最初に断わっておくが、私はガチホモではない。その筋の言葉でいえば「ノンケ」と呼ばれるタイプである。
昨今多数あるYouTubeやニコニコ動画などのサイトには様々な動画が掲載されているが、ここで「森の妖精」であるとか「哲学」というキーワードで動画の検索をすると、すごいものに遭遇することになる。まぁ答えを言えば、海外のホモ兄貴たちが跋扈する恐るべき動画群である。「ビリー・ヘリントン」氏も、それら作品に出演する俳優の一人である。
彼の出演する作品の中で最も有名なのが「パンツレスリング」シリーズであろう。筋肉隆々の男どもがレスリングをし、相手のパンツを奪い合うというものである。文字だけで書いていると相当バカらしいものと思われるかもしれない。その筋に極度な嫌悪感を抱かない人はぜひ一度見てもらいたいものである。かなり笑える。
そのレスリング自体も笑えるのだが、私が腹を抱えて笑ってしまうのは空耳である。英語が日本語の文章のように聞こえてしまうのだ。しかもそれが中途半端な内容ではなく、意外とシチュエーションにマッチしているからまたまた笑いを誘うわけである。
そしてその空耳から様々な名言が生まれた。
下記は名言の中でも最も有名であろう、ビリー・ヘリントン氏らが発した空耳で、後に「妖精哲学の三信」と呼ばれるようになったものである。
「だらしねぇ!」という戒めの心
「歪みねぇ!」という賛美の心
「仕方ない」という許容の心
それが大切だね。
括弧の中の言葉がビリー・ヘリントン氏らによる空耳であるが、実際には「最近だらしねぇナ!」というように文章となっており、この言葉の一部をとったものである。
もちろんビリー・ヘリントン自身が日本語を知っているわけではなく、これはその空耳をネットユーザーが「妖精哲学の三信」としてさらに発展させたものなわけだが、実に見事な内容だと感心せずにはいられない。
人と人とは(もちろん、ガチホモじじゃなくてもです)この三つを的確に実行することにより円滑な関係を築くことができる。時に油断する人を戒め、そして人のすばらしい行動を賞賛し、限界があり不完全な人という存在を許す。まさに真理である。
ところで、なぜこの手の動画に「哲学」という検索用語がつくのだろうか?はじめはただの悪戯だったのかもしれない。しかし、彼らはなぜもあんなにも必死になり相手のパンツを奪おうとするのか?その行為の意味は?そしてその動画を見ている私はいったい何者なのか?
哲学の道は疑うことから始まる。そんな疑いというものをあたかも意味のない、いや意味のわからない動画を見ることによってあえて自覚の機会を与えている。
ガチホモでもない私はこんな疑問に襲われずにはいられなかった。この動画を視聴している時間は私にとって無駄なものではないのか?いや、無駄ではない時間など人には存在するのか?そもそも全ての人にとって時間というものは何か?思想は限りなく広がり、とどまるところを知らない。
そんなあまりにも大きなメッセージを投げつけてくれたビリー・へリントン氏が明日来日するらしい。誰が呼んだんだ?と思えば、ニコニコ動画を運営するニワンゴである(笑)。これだけMADの素材になっちゃったりしていても快く来日してくれるんだから全くもって心が広いというかなんというか。いや、あえて言おう。「歪みねぇな」と。
来日イベントの様子はストリーミング配信ですかねぇ、これは。
今回の記事は、半分本気で、半分冗談で書いてます。だらしないですか?


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