今日の出来事の最近のブログ記事

認めたくない事実ですが...右の生え際に白髪発見。しかも数本。
はぁ...薄毛ではないんですけどね、でもね、ちょっとね。はぁ。
染めるとかそういう量では無いのですが...まぁ、もっと増えても染めないでしょうね。
30代の階段を一段上ってしまった気分です。

私の住む蓮田市の隣である伊奈町にはたくさんの学校がある。その中の一つがこの『埼玉自動車大学校』である。すごい名前だが専門学校である。昔は『埼玉工業専門学校』という名前で、略称が『埼玉工専』。5年間行くほうの「高専」と同じようで紛らわしいのである(ちなみに、埼玉県に高専は皆無)。私は高専卒なので余計に気になってしまうわけである。
いわゆる車体整備だけではなく、モータースポーツ科なんてものもある。金と時間に余裕があるなら、俺も入学してみたいものである。

この学校の文化祭に今日は行ってきた。車大好きの息子を連れてである。

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校舎に入ってすぐ見えるのは、自動車歴史館。往年の名車が数々展示されている。写真はマスタングコブラ。映画でしか見たことがない。

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他にもいくつも車があるが、私の目にとまったのは「BMW イセッタ600」。何がすごいって、車のフロントが開閉し、ここから乗り込むのである。もちろんレストアしたものだろうが、ここまでやるとはなかなか...。エンジンは水平対向 空冷2気筒で19.5ps。水平対向2気筒って何だかすごいよな...。すごく遅いんだろうと思う。

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車内からフロントを見た様子。こんな機構なので、当然ステアリングもドアと一緒に動く。非常に運転しにくそうである。

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シート側の様子。後ろの座席に乗り込むためには、前の座席をまたいで越えるのか?

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R33 SKYLINEを斬鉄剣で真っ二つにしたようなものも出展されていた。

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今は無き、日産の名直列6気筒エンジン、RB-25DET。エンジンの動きから、トランスミッションに動力が伝達、ドライブシャフトを介して後輪が回転するまでのメカニズムを見ることが出来る。同様の出展はポルシェ928やプリウスなどでも見られた。大変ためになる内容だが、息子はまだこういうものに興味を持つことは出来ない。

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で、息子の目を最もひき付けたのがラジコン。このCubeはテーパー角やタイヤにそれらしいものを選んでいるのか、やたらとドリフトする。

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校内にあるバスケットコートがラジコンの走行場となっていた。これだけのラジコンが走り回っていたのだが、さすがにみんな操縦がうまい。銃のようなプロポはどうも不慣れ。息子もやってみたいと言っているが、不可能なのは目に見えているし、高価なもの(モノによっては、チューニングに10万円近くかかっている)を破壊されてはたまらないので、見ているだけにした。
ここに来て息子のラジコン熱(息子の父のラジコン熱でもある)が開花。息子は帰りにトイザらスに寄ってラジコンを買うよう、私にせがむわけである。

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他のフロアにはモータースポーツ科が使用しているものではないかと思われるが、R31 SKYLINE RS TURBO。何だか懐かしい。

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こちらはR34 SKYLINE。ロールバーで強化されまくりである。

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そして、Altezza。スポーティなCセグメント車(BenzのC ClassやBMWの3)が好きなのである。R34は自信がないが、これならば運転してみたい。

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校庭は、学生が自作したというカート(といっても、レーシングカートのようなすごいものではない)で、パイロンがたくさんあるコースを回ることができた。息子が運転する気満々であったが、三歳児の足がアクセルやブレーキに届くはずもなく、運転を断念。その代わり、私の運転で楽しんでもらうことにした。アクセル踏みっぱなし、ステアリング操作でスラロームを抜けるとき、息子は「うぁぁあ」と喜んでいるのかびっくりしているのかいまいちわからないような声を出していた。乗車後、「ちょっと怖かったよぉ~」という息子。すいません、大人気なくて(笑)。

校庭外周では、電気で駆動するスクーターの試乗が行われていた。息子に「風になるかい?」と聞いてみたが、全く意味はわからなかったようだ。3歳児と二人乗りはまず無理。ということで、ちょっと待っていてもらってスクーターで校庭一周。この学校の校庭、バンク角がついているし...フルアクセルでも50km/hをちょっと越えるくらいだし、コースがいいので全力で走る。あのスクーターのうるさい音がなくて、これだけ走れるなら本当に使えると思う。私だけしっかり楽しんでしまった。

近所にあるカーディーラーから新車の出展もあった。息子が気になったのはRX-8。俺も乗ったことがない。あの観音開きのドアはどうなのよ?と思い開けてみると、意外と後部座席側も開くので乗降は私の車よりはむしろしやすい。だが、後部座席での長距離乗車はやっぱりキツイものがある。

そろそろ息子が飽きてきたので、桶川のトイザらスでラジコンを購入。今は安い価格のものもあるのですなぁ。パトカーのラジコンを買って帰宅途中、息子は疲れてしまったのか、車の中で眠ってしまいました。

昨日に引き続き、今日も満員電車で膝かっくんされる。但し、扉に寄りかかっている女性が膝かっくんしてくるので、エクストリーム車内熟睡競技的には特殊点+2000なので昨日の方にはとても敵わないのだが、今日の女性は美人。大いに許す。
赤羽駅でグリーン車に乗り換えたが、今日は乗り換えるべきかどうか、本気で迷った。グリーン車で横に座ったのは日本酒をやっていたおっさんだった。ますます微妙な気持ちになった。

18:00~20:00頃の湘南新宿ラインは実に過酷である。
私は池袋駅から利用しているのだが、まず、グリーン車が停まるホーム位置が遠すぎ(メトロポリタン口周辺)で、発車ギリギリにホームに着いたときにはそこまでたどり着けず、普通車に乗ることがある。今日もそんな具合だった。
ぎゅうぎゅうと詰め込まれて車内に入る。発車寸前に乗り込んだので、出入り口に隣接した場所。後ろには女性がいる。
で、この女性。猛烈な勢いで俺の足に「膝かっくん」を仕掛けてくるのである。吊り輪やポールに捕まることすら困難な状況なのに、なんて奴だ!だが、本当に猛烈な混みようで、一体どんな人が仕掛けてきているのかもわからない。これは赤羽駅まで行ったところで確認するほかない。

で、赤羽。その女性を見ると、立ち寝をしているご様子。立ち寝をすると、深い眠りに入りそうになる一瞬に膝の力が抜けてドキッとする。その力が抜けた女性の膝が、私の膝の裏側を直撃していたわけである。この人、相当眠いんだな。

電車はあの揺れが心地いいのか、満員状態でも眠くなってくることがある(酸素が薄いだけではない)。だが、立ち寝に陥るというのはよほどの状況である(エクストリーム車内熟眠においても立ち寝は特殊点+5000点の高度な技とされている)。満員電車という空間は、あらゆる意味で人の理性をなくしてしまう魔性の世界である。

台風のシーズンである。機能から本州には台風18号が接近しており、本日の交通の乱れが懸念されている。

私が利用している「湘南新宿ライン」という電車は、極めて軟弱である。最長「黒磯ー小田原」と1都3県をまたぐ長さのために列車事故等の影響が受けやすいことも事実であるが、すぐ運休してしまう最大の理由は、代替路線が存在することであろう。だが、私の通勤の場合、この列車が止まることによって1回乗換えが増え、通勤時間が20分は伸びる。グリーン車の利用も途中までになってしまう。私にとっては、非常に大事な路線なのである。

今日は台風によるトラブルを見越して少々早めに駅へ向ったのだが、一向に電車はやってこなかった。湘南新宿ラインに関して言えば、前日からもう運休が決まっていたそうである(笑)。最近だらしねぇな。しかし、上野へ行く宇都宮線は動いているはず。それが一向にやってこないのである。既に時刻を表す電光掲示板はその役割を失っている。幸いだったのは、屋根つきの待合室がホームにあったことである。蓮田駅め、歪みねぇな。
待っているうちに何本か電車は来るが、すし詰めというレベルを超えている。電車に乗ろうと必死に突入をかけるスーツ姿の叔父さんがアメフトの選手に見えてくるほどである。私はそんなに気合がないので、何本か見送って宇都宮線に乗り込んだ。

風雨が多少弱まってきたので、さほど遅れることもなく会社に着くであろうと楽観視していたのだが、浦和駅に到着後、うんともすんとも動かなくなった。並行して走る京浜東北線も運休。運休する路線の情報が次々に入る中、最終的には「首都圏の全路線運休」という素敵な状態に見舞われた。私が東京に来て10年以上経つのだが、こんな経験始めてである。私は幸いにもグリーン車で座っていたので、代替移動手段も無いことだし、仕方ないねと思いながら本を読んだり、ビデオを見たりしていた。3時間近く拘束された後に、電車は何事も無かったかのように動き出したのである。

で、東京に到着してちょっと驚いたのだが、完全な運休になっていたのはJRだけだったらしい。数時間の運休はあったようだが、全面運休という状況ではなかったようである。
これは地下鉄・私鉄各線とJRの、列車を運休とする風速基準が異なっていることが原因らしい。2005年12月26日に発生したJR羽越本線脱線事故(5人死亡、32人重軽傷)以降、突風に対する運転基準を改めていて、風速毎秒20メートルを超えると徐行運転し、同25メートル超で運休する。それに対して地下鉄・私鉄各線は羽越本線の事故の前にJRが採用してきた風速30km超で運休するルールを採用している。そこでこのような差が発生した。

うまく時間つぶしができたものの、会社に着いたのが14:30である。通勤に6時間半かかったことになる。

恐らくJRに対して非難轟々なのではないかと思う。台風による影響が予想以上に小さく、またその後、暑いほどの天候に見舞われた。そのあたりがクレーマー達の怒りを増すには十分な要素に思える。特別、緊急事態にあったわけではない私はそんなに文句を言う気にもならないし、怒る気にもならない。安全と思われる基準で運転してもらって結構ですし、何分、何秒を争うような仕事をしているわけでもない。そもそも乗客のことを考えた安全基準を遵守して運営してくれてありがとうとすら思うのだが。

東京に職場が一極集中しているような状況には怒りを覚えるけど。

皇居の周辺の職場で仕事をしている私。周囲には様々な名所があるのだが、私はろくに行ったためしがない。結局のところ、会社に行く前には会社へ向って急いでいるだけ、会社から帰るときにはあたりが既に暗くなっているし、家路を急ぐだけである。
結局のところ、ゆっくりと周囲を見て回る時間など無いのである。何だか悲しい話だが。

今日はちょっとばかり外出があったので、遠回りで帰ってきた。出発地は市ヶ谷の三番町。ここから皇居を突っ切り、国立近代美術館の前を通って、会社に戻るというルートである。
こんな1時間程度の散歩でも、カメラ一つ持っているだけで面白さが変わってくる。もっと写真を撮っているのだが、あまり面白みも無いものが多いし、ピックアップで紹介。

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この周辺には大使館が結構ある。ここはローマ法王庁大使館。

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大使の邸宅がこちら。この周辺の家屋よりもよほど日本的であるところが何ともいえない。敷地も広大で、実にうらやましい邸宅である。

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もう少し歩くと、民家を創作・染色品の販売、展示をする店に遭遇。SALEといわれても、相場がわからないので何ともいえないのである。

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皇居と千鳥が淵の間の道路を歩いていくと、目の前に東京国立美術館が見える。

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その隣を通る高速道路が何ともうるさい。風情ぶち壊しである。

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今日の展示は『染めの夫妻陶芸コレクション リーチ・濱田、豊藏・壽雪』とある。が、陶芸について無知な私には誰の何なのかがさっぱりわからない。が、建物が非常に立派なので、これを眺めているだけで十分楽しめる。

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元々は近衛師団司令部庁舎だったらしい。皇居に近いこの場所、そして凛々しい印象があるたてものは、近衛師団のイメージにぴったり合う。

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この建物の外には馬に乗る軍人の銅像がある。モデルは『北白川宮能久親王』詳しくは下の画像を参照のこと。

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皇居周辺にはこのような銅像がたくさんあるが、ここまで躍動感があるものは珍しい。

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と、こんな散歩で1時間というところ。次は皇居がある南側を回ってみたいけど、いつ実現できるかな?

カレンダーの日付が赤い日は父と遊ぶ日。息子の中ではそのように定義されているようである。私はその週の週末、どこに行こうかと考えているわけだが、今日は最近行っていなかった銭湯、健美の湯へ、一緒に行ってみることにした。
息子も3歳になり、ようやくお風呂で粗相することも無くなった。やっと一緒に行けるのである。だが、サウナは無理だろうし、露天風呂も初経験ではないか?私はこうした風呂に来ると3時間くらい居座ってしまうのだが、息子と一緒では、まず無理だろう。息子は長湯が好きではないのである。

土日祝日は、大人が\650に、幼児が\250である。総計\900。お父さんも久しぶりに来たことだし、少なくともいつも以上は風呂に入っていたいぞ。
初めて見るような大きな風呂。泡が出るものもあれば、ヒノキの風呂もある。薬湯も。だが、何故か普通の大きいだけの風呂に入りたがる。なかなか落ち着かないらしい。私にぴったりとくっ付いて離れない。そうか。野郎が裸でこんなにたくさん居るところに来るのは息子ははじめてであったか...あまり人がいるところには行きたがらない。何だか怖いのかなぁ?

色々な風呂に入って15分も経つと、風呂に飽きてくる息子。妻からは「息子を徹底的に洗ってきて」と依頼されているので、それをこなした後に自分の頭や体を洗う。結局、40分くらいしか居なかった。最短記録であり、コストパフォーマンスも悪い。これはもうちょっと慣れてから来るべきであったと反省。ここに来たくなったら、息子の目を盗んでそ~っと一人で来るほうがいいなぁ...と正直思った。

このところ日曜日は、暗黙のうちに息子と一緒に遊ぶ日になっている。というか、カレンダーで数字が赤く塗られている日というのが息子の認識らしく、朝に
 息子「今日は赤い日じゃないの?」
と聞いてくる。赤い日に比べて圧倒的に多い黒い日の場合、私はそこでうなだれながら
 私「仕事だ...」
と沈んだ顔でボソッと言うわけである。

さて、今日はあまり動けない妻に変わって買い物に行く。もちろん、息子と共に。私は良くダイエー系列のマルエツというスーパーに行くのだが、この近所のマルエツには100均のダイソーが入っている。そこで手で投げて飛ばすグライダーを見つけ、なんとなく買ってしまった。
自分が子供の頃、これを飛ばして随分遊んだ。急に懐かしくなったのである。

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買い物が終わった後、マルエツの近所にある大きな公園で息子と遊ぶ。早速買ったグライダーを組み立て飛ばしてみる。
...思ったほど飛ばない?
勘が鈍っているのかなぁ?と思い、何度か飛ばしているうちに比較的距離が出るようになってきた。
息子も飛ばそうとするが、うまく飛ばない。そもそも飛ばす方向が変だし...推奨年齢6歳以上ってのはあながち間違いではないんだなぁ。
そういえば、紙飛行機もまだうまく飛ばせないわけで、難しいか。

飽きた息子は遊具で遊び、私は息子の目を盗んでグライダーばかり飛ばしていた。意外と楽しい。今度はゴムで飛ばすやつを買ってみよう。

第二子の写真は第一子に比べて枚数が少なくなることが多いらしい。
気持ちはわからんでもないが、同じように愛情を注いで育てていても、そういう余裕が無くなってしまうんですな。自分に第二子が出来てよくわかった。

妻は今でも私のお下がりの一眼レフカメラを使っている。デジタルではない。銀鉛フィルムのカメラである。PENTAXのMZ-5。悪いカメラではないが、現像することを考えるとそう気軽に撮影できない。そして、現像されていないフィルムが次第に貯まっていくのである。
最近はカメラやさんにメディアを挿入するだけで簡単に印刷してくれる機器が並んでいる。現像の工程がない分、銀鉛フィルムの現像よりも安いほどである。クォリティは...銀鉛の勝ちのような気がするけど。
紙焼きするのも楽になったから、妻もデジカメが欲しくなったらしい。ポケットに入るくらいの...そう、私が使っているIXY DIGITAL 20 ISと同じくらいのサイズのもの。\12,500という破格の価格で入手したわけだが、今、同じ店に行ってもこの値段では売っていない。妻もあまり高いのはちょっと...と言っているし。こういうときこそ、オークション。

いくつか目ぼしいものをピックアップし、価格上限を決めて入札(何か物を購入するとき、私の行動は異様に素早くなる)。
「上限超え~ダメー!」
と連呼する中、ほとんど新品に近いのに値段があまりあがらないカメラがある。PENTAX Optio S10

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店頭展示品だったらしく、付属品は全てついている。
ちょっと高めの入札上限額にして終了間際に見守るが、誰も入札してこない。結局、\6,500で落札。やった!
っていうか、IXYよりも画素数多いし、液晶大きいし。で、半分の価格ですか...。十分安かったIXYが今日は妙に高く感じられるぜ。

これで妻が文緒の写真をたくさん撮ってくれるでしょう。あ、SDHCカードも買わなきゃ...

些か季節はずれの感もあるが、花火をする。今のシーズンの夜の方が蒸し暑くなくて心地よい。あんまり蚊も居ないし。

息子は花火が苦手である。といっても、打ち上げるほうの花火である。雷なんかと同じ扱いのようで、大きな音にびっくりして泣き出してしまうのである。
で、手で持ってするような花火はどうかといえば、未経験。息子は花火がどういうものなのかを知らないままで私がすることを見ていた。そして、それが意外に楽しいものであることに気づいたらしい。今日、花火デビューである。
大人気なく、私も妻も花火は好きだが、そんなに量があるわけでもないので、主に息子にやらせる。花火を振り回すし、終わった後に水につけることも知らない。そこで、花火デビューの息子に花火マナーを色々と指導。そう、俺もそういえば親にこういうことを教えてもらったな...そんなことを思い出した。

「プシュー」と火花を散らす花火は主に息子にさせて、私は地味に線香花火。これがかなり楽しい。如何に長持ちさせるか、一番大きな状態をどれだけ維持できるかという、見た目以外の楽しみもある。息子もやりたがるのでさせてみるが、すぐに火の玉を落としてしまう。うまく出来ないこともあってか、気に入らなかったようである。また「プシュー」とか「バリバリ」という音がする派手な方へと帰っていった。
こういうね、枯れた味ってのは子供にはわからんのよね...と、3才児に向って思う大人気ない親なのです。

桶川と久喜のトイザらスを経験したわが息子。どうやら息子はトイザらスは素晴らしいところであると認識したらしい。ことあるごとに「トイザらスに行こう」と言う。
現在、息子は主に車や電車に興味を持っている。そんな息子の最も身近なおもちゃがミニカー。恐らく、現行で発売されているものの9割は持っていると思う。1台で見ると三百数十円という価格なので簡単に買い与えてしまっていたのがまずかったか、最近は中々我慢と言うものが出来なくなっている。

妹が生まれ、妻の手がそちらにほとんど言っている中、息子も良く我慢したものだと思う。3歳児にしては頑張ったほうだろう。と言うことで、ご褒美も兼ねて今日は岩槻のトイザらスへ。色々と迷った結果、買ったのは1/32サイズの日産GT-Rのダイキャストカー。ドアも開くし、ヘッドライトも白色LEDで再現されている。中々の出来である。GT-Rは私も好き。なんとなく購入への抵抗感が無かった。


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帰り、岩槻城址公園に寄る。電車の遊具があることに息子が気がつき、それでなんとしても遊びたいというのである。
岩槻城...江戸時代以前は岩付城と記されたこの城は、築城のプロフェッショナル、太田道真・太田道灌親子によって建てられ、戦国時代には太田資正の居城となった。後に資正不在の時に後北条家が乗っ取ってしまい、小田原攻めで落城する。前日紹介した『信長の野望』では、この城周辺で毎回激戦になる。個人的には公園よりもそうした歴史に興味があったわけだが、息子に連れられて公園で遊ぶ方を優先させられる。
中々広い公園で、天気が良かったこともあり多くの子供達が遊んでいた。息子はおっとりさん&(子供に対して)人見知りさんなので中々思ったように遊具で遊べない。ちょっと歳が上の女の子につり橋のような遊具で左右に揺らされ、ビビリまくる息子。大丈夫か、息子よ。

散々遊び、「氷溶かしただけで\300とは、これ如何に?」と唸りたくなるかき氷を食べて帰る途中、疲れたのか車の中で眠ってしまいましたとさ。

昨日、福島から私の父と母が孫の顔を見にやってきた。
その夜は義理の父母の家で宴会となり、娘の名前を考えることはできなかった。

というわけで、かれこれ1週間「名前はまだ無い」という状態であった。
苗字といくつか候補があった名前を打ち込み、
それっぽい書体にして大きく印刷したものを持参して
今朝再度集まり、娘の名前を検討。

色々と悩んだ結果、決まった名前は
『文緒』
となった。読みはもちろん『ふみお』である。
まぁ、こうなった由来は色々とある。

父、母、息子と一緒に蓮田市市役所に出生届を出しに行く。
あまり父母が孫の面倒をみることは無いのだが、
さすがに3歳にもなれば、不慣れでもどうにかなるようである。
少々時間がかかる出生届の処理を無事に済ませることができた。

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そして、父に名前を書いていただきました。
皆が勝手に色々な名前で呼びまくるような状況に終止符がうたれました。

妻はまだ絶不調のようだが、とりあえずは退院ということになった。
当初、実家ではなく我が家にそのまま帰ってくる予定であったが、日常生活にも困ってしまうほど調子がよくないので、予定を変更してしばらく妻の実家にお世話になることにした。つまり、我が家はまた私と猫2匹との生活になる。恐らく、妻の帰りを最も待ちわびているのはこの猫たちだろう。餌と水、トイレの掃除は毎日しているが、見かけるのは「のん」ばかり。三毛猫の「しろ」は、私の前に姿すら現さない(でも、餌は減っている)という始末である。

実家にお世話になるとはいえ、義理の父・母は息子が持ち込んだ風邪をうつされ、こちらも万全とはいえない。
それでも、近くに自分を見てくれる人が居るということは良いことである。これが周囲に誰も頼りになる人がいなかったらばどれだけ不安に思うだろうか。
妻にはゆっくり休んでもらい、元気になったら家に帰ってきてもらおう。

上の子が男の子なので、下が女の子で本当によかった。
ちょうど年齢が3つ違いになる。
私には3つ年下の妹が居るので、同じである。

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で、産まれたのはこの子。
9:50に、3,090gで出生。
名前はまだ無いので、来る人ごとに自分の思い思いの名前で呼んでいく。
私も名前を色々と考えていたのだけれど、経産婦は予定日より早く出産すると聞いていたので8月用の名前ばかり考えていた。
そしたら、予定日どおりにしっかり産まれて、9月1日誕生日に。私のプランは全て白紙撤回。
(上の子も予定日どおりに産まれて来た。二人とも律儀だな)
上の子の命名は大分私の意見を尊重いただいたので、今回は妻が出す案から考えようと思う。
名前というものはこだわりだすと、画数やらなんやらと色々な検討要素が出てくるものだが、家はあまりそういうことまで考えることはしていない。こだわるのは、普通に読めるということくらいかな。こんな具合では気合が足りませんか?

