母さん、僕のあの帽子、どうしたんでせうね? ええ、夏、碓氷から霧積へゆくみちで、 谷底へ落としたあの麦わら帽子ですよ。母さん、あれは好きな帽子でしたよ、
僕はあのときずいぶんくやしかった、
だけど、いきなり風が吹いてきたもんだから。母さん、あのとき、向こうから若い薬売りが来ましたっけね、
紺の脚絆に手甲をした。
そして拾はうとして、ずいぶん骨折ってくれましたっけね。
けれど、とうとう駄目だった、
なにしろ深い谷で、それに草が
背たけぐらい伸びていたんですもの。母さん、ほんとにあの帽子どうなったでせう?
そのとき傍らに咲いていた車百合の花は
もうとうに枯れちゃったでせうね、そして、
秋には、灰色の霧があの丘をこめ、
あの帽子の下で毎晩きりぎりすが啼いたかも知れませんよ。母さん、そして、きっと今頃は、今夜あたりは、
あの谷間に、静かに雪がつもっているでせう、
昔、つやつや光った、あの伊太利麦の帽子と、
その裏に僕が書いた
Y.S という頭文字を
埋めるように、静かに、寂しく。『西条八十詩集』より
原作は森村誠一の小説、その後に続く「棟居刑事シリーズ」の初登場作品である。
何度かテレビ化されているのだが、2004年に放映された竹野内豊が棟居刑事を演じたものは(時々、見忘れていたけれど)見ていた。昔、この映画版も見たことがあるはずなのだが、細かいところまで覚えていなかったのでもう一度見てみることにした。ちなみに、原作は読んでいない。
舞台はニューヨークのスラム街から始まる。ジョニー・ヘイワードという黒人青年が$6,000を持って一路東京へと向かう。途中、スラムの仲間や宿主から「どこへ行くのか?」とたずねられたジョニーは「キスミー」という単語を投げ返す。
そして東京。東京ロイヤルホテルで八杉恭子のファッションショーが始まった頃、ジョニーはロイヤルホテルのエレベーターで何者かにナイフで殺害される。ジョニーの手には『西条八十詩集』が握られていた。麹町署にジョニー殺害の捜査本部が設置され、警視庁の刑事達はエレベーターガールが聞いたという言葉「ストウハ」の言葉を手がかりとして捜査を始める。棟居刑事と横渡刑事はロイヤルホテル近隣の公園を探索中、古い麦藁帽子を見つける。麦藁帽子を英語にすれば"straw hat"。何か関係があるのだろうか?
その日の夜、別な場所でひき逃げ事故が起こる。ひかれて死亡したのはホステスのなおみ。愛人関係にある東洋技研の新見部長と別れた直後であった。ひいた車を運転していたのは郡恭平。八杉恭子の息子である。恭平は同乗していた路子と共に遺体を山林に捨てた。新見はなおみが気になり別れた場所に戻ったが、底に残されていたのは血のついた機械式の高級時計。恭子が恭平に買い与えたもので、国内には数本しか無い希少品であった。新見と、なおみの夫である小山田に依頼され、棟居と横渡は恭子を訪ね恭平の行き先を問いただしたところ、ニューヨークへ行っているという。事件を知った恭子が恭平を国外へ逃がしていたのである。
恭子の家から帰る途中、おでんやに入った棟居と横渡は酔った客が「霧積」と言っているのを聞き、キスミーは霧積のことではないかと考えた。すぐに霧積へ向かった棟居と横渡は、古くから霧積に住む中山たねという老婆が、昔、霧積で黒人の親子連れを見かけたことがあることを知る。が、中山たねは何者かによって殺害されていた。棟末らはたねの従姉妹であるよしから、たねが終戦直後、横須賀でバーを開いていたこと、そしてその店で意外な女性が働いていたことを知った。中山たねが、昔見かけた黒人の親子連れというのは、この女と、ジョニーの父・ウィルシャー・ヘイワード、そしてジョニーのことではないだろうか。
ジョニーが持っていた$6,000の出所は、ライオネル・アダムスという人物からであった。ウィルシャーがライオネルの車にぶつかった際、$6,000を要求、ライオネルはそれに応じて支払ったことを認めている。ウィルシャーは何としてもジョニーに日本に居る自分の母親に会わせるため、体を犠牲にして金を作ったのではないか?そして、日本に来たジョニーは母親との間に何かがあり殺害されたのではないだろうか?そう予想した棟居は、ニューヨークへ飛ぶことに。ライオネルとウィルシャーの関係を調べたニューヨーク25分署のケン・シュフタンとコンビを組んで、ジョニーの父親ウィルシャー・ヘイワードの捜査を開始したが、意外にも自分とケンが、宿命的な関係にあることを棟居は知ってしまう。棟居の父は戦後、横須賀の米兵に取り囲まれた女性を助けた際に集団で暴行を受け、棟居の目の前で死んでいたのである。その米兵にあった腕の刺青とケンの刺青が同じものだったのである。
戦後から30年。様々な生き方をしてきた人々の関係が次第に繋がっていく...
出演は松田優作(棟居刑事)、岡田茉莉子(八杉恭子)、ハナ肇(横渡刑事)、ジョー山中(ジョニー・ヘイワード)、ブロデリック・クロフォード(オブライエン署長)、岩城滉一(郡恭平)、竹下景子(中山静枝)、高沢順子(朝枝路子)、范文雀(なおみ)、夏八木勲(新見隆)、和田浩治(河西刑事)、ジャネット八田(三島雪子)、坂口良子(澄子)、峰岸徹(下田刑事)、地井武男(草場刑事)、鈴木瑞穂(山路部長刑事)、ジョージ・ケネディ(ケン・シュフタン刑事)、大滝秀治(おでん屋の客1)、佐藤蛾次郎(おでん屋の客2)、西川峰子(老婆の孫娘)、深作欣二(渋江警部補)、小川宏(ワイドショーの司会者)、露木茂(アナウンサー)、鈴木ヒロミツ(喫茶店のボーイ)、シェリー(喫茶店のウエイトレス)、E・H・エリック(デザインコンクールの司会者)、森村誠一(チーフ・フロントマネージャー)、リック・ジェイソン(ライオネル・アダムス)、北林谷栄(久ノ浜の老婆)、長門裕之(小山田武夫)、伴淳三郎(霧積温泉旅館の主人)、三船敏郎(郡陽平)、鶴田浩二(那須警部)。佐藤純彌監督。1977年作品。
ドラマと違って映画にはもっと短い時間的制限がある。本作品の上映時間は133分。シナリオは何とか追えるものの、細かい描写となると時間が許されるドラマの方が圧倒的に有利である。私は「なおみ」という一人の女性が居なくなったことへの調査に小山田と新見が次第に協力していくというシーンがテレビ版では好きだったが、そうした本筋から少し離れた設定が時間の関係で省略されてしまったことが残念であった。
逆に驚くべきは、この俳優陣である。本当にチョイ役に大滝秀治や西川峰子を使っている。また、松田優作の後のテレビ作品『探偵物語』にも、全く同じような役柄・格好でジョー山中や岩城滉一が出演している。
ところで、今回紹介した映画、そして何度か監督・キャスティングを変えて放映されているドラマを見ても『人間の証明』という、作品タイトルの本質を捉えきれていないような気がする。映画と原作とは随分とかけ離れているということだから、これは一度しっかり原作を読んでみようと思う。


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