2008年7月アーカイブ

会社へ向かう途中、赤羽駅で乗り換える。
見ると、向かいのホームに湘南新宿ラインが来ているじゃないか!ラッキー!と思い、乗り込んだら宇都宮行きだった。湘南新宿ラインは赤羽ー大宮間をノンストップで走る。往復約50分の損失。俺は何をしているのだ?

帰り、うっかりグリーン車で眠ってしまう。グリーンアテンダントに「お客様」と起こされる。今居る駅は久喜。しまった!寝過ごしたと急いで社外に飛び出すと、向かいのホームに湘南新宿ラインがきているじゃないか!ラッキー!と思い、乗り込んだら小金井行きだった。次の停車駅は古河とのこと。はぁ、茨城県まで来ちゃったよ。
そのあと、普通の宇都宮線で蓮田まで戻りました。眠らずに、目をギンギンに開けて。往復1時間の損失。

あまりにバカバカしいので、妻にこのことを話す。
妻も古河まで行った経験があるという。しかしそれは酒を飲んでとのこと。私は飲んでいなかったんですけどね。
手術をしたり、ストレスがたまる仕事をしているせいなのでしょうか、思ったより疲れているようです。

昨日「念のために、手術した部分を翌日見せてください」といわれていたので、14:00頃に九段坂病院へ向かう。相変わらず猛烈な暑さである。
今日はT口先生は休診とのこと。全身でその悲しさを受け止めるが、若くて可愛い椎K先生がいるからいいか。

まずは、傷口から血を逃がすためのドレンを抜く。さほど出血はなかったらしい。うまい具合に血管部分を電気で処理してくれたおかげであろう。その他の部分も特に問題なし。あっという間に診察が終了した。
何だかすぐには職場に戻る気になれなかったので、向かいの千代田区役所内の図書館に行く。夏休みということもあってか、ずいぶんと人がいる。またカントの解説書を読んでいたのだが、急激に眠くなったので、借りて職場へ帰る。
毎度のことながら、どうも仕事をする気力がわかない。それほど難しくは無いデータ抽出の仕事をして、定時で上がることにした。

今日は九段坂病院で肩のこぶの摘出手術である。幾度と手術経験がある私としては、日帰り手術など全くどうというレベルではない...と強がりを言ってみたものの、久しぶりなので少々、緊張する。
手術は14:30よりスタート。執刀は素敵なT口先生と若い椎K先生である。看護師も全員女性。これが手術でなければ、ばら色なんですがねぇ。

まずは麻酔の反応テスト。毎回嫌な思いをさせられる注射である。注射は針を刺すとき、抜くときが痛いものだが、この反応テストは皮下注射なので、刺すときは痛くなく、麻酔を皮膚と筋肉の間に注射されているときが猛烈に痛い。大人気なく「いてー!」と騒いでしまった。
テストの結果も良好となると、今度は手術をする部分にペンでマーキングし、写真を取る(いまいち、この撮影の意味はわからない)。そして手術台に乗せられ、また痛い麻酔をガンガン打たれるわけである。もちろん、局部麻酔(全身麻酔の方が、気絶しているうちに終わるから楽なんだけど、この規模で全麻はありえないな)である。麻酔の注射も、針を刺されるときはどうということは無いのだが、麻酔を注入されるときはやはり痛い。「あいた、あいたたた」と思わず痛みを口にするとT口先生に「ごめんなさいね、いたいですよね。もうちょっと我慢してくださいね」と優しく言われる。先生にそういわれると「はい~」といって言うことを聞かざるえないのだが、痛いものはやはり痛いのである。何度か「痛い」といい、そのたびになだめられた。
麻酔が効いてきて、触覚のみが残り、痛みが感じられないようになったら、手術開始である。手術する部位のみが見えるようになっている緑色のシートをかぶせられ、メスで切られていく。しかし、切られているのが触られているだけのような感覚になる。しかし、ある位置から「痛ぇええ!」と急に感じる。私はどうも麻酔が効きにくい体質らしい(術後に「肝臓が強いのでしょうかねぇ?」とT口先生に言われる。麻酔の分解も肝臓なのか?)。「痛い」というたびに麻酔が追加されていくのだが、その麻酔の注射も痛いのである。
こぶの摘出の際は、引っ張られるような感覚がする。私からは全く見えない位置で手術されているので、どんな引っ張り方をしているのかもわからない。摘出が終了後、出血を止めるために電気で焼く。そのため、手術前に金属物を全て外すように指示されていた。手術をしていない右側の手にアース用の金属板をにぎらされ、アーク放電のような音を後ろから聞かされる。不思議な感覚である。この作業にて止血した後、穴の部分の左右を縫合し、傷口部分も縫合する。これで手術完了である。所要時間は約30分。縫合はとにかく早かった。T口先生、裁縫上手かも(笑)。

摘出されたこぶを見せてもらう。これが結構大きい。直径3cm位の球状のものである。記念に(笑)摘出したものを撮影してきたが、あまり見て気持ちいいものではないので公開はしません。

まだ麻酔がぼんやりと効いているのでさほど居たく無いが、切れると痛いのだろう。痛み止めの定番、ロキソニンと化膿止めを処方される。明日、経過を見るためにもう一度来院してほしいとのこと。

このまま会社に戻るのをやめて帰ろうかとも思ったが、微妙に仕事が残っているのでまじめに帰還しました。


帰宅後、さすがにこの暑さで汗をかいたし、頭も気持ちが悪いのでシャワーを浴びることにする。しかし、感部には水がかからないように注意しなければならないので、妻に頭を洗ってもらったり、背中を流してもらったりする。その様子を見ていた息子が「ママがとられた!」というようなジェラシーを感じたらしく(もうそういう感情も生まれているんだねぇ)、やたらに妻の気を引こうとする。
やっぱり、ママ大好きなんだねぇ。

7/23、妻に携帯電話をポケットに入れたまま、ズボンを洗濯された。
もちろん故障。その代替機が翌日午前中に届いた。日本の物流の恐ろしさを知らされた感じだ。

まっさらな状態だから、色々と携帯電話の環境構築をしなくてはならない。基本的にこうした作業は好きなのだが、最近の携帯は機能が豊富で元の状態に戻すのに非常に骨が折れる。iアプリなどもまたダウンロードしなくてはならない。通信費もかかるわけで、何だか面倒な作業である。

そうして、ある程度の環境構築が済んだ携帯なのだが、どうも調子が良くない。マイク部が逝かれているのか、こちらからの通話音声が相手に届かないのである。だから、電話を受けた相手は大概、いたずら電話か何かと思い、電話を切ってしまう。何だか悲しい。

あの分厚い取り扱い説明書を呼んで確認してみたのだが、通話音声は十分なレベルとなっている。となれば、疑うべきは故障。携帯を持ってドコモショップへ乗り込んだ。
現象はドコモショップでも確認され、在庫があったので即交換となった。一応、水濡れ等がその原因になっていないかを確認していたようで、その様子を一部始終見せてもらった。これはD905iだけなのかもしれないが、電池パック格納部に水玉のシールのようなものが貼ってあり、この水玉は水を受けることによってにじむ性質を持っている。水玉の形が維持されていなければ、それは水濡れによる故障であると判断されるわけである。
使って1週間も経たない携帯をまた濡らすわけもなく、その疑念はあっさり晴れたようである。

交換し、また交換。せっかくある程度セットアップした情報は、またもとの状態に戻される。iアプリのダウンロード料金もまたかかるわけね...(さすがに、こういうところの保障まではできないらしい)

まぁね、5万とられるのは回避されたわけだし、これくらいは我慢するしかないのかなぁ。

今日、7月27日は妻の姉の命日である。
今から18年前、スキルス性の胃がんが急に見つかり、若かったゆえに進行が早く、手遅れとなってしまった。

数日後には結婚式を控え、全ての準備が整っていたにもかかわらず、あっという間に命を奪われた。
義理の父母は、高度経済成長期をつつましく過ごした、普通の夫婦。
そんな二人に対してこのような仕打ちがあるとは、世の中の理不尽というものを感じずには居られない。

世の中、平等だと人は言うが、決してそのようなことは無いと私は思う。
どんな悪い人間でも幸福は訪れるし、どんな良い人間にも不幸は訪れる。
残酷ながら、全く平等ではないのだ。そして、平等で無いと思いながら生きたほうが、気が楽になる。

小学生や中学生にこの理不尽を知れというのは難しいことだと思う。
その頃は教育の現場で「人は平等である」と語ることは良いかもしれない。
しかし「運命は不平等である」という事実を、高校を過ぎた頃からは知ったほうが良いのではないかと思う。

祖母が、祖母の息子である伯父を亡くしたときの落胆した姿を思い出す。
子供が自分より早く亡くなるということは、相当に落ち込んでいたようである。


妻は姉をなくしたという経験があるせいなのか、死というものに対して独自の考えを持っているようだ。
私とはまた違う考え方を持っている。それはそれとして尊重したい。


今は、義理の姉の冥福をお祈りしたい。

うちの妻はクラシックギターをやっていて、ギター教室のギター合奏団に所属している。
このギター教室主催のコンサートが今日、王子の北トピアで開催されるとのことなので、見に行ってきた。

18:00開演であったが、ちょっとその前の用事が長引き、開演時間には間に合わず。妻の演奏は初めにあったようで、すっかり見逃してしまった。
ウクレレは地味に人気があるようだが、クラシックギターをやろうという人はそれほど多くないようで、元々はギター教室としてはじまったこの教室も、いまやフラダンス教室と化している。ギターコンサートという名前が一応入っているものの、ハワイアンやポリネシアンの演奏やダンスがメイン。見に来ている人たちも、主にそちらを見に来ているようである。まぁね、華やかですしね。

個人的な音楽の趣味を言えば、クラシックもハワイアンもポリネシアンも全部興味が無い。Jazzギターは興味があるのだが、1曲もなかった。ボサノヴァの定番「サニーサイドストリート」が1曲あったくらいだが、アレンジされすぎていてちょっと...というのが本音。

その代わり、余り期待していなかったフラダンスがすごかった。ダンサーの動きもすごいし、その体も...。見せられるくらいだから、全然太ってなどおりません。綺麗に小麦色に焼かれていて、もう美人ばっかり。まさに見せるために自分の体に磨きを掛けているんだねぇ。おそらく、40代くらいの方も含まれているのだと思うけど、そういう意識を持つことで、これだけの美しさを保てるものだと関心しました。

帰り、ギター合奏団の仲間二人と中華料理屋さんで食事後、隣にあったオープンカフェ式のバーで妻と久しぶりに飲む。
思い返してみると、妻と外で飲むときにバーを使った記憶は全く無い。珍しく息子も居ないことだし、色々なことを話す。私はキールとフォアローゼスのブラックをロックで頂く。今日は保護者(妻)が居るから酔えるかなぁとも思ったが、宇都宮線の終電は早いので、22:00頃には店を出た。

今日は、隅田川の花火大会だったらしい。浴衣を着た女の子を良く見かけた。
 私「あの女のこの浴衣、かわいいよね?」
 妻「そうかなぁ...」
 私「じゃあ、あの子は。あの色も良くない?」
 妻「そう?あんまり好みじゃないなぁ」
私と妻のファッションに対する見方は、いつもこんな具合である。
妻は結構古めかしい感じのものが好きで、私は新しい、今どきのデザインのものがすきなのだ。

まぁ、二人の感性が少し違うって方が、新しく学べることが多いという利点もあるんだけどね。

1年位前から左肩にあることを確認していたこぶのようなもの。前に大宮の皮膚科のあるクリニックで診てもらったことがあるのだが
 「悪性のものではないので、特に気になさらなくても良いですよ」
といわれたので、完全に放置していた。