まだ今年が終わったわけではないが、恐らくこの夜が一番長かったと思うことだろう。

妻の出産予定日が翌日に迫った今日、破水したとの連絡が届く。会社に居た私は急いで帰り、入院した産婦人科へと急いだ。
しかし、妻はそれほど出産が迫っているような様子でもなく、軽い陣痛のようなものは感じるが、まだ産まれそうではないとのこと。そこで私は一度、家に帰ることにした。

その後21:00頃に陣痛が始まったという連絡があり、再び病院へ。妻は既に陣痛室に入っていた。
第一子の出産の際は、この部屋に入ることすら出来なかった。体が重く、うまく身動きが出来ない状態の妻をフォローするために陣痛室までやってきたのだが、「この部屋に居る=出産に立ち会う」という暗黙の了解がなされていたようで、当初そのつもりは毛頭無かったが、居るだけで少しでも役に立てるのであれば立ち会おうと腹を決めることにした。
入ったのは二人部屋の陣痛室。その間はカーテンで仕切られていて誰が居るのかはわからない。だが、声だけは聞こえる。陣痛がかなり強いようで、痛々しい声ばかりが聞こえる。しばらくして分娩台のある部屋へ移動し、1時間程度で子供の泣き声が聞こえた。無事に出産したようである。
妻といえば陣痛の感じはあるものの、出産前ほどの強さにはなっていないらしい。一人部屋の陣痛室が開いたのでそちらに移動し、眠れるならば寝るように言われた。私も妻の横で休んだ。

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この病院の陣痛室の照明は変わっていて、赤・青・緑それらを単色にすることが出来る。3色合わされば加法混色で白色になるという具合だ。横になっている間、照明は青にされた。この青は、鎮静効果を狙っているのだろうか。
私は2時間ほど眠ったが、妻はよくよく眠れなかったらしい。翌朝5:00頃、あまりにも時間がかかっているので、分娩台のある部屋へ移って様子をみる。どうも子供の頭が下がりきっておらず、さらにへその緒が体に巻き付いているらしい。陣痛は増しているものの、それに対して力むような反応をすると、子供の頭が下がってこないのだという。陣痛は受け流すような感じ(この感覚、私には良くわからないのだが)にしなくてはいけないらしい。妻の体には、陣痛のペースがグラフ化される機器の端子が接続され、静かな部屋にこの器機の音が響いている。
義理の父母に電話で状況を伝え、再び妻の元に戻る。7:00頃、看護師達が入れ替わる時間になった。そこでやってきた助産師が妻の様子を見る。
 「頭が下がって出産まで、4時間くらいかかるかな?それ以上かかるようであれば、帝王切開も検討します」
という言葉を聞いて、妻と私は急激にゲンナリさせられた。あと4時間も妻は苦しい時間を過ごさなくてはならないのか。私は横で励ますだけだからどうということも無いが、妻はちょっと絶望的にさせられた。
が、ちょくちょくその助産師が確認しに来るようになったら、急に頭が下がりだした。陣痛の波長も短くなっている。9:15分頃、
 「下がってきたのでやってみましょう」
と助産師が言う。助産師の言うことに従いつつ、いきんだり、休んだり。一回一回に全力の力を出していて、私の手を握る妻の手にも力が入る。それを5~6回繰り返すと
 「おぎゃ~」
という泣き声と共に産まれた。
私達は事前に子供の性別を聞いていなかった。息子の時もそうで、なんとなくそうしたほうが、産まれたときの楽しみが増すのではないかと考えたからである。私は真っ先にそれが気になってあるものがあるか、無いかを確認した。そして
 「女の子だ!」
と叫んだ。なんだか嬉しくて妻と抱き合いつつ、泣いてしまった。

正直、出産がこんなに大変だとは思わなかった。
第一子の時は、陣痛室が満員で入れず、立ったまま痛みに耐え、一人で頑張って産んだのだだろう。私は事後報告だけで知るすべも無かったが(知ることが出来たなら病院に行った...)、心細かったのではないかと思う。

血が苦手な私は立ち会うつもりなど毛頭無かったのだが、事過ぎると、立ち会って本当に良かったと思う。
はっきり言って、男は無力である。助産師や看護師の指示の元、なにかをしたり、声をかけたりすることしか出来ない。だが、どんな状況を経て子供が産まれてくるのか、ほんの少しでも共有できたのではないかと思っている。妻や子供がより愛おしく感じられることは間違いない。
出産の立会い、本当にお奨めいたします。

個人的に注目していた、東京一区のこの泡沫候補同士の戦い。

結果は
 又吉イエス 718票
 マック赤坂 987票
なんとー!又吉イエス敗れる!

俺がこの選挙区の住民だったら、絶対に又吉に入れたというのに...
また頑張ろう、又吉イエス!
供託金の300万は高いけど。

第45回衆議院議員総選挙結果、民主党圧勝。113→308議席。一党だけで過半数を占める凄まじさである。マスメディアも揃って「民主党万歳」状態で、民主党政権にするべく...といっても過言ではないような報道をし続けた効果があったというものだろう。
惨敗した自民党。296→119議席へ。当選回数が多い議員もあっさり落選。自民党始まって以来の危機的状況と言っていい。

鳩山党首、それでも社民党や国民新党と連立を組むというのだから、その友愛っぷりは驚くほどである。次回参議院選を見込んでの連立なのだろうが、マニフェストの差異を飲んだり、閣僚の枠を設けなくてはならないことを考えると、手を切ってもいいんじゃないかと思うのだが。
恐るべきは、小沢一郎の選挙対策である。「選挙に徹する」と言い放ち、これだけの結果を残した。新人議員の多くは「一新会(事実上の小沢派)」に属することになり、党内における発言力も増すであろう。

今はまだ、選挙結果が決まったばかり。民主党政権の仕事ぶりをこれから見ていくことにしましょう。

本当に信じられない話である。

私の住む蓮田市は、館林や熊谷のように「気温日本一」になりはしないものの、地味に暑い所である。しかもカラッとした暑さではなく、ねっとりと絡みつくような不快な暑さだ。東京にあるエアコンの室外機がみんな北を向いているんじゃないだろうか?と思えるほどである。もちろん、首都圏名物「光化学スモッグ」も発生し、警報が防災無線で流される。全くもっていいとこなしの市である。

その蓮田で、まだ8月なのに最高気温が29度。信じられねぇ。
今年の冷夏というのはホンモノである。あまりの暑さに、通勤中に具合が悪くなるなんてことは日常茶飯事なのだが、今年は一度しか具合が悪くなっていない。
農家の皆さんからすると大変好ましくない状況なのかもしれないが、暑いのが苦手な私や、おなかに子供が居る妻(デブが暑いと言う気持ちがわかったと言っていた)にとっては、これくらいがちょうどいいのである。この調子でいくと、9月には暦どおりに秋になるのではないかと期待させられる。

今の私は出来る限り自分で洗車をしている。昔はほとんど人に任せていた。
この頃はセルフスタンドでばかりガソリンを入れているし、どうも昔に比べて軒並み「手洗い洗車」の価格が上がっている気がしてならない。お金がもったいなく感じられ、多少時間がかかっても自分でしたほうが得かも~って感じてしまう。もちろん、洗車機は論外です(って、もうボディ傷だらけだけど)。
庭に出て洗うわけだが、これが結構手間である。やりはじめるとワックスかけまでしてしまうので、3時間くらいかかってしまう。車の中も、息子の足跡などがたくさん。ゲンナリしてくるぜ。
車大好きなうちの息子。洗車していると手伝いにやってくるのだが、3才児に何が出来ようか?猫の手といいレベルである。「自分の車を洗いなさい」と、三輪車を洗わせることにした。
全く同じように真似をしてくるので、水洗い、ふき取りだけでなく、ワックスかけまでしようとする。そして、ワックスふき取り。きれいな三輪車の出来上がりである。

水ぶっかけられて、拭いた車をまた拭くハメになったりと中々作業は進まないわけだが、息子はそれなりに楽しんでいるようなのでまぁいいでしょう。

とても当選する見込みが無いのに選挙へ出馬する候補のことを『泡沫候補』と呼んだりする(大川興業の大川総裁はインディーズ候補と呼んでいる)。『羽柴誠三秀吉』や『又吉イエス』あたりが有名どころかと思うが、最近ちょくちょく見かけるようになったすごい泡沫候補がいる。それが『マック赤坂』である。

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今回の衆議院選にも出馬。「また出たか!」と喜び半分に候補者一覧を見てしまった私。選挙ポスターも半端ないのである。

前回の参議院選の際、政見放送を見て腹を抱えて笑ったが、今回もやってくれたようである。

さて、本日外を歩いていたところ、どこからか選挙の街宣車のような人の声が聞こえるのである。しかも、良く聞くとマック赤坂のものらしい。
 「どこだ?どこだ?」
と思わず探してしまった私。あ、超低速で走る白いロールスロイス&真っ赤なフェラーリが見える...
!!
なんとそこから声が聞こえるのである。
下の動画は、前回の参議院選の際に使用された街宣車のようである。この頃はフェラーリは無かったのかな?

いずれにしても、ロールスロイスやフェラーリの街宣車を使う候補者に投票しようとは思えない。が、出馬するだけで笑わせてくれるので許す。

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最寄の駅から自宅まで歩く。いつから咲いているのかすら気がつかなかったけれど、きれいな花を咲かせているさるすべりがある。
さるすべりは、漢字で書くと「百日紅」となる。全く読めない。これは比較的長い期間、花を咲かせているためにつけられたらしい。面白い話である。

明日は息子の3歳の誕生日。
なんだかここに至るまでがあっという間に感じられてならない。去年と同様に我が家へ義理の父母に来てもらい、お祝いをする。

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今年も妻がケーキを作ってくれた。食べきれないほどのご馳走があったが、息子はもらったプレゼントに夢中である。
私があげたのは、ミニカーを走らせる道路や店が描かれているシート。妻からは蜜蝋のクレヨンとスケッチブック。圧倒的に妻からのプレゼントの方が高価なのだが、がっちり心を捉えたのは私からのプレゼント。ミニカー好きならば、必ずはまると思ったが大当たりだった。ご飯も食べずにずっと遊び続けるほどである。

もうすぐお兄ちゃんになる息子。色々と大変なことが待っていそうな3歳である。

世間的には大絶賛お盆休み実施中という感じなのだろうが、私の居る会社は各自が仕事の調整をしつつ、7~9月にかけて自由に取得できる仕組みになっている。つまり、会社はずっと動き続けているのである。
私は7月初めに体調を崩してしばらく休んでしまい、ここで夏休みを消化(別に有給使っても良いのだけど)してしまっているので、特に夏休みはとらない予定。例年ならば暑さでやられてしまうので休みを取らなければとても夏を乗り切ることが出来なかったほどだが、今年はそんな猛暑にも幸いなっていない。妻の出産もいつになるかわからず、どこかに旅行に行くようなこともまず無いわけで、ずっと出勤を続けるつもりである。

通勤時に思ったこと、それは人が減ったということである。グリーン車に満席で座れないというようなこともないし、普通車でもこのような大変な目にあわずに済んでいる。外を歩いても人がまばらだ。
いつもこれくらいならいいのにねぇ。

湘南新宿ラインのグリーン車には、朝からいきなり行楽客が増えてびっくりさせられている。
座席を逆にしてボックス状態にして利用する客など朝はほとんど見かけたことが無かったのだが、家族連れが楽しそうにこれから行く行楽地の話をしている。子供はうれしくてはしゃぐ。
朝弱く、暑さにも弱い私は、電車に乗り込む頃にはフラフラになっており、座席に体を沈めてしばらく休めることでようやく動けるようになるので、この時間の休養は非常に大事なのだが、騒いでいる子供の声で仮眠を取ることもできない。
「あ~、もううるさい!」
と苦情を述べたいくらいなのだが、そんな気合があるわけも無く、ただ遠い目で見守るのみ。

今日の家族連れは伊豆へ行く模様。池袋駅で特急踊り子へ乗り換えだろう。
猛烈にうらやましいのである。

去年も行った、自宅近所にある神社のお祭りである。
どうも天候が微妙で、「やっているのかな?やってないかな?」と息子と話をしながら、今年は二人でやってきた。近々、出産を控えた妻はあまり動きたがらないようである。

行く途中は問題なかったが、息子にかき氷を買ってあげる。シロップはレモン。レモンそのものは食べられないと思うのが、息子はレモン味のアイスが好きなのである。私は生ビールが\350と安かったので買って飲む。なんてことをしている途中に天候が悪くなり、神社(といってもすごく小さい)の軒下に退避。

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しばらくすると神輿が帰ってきて、神社の中に納めるようなのでちょっと退く。小さい神社なので、入れる神輿も小さい。

雨が小降りになってから周囲の模擬店などを見て回る。息子は射的がしたいらしい。射的だけでも金を払えば出来るのだが、隣で売っているじゃがバターを買うと射的が無料で出来るとのこと。ビールにあうのでじゃがバターも購入。バターといっても本当はマーガリン。とても大きな缶に入った業務用ってやつである(写真取り忘れた)。
食べ終わっていざ、息子に射的をさせようとすると、ビビッて出来ない(苦笑)。ただコルクの弾が飛び出すだけなんだがな~。後ろから息子を支えつつ撃とうとしても、やっぱりダメ。しょうがないので私が撃ち、大人気なく全段命中させてお菓子をもらう。
しばらくすると踊り等の催し物が始まるのだが、おばさんのフラダンスなんて見たくも無いので、地区の全戸に配布された福引券を6枚ももらっていたので福引をして帰る事にする。当たると「クオカード\1,000分」で、はずれると「蓮田市・白岡町共通ゴミ袋」がもらえる。はずれてもそれなりに実用的なものはもらえるのである。
私はこういう運が全く無い人なので、全部息子にひかせてみる。すると、クオカードを2枚も当てているではないか。中々やるのである。

どうもこの地区のお祭りは、主催する側が老人ばかりのためか、規模が小さいためかわからないが、あまり面白いとも思えない。でも、息子はそうでもないらしい。俺も子供の頃に行った祭りでは結構楽しんでいた記憶がある。慣れきってしまっているから面白みを感じられなくなってしまったのだろうか?

朝、1階に下りていくとビニールプールが置いてある。空気は入れかけ。隣には暑くて参っている妻が居る。
息子にせがまれたのか、ビニールプールを出したものの空気を入れている途中でつかれきってしまったらしい。確かに、妊婦には酷な作業である。
私は頭が痛かったので、トイレに行ってまた寝ようと思ったのだが、その様子を見て、手伝うことにした。

妻は自転車用の空気入れで膨らまそうとしていたようだが、空気を入れる口が当然合わず「スースー」と、半分くらい空気が漏れている音がする。う~んと思い、ビニールプール用のポンプを足で踏みながら膨らまそうとしたら、腰が痛くなった。結局、どの方法で入れるのが一番良いのかを検討した結果、口で入れるのが一番楽なような気がしてきた(昔は肺活量が結構あったのだが、最近はわからない)。
確実に入るし、膨らんでいく様子が目に見えてわかる。なんとなく達成感があって、一番楽な気がしたのである。
3箇所に空気を入れることで完成するビニールプールなのだが、真ん中だけ空気をいくら入れても膨らまない。なんとなく抜けている音がしていたのでチェックしてみると、穴が開いている。この形状...猫の爪ではないかなぁ。ビニールテープで応急措置をしてプールを造ったものの、半日くらいでその穴から空気漏れしてしまい、あらららら...ショボ~ンとしてしまった。

買い替えですね、これは。買うことはそんなに抵抗無いが、今あるプールを処分するのが少々面倒。冷夏だといわれているけれど、年内に出番はあるのか?

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これ、私の似顔絵だそうです。
作者は21才の女の子(一回り下か...)こんなに立派な髭ではないのですが。
私が犬を抱いているのは、犬と一緒に戯れるのが好きだからです。

彼女は私の仕事を詳しくはよく知らないはず。謎の人だと思っていることでしょう。
こんなイメージなんですなぁ。

こういうのを書いてもらうのもなんだかうれしいものですね。

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昨年末に放映された『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』にてガースー黒光り新聞として使用された旧千代田区役所。今日も何かの収録が行われていた。都心のど真ん中でこれだけの空きビルは貴重なのだろう。収録以外にも、区役所が臨時の窓口を設けるときに使われたりしている。当分、取り壊されることはなさそうだ。

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今回はまた刑事モノの収録らしいが、番組が何なのかは不明。

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パトカーに群がる報道陣。恐らく、誰か大物が警察に捕まったというシーンなのではないかと思う。何のドラマかわかった方がいたら、コメントお待ちしております。

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横浜のおじが使っている時計は、ROLEX SUBMARINER Ref.16800の後期モデル(インデックスに金属のフチがあるもの)。トリチウム夜光の焼けとヤレっぷりが何ともいえない。

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私がこの日していた時計も、おじに合わせて ROLEX SUBMARINER Ref.16610の前期モデル(バネ棒用の穴があり、弓環が一体化していない。さらにトリチウム夜光)。16610の方が後から販売されたものなのに、何故かRef番号は16800より若い(何故か、ご存知の方がいたら教えてください)。

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Cal.3035
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Cal.3135

Ref.16800から風防にサファイアクリスタルを採用し、防水性能が300mになっている。この2モデル違いはムーブメントの違いである。Ref.16800にはCal.3035、Ref.16610にはCal.3135が採用されている。どちらも日付クイックチェンジ機構(デイトジャスト機構)とハック機能があるムーブメントで、使っている分には違いが良くわからないのだが、開けてみるとCal.3035はテンプがシングルブリッジ、Cal.3135はダブルブリッジとなっている。また、デイトジャスト機構の故障が比較的多かったらしく、10年ほどでCal.3135へほとんどのモデルが移行している。Cal.3135は今でも現役モデルに搭載されている。

おじのRef.16800は25年以上前に、免税店で二十数万で購入したという。時代による物価の違いがあるとはいえ、現在とは随分価格差があるものである。今現在、状態の良いRef.16800は50万円超で取引されている。

何度か書いているが、ROLEXは実用時計である。特にSUBMARINERは300mの防水性能を持ち、ハードな用途を前提にしているようなところがある。私が所持しているものよりも、むしろおじのヤレた感じのモノの方がそれらしい。
聞いたところ、オーバーホールは一度しかしてないらしい(苦笑)。全く丈夫な時計である。寝るときまで身に付けていて、庭いじりにも使われ、釣りの時には海水にも時計ごとぶち込まれている。パッキンの劣化も懸念されるし、そろそろ出したほうが良いのでは...と話した。

花火大会がなくなったので、横浜の夜景を眺める。

この高台の家から見える夜景も中々のものである。
私は夜景を眺めながらしばらく考え事をしていた。ビルに備え付けられているのか、赤いランプがゆっくりしたペースで点滅する。このあたりは閑静な住宅街で、嫌な雑音もほとんど無い。考え事をするには最適なのである。
どのくらい時間が経ったのかわからないが、考え事に一区切りついたので眠ろうと思ったら、香取線香(あの懐かしい、緑色の渦巻き)が無くなっていた。今晩は蚊にやられてしまうかもしれない。

今日、明日と横浜のおじのところにお世話になる。例年のイベントである。
狙うのは海の日。その日は横浜の花火大会があり、高台にあるおじの家からは真正面に花火が見える。すばらしいロケーションなのである。
しかし、今年は『横浜港開港150周年』のイベントが方々で行われ、花火大会は7月末に行われる開港記念花火と一緒に行われることになったようである。実に残念だ。

午前中におじの家に行く予定であったが、鉄道のトラブルで、着いたときにはお昼になっていた。もっと早く来られたのであれば、鎌倉のほうに行くなど別プランもあったようだが、今日はそこまで足を伸ばさずに『三渓園』へ行くという。この時点での私の予備知識はゼロ。その名もはじめて聞くような場所で、一体何があるのかもわからぬまま、おじについていったのである。

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バスを乗り継ぎつつ、三渓園最寄のバス停へ着く。このあたりで昼飯でも...と思ったが、完全に住宅地で飲食が出来そうな雰囲気は全くなし。ほとんど朝食を食べていなかったのでかなりお腹が空いていたが、もしかすると中に何かあるかもしれない。

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まず、到着して驚いたのはこの景色である。大池と呼ばれる池がなんとも清々しい。
入り口周辺にあったパンフレットを手にし、ここがどういうところであるかがようやくわかってきた。紹介はサイトから引用させてもらおう。

三溪園は生糸貿易により財を成した実業家 原 三溪によって、1906年(明治39)5月1日に公開されました。175,000m2に及ぶ園内には京都や鎌倉などから移築された歴史的に価値の高い建造物が巧みに配置されています。(現在、重要文化財10棟・横浜市指定有形文化財3棟) 東京湾を望む横浜の東南部・本牧に広がる広大な土地は、三溪の手により1902年(明治35)から造成が始められ、1908年(明治41)に外苑、1923年(大正12)に内苑が完成するに至りました。三溪が存命中は、新進芸術家の育成と支援の場ともなり、前田青邨の「御輿振り」、横山大観の「柳蔭」、下村観山の「弱法師」など近代日本画を代表する多くの作品が園内で生まれました。その後、戦災により大きな被害をうけ、1953年(昭和28年)、原家から横浜市に譲渡・寄贈されるのを機に、財団法人三溪園保勝会が設立され、復旧工事を実施し現在に至ります。

よくもまぁこれだけ集めたものだと感心してしまう。

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池の先を良く見ると、三重の塔が見える。『旧燈明寺三重塔』である。重要文化財で1457年(康正3年)建築。かなり古いものである。

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池の周りを歩き出すと、左手に蓮の花が見えてくる。私は蓮の花の中にある、花が散った後に残るものが気持ち悪くて嫌いなのだが、花だけ見ている分には良い。こんな綺麗な常態の蓮の花と大きな葉が池を埋め尽くしていた。

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蓮の池から少し歩くと、鶴翔閣(旧原家住宅)が左手に見えてくる。萱葺の屋根で横浜市指定有形文化財に指定されている鶴翔閣は、茶会、句会だけではなく、なんと結婚披露宴の席としても利用可能である。私達が訪れた時も何かのイベントをしており、中に入ることは出来なかった。

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睡蓮池には何故か亀が。まぁ、ワニなんかじゃないからいいけれど。

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池の向こう側に見える観心橋を渡る人が見える。しっかりとこの庭園を見るとすると、あそこに達するまでには相当な時間が必要になりそうである。

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まだアジサイが残っていた。ここのアジサイはブルー。アルカリ性の土壌のようである。

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ここからが内苑である。御門を潜ると...

