場面に遭遇しない(楽しいんで、よく遊んでるけど…)。唯一あったのは、カレーを作っているとき。強火何分、中火何分、ルー入れて何分…という工程の移り変わりでフライバック機能を使ってみたが、別にフライバックじゃなくて「ストップ+リセット+再測定」でも変わりない…。っていうか、キッチンタイマー使えって?これから始まる雷の季節には「○km先に落雷した」なんて測定をしながら、ニヤニヤしていることだろう。
10振動のムーブメントが作り出すクロノ針の動きはとてもスムーズで、流れるような動きである。時がよどみ無く経過しているということを実感させられる。これを上回るのはSEIKOのスプリングドライブくらいだろうが、人間の目でこの違いがわかるかどうか?

他の時計と比べて相当変わっているように思えるのが、リューズの操作。引かずにまわすとゼンマイの手巻き。かなり硬いゼンマイを採用しているせいか、巻き上げていると指が痛くなる。で、一段引きすると時間調整、二段引きすると日付変更なのである。一段引き、二段引きのオペレーションが他のムーブメントと逆である。これにはちょっと慣れが必要である。日付はクイックチェンジ式。これも問題なく動作している。
ハック機能は無い。現行モデルでもハックがないのだから、El Primero自体に無いのだろう。クロノグラフのスモールセコンドに秒単位の精度は求めないので、別に気になりはしない。

そして、音。ケースに耳を近づけると、ハイビートの「チチチチチ…」という音がする。機械が作り出す音なのに、こういう音を聞いていると心が安らぐのは何なのだろうか?SpeedMasterの6振動レマニアの「カチンカチン」という音も良いが、個人的にはEl Primeroの方が好みである。


と、非の打ちどころのないような褒めっぷりであるが、強いて言えばデザインだろうか?やっぱりちょっとチープな感じがある。このカラーリングは、人によっては受け入れられないかもなぁと思う。ラフな服装にはとてもマッチすると思うんだけど…ナタフゼニスモデルしか知らない人が見ると、同じブランドの時計とは思われないことでしょう。


次は、もう少し長い期間使って、精度なども見てみましょう。

買ってもらいました。義理の父母に。息子もかなり気に入っているようです。
自分が子供だったとしても、かなり喜んだことでしょうね…

傍から見ていて、営業という職種の人々のような仕事は自分にはとても出来ないと思う。気は利かないし、大変不器用な私にはとても無理だ。

今、属している会社の営業はどんだけ働いているんだ?と思えずにはいられないほどの顧客を抱えて仕事をしている。定時に変えるのを見たことが無いし、とにかくタフである。
営業経験の無い私がこんなことを言うのもなんだが、この会社の場合は提供しているサービスに対して自信が持てるだけ救われている。しかし、世の中には欠陥があることを隠蔽しつつ、半ば騙すようにして行われる営業活動も存在している。そういう立場の営業は不幸だ。だが、そうした環境に長らく居ると、感覚が麻痺してくるらしい。

今まで一緒に仕事をしてきた営業に面食らったことは何度かあるが、一番ひどいと思えたのがとある社会人向けITスクールの営業である。
多くの社会人が自分のキャリアについて不安を覚えていると思う。そうした上昇志向のある人間を食い物にしようとしている業者は少なくない。忘れられないのは30代半ばの男性の相談にのった時のこと。ITとはほぼ無縁の人間が、Webデザイナーのような職種に転職したいと言って来たのである。まずはそのスクールの営業がその男性から話を聞いて、お勧めのコースを提示していた。Web,DTP,Network,DB,Java(J2SE)というフルコースである。このスクールが用意したカリキュラムだけで30代半ばの人間が転職できるとは到底思えない。だが、本気で転職を考えるのならば一刻の猶予も無いように私は思った。漠然と「WebやDTP」という希望があるならば、その初歩的コースを受講し、進みたい道を自身が判断する。その上で上位コースを追加するのはアリだろう。しかも、Java(しかもJ2SE)なんかを推薦するのはいかがなものか?プログラマーになりたいなんて一言も言っていないのに。このカリキュラムをまじめに消化していたら、早くても1年以上の時間は必要だろう。ますます転職の間口を狭めてしまう。
この営業というのが関東エリアのマネージャらしいのだが、IT、デザインといった業界の実務経験は無し。そのスクールで営業を始めたような人間である。「会社に対して従順」で「何よりも会社の利益を優先する」姿勢が評価されてその地位に至ったのだろうが、全くといっていいほど受講生のことは考えていない。あまり人と揉めることが無い私だが、この件については大いにもめた。結局、私が薦めたカリキュラムを採ってくれたようだったが、売上は当初のカリキュラムに比べ、半分程度になった。

