2008年12月アーカイブ

もう一本、レンタルビデオやさんから借りてきたのは、気にはなっていたものの中々見られなかった三谷作品の最新作。
そういえば本作を母と妹は劇場に見に行ったと言う。



「命が惜しければ、五日以内に幻の殺し屋"テ゛ラ富樫"を見つけて来い!」
街を牛耳るホ゛ス・天塩(西田敏行)の愛人・マリ(深津絵里)に手を出してしまった手下の備後(妻夫木聡)。命の代償に伝説の殺し屋"テ゛ラ富樫"を連れて来ると誓うが、期日が迫ってもテ゛ラは見つからない。窮地に陥った備後が取った苦肉の策は、無名の俳優村田大樹(佐藤浩市)を雇って、殺し屋に仕立てあげることだった。
まるで映画のセットのような不思議な港町、守加護(すかご)で、すべてを映画の撮影だと信じ、伝説の殺し屋を演じ続ける村田。その俳優を本物の殺し屋だと勘違いし、雇ってしまう天塩。そして、自分の命を賭けて、2人の男をだまし通そうとする備後。果たして、<彼ら>と<彼らに巻き込まれていく人々の運命は一体どうなるのか!?

amazon ストーリー紹介より



出演は佐藤浩市(村田大樹)、妻夫木聡(備後登)、深津絵里(高千穂マリ)、綾瀬はるか(鹿間夏子)、西田敏行(天塩幸之助)、戸田恵子(マダム蘭子)、寺島進(黒川裕美)、小日向文世(長谷川謙十郎)、伊吹吾郎(鹿間隆)ほか。三谷幸喜監督。2008年作品。オフィシャルサイトはこちら

他の喜劇映画に比べれば十二分に面白いのだが、前回の『有頂天ホテル』があまりにも面白かったために(あれは笑い死ぬかと思った)過剰な期待をしてしまった。腹を抱えるというほどではないが、十分に楽しむことが出来ると思う。まぁ、明らかに「そんなことあるわけねぇよ!」という世界だったためにちょっと作品との間に距離を感じてしまったのかなぁ。
でも、佐藤浩市と西田敏行のやり取りは最高だった。とっても面白い勘違いのやり取りをしてしまう。それがなんとなくお互いの都合のいいように理解されていく様がいい。

決して見て損をする作品ではないので、一度見てみることをお勧めいたします。

同窓会と言っても、クラス単位で集まるような大きな規模のものではなく、私が20代過ぎてから出会って連絡のつく人たちを集めて、福島駅周辺で飲んだ。
メンバーは5名。中学校時代の恩師Y先生、いつも福島に帰れば遊んでいるF士君、夏に岩手まで会いに行ったFちゃん、偶然にも私の結婚式の担当をしてくれたOさんと私。
店は梅酒が好きだというFちゃんのリクエストに応えて『歩歩歩(「さんぽ」と読みます)』という、梅酒が充実している店へ。福島をよく知るOさんから教えてもらった店だ。

例えばFちゃんとOさんは中学時代に同じクラスだったのだが、今現在の彼女達には直接接点が無かった。Y先生とFちゃん、Oさんもそんな感じで「昔仲良くしていたけど、今では連絡を取るすべがない」という感じ。だから集まってもらったもすぐに打ち解けることができたように思う。Fちゃんは参加が危ぶまれていたが、何とかこれることになり、大変うれしかった。Oさんに会うのは結婚式以来だから4年半ぶりの再会。相変わらず美人なままなのだが、あまり男性との縁がないと言っている。福島の男達の目は節穴か?と思いたくなった。実年齢よりも相当若く見える。Fちゃんもそんな感じである。一気に老け込んだのはやはり私であろうか。F士君は頭髪がやばくなってきたら、きっと俺に追いつく...いや、追い越すかもしれない(笑)
Y先生は今では小学校の校長先生。小学校校長の名刺など貰ったことが無かったので、1枚だけY先生が持っていた名刺を交換する。免許センターで交通安全協会(?)が配布している免許証入れが名刺入れを兼ねていた。私は思わず「先生、それは社会人的にいけませんぜ」と言い、お互いに笑ってしまった。

途中、Y先生は掛け持ちで他の同窓会に1~2時間ほど出席するために中抜けする。私たちがしていたのは、中学校時代の「誰がどうした?」といったような噂話。私は中学校の卒業とともに宮城県の学校に通っていた&就職して東京に行ってしまったために情報に疎く、F士君は福島にずっといるもののそれほど社交的な人ではなく、Fちゃんはその後はひたすらにスポーツへ打ち込んだり、結婚して岩手に行ってしまったために情報がさほどない。そうなるとネタを最も持っているのはOさんになる。

ブログにも残っていないので振り返りようがないのだが、知っている人が知っている人に伝えるという方法で、何年か前に中学校の学年全体の同窓会を行ったことがある。といっても私はそこには出席しなかった...というか、出席できなかったという言い方のほうが正しい。同窓会当日に私は帰省しており、その日に限って大雪で大渋滞にあっていた。同窓会の開始時間に郡山にたという状態で、とても間に合うような状況ではなかったのである。その幹事が二次会や三次会も主催していたのだが、私はその幹事が嫌いで(いかにも優等生という感じが昔から鼻について仕方がなかったのだ。今でもそういうキャラらしいが。)そういうところにまで出席する気にはとてもなれなかったのである。とばっちりを食らったのは、私が誘ったF士君である。非常に居辛い席に長らく一人にさせてしまった。お詫びをこめて、二件目では福島でおなじみのバー『木馬館』でくだを巻いていた記憶がある。その日、Oさんは仕事で遅れていたために二次会か三次会から合流したらしい。当然、私たちはいないわけで、Oさん的には「お~い、どこだ~?」という状況だったという。まったく悪いことをした。
Fちゃんはこのお誘いが来たそうだが、都合が悪かったのか、それとも意図的に辞退したのか、出席はしなかったそうである。
Oさんは結婚式場なども備えるホテルで働いている。そこで結婚式をした人(私など)であれば、もちろん把握はしているため「誰が結婚した」というような情報は豊富である。そういう様子を見て、彼女自身が少し結婚に対して焦っているらしい。でも大丈夫。今のいい女は30代からだと思うぞ~、本当に。

そんな他愛のない話をしていると、Y先生が帰ってきた。私たちが中学校を卒業すると同時にY先生は他の中学校に異動となった。その中学校では女子卓球部の顧問をしており、その子達との飲み会だったという。学年的には1~2年下くらいだろうか?
「どうせならご一緒に飲んでもいいんですよ、先生」
と、下心見え見えの発言をとりあえずしてみる。まぁ、お約束である。

そんな話をしているうちに、時刻が22:00になろうとしていた。子供を実家に預けているFちゃんはそろそろ帰らなくてはならない時間である。『歩歩歩』から出て、みんなでFちゃんを駅まで送ることにした。彼女は阿武隈急行線で帰るという。
いろいろと忙しい中(結構無理してくれたんだろうなぁ...)来てくれてありがとう。また今年中にあなたのお顔を拝見するのは難しいかなぁと半ばあきらめかけていたので、とてもうれしかった。
Oさんはバス通勤。終バスがもうすぐ出るということで、バス停周辺まで彼女を送っていく。本当にいい女だなぁと思う(気が多すぎですか?)。また、こっちに来たときには一緒に飲み、そして同窓会のようなイベントをするときにはできる限りの協力は惜しまないつもりである。どれだけ役に立てるかわからないが、一声かけてもらえれば何かはします。