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隠居の『白雲邸』に入る門がある。1920年(大正9年)建築の数奇屋風の建物で、こちらも鶴翔閣と同様に貸し出しをしている。この日は門が閉じられており、中に入ることは出来なかった。

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さらに内苑へ進むと、重要文化財指定の『臨春閣』が見られる。1649年(慶安2年)建築。襖絵は狩野探幽、狩野安信などによって描かれており、さすがにここの貸し出しは行われていない。

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渡り廊下が周囲にぐるりとあり、

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廊下の窓を開ければ、真下に池が。夏、ここに座って本を読んだり、スイカを食べたりしたら気持ちがいいだろうなぁ...

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『臨春閣』全体。二階に人がいるぞ。

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こちらは『聴秋閣』。同じく重要文化財指定。1623年(元和9年)建築。三代将軍徳川家光によって立てられた。二階に小部屋がある楼閣建築物。実に面白い作りである。二階はどの程度の大きさなのであろう?大それた考えだが、このような別室が自分用にあったらなぁ...なんて思ってしまう。

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ここらで一服するために、三渓記念館の中で抹茶を頂く。抹茶頂くのは結構久しぶり。お菓子は落雁。私は子供の頃、落雁が大嫌いで今も別に好きなわけではないのだが、ここで頂いたものはおいしかった。特にピンクの色の方は桜の風味が若干あり、おいしい。

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大池に戻るとカモが佇んでいた。

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大池の茶屋では鯉のえさ(棒状で、食べ物の"ふ")のようなものが\80で売られており、その近くにはえさやり場がある。えさを投げ込むとすごい勢いで鯉がワラワラとやってくる。

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入り口の対岸から池を眺める。なんとも落ち着く景色である。
この先で見られるものは、さすがにおじの足では厳しいので、一人で。

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『旧燈明寺三重塔』。重要文化財指定。1457年(康正3年)建築。室町時代、応仁の乱の前に作られたものである。京都あたりではこういうものがゴロゴロしているのだろうが、関東の現存する塔では、これが最古である。

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外苑にある『松風閣』。中に入ることができる。

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松風閣から海を眺める。色々なプラントだらけである。

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船も見えた。タンカーか?

帰りに欧風料理の店で食事。結局、昼飯は食べておらず、朝も軽くしか食べていなかったので、お腹が空いた。

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バスの車窓から見える横浜の夕暮れ。これから魅力的な横浜の夜が始まる。

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我が家の窓近くに植えてあるアサガオ。義理の父が植えてくれたのだが、妻はあまり西洋アサガオが好きではないらしい。

決して朝が早くは無い私で、咲いているのが観察できる。これは、今年の日照不足のせい?

暑い...冗談にもならないほどの直射日光が降り注いでいる。ハンカチを片手に、靖国神社へやってきた。

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7月13日~16日にかけて、ここ靖国神社では「みたま祭り」というお祭りが開催されている。「光の祭典」とあるように、本当は夜に来たほうがライトアップされたちょうちんが美しいのだが(去年の様子を参照ください)、人の数が半端ではない。最近は日が随分と長くなり、この位の暗さになるのは19:00頃。浴衣の女性がたくさん居るのもいいのだが、そこまで待つ気にもなれず、昼間に行ってみた。ちょっと近場に用もあったのである。

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国旗が青空にたなびくほどの晴天。ここは第一鳥居である。

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鳥居を過ぎて、今来た道を振り返ってみるとこんな感じ。東京理科大が見える。
ちなみに、靖国神社の拝殿方向が思いっきり逆光で、うまく撮ることができない。

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この「大村益次郎銅像」も後ろから。夜になるとこのあたりで踊りが催される。昼間はさすがにだれも踊ってはいない。

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これを見るまで気がつかなかったが、今年が創立140周年らしい。設立は1869年(明治2年)。明治天皇の思し召しによって建てられた「東京招魂社」が前身であり、靖国神社の名前に変わったのは1879年(明治12年)のことである。国家のために尊い命をささげた人々の霊を慰め、その事績を長く後世に伝えることを目的とした神社である。当初は戊辰戦争における官軍戦没者の慰霊を目的に作られたが、西南戦争、日清戦争、日露戦争、大東亜戦争と戦争がおこるたび、国家のために亡くなってきた方も慰霊の対象となった。

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大手水舎で手と口を清め、神門を眺める。神門まで一般人は乗り物で来ることができる(といっても、実際ここまで乗り物で来る人は珍しい)。

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神門近くの第二鳥居。

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神門から第二鳥居を見る。本当にいい天気である。

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神門の中に入ると、中門鳥居と拝殿が見えてくる。周囲には色々な人が書いた灯篭が吊るされている。

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神門手前。皇室関係者でも、ここから先は下車して進まなくてはならない。もちろん、一歩入れば撮影は禁止である。
賽銭を入れ、二礼二拍一礼。祈ることは国のこと。これ以上、人々が苦しまずに明るい社会を作るために力を...と。本来ならば神頼みするべきことではない。政治家に一言物申せばいいのだが、自分ひとりの力が微力でどうにもならないのである。

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比較的大きなビデオカメラを持つ人がいるので(写真右の人物)報道の人なのだろうなぁと思いながら腕章を見ると「チャンネル桜」と書かれている。おぉ、あの極右番組の取材は当然来るわなぁ。撮影されているのは外国人で、どのようにこの動画が利用されるのかはちょっと想像しにくい。

気に入った灯篭は3つ。私は伊東四朗さんの灯篭がけっこう好きだったのだが、今年は見つけることが出来なかった。

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1つは、あんまり関係ないんじゃないの?と思われそうな「ぞうきんさん」。結局、サラリーマンの仕事なんて「ぞうきんさん」となんら代わりが無いと思えてきた。

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次は、相撲の行司である木村庄之助さん。行司は刀を差しているが、これは相撲の取り組みにおいて見誤りがあった際に自決するための刀である。さすがに今日の時代でそういうことはないだろうが、それだけの決断をもって行司をしているという気合が感じられる。

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最後は、つのだ☆ひろ。去年は何かイベントを主催していたような記憶がある。書かれていること、まさにその通りという言葉に尽きる。私がここを訪れるのも、そんな理由からである。

ほんと、私も夜に浴衣にうちわを持ち、涼みながらやってきたいものである。

私が所属する会社の忌引き休暇は3日間。明日の午後から会社に出勤する予定である。
夜中には埼玉に到着したいと思っていたが、妹が使用しているパソコンのトラブル解消、大型液晶テレビのLANポートへ無線LAN端末を取り付ける設定などをしていたら、22:00近くになってしまった。

父は昨日までの疲れからか、昼寝をしている。それでも酒は欠かさないわけで、全くすごい人だとしか言いようが無い。私も付き合いたかったが、これから埼玉まで運転しなくてはならないので、見守るだけだった。
父・母に見送られ、福島を発った。

22:00をすぎているのでETCであれば30%高速料金が割安になる。しかし高速道路嫌いの私は、本宮ICまでは国道4号線を運転することにした。
驚いたのは、福島ー郡山間の道路が完全二車線になっていたことである。このルートはほとんど二車線化されていたのだが、大玉村だけは1車線でこのルートのまさに「ボトルネック」だった。そこが二車線化したため、45分で郡山まで行ける。本宮に意外と早くついたので、須賀川ICまで4号線を走る。それもあっという間についてしまったので、また4号線が1車線になってしまう矢吹ICから、信号ばかりの1車線できつい矢板をパスし、館林まで走る。
連日の多飲酒のせいか、体が結構疲れている。行きと同様にSAでこまめに休憩を取りながら高速道路を走る。矢吹ー館林間は夜間割引があって、約\1,700だった。確かに安くなったなぁ。
館林から蓮田は意外と近かった。が、すごい霧に見舞われてあまりスピードは出せない。滅多に使わないフォグランプを点灯し(BMWのフォグランプはかなり明るい。普段から使っていたら、対向車が嫌がるだろう)ゆっくり進んだ。

今回の所要時間は4時間半。調子がいいときなら、高速使わずに5時間程度で帰ってこられる場合もある。今日はやはり疲れていたのだろう。自宅で泥のように眠った。

私の地元である福島では、葬儀の前に火葬される。つまり、亡骸を一目見たいと思うような方は通夜に来てもらわなくてはならない。首都圏の葬儀に二度ほど出席したことがあるのだが、そのときには祭壇に棺が置かれたままだったので驚いた。どうしてこのような順序の違いがあるのだろうか。不思議である。
朝起きたとき、父は既に居なかった。今回の葬儀で割り振られた仕事の中で、父と私が恐らく一番大変なものだと思う。父はお坊さんの送迎である。頻繁に寺から火葬場・斎場へ移動しなくてはならず、また車に同乗している以上、何かを話さなくてはならない。その辺も敬遠しがちな理由であろう。しかし、何故にこの仕事が父の担当になったのだろうか?68歳という年齢である。私は喪主の息子がしてもいい仕事だと思うのだが。

9:30に斎場へ来てくれと言われたが、時間はギリギリ。私の車に同乗した母が悲鳴をあげるようなスピードで斎場へ向う。が、別にそんなに急ぐ必要もなかったらしい。火葬場への移動までにはかなりの時間があった。
火葬場に着いて焼香。そして火葬にかけられる。その間約2時間。昼食をとりながら待つ。通夜にも来てくれた、父の妹とその旦那様と色々話をする。どうも母方の親戚というのは、誰なのかがわからず話もしづらいのである。お坊さんを送って父が帰ってきた。が!昼飯が全然ない。余っていたはずなのに...母が1つだけ残しておいてくれたものの、あまったものはおばさんたちがラップに包んで分けてしまった後らしい。これには父も随分と堪えていたらしく、
 「何で俺がこんなことをしなくてはならないんだ?」
と、俺と同じような言葉をこぼしていた。
祖父の骨を骨壷に入れ、また斎場へ。斎場へ戻る際、来た道と同じ道は通らない方がいいらしい(母の豆知識)。ルートを変えて斎場へと戻る。

斎場に戻り、会計の部屋に入ると、昨日の2人が話をしていた。私が来ると、その話もピタッと止んだ。
既に葬儀に参列される方が来ていた。香典も来ている。結局、私の代わりになる人は用意されていなかったようである。誰にでも引き継げるように指示書まで残したのだが...。きっと、今日の葬儀も焼香の時くらいしか中に入れないだろう。意思を母ではなく、喪主に直接伝えるべきだったのかも知れない。葬儀だけあって、300を越える参列者があった。年配の方の香典だと、達筆すぎたり読み方がわからなかったりするので入力も少し遅れてしまう。
昨日と同様に「まだご焼香を済ませていない方は...」という放送を聴いて、急いで葬儀会場へ向う。で焼香。また15秒か。
さすがに昨日よりは時間がかかったものの、データの入力は完了。札束の枚数から金額を瞬時に出せるようにしていたが、どうも違いがある。今日は2つあり、私の入力ミスが1つ、札束の枚数数え間違いミスが1つ。どちらも比較的早く発見できた。その頃には、もう葬儀は終わって会食の時間になっていた。2人には食事に行ってもらい、紙幣の枚数確認を自分の手でも行う。データとしっかり合致。データをCD-Rに追記し、香典袋を整理し、札束を封筒に入れ、チャック付きのかばんにまとめる。終わった...ようやく仕事が終わった。

食事の席に戻ると、父方の叔母と叔父ら夫婦が帰るところだった。叔父とは話したかったんだけどなぁ。久しぶりだったし。
で、イライラしたのが食欲に出てきたのか、寿司5人前を一人で食べてしまった。

また母の実家で二次会を行う。
喪主の母方の叔父は、ウィスキーならば"Canadian Club"が好きらしく飲んでいたが、私はあの酒をソーダ水などで割らないとどうも飲むことができない。なので、斎場近くの酒店で"NIKKA From the Barrel"を購入。アルコール度数51.5度。名前のとおり樽から出してアルコールの度数調整をしていない。しかし、モルトウィスキーではなく、ブレンデッドである。これを自分と父の飲用として買っていったが、二次会に来たほかの方々から「うまい」との評価をもらい、あっという間に無くなった(笑)。今日もそこそこで引き上げ、私の実家に帰ると、妹が戻ってきていた。
父、妹、私の3人で"The Blend of Nikka blend Selection"を飲みながら色々と話す。まぁ、何だか色々と大変だったが、しみじみ「終わったなぁ」と思った。仕事の達成感はあったが、私には葬儀に出たという実感が全く持てなかった。15秒で焼香しただけでそう思えないのは当たり前であろう。心にぽっかりと開いた穴をおいしい酒が癒してくれているような気分になった。
話は尽きず、翌朝の4:00まで飲み続けていた。

14:00から、母の実家で祖父の納棺がある。それに間に合わせるように起床し、風呂に入ってから向かう。

今回の喪主である叔父から
 「お前は会計係だから、よろしく」
といわれる。いきなりそう来たか...。参列者が持参した香典に入っている金額の確認や集計業務ということは薄々わかるが、会計係の仕事の範囲がわからない。今まで幾度かあった葬儀の喪主である父が全てやっており、私は親族ということで出席したのみ。何らかの仕事が降ってきたことはない。
私の記憶が確かであれば、会計の業務は近所の方かどなたかに依頼していたはず。むしろ、常識ある親族以外のものが複数名で行うほうが良いと思うのだが...。何で俺なんだ?

祖父の亡骸と、初の対面となった。不思議と涙が出てこない。口が完全に開かれた状態であり、正直言って、今まで見た亡骸とはどうも違うような、不思議な感じが否めなかった。
アルコールで体を拭き、遺体を納棺し、旅立ちの道具と、三途の川の渡し賃(何故か10円硬貨数枚。渡し賃といえば六文ではなかったか?)を入れる。そして、棺に釘を打つ。その棺は、通夜・葬儀の会場へと向う。
通夜参列者もすぐに移動するものだと思っていたが、中々、移動しようとしない。時間に余裕が随分あったらしい。うだうだと話をする親類達。話す内容は息子の自慢話ばかり。聞いていて辟易した。

16:00頃、通夜の会場へ到着する。
祖父の亡骸が入った棺が壇上にのせられ、周りには花で飾られている。一息つき、祭壇周辺を見回していると、喪主にいきなり召還される。会計の仕事か...俺はこの儀式には参列できるのだろうか?ちょっと不安がよぎる。
葬儀委員長というよくわからない存在の方や、同じく会計を担当する人2名の紹介を受けるが、どういう人なのか、会計係の作業についての説明は一切無し。一人は60代後半と思われる方、もう一人は40代中盤くらいであろうか。私より年配である。ちなみに私はこのとき、この二人は喪主の職場の方かと思っていた。喪主と同じ、役所の公務員。誰がこの場を仕切るのか?
会計処理をするための部屋にはパソコンが1台置かれていた。斎場の方に聞いてみると、WordやExcelはインストールされており、使って集計をしても良いとのこと。一々手書きで、計算も電卓を叩くよりはExcelを使ったほうが圧倒的に早く、正確な結果が出せるだろう。ということで、集計処理はパソコンで行い、その前段階の香典の金額確認に金額の記載・照合用の番号付けを1名、現金の管理に1名付いてもらえれば、最低限の入力でこれらの作業は終了できる。しかし、私が仕切ることに不満なのか、それともパソコンでの処理というものに対する不安や不満なのか、年上の男性に
 「あんた、これ使って葬儀の会計やったことあんのか?」
と、因縁をつけられる。私は会計をしたことすらなかったのだが、効率的に行えるという自信があったので
 「ありますよ。前例をあてにするより、
  今ある道具で最も効率的にすべきでしょう。」
と遮った。男は不満そうな顔をしていた。失敗してバカにされるなど最も屈辱的なので、必ず正確に処理してみせよう。そのために入力フォームを用意して集計にのぞむ。
結果として、通夜には100名ほどの参列があった。次々に香典もやってくる。しかし、こちらも想定している範囲。どうということなく作業は進む。しばらくした頃、
 「ご焼香がまだの方はいらっしゃいませんでしょうか?」
という放送が聞こえ、急いで通夜の会場へ向う。焼香。会計の部屋へ戻る。この間、約15秒。
通夜に来る方が居なくなったころには集計結果が出ていたが、金額と合わない。\5,000多いのである。これは、香典袋の中にさらに香典袋を入れるというミスが原因で、程なく問題は解決した。
手伝っていただいた2名には、通夜に参列いただいた客に食事を振舞っていたので、そちらに行ってもらう。私はまた札束の確認。問題ないことが確認できた。しかし、明日の葬儀もこの調子なのであろうか?恐らく今日よりは多くの参列者が居るだろう。自分が葬儀に参加できなくなることを恐れて、Wordで作業手順を残すことにした。作業といっても、フォームができている状態だから入力するだけで簡単なものである。CD-Rにデータのバックアップをとり、香典袋とお金を持ち、喪主へ渡しにいくと
 「最後の金額確認はしたのか?」
といわれる。ちょっとカチンときた。そんなことは当然しているに決まっているだろう...。
食事の席には幸い、落ち着く顔ぶれが居てくれた。父の妹(叔母)とその旦那さんである。少ししか話はできなかったが、なぜかホッとさせられる。食事も何だか喉に通らなかった。

母の実家で二次会があったが、翌日の葬儀もあるので、そこそこで帰る。
私は祖父の長女である母に
 「金を数えるために帰ってきたわけではないので、葬儀に出させてくれ」
と頼んでおいた。

通夜は喪主一人が斎場に残るという。
何故一人だけなのか、せめて喪主の弟は残るもんだろう...

何だか皆、腹に何かを抱えているような感じがしてならない。
妙な不安に駆られてならない。

色々と所用を済ませて居るうちに、出発が23:30になってしまった。
ガソリンを満タンまで入れて、久喜ICから福島へ。先日、実験としてETCを使ってみたものの、本格的な遠出のために使用するのは今回が初である。

ETCゲートを抜けて、東北自動車道を北上する。天気はあいにくの雨。80km/hの速度制限が出ている。
私は高速道路の運転があまり好きではない。単調すぎて眠くなってしまうからである。首都高くらいの緊張感を持ちながらの運転の方が好みであり、急ぐ旅でないのならば、国道4号線を北上するほうが面白い。しかし、明日が通夜というスケジュールではできるだけ早く実家に帰り、体を休ませる必要がある。
北上する私の車と雨雲は向う方角が同じようで、はじめは浦和ー矢板間が80km/h制限であったが、私の移動と共にその区間が延長され、最終的には、宮城県まで80km/h制限になった。しっかりと溝のあるタイヤだし、低速で走ると眠気が増すので130km/hくらいで移動していたのだが、栃木県中部から高速警備隊のペースカーのようなものが道の前に立ちはだかり、その車を抜かそうものなら、すぐに警告されるという状態に陥ってしまった。これはきつい。何度か、先に行ってもらうためにサービスエリアで休み、コーヒーを飲んだり、体を動かしたり、顔を洗ったりして眠気対策。しかし、休憩後でもちょっと勢いよく走ると、先ほどのペースカーが先導する車群に飲み込まれてしまう。福島飯坂ICまで高速道路を利用したが、最後は本宮あたりから国道4号線を走ってきたほうが速かったのではないかと思えた。

実家に着いたのは翌日のAM4:00。父が飲んでいたと思うスコッチ"Cutty Sark"を飲みながら、少し休憩。一番先に出迎えてくれたのは、猫の「さくら」だった。しばらくして眠気に襲われたので、ベットに倒れこんだ。

朝、福島にいる母から電話があった。母方の祖父が亡くなったとのこと。死亡時間は7/2のAM3:00頃。
埼玉に住んでいる私への訃報はいつもこんな具合で、亡くなってから数時間後に届く。そのため、今際の姿というものを見たことは一度も無い。いつもその様子は人づてに聞いている。穏やかだったとか、あっという間だったとか、吐血して亡くなったとか。しかし、人づての情報というのはどうもあてにならない。今際の様子を美化して話過ぎるように思うからである。

祖父は車椅子での生活をしており、全く持ってバリアフリーではない家ではなく、施設の中で生活していた。私も福島に戻るたびに顔を見せに行っていた。最後に会ったのは正月に帰省したとき。あと二ヶ月も生き延びてくれればもう一人の孫を見せることができたかと思うのだが...
通夜は7/4、葬儀は7/5である。私はどうしても外せない所用が幾つかあるため、明日の夜に車で福島へ向うことにした。妻は妊娠中なので、家に残ってもらうつもりである。

母方の親戚に会うのは、実に久しぶりである。もうこの歳になると、人の冠婚葬祭位でしか顔を合わせることは無い。近々結婚しそうな人が身の回りに居なさそう(憶測)なので、この頃は葬儀で人にあうばかりである。
自分の親類がなくなった日を思うと、6~7月が圧倒的に多い。この時期、盆地である福島の寒暖の差は激しい。それが体力を奪うのだろうか?

