映画の最近のブログ記事

20090805_1.jpg

映画『さそり』日本が誇る傑作アクション『女囚701号-さそり』を水野美紀主演でリメイク  今回、悲劇のヒロイン・松島ナミを演じるのは、水野美紀。『ハード・リベンジ、ミリー』『斬KILL』など、近年はアクション女優としても活躍する彼女が、本場の香港アクションに挑戦。持ち前の身体能力により、過激かつ華麗なワイヤーアクションを披露するだけでなく、『鎧 サムライゾンビ』のセクシー女優・夏目ナナとは、壮絶なガチンコバトルを繰り広げている。さらに、『ローグアサシン』『THE JUON-呪怨』など、ハリウッドでも活躍の場を広げている石橋凌に、『軍鶏』の台湾イケメン俳優、ディラン・クォが共演。そして、香港映画界からは『カンフーハッスル』のブルース・リャンのほか、『ドッグ・バイト・ドッグ』のサム・リー、『カンフー無敵』のエメ・ウォン、『エグザイル/絆』のサイモン・ヤム、ラム・シューなどが参加。『キル・ビル』のエンディング曲としても使用された主題歌「恨み節」を、「友達の詩」のヒットで知られる中村中がカヴァー。まさに、アジア映画界が誇る才能がここに集結した! 『ファイティング・ラブ』『雨音にきみを想う』のジョー・マ監督がこれまでの作品とは違ったダークなテイストに挑んだことで、ソード・アクションムービーとして生まれ変わった、"新生さそり"。日本のほか、すでにフランス・イギリスなど、世界7ヶ国以上での公開も決定! 2009年夏、『さそり』が世界に喰らいつく!!

20090805_2.jpg

えー!って感じのキャスティングだったけど、梶芽衣子さんを除いて比較すれば、もしかすると悪くないのかもしれない。夏樹陽子といい勝負かな?

『さそり』も『SASORI』として世界進出ですか...でも、昔のようなアングラ感はこのメンバーじゃ出せないよなぁ。反体制的なおどろおどろしい感じは日本という限られたエリアでは有効だろうが、香港映画化してどのように変わるのだろうか。
さそりファンとして、とりあえず見るつもりであります。

すいません。またさそりです(笑)。松島ナミです。

20090730_1.jpg

今回の松島ナミ役は夏樹陽子。梶芽衣子ほどではないにしても、多岐川裕美よりはらしいといえばらしい。
どうでも良いことなのだが、私は夏樹陽子が好きなのである。ザ・ハングマンのタミー役で出演していた頃の映像(恐らく夏樹さんは29歳前後)をみた時、現在でも十分に通じる美しさ、可愛らしさに気絶しそうになった。今ではVシネや、稀にテレビでも見かけるが、美しさは変わらない。56歳とはちょっと思えない

このままでは夏樹陽子ネタになってしまうので、この辺で作品のキャッチ&あらすじを。

20090730_2.jpg

私をハメたのは誰!権力の罠に幸せを奪われた女が復讐の牙を磨くとき...人はそれを"さそり"と呼ぶ!モデル出身の夏樹陽子が華麗に三代目さそりを演じたシリーズ第6弾!監督・小平裕の初演出作品。スピーディなアクションと息をもつかせぬサスペンスが展開する。共演には舘ひろし、地井武男、そして"さそりガールズ"には大野かおり、樋口マキ、乃川りえらが出演している。
今回、松島ナミは、平凡な看護婦だった。ナミの運命を変えたその夜、恋人の西田医師は遅くまで試験管をいじっていた。寄り添うナミに西田は秘密を打ち明ける。西田が勤める病院には政界の黒幕・樺島佐知夫が入院していた。加藤院長が自ら診察に当っていたが、樺島の病状は悪化の一途をたどり、不信を感じた西田が血液検査を行うと、驚くことに院長が故意に彼を死に近づけていることが分かった。西田は告発しようとするが、翌日樺島は急死。西田も廃人にされ(前身の毛が真っ白になるほどの拷問を受ける)、飛び降り自殺として処理された。ナミもまた屈強な男たちにさらわれて電気ショックの拷問を受け、精神病患者の看護人たちに凌辱される。目覚めると、そこは例によって女子刑務所の中だった。同房の女囚たちはナミを苛め抜く。黙って耐えるナミだったが、やがてその両眼はうつろになり、だんだんと黒い炎を燃やし始めた。そして、ナミは復讐の鬼・さそりとなる。
。他の女囚からの私刑の洗礼に、ひたすらじっと耐え続ける。一方、刑務所長・黒岩は、看守主任の梶木を苦々しく思っていた。というのも、女囚の扱いのすべてを梶木に牛耳られていたからだった。この状況を脱すべく、黒岩所長は、新たな看守課長として網走刑務所から田村を呼び、梶木を罠に嵌め、囚人の如く扱った。その見せしめとして、梶木とナミを手錠で繋ぎ、重労働を課した。この仕打ちに逆上し、反抗した梶木は銃弾に倒れ、診療室へと運ばれる。そこで、ナミはメスを盗み取り、梶木と一緒に手錠に繋がれたままジープで脱出する(網走番外地的?田村も網走から来た設定だし。)。追っ手の執拗な追跡に山中を逃げ惑うナミと梶木。崖へと追い詰められ、梶木は転落、そしてナミも消えた。復讐の鬼と化したナミが、喧噪の街角に現われる。黒岩と加藤の命は?