さて、ここでY先生、F士君、私とジェントルメン(笑)3人が残った。以前、F士君の結婚式の際に聞いていた「ピアノの生演奏が聞けるY先生とっておきのバー」を紹介いただくことにした。福島市内でもっとも風俗店の客引きが多いと思われる東北電力近くの交差点を過ぎ、たどりつたビルの3Fにその店はあった。店の名前はemu(エミュー)。オーストラリアに生息する、首が長くて走るのが速い、飛べない鳥である。「なぜemuなのか...?」誰しもが感じる疑問かと思うのだが、これは店のマスターのなまえ「ゆみえ」さんの名前からとったものらしい。「yumie」のyとiを除いて逆から読むと「emu」。
さて、まず店に入って驚いたのは、ウィスキー原酒が入っている樽が4つもあることであった。福島にこれほどの品揃えの店があるとは...うむむ、侮れぬ!すべては覚えていないのだが、ダルモア、ボウモア...あと二つはなんだったかなぁ<酔ってる。こりゃ、大宮の『FRESCO』超えちゃうなぁ...。他にもいろいろなお酒が宝の山のように並んでいる。すごい店を教えてもらったものである。
運よく、今日はピアノも生演奏の日。もちろんリクエストさせてもらった。ピアノだからなぁ...ビル・エヴァンス版の「枯葉」を私はリクエスト。Y先生とF士君もクラシックの曲を。特にリクエストが入っていないときにはJazzが多いのだが、こちらの心のリクエストに答えてくれているのか、「A列車で行こう」や、「クレオパトラの夢」などを弾いてくれる。「いつか王子様が...」はビル・エヴァンスをリクエストした私を意識してくれたのかなぁと、うれしくなった。
バーテンダーはみな女性。する仕事はかっこいいのだが、しゃべると福島弁バリバリである(苦笑)。そのギャップがなんとも面白い。
バーの営業、今年は本日まで。24:00で店もおしまいであった。名残惜しい思いを残しつつも、店を去った。また来ようと思う。

父からタクシー券をもらっていたのでタクシーで帰ろうかとも思ったのだが、F士君の奥様がなんと迎えに来てくれ、しかもうちまで送ってくれた。なんとありがたいことか。いつもすいません。
そしてF士君はあさって、我が家に再び現れ、正月恒例の宴会に出席してもらうこととなる。これが我が家の正月というもので、彼は半ば親戚のようなものである。

実家に42インチもの美しいテレビが導入されたのであれば、DVDを見ずには居られない。というわけで、実家近所のレンタルビデオやさんへGo。
自宅では息子に邪魔をされてしまい、ゆっくり映画を見るなどと言うことは不可能に近い。絶好の機会である。

で、選んだ映画がヒトラー。よくニコニコ動画に掲載されているMAD動画(嘘字幕シリーズ)の素材にこの作品のヒトラーが利用されている。その件でもこの作品が気になっていたし、ちょうど近代ドイツの歴史を調べたりしているところで、ドキュメンタリー色が強いこの映画には興味があったのだ。



1945年4月20日、ベルリン。ヒトラーは56歳の誕生日を総統地下壕で迎えた。ソ連軍の猛攻により包囲網が狭まる中、ヒトラーはもはや実行不可能な攻撃命令を叫び続け、側近たちを追いつめていく。極限状態に陥った地下要塞の人々が酒盛りやパーティーに興じる一方で、地上のベルリン市街では兵士や市民が苛酷な戦闘に身を捧げ、命を落としていった。
戦況は刻一刻と悪化、いよいよ敗戦を確信したヒトラーはある重大な決意のもと、長年の愛人エヴァとささやかな結婚式を挙げる。それは"第三帝国"の遅すぎた終焉の合図だった...。

amazon ストーリー紹介より



出演はブルーノ・ガンツ(アドルフ・ヒトラー総統)、ユリアーネ・ケーラー(エーファ・ブラウン ヒトラー夫人)、ハイノ・フェルヒ(アルベルト・シュペーア軍需相)、ウルリッヒ・マテス(ヨーゼフ・ゲッベルス宣伝相)、コリンナ・ハルフォーフ(マグダ・ゲッベルス ゲッベルス夫人)、ミヒャエル・ブランドナー(ハンス・フリッチェ宣伝省局長)、トーマス・ティーメ(マルティン・ボルマン党官房長)、ウルリッヒ・ネーテン(ハインリヒ・ヒムラー親衛隊長官)、トーマス・クレッチマン(ヘルマン・フェーゲライン親衛隊中将)、マティアス・グネーディンガー(ヘルマン・ゲーリング帝国元帥)ほか。 原作はヨアヒム・フェスト『Der Unfergang(翻訳版名:ヒトラー 最後の12日間)』とトラウドゥル・ユンゲ『Bis zur letzten Stunde(翻訳版名:私はヒトラーの秘書だった)』、オリヴァー・ヒルシュビーゲル監督。2004年作品。

ヒトラーの鬼気迫るような演技、そしてその側近達の動揺、敗戦がほぼ決まった状況の兵士達の混乱。総統地下壕における様子が非常にリアルで、心身ともに衰弱していく様子がすごい。最も凄まじいのはブルーノ・ガンツ演ずるヒトラー総統。状況、対応する人に合わせた演技が半端ではない。最終的に側近達は自殺したり逃亡したりするのだが、その様子は非常に生々しい。ナチスやヒトラーと言うとそれだけで拒否反応を示す人も居るだろうが、追い詰められた人間はどのような行動をとるのか、そうした視点で見てみると実に興味深い内容である。気持ちがよくなるような映画とは言えないが、この戦争にいたるまでの歴史をたまたま深く調べていたため、私にはより面白く感じられた。

しいて「う~ん」と思わされたところを挙げれば、やっぱり長すぎることだろう。155分。中々濃い時間となることでしょう。

私には散々「スタッドレスタイヤで帰省しろ」と言っていた父だが、父の車はノーマルタイヤのままだった。FR駆動なのに...。というわけで、私の車に乗って仕事に出かけてしまった。私は移動する手段なし。今日は実家に引きこもりである。
前に帰省したのが8月の末。さほど時間が経過したわけではないが、少しずつ実家の中の様子が変わっている。

まず驚かされたのが42型の液晶テレビが導入されていたこと。実家のリビングは広い。42型は確かに前に比べれば(前に使っていたのは32型ブラウン管、ワイドではない3:4のテレビ。15年位使っているが壊れかった...)大きいのだが、家の中に入ってしまうと意外と小さい。48型くらいでもよかったのではないかと思うが、予算的な問題もあったのだろう。物は日立のWoooで、HDDが内蔵されているモデル。ネットでもっとも安いものを探し出し、相当破格の価格で購入したらしい。うちは以前、家電量販店だったのでこうしたテレビの取り付けなどは父にとっては朝飯前のようなものだろう。また、故障したとしても修理やパーツを取り寄せる先もまだある。ネット購入のデメリットはうちには通用しなかったようだ。

ところで、店を稼動させることはもうほとんど無いが、一応、家電品の卸をしているところから直接買うという口も残されている。試しに見積もりを出させたら、なんと近所にあるヤマ○電機よりも高価だったという...。ネットで直接購入したときの価格と比較すると卸が2倍位したというのだからたまらない。このご時勢、個人で家電販売店をし続けていくのはやはり至難の業のようだ。

