エリ・ヴィーゼル『夜』


写真はアウシュビッツ駅から800メートルのビルケナウに貨車で到着したユダヤ人たち。アウシュビッツの第二収容所いうべきビルケナウ収容所の中には「ランぺ」(荷役ホーム)お呼ばれる引き込み線の到着ホームがあった。


『夜』は、その恐ろしさで我々を戦慄させ、同時にその美しさで我々を打つ。これは15歳の少年の時にアウシュビッツを体験した著者の最初の自伝小説である。
東方の片田舎の小さな町、ナチスのユダヤ人狩りなど想像もつかぬ平和な町。だが、ある日悲劇が音もなく訪れる。やがて一夜にしてこの世は地獄と化し、少年の中で神が死んだ。格調高い文体と淡々とした語り口によって、人間の悲惨な崇高がみごとに織りなされる。刊行されるや、たちまち世界中に翻訳された比類ないドキュメンタリー小説。アメリカで1966年度ユダヤ人図書賞を受けた。
「この並外れた書物が私の心をとらえて放さなかったのは、すべての結果のうちでも最悪のもの...すなわち、一挙に絶対の悪を発見した子の幼い魂の中で神が死んだ、ということなのである。」(F.モーリヤック)

本書裏表紙より


この日本と言う国に生きる私は、特定の宗教を信仰しているわけではない。これは世界的に見ると比較的珍しいことのようで、人の行動規範や道徳性の基盤は宗教によって支えられているという場合が多数を占めている。となれば、私のような人間の道徳基盤がどこにあるのかと言うことになるが、それは周囲との関係や伝統、歴史というものが構成しているとでも答えるほかはない。実に微妙な状況の中で自分が生きてきたということにあらためて気付かせられる。

本書の主人公エリエゼルは多くのユダヤ人がそうであるように、敬虔なユダヤ教信者であった。彼はビルケナウへ強制移送されたときも、「男は左!女は右!」の一言で母や姉や妹がガス室送りとなり一生の別れとなった時も神を信じ続ける。しかし、我々を創造し、我々を苦難から救ってくれる神はどれだけ祈ろうともこの強制収容所には手をのばしてはくれない。そんな中、エリエゼルの心の中でじわじわと生まれる神への信頼の揺らぎ...それが何よりも私には印象に残った。
エリエゼルは焼却炉にトラック一台分の生きた子供たちが投げ込まれる様子を見たときの様子をこう書き表している。
「私の<信仰>を永久に焼き尽くしてしまったこれらの焔のことを、決して私は忘れないであろう。」

私は深い信仰と言うものを知らない。ただ、それが私が持っている社会を生きるための道徳基盤と置き換えて考えてみると...全てが、生まれてから疑うことのなかった全てが逆行していくような感覚?それは体験のない私には正直、表現いや、想像すらできない。


第一次世界大戦末期のドイツ革命によりドイツ帝国は皇帝カイザーの亡命・退位、崩壊する。後に興るヴァイマール共和国は敗戦からの復興を順調に進めることはできず、世界恐慌がさらなる経済危機をもたらした。そんな中、ヒトラーはヴァイマール憲法を全権委任法をもって事実上崩壊させ、独裁体制を引いた。ヒトラーはアーリア人の優秀さを強調、他民族の排斥を開始しユダヤ人の大量虐殺に至る。それが時系列の歴史である。
私は歴史を後の価値観で裁くことは大いなる過ちであると考えている。その当時の情勢を的確に把握した上で顧みるべきことであろう。顧みるにあたり、こうした「当時を生きた一人の人間の視点」と言うのは非常に重要な資料である。第一次世界大戦という試練の後のドイツも、そしてユダヤ人たちにとっても、私たちの祖先にしても、その時代をどう生きたのか、もっと知るべきことは多くあるように思う。

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