営業とは狩猟的活動のようでありながらも、実質は農業的であると思う。一瞬ではなく、長くお互いが信頼し合えるような形を作ることが長期の契約を生み、最終的な利益は出よう。こうした理想を曲げることが出来ないがゆえに(曲げなくちゃならないシチュエーションは少なからずありますよね?)、私は営業になれないと思う。ましては、狩猟的に「一時の金欲しさ」で営業を責め立てるような会社では絶対に無理である。
仕事をする動機に誇りは絶対に必要だと思う。じゃないと、私のような人間ではとても続けられない。

うちの両親は今日、福島へ帰る。私も今日まで休みをとることにした。

福島への帰り道からはちょっと逸れるけど、母が「あしかがフラワーパーク」に藤の花を見に行きたいというので、同行することにした。
足利市には毎年恒例になっている「ココ・ファームワイナリー」の収穫祭に来ている。ワインを飲むイベントだから、当然車で来たことは無い。いつも電車だ。
高速道路をつかったとはいえ、うちから足利市までの所要時間は1時間と少し。電車に乗っていくときはもっと時間がかかるから、結構遠いところだと思っていたのだが、そうでもないらしい。
足利市には結構見所がある。だが、足利市へはワイナリーの収穫祭目的で行っているので、他の名所を全く見たことが無い。収穫祭の前日に足利に入り、宿を決めて町を散策してみたいとずっと思っているのだが、なかなかこれが実現できないでいる。

私は植物というものにほとんど関心が無く、花を見せられても何の花なのかが良くわからない。うちの妻に「この花は…」といろいろと教え込まれて、最近はほんの少しだけわかるようにはなった。こんな私だが、さすがに藤の花は知っていた。
以前済んでいた、江東区の亀戸も藤の花が名物だった。藤祭りというものが毎年実施されていたことは知っていたが、多くの独身20代男と同じで、こういうものには全く興味が無かった。

しかし、足利フラワーパークの藤は本当にすごかった。
入り口の近くにある藤棚は、その大きさが半端ではなかった。この規模のものを見たのははじめてである。また、藤というと紫色の花ばかりを連想していたのだが、黄色など他の色もあることを知る。こんなの見たこと無いよ。

80mに及ぶ藤棚のトンネルも見事。花の蜜を吸いにミツバチがかなり集まっていた。

フラワーパーク内は結構広い。ここに来慣れている人は、ござを敷いて手弁当で花を観賞している。中にレストランがあるのだが、入り口を見れば長蛇の列。私達もフラワーパーク内で食事をすることは諦めた。その代わり、ラベンダーのソフトクリームを食べることにする。息子も最近は甘いものに目覚めてしまい、いくらあげても欲しがる。

ここ、足利フラワーパークは日中だけではなく夜間も営業しており、夜間は花がライティングされるらしい。それもそれで綺麗だろうが、さすがに夜来るほどの気合はない。

二時間くらい見て、フラワーパークを出た。昼食は近くの鳥料理の店へ。鳥そぼろ丼を食べる。おいしかった。

帰り道、佐野のアウトレットモールへ寄る。個人的には(いや、父もだろう)アウトレットモールの近くにある時計屋のほうが気になって仕方が無かった。ここに寄ったのはウェッジウッドで紅茶を買うため。何らかの理由で外装をちょっと傷つけてしまったような紅茶が、信じられないくらいの値段で売られていたと聞いてきたのだが…残念ながら、今日は在庫が無かった。

金と買う意思があるときに来るとこういうところは楽しめるのだが、今日はどちらも無いのであまり楽しめず。うち妻と母は店内を物色しているので、私と父で息子の面倒を見る。息子は昼寝もせずにいたので、ちょっとハイな状態。小型犬を追い回したり、自分でベビーカーを押したりして遊んでいる。
モール内に「コーザノストラ」という店を見つけて、少し笑ってしまった。意味を判ってこの名前をつけたのだろうか?