ところが、このところ急に大きくなりだした。出っ張っているところの大きさが3cmを超えてきたのである。さすがにもう一度診てもらったほうがいいだろうと、会社近くの比較的大きな病院をあたることにした。
東京の総合病院は、他病院からの紹介状が無いと、違約金のようなもの(そんな名前では無いけれど)がとられる。大体\3,000くらいなのだが、まぁ、安いものとはいえない。招待状なしで見てもらえる、近くにあるそこそこの規模の病院を検索してみたところ「九段坂病院」という病院が近くにあることが判明(ウェブサイトはちょっといけて無いけど...作り直してやりたい気分だ)。しかも、皮膚科部長は女医さんだ(関係ねぇだろ!)。
電話確認してみたところ「今からでも診察受けられますよ」との回答を頂いたので、早速病院へ。外は...やはり暑い。病院の帰りは喫茶店で涼んで行こうと思う。
病院では、初診の手続きを色々とする。毎度の煩雑な作業である。待っている人はそれほど多くなかったため、すぐに受診することができた。担当の先生は...おお、サイトに乗っていたT口部長!サイトの写真はちょっと怖そうだったけど、メガネをかけていないT口先生は超優しい感じのおしとやかな方。ちょっとグッと来た(40代女性の魅力ってやつですか?)。
こぶの原因は、皮膚の下にまた皮膚と同じ組織ができてしまい、そこから代謝されたものが蓄積されてしまったため。膿んだりして悪化しやすいので即「切りましょう」との処置判断。最短でいつ出来るか、確認してもらい、29日の午後に手術という段取りにになった。

帰り、靖国神社前の喫茶店で日向夏のジュースを飲みながら、少し涼む。実においしいが、どっさりと氷が入っていることにげんなり。ホント、アイス系の飲み物には、あんなに氷をいれないでもらいたいと思う。

今日の気候は異常である。まず無風。湿気をはらんだムッとした空気。そして、じりじりと照りつける太陽。
私の家から最寄の駅までは十数分なのだが、その間歩いただけで調子が悪くなってしまった。あまりに具合が悪く、倒れそうなので、エアコンの効いた駅の事務所で1時間ほど休ませてもらう。そこそこ調子が回復したら、グリーン車へ乗り込む。しかし、車両が動き出すと共に体調の悪化がまた進む。早く池袋に到着することを祈るのみ。

池袋から山手線に乗り換える。体調は絶不調。高田馬場で東西線に取り替えたときは、横に長いいすの上で寝たくなったが、とりあえずそれは自重。会社に付いた途端、強烈なめまいに襲われて、あいていた応接室のソファーに倒れこんだ。

福島生まれの私は本当に熱に弱い。そして、東京が暑いというより(東京で屋外を歩いている時間はきわめて短い)埼玉が異様な暑さなのである。

会社に到着したものの、1時間ちょっと仕事をしただけでタクシーにて蓮田へお帰り。昨日休んだから...と、体調があまりよく無いのに無理して出てきたのがまずかったか。
しかし、渋滞しないと高速を使えば職場→自宅間は約45分。夜ほどではないけど、たいした距離では無いんだよね。その割には電車での通勤には時間がかかるけど。

昨日のお酒が残っているのか、頭痛が止まらない。どうも体調も悪く体がだるいので、今日は会社を休むことにする。

というわけで、会社に連絡を入れた後に二度寝していると、1Fから妻がやってきて、私の部屋に飛び込んできて
 「ズボンのポケットに入っていた携帯電話洗濯しちゃった!」
と叫んでいる。
頭がボーっとしてたので事態がいまいちのみこめず、また眠ってしまったのだが、30分くらい経過後
 「え!携帯?」
と、あわてて目を覚まして動き出した。
携帯電話は3/15に機種変更したばかりである。最近は携帯がべらぼうに高価だし、この機種も5万円以上したもの。
そして...昨日一緒に飲んだ真利子さんのアドレスが消えた!ってことも効いて、ダブルショック。

仕事などでも携帯電話は使用しているので、持たないわけには行かない。しかし、追加で5万円の出費は痛い。どうしたものか...と途方にくれたのだが、そのままにしていても仕方が無い。とりあえずドコモのサポートに電話をして、どういう対応をとるべきかを確認する。

いわゆる携帯電話ショップで携帯電話を安価に購入しようとすると、色々なオプションサービスを「3ヶ月だけでいいですから」などといわれながら無理やりつけられてしまう。その中になんと「修理代金安心サポート」が含まれていた。これは、そもそも高価になってしまった携帯電話を破損(まさに今の私の状況)したときに、一定の免責金額(税込\5,250)を支払うだけで同一機種と交換してくれるというもの。全く意識せずに加入し、解約もしないで本当に助かった。在庫もあるそうなので、明日には届けられるという。すばらしい。

それ以外にも、こうした携帯電話の緊急時用サービスとして携帯番号お預かりサービスにも加入している。意図的にドコモのサーバと電話番号情報のシンクロをさせた記憶が全く無いので、いったいいつのデータまで戻されるのかと思っていたのだが、月に一度のペースで自動的に同期は行われるとのこと。しかし、月に一度...昨日の真利子さんの電話番号は...むりだろうなぁ。

失意に見舞われる私。妻よ、なぜこのタイミングにこのようなことを!

昨日、仙台に居るO君から突然の電話。
「明日、埼玉に出張なんだけど、飲みに行かない?」
もちろん、私は速攻OK。場所も大宮でOKとのことだから、家から近くて大変助かる。

17:30頃、既に大宮にO君は着いていた。そして、埼玉の異様な熱気をひしひしと感じていたそうだ。その知らせを聞くや、18:00に九段下の会社をでて、19:00頃に大宮到着。暑いところを待たせてしまい悪かったです。

宿泊の出張と思いきや、新幹線の終電で仙台に変えるとのこと。もう1件くらい行けるかなぁと思っていただけに、残念。
行ったお店は、「南欧田舎料理の店 タパス」。ちょうど大宮区役所の前あたりで、この先のバー「fresco」に行く途中にいつも気になっていた店。早速入ってビールを。陶器のグラスまでギンギンに冷えていて、ものすごくおいしい。
海鮮料理から肉料理まで幅広いメニューを持つこの店で、私はタコのマリネが食べたかったのだが、今日はタコが切れているとのこと。残念。でも、オーダーを取りに着たりしてくれた女の子がとても可愛かったので許す。変わりに、他のマリネを頂く(疲れているのかなぁ?すっぱいものが食べたくて仕方がなかった)
O君と会うのもずいぶんと久しぶり...そう、1年ぶりか。その間にあった出来事をさらっと話すが、終電が21:30頃だったのでどうにも時間が足りない。お酒も、ビール以外にグラスワインを頂いたのみだった(この店のウィスキーは高すぎ。他はそうでもないんだけど)

ちょっと話したり無いような雰囲気を残したまま、彼を見送りに大宮駅まで行く。来月1日に、もしかするとまた東京にくるチャンスがあるかもしれないとのこと。そのときは、徹底的に遊びたいものである。

駅に戻ったが、どうも飲み足りなかった私は、駅に近いほうの「BAR FRESCO」へ。
青っぽい光がクールなこの店は、週末には大変混雑するが、今日はそうでも無い。カウンターに座ると隣も私と同様に一人で店に来た女性が居た。彼女はカクテルに詳しく、話をしながらウィスキーベースのカクテルをいくつか頂く。全身白のスーツ。近くの証券会社にお勤めの方だったようだ。私は混んでいるのが判っているので、大概、こちらではなく大宮区役所側に行くのだが、そろえているお酒や照明の雰囲気はこちらの方がいいかもしれない。音楽は、どちらも変わらずクールなジャズである。
バーの醍醐味というのは、一人客との会話である。うす暗い照明に浮かび上がる横顔が綺麗である。あまり大人数で飲むのが好きではないそうで、エスケープしてきたそうである。おいしいカクテルを教えてもらったお礼に、口当たりの良いスコッチを紹介する。割ったものを注文しようとしたが、ロックでよいという。シングルモルトの飲み方をよく理解しているのか、それともお酒が強いのか...。かっこいいなぁと思う。

帰り際「また会えますか?」と聞くと、携帯のメールを赤外線で送ってくれた。私も送り返す。そういえば名前を聞いていなかった。真利子さんか。
真利子さんは、今週はあまり仕事が忙しくないといっていた。今週中にもう一度くらい、この店に来ることになりそうだ。

AM5:00
「起床~!」

大東亜戦争にも将校として参戦したおじの起床号令は大日本帝国軍式である(笑)。

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どうしても寝なれない布団では熟睡できない私は、おじのこの声を聞く少し前に目を覚ましていた。窓からみなとみらい方面を眺める。朝もやの中に浮かび上がるビル群。きっと、昨日の花火から夜通し遊び続けた若い方々も街にはたくさんいるのだろう...私もそうだったなぁ。


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つりざおや椅子などはすべておじが前日のうちに準備していてくれた。父の従兄弟のBMW 530iで本牧海づり施設へ。普段は混雑する道路もこの時間には車が少ない。それをいいことにエンジンを回しまくる。ストレート6の3000cc。私からすればいつかは自分で所有してみたい、憧れの車である。約15分で本牧海づり施設へ。今日の満潮は6時。施設が開くのも6時だから、それに合わせて一気になだれ込もうと画策する客で既にたくさんである。そう、考えてみれば今日は海の日。この海釣り施設でも小・中学生入場無料のサービスをしているようだ。道理で子供連れが多いわけである。

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開場すると、一気に場所取りがはじまる。今回は我々4人が参加者。あまり近いと釣り糸が絡まるいわゆる「お祭り」状態になってしまう。ある程度の間隔が必要なのだが、こうも人が多いとそうもいかない。そんな中、何とか場所を確保し、早速釣りスタート。

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使用する餌はこのような冷凍オキアミ。これを竿の先にある小さな網に入れる。リールを解放して海へ投入している途中、または海底から数メートルの位置まで糸を伸ばすと、竿先がピクピクと動く。腕にもその感覚が伝わってくれば、こんな具合に数匹くっついてくることが多い。おじはその魚を海水がはいったびくに入れる。おじは身につけているROLEX SUBMARINERを海水の中に思いっきり突っ込む。思わず「ああああ!」と声が出そうになるが、いやいや、これが実用時計ROLEXダイバーズの正しい使われ方よ。餌のオキアミも時計に結構ついてるし(笑)。ちなみに、父の従兄弟も同じSUBMARINERを愛用しているが、やはりこちらも使われ方は容赦がない。ちまちまと使われないこの剛毅さ...なかなかまねできるものではない。

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なお、私の今日の時計もZENITH Rainbow Flyback。これはダイバーズじゃないですから、間違ってもこんな使い方はできません(会社の同僚のSUBMARINERはみんなピカピカです。もっと激しく使いましょう、皆さん!)