出演は夏樹陽子(松島ナミ)、地井武男(梶木一郎)、大野かおり(吉井清美)、石橋雅史(黒岩徹)、織本順吉(加藤)、南城竜也(西田)、舘ひろし(田村)、関山耕司(村岡)、汐路章(菊山)、絵沢萠子(春江)、荒木祥子(洋子)、樋口マキ(サチエ)、章文栄(緑)、加山麗子(女囚A)、小甲登枝恵(女囚B)、八百原寿子(女囚C)、乃川りえ(女囚D)、園田ひろみ(女囚E)、土山登士幸(清水)、貝ノ瀬一夫(中野)、高月忠(坂口)。1977年作品。小平裕監督。

う~ん、若い頃の舘ひろしはろくでもない役ばかりだなぁ。
夏樹陽子はモデル出身というだけのことはあり、実にスタイルがよくかっこいい。例え女囚の姿であっても綺麗である。
相変わらず『国家権力 VS さそり』という構図や象徴のようなものがチラホラと確認でき、アングラ感は十分感じられる。
二人が手錠に繋がれて取れないという演出は、この後のドラマでよく見かけるようになったが、それが男女だと大体いい関係になったりする。しかしそこはさそり。全く関係はよくならず、梶木はちょっと手を出そうとするたびに殺されかける。っていうか、最後には死んでるし。
さそりシリーズは最後に例の格好で復讐するのだが、今回はコートは黒いものの、その下は白い衣装。スマートな彼女にはよく似合っている。メスで仕置することとあわせて考えると、元ナースであることを意識した演出だろうか。

梶シリーズではないさそりとしては中々の出来だと思う。次点といっていい。次が岡本夏樹かな?

20090718.jpg

主演が梶芽衣子から変わり、頭に「新」の文字が付くようになった女囚さそりシリーズ
第一弾の松島ナミは、今からすると全く考えられない女優『多岐川裕美』。昔はこういう路線で売っていたのか、多岐川さん?