父母とはここで別れる。次に会うのはお盆の時期だろうか?

家の風呂は嫌いだけど外の広い風呂は大好きというわが父。父を連れて久しぶりに健美の湯へ行く。
いつもはかなり長風呂になるのだが、別府温泉の湯で少し湯あたりしてしまったせいか、サウナ二回と控えめ。炭酸風呂は温度も低めでだいぶ気に入ったようである。

夜、近所のラーメン屋に行ったらば「お子様ラーメン\290→\10」とサービス中。子連れなのでもちろん頼んでみた。チャーシューまで普通どおりに入った麺の量少なめなしょうゆラーメン。こどもの日が近かったからかな?

5月の連休は福島の実家に帰ることが多かったのだが、今年は逆にうちの両親が埼玉の我が家へ来てくれた。年末年始の帰省は私だけ戻ったので、両親が息子に会うのは11月以来になる。半年ぶりである。半年分の子供の成長は非常に大きい。半年前はひとみしりがひどいものであったが、最近はそれも無くなってきた。うちの父はまた泣かれるのではないかと心配していたようだった。

夕方ごろに来るのかと思って思いっきり寝ていたのだが、10時ごろに我が家へ到着したので驚いた。渋滞を避けるために早い時間に出たそうだが、全く混んでいる区間が無くスムーズに来た結果この時間になったらしい。家の中の掃除もままならない状況だったので、息子を連れて父、母と近くに散歩に行くことにする。
久しぶりに息子と遊ぶ。ブランコに自分で乗れるようになっていた。同じ家に住んでいながらもほとんど接していないので、突然の進歩に大変驚かされた。ホント、悪い親だなぁと思う。
義理の父母の家の近くを歩いていると、息子が急に駆け出す。後をついていくと玄関の前で「じいちゃん!」と叫ぶ。うちの息子は「パパ」、「ママ」の前に「じいちゃん」を覚えたか…まぁ、パパはそんなに一緒に居ないから、一番最後かも知れないなぁ。

夜、双方の父母と一緒に食事をする。ビールが中心(最近、アサヒの「熟選」にはまっています。プレミアムビールの一種だろうけど、他に比べて安い。そしておいしい)だが、もちろんウィスキーも(今回はThe Blend of Nikkaです)。ワインも用意していたけど、出番はなさそう。義理の父はだいぶ酒が弱くなったのか、先に帰宅。うちの父は相変わらず底なし…。私の父が酒飲まなくなったら、死期が近い時だろうなぁ。

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1997年のバーゼルで発表され、超目玉商品として一躍有名になったこの時計。ついに私の手元に届きました(最近、ZENITH関連ネタがやたらに多かったのはこれの前フリってところです^^;)

フライバック機構を持つエルプリメロを搭載したこのモデル。なんと、定価が38万だった。LVMH傘下の現状からすると、とてもじゃないが考えられない価格設定である。
しかし発表された時期が時期だったために「不遇のクロノグラフ」といっても差し支えないと思う。その辺は後述しましょう。

エルプリメロは先日紹介したとおり、ZENITH社が誇るクロノグラフムーブメントである。1997年当時はRainbow、デルッカ、クラス、クロノマスター等のモデルに搭載されていた。
名前であるRainbowはヨットレース「アメリカズ・カップ」で1934年に優勝したレインボー号が由来である(30分積算計がカラフルだからRainbowなわけではない)。Rainbow Flybackの前進モデルといえるのがRainbowであり、ダイバーズウォッチを志向していたため、ねじ込み式リューズやねじ込み式のクロノボタンが採用され、10気圧を実現している(Rainbow Flybackも10気圧防水を謳っているが、ねじ込み式リューズやクロノボタンは採用されていない)。