ところで、残念なことに実家のAVアンプにはデジタル映像入力端子(コンポーネントやDx端子)が存在せず、さらに光出力が1系統しかないのである。DVDプレーヤーとテレビが普通の75Ω同軸ケーブルで接続されていたのがあまりに悲しかったので、DVDプレーヤー側のコンポーネント端子とテレビのD端子で接続するように変更したが、音声の問題はクリアされていない。テレビにも光out端子はついているが、AVアンプ唯一の光端子はDVDプレーヤーに占領されている状態である。
5.1chで放送されている番組がどれほどあるのかはわからないが、単純にテレビにくっついているスピーカーから出る音よりはアンプを経由させて出力された物のほうがいい音なので、これは実に惜しいと思う。デジタル映像・音声入力機能に長けたAVアンプに買い換えるべきではないかと思う。そういう商品ならば、新品買わなくてもオークションで見つけられるのではないだろうか。

その他、畳もすべて新しいものに変えられていた。いくらくらいするものなのかはわからないが、結構お金がかかったのではないかと思う。青い畳は久しぶりである。

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あんまり変わらなかったのは、実家の猫である「さくら」かな?相変わらず軽くて、いろんなものにじゃれてくる(うちのしろこはもう相手もしてくれない)。こういう性格は変わらないで居てほしいと思わずにはいられなかった。

妻の友人の母が急遽亡くなり、妻がそのお通夜に出席することになった。私は息子の面倒を見ていて、妻が戻るまでは動けない。妻が帰ってきたのが21:00。でも、このような突発的なことは仕方が無いと思う。
そんなこともあり、福島への出発時間は23:00になった。今晩は私1人で福島へむけて走る。気ままな旅なので時間など気にしては居ない。妻と息子は1/1に新幹線で福島に来る予定である。

福島に帰省するに当たって、実家の父母から「必ずスタッドレスタイヤに履き替えてから来るように」と言われた。そんなことは言われなくても履き替えて向かうべく準備はしていたのだが、そんな警告を受けるほど福島の雪はすごいのだろうか?両親は色々なことを大げさに言うからねぇ。
27日の夜、車の量はかなり少ない。うんざりしたら高速道路と思っていたが、この調子ならば一度も乗らずにいけるかもしれない。高速並みの速度で一気に北上する。

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特に邪魔される車も無く那須の山越えをして福島県に入る。気温は0度を下回っているが、雪が降ったりたまっている気配は全く無い。また大げさな誇張かと思いながら、白河~矢吹~郡山~本宮~二本松と来たあたりで、雪が降ってきた。福島に近づくにつれてその量は猛烈になり、市街地の中は上の写真のような状態。降ってくる雪が大きい上に、結構な時間降っているのだろう。あまり車が通らない道は雪がしっかりと積もっている。
「これはひどい」と思い、2速発進やエンジンブレーキを多用して慎重に進む。いやぁ、スタッドレスで助かった。滑ってもこの車のASC+Tが滑りを検知してすばやく補正してくれる。DSCがあればもっと安全性が高まるのだろうが、残念なことに私の318tiは前期型。搭載されていないのである。

そして、実家に着いたのは3:30頃。ちょこちょこ休憩は取っていたので実質4時間で福島まで来たことになる。雪が降っていて、タイヤがスタッドレスであったにもかかわらずこの記録。平均時速62km/h位。ちゃんと信号では止まっています。景気が悪いから、みんな仕事を早めに切り上げているせいなのだろうか、この車の量は?

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細々と続けてきたGNOの階級もついに中将まで昇進した。
普通、将官になれば本拠地でふんずり返ったり大きな作戦の指揮をしたりという立場になるわけだが、そこはあくまでゲーム。将官であっても一艦長でしかない。中将からは乗艦がアルビオン級に変わる。さらにMSの搭載量も増える。
中将になるには勲章を2,000個集める必要がある。GNO初参戦は2006年12月11日。約2年間かけて2,000個集めたことになる。我ながらよくやったものである。ちなみに次の大将に昇進するために必要な勲章は5,000個である。倍以上集める気力はとても無い...(せめて乗艦がアルビオン以外に変わるのであれば...ジオン軍はグワンバンに変わるんだっけ?)

さらに、所属チームの皆さんも大将になってしまい結構飽きてきているご様子(褒章機が全然手元に届かなくなってしまった...リーダー!)。さらにさらに、ビグザムのリリース以降NPC戦にほとんど勝てなくなってしまい、地上から出られず(補給溜めてGP-03D買っても使い道が無い~)泣けてくるような状況が3クールくらい続いている。通常のネトゲならばミリタリーバランスの調整が入りそうだがバンダイさんも半ば見捨てているような状況で、連邦負けっぱなし(一応、ジャブローは死守しているものの、連邦が請う形で停戦になるというエンディング)。

そろそろ潮時の様子ですね...ということで、トール・ホルスト中将は除隊させていただきます。
今までお世話になった皆様、ありがとうございました。GNO2のリーアサーバではチーム『E.F.S.F.≦Marions≧』のリーダーをしながらず参戦中ですので、こちらにいらしたときには一言連絡ください。

以上、敬礼(`・ω・´)ゝ

ようやく今日で会社も仕事納め。社長の締めの挨拶を聞いて、ビールを飲んで乾杯するのが恒例になっている。ビールが去年のものよりグレードアップしているのがちょっとうれしい(そんなことはしっかりと覚えている私)。

その締めが終われば解散となるのだが、今日はは今年一杯で出向元に戻る上司の送別会に出席する予定。開始が19:00と遅かったのでどうしようかと一瞬悩んだのだが、他の送別会らしきイベントにことごとく出席していなかったので、今日くらいは出ようと思った。場所は竹橋の中華料理店。

締めからしばらく時間があったので、残っているビールを片手にちょっとだけ仕事をする。普段はこんなことはさすがに出来ないのだが...正直言うと、これくらいの方が仕事が捗ったりするんだけど。

中華料理店ではあまり私が飲めるお酒が無かったために(紹興酒が飲めない)ビールのみで、料理をパクパクと食べる。幸いにして全く酔わなかった。会社の近くで飲むと帰るのがしんどくなる。明日は福島へ帰省する予定なので、翌日に残るような飲み方はできない。ちょうど良かったと思う。

帰れなくなってしまう危険があるので二次会には出席せず。22時台に帰ったのだが、グリーン席でも座ることが出来なかった。だが、明日からの休みを思うとこれもそれほど苦痛には思われない。開放感で体中が一杯である。

昨日、息子の枕元に置いたプレゼントはサンタさんからのものだと思っているらしいが、うちの息子はサンタさんがどういう存在なのかを解っているのだろうか?いないような気がしてならないのだが。
とりあえず、ミニカーを見て「あら、このミニカーどうしたの?」と息子に聞いてみる(わざとらしい俺...)。すると「さんたしゃんにもらった」という。ひとまずは成功である。うちの息子は何年間くらい信じるだろうか?そんな時期が無かった私には実に興味的な実験である。

さて、我々夫婦用のプレゼントはどうしようか?という話もちょっと前にしていた。
私も妻も興味あるものに対するこだわり(興味が無いものは本当に適当なのだが)が尋常ではない。なので、お互いの欲しいものをあらかじめ表明して買ってもらうという方法をとっている。うちの場合『賢者の贈り物』のようなサプライズはまず有得ないと言えよう。使わないものを貰って困るという、リアリストなのである。

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私はカフスボタンを、妻は服を買うことにした。私の手元に来たのがこの上の写真のカフスボタン。スワロフスキーのクリスタルを使ったカフスボタンである。クリスタルの内側で分光してきらきらと輝く。綺麗である。
結構、持っているシャツに合わせやすくて大満足。感謝しております。