魚が釣れる時間は潮の満ち引きに思いっきり関係があり、満潮時、満潮と干潮の間、干潮時である。ちょうど橋桁にゲージがあったので、時間ごとにみていたのだが、明らかに潮位が違う。ちなみに、この日の満潮が6時で干潮が12時。だから、すさまじい勢いで釣れるのは6時と9時と12時。

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この近辺の時間だけで、私ひとりで20匹ほど釣り上げた。ビギナーの私がこれだから、他の3人は倍くらい。ただし、私にかかってくるのは微妙な引きをするサッパ(アジの小さいもののような感じ)がよくかかる。隣の親子連れはクロダイを釣り上げていた。連れの子供が「お刺身だ~」と喜んでいるのが何ともかわいらしかった。子どもとこんなところに来たら、それは楽しいことだろう。私は福島県の中通り育ち。海には縁が遠かった。川魚はよく捕まえたけどね。

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さすがに8時位になると日差しが強くなり、暑くなってきた。海を見ると、入港を待つ大型船以外に漁船も数隻。
おじの釣り歴は非常に長く、外洋のほうまでクルーザーで向って釣りをしていた。魚拓がキッコーマン醤油のポスターに採用されたこともあるし、あまりに大きな魚を釣り上げて新聞に載ったこともあった。芸能人の梅宮辰夫は弟子に近いくらいの存在である。本当はこうした船で遠くに出て、また釣りをしたいことだろう。私もその頃、おじにご一緒して、もっと釣りというものを味わってみたかったと今更ながらに思う。

釣れに釣れるので思わず夢中になり、気がついたら7時間が経過。時間は13時になっていた。400匹前後を釣り上げたと思う。しかし、圧倒的に鰯ばかりである。ちょっとグロイけど、カサゴくらいは上げたかったものである。
帰り際に自分の腕を見ると、信じられないくらい日焼けしていた。こんなに焼けたのはいつ以来か...。私は焼けても赤くなるだけで黒くはならないのだが、今回はそうもいかなそうだ。ちょうど腕時計をしていたところばかりが白くなっている。変な感じだ。

おじの家に戻り、遅い昼食をとりながら今日の釣りについて話し合う。
おじは「また銚子でやりたいなぁ。11月位に」と言っていた。狙うのは鯛である。初めていった女性ですら、19~22cm級の鯛を40近く釣り上げたという。是非ともやってみたいものだ。おじが元気に行けるのであれば、銚子くらいならば喜んでお連れするところである。

東京にきて既に10年。しかし、おじとの本格的付き合いを持ち出したのはここ5年位である。もっと早くから遊びに来ていればと、悔やまれる。でも、まだまだ懲りずに遊びに行く予定である。

横浜にはうちの祖父の弟の家がある。その下には息子(私の父からすると従兄弟)一家が住んでいる。

蓮田から横浜に行くというのは、果てしなく長いものだと考えていた。東京を抜けなくてはならないということに、異様なほど距離感を感じていたのだ。

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ところが、渋谷からおじの家(厳密にはおじではないのですが、そう呼ばせてください)の最寄り駅、白楽までは東横線の特急を使って菊名まで出てしまえば、渋谷→白楽間は30分以内。湘南新宿ラインを使えば渋谷まで45分であるから、自分の家からおじの家までは1.5hもあれば行けてしまうのである。職場に行くのと比較すれば、10分増しというところである。

既に85才になろうとするおじの顔を見て、飲むという目的もあるのだが、今日は「横浜開港150周年記念事業 横浜開港記念みなと祭 国際花火大会」の日である。おじの家は高台にあるため、みなとみらい周辺の美しい摩天楼を眺めることができる。そんな立地だから、当然、花火も見られるわけである。

16:00前におじの家に着き、まずは水代わりにビールを1杯。白楽からおじの家白幡西町までは心臓破りの坂がある。お土産等(今回は熊谷にある和菓子やの水羊羹と、2006年限定発売の「ニッカ モルト100 ウイスキー12年 2006 エレガントスタイル」や、撮影機材も持っているので、大変堪える。しかし、時々抜ける涼しい風があるだけ相当マシである。蓮田では風など吹かない上に、モワッとした熱気だけが充満している。逃げ場の無い暑さというやつである。

おじの家は非常に古く、しかも横浜という場所とは思えないほど防犯意識が薄い。玄関は鍵を掛けないどころか開けっ放しだ。しかし、そのおかげで家中を風が抜け、この季節でもエアコンを使う必要が無いほど。
おじの家に着いたのは16:00ちょっと前。その1時間前までおじの娘(私の父からすると従姉妹)が来ていたそうだが、残念ながらすれ違いだったようだ。私はその方とお会いしたことは無いのだが、今は草加の動物病院で獣医をしているという。横浜から草加へ嫁に行ったわけだから、周囲からはずいぶんと「都落ち」などといわれたそうである(そんなこというなよ~と、埼玉県民の私には思えますが)。動物を預かっているためにあまり長居出来なかったそうだ。お会いしたことが無いだけに、残念である。

おじさんもおばさんも相変わらず元気であった。おじは冬場に肺炎をこじらせて入院してしまったそうだが、そのようなことがなかったかのように元気である。おじは若干足が弱くなっただろうか?去年は私と同じ歩行ペースで歩いていたが、今はさすがにそのように行かないようである。特にかわりがなかったおじ、おばの変わりに大変な目にあったのは、その息子である。大量の飲酒、異常な喫煙量、仕事によるストレスなどが重なって脳溢血に近い状況になり、倒れてしまったらしい。そして今は、完全なる禁煙&禁酒生活である。「まずは一杯」とあちらから薦めてくるのが普通だっただけに、何とも気の毒だ。我々ばかりが酒を飲んでいるわけだから。しかし、その決意は結構固いようであり、乾杯のビールを1杯飲んで、ほんの少し日本酒を飲んだだけである。
飲みながら、先日おじたちが行った釣りがあまりに大漁であったという話を聞く。恥ずかしながら私、海釣り経験なし(小学校6年の時に佐渡でしたけど、もう完全に忘れてしまっているから、皆無といっても差し支えないだろう)。釣れるのは主に鰯や鯵だが、400匹近く連れたという。それはイイ。釣り場も本牧だそうだから、車を使えばあっという間にいける距離だ。おじ、父の従兄弟、その息子という3世代+私の4人で明日は釣りに行くこととなった。明日の満潮時間は6時少し前。しかも海の日だ。相当な早起きが必要だろうから、今日の酒はビールにとどめる。そもそも、最近は余り飲んでいないのだ。

飲食を始めたのが17:30頃だったろうか。それから1時間経過してもまだ日が高い。花火をはじめるにはもう少し暗くなる必要があるだろう。カメラを三脚に取り付け、おじの家の二階の窓の前に設置する。

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そうこうしている間に、おじの家の隣の坂に人が集まりだした。花火が始まるまで、美しい横浜の夜景をじっと眺める。美しいなぁと思う。この光を発する場所に人間が一人以上居るんだな...と思うと、不思議な気分になってくる。私の家の景観がこんなならば、外にのみに行かずに、毎晩、夜景を見ながら酒を飲むだろう。

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18:30頃から花火が上がりだした。横浜の花火は毎年上がる場所が微妙に変わるという。今年は例年に比べてかなり右よりであり、あまり高く上がらないような仕掛け花火はちょっと見づらい。残念である。その中で、何枚か取れたのがこれらの写真である。
私はおじの孫と一緒に花火を見ていた。28才の男だ。色が白く、線が細い感じがする彼は、実にいろいろなところに気が利き、全く持って私との違いに関心させられる。「ボン!ボン!」と上がる花火を見ながら昔のことを思い出す。花火にまつわる思い出を持つ人は結構多いのではないだろうか?
私も一度、この花火大会をみなとみらいで見たことがある。私が忘れられないといった彼女とである。花火とは、恋愛において不思議な効果があると思う。女性に対して花火が男性と近づくどういった効用があるのかはわからないが(私の記憶からすると、人ごみになるから、思わず手をにぎってしまって、そのままにぎりっぱなしになったというものがある)、男性から見た女性を好きになるという効果は絶大だ。もし浴衣姿だったら、その姿や首の周り、そして上がった花火に映し出される彼女の白い横顔。それがどれだけ魅力的であるか、首を縦に振ってくれる男性はたくさん居るのではないかと思うのだがどうか?
ただ、花火に誘って、一緒に来てくれるという段階で、かなりの恋愛の進行状況にあることが容易に想像できるため、まぁ実際にはそこまでが大変なのかもしれない。花火に誘って「いいよ」という返事がもらえたら、かなりの確率でその女の子と次の一線を越えられるであろう。逆に、他の男性と行ったという話しを聞かされると、「あぁ、こりゃダメだわ」という気持ちになってくる。私はこれを実際に経験していて、名古屋と遠距離恋愛していた頃に「会社の先輩と長良川の花火大会に行った」といわれた後一ヵ月後に実際に分かれることとなり、その時の彼と彼女は結局、結婚した。もちろん、いい思いでもあるのだが、本当に好きな人と行った花火のことばかり思い出すから、ちょっと切なくなる。
また誰かと二人で見に行く機会があれば...と少し夢見るが、現実を思い返せば、それは非常に困難なことだろう。
今年は私などと見ているおじの孫と話をしているとき、思わず「今の君の状況がうらやましいよ」と、ボソッと言ってしまった。

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さて、今回の花火ではもう一つの楽しみがある。それは、花火の打ち上げ場所からおじの家までどれだけの距離があるが、ZENITH Rainbow Flybackのテレメーターで距離を測定するというものである。花火が打ちあがって一番大きくなったところで、クロノグラフスタート。「ボン」という音が聞こえたところでストップ。約7秒というところである。光速と音速の差は0.33km/sだから、約2.4km位の直線距離であることがわかる。

しばらくして花火が終わったので下の階へ行くと、おじは入念に釣竿のメンテナンスをしていた。こうした準備に実に余念が無いのがおじなのである。鰯や鯵を釣るための針は5連くらいの針になっている。これら針に全て魚がかかってくるというのだから、全く持って不思議な話である。簡単にリールの使い方などを教えてもらい、明日に備える。
5:00起床か...自信ないなぁ。

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ずいぶんと前編のレビューから時間が経過してしまったRainbow Flybackの使用レビュー。

既に私が使い始めて二ヶ月が経過するが、他の時計を押しのけて、圧倒的な使用率になっているのが正直なところだ。
そもそもONのスタイルでは使いにくいカラーリングだが、私の属している会社は他社を訪問するとき以外はほとんど服装に対してうるさく言われることはない。さらに黒い服が好きな私にとって、黒をベースとした文字盤の腕時計というものは、使えるシーンが非常に多いのである(黒い服でも、大きめな時計が似合いそうなときはRainbow Flyback、細身のシャツのように小さいほうがいい場合はROLEX PERPETUAL DATEを使用している)。

12時間積算計を有するクロノグラフ、回転式ベゼル、10気圧の防水、日付表示と時計としての機能も十分であり、また、突然の雨や汗をよくかくこの季節を乗り越えるにはメタルブレスであることがとてもありがたい。これ以上、何が必要かとすら思えるスペックである。

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長く使ったので、精度についても軽く触れておく(そもそもハック機能が無いので、厳密には測定しづらい)。さすが10振動のハイビートEl Primero、5月の比較的安定した気温の中では、日差+2秒くらいと、ほとんど調整必要がなかった。さすがに最近になって、サーバーと共存するわが部屋は非常に温度が高くなり、ひげぜんまいの伸びが見られる(金属でできていますから、当然暑くなると伸びてしまい、機械式時計の場合、時間は遅れる方向になる)。現在で-5秒というところで、まぁ週に一度合わせれば十分というレベル。クロノメーターの検定を受けるのがめんどくさかったのかもしれないが、十分にクリアできるレベルである。

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さて、いつ使うんだ...と思っていたのがインナーにあるテレメーターである。これは、以前も紹介したように、高速と音速の差から、現在地→発光地の距離を求めることができる機能である。
明日、横浜のおじの家から酒を飲みつつ「横浜開港150周年記念事業 横浜開港記念みなと祭 国際花火大会」を眺める予定である(おじの家からは真正面に花火が見える...非常に贅沢な場所だ)。写真もバシバシ撮ってくる予定だが、ここで、テレメーターを使って花火までの距離を測ってみるのも面白いだろう。
初めてテレメーターが役に立ちそうである。

というわけで、1年ぶりに横浜いってきまーす。

私は本日の11:30ころ、あるビルの29Fにいた。
人と立ちながら話をしていたのだが、急に眩暈のようなものを感じだし「ついに俺もやばい状態になってきたか?」と思っていたら、それは地震だった。震源地は福島県沖であったが、比較的距離がある埼玉で震度3だし、盛岡あたりでも震度4を記録したようだ。かなり広範囲に広がった地震のようである。