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このところ武道館、九段会館などで色々な企業の株主総会が行われている。
昔は総会屋対策で一斉同日に行っていたと聞くが、これでは複数企業の株を取得している人が出席できるのも限定されてしまい、今回の決算に至った理由をちゃんと聞くことができない。
別に私はどこかの株主になっているわけでもないので関係ないのだが、事なかれ主義の悪しき習慣がなくなったのはとても良いことだと思う。

朝、起きると眩暈がする。私にしては良くあることである。
一階へ降りようと階段を歩いている途端、急な眩暈がして階段から足を滑らせ、後ろに倒れた。前に倒れたら死んでいたかもしれない。
「ガガガガガァ」っと7段ほど背中から落下して「イテテエェェ」と思わず叫ぶ。背中の皮が剥ける。猛烈に痛い。だが背骨は回避している。相変わらず悪運の強い男だと自分のことを思う。
事故当日、私は歩くことすら難儀な状態になり、移動するのに妊娠している妻の肩を借りた。お腹が重いのに、さらに重い俺まで支えられているわけで、妻に余計な苦労をまたかけてしまった。

蒲田行進曲の池田屋階段落ちは10段でしたっけ?7段でこれなんだから、10段はきつ過ぎですよ。

何だか私の体調がすこぶる悪い。しかし、それより辛いのが妻だ。お腹が大きくなり、さらに動くのが厄介になってきている。どうも下腹部の皮膚が「ピキーン」と張るようなのだという。確かに、お腹を見ると出産予定日2ヶ月前にしては随分と大きい感じもする(息子の時はどのくらいの大きさだったかなぁ?)

ゆっくり休みたいので、たまの休みくらいどこかに息子を連れて行ってくれと頼まれる。しかし今日は雨。そして私の体は猛烈にだるい。どこに連れて行くべきか思案に暮れていたら、息子が「トイザらスに行こう」と言う。行ったならば確実に何かを買う羽目になる。給料日前で懐具合が寂しい私だったが、行ってみることに。前回行った桶川店は少々遠いので、久喜店へ。

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久喜店は桶川店の2倍ほどの広さがあり、おむつなども販売されている。だが、息子お目当てのミニカーや電車の品揃えは同じくらいかなぁ?私の好みでガンプラエリアを眺めていると、アーガマのプラモ発見(戦艦好きなんです。アイリッシュ級やラーカイラム級も出してください!)。しかしプライスが\2,000。くぁぁ、給料日前にはさすがに厳しい。っていうか、子供が居る環境下でプラモは無謀かもしれないし。
息子も買うミニカーを随分と物色していたが、実はもうほとんど持っているのである。我が家の近所にはミニカーが売られているお店が2ヶ所あり、妻や義理の父母と息子が散歩に行く都度、何かしら買ってもらっているのである。なので「今日は違うものにしない?」と促し、これを購入。

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『ぼくのおでかけバッグ(ガソリンスタンド)』
ミニカーを何台か入れて、キャリングバックとしても使える。小さくたためるので整理もしやすく、これなら妻の反対もあるまい...ということで、息子も気に入ったようだし購入することに。

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「ちょっとすげぇなぁ。俺も欲しいわ」と思わされたのが上の『トミカ びゅんびゅんサーキット』。ただ、妻は反対するだろうなぁ。こんなでかいもの買ったら。さらに言えば、対象年齢ももうちょっと高いものかもしれない。変な使い方をして壊してしまいそうな気もする。

帰り、この商品の外箱にはミニカーが収納されている写真が掲載されており、どうも息子はこのミニカーもこの箱の中に入っているものだと思っていたらしい。残念。違うのね~。あんまり家に帰って悲しまないように、帰り道にセルフのガソリンスタンドによって、息子と一緒にガソリンを入れた。これが効をなしたか、家に帰ってきてからも、既に手持ちの数十台のミニカーに「給油しまーす」と言いながらガソリンを入れている。結構楽しんでもらえているようだ。
夜、「おとうさん、ありがとね」と息子が言いに来た。可愛いやつめ...しか~し、毎回俺と出歩く度に何か買ってもらえるとは思うなよ~。

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なぜ、会社の駐車場に『プリウス プラグインハイブリッドカー』が止っているのか?

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やっぱり名古屋からやってきたのね...。

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隣は富士重工の『プラグイン ステラ』。群馬ナンバーのところを見ると、群馬製作所矢島工場から来たのかな?

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で、最後は三菱の『i-MiEV』。

どうやら、向かいにある千代田区役所のイベントだったらしい。試乗できるならしたかったなぁ。仕事サボりつつ。

通勤用途(といいつつも、首都圏では無理)なんかにはいいかもなぁ。でも、走りを楽しむための車も欲しいので、これでは車2台持ちにならないと満足が得られそうにないです。

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これも昨日に引き続き、架空の警察署である。昨日の即興看板に比べれば相当出来が違う。本当にありそうな雰囲気だ。
場所は同じく旧千代田区役所。で、三ノ輪警察署について調べても情報は皆無。次クールで始まる刑事ドラマ用だろうか?なんだろう。

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パトカーは、昨日と違って警視庁の最新モデルでは無い。気になるのはナンバープレート。警視庁所属パトカーで「みなと」ナンバーって?っていうか「みなと」なんていう地名表記は日本に存在しなかったはず。撮影用に作ったのか?
謎は深まるばかりだ。

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そんな警察署は実在しないはずである。なぜなら、ドラマ用に作られた警察署だからだ。

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昨年末の『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』のガースー黒光り新聞に続き、同じ旧千代田区役所がドラマのロケ地になっている。警察署となっているが、作りは結構雑。恐らく一瞬映る程度の警察署なのではないかと思う。パトカーなんかは用意されているんだけどね。

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役者と思われる若者がカメラ撮影中。私には全く誰なのかわからない。

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交通事故件数なんかがちゃんと貼られているのがにくい演出。

色々と検索してみたが、まだそれらしい情報はネット上に掲載されてはいないようである。
もしどなたか、何のロケだったのかがわかった方は、コメントいただけると幸いですm(_ _)m。

昨日の無理(いや、無理って言うほどのことはしてないのだけれど)がたたったのか、いきなり発熱。
平時の体温が35.3度位の私が38度になっているわけで、全身の筋肉が痛み、頭痛もひどく、寒気がする。鼻水も止まらない。熱を伴う風邪は2年に1度くらいかかる。独り身の時の風邪はとにかく辛かった。何をするにもだるい。だが、食事をしないと言うわけにもいかない。
付き合っている女性が居たときも、けっこうこんな感じだった(私が忘れているだけでしたらごめんなさい)。逆に、看病したことはいくらでも思い出せるのだが...
今は妻がいる。その辺の心配がなく、十分に寝て療養できることが有難くてならない。私が大好きなグレープフルーツをたくさん買ってきてくれた。しかし、妻も妊娠中。無理をさせてはいけないし、何より私の風邪をうつすわけにはいかない。

病院で調べてもらったが、例のインフルエンザなどではなかった。良かった。そして、医者が処方する薬は本当に効く。咳や鼻水はおさまり、痛み止めで頭痛も緩和された。医者からもらった薬ではないのだが、冷えピタというおでこにつける冷却シートもかなり効く。体が火照って寝苦しくても、これをつけることでよく眠ることが出来た。
でも多分...明日も会社を休むでしょう。一晩寝ただけで回復する気がしない。

今日は色々と仕事でお世話になったOさんの誕生日。
Oさんは面白い(天然な)人で、たまに顔を見たりすると、思い出し笑いをしていたりする。傍から見るとちょっと不気味ではあるが、最近はそういう行動が面白く感じられる。
またある日は紙に同じ漢字をずーっと書いている。何か悩んでいるのかと思い声をかけると「この漢字難しいですよね。練習しているんです。」という。そして彼女は家の間取りを見るのが好きで、良く賃貸物件やマンションサイトの間取り図を見ている。脳内で自分が暮らしているイメージを作るのが好きらしい(まぁ、その気持ちはわかります)。

彼女には変わった経歴(だよな?)がある。ロシアへ留学していたらしい。
私はあのキリル文字というものが全く理解できないのだが、彼女にはわかるようである。今、彼女の中でそれがどのように生かされているのは謎だが、ロシアからのエージェントではないかと言うのが、私の考えである(嘘)。

彼女と書いたので性別はもちろん女性。出身地は北海道で、雪のように白い肌をしている。かなり可愛いと思う。見た目はリスみたいである。

誕生会を行ったのは中華バイキングのお店。ちょっと風邪気味な感じはしていたが、行きたかったのである。
この店は変わっていてテーブル単位ではなく、人数単位の飲み放題を受け付けてくれる。これでは、他の人にも飲み物を渡せるではないか!
普段は中々食べられない、おいしい点心類をたくさん頂いた。値段の割には大変おいしかった。

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以前、期間限定で発売されていた『琥珀エビス』というビールがあった。赤いアルミ缶に琥珀色のビール。味に深みがあった。ようやくビールの「味」と言うものを理解しだした頃に出会ったビールだった。
それまでのビールは、味がどうこうと言うより喉越しが大事だった。かといって発泡酒やその他雑種は、枝豆のような匂いが鼻について飲む気にはならなかった。その頃私が一番好きだったのは、スーパードライである。

このビールには超長期熟成とある。これは深みのあるビールの味が期待できそうだ。と言いつつも、外れると嫌なので購入するのは1本。とりあえず飲んでみる。
先日飲んだ『アサヒ The Master』以上にコクと深みが確実にある。ビール嫌いはまず飲みたくないと思うだろう。後味にも余韻が残り、中々おいしい。一気に胃に流し込むと言うよりは、少しずつ味わいながら飲みたいビールである。

残念なのは350ml缶しかないことと、ちょっと高いところ。ビールが合う食事をするときに用意するのはいいけど、単純にビールが飲みたいときには『The Master』を選ぶだろうな。
ビール好きの方であれば、ぜひとも一度飲んでみて欲しい一品。損はしないと思いますよ。全国数量限定発売のようなので、お早めに。

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蓮田駅で電車待ちをしていると、「試運転」の看板を掲げたみかけない車両がやってくる。
横には"muetrain"と記載され、車両の中を覗くとパソコンやら測定器具やらが大量に置かれている。

最近、妻から
 「宇都宮線じゃない電車をよく目撃する」
と聞いていた。これの事かもしれない。

何物かと思い、ネットで検索したところJR東日本の研究開発サイトに情報が掲載されていた。『在来線新型試験電車 muetrain』が正式名称らしく、元は京浜東北線で利用されていた209系の改造車両らしい。

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試験用ということからか、あまり塗装や配線が美しくなく、元の車両の面影がちょっと見えている。

妻の謎もこれで解決することでしょう。

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3/19の見積もりからずーっとオーバーホール(以下OH)に行きっぱなしのRainbow Flyback。今月上旬にOH完了の案内があったので、取りに行った。

池袋東武の時計・宝飾品コーナーは結構奥のほうにあって、行くのが面倒である。しかし、取り扱っているブランドや入っているショップが充実しているので、見て回るだけでも飽きない。このコーナーの奥まったところに、時計専門のサービスカウンターがある。
そこで引換証を提示してRainbow Flybackを出してもらった。新調したベゼルリングを守るためにフィルムが貼られた状態でやってきた。全く巻き上げられて居ない状態なので、修理受付のおじさんが時計を手のひらに向かって叩く。思わず「やめろー!」と言いたくなる(あと3回やったら言ってた)。何だか古くから時計を扱っている人がたまにそうやって自動巻のローターを回転させるのだが、時計に衝撃を与えることになるので、こういう巻き方はするべきではない。しかもRainbow FlybackのEl Primeroは手巻きの機能も付いているんだから、そっちで巻いておくれよ。東武はZENITHの正規店でもあるわけで、こういう対応をするのは信じられない。

で、やってきた時計をまじまじと眺めると、ケースに傷がかなり残っており、ブレスなど小傷もそのまま、全く磨かれていない状態であった。今回依頼したのは磨き込みの\95,000コース(実際には正規品割引でこの6割)を依頼したはずなのだが...。しかし、引換証には仕上げを行う旨が書かれていないのである。どういうわけなのか。
磨きについては、ケースとブレスの双方をしてくれると、東武の受付に電話で確認し、間違いなく行っていただくことを約束したはずなのだが...。やってきたおじさんは「引換証に書かれていないのですが...」との一点張りなので、電話で私と話をした担当者か、ZENITHのOHに詳しい方を呼んでもらうことにした。後からやってきた方は値段を見ただけで理解いただけたようで「これは磨きこみの価格ですね」という。これが磨き済みの状態と言えるか確認したところ、「そうはいえませんね...傷がだいぶ残ってますし」とのこと。もう一度LVMHに差し戻して研磨を依頼することにした。

既にOHから3ヶ月が経過。さらにまた時間がかかるわけか...。ホント、OH等の作業に時間がかかりすぎである。LVMHの修理窓口は同グループに属するTAG HEUER等と一緒の窓口である。ZENITHの技術者が少ないのだろうか?今年のバーゼルフェアの様子を見ると、TAG HEUERにもEl Primeroが載っているモデルが結構出ているので、対応できる技術者も今以上に必要となるだろう。

本当にこういうミスは無くしていただきたいものです。がっかりだわ...

実家の父に時計を返送するため、ヤマト運輸の集荷場へ息子と一緒に出かけた。
息子はヤマト運輸ロゴマークが好きで、配達車両を「にゃんにゃんバス」といい、拠点間配送用のトラックを「にゃんにゃんトラック」と呼んで、道路で見かけるたびに「あ、にゃんにゃんバス」と報告してくれるほどである。
集荷場についてくるのもにゃんにゃんバスが見られるからで「行くかい?」と聞けば、必ず「いく」と言う。

発送の手続きを済ませて、荷物搬入中のにゃんにゃんバスを息子と一緒に見ていると、配送車のお兄さんが
 「トラックすきなの?じゃあ、いいものあげるからちょっと待ってて」
と声をかけてくれた。何かをくれると言うのだろう。前ににゃんにゃんバスが箱に印刷されたボックスティッシュをもらったことがあるので、そのあたりのものかと期待していたら、箱に入ったミニカーだった。ずっしり重い。箱にもにゃんにゃんトラックの絵が描かれている。
で、開けてみると

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結構すごくありません?細かい文字もシールではなくプリントである。ホイールもちゃんと印刷されているし、トミカのミニカーよりも明らかに出来が良い。そしてこれは非売品である。もらった息子は大喜び。これは喜ぶよなぁ。息子を連れてきてよかった。
しかし、配送料として私が支払った料金は\630。このミニカーもらったらほとんど利益無いだろうに...また積極的に利用させてもらいます。

その後、ウィスキーのソーダ割りに使う炭酸水を購入するために近くのスーパーへ。
息子の目的はアイスの購入である。アイスを3つ、炭酸水を1ダース、ビールを2本、ジンジャーエールを1本。全部嗜好品。男らしいと言えばらしいかもしれないが。

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たまたま、最近発売された発泡酒「サントリー 豊か」の説明員の前を通る。すると「試飲用の一缶どうぞ」といってもらった挙句、くじを引いたら小松菜の種(これはハズレらしい。当選すると豊か1ダースとか?)、さらにはウェットティッシュまでもらってしまった。う~ん、今日は色々ともらえる日である。

アイス等の冷蔵用に、スーパーでドライアイスをもらった。家に帰って、水を入れて泡をたててみると、息子は大喜び。アイスは自分が選んだものより、私が選んだものの方がおいしかったようで、分捕られてしまった。最近、息子は大変食べ物に意地汚くなってしまった。
家で車を洗ってるときも一緒(二歳半ですから、何の役に立つと言うわけではないけれど)、風呂も一緒、ご飯も一緒と今日は珍しく息子との時間がとれた。お互い疲れていたのか、とても早い時間に寝てしまった。

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まだ2歳半の息子の最大の関心事は車。車といっても対象はミニカーで、持っている車の名前を覚えていて、実物を見ると喜びながら車名を言うのである。
最近、車高の高い車に興味をもつようになり「これはいかん!」と、走りの教育をすることにした。
教材は『頭文字D』である(笑)

息子が話を理解することはまだ無理なので、DVDで走行シーンばかりを見せる。好きな車であるRX-7、R32 GT-R、ランエボなどが出てくるので、見ていてたまらないらしい。
AE86のことは知らなかったようで「この車なに?」と盛んに聞いてくる。「ハチロクっていう車だよ」と超簡略説明。すごい速い車だと息子は勝手に理解しただろう。今度おもちゃ屋で見かけたら、買ってくれとせがまれるかも知れない。

1983~87年にかけて製造され、発表から25年以上経つAE86が未だに高値で取引されていることには驚きを隠せない。FR駆動で低排気量、ライトウェイトなこの車が当時の若者を魅了したであろうことは容易に想像がつく。需要がそれほどないからなのだろうが、手ごろな価格で購入できるこうした楽しい車が2シーターを除くとほとんどなくなってしまった。
環境に優しいことも大切だが、走ることを「愉しむ」という側面を持つ車が少なく、かつ高価になってしまったことは大変残念である。

16年後、市場にはどのような車が売られ、息子はどのような車を買うのだろか?

蓮田・白岡環境センター(公共の廃棄物処理施設)で年に数回行われているらしい「リサイクル品展示即売会」なるものに行ってみた。粗大ゴミとして出されたものの、どう考えても処分するのがもったいないような家具等を、リサイクルショップやオークションでは考えにくいほど安価もしくは無償で提供しくれている。このご時勢なので結構な数の人が集まり、整理券が配布されたほどである。8:00に到着した義理の父母が貰った整理券の番号が140前後。8:30に到着した我々は190番くらい。どれだけ早くから待っていた人がいるのだろうか...。

私たちが狙っていたのは、第二子の出産が近いということで、どうしても一時的に必要となるもの。第一子の時に用意はしたのだが、その後、妻の友人が相次いで妊娠・出産したために多くは人に差し上げてしまっていた。差し上げたものは今も大活躍のようで、しかもいろいろなところに行ってしまっている。再度準備が必要となったが、新規で買うのもバカバカしい。
購入は整理券の順番で一人一つまで。販売が始まる前に一通り見る機会があった。すると、ほとんど使用されていないベビーカーと、子供を寝かせるバウンサーが双方とも300円という価格で出品されているではないか。これはぜひとも購入したい。他にも飾り棚や机、アーロンチェアのような椅子もいいかも。しかしそんなに我が家に家具を増やしても仕方がないし、とりあえずは「必ず」必要なものを優先した。そして、二つとも買うことができた。バウンサーは新品を買うつもりでいたのだが、それとは比べ物にならない価格で入手できて本当によかった。

当初の目的を果たした後、無償コーナーは処分のため「一人一つ制限」をやめていた。残り物を見ていると、CDを大量に発見。ざっくり見て、興味がありそうなもの2枚を頂いた。
買う・買わないを別にしても、なんとなく眺めているだけでも面白かった。さすがに数時間前から並ぶほどの気合は無いが、「早起きは三文の得」というのもまんざら嘘ではないなと思う。

私はマスクをすると口の周りが気になってどうも落ち着かない。(ひげのせいでもある)
しかし、東京での新型インフルエンザ(H1N1)の感染者発生により、関東圏でマスクを着用する人々も増えてきた。

今日上司(女性)が訪問したM菱商事では、10名ほど並んだ受付嬢全員がマスクをしていたとのこと。さらに
「マスクをしていても、目を見るだけで美人ってわかるんだよね~。さすがだね~」
と感心していた。女性が言うのだから間違いあるまい。
わたしはここに行ったことはないのだが、美人揃いで驚いたのは電通の受付である。きっと彼女たちも、マスクつけていても美人であることが解るのではないかと思う。

東京ビックサイトで開催されているWeb2.0マーケティングフェアに出席してきた。もちろん、仕事としてである。
私はこういう展示会やセミナーが大好きである。今の会社ではないが、過去にR&D部門に属していたことがあり、こうした情報を仕入れて、有用なものや自身の考えを毎日のようにアウトプットしていくという仕事をしていた時期がある。こうしたところで仕入れてきた技術の導入などが実際に進むと、その支援も行う。「新しいもの好き」性分の私には本当に向いていた仕事だったとおもう。

東京ビックサイトに来るのは、かれこれ2年ぶりくらいになろうか?昔は近所に住んでいたのでドライブコースだったが、今となってはここに車で来ることはほとんど無い。埼京線とりんかい線が直通運転をするようになり、公共交通機関でここに来るのもだいぶ楽になった。ただ、りんかい線の初乗りは260円から。まぁ仕事で来ているので自腹を切っているわけではないのだが、高すぎはしないか?