よく「何歳までサンタさんが居るって信じていた?」と聞かれるが、私はそもそも居ると信じていた時期が無かったのではないかと思う。
自分が小学生に入るかどうかという年齢の頃、クリスマスという日を期待していた記憶が無いのだ。確かに、通っていた保育園にサンタが来たことがある(実は仮装した私の父だった^^;)。しかし、そういう人が居てプレゼントをくれるという存在だと意識してはいなかったような気がする。これは恐らく自分に夢が無いとかそういうことではなく、我が家にそういう風習が無かっただけなのではないかと思う。
翌朝になったら枕元におもちゃが置かれていたことがある。あれは小学校1年生のころだったか?当時放映されていた「宇宙刑事シャリバン」の被り物のような物だったと思う。色々とボタンがあり、電子音がピコピコ言いながら光るおもちゃだったように記憶している。それを見て私はなんと言ったのだろうか?それが全く思い出せないのである。

このサンタの質問をしてくる人達には「あなたはいつまで信じていましたか?」と聞き返すのだが、結構、信じていた時期が長い人が多いことに驚く。今の子供たちが、信じているような行動をとるという話を聞いたときも少し驚いた。

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別に自分の過去がどうだったということは関係ない。子供にも夢を見せようとちょっと思い立ち、妻に「少しばかりプレゼントあげましょうか?」と相談。妻はフェルトで息子が好きなアンパンマンのポシェットをつくり、私がその中にまたまた息子が好きなミニカーを入れた。上の写真がちょうど出来上がったものである。息子も妻も寝静まった頃、赤い服までは着なかったが、そっと枕元にポシェットを置いた。
ちょっと翌朝の息子の反応が楽しみだ。

昔、専門学校の非常勤講師をしていた頃のメンバーと一緒に飲んだ。講師に生徒がちょっと入って、十数名という人数。場所は大宮である。
私はこのメンバーと酒を飲みに言ったことが無く、また、その当時は仕事を「さらっ」とこなしていた上にあまり人と話をしなかったので、どういう人間なのか理解されていなかったらしい。

今日、酒を飲んで通常の自分を出してみたら、そのメンバー達が非常に驚いていた。
そんなに極端に姿勢を変えていたつもりは無いのだが、仕事をしていた頃の自分とは全く変わりなくしていたつもりである。なのに???

後日
「あんな先生始めて見ました」
「また飲みに行きましょう」
などのメールが数通。意識がなくなるような飲みをしたわけでもなく、しっかり記憶は残っているのだが...
そんな変わらないと思うんですけどねぇ。何だかちょっと複雑な気分である。

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とても天気が良かった今日は、久しぶりに妻と息子を伴って乗馬クラブに来た。

息子は総じて動物が好きらしい。私の家では猫が二匹常にうろうろしているし、近所には飼われている犬も多い。そういう環境のせいなのかどうかはわからないが、まだ動物というものに対する恐怖心が芽生える前なのだろうか?いや、私が子供だった頃はもっと臆病だったと両親から聞いているからそういうわけでもないのだろう。

走る馬を喜んで眺めたり、にんじんをあげたりしている。馬に手を噛まれないようにするためには手のひらに食べ物を乗せて「べろ~ん」と舐めてもらうようにして食べさせるのが一番安全なのだが、この「べろ~ん」という感覚はちょっとくすぐったいのか、馬は好きなのにどうもにんじんはあげられない息子である。

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さて、今日の馬も例の3兄弟の長男クリオ。3度目である。

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そろそろいい加減自分でも解ってきたのだが、この馬とは相性があまりよくないらしい。と言うのも、私の体からすると小さすぎるのである(私の後姿が映っている写真をご覧いただければわかるかと)。軽速足の時に馬の動きに合わせて腰を少し浮かせたりするのだが、そのペースが速くて私が合わせられず、一体感が得られにくいのである。ビギナーには評判が良い馬と聞いているが、私のようなでかい男ではなく、女性や子供を乗せたほうが良いと思うのだが...。今日は参加頭数も多く、また馬場の状態もイマイチ。あまり練習にはならなかった。残念。

今年はこれで馬も乗り納め。来年は早々に馬装をちゃんとマスターして初心者クラスに行きたいものだ。

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先日紹介した寿司屋『歩』の前という最高に辛い立地条件にあるために中々寄ることが出来ない定食屋である。寿司屋の引力はすごい。
こういう場所にあるから中々行けない(&祝日に休みであることもネック)のだが、全ての定食が\700と良心的な店である。焼き魚も揚げ物も、煮物でもなんでも\700。それに味噌汁、小鉢が二つほど付いてくる。
お店は老夫婦二人が切り盛りしているようで、近くにある大原簿記学校関係者が結構食べに来ているようである。私もそこの関係者かと思われたようだ。

さて、ご飯をよそうおばさんの姿を見ていて、私は思わず「あっ!」という声を上げてしまった。どんぶり一杯に、私が食べきれないであろうと思われるほどのご飯が乗っていたからである。ところがおばさんは「あら、少なかった?足りなかったらおかわりしてね」との一言。ここに来る客はどんだけ飯食っているんじゃぁぁあ!

値段も、量も、そして出てくるスピードも実に良心的なこのお店。私が中々行けないのは、このお店が悪いからじゃない。この向かいのお店が魅力的過ぎるからなんだ!

前回のブログ記事で、1,000記事目だった。我ながらよく書いたものである。
そもそもは私の備忘録と商品レビューを目的にHTML手打ちで始めていたものの、あまりにその作業が煩雑だったのでブログ化したわけであるが、2005年末にひっそりプレオープンし(この年は11記事しか書いていない)、2006年から本格的に書き始めた。大体3年で1,000記事に至ったわけで、平均化すれば1日1記事程度は書いていることになる。最近ペースが落ちているが、これはネタが尽きているわけではなく、むしろ意図的に書いていないような毒ネタも多い。毒ネタだけの為にブログサイト作ろうかとも思ったが、自分の中のそういうブームが去ってしまったので、まぁこんな感じでこれからも続けていくことでしょう。


さて、一応このブログサイトは簡単なアクセス解析をしている。どこの国のどこの方がどんな検索語でどのサイトからやってきたのか、まぁ興味本位でやっている程度である。このブログが世の中のどのような方のニーズにお応えできているのか(いや、全く期待はずれなのか?)ということを一応みているのだが、それに沿ってネタを選んではいない。あくまで私本位のままの結果であるし、今後もそんな感じで続けていこうと思う。
で、そのアクセス解析結果をちょっとだけ公表してみたい。こんな方がいらしているようです。

統計期間:2008/06/11 00:16:29 ~ 2008/12/15 12:27:13

来訪者都道府県順セッション数(取得できたもののみ)

1位東京都2,150(23.13%)
2位神奈川県786(8.45%)
3位大阪府729(7.84%)
4位埼玉県699(7.52%)
5位愛知県558(6%)
6位千葉県369(3.97%)
7位福岡県348(3.74%)
8位宮城県345(3.71%)
9位北海道247(3.07%)
10位静岡県247(2.65%)

まぁ人口に近い感じだが、私の地元である福島県が14位(157セッション)だったのがちょっと意外。

来訪者所属組織順セッション数(取得・判明したもののみ)

1位OCN4,604(16.31%)
2位Yahoo! BB2,280(8.07%)
3位DION1,593(5.64%)
4位@nifty1,535(5.43%)
5位ぷらら1,397(4.95%)
6位So-net1,080(3.82%)
7位BIGLOBE1,028(3.64%)
8位UCOM754(2.67%)
9位@NetHome570(2.01%)
10位eo【イオ】537(1.9%)

あまりプロバイダーのシェアに詳しいわけではないが、まぁ聞いたことがあるところがほとんどである。特定組織として一番順位が高かったのが、なぜか21位の慶應義塾大学の三田キャンパスからで197セッション(0.69%)。結構、意外だった。