つい先日、大きな地震がおきたばかりの岩手、宮城の方々は、このようなことが続いては気も休まらないだろう。
しかし、最近本当に地震が多い。首都圏での大地震のことを考えると、ゾッとする。

ワンクリックの向こう側

ブラックボックスに対する興味

amazon、確かに便利ですね。私は直接注文することは少ないのですが、書籍のリファレンスとして、または近くの書店に本を発注する際にあると便利なISBN番号を調べたりすることによく使っています。

私達、利用者から見えるのはその多彩な書籍から時計までのラインナップ。とかく華やかな面です。しかし、それがどのように実現されているのかは全くわからない。ブラックボックスなのです。このような告発本が出ることで、ようやく事実を知ることができるわけですが、そこまで「何でこのようなサービスが実現できるのだろう」ということを考える人間はあまり多くないようです。「便利、だからいいじゃないか。」それだけで思考が停止してしまう。そして、それが企業側の思惑もあるのでしょう(サービスのための犠牲といういわば「負」の面は見せたくありませんしね)

このような、産業のブラックボックス化は最近始まった話ではありませんが、私なりに驚いたものがあります。それは、屠殺という作業です。おいしく肉を頂いていますが、その肉がスーパーに提供されるまでにどのような流れがあるのかを知りませんでした。知ったときにはしばらく肉を食べられなくなりましたが、その後は、決して肉を残さず食べるような態度にかわりました。命をいただくということ、そしてそれら仕事に従事している人のことを思うと、私的には必然的にそうなりました。

あらゆる便利なことには何かがある。そのブラックボックスを明かしていくことで、そのシステムとの付き合い方、そしてそれに携わる人への感謝が現れてくるのだと思います。情報化が進む中で、こうしたブラックボックスがどんどん解明されてくるということは、非常に良いことではないかと思います。

企業は新しいサービスの創出をとめられない

私は仕事柄、むしろこうしたシステムを考え、世の中に提供していく立場にあります。情報化、技術革新を推し進めるにあたり、それはすんなりうまくいくことはなく、多くの失職者を出したり、恨まれたりすることを覚悟しなければなりません。

過去に経験した一例を挙げますと、私は昔、某印刷会社の研究所のようなところに所属していました。そこで、カスタムドキュメントという仕組みの開発を行っていたのですが(この特許の延長線上のものです。あ、実名がw)これはサーバ上で、本の必要な部分だけを集めて電子ドキュメントを作成する処理を行い、インターネットを介して配信するというものです。例えば、今は読みたい漫画があれば漫画雑誌1冊を買う必要がありますが、これが実現すれば、ほしい漫画の部分だけを買える。しかも、必要な作品分マージして、その人専用の雑誌を提供できるわけです。。

もちろん、電子的に配信されるわけですから、印刷・製本・物流関連の部署・本屋からは総スカンです。彼らの仕事が減りますから。会社としてもおそらく紙ほどは儲からないと思うので、本当は程ほどにしておきたい事業とと思ったことでしょう。しかし、他社が始めてしまえば(実際にもう、始まってますよね)自社の優位性がなくなる(特に、ネットの世界ではNo.1であることに大きな意味があるのです。No.1に対するNo.2,3の認知度が違いますから。例えばamazon以外に本のオンラインショッピングサービスを提供している会社を3つこたえられる人間は、結構少ないのではないでしょうか)。

このような強迫観念の中で働く企業の人間というものもまたつらいのですが(でも、経営者は「会社が生き残れなければ意味がない」と、もっともらしいことを言いもするに通じますね)、従来の仕事を失う人の辛さの比ではないかと思います。

人がする仕事とは何か?

こういった作業現場では、考えることはすっかり放棄して、上からの指示通りに体を動かすことが求められる。(P.115)

「よく考えろ」といわれる仕事もあれば「考えることを放棄しろ」という職場もある。放棄しろというのは機械の代用でしかないわけですね。
ちょっと流通業には疎いので、従前からある仕事として製造業を例に私の思いを語らせていただきます。

最近、大手電機メーカーの携帯電話製造からの離脱が見られるようになりました。製品のライフサイクルが短すぎて、製造ラインを組む時間すらないそうです(そして、大して利益も上がらない)。そうなると、製造ラインの変わりに人が投入されるようになる。本来なら機械が正確に行わなくてはならないような気の滅入る作業を人間が行うわけです。

しかし、製品のライフサイクルも短いわけですから、作業に多少習熟してもあっという間に仕事が変わってしまう、その技術が次の製品で役に立つとも限らない。

過去、製造業というものはまさに技術の習得という点に仕事の面白さが集約している仕事だったと思います。その中で職人と呼ばれるほどの高度な技術を持つ人たちが生まれる(私は時計が好きなので、そうした職人を特に尊敬しているのですが)。それが仕事に向かう夢であり、目標であり、楽しみだったのではないかと思います。現場のリーダーから、製造管理をするような役職へのステップアップも見えた。そんな製造業で「考えることを放棄しろ」とは絶対にいいません。

最近は個人のモチベーションを上げる(製造するプロダクトに対する責任、仕事への興味を上げる)といういみで、トヨタなどでは「セル生産」という方法が用いられたりしています。これはまさに、製造業における人間と機械の共存だと思います(高価な機械式時計などは、昔からこうだったのですが)。

一般的な話をすれば、その仕事を通じて成長が望めない仕事は、長期間にわたって人間にさせるべきでは無いと思います(短期的なバイトだとどうなんでしょう...そうおもうと、amazonの流通を支える人たちへの考えも変わって来ざる得ませんが)。それをやり続けることに対する、ポジティブな向上心が起こらないからです(3ヶ月でクビをきられる可能性があるから必死にやる...と、恐怖で締め付けているだけですよね)。それは非常に苦しいことでしょうし、労働者を不安にさせます。偽装請負で投入されているような人材ならば、労災をはじめとした社会保障も無いわけで、体を壊すようなトラブルに見舞われたら、それこそ、その人の死を意味することになるかもしれません。

仕事ってなんでしょう?

ちょっと観点を変えて、持論を展開させていただきます。

「仕事」という言葉を辞典で調べると
 1.生計を立てるために従事する勤め。職業。
以外に
 2.するべきこと。しなければならないこと。
という意味があります。

圧倒的に1.としての意味で使われることが多いようですが、私の中ではもう少し仕事という言葉を2.に近づけて使いたいと考えています。つまり、その人が生き続ける中で行うべきこと、まぁ、ライフワークとでも言う方が適切でしょうか?

例えば、私の知り合いには野良猫ばかり救済している人が居ます。彼女は会計事務所に勤めているのですが、彼女自身の「しなければならないこと」という意味での仕事は「野良猫を救済すること」なのです。会計事務所でして居ることは、その「野良猫を救済すること」を実現するための手段に過ぎないのです。

チェコの偉大なる作家「フランツ・カフカ」は、とにかく仕事と文学の両立に苦しんだと聞いています。彼の親友であったマックス・ブロードの『フランツ・カフカ』によると

いよいよパンのための職業をみつけなければならなくなったとき、カフカはこう仮定した。仕事は文学とはまったく無縁なものでなければならない。なまじ文学と縁のある職業は、詩的な想像をはずかしめるものである。パンのための職業と文学とは厳密に区別され泣ければならない。

そこでカフカは半日出勤で住む職場、ボヘミア王国労働者災害保険局で午後二時ぐらいまで働き、その後に執筆の時間を持っていました(それでも本人は足りないといっていたそうですが)。カフカのスタイルからすれば、強烈に2.になるのではないかと思うのです。

まぁ、全ての人がカフカのような才能や強い思いをもっているとはとても思えませんが、賃金を得る仕事に対して、それほど熱心になる必要も無いのではないかと思っています。

むしろ1.に過剰な(ワーカーホリック気味な)人がこうした便利なサービスをどんどん、脅迫的にリリースしているような気がするんですね、私は。もっと1.に対していい加減になって、もっと自分の時間を持って色々なことをトライして、2.にシフトしていけばいいのかなぁと思うのですが、とかく、自分の居る業界は1と2を一緒にしたがる。そうじゃないとダメ的雰囲気にあふれています。

正直、私にとってオフィスでしている作業は2.の仕事ではありません。仕方なく、飯を食ったり家族を養ったりするために1.をし続けているに過ぎないということです。但し、パフォーマンスとしては「限りなく1と2を近づける」ようにしているのですが(笑)
世界のグローバルスタンダードが自分のような方向に行ってくれればと常々思っているのですが、そうやらそのような兆候はまったく無いようですね。

技術革新は人を幸せにするのか?

現代人は、アマゾンに代表される熾烈な国際競争を勝ち抜くニューエコノミーの恩恵を受けている。しかし、さらに細分化されていくであろうこの労働格差と繰り返される競争は、果たして人を幸福にするのだろうか?(P.281)

以前、自身のブログでこのようなことを書きました。

アメリカの製薬会社を中心に、新たな抗鬱剤や精神安定剤が次々に生まれています。社会自体を変えるのではなく、こうした薬を使って、今の社会に人間を無理やり適用させようとしている。それでいいのだろうか?


原始資本主義社会を風刺したチャップリンの「モダン・タイムス」のように、テクノロジーの発展と人間の幸福には負の相関関係がしばしば見られますが、これらは人間らしさを取り戻すための先人たちの努力によって、ある程度は回避されてきたと思います。しかし、ここまで急速な技術革新は例が無い。そこに我々はどう立ち向かうべきでしょうか?


今回の返信では、結論を急がずに問題提起の追加で終わらせたいと思います。

amazonを支える労働者をどうすべきかというミクロな意見も少しありますが、いったんここでとめておきます。

それでは、staygoldさん、次をよろしくお願いいたします。
(このタイミングでの次をお願いするのは、ちょっとずるかったかな?)

靖国神社 みたま祭り

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私の働く会社から靖国神社までは歩いて10分ほどの距離である。今日で最終日を迎える「みたま祭り」を眺め、お参りをしにいくことにした。浴衣をきたかわいい女の子、戦没者の遺族と思われる年配の方々、祭りが好きな外国人など、国籍無私な老若男女でごったかえしている。

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田安門側から靖国神社の境内に入る。どこの祭りでも同じだが、第二鳥居までは屋台がずっと連なる。これが祭りの醍醐味なのかもしれないが、この靖国神社という場所には少し似つかわしくないような感じがする。大村益次郎銅像の周りは盆踊りのステージになっており、威勢のいい太鼓の音にあわせて踊る方々が見える。

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その後ろには左右にものすごい数のちょうちんが掲げられている。ちょうちんには名前が書かれており「衆議院議員 小泉純一郎」などという名前も見当たる。大手水舎で手を清め、神門をくぐる。中には書画がかかれた灯篭がいくつも並んでいる。一つ一つ、残らず見てみた。私には伊東四朗さんが書いた灯篭が最も心に残った。

 あの頃 戦中だったのに
 みんな おだやかだった。
 今、親子が 学校が
 世の中が まるで
 戦争しているみたいです。
 お国の為に、父母の為に
 散った兵隊さんたちに
 羞かしいです

本当に、本当にごめんなさいと私は思わずには居られませんでした。
人を思う心を失い、ただ、人を蹴落として、私達は経済の発展を第一に考えて、こんないびつな世の中を作ってしまいました。
あの戦いで命を失った人たちに、この世の中を見せてよいのでしょうか?