海を中心にRainbowは開発されたが、Rainbow Flybackは空を志向したモデルであった(フライバック機構も空港管制官やパイロットの利用を想定)。ZENITHとしては久しぶりのパイロットウォッチであるが、その歴史は古い。ZENITHでは1930年代にフランス空軍用コクピットウォッチの製造を手掛け、60年代にはクロノグラフが空軍関係者に愛用された。60~70年代にはイタリア空軍に正式採用された実績も持っている。
Rainbow Flybackと名前にまでなっているフライバック機構とはどのようなものか、簡単に説明しよう。通常のクロノグラフ計では帰零させるためにはクロノグラフを停止してリセットボタンを押す必要があるのに対し、クロノグラフを停止せずにいきなりリセットボタンを押すことで帰零させ、0からの測定を再開するものである。これにより、ラップタイムの測定などが可能になる。Rainbow Flybackは両方向回転ベゼル(ダイバーズではないので、両方向に回すことが出来る。目盛には分が記載されている)を備えているので、全体としての時間はベゼルを参照し、ラップタイムをクロノグラフで測定する…といったような使い方も可能である。

Rainbow Flybackの開発にはフランス空軍やエールフランスの協力をもとに1995年から開発がはじまった(残念がら、何らかの事情で正式採用はされなかった)。実際にパイロットたちに着用してもらい、テストを繰り返して作り上げられたもので、光を反射しない反射防止コーティングのされたサファイアクリスタル風防をしようしたケースとマット仕上げのブレス、グローブをつけていても操作がしやすい、クロノグラフボタンやリューズ、両回転ベゼルが備えられている。クロノグラフのスタート&ストップ、リセットボタンも非常に押しやすく、押されたことがわかりやすい。コラムホイールを採用するエルプリメロのためだろうか?(現行のクロノマスターはもっと押しにくい感じがあるから、ボタン形状の工夫がその理由だろうか?)
また、珍しいことに本モデルではタキメーターではなくテレメーターがインナーに記載されている(Rainbowではタキメーターであったが)。テレメーターとは音速と光速差により距離を測定するものである。音速と光速の速度差は約0.33km/sであり、1分間であれば20kmの差ができる。例えば雷が落下した位置の測定などに使える。「ピカッ」と光った15秒後に「ゴロゴロ」という音が聞こえたならば、約5km先に雷が落ちたことがわかる。航空や軍事利用においてこれがどのように有用なのかはちょっと良くわからないが、今となっては珍しいものである(オメガのスピードマスタープロフェッショナルではタキメーターのベゼルをテレメーターに変えられると聞いたことがある)。実用性でいえばタキメーターのほうがあるように思えるが、すでにスピードマスターを持っている私には、テレメーターは結構遊べる。早く雷のシーズンにならないかと楽しみにしている。

現行ZENITHのラインナップから比べると、かなり無骨で荒々しい印象のデザインである。このことが前述した「不遇のクロノグラフ」になってしまった一つの理由かもしれない。
1997年のバーゼルフェアでRainbow Flybackが発表されてから2年後、ZENITHはLVMH(モエ・ヘネシー・ルイヴィトン)グループ傘下となった。前述したとおり、LVMHはグループ内におけるZENITHを高級なウォッチブランドと位置づけた(ミドルクラスは同じ1999年にLVMH傘下になったTAG HEUERに担わせる計画で、現実にそのような位置づけとなっている。)。そこで、まずは現行商品の定価見直しが実施された。1999年以降、Rainbow Flybackは48万に価格設定され、さらに最終的には58万まで値上げされた。時計のケースが木製になったりと少しの変更はなされたのだが、時計本体の変更は無かった。
次に行われたのはブランドイメージに沿ったプロダクトの開発。ラグジュアリー路線を前面に押したいLVMHとしては、無骨で荒々しいRainbow Flybackはそれに合わなかったのだろう。市場のニーズはともかく、2003年にディスコンとなった。Rainbowシリーズは後継モデルがリリースされることも無く、ZENITHのラインナップから消えていったのである。
ところが、ちょっと驚いたのが一昨年のDEFY Chrono Aeroの30分積算計のカラーリングである。これはパイロット達が一瞬で積算時間を確認するために導入されたカラーリングである。DEFYは力強くかつ美しいデザインが売りでRainbowシリーズの後継モデルではない。だが、古くからのZENITHオーナーの目を引くには十分な印象であった(残念ながら、フライバック機構は導入されてはいない)。