リンク元サイト

1位Google Japan9,325(48.46%)
2位Yahoo! Japan3,218(16.72%)
3位google2,092(10.87%)
4位腕時計、また買っちゃいました。 1,473(7.65%)
5位Google Japan 画像検索631(3.27%)
6位MSN Japan424(2.2%)
7位Goo348(3.74%)
8位BIGLOBEサーチ Attayo!345(3.71%)
9位Live Search247(3.07%)
10位Google画像検索247(2.65%)

4位の「腕時計、また買っちゃいました。」のkenichiさんのサイトとは、途中で相互リンクを張らせていただいたおかげもあり、そちらから多くの時計好きの方に来ていただけました。あとは検索エンジンの日本におけるシェア順というところか。

検索キーワード(単語別、大文字小文字・全角半角区別なし)

1位ETA1,015(2.43%)
2位時計661(1.58%)
3位seiko578(1.38%)
4位vista699(7.52%)
5位fr-v5456(1.09%)
6位OMEGA451(1.39%)
7位逆輸入423(1.01%)
8位ムーブメント302(0.72%)
9位T61287(0.68%)
10位ZENITH260(0.62%)

全体的に時計に関する検索語が多いのは、そもそも時計の記事が多いこともあるが、やはりETAの2010年問題や自分の持つ腕時計のベースキャリバーを調べたりする人が結果として辿り着いていることが多いのだろう。組み合わせとして使われたことが多いせいか、「2010年問題」は26位にランクインしている。
その他、驚愕した事実をいくつか...

  • IE2.0を使って接続してきた方が2人居る(もう何年前のバージョン?)
  • Windows XP利用者が19,570(69.36%)に対し、Vistaは4,319(15.3%)。大体、Vistaに変える理由がほとんど無いんだよ...で、NT4.0が82(0.29%)。懐かしい。
  • 一番多く見られた記事は「2010年問題
  • 23時台のセッション数が最も多く1,600(7.12%)、一番少ないのは5時台で174(0.77%)

恐らく公開して面白い(え?全然おもしろくない?)情報はこんなものでしょうかね。

今後も完全に私が興味を持ったもの視点ですが、細々と記事を書き上げていく予定でおりますのでよろしくお願いいたします。

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先日紹介した、TISSOT社の腕時計。TISSOT社創業150年を記念して発表された時計、T-LORD VALJOUXである。
4つのインダイヤルを文字盤に持つが、一つはデイデイトのためのもので、一般的な12時間計を持つ3カウンタークロノグラフである。使用しているムーブメントはこの時計の名前にもなっている通り、ETA VALUOUX 7750。定番中の定番といえる自動巻きクロノグラフである。
以前、OMEGA Speedmaster Ref.3513-50を入手して以来、このメジャーなクロノグラフムーブメントを搭載した時計は我が家には無かった(ElPrimero×2、レマニア×1)のだが、再び帰ってきた。っていうか、7750は時計好きには回避のしようが無いムーブメントのような気もするが。

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さらに、この時計はシースルーバックである(といってもローターのコートドジュネーブを軽くつけたくらいの装飾で、他はもろにETA 7750である。当然だが、ZENITH Chronomasterのシースルーバックから見えるムーブメントとは雲泥の差)。SpeedmasterはSSバックなのでよくはわからなかったが、T-LORD VALJOUXでは7750のカム式クロノグラフが駆動する瞬間をみることが出来る。また、7750は片方だけの自動巻きだが、しっかりとローターの中心はボールベアリングがおかれており、巻き上げ効率が結構良いこともみてわかる。

この時計の基本スペックを紹介しよう。

  • ムーブメント:ETA Valjoux 7750(パワーリザーブ42時間)
  • スモールセコンド、30分計、12時間計、デイデイト表示
  • 100m防水(ねじ込み式リューズ、プッシャーではない)
  • ブレス・ケース:316Lステンレススチール
  • 風防:サファイアクリスタル
  • サイズ:直径41mm
  • 重量:177g
  • 定価:205,800円

こんな具合の外箱に入っており

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内箱はこのようなデザイン。

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この中にこれだけの冊子等が詰まっている。

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面白いのが「ある時計工房の物語」という、TISSOT社の歴史を振り返ることができる小説がついていること。私の手元にあるのは日本向けの正規品だが、並行輸入品だとその国の言葉で記載されたものが当然ついてきてしまう。このご時世にあえて「紙」というメディアを使う所が面白い。TISSOT社だけではなく、スイス時計産業を担う多くの会社が登場する。時計好きなら十分楽しめる一冊である。

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ファーストインプレッションだが、エッジの処理のせいか、膨張色の白系文字盤でも41mmにしては大きさを感じない。ポリッシュ仕上げされたケースサイドとブレスはとても美しい。キラキラしている。また、7750を使うとケースの厚みが強調されて装着感が悪くなることが多い上に、シースルーバックなのでいかにも装着感がわるそうだが、このモデルはラグの処理やブレスのフィット感のよさのためか、悪く感じることはない。私が持っているメタルブレスの時計の中では、ZENITH Rainbow Flybackと同レベルの装着感の良さである。ブレスコマのつなぎも割りピン式ではなくCリング式である。安っぽさは微塵も感じられない。

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バックルはダブルフォールティング式を採用。「パチン」という音がして、しっかりとした装着感である。

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また、文字盤を注視するとインダイヤルには同心円状の、インデックスバー付近の外周にも半円形のギョーシェ彫りがしっかりとなされている。12時間計の数字に使われている文字にもどこと無く気品があふれ、全てのインダイヤル外周は銀色に縁取られる。TISSOTのブランドロゴは12位置の30分計の下にくるが、30分計はうまい具合に円形から形状を変更させ、ブランドロゴの存在に違和感を与えない仕上げになっている。(正直、同じような4つ目のSpeedMaster Moonphaseよりもうまい文字盤の作りである)
なお、T-LORD VALJOUXには文字盤黒&カーフストラップのモデルもあるが、こちらとはギョーシェ彫りの仕方が異なっている。個人的には白文字盤のメタルブレスが好きなのでよかったのだが、黒文字盤のメタルブレスが欲しいというユーザーも居るのではないか。この辺はもうちょっと柔軟に選ぶことが出来ればと思う。

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クロノグラフのスタート、ストップはカム式が故の「ガチン」という感じがあるのは否めない。しかしプッシャーの形状が工夫されており、指が痛くなるようなことはない。問題なのはリューズ。ETA 7750だから手巻きも出来るのだが、プッシャーと同様の形状をしているため、ものすごく巻きづらい。指が痛くなる。おまけにそのボタンにある「T」のアルファベット、これは無いほうが良かった。クロノ針は細く、後ろが丸くなっていて気品がありつつ、少し可愛い。

さて...悪いところはリューズくらいのもので、けなし様がない。それはもちろん、ムーブメントレベルで比較してしまえばどうしようもないが、この価格でこれだけの質感である。多くの人にお勧めしたいモデルなのだが、どうも売り切れ多発の模様。もしかするともうディスコンしていてデッドストックが流通しているだけなのかもしれない。

もう少々長期使用した上で、この時計の使用感をもっと深く紹介していきたい。

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日本市場ではどうもなじみが薄いのだが、世界150ヵ国に対して年間200万本もの腕時計をリリースしているスイスのビックブランドである。
日本市場に対するやる気の無さはWebサイトにも現れていて、日本語サイトが無いのである。英語表記のワールドサイトから情報を収集できるのみ。かといって発展途上国向けのわけのわからん時計を売っているわけでもない。5~15万円辺りが製品価格帯の平均である。