私の父方の祖父の兄弟は、皆、戦争から生きて帰ってきた。本当に運が良かったと皆言っていた。
三男はシベリアに抑留されて大変な目にあった。五男は高校卒ということで、20才前後で少尉として出兵した。今の私はそれより10才以上年上だが、とても将校など務まるとは思えない。

拝殿をお参りしていると、やたらに威勢のいい歌声が後ろから聞こえる。
能楽堂では「つのだ☆ひろ」が子供達を引き連れて歌を歌っていた。

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神門に戻り、第二鳥居を眺める。
たくさん人がこちらに向かって歩いてくる。
祭りが好きなだけでもいい。この日にここに集ってくれるなら。でも、ほんの一瞬だけでもいいから、お国の為に戦って、散っていった人...そんな人たちが居たことを思ってほしい。

今日の福島の天気は晴天である。しかし、不思議と暑苦しい感じはしない。東京や埼玉がいかに異常な気候なのかを身にしみて感じる。

私が福島で経験している葬儀は、他県の手順とちょっと違うらしい。

お通夜を終え、翌日、告別式の前に火葬となる。つまり、告別式の時にはお骨の状態になっているのだ。

福島市の火葬場は市街地から見ると阿武隈川の向かいにある。この10年で私はここに何度来ているのだろうか?こういうタイミングで無いと親族と会うことも少なくなり、何だか悲しい気持ちになる。

元々小さいおばあさんなので、火葬された後のお骨も少ない。今まで見たものの中で、もっとも小さい。


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火葬を終え、斎場へと戻る。従姉妹が生まれたばかりの息子を連れていた。まだ二ヶ月。自分の子供の時もそう思ったが、物体Xという感じである。まぁ、それでもかわいいものだ。上の女の子はずいぶんとおマセさんになっていた。

先日、ラオスから帰ってきた叔父にも会う。会うたび言い合うことは

 叔父「また太ったか、お前(今回は痩せているんだがなぁ...)」
 私 「また頭が後退しまくったね」


本来であればもっと悲しそうな顔をすべきなのだろうが、比較的長い闘病生活の末になくなったこともあり身近な人間も「やれることはやったんだ」という清々しさもある。

葬儀では、医王寺の住職が来てくれた。あの源平合戦で義経に付き従った佐藤兄弟の墓所があり、俳人、松尾芭蕉が「笈も太刀も五月に飾れ紙のぼり」という句をのこした、福島においては非常に由緒正しいお寺である。

私は葬儀を見守りながらも「告別式とは何のために行うのだろうか?」という思いに頭を巡らせていた。

もちろん、世間体というものもあろう。しかし、それだけではないことも確かだ。

人の一生は長くても80年位のものだ。そして、その人間がなくなった後、その人が存在することを記憶し続ける人間はさらに80年も経てば、だれも居なくなってしまうだろう。そんな現実の中で、なくなった人間のことを集団で徹底的に思い返す場、それが告別式という場である。おそらく、これ以降はそのような機会も無くなることだろう。人々の記憶から消えていく開始地点、それが告別式なのではないか。


若くして亡くなった方の葬儀はこの様にはいかないだろう。
きっと、葬儀に数日間忙殺されるということが、遺族が悲しみを直視する事の回避となる。すべての葬儀が終わり、ふと向かい合ったとき、既にその姿はなく遺骨となっている。そのことが、辛い思いをいくらか和らげるのではないだろうか。

ところで、世界中に視野を広げれば、徹底的に孤独になり死へと向かうという姿も未だたくさん見られる。

インドであれば、死ぬ間際に人々はガンジス川の近くに集まり、少しの銅銭をもつ。その銅線が火葬の費用になる。骨はガンジス川へ流され、自然に帰る。
ゾロアスター教なら、木に吊り下げて鳥に処分してもらう鳥葬だし、風葬というものもある。いずれにしても、自然に返すという方向にはかわりはない。


昔は「死に金を残す」という言葉があった。自分の葬式代くらいは、死ぬ前に残しておくというものだ。だが、今はそうしたまとまった金を持っていると、社会保護などの社会保障を受ける妨げになってしまうらしい。人並みの葬儀ができない人も増えるだろうし、少子化という流れは無縁仏も増やすこととなろう。合同墓地というものがあるそうだが、死んでまでアパート暮らしをさせられるようで、何だか複雑な気分だ。
そんな時代になるならば、私はインドで死ぬのも悪くないのではないかと思うが、悲しきかな、圧倒的な日本人は病院で死んでしまうのである。
選択肢があるうちは、なかなか病院からも出してくれないしなぁ。

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18:30頃、白河市での空の様子。少し紫がかった空が美しい。明日も晴天であろう。

私の叔父(といっても、血縁関係はない。本来ならこの漢字は本当は使わないのでしょうね)のお母様が7/12になくなられた。原因は骨癌。95才であった。

そのおばあさんにあったのは、もう20年も前の話であり、実はよく覚えていない。しかし、叔父とは福島に帰ったときには必ず一緒に飲んでいるし、その付き合いは私が生まれたときからのものである。亡くなられた当人というより、叔父に散々お世話になっている。お通夜が今日、告別式が明日ということで、車で福島へ向かう。

私は、祖父、祖母、伯父の葬儀には出席したが、これら葬儀に私が出席するのは当たり前のことであった。血縁者だからだ。

血縁者以外の葬儀に出る機会が出てきたのはここ最近である。そんな未熟者の私に、会社の取締役が私にこんな言葉を掛けてくれた。

「結婚式を欠席するのは、後でお祝いの言葉をかけられるからいいんだ。だけど、葬儀はそのときしかその悲しみを共有することが出来ない。あとからは取り返しが付かないんだ。だから、よほどのことが無い限り、出席するべきなんだ」

お読みになっている皆さんからすれば常識的なことなのかもしれない。

しかし、未熟な私にとっては考え方を変えるほどの言葉だった。

だから、今回も出席することにした。休みは明日まで。結構タイトだ。

夕食は実家でとり、例によってまた酒を飲む。宮城峡500mlがあっという間になくなって、実家にあったビールを飲みつくした。

結局、2:00位まで父と話をしていた。

明日は朝が早いというのに。

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先週、注文したメガネが出来上がったのでとりに行った。お店のI田さんは相変わらず可愛い。

私は年がら年中、同じメガネをかけているので、毎度慎重に選んでいる。今回、選択するにあたってこだわった点は二つ。

  1. サイドフレームが太くないものにしたい
    I川翔(全然隠れて無い...何で彼があんなに人気があるのか、私には理解できないのだが)や、○ン小西が良く使っているメガネを見るたびに、あの下品な感じに寒気がする。まぁ、彼らは何本も使っているのだろうけどね。
    今使用しているのは、チタンのメタルフレーム。サイドはメタルではないが、今、多く売られているものほどの厚みは無い。
  2. 横長の形にしたい
     まぁ、これは今まで使用していたものが気に入っているので、あまり変えたくないのである。むしろ、メガネが変わったことに気が付かないくらいが理想。

で、出来上がったものを着用。レンズ周りのフレームとサイドフレームを結合している部分の処理が変わっており、そこにはチタン合金が使用されている(前のはフルチタンだったのだが)。弾力性があるために、メガネによって締め付けられるような感覚は無い。かなり良くフィットする。

また、無反射防止コーティング以外に汚れがほとんど水洗いでとれる処理もレンズにしてもらう。常に綺麗なレンズを使用することが実にありがたい。メガネの形状も横長面積がさほど大きくなく、かつフレームもあるために厚みがさほど気にならない。ド近眼の私は、レンズにこの1.5倍くらいの出費を覚悟していたのだが。

値段の割には良い買い物が出来たと思う。

Staygold's cafe "ワンクリックの向こう側"

言いだしっぺの私が中々テーマを挙げなかったので、挙げてくれて感謝です。いいですねぇ。このネタなら大いに語りたいですね。

個人的に考えていたにもかかわらず、中々ブログに挙げられなかったテーマが3つほどあり(タイトルは仮名です)。

  1. 自由は存在するのか?
    まだ秋葉原の無差別殺傷事件やらを引きずっています。
    我々が「自爆テロ」と呼んでいるあの捨て身の攻撃ですが、イスラム原理主義思想の方々から見ると、それは「テロ」ではなく、「聖戦」なわけです。20才にも満たない若者が、自爆テロという形を取りながら、命を散らしています。彼ら若者達がなぜそのような公道をとるのか?それを思うと、私達が自由だと思っている、自分で決めていると思っている様々な出来事は、本当に私達の意志から生まれたものなのでしょうか?
    社会情勢、常識、教育、そして遺伝子レベルまで深く掘り下げると、すべての事柄が「自由に選んできた」ということに大いなる疑問を抱かずには居られません。
  2. 文系人間と理系人間の30代的仕事
    社会人となって10年余り、そろそろ私たちに期待されてくる仕事に変化が出てきていませんか?「自分でせずに人を使ってしなさい」と言われるわけですが、これがどうも自分一人でやるより圧倒的に苦しい。文系・理系と出身がお互いにかなり違うようなので、まず今、どのような状況にあり、そしてこれからどう変化していくべきかを考えてみたいというものです。
  3. なぜ、死を語ることは禁忌なのか?
    何だか暗そうなテーマですが、まぁ、暗いです(笑)。20代、30代の死因で最も多いのが自殺です。そして、若年者の殺人事件、高齢者の自殺といった問題が実際に存在するのに、メディアは何でそれを直視しないのだろう?死は忌み嫌われるが、誰にでもいつかはやってくる出来事です。なぜ語れないのか、語ることが嫌われるのか?語ることにより解決できる問題は無いのか、その辺を考えてみたいと思っています。

いや〜、あらためて自分が日々考えていることがいかに陰気か、思い知らされますね(笑)

整理できて無いだけで、日々考えていることはまだまだありますが「経済は永遠に成長し続ける必要があるのか?」という大問題に真っ向から立ち向かう良いテーマですね。少しずつまとめていますので、もう少々お待ちください。

昨日から、メインで使用しているノートPCで「使用されているWindows Vistaのライセンス認証がされていません。」がいきなり表示され、ライセンス認証のためのウィンドウだけが立ち上がるというひどい状況に見舞われている。

アプリケーションIE、エクスプローラー以外は全く起動せず、スタートメニューやツールバーすら起動しない始末。

基本的に、パソコンに初めからプリインストールされているWindows Vistaではライセンス認証は済まされているため、こうしたものを見る機会は無いと思う。見る機会があるとすれば、マザーボードを変えたとか、NICを変えたとか、大幅なハードウェアの改変を行うような場合のみのはずである。一昨日から昨日にかけて、私はそのようなことを全くしていない。

仕方が無いので普通にライセンス認証をしようと、マイクロソフトに電話をする。認証の手法はいくつかあるのだが、今回は自動電話システムというものを使った。何回かトラブっていればオペレーターと直接会話することも出来るためである。

私もこのアクティベート作業を始めて行ったのだが、Windows Vistaのライセンス認証は非常に煩雑だ。6桁×6の数字を電話で通知し、それに対応するライセンスキー(こちらも6桁×6つの数字)を入力するというもの。指示された数字を入力したものの「ライセンス認証が出来ません」というダイアログボックスが表示される。電話サポートの方は「もう一度やってみましょう」と同じことを都合3回やらされる。そこでさすがに頭にきて、こちらから違う方法を提案する(なんで俺が...)

Windowsプロダクトキーのラベルには、従来からあるアルファベットと数字が混在したものが記述されている。このプロダクトキーの情報を元に値が変わるのである。なので、プロダクトキーを再度登録し、ライセンスキーを再発行させようとしたところ...失敗!