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相変わらずでかい建物である。持っていたデジカメの広角撮影ではこれが精一杯。横が入りきらない。

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もうちょっと下に視線を落とすと、ビックサイトの入り口に吸い込まれていく人の波。

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私はWeb2.0 マーケティングフェアのみの見学だったが、同時に9つもの出展があった。これ全部を見るには3日はかかろう。

色々と面白い技術や製品がたくさんあったが、キーワードは「パーソナライズ化」といった具合で、特別画期的といえるようなものはさほど見られなかった。パーソナライズ化するための「ネタ」である個人情報と、それをスクリーニングするための付随情報。これを高い精度を維持しながらもっている企業は実に強い。通信販売で成功しており2,528万人(うち女性顧客を90%。中心は購買力が比較的ある20~40代)を有するニッセンや、Culture Convenience Clubが展開し、アライアンス企業50社30,500店舗で使用できるTポイントカードの会員「T会員」3,230万人の個人情報は実に魅力的である。
また、サイト来訪者のアクセス元を県市区町村レベルまで絞込み、アクセス元別に情報を表示するサービスなど、面白いものはいくつか見つかったものの、自分が属する会社にとって特別有益と思えるようなものはそれほど無かった。個人的興味は充たせたかな(笑)

5月1日がオーバーホール(以下OH)完了日。今日、時計を取りにまた日本ロレックスに行ってきた。
裏蓋を開けたところ、少々錆があったことはOHを依頼しに日本ロレックスを訪問した際に聞いていた。ロレックスのSSモデルが採用するステンレスは904という、特に化学変化に強いステンレスである。しかし、酸化を防止している不動態被膜は空気と接していないと生成されない。そのため、ねじのようになっている(ロレックスの裏蓋はスクリューバック)部分では酸化する可能性があるのである。
日本ロレックスのオーバーホールのメニューの中には、もちろんオイスターケースの防水テストが含まれている。そして、これをクリアしないと1年間保障が受けられないのである(オーバーホール自体は受けられる)。錆のせいで防水テスト不合格なようであれば、仕方がないので裏蓋の交換を依頼する予定だった。価格\14,000。安くは無いが、そんなもんだろうなぁ。だが、幸いにも裏蓋交換無しで試験はパスした。ROLEXからの保証書もちゃんと発行される。

例によって会社から歩いていったため、皇居の周りを歩く。

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まだ掘りに白鳥居るし。前回通った時に会った出会った白鳥なのだろうか?それとも別な鳥?
いずれにしても、いつまでここに居るんだろう?

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皇居とビル群。
「23区内からは山は見えない」
というような話を最近したばかりなので、撮影してみた。
こちらは南側だから、あるわけが無いのだが。

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道端には桜草がぽつぽつと咲いている。この写真はアップにしすぎたな。
可憐で可愛い花。埼玉県の県花でもある。

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皇居の堀の中で動く赤い物体...鯉だ。これは誰かが勝手に捨てたのか、それともちゃんと飼っているのか?謎である。

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真正面が東京駅。まだ工事中のままである。
東京駅が見えれば日本ロレックスはすぐである。

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あいも変わらず威風堂々としている門構え。
今日は平日の昼過ぎだったせいか、客より受付嬢の方が多いくらいである。
何人も居る受付嬢の腕元を見ると、一人一人のモデルが微妙に異なっていることに気づいた。
そして、皆キラキラと輝く美しさ。
言うならば制服の一種といっても過言ではないわけで、まめに研磨してもらったりしているのかな?

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前回の反抗的態度(CREDORして日ロレに行く)は改めて、今日は日ロレに飲み込まれてみた。
ROLEX SUBMARINER Ref.16610の前期モデル。そういえば、この時計もまだ紹介していなかったな...。
まさにこれからのシーズン、出番が増える時計である。

いい天気で、珍しく何の予定もない休日。布団を干して部屋の掃除でもしようと思い、ベランダから下を眺めると、息子と妻が家の庭に花を植えていた。

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義理の父の家で鉢に植えられていたパンジー。我が家の花壇(花壇というほど立派なものではないんだが...)は食い気たっぷりの野菜などばかりが植えられていたが、少し華やいだようである。
「暇ならば公園に行ってお昼を食べよう」と妻が言う。今日は天気が良いのでまぁいいか...と、車に乗って西城沼公園へ行く。

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つい先日まで華やいでいた公園の桜は、小さなさくらんぼをつけている。葉の色が目に優しい緑色である。

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「蓮田」という地名にも入っている蓮の花。そんな名前だから蓮が見られるところが比較的多い。この公園の沼にもたくさんの蓮の花が咲いていた。枯れた蓮の花が私は気持ち悪くて仕方がないので、蓮を見るときは少しずつ、おそるおそる見るのである。まだ咲いている花ばかりでよかった。で、何か変な生き物発見。

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亀でした。ちょっと大きさを比較できるものがないのでわかりにくいのだが、かなり大きい。よく見ると3匹もいたのである。
公園の木陰にシートをひいて、持ってきたおにぎりを食べる。木陰に入ると涼しくて気持ちが良い。今年は3人で来ているが、来年は4人になっているはずである。また色々と大変であろう。

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例によって、またすべり台やアスレチックの遊具で遊ぶ。うちの息子は階段などを上るのは平気なのだが、下るのが極度に苦手である。一人では不安らしく、高いところに上る時は誰かを連れて行かないと心細くて仕方がないようである。妻はもうおなかが大きいので、最近はこういう遊びが出来なかったのだろう。一緒になって遊んできた。

夕方、義理の父と母が我が家に来る。母の日なのでうちで食事をする約束になっていたのである。メインのメニューは手作りの餃子。うちの実家では餃子を手作りするという文化が無く、妻と結婚してから餡を作って皮で包むという自家製餃子を食べるようになった。自作の餃子は他で売っているものとは比べ物にならないほどおいしい。そして、妻は餃子を焼くのもうまい。ビールを飲みながらたくさん食べた。

一日中咳がひどく、少し調子が悪かったのだが、放っておいたら食後に血だらけの痰が出た。何かやっぱり体の調子がおかしいようですな。

子供が生まれてからここ数年、私が音楽を聴くのは部屋の中、車の中、iPodの3手段である。
我が家の1階には(引っ越した当初は)音楽や映像を視聴する目的だけの部屋が存在した。今、その部屋は子供の遊び場・寝る場所になっている。AVアンプや大口径スピーカー、6.1chサラウンドが実現されているのだが、これらが全く活用されていない。

大体私が帰宅する時間には息子が寝ているので、この部屋に立ち入ることすら出来ない。自室でも1階にあまり響かないようにそこそこのボリュームにしなくてはならない。大きな音で聞きたければヘッドホンとiPod。そうでなければ車で出かけて走りながら好きな音楽を聴く。私は夜中ちょくちょく出かけるのだが、目的のほとんどはこれである。

ところが今日は珍しく、妻も息子も実家に泊まってくるという。おお、これは中々無い機会。ウィスキーを持ち込んでソファーにもたれかかりながらCDをセット。再生。するとまぁ、なんというひどい音。アンプやCDプレーヤーを良く見てみると、設定がめちゃくちゃになっている。息子の仕業である。何かと動かすところが多いAVアンプなど、格好の遊び道具だったのだろう。
タンブラーに入った氷が解けて、ウィスキーがちょっと水割りっぽくなった頃、ようやく元の設定に戻せた。よっしゃ、聴くぞ!
この部屋は広大な駐車場に隣接しているだけで、近隣の家からは最も離れている(それを狙ってこの部屋をAVルームとした)。今までiPodでしか聴いていなかった曲を聴く。やっぱり違うねぇ。いいねぇ。こういう環境だとお酒も進んでしまうわけで、酔って眠気がやってきた。ちょっとソファーで休むと、空が少し明るくなってきた。

こういうことが週に一度くらいの頻度で出来ればいいのだが...。しばらくは無理だなぁ。

うちの妻は重度の『クリント・イーストウッド』中毒患者である。そんな具合なので彼の主演・監督作品は劇場で視聴したいと当然思っていおり、現在上映中の『グラン・トリノ』も例外ではない(私もこの作品は見てみたい。生き方に迷いっぱなしなので)。現在は視聴に当たって一つ、大きな問題を抱えている。息子のことである。
よく息子は妻の実家に預けられているのだが、こうした娯楽目的であると妻も気が引けるらしい。そういうときにあてにされるのは私である。今日は休みで家に居る。しかも水曜日なのでレディースデー(女性なら\1,000で視聴可)である。映画くらい見に行きたいという気持ちも良くわかるので、今日は私が息子のめんどうを見ることにした。
だが、久しく息子と二人きりの時間を作っていなかった。休みの日であれば風呂くらい一緒に入ったりするが、平日は、私が帰宅する時間には大体寝ている。そんな関係だけが数ヶ月続いており、その間にも色々な言葉を覚え、トイレも使えるようになり、食べ物やおもちゃの趣向も変わってきている。「ちょっと自信が...」という気持ちがあることは否めない(子育てに素質というものがあるならば、最低レベルの親でしょうね、私は)。だからといってそのままで良いとも思ってはいない。良い機会と思うことにした。

今日の天気は曇り。何だか雨が降り出しそうである。
降り出さないことを祈りつつ、私も、息子も行ったことの無い公園へ足を伸ばしてみることにした。

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公園には比較的大きな噴水があった。最近、動いている噴水というものをあまり見かけない。息子は生まれて始めて動いている噴水を見たようで、えらく興奮していた。「すごいすごい」と連呼している。
昨日は雨が降っていたので、公園にあったアスレチック的な遊具はちょっと危ない(息子も俺も危ない...トロいんだよな、俺~)。あまり濡れていない、らせん状のすべり台があり、息子は喜んでそれを上っていく。何度か上り下りしている様子を私が見ていると、「おとうしゃんもすべりだりやろう(訳:おとうさんも滑り台で遊ぼう)」息子は私にもやれという。仕方がないので付き合ってやってみる。
上ってみて、ふと思い出す。昔から高いところが苦手で、二歳か三歳の頃は滑り台がダメだった。「俺より随分ましだなぁ...」とちょっと感心する。ブランコも大丈夫だし、この公園で初めて見た馬型のブランコも大丈夫だった。本当に子供の成長は早い。ちょっとの間でこの進化とは...。

公園で1時間ほど過ごした頃、雨が降り出してきた。
妻が帰ってくる時間にはまだ早い。近くにトイザらスがあることを思い出し、そこへ向かう。
息子の現在のブームはミニカーや電車のおもちゃあそび。ミニカーで所持している車種を、かなりしっかりと覚えているのに驚かされた。大きな車に興味があるらしく、エルグランドやボクシー、ノアあたりはよく気がつく。しかし残念ながら息子よ...父はあの手の車高が高い車に全く興味が無いのだよ。自分が免許とってから買ってくれ。
トイザらスではトミカのミニカー4つで\999と、こどもの日特別プライスでの販売がまだ続いていた。これは4つ買わぬわけに行くまい...と思い「好きなだけ買っていいよ」と言うと、ノアとハイラックスサーフを持ってきた。2つとは慎ましいやつだな...と思いつつ、私が新型クラウンとミキサー車を選ぶ(このあたり、完全にお互いの趣味が出ている。他のメーカーでもいいからBMWあったら買おうと思っていたが、やはり無し。なんで?)。
一通り興味がありそうなおもちゃをみて、店を出て自宅へと向かった。

妻が先に帰ってきていたが、残念ながら満席で映画を見られなかったという(最近は立ち見というものも出来ないらしい。まぁそれ以前に、妊婦の妻に立ち見は不可能だが)。休日でレディースデー。さすがに厳しかったか?せっかく時間ができたので、かわりに髪の毛を切ってきたとのこと。そこそこ気分転換ができたようで、それは良かった。
でも、なんとしても『グラン・トリノ』は劇場で見るつもりのようである。

前日の酒が抜け切れていない私は、10時少し前にようやく動けるようになった。
ウィスキーで飲みすぎたときはそれほど翌日に残らないのだが、ビールやワインは確実に長引いてしまう。蒸留酒かそうでないのか、そのことが私の体に及ぼす影響は随分とあるように思える。

今日はこどもの日である。義理の父母も呼び、うちで食事をすることになった。メインディッシュは寿司。最近、息子が異様なほど寿司によく反応するようになった。好きなネタはサーモン。炙ったりしたものではなく、生がいいらしい。ということで、サーモン多めで注文。それを息子と一緒に寿司屋へ取りに行かなくてはならない。重い頭を起こして、車で出かける。
そんなサーモン男な息子だったが、いくらも大好きであることが判明。いくらは多めに頼まなかったな...。今度からはいくらも気をつけよう。

最近、息子は食事において私のことを脅威であると認識しだしている。息子の数倍の速度で、あっという間に色々なものを平らげていってしまうからであろう。おかげで食べ物や飲み物にかなりいじきたなくなってきてしまった。何だかなぁ。寿司食べていても「これはダメ、これはダメ」と事前に宣言する。そういって確保はするもののまだ二歳児なわけで大した量を食べられるというわけではないのだが。

もちろん食べているだけではなく、大人はお酒を飲む。しかし、妊娠中の妻は酒を飲むことができない。そこで...

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こんなものが登場。キリンのノンアルコールビール『KIRIN FREE』。実際のところどんな味がするのか、大変気にはなっていた。
で、初めて飲んでみた。喉越しはかなりビール的。味は薄い感じがするが、こういう味の海外のビールあるよなぁ...と思った。ぶっちゃけ言いまして、アルコールは無いが、「新ジャンル」とか「第三のビール」と呼ばれているものよりはおいしいように思えた(あれ、枝豆の味を薄めたものに炭酸水を追加したみたいな感じがするんですが)。車の運転をする予定があるときの代用品として、まぁまぁ私は使えると思う。
といいつつも、その後にプレミアムモルツを飲んだら、そのおいしさを十二分に感じたのである。やっぱりうまいわ、これ。

以前の職場の皆さんからお誘いを受けて、秋ヶ瀬公園のバーベキューに行く。
準備等をほとんどお任せというお客さん状態で参加。息子を連れて行こうかとも思ったが、酒飲んだ後の行動にあまり責任がとれないため(苦笑)私一人で参加。ほとんどのメンバーが20代で、私は年齢が上から数えて二番目。まだまだ若い(つもり)だったのでちょっとその構成に驚くが、これからはそういうシチュエーションがもっと多くなるのかもしれない。
しかし、最近の20代前半の方、酒飲みませんねぇ...。「車で来た」などの事情がある人は別としても、飲む人が明らかに減っていると思う。ほとんど私が一人で飲んでしまい、気がついたら500mlの缶が7本消費されていた。3.5Lもビール飲んだんだな、俺。たくさん用意していただいた食べ物が予想以上に消費できなかった。俺はビールでお腹が完全に膨れてしまっていた。

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これは参加者のHさんが連れてきたわんちゃん。
芝生の上をわんちゃんと一緒に駆けたり、ぐるぐる回ったりしていたら、家についた頃に猛烈な酔いに襲われた。でも、家でまたCanadianClubのソーダ割りを飲んで、ご飯を食べている私。自室に入った途端にベットへ向けて倒れる。その後の記憶はありません。

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これ、池袋駅。天井が必殺仕事人2009の広告だらけになっている。
一人仕事人が減り、前回の放送で一人増えてもとの五人に戻ったわけだが、これは既に放映が済んだ27日に撮影したもの。
番組自体はこれからも続くのだから、まぁ良いのか?

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アップにすると、こんな感じ。
例によって若い役者に疎いので、追加された一名が誰なのかはさっぱりわかりません。

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何だかすごい名前の場所のようだが、これは日本におけるスウォッチグループの総本山『スウォッチグループジャパン』のビルの名称である。
由来はスウォッチグループ会長『ニコラス・G・ハイエック』氏の名前からである(名前をフルネームで入れるあたり、自己顕示欲が相当に強そうな人に思える)。以前は宝飾品の街、御徒町の中にスウォッチグループのメンテナンスサービスセンターがあったのだが、今や銀座の一等地に建設されたビルの中。御徒町にあるころ二回ほど行ったことがあるのだが、そのころとは雲泥の違いである。

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で、何をしに行ったのかというと、上の写真の通りである。
最近腕が細くなってきたようで、腕時計のブレスを短くする作業をしていた。
OMEGA Seamaster 120m(Ref.2501.31)も小さいコマを一つ外そうとしたのだが、どうやってもこれ以上出て来ない。Cリング式なので戻すわけにも行かず...サービスセンターに泣きつくことにしたのである。我ながらなさけない。他の時計は余裕で出来たのになぁ。

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このビルの2~4階は、左にロゴ記載されているブランドのショールームも兼ねている。スウォッチを除けば、全てハイランク・プレステージクラスの時計ブランドである。順番も、大体価格順になっているかな?5階がOMEGAのカスタマーサービスセンターで、6階がプレステージクラスのカスタマーサービスセンター、7階が他ブランドのカスタマーサービスセンターになっている。8~13階はスウォッチグループジャパンのオフィス、最上階は「シテ・ドゥ・タン・ギンザ」というイベントスペースになっている。

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面白いのは、1階に各ブランドのショールームへ直行するエレベーターがそれぞれあることである。ブレゲのショールームへいきたいのであれば、写真にもあるブレゲのロゴがあるエレベーターに乗ればいい。エレベーターの中にもブレゲの時計がディスプレイされており、それを見ながら3階のブレゲブティックへ誘われる。各ブランドブティックへの独立した入り口が存在しているようで、実に面白い。

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私の目的地は5階のOMEGAカスタマーサービスセンターである。エレベーターで昇ると、開放的で明るい空間が広がっていた。御徒町の頃とはえらい違いである。
受付担当の女性に時計の状況を話し、作業を依頼する。作業時間中にこの空間を見回す。

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5階~7階までが吹きぬけになっており、自然光がさんさんと降り注ぐ。壁面には植物と液晶のディスプレイ。

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このディスプレイは時間を表示したり、色々な幾何学模様に変わったりする。時間によって、その見せ方も変わっている。凝っているなぁ。

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木製のキリン型オブジェもあり。金属のねじをほとんど使っていないこのオブジェにしばし見とれる。
すると、先ほど受付で対応してくれた女性がやってきて「ブレスの中のリングが錆びているので、ピンの取り外しにもう少々お時間かかりますがよろしいでしょうか?」と聞いてきた。中々見られないブランドブティックがあるこのビルをもうちょっと楽しみたかったので、作業が終わったら携帯電話に連絡を入れてもらうように連絡し、エレベーターへ。

向かったのはBLANCPAINのブティック。BLANCPAINは1735年創業の世界最古の時計ブランド。一貫して丸型の機械式時計しか作っていない。そして今後も作らないと言い切る機械式好き垂涎のブランドである。ただ伝統だけを重んじるわけではなく、革新的な機構を持つ時計も数多くリリースしている。
最近話題になったプロダクトに"Fifty Fathoms"がある。ぜひ実物を見てみたいと思い、とてもBLANCPAINのブティックには似合わない服装のままで突入。

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しかも今日の時計はTISSOT T-LORD VALJOUX同じスウォッチグループのプロダクトではあるが、BLANCPAINとは天と地ほどの差がある(物によっては100本くらいT-LORDが買える)。決して恥じることの無い良い時計なのだが、もうちょっとプライス的にマシなものをしてきたほうが良かったかなぁ...などと思ってみたり。
全てがシックな木目調の調度品で統一されているBLANCPAINのブティックには店員が2名いた。1人は若い女性、もう1人は50歳くらいの男性。客は私以外居ない。とても丁寧な姿勢で私が見るモデル全てをこの男性は説明してくれる。8日巻きのモデルを見ていたときに
 私「これには香箱いくつで実現しているんですか?」
 店「トリプルバレルになっています」
 私「そうですか。でしたらトルクも安定して8日使えますね」
という話をした途端に
 店「でしたら、こちらのモデルもをご覧ください!」
と、俄然やる気を出してきた。きっと暇で仕方が無かったのだろう。格好の話し相手になり、"Fifty Fathoms"に興味があること告げると、ステンレススティール(以下SS)とレッドゴールド(以下RG)の二つのモデルを持って来てくれた。RGケースで300m防水とは驚きである。

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てっきり私は、ベゼルはセラミックで出来ているものだと思っていたが、この光沢感はサファイアクリスタルによるものらしい。その技術力にまず脱帽である。運針も実にスムーズで、回転ベゼルの使い勝手も良い。しかし何よりも評価したいのはRGモデルのこの美しさであろう。
 店「ぜひ、腕につけてみて下さい。良さがもっと良くわかりますよ」
と勧められ、装着してみるとRGらしく重さがあるのだが、装着感は非常に良い。実用性(っていうか、この価格帯に実用性って言葉を使いにくいのだが...)ならSSだろうが、たまらないなぁRG。ピンクゴールドは銅の含有率が結構あるため、海水で変色する可能性があるという。ダイバーズである"Fifty Fathoms"には適切ではないという判断で、素材の含有率を変えたそうだ。でも、この色のよさは写真じゃ伝えきれないだろうなぁ。でもRGはSSの約3倍の価格。俺の車が買えそうな値段だ(笑)。
時計には「雲上」と呼ばれるモデルがある。販売されていても高価で手に入れることが困難なモデルをこのように表現している。もちろん、個人の時計への投資額にバラつきがあるからいくらと言い切ることは出来ないが、私は130万円を越えたらそういいたくなる(ということで、ほとんどのROLEXなどは雲上ではありません)。一生のうちに手に入れることが出来るか、出来ないか...その1本の最有力候補が、私の中ではBLANCPAINなのである(普通の人はPATEK PHILIPPEやVACHERON CONSTANTINを挙げるのでしょうね)。まぁ一生かけて考えることなので、早急に結果を出す必要は全然無いのだが。
"Fifty Fathoms"を見終えた頃、OMEGAのサービスセンターから連絡があったので、5階へと向かう。

どうやら、サービスセンターの方はかなりこのピンを出すのに苦戦したらしい。オイルを使ったり、加熱したりと様々な手段を使って何とか取り出してくれたようである。感謝。で、代金を支払おうとしたところ
 店「時計のコマ調整は無償なので、代金は結構です」
 私「しかし、相当時間をかけていただいて...Cリングのピンやパイプも交換されてますし...」
 店「いえ、通常のコマ調整と同じで結構ですよ」
おぉぉお、なんですと~!
くそぅ、OMEGAのサービスセンターに借りが出来てしまったぜ...。いつかここにオーバーホール頼みに来なくてはいけないな...。
(これって、OMEGAの策略にはまってますか?)

帰り際にBREGUET(BLANCPAIN以上に手が出ない)でトゥールビヨンがくるくる回っているのを見て「綺麗だなぁ・・・」とため息。一千万...。

コーヒー豆が切れたので、大宮駅エキュート内のサザコーヒーが入っているブースへと向かうが...