そのブランドの歴史も決して新しいものではなく、創業は1853年。創業地はスイス時計産業の中心地、ル・ロックルである。創業者はチャールズ・ティソ父子。現在はフランソワ・チボー氏が代表を勤め、スウォッチグループに属している。よって必然的に日本での面倒はスウォッチグループジャパン(SGJ)が担当する。
スウォッチグループに属しているという時点で、TISSOTもブランドのヒエラルキーにさらされることなる。SGJのブランディングは4レベルあり、トップの「プレステージ&ラグジュアリーレンジ」に属するのは

  • BREGUET
  • BLANCPAIN
  • GLASHUTTE ORIGINAL
  • JAQUET DROZ
  • OMEGA
など。「ハイレンジ」が
  • LONGINES
  • RADO
「ミドルレンジ」に位置するのが、
  • TISSOT
  • CALVIN KLEIN
  • HAMILTON
「ベーシックレンジ」が
  • SWATCH
とされている。これはあくまでブランドイメージなので実際の商品価格では上位レンジ以上のものになる場合もあるが、基本的にはその各層に見合った商品開発をしているのが実際である。また、現在のスウォッチグループにおいてハイレンジ以下のクラスでは自社開発のムーブメントを開発、使用することはほとんど無い。同じSMH内のETA辺りからエボーシュを入手し、それに多少のカスタマイズをする程度である。
昔から同じスウォッチグループのOMEGAとは非常に関係が良好で、TISSOTの取締役がOMEGAの販売部長を兼任しているような時期もあった。その当時はそこそこの高級ラインも存在しておりまた、OMEGAとTISSOTのダブルネームの時計なども存在したようである。1930年にはOMEGAとともにSSHI(時計産業株式会社)を設立。組織と販売網の拡大に成功している。

私個人はTISSOTのプロダクトやブランドに対して非常に堅実かつ、良心的というイメージを抱いている。TISSOTの社是(のような言葉に)『金の価値を銀の価格で』というものがある。まさにこの言葉はスイス製時計の高級化が著しい現在にも脈々と受け継がれており、同社のモデルは全て下記の条件を満たしている。

  • ETA社のムーブメントを使用
    腕時計が好きになってくるとどうしても毛嫌いしがちになってしまうETA。しかし、この価格帯で一定の品質を保つことを考えれば、むしろ好都合だと言えよう。もちろん、他の高級メーカーのような調整、装飾はされず限りなくエタポンに近いわけだが。
  • 風防にはサファイアクリスタルを使用
    これは結構すごいことだと思う。その昔、TAG HEUERが10万円以下の製品をもリリースしていた頃、さすがに風防は硬質ミネラルガラスと妥協していたことを思い出す。サファイアクリスタルは酸化アルミニウムから作り出され、無色透明。ダイヤモンドを使用しない限り、傷つけたり切断することはできない。このように硬度に優れるため、実質的にあらゆる損傷、劣化からまぬがれ、摩耗や化学反応に強い素材である。完璧に磨かれたサファイアクリスタルはほぼ透明で、TISSSOTのもまさにそれである。立派だ。
  • ステンレススチールは全て316Lを使用
    高級時計なら当たり前の耐腐食性、堅牢性、そして金属アレルギーの反応が起こりにくいステンレスである。ROLEXではもっともっと高価な319Lステンレスを使ったりしているが、価格帯を考えれば316Lでも十分である

さて、そんなTISSOTの時計を一つ入手したので、そのレビューを次回にでも。久しぶりの時計レビューだなぁ。

まだまだ乗馬の技術は未熟そのものなのだが、クラブの諸先輩方がとのイベント(先日の秋祭り&そのあとのカラオケのような感じ)には参加させてもらっている。今回は忘年会。参加者8名。前回もご一緒した参加者はWさんと私(でも席が離れていたからあまりお話はできなかったけど)。
で、忘年会のサブタイトル(何だそりゃ??)は「ジンギスカン&火鍋 in 浦和」。ジンギスカンはわかります。でも火鍋って何?という無知ぶりで参加。まぁ、唐辛子やニンニクなどが入った大変辛い鍋。結構流行っているのかな?店はかなりの盛況ぶり(ちなみに浦和のこの店でした)。

席が二つに分かれて片方がジンギスカン、もう片方が火鍋。私は火鍋側の席(結果的にあまりジンギスカンは食べませんでしたなぁ)で、同席したのが幹事をしてくれたSさん夫婦。奥様がクラブのメンバーで飲み好きの旦那さんも乱入というところだったようだが、めちゃくちゃ面白い夫婦。全然馬っぽい話ではなかったけど、とにかくイイ。終始笑いっ放しでジンギスカンを食べに行くのを忘れてた。同席したFさんに「これって、乗馬クラブの忘年会ですよね?」と突っ込みを入れられるも、別に楽しければ飲みのネタなんてどんなんでもいいですな。

今日は12月12日。1212と語呂あわせが面白いだけではなく、今日は1年間のうち、月がもっとも地球に接近している日らしく、

  • 平均的な満月に比べて14%大きく
  • 平均的な満月に比べて30%明るい
そうである。街灯がなくても妙に明るい夜だった。

SpeedMasterのMoonPhaseでは満月表記じゃなかったけど、限りなくそれに近い状態だな~。
これがクリスマス付近の日になると、また五万キロほど離れてしまうらしい。


フランス一のアホ男 レミ・ガイヤール


一人オリンピック


相変わらずバカな動画にはまっている。
いささかブームに乗り遅れている感はあるのだが、私の中における今の流行りはフランス人の彼『レミ・ガイヤール』である。
私は主にニコニコ動画で視聴しているが(しかもプレミアム会員←重症)見られないとイヤなのでYouTubeに掲載されているものをちょっと貼らせていただいた。彼のYouTubeでもニコ動でも彼の名前で検索すればその活躍を間違いなく確認できるはずである。

私はどんなふざけたことでも、真剣にやってしまうという人が大好きなのである。才能の無駄遣い、大いに結構。こういう熱い漢がフランスにも居る(いや、フランスはむしろこうしたことに日本以上に寛容なのかもしれない)そして、それを知ることができたことは、インターネットのブロードバンド化や動画技術の進歩に感謝せずにはいられない。

 人間の頭の半分はおおよそつねにニヒリズムに冒されていると知っておくことが大切であろう。というのも、自意識とは、「自分は何者か」と問う意識のことであり、仮にひとまずその問いに答えが与えられたとしても、その答えの意味をさらに問うというふうに、自意識は進むからである。この問答の過程は、論理的には無限に続きうる。つまり、自意識の歩みには安住できる終着点のようなものはないのであり、そしてその「不安」がすでにニヒリズムの温床なのである。正確にはその不安はイズム、つまり「固定観念」にはまだなってはいない。しかし、論理的には無限に続く「みずからへの問い」に終止符を打ってくれるのは、「みずからの死」のみである。このような人間存在の冷厳な真実から少しでも目を逸らすと、ニヒリズムが待っていたとばかりに自意識を襲う。その意味で人間の精神の玄関にはいつもニヒリズムと言う訪問者がいるということになる。
 そのことにニーチェがあれほど注意を促してくれたにもかかわらず、今世紀の特に後半、普通「ヒューマニズム」とよばれる人間性の礼賛がさかんに行われた。もう少し正確にいえば、それを礼賛する素振りが固定され、そのために、ニヒリズムを人間精神の奥座敷にまでひそかに案内することになってしまったのだ。もとより、それを追い払う力量が私にあるわけはない。しかし、ニヒリズムにたいして、貴殿には玄関先まで退却していただきたいと正面きって申し渡すこと、せめてそれくらいのことをやらなければ、自分の精神が生きながらにして錆びついてしまうのではないかと、自意識のあるものは、不安になるのである。