ここでふと思い出したのがWinsows Vista SP1のこと。確か一ヶ月程前にインストールインストールをした。Microsoftのサポートページを見ていると、SP1による認証トラブルの報告が散見されたので、SP1専用フリーダイヤルに電話を指摘いてみるが、こうしたトラブルはSP1(RC)では確認されているものの、正規リリース版ではほとんど発生していないとのこと。的を得た回答は得られなかった。

リカバリをOSは再度元に戻るだろう。だが、ワンセグで撮り溜めた動画が全く再生されなくなる可能性が十二分に考えられる。
(DH-ONE/U2の制限なのである。ダビング10も策定されたことだし、せめて移動くらいは許してほしいものだが)

ライセンス認証センターとSP1のサポートがお手上げとなると、もう有償(\4,200)のサポートしか残っていないのか...と愕然としたのだが、質問フォームを使ったメールでのサポートは受けられるとのこと。
そこにメールを送って様子見ですが、回答は3営業日以内とのこと。何だかずいぶんと時間がかかってしまいそうである。


ちなみに、メインマシンが使用できない今は、Fedora9上からブログの更新やメールのやりとりをしている。
X-Windowがあるとはいえ、GNOMEウィンドウマネージャの使い方に熟知しているわけでもなく、やはり不便である。
メーラーのEvolutionも、なれてないしなぁ・
驚いたのは、Fedora9にはディフォルトで日本語変換プログラムがインストールされていないということ。
(半角全角/漢字キーを何度押しても変わらなかったので、結構焦った)
方法はこちらにかなり詳細に記載されているので、同じようなお悩みを持った方は参照されたい。
Fedora9で日本語を入力する方法

ちなみに、変換は相当おバカである。メールなどに誤字が多くなっていると思うが、ご理解いただきたい。
IMEの優秀さをかなり強く実感した私である。

人は生きている以上、出会いや別れを繰り返す。意図的にそうすることもあれば、何らかの事情により自分の意思とは全く関係なく別れることになる人もいる。

最近は眠りが浅いせいか、よく夢を見る。夢に出てくる人は現在付き合いのある人ではなく、圧倒的に過去に付き合いがあった人が多い。今の自分が昔の空間で、昔付き合いがあった人たちにあう。
「あぁ、これが夢でよかった」と思えるものもあれば、「もっとこの夢を見続けたかった」と思うものもある。


私はこうしたブログを公開し、日々のくだらないことを垂れ流しにしている。
垂れ流しながらちょっと思うこと、それは(死別したとかではなく)別れることになってしまった人が今、何をしているか?ということ。私のように垂れ流していないだろうかということ。それを見てみたいと思うのだが、そもそもそうしたブログのようなものが全く存在していないのか、私が気が付かないだけなのかわからないが、未だ出会うことは無い。


例えば「あなたと過去に何らかの関係があった人、3人まで、お互い今の姿のままで会わせてあげよう」と言われたら...
こんなチャンスがあれば、私は喜んでそのチャンスを受けると思う。そして、会いたいと思う3人も大体決まっていた。

一人はT.Yさん。20代前半の頃にお付き合いしていた人だ。
私は彼女の望みをかなえられるような人間では全くなく、余計な心配を色々とさせてしまった。そのときは自分の無力さを嘆き、そしてその後、無知であることを嘆いた。
彼女には強い結婚願望があった。彼女が結婚したという話までは知っている。
私が何も出来なかった分、その結婚相手の方とうまくやっているだろうか?きっと幸せにやっているのではないかと勝手に想像できるのだが、そんなノロケ話を聞くことが出来たら幸いだと思う。

もう一人はS.Iさん。20代半ば頃にお付き合いしていた方だ。
私より4歳年上だった彼女。この世で一番可愛い笑顔を持つ女性だといまだに思う。私ははじめて出会ったときに、気絶しそうになった。そのくらいの美人だった。
恋愛と結婚は違う。彼女とはどう足掻いても結婚できなかったと思うが、恋愛対象としてこれ以上の人は居なかった。そして、これからも居ないと思う(まぁ、既婚者ですしね、私)。
私は彼女との別れの時、自分の鈍感さを恨んだ。彼女が望む何をも気づいてあげられなかった。とにかく自分が子供だった。
だが、今となってはそんな挫折感も一つの思い出に過ぎない。私と彼女は同じ人間ではない。彼女が思うことを私が完全に満たすことなど、そもそも不可能なのだ。気が変になるくらい悩んだ結果、私は今のような性格や考え方を持つようになった。彼女との出会いがあったほうが良かったのか、なかったほうが良かったのか、それは全く判らない。
今会えるなら、彼女に確認したいこと...それは、仕事を通じて自分の夢が実現できるようになったかどうかとういことだ。彼女に言い寄ってくる男性は星の数ほど居るだろう。だから、そのあたりは心配していない(でも、どんな男かは気になるぞ)。

そしてもう一人...それはF.Iさんだった。小学校5~6年の頃に同じクラスで、中学校では...気になってよくちょっかいを出していた女の子だ。
今思えば、私は中学生の当時それはひどいマセガキだった。当時お付き合いしている女の子と授業中にいちゃつきまくり、職員室に召還させられたことも多数。おそらく、私の内申書の内容は相当にひどいものだったのではないかと思う...いや、担任に恵まれていたからその辺はちょっとはマシだったと思いたい(笑)
でも、今会いたいと思っていたのはそのお付き合いしていた子ではない(そしてどういうわけか、付き合った彼女は私の夢の中に全く出てこない)。
会いたい彼女とは付き合ったわけではない。だが、何度も夢に出てくる女の子がF.Iさんのだ。主なシチュエーションは、彼女に何かいたずらをし、追いかけられるというもの。小学校の頃、私は人に追われることが多かったために(何をやっていたんだ、俺?)逃げ足だけは異様に速かった。だが、F.Iさんは私の逃げ足を上回るほど足が速かった。彼女は陸上部に所属する剛の者だったので、私など敵うわけがなかったのである。で、彼女にはよく捕まり、毎度のごとくぶっ叩かれるわけである。
これは私なりの愛情の裏返しだった。マセガキとはいえ、小学生である私に「告白する」などという行為はとても出来なかった。それ以上に、私の彼女とでは境遇が全然ちがった。私はバカで運動音痴で教師のブラックリストに確実に載っているような問題児。彼女は文武共に非の打ちどころがなく、まさに模範的児童。小学生ながら、こういうことは自覚していたらしい。


と、F.Iさんとのことは過去形で書きましたが...実は、16年ぶりにメールのやり取りが出来る機会にめぐまれた。mixiである。同じ学校、同じ学年と思われる人が居たので、メールを送ってみたらF.Iさんだったのである。私はパソコン上の文字を見て、目を疑ったほどである。
彼女はもうしっかりとしたママになっていた(月日の流れを実感せずにはいられない)。聞きたいこと、話したいことは山ほどある。速攻でマイミク登録を依頼した。

というわけで、私の中の「もし3人に会えるなら?」の一人は、意外な展開で半ば叶えられたわけである。すげえなぁ、mixi。

ちなみに、これが実現したことにより、当面3人目は見つかりそうにありません。

なぜ日本人は「汚い街」と「地獄のような騒音」に鈍感なのか?
我々は美に敏感な国民である。欧米人に比べても、心づかいが細やかで洗練されている――。しかし、いや、だからこそ、この国には騒音が怖ろしいほど溢れかえり、都市や田舎の景観は限りなく醜悪なのだ!「心地よさ」や「気配り」「他人を思いやる心」など、日本人の美徳に潜むグロテスクな感情を暴き、おしつけがましい「優しさ」と戦う反・日本文化論。

本書 帯より


私の出身地は福島県福島市である。
高村光太郎の妻、千恵子は「東京には空がない。」と言っていた。彼女にとっての本当の空とは、生誕した福島県二本松町(現在の二本松市)の、安達太良山が見える空だという。二本松市は福島市の隣だ。二本松市まで行って、私は空を眺める。そして私は思う。
 「おい、電線だらけじゃないか!」

本書は以前書評を書いた『うるさい日本の私』と『「うるさい日本」を哲学する』の間の時期に発刊された本である。先に紹介した二作は日本中を取り巻く騒音に対する内容が中心であったが、本書では日本固有の都市景観や美的感覚、日本的サービスについて言及している。

中島義道先生は、間違いなく現代日本におけるマイノリティである。ありとあらゆる「普通の人」がなんとも思わないことに日々、苦しんでいる。しかし、ほかのマイノリティと明らかに違う点が一つある。それは、表現する手段を持っているということである。
中島先生が上記の本を含めて強く主張し続けていること、それは「この日本で生きているのはマジョリティだけではない。マジョリティがなんとも思わないことに悩み続けているマイノリティが少なからず存在することを忘れずに、安易に物事を決めてくれるな」ということである。色々な人がいる。だからそれぞれの人々の感覚を許容する...そう「感受性の共生ができる社会」を目指したいという思いが随所から読み取れる。
だから本書でも「日本のマジョリティはなんとも思わないこういう事態は、いったいなぜ起きるんだ?」という点を、日本と他国、現代と近代・古代といった様々な軸を持って説明している。だが、この本の本来の目的を見誤ると「変人大学先生の変人紀行」にしかならない。おそらくamazonあたりで星ひとつをつけている人たちは、そうした表層的な面しか読み取れなかったのではないかと思う。これらは真意を伝えるための例に過ぎない。


まずはその例たる、目次を紹介しよう。

  1. ゴミ溜めのような街
  2. 欲望自然主義
  3. 奴隷的サービス
  4. 言葉を信じない文化
  5. 醜と不快の哲学

1~2章は日本の都市景観を中心に語られている。
特に声高に主張されているのは、日本の空を覆い尽くす電線と電柱の存在である。こうした景観に対して何の疑問を持たない人(マジョリティ)と、「こんな景観おかしいでしょう?」と訴え続けてきた中島先生の行動が記載されている。

私はバウハウスにインスパイアされたような造形物が非常に好きで、とくにモダニズム建築の家にはいつか住んでみたいと思っている。あの開放的な空間(特に窓。日照時間が短いドイツならではの工夫なのだろうか?)、機能とデザインが調和した(いや、最も機能的なものはデザイン的にも優れている)という合理的な考え方がとても好きなのである。
都心の高級住宅街を歩いていると、そんな建物に出会うことがある。日本人の美的感覚も捨てたものではないと思う。庭もよく手入れされている家が多い(我が家は微妙だが...)。
そして、東京や横浜のウォーターフロントの景観の美しさといったらない。ベイブリッジの光を見ながらドライブしているときなどは、こうした美しい景観を作れる日本人のセンスの良さは驚くばかりである。

私は就職活動等のために上京してきた19才の頃、東京の繁華街という洗礼を受けた。新宿歌舞伎町の電飾と音と人とゴミだらけの道路に驚かされた。同様に、上野や神田や秋葉原でも同じような衝撃を受け、こういうゴミ溜めのような街には居たく無いし、住みたくないと思った。
なぜ、自分の家はあれほどこぎれいにでき、美しいウォーターフロントの景観を作れる人たちがたくさん居るというのに、ちょっと繁華街に出ただけでなんでこんな風になってしまうのだろうか?
店レベルでいえば、あまりに典型的なので挙げさせてもらうとドンキホーテである。統一性がなく、商品を探しにくい陳列。人と人がすれ違うことすら難しいほどに商品が店内を埋め尽くしている。あの店なら、火事で死人が出るのも良くわかるというものである。おいてある商品も低俗なものと、比較的高価のブランド物が混在している(といっても、本当に一流のものはこのような店に卸されないから、街でよく見かけるような商品が多い)。少なくとも、この店でブランド品を買いたいとは微塵も思わない。究極のカオス店だと思う。私はこの店に居ると具合が悪くなってくる。しかし、私の住む近くに店舗が増えたりしているのである。つまり、多くの人々はこういうカオス状態に嫌悪感を抱かないのだろう。
茶の湯の侘び寂び、東山文化の代表とされる銀閣寺のようなものを愛する感性をも持ち、自宅はこぎれいにすることができる日本人が、なぜあのような街や店で買い物が出来るのか、不思議でならない。