女子大生の松島ナミの姉、松島妙子は、政界の大物と言われる三浦代議士の秘書であった。世間は政界の政治献金をめぐって騒然としており、三浦代議士も灰色高官として疑惑がもたれている一人だった。日が経つにつれて、妙子の不審な行動を案じたナミは、妙子に電話をするが、返答がなく電話は切れてしまう。ナミは、恋人の小坂とともに、妙子がよく利用するホテルへ直行した。その日、妙子は婚約者の杉野と一緒に、海外に旅立とうとしていた。妙子とあったナミは何も聞き出せず、二人を見送った。数分後、杉野は何者かの車でひき殺され、また妙子までも連れ去られてしまった。その夜、ナミは妙子が残していったテープによって、意外な事実を知った。テープの中味は、三浦と政府の陰謀が録音されていた。数日後、三浦と面会したナミは、テープを交換条件に姉の居所を問い正した。そして、ある料亭に連れていかれたナミは、そこで初老の国会議員に抱かれる姉の姿を見た。この一連の奇妙な事件は、すべて三浦の企みである事を、ナミは知るのだった。一方、秘密をすべて知られた三浦は、その場でナミを犯し、妙子を殺害した。翌日、ナミは三浦の陰謀と、信じ切っていた小坂の裏切りによって、姉殺しの罪を着せられてしまった。三浦の手で、女子刑務所に送られたナミは、その日から姉の復讐を誓って"さそり"へと化身していった。牢名主の鈴木房江がいる第8雑居房に入れられたナミは、そこで女囚からむごい制裁を受けた。じっと耐えるナミの態度は、房江らをさらに激化させていった。女囚らのナミへの攻撃がエスカレートしたある日、房江は刑務所長高村の命令でナミを殺そうとしたが、逆にナミに感づかれ、ガソリンを頭からかけられて房江は焼死した。ナミの偽装自殺に失敗した高村は、ナミを独房へ押し込めたが、一向にまいらないナミに手を焼いた。ある日、この刑務所に、三浦の企みによって千沙という女囚が送り込まれた。千沙は、ナミに近づいて脱走の話を持ちかけた。何げなく千沙の話を聞くナミは、千沙が三浦のさしがねで接近してきた事を知りながら、この話にのるのだった。三浦と小坂に復讐するために、ナミが脱走を決行したその日、刑務所内は女囚の暴動が起って騒然となった。その隙を見て、ナミは所長室に入り込み、所長の片眼にナイフを突き刺して、これまでの怨みを晴らすのだった。そして、黒の衣裳に身を固めたナミは、姉の復讐のために、都会の中へと消えていった。

出演は多岐川裕美(松島ナミ)、夏夕介(小坂敏彦)、紺野洋子(小坂夏子)、中谷一郎(三浦代議士)、范文雀(松島妙子)、根岸とし江(榊千沙)、山本麟一(刑務所長高村)、河合絃司(岡部)、高月忠(林原)、衣麻遼子(戸田貞子)、城新子(木村順子)、フラワーキッス(女囚)、牧よし子(石川タエ)、高村ルナ(田村由美)、山本緑(藤岡のぶ子)、滝波錦司(刑務所職員伊藤)、河野洋子(鍋島昌子)、小山柳子 (松井弘子)、叶優子(平山容子)、金子信雄(佐々木修)、小林稔侍(杉野)、浅香光代(鈴木房江) 。1976年作品。小平裕監督。

今の多岐川裕美を知ってしまっているので、どうにもナミの役がしっくり来ない。可愛らしすぎるのである。やっていることは激しいんだけどねぇ。前半はまだ普通の女性っぽい扱いなので問題ないが、女囚となり伝説の松島ナミ化したあとはやはり力が...。
だが、女囚さそりシリーズに欠かせない下品でいやらしい女囚たちと、バイオレンスさ加減。やっぱり1970年代映画はフリーダムでよい。何といっても忘れられないのは、牢名主の浅香光代であろう。本当にひどい(笑)。本当にこういう女囚っていそうだなぁと、勝手に思ってしまう。

最後は黒い衣装で復讐を遂げるのがさそりなわけだが、梶さん仕様とは異なる、マントのようなものを羽織っている。それがますます可愛らしく見え、復讐なんて出来るの?と心配になってしまう。ホント、梶さんはいい女優だったんだなぁと思わされる。

20090628.jpg

母さん、僕のあの帽子、どうしたんでせうね? ええ、夏、碓氷から霧積へゆくみちで、 谷底へ落としたあの麦わら帽子ですよ。

母さん、あれは好きな帽子でしたよ、
僕はあのときずいぶんくやしかった、
だけど、いきなり風が吹いてきたもんだから。

母さん、あのとき、向こうから若い薬売りが来ましたっけね、
紺の脚絆に手甲をした。
そして拾はうとして、ずいぶん骨折ってくれましたっけね。
けれど、とうとう駄目だった、
なにしろ深い谷で、それに草が
背たけぐらい伸びていたんですもの。

母さん、ほんとにあの帽子どうなったでせう?
そのとき傍らに咲いていた車百合の花は
もうとうに枯れちゃったでせうね、そして、
秋には、灰色の霧があの丘をこめ、
あの帽子の下で毎晩きりぎりすが啼いたかも知れませんよ。

母さん、そして、きっと今頃は、今夜あたりは、
あの谷間に、静かに雪がつもっているでせう、
昔、つやつや光った、あの伊太利麦の帽子と、
その裏に僕が書いた
Y.S という頭文字を
埋めるように、静かに、寂しく。