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無い。

新しくブースに入ったお菓子屋さんにおそるおそる
  私「前、ここに入っていたサザコーヒーってどちらに...?」
 店員「通路側に移動しました」
とのこと。
向かってみると

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あった。
ここで直接コーヒーがのめるようになったんだね~。他のカフェに比べて値段もリーズナブルだ...
がぁ、しかし!
前は色々と試飲できたから、好きな豆が選べたんだけどなぁ。試飲サービスが無くなった。ついでに豆チョコ(コーヒー豆にチョコレートをコーティングしたもの。おいしい。でも高い)の試食も出来なくなっちゃったんだろうなぁ。この場所は人の往来が多いからそんなことやってられないんだろうな。
個人的には超残念。

大宮ってのは場所が中途半端(蓮田に向かう電車は結構出ているし、東京に行くなら東京のカフェに入る)なんだよな~。私個人の意見を勝手に言わせて貰えば、ここでコーヒーが飲めてもあんまり意味が無い。

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で、いつも買っている埼玉限定の「彩たまブレンド」を購入しようと思うが、売り切れ(写真中の豆が置かれていないところにあったらしいが...)なので、比較的似たような風味の「サザ グロリアス」を購入。ペーパーフィルター用に挽いてもらって、かばんに入れて帰宅。かばんの中がいい匂いになった。

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このところ暖かい日が続いたせいか、さすがに蓮田の桜も葉桜っぽくなってきた。
だが、義理の父母達との花見をしていなかったので、今週も元荒川の河川敷に行って来た。今日も天気はいいのだが、花見をしている客はもういない。やっぱり先週がピークだったのかな?
先週は線路の北側であったが、今日は南側。
うちは妻と息子、そして妻の実家の向かいの家の女の子二人(といっても、中学生と小学生。めちゃくちゃかわいい...って俺が言うと犯罪者っぽくなってしまう?)の七人。
私は先日購入した日本酒を持ち、義理の父は私が好きなビール「プレミアムモルツ」を持って来てくれた。息子の面倒は妻と女の子に任せて飲み続ける。日本酒も口当たりがよく、結構するすると飲めるのだが、後になって酔いが回ってきてヘロヘロになってしまった。同じアルコール度数でも、ウィスキーじゃあんなことにはならないんだけどね。日本酒は反応が強く出すぎる。
例によって花見後の私は酔ってどうにもならず、家に帰って倒れるように寝た。昼酒は効くんだよな~。

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常飲しているCanadianClubはいつもソーダ割りにして飲んでいる。感覚的には、多くの人がビールを飲む代りだと思ってもらえばよいだろうか。私は普段、ビールは飲んでいない。
CnadianClubをはじめとするカナディアンウィスキーはグレーンを主原料としたあっさりした味わいのものが多い。主張が強くない分、いろいろなものと割っても相性は悪くない。

今日購入したCanadianClubに、飲み方の一例として『ジンジャーエール割り』が紹介されていた。想像しただけでおいしそうである。そういえば、ジンジャーエールもカナダ生まれじゃなかったかな?同じ国のもの同士、きっと合うことでしょう。

というわけで、スーパーにジンジャーエールを購入しに行くが、無い。5~6件、コンビニにも探しに行ったが、無い。
結構飲んでいるような気がするんだけどなぁ。いざ、必要となって買いに行くと全く見当たらないというこの始末。というか、コンビニのドリンクコーナーはほとんどがお茶やミネラルウォーターに占拠されている状況で、炭酸飲料がおかれているスペース自体が少ないのである。コンビニはPOSシステムによる売り上げ管理が徹底されており、売れない商品は棚から消えていく。それだけ炭酸飲料を飲む人が少ないということか。

見つからずあまりにカッとしてしまいアイスを3つ購入してしまった。今は反省している。

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妻が作りました。
笑ってしまいました。

ちなみに私が好きなのは「味噌おにぎり」。
うちの味噌は自家製でとてもおいしいのです。

自分で作ってもどうもおいしくない。おにぎりは絶対に人に作ってもらったものを食べたほうがおいしいと思う。
何でだろう?

妻が通っているギター教室で、一緒に合奏団を組んでいるメンバーたちに毎年この時期に蓮田まで来てもらって花見をしている。今回も去年と同じく、子供を含めて9名。
お昼くらいに集まって、うちで飲食をして、いい具合に意が充たされて酔ってきたら、フラフラと元荒川河川敷を歩きつつ、西城沼公園で遊ぶというのがいつものコース。

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元荒川河川敷の桜ももう満開。ただ、ここは風が強く、飲食をするにはちょっと向かないかもしれない。花が綺麗な割には花見客はほとんどいなかった。蓮田の花見祭りももう少し駅寄りの河川敷で行われる。ちょうど来週が予定と聞いているが、既に桜が散っていたり、雨に見舞われたりと、あまりいいタイミングで行われていない気がする。今年はどうだろうか?

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西城沼公園の桜。場所取りをしなければならないほどではないが、花見客が結構いる。お酒が入って上機嫌になっている人がたくさん見受けられる。

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公園入り口付近にある桜。私のお気に入りである。白い花と緑の葉が爽やかな印象。毎年、ここに花見に来るたびに撮影しているなぁ。

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公園の遊具で遊んだり、シャボン玉を飛ばして遊んだり...でも、一番はこれかな?
ギター合奏団のHさん、童謡の楽譜とギターを持って来てくれた。家でうちとBさんの息子のリクエストにこたえた後は、公園に遊びに来ていた他の子のリクエストにも応じている。さすが、保育園で仕事をしているだけのことはあるな...と思わせられる一枚。

この後、自宅に戻ってまた飲み続けたが、私は途中で眠くなり横になって記憶を失った。その間も他の方々は飲み続けていたらしい。みんなお酒強いねぇ、本当に。六時過ぎ頃に皆帰っていった。私はそのまま部屋に直行して気絶を続行し、気がついたら翌朝になっていた。

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ちょうど満開ってところかな?
今年は随分、桜ばかり見ている気がする。明日も花見だ。

有給消化中でお休みの今日は、風も無く暖かい。絶好の花見日和でもあるが、露天風呂日和でもある。
そういえば久しく風呂屋に行っていない。久喜周辺に3か所ある健康ランド的銭湯のうち、一番お気に入りの健美の湯へと向かう。ここに来るのも一年ぶり位である。
この一年の間に原油高騰などがあったせいか、入浴料が50円上がっていた。高騰が去って正常な価格になっても、一度値上げしたものを値下げしないのがサービス業会における値付けである。据え置かれているのであろう。
他に変わった点といえば、入浴すると硫黄臭くてたまらなかった「別府温泉」の温泉の素?を使った湯が薬湯に変わっていた。薬湯は結構強烈で、ナイロンタオルのようなもので洗った後に入浴するとピリピリしみるほどである。薬効を残すために一番最後に入浴したのだが、ひりひりして仕方が無かった。
相変わらず、炭酸泉の気持ちよさは格別である。10分ずつ2回、計20分も入っていた。サウナも塩を使ったミストサウナも健在。ヒノキ風呂はヒノキが新しくなったのだろうか?とてもいい香りがした。

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さて風呂屋に行くとなれば、お風呂時計の出番である。
近眼の私はサウナでの経過時間を知るため、防水性の高いクォーツの時計を身につけたまま入浴している。使っているのはELGINの『TAGHEUER s/el』デザインパクリモデル(笑)。20気圧防水で逆回転防止ベゼルがついているため、最適。ブレスなんかはSSの無垢で重量がそこそこあり、非常に丈夫そうである(s/elのブレスは特徴的なのだが、コマの長さを調整するのが難儀なんだよな)。装着感も悪くない。針はダイバーズウォッチにありがちなベンツ針なのだが、すさまじくペナペナな薄さである。クォーツの駆動力が弱いとはいえ、ちょっとびっくりする。
この時計も父から随分前にもらったもので、もらった直後に液漏れしていることが発覚した。その頃はまだ時計に無知で、なんと私はこの時計のオーバーホールを依頼してしまったのである。費用は1万位だったと思う。1万なら、ELGINの新品買えるし~。おそらくOHといいつつも、ムーブメント全取替って感じだろうな。その際にパッキンくらい交換している(はずだよな?)ので、強酸の草津温泉や硫黄の強い那須、高温のサウナ内でも問答無用で使っている。そしてそんな状況下でもしっかり耐えている健気なELGINの時計なのである。ウェットスーツ用エクステンションはさすがに設けられていないが、ダブルロック式のバックルを採用している。

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こちらはセカンドのお風呂時計。クォーツショックの時期にはZENITHMOVADOも傘下にした米BULOVA製。でも、現在のBULOVAはシチズンに買収されている。同様に20気圧防水だが、生産国は不明。この赤い文字盤、とても普段使いにする気にはなれない。

ELGINにしてもBULOVAにしても、日本企業傘下になってブランド名のみ生きつづけているものの、何だか悲しいね。いっそのこと、栄光の時期が途絶えたとともに消えていったほうが良かったのではないかと思う。

今日は私が社会に出て初めて属した会社のメンバーたちと飲み。
仙台のO氏が友人の結婚式のためこちらにきた&北海道のM氏が東京に異動(異動なのか?一時的な研修でこちらに来ているのかはわからないが)のため、久しぶりに同期入社のメンバーと集まろうということになった。
O氏とは出張のたびにちょくちょく池袋や大宮で飲んでいるのだが、今までずっと北海道勤務で出張が稀であったM氏と会うのは何年振りになるだろうか?同期も半分くらいは転職・退職しているのだが、最後に会ったのがその会社に属していた時のようなきがする。そうだとすると7年ぶり位に会うことになる。ちなみにM氏は例の残業メンバーであり、彼が東京配属になったのならば、また残業の機会も昔ほどではないにしても増えるのではないかとうっすら期待している(笑)。

O氏は今日の夕方に東京入りした。有給を使ったそうである。
私はO氏のスケジュールに合わせて早めにエスケープ。飲みの現場である池袋で彼と合流した時間が16:30。探せばあるのだろうが(新橋あたりだったら余裕でありそうだけど)、池袋の多くの飲み屋OPEN時間は17:00。ちょっと時間をどこかでつぶそうかとも思ったが、おいしくビールを飲むために午後から飲物断ちをしていた私は我慢ならず、OPEN前の店に(店の目星は付けていた。20:00までなら、私が大好きな『プレミアムモルツ』を一杯\250で出してくれるという、北口ロサ会館近くの店)突入。
店に入ることはできたが、当然の如く案内係りはいない。そうであろうことを承知で「すいませ~ん」と数回連呼。すると店員が「まだオープン前なので...店内でお待ちいただいてよろしいですか?」と言いながらやってくる。フッフッフ、成功。賄い飯を食べる店員を横目に店に突入する。このとき時間、16:45。
O氏以外のメンバーは普通に仕事をしているので(エスケープしたりしないので)、彼らとは19:00に別な店で待ち合わせをしている。こちらを一次会とし、私たち二人だけのサシ飲みを零次会の呼んでいた。一次会開始までにどれだけ酔って一次会メンバーにどれだけ絡めるようになっているかが楽しみである。
まずは乾ききった喉を潤すためにプレミアムモルツを流しこむ。うまい。一口でグラス一杯を飲み干してしまうほど喉が渇いていたのである。適当に料理を頼み、一次会が始まる十分前くらいまでに私はビールをグラス7杯位は飲んだと思う。しかしまぁ、所詮はビールである。一次会メンバーに酔っ払い絡みができるほどの酔いではない。

一次会現場もロサ会館のすぐ近く。数十メートルの距離を移動する。一次会の店『カーヴ隠れ店』は、入口からいきなり地下に入るという、洞窟を店にしたかのようなところ。その最深部の個室に案内される。ここで火事なんて起こったら大変だろうなぁと一瞬、嫌なことを考えてしまう。
一次会のメンバーは自分も含めて7名。しかし、このメンバーは時間どおりには絶対にそろわない。だから、コースメニューや飲み放題は絶対に使えないのである。3月末は世間的には絶賛送迎会実施中な時期で、個室の利用にも時間制限を設けられることが少なくない。そうならなそうな店を選んだのだが、幹事役はなかなか骨が折れるのである。
最初に現れたのはM氏。本日の主役はもうそろったのでこの後はどうにでもなれ的な感じで酒を飲みまくることにする。といってもここは池袋だしな。電車に乗るという大仕事が待っているので、10%を超えるアルコールは摂取しないことにする。ウィスキーは割ることにするのである。
M氏は全くの下戸だったが、北海道のあの寒い環境を経てしてもまだ下戸だった。俺ならば懐にウィスキーが入ったスキットルを忍ばせていたい位だけどな。「Mといえば、ジンジャーエールだろ?」とO氏と予想していたが、その辺も変わっていなかった。変わったのは体形だ(泣)。お互い7年ぶりともなれば、泣けてくるほど腹のあたりに肉が付いてくる。「俺もひどいけどお前もひどいなぁ」と、しみじみ言ってしまうのである。
そんな会話をしている頃、Y氏が登場。しかし、所用のために21:00には店を出なくてはならないらしい。何と言うことだ(来るのが遅くて、次の日にならないと帰らないというメンバーはたくさんいるんだがなぁ)。いろいろ話をしている途中にY氏の左腕に目がとまる。ブラウン文字盤にカーフストラップのクロノグラフ!これはBREITLINGのNAVITIMERではないですか?奇しくも今日、私はCHRONOMATをしていた。「お~、BREITLING仲間!」と喜ぶ。時計好きの中では何と言うことのないブランドではあるが、そういったメンバーと飲んでいるわけではないのにBREITLINGでかぶるというのは結構奇遇である(ROLEXやOMEGAでかぶるなんてのは日常茶飯事だが)。聞けばY氏、ずいぶん前からそのモデルを使用しているとのこと。俺が気がつかなかっただけだったのか?全く抜かりきっていたものである。O氏は「でも時計なんて携帯で十分じゃないですか?」とY氏に話す。するとY氏曰く「これは大人の嗜みなのですよ」。おーっ!その返しは初めて聞いた。今度、他の誰かに同じ質問されたら使わせてもらいます。
つぎにTさんから連絡がある。池袋についたが、店がどこなのかわからないという。自宅のアカウントにメールしたのだけど...自宅メールを全く確認していなかったことが判明。口頭で説明し、無事店にたどりつく。彼女が方向音痴でなかったのことに感謝したい。恵比寿のデザイン会社へ転職以来、ずっと同じ会社にいるそうである。「そろそろ出たい」というが、その前に女性しかいないというその会社の皆様と一度合コンをさせてほしいものである。既婚者だめですか?
この時点で到着していない二人に連絡をとってみる。I氏には電話がつながったが、声の状況からするとまだ全然帰れそうな雰囲気ではない。事前にもらっていたI氏のメールには「もしかすると行くことができないかもしれない」と書かれていたが、まさにそれに近い状況にあるのかもしれない。もう一人のK氏には携帯全くつながらず。毎度、飲み会を最も期待しているK氏に連絡がつかない。携帯を持ち歩いていないのかもしれない。しかし、K氏が飲みを忘れることなどあるのだろうか?結局、二人に会うことはできなかった。
Y氏がタイムリミットを迎え帰宅した後、だらだらと飲んで、私は湘南新宿ラインが残っているうちに池袋を出ることにした。相変わらず最終が早い列車である。

酒が飲めないM氏だが、彼が首都圏に来ることによって、この辺りのメンバーとの飲みの機会がまた増えればと思う。みんな昔よりは忙しくなっているけれど、彼らとの時間は私にとってとても大切なものですから。

会社から日本ROLEXへ向かう道のりを、天気がいいので歩いてみることにした。
数日前までは東京マラソンにむけたランナーの良い練習場であった皇居外周も、今は走る人が少なくなっている。

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今日も武道館ではどこかの大学の卒業式があったようである。北の丸公園の清水門からぞろぞろと人がやってくる。皆、九段下駅のほうへ向かうので、人ごみに逆らうように歩く。

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しばらく南下すると竹橋周辺に着く。ここでやはり見上げてしまうのは毎日新聞のビルである。新聞の発行部数は減少の一途をたどるそうだが、新聞社自体のその存在感というものは大きく感じられる。

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毎日新聞社のほぼ斜め前にある平川門。

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堀を見ると水鳥が二羽じゃれあっているのが見える。これも春ならではの光景だね~。

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もう満開に近い桜を発見。

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そのアップ。背景のビルがいい具合に写っています。

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咲いている花の前では、観光に来た方が集合写真を撮っています。私は散歩中、3人の方に撮影をお願いされました。道を聞かれたり、写真をお願いされたりするのは日常茶飯事。何でだろ?

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白鳥?まだこんなところにいていいのか~?

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桔梗門周辺。本当に皇居は広い。今年は地価が下落していると聞くが、この敷地全体でどれほどの額になるのだろうか...と俗物的なことを考えてしまう。

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皇居の反対側を見ると、東京駅の真正面になる。

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東京駅は現在改装中。

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何でも、戦災で消失した丸の内駅舎をの復元工事をするとのこと。ただ復元するだけではなく、免震構造になるそうだ。2010年に完成予定。

以上、北の丸公園から皇居まででした。

このところ、皇居界隈では大学の卒業式ラッシュである。今日は武道館で法政大学の学位授与式。袴姿の女性をたくさん見かける。

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東京では桜の開花宣言が先日されたが、二分咲きというところである。今週になって急に冷えたためにつぼみを開くのを止めてしまっているのだろう。

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咲いている桜を見つけて接写。もう少しで皇居の堀周辺はにぎやかになることでしょう。
天気がいい日に、仕事からエスケープして見に来るつもりである。

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東京の桜は開花したそうである。しかし、蓮田やこの乗馬クラブがある伊奈町ではまだのようだ。

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近づいてみてみると、もう少しで咲きそうなつぼみの状態。桜の季節、この乗馬クラブの入口は桜のアーチのようになるそうだ。
何度か飲み会などをご一緒している乗馬クラブのメンバーもここで花見をするという。私も参加したかったのだが、同日に前から約束していた花見が別途ある。残念だが先約を優先した。
ちなみにこの花見客、乗馬クラブ側からするとたまったものではないらしい。馬は非常に敏感な動物である。お酒が入って大声を出されたり、ゴミがクラブの敷地内に飛来したり、さらには太鼓をたたくようなイベントもあるらしいが、このようなことをされては馬が驚いてどんな行動を起こすかもわからない。
花見客と隣接する第一馬場は私のような初心者がレッスンする場所ではないので影響は少ない。おもに中~上級クラスが使っているのだが、大事をとってかこの時期は予約数が減るという。

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今日乗った馬はマロン。ビギナー修了レッスンの時に乗った、名前の通り栗毛でちょっと小さめのかわいい馬。

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べろ~んって、舌出してみたりして。

インストラクターは女性のHさん。まぁ、どんなことをしてもこういうことはよくあるのだが、どうも言葉遣いなどが私は好きになれなく、妙に緊張してしまう。一緒にレッスンを受けた受講生とはよくウマが合っているようだから、これは私個人の性格の問題なのだと思う。

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今回の参加頭数は6頭。上の写真のようにガードレールで円形を作り、その中をグルグル回りながらレッスンを受けている。ガードレール無しで広い馬場を駆けている上のコースを見ていると羨ましくなるが、私にはまだそこまでの技術が無いことも確か。仕方ないね。

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マロンの馬上から見た景色。今日はいつもと方角が違って厩舎の方を見ている。
この日は晴天ながらも強風で(成田空港で飛行機が着陸に失敗するほど)、大事をとって速歩のレッスン無し。もうそれだけで「えぇぇぇ!」って感じなのだが、仕方ないね。ということで、今日のレッスン内容は手綱の上手な使い方について。マロンはそうでもないのだが、頭の上下運動が激しく、手綱が引っ張られて綱引き状態になってしまう馬がいる。このような場合の手の力の抜き方について基本的に手綱を引いた状態で構えて、首の動きに合わせて前に戻す。ようは、引き合いになるのをかわしましょうというものと、手綱の長さについて。長さについては初心者複合クラスに移ってから散々言われているので、感覚的になんとなく把握できてきたと思う。
ビギナー修了レッスンでマロンに乗った時は「うへぇ、乗りづらい...」と思っていたのだが、最近いろいろな馬に乗ってちょっと変わってきたのか、今日のレッスンでは全くそのように感じなかった。前回のアッサムはなんだか難しかったもんなぁ。

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なかなかBREITLINGのプロダクトレビューに移れずにいるのだが、今日もちょっぴり時計関連の出来事があったのでそっちを優先いたします。

私が愛用しているZENITHMEl Primero搭載されたフライバック機能を持つクロノグラフ「ZENITH Rainbow Flyback Ref.02.0480.405/24」もそろそろオーバーホール(以下OH)に出さなくてはならない。
先日ごはんさんにOHを依頼した時計が採用するムーブメントはETA社のETA Cal.2892-A2をベースとしたもの。つまり汎用ムーブメントである。それに対してEl Primero Cal.405はマニュファクチュールであるZENITHが開発した、パーツ点数も非常に多い複雑なクロノグラフである。ごはんさんとはいえどその独自の複雑な構造を理解することはなかなか難しいと思えるし、なによりLVMHジャパンがパーツを提供してくれるとはとても思えない。これのOHばかりは他ではなくLVMHに頼るほかないのである。
ちなみに、このモデルの研磨なしでのOH価格は¥89,250-。時計が1本買えます(笑)。但し、正規品購入ユーザーは40%割引という特典があり、この時計も正規店での購入品。というわけで費用は¥53,550-。これに交換が必要なパーツ発生するとその実費を請求される(こちらには40%割引は適用されない)。帰る途中にあるということで、池袋西口にある東武デパート(結構時計が充実しています)でお願いすることにする。