そこで筆者は、欲望自然主義という言葉でこの日本人の不思議な行動を説明している。その点を引用してみよう。


欲望自然主義とは、その欲望の歯止めのない大きさを意味するのではなく(その点にかけてなら、欧米列強の欲望の方が桁違いに大きい)、欲望の様態を特徴付けるのだ。日本人にとって「自然」とはある決まった領域ではなく、そこにはいかなる限界も無い。まさに人間のなすこと全てが自然なのである。(中略)欧米人は美を実現する際に徹底的に「醜」を排除しようとするが、日本人はそうではない。「美」のすぐそばに「醜」があっても、それほど気にしないのだ。「醜」が「美」と共存していても目障り・耳障りではないのである。こうして、京都に典型的であるように、清涼な寺院の庭園が原色の看板に埋もれ、電柱が林立し、頭上では電線がとぐろを巻き、それにスピーカーががなりたてているゴミ溜めのような街と自然に共存していることになる


つまり、(マジョリティ的)日本人の特殊性としてその景観に一貫性を持たない(そういう意味での自由)ことができると解釈している。まぁ、この辺は正直、私の疑問が解けたわけではないが、自分の事実認識とさほど異なってはいないので納得できる話である。


3章の「奴隷的サービス」と4章の「言葉を信じない文化」では、日本的サービスの特殊性について語っている。

私たちが店で何かを購入する場合、その商品と、商品に対する対価(お金)をもって取引をしているわけだから、この点において、売る側と買う側の力関係は同等な筈である。
しかし、日本と言う国において提供されるサービスは非常にお客に対して謙ったものであり、そしてサービスを受ける側の客もそれを当り前だと考えている。ちょっとにわかには信じられないような要求をする客もいるし、そうした客に対応すべく、恐ろしいほどの対応マニュアルを用意してサービスを提供する側は待ち構えていたりする(特に公共交通機関やホテルでは非常に徹底している)。
そして、この王様のような客と奴隷的なサービス提供者の関係が成り立つとき、王様(客)は個性や人間味をすっかり洗い流して思いっきり匿名的な存在に留まろうとする。
例えばタクシーでのやり取り。ほとんどの日本人客はタクシーに乗り込む時「九段坂下交差点」と目的地を言うだけである(ちなみに私はタクシーの運転手と話をするのが好きなので、一人で利用した時は、東京中の道路の話などをしている。お互いに最短ルートを考えあったりする)。降車するときに運転手から「ありがとうございます。お忘れ物ありませんように」と丁寧に挨拶されても、多くの方は全くの無言である。
近所の方に挨拶をされても返さないという人はまれだと思うが、いざ、サービスを受けるという立場になるとこのような態度を平気でとる。むしろ逆に「安全運転ありがとう。さようなら。」などと返事をすると、妙に勘ぐられてしまうのではないかと思うほどである。
このような現象は西欧型市民社会に共通にみられるものらしく、社会学的には「儀礼的無関心」と呼ばれるものらしい。これが日本では気持ち悪いくらい徹底している。

さらには、コンビニでの「いらっしゃいませ~~こんにちわ~」という、こちらを見ることもなく発せられるあいさつから、町を埋め尽くす標語、注意を促す放送へと矛先が向けられる。つまり「実効性が伴わないにもかかわらず、ただ存在するだけで、かつ、マイノリティ(中島先生)の美的感覚を著しく損なう」対象(役所など)へと突進しつつ、言語哲学者の加賀野井修一の言葉を借りつつひとつ面白い分析をしている。


言語哲学者の加賀野井修一は、こういう日本人の言語観を「言霊思想」と呼んでいる。日本人の言語使用にあたっては、言葉はその意味伝達機能を無限に希薄化され、ただ「語っていること」が異様に前景にでてくる。加賀野井が言っているように、その典型的例は「祝詞」であって、「交通安全」も、「駅前放置自転車クリーンキャンペーン」も祝詞なのである。実効を期待せず「いつか気づいてくれる」だけでいい。人々の心に残って「だんだん改善していく」だけでいい。短期にならずに、その時まで忍耐強く待たなければならない。
こういう考えだからこそ、掛声、標語、警句、お願い...という「言葉」が街にあふれることになる。しかも、それによって直ちに効果を求めているのではないから、一度決まったら、えんえん何十年でも続くことになるわけだ。


こうした実効性のない「祝詞」も、景観を愛する人々からすればとてつもなく不快なものなのだろう。そう、私などはこういうものがありふれているところで育ってしまったので、あまり感じなくなっていたが...。しかし、定型的な「祝詞」で迎えられるコンビニの客と言うのも、ずいぶんとなめられた存在だなぁと思わずにはいられない。


以上が多様な感受性が存在するということに対する数々の例の一部である。

多くの進歩的(に見える)人々は感受性の多様化を認めているようであるが、その実、どうかはわからない。「個性を伸ばそう」という学校では児童・生徒の平均化に躍起になっているし、マイノリティはコミュニティの中で排斥され、いじめに苦しみあえいでいる。感受性のファシズムがまかり通っている。
私はこの本に書かれている数々の例に共感しているわけではない(だって、私は中島先生じゃないですから)。だが、こういう例題で具体的に説明されないと、鈍感な我々はその苦しみと言うものを寸でも理解できないのである。

本書のタイトル「醜い日本の私」は、感受性のファシズムが猛威をふるい、異端者を排除する日本と言う構造の醜さ、そして、こんな滑稽なことまでしないと皆に理解してもらえないという、中島先生流の皮肉のこもった自身に対する醜さ、双方にかかっているのだということを、最後まで読んで理解できた。

実は私は、ありとあらゆるスポーツが苦手であり、することはもちろん、観戦することにも全く興味が無い(唯一あるのはモータースポーツ位か?)。だから、世間話としてこの手のスポーツネタを振られることは、私にとっては猛烈な苦痛なのである。少なくとも、オリンピックの時期は、付き合いで出席しなくてはならない飲みはできるだけキャンセルしようと思っている。
ニュースを見ていてもスポーツコーナーがはじまったらチャンネルを変えるし(さらにいえば、スポーツ担当キャスターのはしゃぎっぷりや、まるで自分が優勝したかのように喜ぶのが見ていられない)、当然のごとくスポーツ新聞などは読む気にもならない。
比較的、事実を淡々と報道してくれるNHKのニュースばかり見ているのだが、それでも21:00のニュースではかなりはしゃいでいて(メインキャスターも元スポーツキャスターのため、うるさい)何だか見るのがきつくなってきた。

あと一ヶ月ばかりでオリンピックが開催される。電機メーカーはここぞとばかりに大型テレビとブルーレイやHDDレコーダーの新モデルを投入し、売りまくろうとしているようである。キャッチコピーも「北京を高画質で」とか、「オリンピックを大画面で」なんてのをつけているようだが、私個人の心には全く届かないキャッチコピーである。こういうときに、自分のマイノリティっぷりを猛烈に感じる。しかも、我が家でこうしたものに興味が無いのは、妻も一緒。マイノリティ一家なのである。
オリンピック競技を見ることが無いわけだから、録画してもう一度見る人の気持ちも当然のごとくよく判らず、さらにブルーレイのようなメディアで永久保存版を作っているなんて人の気持ちはますますわからない。我が家のような家における需要喚起には全く至らない広告宣伝なのである。

私は以前も同じようなことをブログに書いたことがあるのだが、なんで「スポーツ」というインターフェースを介することによって、人々はこれほどまでに愛国者に変わるのかが良くわからない。日本を愛するのならば、メダルの数で一喜一憂するよりも、社会保障費削減問題や、特別財源の透明化、労働問題、ガソリンの暫定税率、国内の食料自給率の向上(キリが無いんでもうやめます)などに意見をぶつけないのだろうか?住みよい国にするために、もっと別なベクトルに愛国心を向けてほしいものである。

話をスポーツ競技のことに戻す。
日本人選手は金メダルをもらったりすると「皆さんの応援のおかげです」とあらゆる方向に答える。そして報道する側は「すばらしい感動をありがとう」、「日本中が喜びに溢れている(私の中には喜びは溢れていません。どうでもいいです)」と結ぶわけである。金メダルを取るような選手は、血のにじむような(一般大衆には想像の付かないような)努力をしているのだろうが、決して「私のたゆまぬ努力の賜物です」とはいわない。こういうことをいうと、世間は「けしからん」というわけである。そして、選手もそのことを知っているのである。
社会学的に人の演技的行動を分類すると「表層演技」と「深層演技」に分けられる。表層演技は自分が演じていることを自覚しながら行われる演技であり、深層演技はその人の性格や体質にまで及んでいる、無意識の演技である。日本のスポーツ選手が「皆さんの応援のおかげです」というのはまさしく「深層演技」のレベルだろう。この国ではこうした「深層演技」に長けた人間が大人とみなされ、そうしない人を子供と見る。
でも、こんなに媚を売る必要は無いと思うし、それに対して反感を持つというのもかなりおかしいと思う。だって、あなた達はその選手のコーチでもなんでもないでしょうに?ただ単にテレビ見て、一方的に応援しているだけでしょう?何を期待しているというのだろう?

ところで、様々なニュースに対して発生する人の意思は、メディアが作り出すものであってはならないというのが私的信念である。だから、余計なコメントを挟むキャスターが居るニュース番組には寒気がするし、それが多くの人にこの世の普遍的意見として受け入れられている事実にガックリとさせられる。(私はそういうことを積極的にさせようとしている報道ステーションとニュース23が特に嫌いです)これはまさに集団的催眠の実施であり、中世の魔女裁判やナチスのユダヤ人迫害の構造とたいした変わりは無いのではないかと思う。そして多くの大衆は、このことを断罪される時が来たならば「私達は何も知らなかったのだ」と、魔女裁判の時と同じことを答えるのだろう。

先週金曜日、会社で私が属する部門の担当役員から7/7 13:00に会議室へ集まるよう、召集がかけられた。
正直、何の話か全く想像がつかなかった私は何も考えずにその打ち合わせに出席し、驚くべきことを聞かされることになる。

私の直接の上司に当たるNマネージャーが8月いっぱいで退職されるとの報告だった。

私の属する部門では十数万件の個人情報を取り扱っている(といっても、その業務に携わっているのは、自分を含めてその実3人しかいないのだが)。そして、それは半端な個人情報ではない。クレジットカード情報をはじめとした、外に流出でもしたらとても冗談ではすまされないようなものばかりだ。それら個人情報の管理から会社の経理情報や収支予測までを含む重厚長大なるシステムの開発を地道に行ってきた。それがNマネージャーだった。

情報システムの開発に携わった経験のある人間ならばわかると思うが、ユーザーの意見を実直に受け入れるだけでは本当に有用なシステムを開発することはできない。ユーザーはとかくわがままで自部門のことばかりを考える。ニーズはニーズとして捉え、本当に何が大事なのかを判断し、費用対効果を考えながら方向性を決めることがとても大切だ。
そしてシステム利用者は、何か例外的事項が起こるたびに、それに対応するための勝手なルールをどんどん作りだす。そうした例外が大量にできると、人間はいつかミスをし、運用がこける。

私はある局面を乗り切るための方策を考えることは比較的得意だと思っている。しかし、大局的にものを見るという能力が欠落しているのだ。
そんな私に、Nマネージャーはよく意見をくれた。一時的な八方美人な対応は、後々の問題の原因となる。そこをよく戒めてくれた。問題の根本に立ち返り、それを解決するための方策を提示してくれた。

私には、Nマネージャーから学ばねばならないと思うことがまだまだたくさんあった。

退職は家庭の事情のため。先日、Nマネージャーはお父様を亡くされた(私も葬儀に参列した)。その実家に戻られるとのことだ。
比較的オープンな弊社であれば、業務委託という形で今後も一緒に仕事をする可能性が皆無なわけではない。しかし、今までNマネージャーがメインでかかわってきた、この機密性の高い情報を取り扱うシステムの情報は...専用線を引いても社外に出すことは難しいだろう。

これからも長く一緒に仕事をしていきたいと本気で思っていたので、この報告には本当に参った。
そして、今までの様々な恩を思い出し、会社ながらも、私は涙してしまった。

私が社会人になってからしてきた仕事...それは、いい仕事もひどい仕事もあった。
しかし、概ね上司には恵まれてきたと思う。
初めに属した会社で、仕事というものを叩き込んでくれたF田さん、次の会社では私の考えや思いを温かく見守ってくれたM原さん、今の会社で悩みまくった相談に真摯に乗ってくれたY田マネージャー、そして、技術者としての在り方を見せてくれたNマネージャー...