『西条八十詩集』より

原作は森村誠一の小説、その後に続く「棟居刑事シリーズ」の初登場作品である。

何度かテレビ化されているのだが、2004年に放映された竹野内豊が棟居刑事を演じたものは(時々、見忘れていたけれど)見ていた。昔、この映画版も見たことがあるはずなのだが、細かいところまで覚えていなかったのでもう一度見てみることにした。ちなみに、原作は読んでいない。

舞台はニューヨークのスラム街から始まる。ジョニー・ヘイワードという黒人青年が$6,000を持って一路東京へと向かう。途中、スラムの仲間や宿主から「どこへ行くのか?」とたずねられたジョニーは「キスミー」という単語を投げ返す。
そして東京。東京ロイヤルホテルで八杉恭子のファッションショーが始まった頃、ジョニーはロイヤルホテルのエレベーターで何者かにナイフで殺害される。ジョニーの手には『西条八十詩集』が握られていた。麹町署にジョニー殺害の捜査本部が設置され、警視庁の刑事達はエレベーターガールが聞いたという言葉「ストウハ」の言葉を手がかりとして捜査を始める。棟居刑事と横渡刑事はロイヤルホテル近隣の公園を探索中、古い麦藁帽子を見つける。麦藁帽子を英語にすれば"straw hat"。何か関係があるのだろうか?
その日の夜、別な場所でひき逃げ事故が起こる。ひかれて死亡したのはホステスのなおみ。愛人関係にある東洋技研の新見部長と別れた直後であった。ひいた車を運転していたのは郡恭平。八杉恭子の息子である。恭平は同乗していた路子と共に遺体を山林に捨てた。新見はなおみが気になり別れた場所に戻ったが、底に残されていたのは血のついた機械式の高級時計。恭子が恭平に買い与えたもので、国内には数本しか無い希少品であった。新見と、なおみの夫である小山田に依頼され、棟居と横渡は恭子を訪ね恭平の行き先を問いただしたところ、ニューヨークへ行っているという。事件を知った恭子が恭平を国外へ逃がしていたのである。
恭子の家から帰る途中、おでんやに入った棟居と横渡は酔った客が「霧積」と言っているのを聞き、キスミーは霧積のことではないかと考えた。すぐに霧積へ向かった棟居と横渡は、古くから霧積に住む中山たねという老婆が、昔、霧積で黒人の親子連れを見かけたことがあることを知る。が、中山たねは何者かによって殺害されていた。棟末らはたねの従姉妹であるよしから、たねが終戦直後、横須賀でバーを開いていたこと、そしてその店で意外な女性が働いていたことを知った。中山たねが、昔見かけた黒人の親子連れというのは、この女と、ジョニーの父・ウィルシャー・ヘイワード、そしてジョニーのことではないだろうか。
ジョニーが持っていた$6,000の出所は、ライオネル・アダムスという人物からであった。ウィルシャーがライオネルの車にぶつかった際、$6,000を要求、ライオネルはそれに応じて支払ったことを認めている。ウィルシャーは何としてもジョニーに日本に居る自分の母親に会わせるため、体を犠牲にして金を作ったのではないか?そして、日本に来たジョニーは母親との間に何かがあり殺害されたのではないだろうか?そう予想した棟居は、ニューヨークへ飛ぶことに。ライオネルとウィルシャーの関係を調べたニューヨーク25分署のケン・シュフタンとコンビを組んで、ジョニーの父親ウィルシャー・ヘイワードの捜査を開始したが、意外にも自分とケンが、宿命的な関係にあることを棟居は知ってしまう。棟居の父は戦後、横須賀の米兵に取り囲まれた女性を助けた際に集団で暴行を受け、棟居の目の前で死んでいたのである。その米兵にあった腕の刺青とケンの刺青が同じものだったのである。
戦後から30年。様々な生き方をしてきた人々の関係が次第に繋がっていく...