本書序章「虚無について」より


西部先生の本を読むのはずいぶんと久しぶりである。保守論者として知られる西部先生の本を読んでいると「右な人ですね?」というレッテルをいきなり張られたりするわけだが、彼は保守は保守でも反米保守派としての考えを持っていおり、その点においていわゆる親米保守派と袂を分かっている(右とか左とかそういうデジタルな切り方だけで思想は表現しきれるものではない)。またジェネラリストとして多岐に渡る知識から生み出される、多種多様な書物には少なからず影響を受けつつ生きてきていると思う。

先日のブログにも書いたのだが、私にとっていま最大の課題とはニヒリズムに関する問題である。この問題にぶつかるや否や、もうすべてのものがどうでもよくなってきてしまう。死に向かってこのような世界を生きていく中で、ニヒリズム・虚無感との対決は避けることができない問題である。人の一生は短い。その短い時間の中で私は一体何をするべきなのか?退屈に仕事をこなし、趣味に享楽的に生きる。それだけなのか?
心から人や社会を思い、それを何とかして表現・実現しようとしている人たちが少なからず存在している。彼らとて私とさほど違わない時間しか与えられていないというのに、なぜそのようなことに邁進できるのだろうか?私は西部邁という人にその意見を求めようとした。西部先生ほどに著作を残し、世に言いたい放題してきた人物がこの点について考えたことが無いとはとても思えなかったからである。それがまとめられているのがまさにこの本である。

このニヒリズムとの関連性が少なからずみられるものの一つに、物事の判断基準への曖昧性(本書内では存在に関する曖昧性を「真理相対主義」、当為に関するものを「価値相対主義」と称している)がある。生き続けていくというのは様々な判断の連続であるが、判断の根拠とされる考え方はその判断をする人の立場によって大いに違いがある。そのことを出来る限り理解し、他者の意見と自分の意見の中で判断を下さなければならない。しかし、その考慮・比較という行為を慎重に行っていくと判断のための唯一絶対的基準と言うものが存在しないことに気づく。その中で「もがきつつ」最大限の配慮を持って判断すべき努力を怠ってはならないと私は思うが(私ができるだけ実践しようと日々努力している「一歩引いて見る」というのもその一環である)、真理相対主義者や価値相対主義者は他者を「ニヒル」に切り捨て自己の意見のみを絶対視するという、不感症な態度をとる。そういう人が結果的に世の中を引っ張るような状況にあるのがまさに今であるように思えるが、どこまで「一歩引いて見てみる」ことをするべきなのか、そのバランス感覚(逆に真の自分の言葉を発せられなくなっては元も子もない)の難しさと言うものを日々感じている。その引くことに順応されすぎると、よくわからない世論と言う無責任なものを判断基準としなくてはならなくなってしまう。これは個人の思想を奪う危険なものでもある。

この本にはもっともっと多くの問題提起がされている。ある点においては具体的な解決策を提示しているものもあるが、結論は人の意見に頼るべきではないと私は考える。ただ、そのも提起された問題について考えるきっかけとして、そしてそれを構成する歴史的、社会的な構造を見るうえでは実に有用な本だと思う。
でも、そういうことに悩みたくない人には絶対にお勧めしません。私は本書のおかげで悩みが増えました(笑)


ところで、私は自分の生死についてあまりに明確な答えを返せる人をどうも信用できない。だが、西部先生の死生観というのは実に謙虚でユーモアにあふれている。最後にそれを紹介したい。

私の念じるのは、評論家として、次のように思いつつそして死ぬことだけである。
つまり、この人の世にあるのは言葉だけであり、自分という極微の存在は、過去のあまりにも巨大な言葉の集積のうちほんの局所を受け継ぎ、そしてそれにごく僅少の加工をほどこして、死とともに、それを何処の誰とも知れぬ人に手渡す(素振をする)、私の生死の意味はそのことに尽きると思っている。

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今日は珍しく日中からのレッスン。夜、ひんやりとした中で馬に乗る(馬は暖かいけど)のもいいけれど、天気がいい日の日中に乗るほうがやはり気分がいい。
がしかし、乗馬クラブについたのがレッスン開始5分前。受付も済ませていない状態。馬装講習付きの時はレッスン開始30分前、既に馬装された馬(馬装講習がないビギナーレッスンの場合)は10分前集合になっているのだが、大幅に遅れてしまった。
しかし問題なく受付はしていただけ、レッスン用の馬もやってくる。今日の馬は「ダイワジアン」。あまりビギナーには出てこないという。そのわけは、すぐに駈足をしたがるためらしい。...それは大変面白い。額の模様がちょっと変わった栗毛の馬である。

本日のインストラクターはYさん。秋祭りの際、私のチームのリーダーだった方である。まさに日本的な美人で、その長いポニーテールで彼女であることが遠くからでもすぐにわかる。素敵な女性である。
既に馬装が完了しているダイワジアンを馬場までひき、騎乗する。大きさが私にはちょうどよく、並足の揺れも私の体の大きさにとてもあっているような感じがする。肩に余計な力が入ったりしないでリラックスしながら乗れる。揺れが心地よい。

今回のレッスンの参加頭数は8頭。かなり多い。せっかくの駈足好きに乗ったのだからせめて...と思っていたら、軽速足のレッスンで見事に駈足をしてくれた。明らかに速足の振動とは違う馬の動きにちょっと感動。これ、これですよ。こういう駈足をする馬を見て、乗馬というものに強い憧れを抱いたんだよなぁ、そういえば。
隙をみて、馬と馬の感覚が開いたら、馬のおなかにキックしたり、股関節を縮めてスピードを上げてみる。この馬は駈足がとにかく好きなんだなぁ。インストラクターの皆さんは色々と気にしてくれていたようだけど、全然問題ございません。いい具合にリラックスしながらレッスンを楽しめた。
今まであたった馬の中では、最も自分との相性が良い馬のような感じがした。また乗せてもらえることを期待したい。

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通常のレッスンの後、馬の手入れレッスンにも参加する。こちらは二人一組となって、レッスン後の馬の手入れ方法について学習。馬は変わって「マイネルロック」である。よくビギナーのレッスンに出ているのを見かけるが、自分が乗ったことはまだ無い。
鞍の取り外し、蹄鉄の間のゴミ取り、足を洗って拭いて、ブラッシングして、全身の汗をふき取る。毛が生えているものの、馬は全身から汗が出るという。また、人間の頭にもあるつむじが馬の毛にも何箇所かある。この位置は馬固有のものらしく、人間で言う指紋のように馬を特定するために使われているという。なお、つむじの辺りには神経が集中しているようで、ブラッシングするときはここをあまりブラッシングしすぎないことが大事とのこと。
最後にひづめの成長促進剤をひづめと足の間に塗ってあげる。ひづめの不良により馬が走れなくなると、著しく馬の健康を害するとのこと。サラブレッドの足はガラスの足。本当に大事なんだなぁ。

乗る前の馬装、そして乗った後の手入れ。こうして馬と触れ合うことを通じて、乗り物というだけでは終始しないような関係が生まれる。喜んでいる(かどうかを見分けるほどまだ馬に詳しいわけではないけれど)姿を見るのも楽しくなってくる。本当に可愛いと思う。

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SEIKOは菅野美穂、CITIZENは篠原涼子をイメージキャラクターとして採用し、かなり積極的に女性向け腕時計の販促をかけているように感じられる。
そもそも、今が時計の需要を喚起する時期なのだろうか?私は大学生の就職活動事情に疎いので何ともいえないのだが、ちょっと街中で見かける度合いが例年に比べて高いような気がしてならない。

SEIKOは秋冬向けにLukiaのダイヤモンドをあしらったレクタンギュラー型のモデルをリリースしている。また、ルキアブランドでペアウォッチをリリースするなど(メンズモデルのルキアって初かな?)新製品で攻勢をかける。一方、CITIZENはお家芸ともいえる「エコ・ドライブ」や「電波時計」によるエコロジカルな面や正確さ(いや、もうクォーツで正確じゃないってのはありえないんですが)をアピールしている。
価格は両社とも\60,000~\100,000というところ。これは定価だからもっと安価になるであろう予想はできるが、決して安い値段ではない(クォーツに興味が無い私にはありえない...と言いたくなる寸前のレベル?)。...うれるのかなぁ?