今後、どのような体制で仕事をしていくことになるのか、正直言ってよくわからない。
しかし、偽ることなく、これは私にとって大きな試練である。乗り越えられるのだろうか。

最近、街を歩いて見かける女性の多くが美人で、かわいらしく見えてくるようになった。
妻と一緒に歩いているときに「あの女の子かわいいね」というと「え~?そうかな~?」という突っ込みを、3人中2人位にされる。
挙句の果てに「レンジがものすごく広いよね、あなた」と妻に言われてる。昔からこうだったわけではなく、最近、しかも急に本当にそう思えるのである。

先ほど、メガネ屋さんでお世話になったI田さんは、妻も「素敵ね」といっていたのでおそらくそんなに感覚がずれては居ないと思うのだが、その後に行ったスタバの店員や他の客も美人に見える。「こうじゃないと美人じゃない」とか、「かわいいとはこうあるべきだ」というこだわりが急激になくなってきているらしい。よく見ると、どんな方でもかわいらしいところが見つかったりするのである。

で、あまりにしつこくは言いませんが、素敵なところは素敵であると、出来るだけ人に言うことにしようかと思っているのです。でも、30過ぎ男にはちょっと難しいかなぁ。女性対女性なら「髪形変えたね~」とか、「今日は雰囲気違うね~」って自然に出る会話だけど、そういうことに嫌悪感を感じる人が居ないとも限らないから難しい。でも、ここ5日くらいは、少なくとも1日に接する女性1人以上にそんなことを言っているなぁ。

私は女性の自意識ってものはとても大事だと考えていて、やっぱりそこは捨てずに自分を磨く努力はずっとしていてほしいと思うのです。それは何歳になっても変わりません。
私の母は年齢の割にはそういったことに気を配っていたほうなのかなぁと思う。母曰く「仕事で疲れて家に帰ってきて、枯れたような妻が待っているっていうのは、良くないと思うのよね。うんざりするでしょ?」。本当にそのとおりです。
もしも、こうした一言がその人の自意識が高まる(というか、きれいに、かわいくなる気持ちをもっと推し進められる)といいと思うのですね。そうしたら、もっと美人でかわいい人が増えますね。それはとても良いことではありませんか?

ところで、妻は「死期が近づくと、その人のは周囲は俄かに華やいで、バラ色に見えるらしいよ。そろそろ死ぬんじゃないの?」と私にいう(笑)。そうかねぇ?私は死期が近いのかねぇ?

今使用しているメガネのレンズの無反射防止コーティングが剥がれてきた上に、レンズを固定するネジがバカになってきてしまった。
(まめにねじを締めてあげないと、レンズが落ちそうになる)
このメガネは4~5年前に表参道のOLIVER PEOPLESで購入したもの。とても素敵なフレームがたくさんあるショップなのだが(そして、ちょっと高めですが)、ここ最近は表参道に用もなくなり、あまり行くことが少なくなった。
メガネは場合によっては購入した後に調整をお願いしたりすることがある。正直、ショップが遠いというのは割と大きなデメリットなのである。

できることならば、時計のようにメガネもその日の気分に合わせ、変えながら使いたいものだと思う。しかし、私は仕事柄目を酷使しているために、この歳になっても明らかに視力の低下がみられるのである。アイウェアはその人の雰囲気を変えるのにかなり効果的だとは思うのだが、この視力低下に歯止めがかからない限り、私にはそういう方向にお金をかけることはできないだろう。

そんな具合で今使っているメガネも1本のみで、日々酷使した成果がこれである。使用時間を購入金額で割ったら、相当に安いモノだろうと思う。

身近に居る人の意見も聞きたい(というか近視のため全身鏡があっても、メガネを変えた自分の、全体的の印象をつかみにくい)。今日は妻と息子を伴って、メガネを買いに来た。買った場所は自宅から近く、比較的大きな最寄の街、大宮。大宮には普通のチェーン店のメガネ屋さんが多いのだが、それでも別に東口・西口に個性的なメガネ屋さんが1件ずつある。

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私はたまたま西口の"First scene"で、昨日、事前調査をしてきた。子供を連れたまま、色々な眼鏡屋をはしごさせるのも酷だと思ったからである。この店の印象、まず店がとてもきれい。そしてかなり好みのフレームが多く、レンズが安価で、店員さんがものすごくやさしい(メガネがとても似合っていた上に超かわいらしいI田さん、ご親切に対応いただき、ありがとうございました)。素晴らしい。そのあと、5店ほど回ってみたもののここを超える店はなく、結局この店で買うことに決定。ちょっとビルの凹んだところにあるものの、大きな熊のぬいぐるみが目印。店内でメガネを荒らしそうな息子のいい遊び相手になってくれた

もともと購入候補のフレームも二種類ほどあったのだが、妻の意見&I田さんが見せてくれた別なフレームに魅了され、悩みに悩んだ挙句、そちらを購入。納期は来週土曜日とのこと。今から出来上がるのが楽しみである。

10期合格者である私(当たり前のようにゴールド会員)の私も、資格の更新案内がとどきました。
今の私が、この資格を持っている意味があるのだろうか...と思いつつも、10年前に取得した時の苦労を思い返すと、むげにもできない。JAGATめ...なんちゅう商売してくれるんだ?受験料は\7,000。でも、最新の印刷やらDTPの知識なんて、かなり危ういんだよなぁ。そういう仕事全然してないし。

会社のPCにはPhotoshop,IllustratorのCS2はインストールされているが、最近は使用することも稀(たまにブログ用の写真を修正したりしてますが...すいません)。たまに操作方法を聞かれるが「しっかりとした印刷物を出力しましょう」という概念からは遠く離れたものばかりである。

そういえば、会社で社内報が発行されるようになった。私の仕事は広報関連ではないので、社内報の作成はしないのだが、正直にいえば「この社内報の文字組みに一言物申す!」とか、「この写真の修正は...」なんてことがたくさんある。そんな小言を言うのも嫌味になるので、「ムムムム...」と思いながらも、眺めております。

ほんと、この社内報作成、手伝わせてくれませんかね、マジで。

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またウナギですか?という感じなのだが、ウナギと寿司だけは食べる気があるのである。だから、本当の食欲不振とは違うのかもしれない。でも、こんなに変な気候が数日続いたら、食欲は減るよね?

相変わらず食欲は減ったままである。今は二食しか食べないし、夕飯の量は半分くらいになった。
だが、今日は生ビール(グラス)にうな丼(残念ながら台湾産。さいたま新都心店なら、同じ値段で国産うな重が食べられるんだけどね)。そして、池袋北口のバーで、ヨード臭いスコッチ、ラフロイグをいただく。私的な池袋における河岸は西口なのだが、なんだか西口までいくのが面倒で、北口の雑多な街の中にある店に入る。バーテンが気さくで、酒も安かった(ラフロイグ10年シングル\500って、ちょっとすごくありません?)。と、褒めておきながらも、やはり東口の店の方が...。そっちは店がきれいで、放置型マスターのお店なので、一人よりも二人とかで行く方がよいのですよ。

今日、待ちに待った夏季賞与の支給があった。私の属する会社では上期・下期に目標を立て、それに対する成果で報酬が決まる。今期は幸い達成度100%を超えることができた。

給与は毎月24日と他社よりも1日早く(ATMが混みあわないので、本当に助かっている)、夏季・冬季共に賞与支給日も比較的早いほうだと思う。昔は、所与を原資とし少しでも運用した上で支給するという会社が少なくなく、出来るだけ遅い時期に支給しようとしたという話を聞いたことがある。しかし、今はこのような運用で利益もさほど上がるわけでもなくいこともあってか、支給日を渋る会社は少ないと思う。
例外なのは伝説の会社であった。なにしろ、支給される5日前くらいまで、支給日がわからない(あそこの社長はバカだから、賞与に対するありがたみを従業員に植え付けるために、わざと言い渋るのである)、額も良くわからないという最悪のものであった。本当にどこまでもどうしようもない会社である。

今の会社では、賞与支給のたびにCEOとの面談がある。明細をもらい、10分間ほど話をするのだ。正直言えば、面談が始まるまでは緊張するが、いつもCEOは労いの言葉と共に明細を渡してくれる。自分が考えている以上にCEOは私のことを考えていてくれた。私は不覚にも、うれしさのあまり泣けてきた。

私は本当に仕事が嫌いなのだ。だが、この私のような人間でもちゃんと仕事をしようと思える環境や、上司に私は恵まれている。私がこの会社を辞めるという気が全く起こらないのは、そのような環境のためであるといっても過言ではない。

先日から、私のブログからハイパーリンクを張らせて頂いてます。
StayGold's cafe

ハイパーリンクを張るに至った発端は、2008/06/08の「秋葉原の通り魔」に対するコメントを頂いたこと。ネット上でちゃんと議論できる珍しい方だと感じ、その後の記事に対するコメントでも、結構熱いやり取りをさせていただいてます。

ブログマスターであるStayGold's氏の関心は社会問題をはじめ、音楽、写真など多岐にわたる。
見ている対象が私とかぶる事があるが、その視点は根本的に違う。私はネガティブで、ニヒリズム的で、厭世的と完全に陰のイメージだが、StayGold's氏は陽の視点から物事を見る(この議論を参照いただければ、よくわかると思います)。それに、議論があまり感情的にならないところ...日本人にしては大変貴重な存在だと思います。

そこで、StayGold'sさんにちょっと提案。
よろしければ、何かのテーマについてブログ記事での意見交換(往復書簡)のようなものをやってみませんか?
今までは記事に対するコメントとしてStayGold'sさんに意見を頂くという形でしたが、前の意見に対してはハイパーリンクやトラックバックの指定をし、コメントは我々の意見を聞いた方に入力してもらう。
もちろん、毎日そんなことをしていたら寝る時間がなくなってしまうので、10日に1回なんてペースが良いのではないかと思います。

いかがでしょう?
テーマ内容はあまりマニアックなものではなく(私が機械式時計を語るとか、宇宙の寿命について語っても仕方が無いので)お互い3案くらいずつ出し合って決めていき、ある程度の結論が見えてきたりしたら、そのあたりで終了という具合で。
あくまで思いつきなので「うちのブログはそんなんじゃねぇ!」ということであれば、それはそれでかまいません。

ぜひ、ご意見をお待ちしております。

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今回は私も反省します。すいません。
小型のヘッドホンを使って音楽を聴いているのだが、かなり音漏れしているんだろうなぁ。

音漏れはどのくらいの音量から発生するものなのか、それが客観的にわかりにくいのである。
例えば、集音機能があり、ある程度の音漏れが検知できたら警告音を出すようなヘッドホンは開発できないものだろうか?
そうすれば、自制する気持ちはある

自制する気持ちが無い方は...家でやろう。

歯のケア対策にはインプラント・矯正歯科・入れ歯などに役立つ情報サイト

定期的に歯のケアをされている方がいます。そのような方々は受診前に歯に関する情報サイトで、知識を吸収しているようです。歯医者さんで、インプラント・矯正歯科・入れ歯などの受診に役立ててください。

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