出演は松田優作(棟居刑事)、岡田茉莉子(八杉恭子)、ハナ肇(横渡刑事)、ジョー山中(ジョニー・ヘイワード)、ブロデリック・クロフォード(オブライエン署長)、岩城滉一(郡恭平)、竹下景子(中山静枝)、高沢順子(朝枝路子)、范文雀(なおみ)、夏八木勲(新見隆)、和田浩治(河西刑事)、ジャネット八田(三島雪子)、坂口良子(澄子)、峰岸徹(下田刑事)、地井武男(草場刑事)、鈴木瑞穂(山路部長刑事)、ジョージ・ケネディ(ケン・シュフタン刑事)、大滝秀治(おでん屋の客1)、佐藤蛾次郎(おでん屋の客2)、西川峰子(老婆の孫娘)、深作欣二(渋江警部補)、小川宏(ワイドショーの司会者)、露木茂(アナウンサー)、鈴木ヒロミツ(喫茶店のボーイ)、シェリー(喫茶店のウエイトレス)、E・H・エリック(デザインコンクールの司会者)、森村誠一(チーフ・フロントマネージャー)、リック・ジェイソン(ライオネル・アダムス)、北林谷栄(久ノ浜の老婆)、長門裕之(小山田武夫)、伴淳三郎(霧積温泉旅館の主人)、三船敏郎(郡陽平)、鶴田浩二(那須警部)。佐藤純彌監督。1977年作品。

ドラマと違って映画にはもっと短い時間的制限がある。本作品の上映時間は133分。シナリオは何とか追えるものの、細かい描写となると時間が許されるドラマの方が圧倒的に有利である。私は「なおみ」という一人の女性が居なくなったことへの調査に小山田と新見が次第に協力していくというシーンがテレビ版では好きだったが、そうした本筋から少し離れた設定が時間の関係で省略されてしまったことが残念であった。
逆に驚くべきは、この俳優陣である。本当にチョイ役に大滝秀治や西川峰子を使っている。また、松田優作の後のテレビ作品『探偵物語』にも、全く同じような役柄・格好でジョー山中や岩城滉一が出演している。

ところで、今回紹介した映画、そして何度か監督・キャスティングを変えて放映されているドラマを見ても『人間の証明』という、作品タイトルの本質を捉えきれていないような気がする。映画と原作とは随分とかけ離れているということだから、これは一度しっかり原作を読んでみようと思う。

20090627.jpg


このところ、何だか懐かしい映画ばかり見ていますが...

陸上自衛隊の機密組織である対テロ特殊部隊に所属する味沢岳史一等陸曹は、三日分の食料のみを所持し、住民らに見つかることなく山中に一ヶ月潜伏し、指定された目標地点にたどり着くという過酷な訓練の最中、飢えと疲労の限界で倒れ、自分の姿を越智美佐子に発見れてしまう。美佐子は味沢を助けようとし、近くの部落へ向かうが、そこでは大量虐殺事件が発生していた。美佐子を含め十二名が殺され、生き残ったのは十三歳の少女、長井頼子一人だった。頼子はこの事件によるショックで記憶喪失になっており、警察では事件は頼子の父、孫一が軟腐病にかかり気が狂ったことによるものと断定された。しかし、北野刑事はそのことに納得できずにいた。
月日は流れ、味沢は自衛隊を除隊し、羽代市(架空の東北地方の都市)で保険外交員をしながら、頼子と二人で暮らしていた。この羽代市の政治・経済は大場総業会長、大場一成によって支配されており、大場に反意を持つものはことごとく排除されていた。ある日、味沢は羽代新報の記者、越智朋子を暴走族から助けたことをきっかけに知り合う。越智朋子は越智美佐子の妹で、外見は瓜二つであった。その頃、味沢は1つの保険事故の調査をしていた。大場の忠臣である中戸組の幹部、井崎は1週間前に明美という女性に6000万円の保険をかけており、その直後に自動車事故で沼に水没死したとされたからである。車から知美の遺体は発見されなかったが、社内に堤防工事に使うコンクリート片があることに味沢は気がつく。ちょうどその頃、中戸組が堤防工事をしており、その工事現場で明美の遺体を発見する。しかし、大場はこの事件を井崎の単独犯にされてしまう。
記憶を失った頼子は次第に不思議な予知能力を持つようになっていた。専門医に診せたところ、頼子の心の底には味沢への憎しみがあるといわれ、大量虐殺があった部落へ頼子と朋子を連れて行く。味沢は孫一が頼子を殺しそうになったとき、斧で孫一を殺していた。他の家のことは話しても、昔の自宅は避けている様子だった。味沢が無理に連れて行くと、頼子は激しく拒絶反応を示す。頼子は失われた記憶を取り戻すことができるのか...