ちなみに、LVMHは(いや、ZENITHの修理部門がなのかもしれない)は大変混みあっているらしく、見積もりの提出までに3週間かかるとのこと。ごはんさんは3時間で見積もりよこしたけれどね。ものが違うとはいえ、3週間とはどれだけ待たせるつもりなのだろうか。LVMH参加になってZENITHは確かに売れるようになったのかもしれないが、必ず発生するメンテナンス部門の増強は順調には進まなかったのかもしれない。たしかに、El Primeroは225を超えるパーツによって構成されている(このモデルのムーブメントCal.405はフライバック機構を有するからもっとパーツは多いはず)。10振動というハイビートムーブメントであるEl Primeroには粘度の違うさまざまな種類のオイルを適切な量射さなくてはならない。一朝一夕にOHが出来る時計士は生まれにくいのだろう。

初心者複合レッスン3回目。
初めて平日、乗馬クラブに来た。客層は圧倒的に女性が多い(しかもおばさんが多い。有閑マダムといったほうが良いか。いい宝飾品を身につけている)。屋内の喫茶スペースでお茶を飲みながらお話をしている。正直、うらやましいと思う。

今日のインストラクターは男性のSさん。ビギナーの頃に一度、お世話になったことがある。非常に熱心に教えてくれる所に好感が持てるのだが、私にとってSさんがインストラクターだとどうも追い立てられるような感じがして馬に楽しんで乗るということを忘れがちになってしまう。ずっと初心者複合でお世話になってきたUさんとは対極的である。往々にして男性のインストラクターはそういう傾向が多く、上級クラスのレッスンを見ていると熱く指導されている様子をよく見かける。どちらかが良いとか悪いというわけではなく、今の自分に合うタイプのインストラクターを選べばよいと思う。楽しむことも大事だし、技術を上げることもまた大事である。

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今日乗る馬はアッサム。これは花粉症でマスクをしているわけではなく、罰ゲームなわけでもない。噛み癖がある馬らしい。このアッサムのように人に危害を与える可能性のある馬を馬房から出すときは、インストラクターにやってもらう。特にアッサムは食事中に出されるのを極端に嫌うらしい。私が馬房へ行ったとき、アッサムはまさに食事中だった。
蹴る癖もあるようなので、足の裏掘りもパス。いきなり馬装を行う。馬場への牽引も頭絡だけではなく無口をつけた状態で行い、馬場でそれを外した。

今回の参加頭数は4頭。かなり少ない。そして私以外がすべて女性である。

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アッサムの馬上から。アッサムは特別大きいわけでもなく小さいわけでもなく。

本日のレッスン内容、まずは常歩の歩度調整。速めに歩かせたり、ゆっくり歩かせたりと速さを手綱や足を使ってコントロールしていく。噛み癖のあるアッサムは前の馬との距離を適切に取らないと、しっぽを「パクッ」としてしまう。そうすると大変なことになるので、早め早めにブレーキをかける。どうもこういうことをしていると「視線を遠くに向けて~」と言われても、前の馬のお尻ばかりが気になってしまう。ブレーキに関してアッサムは特に問題なく、しっかりと止まってくれる。次に速歩だが、ここでアッサムが走らなくなってしまう。レッスンをしているとそういった馬が必ず1頭くらいはいて、幸いにも今まで私は当たったことがなかったのだが、今日は私がその馬を引いてしまったらしい。でも、アッサムは前回、前々回の初心者複合レッスンに出ていて、誰かが乗っていた。止まったりはしなかった記憶があるのだが...。私の乗り方が悪かったか?で、ここで理由の一つが判明。私の鐙の長さが短いことが原因だったようである。足を使った意思の伝達がうまくできていなかったのである。Sさんに鐙の長さを見てもらい、再度スタート。連続して足をで指示を出し続けることにより、なんとか走り続けてくれた。しかし、このように足で馬に指示を出し続けると軽速足に移ることができない。座るタイミングで指示を出せればベストなのだが...まだまだ技量不足。もうちょっと乗り込まないと難しそうである。そんな具合で、あまり速歩や軽速足のレッスンにはならなかった。

頭数も少なかったせいか、馬に乗っている時間が長くかなり疲れを覚えつつ洗い場へ帰る。アッサムは他のクラスですぐ使うとのことで、馬装を解かずに繋いだままにする。

洗い場で、馬イベントでご一緒したAさんとYさんに会う。Yさんはこれからレッスン、Aさんは馬を見に来ていたご様子。Aさんは最近転職が決まり、Yさんはご結婚と聞いていたのでお二人に「おめでとう」というと、Aさんは苦笑いしていた。
Aさんと、Yさんのレッスンを見ながらちょっとお話をする。彼女は真面目なんだなぁと思う。考えがしっかりしているし、努力家だ。でも、無理はしすぎないで欲しいのである。陰ながら応援しておりますわ!

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義父の家庭菜園で採れた菜の花。
前日、花だけ切り取ったら首がだら~んとしてしまったが、水につけて今朝見たらこの通り、しゃきっとした。
見てよし、食べてよし、油まで取れるんだから菜の花はすごい。

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今年の春はどうやら去年より早く訪れるようである。最近急に気温が上がってきており、桜の開花も早まりそう。埼玉では3月末あたりで満開を迎えそうである。

昨日の記事の通り、助成金をあてにしてETC車載器の取り付けをしようと、夕方にカー用品店に行ってみた。
まずは自宅から一番近いYellow Hatへ。この店にETCの取付は本日取付分はすべて終了。後日取付工事を行う人向けの予約が行われていた。店員の案内に従って受付に並ぶものの、何と言うことか!私のところで「本日の予約は終了です」と一方的に告げられてしまう。さすがにイラっとして店員に文句を言うものの「ETC車載器の在庫がなので...」の一点張り。前もここのYellow Hatに来てちょっと嫌な思いをしたので、さすがに二度と使わないことを決意する。そして久喜のスーパーオートバックスへ向かう。もちろん、こちらに行ったからといって取り付けられるという保証はないのだが。
スーパーオートバックスの駐車場には予想していたほど車がない。「もしかして今日中の取付も可能?」なんて考えが頭をよぎったが甘かった。こちらでもETC車載器取付工事用のカウンターが用意され、そこばかりに人だかりができている。購入できるETC車載器もデンソーのセパレート型のみ。他のものは全て売り切れ。選択の余地はないのでデンソーの製品を手に取付工事カウンターへ。ETC車載器の価格は\9,800、工事費が外車なのでちょっとだけ高く\11,000。これに助成金分-\5,250で総額約\15,000。工事日は最短で3/28とのこと...中々すごい。これでは明日、明後日の土日に来た客の取付工事は一体いつになるのだろうか...。昨日行くのがベストだったのかもしれないが、とりあえず無理して今日来ておいてよかった。3/30に取付工事の予約をした。妻に行ってもらおうと思う。

あとはETC機能付きのクレジットカードの準備だな...。

先日の記事で紹介した、北大路さんの『BOSS 食後の余韻』のポスターと

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この、フジテレビ開局50周年ドラマ企画『落日燃ゆ』の番宣用のポスター

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向きは逆ながらも、結構似てません?後ろの背景色である赤がそれを印象付けるのかなぁ。

今日、
「落日燃ゆの番宣」
 ↓
「BOSS 食後の余韻のCM」
の順で放送されたのは狙ってなのか、わざとなのか...

私は北大路さんが好きなので、たぶんこのドラマも見ることでしょう。

ちなみに、『BOSS 食後の余韻』はまだ飲んでおりません。

某有名掲示板の時計関連情報のスレッドで近頃有名になっている時計店というか、時計士がいる。
通称「ごはんさん」。由来は時計店のサイトの写真にひそんでいる桃屋の「ごはんですよ」の瓶からである。

奇遇にも私の出身県である福島県で時計店を営んでおり、Webからのオーバーホール(以下OH)や修理依頼も受け付けている。こちらから時計を送り、その状態からOHの金額を見積もる。合意できればその価格で作業をしていただき、返送してもらう。遠くからOHを依頼する場合にはよくある方法である(私はたまたま首都圏にいるので、直接その店に出向くことが多い)。
さて、何で話題になっているかというと、そのOHの価格と精度である。この時計店の店主は非常に難解な試験であったといわれている「公認高級時計士」の資格を有する。まぁ、その資格を有するだけでぼったくりのようなプライスでOHを受けている時計店も実在するのだが、このごはんさんは信じられないような低価格で、かなりの精度までチューニングしてくれるという。

なんとなく同郷であるということは人を安心させてしまうものである。
また、店主がきっと「ホームページビルダー」あたりの「誰でもホームページが作れます」系ソフトで作ったであろう、何とも素人っぽいサイト、そしてサイトに掲載されている店の外観はまさに「昔、町に一店はあったと思われる時計店」の趣きである。
素晴らしい技術を持つ職人が、昔ながらの店で良心的な価格に据え置いていい仕事をしている。あぁ、素晴らしい。マイスターとも、アルチザンとも呼びましょう。そういう雰囲気にほれました。

時計好きにとって、安心してOHが任せられる店を1件見つけるということは、意外と大変なことである。
もちろん、たくさんお金をお持ちの方で、全てを正規代理店に出せるという人はいいでしょう(といいつつ、最近は正規代理店でもひどい仕事してくれたりする世知辛い世の中なのですが)。私はとてもETAのエボーシュを使っているような時計のOHに大枚をはたく気にはなれないし、交換する必要がないパーツを「ルールなんで」とあっさり交換してしまうような関係より、もっとそうしたところを相談できるような相手がぜひほしいと思っている。
私は表参道に1件、技術が比較的あると思う店を知っている。ETA 2824を搭載したTAGHEUER 4000をOHに出したところ、日差-2秒というChronometer級の精度にして返してくれた。OHから3年経つが、今は日差+3秒くらいを保っている。腕はいいのだが、ちょっと高い。場所代だろうなぁ...。
この店はそこまで仲良い関係というよりは、ビジネスライクな付き合いである。もうちょっとそこを相談できればねぇ...。私はあまりアンティーク時計に興味はないのだが、これに興味を持っている人ならば、場合によってはOH時にパーツの製造が必要になることすらある。技術のある店を知っていないとできない趣味である。

で、今回OHに出すのはOMEGA Seamaster 120m(Ref.2501.31)である。ベースムーブメントはETA 2829-A2。自動巻きローターのベアリング部に改良を施したもので、Chronometer準拠のモデルである。時計士の技術を見るには格好の時計だと思う。Chronometer級の精度になって当たり前、さらに防水試験等も施さなくてはならず、スクリューバックケース(これを開けるときに裏蓋に傷をつけてくれる人は多い...)。ベゼルはポリッシュ仕上げ(磨きは行いません)である。

先ほど、事前見積もりをするためにメールを1通、ごはんさん宛てに送った。すると、30分以内に回答が届いた。
下記はメールからの引用である。


見積もりの件ですが大体オーバーホールが¥12000でパッキン交換が¥1500
合計¥13500ぐらいになると思います。
納期はこちらに到着後1週間ぐらいです。


うわっ、安いし早いわ!(メーカーのOHだと、三ヶ月待ちなんてこともあります)
届いたらすぐ仕事にかかってくれるってことだなぁ。早速明日、送ってみるのです。

現在の精度は日差-15秒ほど(結構ひどいね)。この時計をするときは必ず日本標準時を見ながら時間を合わせて使っていたのだが、このプロセスが無くなるかどうかは戻ってき次第、確認&報告いたします。

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仕事の都合で日暮里駅で乗り換えをした。
最近、「日暮里」と聞くと半笑いになってしまう。何故って?それはガチムチパンツレスリングのせいです。


消えてたらすまん。

新日暮里

都市伝説として一部の(鉄道?)マニアには知られていたこの地名。実在はしなけど、今ではまったく違う方向から話が湧き上がり、伝説の都市となっている。
私にはパンツが引き裂かれる瞬間の映像ばかりが蘇ります。

で、前も言いましたが重要なことなのでもう一度言います。
私は『ガチホモ』ではありません。

ここ毎年のことなのでなんとなく今年もかなぁと思ったら、その通りだった。
この時期、精神的に参ってしまうのである。心がやられると体もやられてしまうために、休養をとらなくてはならない。具体的に何をするかといえば、何もしないのである。余計なことをせずに寝続ける...それだけ。
子供がいたりすると「せめて休みの日は家庭サービスを...」などと思ったりもするのだが、本当に体が動かないという状況で、二歳半の息子が果敢にベットの上の私にアタックしてきてもダメ。動けないものは動けないのです。
悪いねぇとは思っているのだが、動物の冬眠と同じような生理的な現象なので許して頂きたいのです。

今年もやってきました二月末。日付表示機能付き腕時計の日付送りをしまくらなければなりませぬ(我が家には私のものだけで11本ありました...指が痛いんですが)。

毎年何人かの人はこの日に日付表示用の歯車を破損させているんだろうなぁ...と余計な心配をしているわけですが、またおさらいです。
機械式、クォーツと駆動方式に関係なく、前日20時~当日4時くらいまで日付を自動的に送るために歯車がかみ合っている状態になっています。このタイミングで日付送り機能を使って日付を変えると、かみ合っている歯車が破損する恐れがあります。かならず日付の調整を行う際にはここから時刻をずらした後に行いましょう。30日までしかない月ならば、日付送り機能を使うよりも、リュウズでそのまま24時間回してしまった方がよいでしょう。ついでに時刻の調整もこのタイミングで行うと良いのではないでしょうか。

日本標準時刻の取得はこのサイトから。NTPサーバのサービスもこのサイトでは行っています。

今日は午後から社外で開催される「Webユーザビリティ評価」に関するセミナーを受講するために外出する。いわゆるCI的な統一感やアクセシビリティだけではなく、より直感的な操作ができ、理解がしやすいユーザーインターフェースについて、個人のノウハウやセンスといった抽象的なものではなく、ノウハウをルール化した指標というものにを使い客観的視点で定量化、評価するというサービスを提供している会社が主催する。どちらかといえばその企業の持つ「ルール化された指標」に興味があったのだが、やはりここの具体的な説明までには至らず(というか、この企業にとって最も重要なものなわけだから、そう簡単には公開してくれると思えない)評価サービスという商品の紹介がメインであった。

とても天気が良い日だったので、市ヶ谷の会場まで歩いてみた。
途中、セミナー開始まで時間が多少できたので、靖国神社に立ち寄る。お参りを済ませて茶室の方に行って少し休憩。

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このような日本庭園が広がる。周りには3つの茶室(行雲亭・靖泉亭・洗心亭)がある。今日のこの時間は稽古が行われてはいないようだ。ペットボトルのお茶を飲みながら(味気ねぇな!)池を見つつ、ぼ~っとする。

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本殿の周りをぐるっと回ると、梅の木が視線に入ってくる。もう随分と咲いている。

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ピンクの梅。この小ささが梅の可愛らしいところだと思う。

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こちらは白。個人的には白の方が好み。

下ばかり見て歩いているので、こんな変化にも中々気づかない私。いろんな意味で余裕が無いようで、殺伐としている。潤いが無いガサガサとした生活で、うんざりしてくる。
自分達で忙しくして、自分達で勝手に消耗して、何をしているんだろうと、そういう疑問は尽きることが無い。
そんな風に考えてしまう私は社会不適応者なのではないかと強く思うのです。

今年も皆様、大量の「義理」チョコをどうもありがとうございます。

結婚してからは魅力が半減してしまったこのイベント(妻が作る奇抜な作品が最近の楽しみ)、でも、自分では普段買わないようなチョコレートを知ることができて、そういう意味では面白みがある。
今年のおきにいりは、Hさんからもらったこの「てんとう虫」チョコレート。

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とっても可愛らしくありません?食べるのが惜しいと思われたほど。
でも、息子に見せたらあっという間に食べられてしまいました。最近チョコレートの味を覚えて、食い気たっぷりの息子です。

私の職場は皇居のすぐ横にある。
今日、何気なく皇居の北の丸公園付近のお濠をみたら、水がなくなっていた。

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こんな感じである。

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ちなみに、北の丸公園への歩道を挟んだ反対側はこんな感じでいつも通り。
何を目的にして、急に水を抜いたんだろう?掃除?

しかし、意外にも浅いことに何より驚かされた。これじゃ、飛びこんだら骨折れるね。

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ちゃんとコンパスを使って方向を確認。今年の恵方は東北東とのこと。

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無言でいただきます。あごが外れそうです。

食べたあと
 「何でこんなにボソボソと穴が開いた海苔なの?」
と妻に聞くと、
 「島根名産の海苔らしいよ」
とのこと。私には普通の海苔で巻いたほうがおいしいように思われましたが。

今日は私の誕生日。また歳を食うわけである。
見かけが老けているとか(いや、実際老けて見えるので)別に気にはしないのだが、やはり本当に身体能力が衰えていくのは悔しい感じがしてならない。

26歳くらいから感じ続けているのだが、この1年も短かった。私は何をしていたのだろうか?

  • 仕事
    あまりやりたくも無い仕事を続けた1年だったと思う。仕事を通じて成長を...とよく言うが、私は成長した感じは全くしない。今年1年の仕事ほど自分の記憶に残らない仕事は無かったのではないかと思えるほどだ。こんな感じで歳をとり続けていいのだろうか?不安感は拭えない。
  • プライベート
    まだまだ足りないと妻には言われそうだが、息子といる時間が比較的とれた1年だったと思う。息子は色々な表現が出来るようになり、生意気にもなったが可愛い。 趣味で言えば、やっぱり乗馬だろう。こんなに面白いものがこの世にあったとは...というくらいである。きっかけを持って来てくれた妻には感謝である。 あとはFちゃんかな~。意外な再会。会えると思っていなかっただけに、とてもうれしい
  • 考え
    盛大なる虚無感の1年だった。ふと時間が出来ると色々考え、やっぱり虚しいという結論に達する。一生背負っていくのでしょうね、これって。
  • 健康
    何だかわけがわからないうちに13kgも痩せた。そのあと3kgリバウンド。頭痛に悩まされ、腫瘍が出来たので二度摘出手術をした。骨折1頭痛は色々と回復の方策を練ってみたのだが、いい結果は得られなかった。それ以外はいたって健康。

やはり目下の悩みは仕事。誰でも出来るであろう、気の進まない仕事をし続けると言うのはやっぱり苦痛である。「自分でなければ...」というプライドが欲しいものだが、仕事そのものに興味が持てなければ、そんなプライドも生まれないような気がする。辛いところだ。

今晩はささやかながら、妻はケーキを作ってくれたりしてお祝いをしてくれた。クールでドライな妻だが、優しかったりもする。どうもありがとう。

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このところ、土曜日の昼はほとんど『』で寿司ばかり食べている。昨日はうなぎ、今日は寿司。めでてぇなぁ。

本日のにぎり(大盛)はこのようなネタ。季節によって微妙に寿司ネタは変わってくる。私は冬の魚の方が総じて好きなので、今は特に好きなものばかりである。

カウンターの中ではこの店の大将が上手にアナゴをさばいていた。頭を鋭利なアイスピックのようなもので固定し、アナゴの背にある骨、三枚におろして余計な皮をとる。とった中骨に身はほとんど付いておらず、皮も上手に取れている。うまいなぁと思う。寿司職人なわけだから当然なのだが
「上手ですねぇ...」
としみじみ言ったところ、
「昨日覚えたばかりで...」
と、冗談が返ってくる。中々強面の方なのだが、そうした冗談は欠かさない気さくな人だと思う。
「昨日覚えてそれだけできれば、天才ですね~」
と、やり取りをして店を出た。

来週も来てしまいそうです。


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ちなみに、今週も大宮駅西口で営業中の小次郎に遭遇。やっぱり可愛いのである。でも、この場所は寒い&人が多くて大変だな~。

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私の通っている乗馬クラブのマスコット「小次郎」が大宮駅西口に来ていた。乗馬クラブの営業で一緒に回っているのだろう。ちょっと人の多さに戸惑っている感のある小次郎。

いくら小さいとはいえ、ハーディなんか連れてくるわけにはいかないもんなぁ。軽車両だけどさ。こうしていろいろなところを回られているのね~。お疲れ様です。
しかし、毛がモッフモフだなぁ。これはこれで可愛いんだけど。

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以前できた肩のポリープのようなものが右下腹部にも出来てしまった(俺は出来やすい体質なのだろうか)。念のためまた美人女医さんでおなじみの九段坂病院へ診察を受ける。そしてまた同じように「大きくなったり化膿したりする前に摘出しましょう」ということになり、今日、手術を受ける算段になっているのである。

麻酔の反応テストのための注射、手術用の麻酔注射はどうも痛くて苦手だ。しかも部位はお腹。背中よりも痛みに敏感である。
以前は背中だったのでうつ伏せで手術台に乗り、手術を受けた。これならどんな道具を使ってどんなことをされているかがよくわからないので良いのだが、今回はあお向けである。何だか微妙な感じである。
手術部位に部分麻酔を打ってもらう。何本か打ったのだが、そのたびに私は「痛ぇ」というもので、執刀してくれたT口先生は「ごめんなさいねぇ」とその度に言ってくれる。優しい先生なのである。しかし、目の前でメスが行き来したり、先生の手の動きが微妙に見えたりするのは何ともいえない。麻酔をしているといっても全く感覚がなくなるわけではなく、痛みが無くなるだけなのである。「今、切っているんだなぁ...」とか、「ポリープ引っ張られているなぁ」とか、そういう感じがよくわかる。ポリープを摘出すると、電気で血管を焼き、止血する。私はアースを手に持たされる。バチバチっという音が何だか恐ろしい。ちなみにお腹にあったものをそのままとってしまうわけだから、脂肪の間にぽっかりと空間が開く。さすがにそのままにしておくわけにはいかないので中も塗って空間も閉じ、傷口も閉じる。空間を閉じるために6針、傷口を閉じるために8針。お腹という脂肪に覆われた場所(...私のお腹の場合)だったのでさほど大きくないと思っていたのだが、摘出してみたら結構大きくて驚いた。手術は縫合まで含めて40分位。結構時間がかかった。

肩に比べ、切った場所が場所だけに歩くたびに痛みが走る。痛み止めの定番薬「ロキソニン」を処方してもらうが、今日一日はこの痛みから逃れられなさそうである。早く家に帰って寝るに限るわな。