しかし、菅野美穂は可愛い。あの看板左・右によるON/OFFの切り替えはいいなぁと思う。特にONのコートを着るシーンは実に良いと思う。これで売れるのかどうかは別にして、彼女を広告塔としてこれからも使って欲しいなぁと思うのである。

今日は恒例、年に一度の定期健康診断の日である。
私の年齢だと「とりあえずやっておきますか?」的な生理検査や各種測定くらいのもので、そんなに心配するものではないのだが(心配すべきなのは、メタボ検診くらい?)困るのが食事制限というやつである。今回は13:00開始だったので、朝飯&昼飯抜き。結構辛い。去年は16:00に検診だったので、なおさら辛かった。
ちょうど一年前の会社移転に伴い、弊社の産業医も変わった。病院施設の奥に行けばいくほど美人が現れるというよくわからない病院で、彼女達の腕にはSS×WGのROLEX DATEJUSTが見受けられる(まるで制服の一つなのではないかと思いたくなるほどの徹底振り。院長が買ってあげているんじゃないのか?)。院長は比較的高齢だが、好色そうである(超、勝手な印象。でも、そんなだからDATEJUSTの疑惑が出てきちゃうんだけど)。

結果は一ヵ月後とのこと。ちなみに毎度のことなのだが、低血圧過ぎて、心配されました...

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12月である。週に飲み会が数回入るようになると、年末であることを実感する。
それでも今年は少ないほうである。乗り気がしない飲み会(基準は15人を超えるか超えないかというところ?)は断るようにしている。私はパーティで多くの人と話すよりも、少人数でじっくり語りたいタイプなのである。それと、酒が弱くなったということも認めざる得ない。東京で飲んだら埼玉まで帰らなくてはならないし、翌日が仕事だったりすると、より慎重にならざる得ないのだ。

慎重にならない結果どうなるかというと、こうなるわけである。
私はさすがに電車の中でこうなってしまう経験は無いのだが、電車のホームにあるベンチを占領して(もちろんこの時期だから、ものすごく寒い)動けなくなってしまったことは少なくない。そして終電が過ぎると駅員が私の元にやってきて、私を駅の外に放り出すわけである。多くの駅には近くに交番がある。交番周辺でまた寝続け、良心的な警官の判断の元、もっと大きな警察署に送られて保護されたりしている。
ちょっと前まで、「トラ箱(正式名:保護室)」というものが都内に数箇所あったらしいが、鳥居坂にあった施設が2007年で廃止され、すべて無くなったという。みんな大人しく自重してお酒を飲むんだねぇ。私も若い頃はいくら飲んでも平気だったのだが、今となっては...。
ネタの為に(すいません、税金で賄われているんですよね。)一度くらいトラ箱や留置所を経験してみたいとも思っていたのたが、本当の犯罪で行くのは御免蒙りたいと思いますなぁ。


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私はけっこうな頭痛持ちで、朝から夕方にかけて発生するこれに大変悩まされている。
一般的に頭痛の要因となることはいくつか考えられるが、その中で最も危惧すべきことは脳腫瘍のような脳そのものの病気である。しかし私は以前逓信病院でCTスキャンによる検査を受けており、このようなことが原因ではないことが既に判明している。
そうなると、頭痛の原因を特定するのは非常に困難になってくる。原因はよくわからないが頭痛に悩まされているという人が(特に女性に)多いようだが、私もその一員となってしまったようである。このような頭痛も何種類かに分類できるが、そのうち最も今、楽になったと思われるのが偏頭痛である。特効薬が出たおかげで、痛みを和らげるのが容易になったからだ。もちろん、頭痛などに悩まされないことが一番幸せなことではあるのだが。
私は緊張型頭痛に該当する。こちらには偏頭痛の特効薬のようなものはなく、本当に痛くなってきてしまったら痛み止めや筋弛緩薬を服用するなどの対処療法的対応しか現時点では対応方法がなく、非常に悩まされている。

大別するといくつかにカテゴライズされる頭痛とは言えど、その原因となることは人それぞれ、多種多様である。それに対して頭痛という現象に対して影響が関連していると思われる診療科は脳神経、神経、内科、精神と横断的に存在する。もちろんこれらを全部受けるというのは現実的ではないから、特定の診療科にとらわれずに「頭痛」という現象について相談ができる外来があれば理想的である。で、そうしたものがいくつかの病院に出来つつある。これが「頭痛外来」と呼ばれている。「総合診療科」の頭痛版とでも考えてもらえればよいだろう。

私の家の最寄で頭痛外来がある病院は「埼玉精神神経センター神経内科」である。今日、頭痛の原因をさらに追求すべく、行ってきた。
頭痛外来は要予約で、9月の初旬に予約をしたにもかかわらず、今日まで全く予約の空きが無い状態だった。予約時にはあまりにも先のことだったので気絶しそうになったが、それだけ原因不明の頭痛で悩まされている人が多いということか?

最寄り駅は北与野なのだが結構歩かなくてはならず、交通の便がいいところとは決して言えない。住宅地の中に突然病院がある、そういう感じである。
入り口は天井含め全面ガラスで、日の光がよく入る。待合スペースのソファーは上等なもので、ホテルのラウンジに居るかのようである。こういうところなら待っていてもさほど苦痛ではないが、予約をしていたのでさほど待たされることも無く病室へと案内される。
但し、医師があまりよくない。まぁ、私が当たった医師が悪かったのかも知れないが。どうもぶっきらぼうでこちらの主張をあまり聞いてくれないのである。どのように痛むか、どこが痛むか、いつ痛むか...決まりきった質問なのだろうが、即答を求められる。こちらとしても日によって状況が異なるため、歯切れのいい回答が出来ない。どうせならヒアリングシートなどで事前にしっかりとこの辺は抑えておくべきであろう。
CTなども含め、一通り検査を行って出た結果、それはやはり「緊張型頭痛」という、最も期待していない(いや、これでいいのか?)結果だった。せっかくなので緊張型頭痛の解消法を軽く紹介しよう。

  1. 生活スケジュールの見直し
    ・過労の原因を除去する
    ・規則正しい生活を心がける
    ・睡眠時間を十分にとる
    ・取り越し苦労をしないよう心がける
    柔軟体操を1日に6回行う
    ・仕事と休養(緊張と弛緩)のリズム
    ・良い姿勢をとるように気をつける
  2. 薬物療法
    ・抗不安剤
    ・筋弛緩薬
    ・必要に応じ鎮痛薬

要するに、日ごろの心がけと対処療法ですな~。鎮痛薬は多用すると利きが悪くなるので、程ほどの使用に抑えてとのこと~。

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