非常に人気が高いモデルながら、販売されていた期間が腕時計のプロダクトライフサイクルからすると短かったため、市場に中々出回ることが少ないRainbow Flyback。現在でも25~35万程で取引がされている。

今回入手したモデルの状態および使用レビューはまた後日。


Rainbow Flyback(Ref.02.0480.405/24) スペック

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  • Cal.405(32石)El Primero 構成部品:280個 36,000振動/h(10振動/sec) 自動巻き
  • パワーリザーブ50時間以上
  • フライバック機能付き
  • 駆動系:ピラーホイール、キャリングアーム、スライディングギア
  • 4時方向にデイト付き 瞬時送り
  • 直径40mm 厚さ11mm 重量140g SSケース
  • 3連マット仕上げステンレスブレスレット
  • 両面無反射コーティング・サファイアクリスタルガラス風防
  • 両方向回転ベゼル
  • テレメータスケール
  • 100m防水
  • トリチウム夜光塗料付きインデックス


カインは主に言った。
「わたしの罪は重すぎて負いきれません。今日、あなたがわたしをこの土地から追放なさり、わたしが御顔から隠されて、地上をさまよい、さすらう者となってしまえば、わたしに出会うものはだれであれ、わたしを殺すでしょう。」
主はカインに言われた。
「いや、それゆえカインを殺す者は、だれであれ七倍の復讐を受けるであろう。」
主はカインに出会う者がだれも彼を撃つことのないように、カインに印をつけられた。

旧約聖書 「創世記」第四章第十三ー十五節


また中島先生の本を読んでしまった(ブログで紹介していないが、別に3冊ほど読んでいる…)。哲学書は内容を理解しきることが難しく(私にはハイブローすぎます)、レビューが全くと言っていいほど書けない。哲学は微細なことまでもはっきりと言語化するが故に非常に難しい言葉の羅列となり、読解するまでに時間がかかって眠気を誘う。本書はそうした口調ではなく、「T君」という仮想の人物(若き日の中島先生でしょう)との間で取り交わされる手紙という形式をとっている。しかしそれは往復書簡ではなく、中島先生→T君という一方向のみだ。それでもT君がどのような状況に置かれ、何を考えているかということをしっかりと理解することができる。

手紙ということでやさしい口調をとっていてるものの、内容はかなりの劇物である(笑)。目次からして

  • どんなことがあっても自殺してはならない
  • 親を捨てる
  • なるべく人の期待にそむく
  • 怒る技術を習得する
  • 人に「迷惑」をかける訓練をする
  • 自己中心主義を磨き上げる
  • 幸福を求めることを断念する
  • まもなく君は広大な宇宙のただ中で死ぬ
ときている。この段階で抵抗を感じる人は、まず読むべき本ではない。
中島先生の本は、毎回胸をえぐられるような気持ちで読んでいるのだが、今回のもなかなかのものであった。彼の思考の中ではまず「まもなく広大な宇宙の中で死んで無にかえってしまう」という考えが横たわっている。実に厭世的なのだが、それでいて「自殺によって生を放棄する」ことを完全に否定する。生きていることが辛くない人が生きても、そこにはとりたてて道徳的な価値はない。しかし、カントの言葉を借りつつ「生きるのが辛いからこそ、それにもかかわらず生きていることは道徳的」だと言う。さらに「生きることに価値や意味は与えられない。しかし、それを問い続けることこそ意味がある」、「死を選ぶことは怠惰である。たったこのまえ生まれてきて、たちまち死んでしまう自分という存在は何か?それを問い続けよ」と言う。これはとてつもなく酷な考えであるものの、考えたくなくともそのようなことばかりを考えてしまう人間(私…)にとっては常に与えられている命題のようなもの。「考えるな」と人に言われてもやめないし、やめられもしない。