抜糸までは馬に乗るのも自重しておかないと...さみしい。

またゴールド免許はダメだった。過去に二度捕まったが(高速道路で追い越し車線を4km超えて走る、Uターン禁止区間でのUターン)どちらも減点1点。1点減点だけの場合、ゴールドになる余地は残されているし、後者は警官ともめた上でうやむやになったはず...と思っていたら、警察の処分と行政処分は別扱い。減数は行政処分となるため、私は2点減点という扱いになっていた。もめたときの警官はこんな説明全然してくれなかった。やられたと言う気分である。

私のような立場の場合、地域の警察署で免許証の再交付を受けることは出来ない。埼玉県であれば、鴻巣市にある運転免許センターまで出向かないと運転免許の更新は出来ないのである。ちなみに、同じタイミングで免許証の更新となった妻(誕生日が私と近い)はゴールド免許である。


大きな地図で見る
埼玉県警察運転免許センター所在地

私の住む蓮田市から鴻巣までは決して遠いわけではない。しかし2時間にわたるスペシャルな教習を義務付けられている(ちなみに無違反の妻はその半分以下の時間で済む)。平日に行くならば休暇とらないといけないコースになるだろう。
午前中はさすがに連日の疲れがあり、家で待ったりと休む。午後からの受付開始時間に合わせて運転免許センターへと向かう。息子も連れて、一緒にである。国道17号線は渋滞が著しい&信号ばかりなので、出来るだけそこを通らずに済むコースを見つけ出して免許の更新へ。

免許証の写真と言えば、笑える写真の代名詞である。昔の写真なので口髭が無い頃のものだ。それが今回から髭あり。そんなひどい顔にもならなかったかな?今回から前回の免許証は欲しければもらえるようにルールが変わったらしく、その二つを比べると自分がいかに歳をとったかということを如実に感じさせられる。
今回の免許証は前回のものと比べると写真以外に二つの変化があった。それは何かと言うと

  • 普通免許から限定付き中型免許になった
    平成19年6月2日から施行された道路交通法により、中型免許と言う枠が出来た。既存の普通免許所有者は「車両総重量8トン未満、最大積載量5トン未満及び乗車定員10人以下まで」の中型車両の運転が可能となり、普通免許だけではこの車両の運転は出来なくなった
  • 免許証にICチップが入った
    本籍地などの情報は暗号化されて免許証の印字から知ることが出来なくなった。また、このICチップを使った様々なサービスを画策中とのことだが、具体的な話は一切無かった。

2時間に渡った講習は「如何に交通事故の被害者と加害者は不幸になるか」と言うことを強調したVTRを見せられる。この講習を受けているのは、先ほど記述した「2点以上の減点者」と「初の運転免許更新」の方ばかりである。そんなメンバーなので、中々柄が悪い(苦笑)。そんな柄が悪そうな人でもちょっと引いてしまうような内容である。

散々、妻と息子を待たせて、夕日が沈もうとする頃に運転免許センターを去った。

会社が始まるのは1月5日からだが、明日は免許センターに運転免許の更新に行きたい。というわけで今日、埼玉に戻ることとした。埼玉とは私にとっての現実である。まだかまだかと休みを待ち遠しく思っていたものの、過ぎてしまえばあっという間である。何とも寂しい。
妻も息子も乗せるため、さすがに高速で帰らざるえない。1月3日と言えば、毎年帰省ラッシュで渋滞となる。今年も東北道で大渋滞が発生するのだろうか?それを避けるために出来るだけ早く実家を出ることとした。

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が、その前に祖父に曾孫の顔を見せようと、母、妻、息子を伴って祖父の居る介護施設へと向かった。入り口には元書道家である祖父が書いた「謹賀新年」の文字がある。右手が麻痺しているので左手で書いたものだが、例年に比べると少し勢いがなくなったような感じがする。私が書く筆文字よりはそれでも上であるが。
私たちは半年に一度と言うペースで会っているため、ちょくちょく会っている人に比べると祖父の変化には気がつきやすいと思う。前会った時に比べると、ちょっと反応が鈍くなってきたように思う。耳も遠くなったし言葉も出にくくなった。さすがに90歳を過ぎてきただけあって、仕方がないとは思う。これが行っても誰だかわからなくなってしまったら寂しいものだと思う。次に会えるときは何時になるかわからないが、しっかりと覚えていてくれるだろうか?

お昼をちょっとすぎた頃に、実家から埼玉へ向かう。高速道路は少々車が多い程度で、渋滞になっている箇所はない。このまま調子よく行ければいいと思いながら走っていたら、本当に調子よく行ってしまった。何度かサービスエリアで休憩を取ったにもかかわらず、3時間半の所要時間。渋滞で息子にぐずられるという最悪の事態を避けることが出来たのは幸いである。

酒の飲み続け、食べすぎで胃がかなり消耗している今日は、さすがに酒無し&軽いものを食したくなった。

初詣のことを「元朝参り」というのは我が家だけなのだろうか?いや、うちの親戚一同言っている気もするが。

昨日から今日にかけて、私はダウンタウンの「ごっつえぇ感じ」を見ていた。もちろん、ガースー黒光り新聞社があまりに気になったからである。
予想通り爆笑しながら見ていたのだが(しかしCM多すぎじゃねぇか?)、あまりに夢中になってしまい時間を忘れていた。気がつくと年明けを知らせる花火が。今年はヘイポーの恐怖に慄く叫び声を聞きながら迎えてしまった。なんってこったい。

毎年、初詣に行っている神社へと車で急ぐ。初詣対策がまったくなっておらず、ものすごく暗かった青柳神社には年末に飲んだFちゃんも来ているようだから...と思い、ちょっと連絡を取ってみる。会うことはできたものの、数秒の会話をしたのみ。まぁ、お子さんとお母さんがご一緒だったようだし。仕方ないよね。
次いで、日枝神社へ。拝んで火で暖をとっていると、ちらほらと雪が降ってきた。早々に退散することに。

急いで家を出たので、年越しそばを食べられなかった(母が紅白歌合戦に夢中で準備が全然できていなかったという話もある)。帰ってきたら、20:00頃に床に入っていた父が起きていた。父に年越しそばを作ってもらって(父が作った何かを食べるなんて何年ぶりのことだろう?)、「年を越してしまったそば」を食べる。父とまた酒を少し飲み交わし、私も床についた。

そういえば、どちらの神社でも願い事をするのを忘れていた。「二礼二拍一礼でよかったんだっけ...」なんてことを考えていたら、すっかり忘れてしまっていた。なんてことだ。

同窓会と言っても、クラス単位で集まるような大きな規模のものではなく、私が20代過ぎてから出会って連絡のつく人たちを集めて、福島駅周辺で飲んだ。
メンバーは5名。中学校時代の恩師Y先生、いつも福島に帰れば遊んでいるF士君、夏に岩手まで会いに行ったFちゃん、偶然にも私の結婚式の担当をしてくれたOさんと私。
店は梅酒が好きだというFちゃんのリクエストに応えて『歩歩歩(「さんぽ」と読みます)』という、梅酒が充実している店へ。福島をよく知るOさんから教えてもらった店だ。

例えばFちゃんとOさんは中学時代に同じクラスだったのだが、今現在の彼女達には直接接点が無かった。Y先生とFちゃん、Oさんもそんな感じで「昔仲良くしていたけど、今では連絡を取るすべがない」という感じ。だから集まってもらったもすぐに打ち解けることができたように思う。Fちゃんは参加が危ぶまれていたが、何とかこれることになり、大変うれしかった。Oさんに会うのは結婚式以来だから4年半ぶりの再会。相変わらず美人なままなのだが、あまり男性との縁がないと言っている。福島の男達の目は節穴か?と思いたくなった。実年齢よりも相当若く見える。Fちゃんもそんな感じである。一気に老け込んだのはやはり私であろうか。F士君は頭髪がやばくなってきたら、きっと俺に追いつく...いや、追い越すかもしれない(笑)
Y先生は今では小学校の校長先生。小学校校長の名刺など貰ったことが無かったので、1枚だけY先生が持っていた名刺を交換する。免許センターで交通安全協会(?)が配布している免許証入れが名刺入れを兼ねていた。私は思わず「先生、それは社会人的にいけませんぜ」と言い、お互いに笑ってしまった。

途中、Y先生は掛け持ちで他の同窓会に1~2時間ほど出席するために中抜けする。私たちがしていたのは、中学校時代の「誰がどうした?」といったような噂話。私は中学校の卒業とともに宮城県の学校に通っていた&就職して東京に行ってしまったために情報に疎く、F士君は福島にずっといるもののそれほど社交的な人ではなく、Fちゃんはその後はひたすらにスポーツへ打ち込んだり、結婚して岩手に行ってしまったために情報がさほどない。そうなるとネタを最も持っているのはOさんになる。

ブログにも残っていないので振り返りようがないのだが、知っている人が知っている人に伝えるという方法で、何年か前に中学校の学年全体の同窓会を行ったことがある。といっても私はそこには出席しなかった...というか、出席できなかったという言い方のほうが正しい。同窓会当日に私は帰省しており、その日に限って大雪で大渋滞にあっていた。同窓会の開始時間に郡山にたという状態で、とても間に合うような状況ではなかったのである。その幹事が二次会や三次会も主催していたのだが、私はその幹事が嫌いで(いかにも優等生という感じが昔から鼻について仕方がなかったのだ。今でもそういうキャラらしいが。)そういうところにまで出席する気にはとてもなれなかったのである。とばっちりを食らったのは、私が誘ったF士君である。非常に居辛い席に長らく一人にさせてしまった。お詫びをこめて、二件目では福島でおなじみのバー『木馬館』でくだを巻いていた記憶がある。その日、Oさんは仕事で遅れていたために二次会か三次会から合流したらしい。当然、私たちはいないわけで、Oさん的には「お~い、どこだ~?」という状況だったという。まったく悪いことをした。
Fちゃんはこのお誘いが来たそうだが、都合が悪かったのか、それとも意図的に辞退したのか、出席はしなかったそうである。
Oさんは結婚式場なども備えるホテルで働いている。そこで結婚式をした人(私など)であれば、もちろん把握はしているため「誰が結婚した」というような情報は豊富である。そういう様子を見て、彼女自身が少し結婚に対して焦っているらしい。でも大丈夫。今のいい女は30代からだと思うぞ~、本当に。

そんな他愛のない話をしていると、Y先生が帰ってきた。私たちが中学校を卒業すると同時にY先生は他の中学校に異動となった。その中学校では女子卓球部の顧問をしており、その子達との飲み会だったという。学年的には1~2年下くらいだろうか?
「どうせならご一緒に飲んでもいいんですよ、先生」
と、下心見え見えの発言をとりあえずしてみる。まぁ、お約束である。

そんな話をしているうちに、時刻が22:00になろうとしていた。子供を実家に預けているFちゃんはそろそろ帰らなくてはならない時間である。『歩歩歩』から出て、みんなでFちゃんを駅まで送ることにした。彼女は阿武隈急行線で帰るという。
いろいろと忙しい中(結構無理してくれたんだろうなぁ...)来てくれてありがとう。また今年中にあなたのお顔を拝見するのは難しいかなぁと半ばあきらめかけていたので、とてもうれしかった。
Oさんはバス通勤。終バスがもうすぐ出るということで、バス停周辺まで彼女を送っていく。本当にいい女だなぁと思う(気が多すぎですか?)。また、こっちに来たときには一緒に飲み、そして同窓会のようなイベントをするときにはできる限りの協力は惜しまないつもりである。どれだけ役に立てるかわからないが、一声かけてもらえれば何かはします。

さて、ここでY先生、F士君、私とジェントルメン(笑)3人が残った。以前、F士君の結婚式の際に聞いていた「ピアノの生演奏が聞けるY先生とっておきのバー」を紹介いただくことにした。福島市内でもっとも風俗店の客引きが多いと思われる東北電力近くの交差点を過ぎ、たどりつたビルの3Fにその店はあった。店の名前はemu(エミュー)。オーストラリアに生息する、首が長くて走るのが速い、飛べない鳥である。「なぜemuなのか...?」誰しもが感じる疑問かと思うのだが、これは店のマスターのなまえ「ゆみえ」さんの名前からとったものらしい。「yumie」のyとiを除いて逆から読むと「emu」。
さて、まず店に入って驚いたのは、ウィスキー原酒が入っている樽が4つもあることであった。福島にこれほどの品揃えの店があるとは...うむむ、侮れぬ!すべては覚えていないのだが、ダルモア、ボウモア...あと二つはなんだったかなぁ<酔ってる。こりゃ、大宮の『FRESCO』超えちゃうなぁ...。他にもいろいろなお酒が宝の山のように並んでいる。すごい店を教えてもらったものである。
運よく、今日はピアノも生演奏の日。もちろんリクエストさせてもらった。ピアノだからなぁ...ビル・エヴァンス版の「枯葉」を私はリクエスト。Y先生とF士君もクラシックの曲を。特にリクエストが入っていないときにはJazzが多いのだが、こちらの心のリクエストに答えてくれているのか、「A列車で行こう」や、「クレオパトラの夢」などを弾いてくれる。「いつか王子様が...」はビル・エヴァンスをリクエストした私を意識してくれたのかなぁと、うれしくなった。
バーテンダーはみな女性。する仕事はかっこいいのだが、しゃべると福島弁バリバリである(苦笑)。そのギャップがなんとも面白い。
バーの営業、今年は本日まで。24:00で店もおしまいであった。名残惜しい思いを残しつつも、店を去った。また来ようと思う。

父からタクシー券をもらっていたのでタクシーで帰ろうかとも思ったのだが、F士君の奥様がなんと迎えに来てくれ、しかもうちまで送ってくれた。なんとありがたいことか。いつもすいません。
そしてF士君はあさって、我が家に再び現れ、正月恒例の宴会に出席してもらうこととなる。これが我が家の正月というもので、彼は半ば親戚のようなものである。

私には散々「スタッドレスタイヤで帰省しろ」と言っていた父だが、父の車はノーマルタイヤのままだった。FR駆動なのに...。というわけで、私の車に乗って仕事に出かけてしまった。私は移動する手段なし。今日は実家に引きこもりである。
前に帰省したのが8月の末。さほど時間が経過したわけではないが、少しずつ実家の中の様子が変わっている。

まず驚かされたのが42型の液晶テレビが導入されていたこと。実家のリビングは広い。42型は確かに前に比べれば(前に使っていたのは32型ブラウン管、ワイドではない3:4のテレビ。15年位使っているが壊れかった...)大きいのだが、家の中に入ってしまうと意外と小さい。48型くらいでもよかったのではないかと思うが、予算的な問題もあったのだろう。物は日立のWoooで、HDDが内蔵されているモデル。ネットでもっとも安いものを探し出し、相当破格の価格で購入したらしい。うちは以前、家電量販店だったのでこうしたテレビの取り付けなどは父にとっては朝飯前のようなものだろう。また、故障したとしても修理やパーツを取り寄せる先もまだある。ネット購入のデメリットはうちには通用しなかったようだ。

ところで、店を稼動させることはもうほとんど無いが、一応、家電品の卸をしているところから直接買うという口も残されている。試しに見積もりを出させたら、なんと近所にあるヤマ○電機よりも高価だったという...。ネットで直接購入したときの価格と比較すると卸が2倍位したというのだからたまらない。このご時勢、個人で家電販売店をし続けていくのはやはり至難の業のようだ。

ところで、残念なことに実家のAVアンプにはデジタル映像入力端子(コンポーネントやDx端子)が存在せず、さらに光出力が1系統しかないのである。DVDプレーヤーとテレビが普通の75Ω同軸ケーブルで接続されていたのがあまりに悲しかったので、DVDプレーヤー側のコンポーネント端子とテレビのD端子で接続するように変更したが、音声の問題はクリアされていない。テレビにも光out端子はついているが、AVアンプ唯一の光端子はDVDプレーヤーに占領されている状態である。
5.1chで放送されている番組がどれほどあるのかはわからないが、単純にテレビにくっついているスピーカーから出る音よりはアンプを経由させて出力された物のほうがいい音なので、これは実に惜しいと思う。デジタル映像・音声入力機能に長けたAVアンプに買い換えるべきではないかと思う。そういう商品ならば、新品買わなくてもオークションで見つけられるのではないだろうか。

その他、畳もすべて新しいものに変えられていた。いくらくらいするものなのかはわからないが、結構お金がかかったのではないかと思う。青い畳は久しぶりである。

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あんまり変わらなかったのは、実家の猫である「さくら」かな?相変わらず軽くて、いろんなものにじゃれてくる(うちのしろこはもう相手もしてくれない)。こういう性格は変わらないで居てほしいと思わずにはいられなかった。

妻の友人の母が急遽亡くなり、妻がそのお通夜に出席することになった。私は息子の面倒を見ていて、妻が戻るまでは動けない。妻が帰ってきたのが21:00。でも、このような突発的なことは仕方が無いと思う。
そんなこともあり、福島への出発時間は23:00になった。今晩は私1人で福島へむけて走る。気ままな旅なので時間など気にしては居ない。妻と息子は1/1に新幹線で福島に来る予定である。

福島に帰省するに当たって、実家の父母から「必ずスタッドレスタイヤに履き替えてから来るように」と言われた。そんなことは言われなくても履き替えて向かうべく準備はしていたのだが、そんな警告を受けるほど福島の雪はすごいのだろうか?両親は色々なことを大げさに言うからねぇ。
27日の夜、車の量はかなり少ない。うんざりしたら高速道路と思っていたが、この調子ならば一度も乗らずにいけるかもしれない。高速並みの速度で一気に北上する。

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特に邪魔される車も無く那須の山越えをして福島県に入る。気温は0度を下回っているが、雪が降ったりたまっている気配は全く無い。また大げさな誇張かと思いながら、白河~矢吹~郡山~本宮~二本松と来たあたりで、雪が降ってきた。福島に近づくにつれてその量は猛烈になり、市街地の中は上の写真のような状態。降ってくる雪が大きい上に、結構な時間降っているのだろう。あまり車が通らない道は雪がしっかりと積もっている。
「これはひどい」と思い、2速発進やエンジンブレーキを多用して慎重に進む。いやぁ、スタッドレスで助かった。滑ってもこの車のASC+Tが滑りを検知してすばやく補正してくれる。DSCがあればもっと安全性が高まるのだろうが、残念なことに私の318tiは前期型。搭載されていないのである。

そして、実家に着いたのは3:30頃。ちょこちょこ休憩は取っていたので実質4時間で福島まで来たことになる。雪が降っていて、タイヤがスタッドレスであったにもかかわらずこの記録。平均時速62km/h位。ちゃんと信号では止まっています。景気が悪いから、みんな仕事を早めに切り上げているせいなのだろうか、この車の量は?

ようやく今日で会社も仕事納め。社長の締めの挨拶を聞いて、ビールを飲んで乾杯するのが恒例になっている。ビールが去年のものよりグレードアップしているのがちょっとうれしい(そんなことはしっかりと覚えている私)。

その締めが終われば解散となるのだが、今日はは今年一杯で出向元に戻る上司の送別会に出席する予定。開始が19:00と遅かったのでどうしようかと一瞬悩んだのだが、他の送別会らしきイベントにことごとく出席していなかったので、今日くらいは出ようと思った。場所は竹橋の中華料理店。

締めからしばらく時間があったので、残っているビールを片手にちょっとだけ仕事をする。普段はこんなことはさすがに出来ないのだが...正直言うと、これくらいの方が仕事が捗ったりするんだけど。

中華料理店ではあまり私が飲めるお酒が無かったために(紹興酒が飲めない)ビールのみで、料理をパクパクと食べる。幸いにして全く酔わなかった。会社の近くで飲むと帰るのがしんどくなる。明日は福島へ帰省する予定なので、翌日に残るような飲み方はできない。ちょうど良かったと思う。

帰れなくなってしまう危険があるので二次会には出席せず。22時台に帰ったのだが、グリーン席でも座ることが出来なかった。だが、明日からの休みを思うとこれもそれほど苦痛には思われない。開放感で体中が一杯である。

昨日、息子の枕元に置いたプレゼントはサンタさんからのものだと思っているらしいが、うちの息子はサンタさんがどういう存在なのかを解っているのだろうか?いないような気がしてならないのだが。
とりあえず、ミニカーを見て「あら、このミニカーどうしたの?」と息子に聞いてみる(わざとらしい俺...)。すると「さんたしゃんにもらった」という。ひとまずは成功である。うちの息子は何年間くらい信じるだろうか?そんな時期が無かった私には実に興味的な実験である。

さて、我々夫婦用のプレゼントはどうしようか?という話もちょっと前にしていた。
私も妻も興味あるものに対するこだわり(興味が無いものは本当に適当なのだが)が尋常ではない。なので、お互いの欲しいものをあらかじめ表明して買ってもらうという方法をとっている。うちの場合『賢者の贈り物』のようなサプライズはまず有得ないと言えよう。使わないものを貰って困るという、リアリストなのである。

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私はカフスボタンを、妻は服を買うことにした。私の手元に来たのがこの上の写真のカフスボタン。スワロフスキーのクリスタルを使ったカフスボタンである。クリスタルの内側で分光してきらきらと輝く。綺麗である。
結構、持っているシャツに合わせやすくて大満足。感謝しております。

よく「何歳までサンタさんが居るって信じていた?」と聞かれるが、私はそもそも居ると信じていた時期が無かったのではないかと思う。
自分が小学生に入るかどうかという年齢の頃、クリスマスという日を期待していた記憶が無いのだ。確かに、通っていた保育園にサンタが来たことがある(実は仮装した私の父だった^^;)。しかし、そういう人が居てプレゼントをくれるという存在だと意識してはいなかったような気がする。これは恐らく自分に夢が無いとかそういうことではなく、我が家にそういう風習が無かっただけなのではないかと思う。
翌朝になったら枕元におもちゃが置かれていたことがある。あれは小学校1年生のころだったか?当時放映されていた「宇宙刑事シャリバン」の被り物のような物だったと思う。色々とボタンがあり、電子音がピコピコ言いながら光るおもちゃだったように記憶している。それを