本書のタイトルとなっている「カイン」は上で紹介したとおり、旧約聖書の創世記に出てくるカインの現代版のことである。それは現代を生きるさまざまな事象に鈍感になれないマイノリティのことを指し、とにかく不器用で生きにくいと考えている人を指し、孤独な人を指し、すべてのものの存在や意味を問い続けるしか道が無い人を指している。今となっては「戦う哲学者」の異名をとるほどの中島先生だが、ウィーンに私費留学する34才まではまさに「カイン」であった。ウィーンでの生死の境をさまようような生活を通じて怒る技術、戦う技術を習得して強く生きている(ように見える)が、やはり突き詰めて読んでいくとそうした繊細な面が見えてくる。

本書の中で、二つほど私の印象に残ったことを引用したい


怒りの教育においてぜひとも必要なのは、他人の怒りをしっかりと受け止める能力の開発である。たとえこちらが「正しい」注意を冷静にしても、相手から反感を買うのは当然でさえある。そこには正しいことをしているという傲慢さが臭う。だから、他人に注意するものは、それが正しい要求であると信じていればいるほど、覚悟しなければならない。自分はいまたいそう傲慢な行為に出ているのだから、無傷で相手を動かすことができるというおめでたい期待などしてはならないこと、を。
ぼくは心の底からそう確信してから、自然に注意できるようになった。怒鳴ることもできるようになったんだ。自分は正しいことを要求することによって、はげしく他人を傷つけることを知っているがゆえにーなぜなら、注意されたものもそれが正しいことを承認せざるを得ないからー自分は彼からいかなる仕返しを受けても仕方がないと居直るようになった。



私、なんで「正しいことを言っているのにこの人はなぜこんなにひねくれるのか?」と本気で思っておりました。理詰めで論破しても、そういう覚悟がないから何とももやもやした気分がして、どうしようもなかった。


それは「さしあたり食っていかねばならない」者の真実の叫びかもしれない。だが、最近ようやくわかったのだが、そのうちでもさらっと反感を持つのではなく、きみやぼくのような人間を執拗に迫害するものは、たぶん心の奥底では自分の自己欺瞞に気づいているのではないか。「食っていかねばならない!」と絶叫しながらも、それがじつは唯一崇高な生きる理由ではないことをうすうす感づいているのだ。生きていかねばならない。だが、なんのために?そうした疑惑がふっと湧き上がる。だが、たちまに心の中でハエを振り払うようにそれを必死に振り払うのだ。こんな「馬鹿げた」問いに振りまわれてはならない、と。

ようは世の中で「大人だな」といわれる人々のことである。生きていること、働くこと…一々、すべてにおいて考えて動きを止めてしまう私に対して「考えても仕方が無いじゃないか」、「大人になれよ」と自己欺瞞を積極的に薦めてくる。楽になれるからそういうのだろうが、残念ながら私にはそういうことが出来ないのである。


と比較的内容に共感して読むことが出来た私としても、中島先生の薦める「カイン」の生き方を絶対的に実行することははっきり言って不可能である(社会で生きていけなくなってしまう)。
「カイン」としての生き方は、とにかく不幸である。幸福を求めることを断念することで過剰に不幸を感じることはなくなるが、これはサルトルの言う「自己欺瞞」そのものでもある。もちろんこのことを認めたうえで、自分の価値観を変えずに私は今のまま生きていくことでしょう。

最近、地下鉄のホームでよく見るポスターである。「家でやろう」と書かれたこのポスターは「家でやろう」シリーズの二代目。一代目はこんな感じである。

私は女性じゃないので良くわからないのだが、それでも化粧というのは自分を飾りつけることだから、本来、人前ですることではないのだろう。自分の知らない人であれば恥ずかしいという感情を抱かない...そんな心情がはたらいているのではないか思われる。そして、自分を見知る人に会う前までに化粧は終える。恥ずかしいといえる対象が今と昔で変わってしまったのだろうか?

しかし、化粧をしている女性の多いこと...それだけみんな時間に余裕が無いのだろうか?揺れる車中でマスカラを器用に使う女性を見て「ある意味、芸だなこれは」と半ば呆れながらも感心している。

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