出演は高倉健(味沢岳史一等陸曹)、中野良子(越智朋子・越智美佐子)、薬師丸ひろ子(長井頼子)、夏八木勲(北野刑事)、三國連太郎(大場一成)、舘ひろし(大場成明)、ハナ肇(村長警部)、松方弘樹(皆川二等陸佐)、丹波哲郎(和田陸将)、芦田伸介(坂本防衛庁長官)、鈴木瑞穂(久我一等陸佐)、大滝秀治(野村総理府長官)、渡辺文雄(吉田県警本部長)、成田三樹夫(中戸多助)、原田大二郎(渡会登)、中丸忠雄(竹村捜査課長)、田村高廣(浦川隆)、梅宮辰夫(井崎昭夫)、三上真一郎(支倉常夫)、江角英明(長井孫一)、桑山正一(豊原浩三郎)、北林谷栄(松下きよ)、金子信雄(溝口市長)、倉石功(佐倉)、絵沢萌子(ホステスひろみ)、佐藤オリエ(女教師)、島かおり(井上先生)、山本圭(古橋教授)、北村和夫(永川支店長)、近藤洋介(島岡社長)、夏夕介(田岡)、谷村昌彦(商店主)、殿山泰司(屋台の主人)、田中邦衛(バーのマスター)、角川春樹(自衛隊隊長)、寺田農(ゲリラの首領)、リチャード・アンダーソン(ロバーツ大佐)。そうそうたる面々である。原作、森村誠一。佐藤純彌監督。1978年作品。

この「対テロ特殊部隊」は陸上自衛隊の一部にしか知られていない組織で、部隊の運用は陸上自衛隊にある。つまり、文民統制されていない部隊であり、日本という国においては存在してはならない。また、自らの機密保持のためには、自衛隊の一般部隊への攻撃も辞さない。一般的には映画撮影などに協力的だといわれている自衛隊だが、さすがに話の内容が内容だけに協力を得ることができなかった。そのため、陸上自衛隊の戦車が大量に登場するシーンはアメリカで撮影されており、M60戦車を自衛隊カラーに塗りなおしたものを使用している。

東北の位置都市に存在する巨悪へ様々な形で挑む人々。そして奇怪な死。後半ではシルベスタ・スタローンのランボーを髣髴させるほどの高倉健による「野生」VS 自衛隊の近代兵器との戦い。そして、うざったいほどに付きまとう北野刑事(笑)。
どのような形であっても、いずれその優しさから味沢は対テロ特殊部隊にはい続けられなかっただろう。和田陸将をはじめとした陸上自衛隊幹部は防衛省への格上げに必死に動くが、それが現実になった今、また見直してみると違う視点からこの話が見えてくる。

森村誠一『悪魔の飽食』を元に作成された映画。日本では猟奇的表現の多さのあまり、永久放送禁止作品に指定されている。
私はこれを見て数日、肉が食えなくなった。それでも興味があるのであれば、この後を読んでください(はっきり言ってお奨めしません)。

最近、現在放送禁止扱いとされている映画を多く見ている(そういうのが見たくなる時期があるんです)。だがしかぁし!この作品は知らない間に放送禁止作品では無くなっていた。2007年、Synapse FilmsによりDVDが全米発売され、日本国内でも販売され始めたのである(天下のamazon様でも売っているぞ)。しかしいいのかなぁ?こんなキチ○イとか裏日本(現在放送禁止用語扱い)とか平気で言いまくっているのに。少なくても、地上波には今後も乗りそうにはない。

私は江戸川乱歩の作品は、子供向けの甘っちょろいものしか読んだことが無いのだが、大人向けの修正無し版を見たときは衝撃的だった。その妖しさ、淫靡さ、不気味さに慄いた。その乱歩作品の中から『孤島の鬼』を中心に、『パノラマ島奇談』、『屋根裏の散歩者』、『人間椅子』が少し含まれてる。

20090624.jpg

あらすじを紹介しよう。
過去の記憶を失った外科医学生の主人公、人見広介はどういうわけか精神病院に監禁されていた。監禁されている牢越しに広介を見つめる謎の男。ある夜、男は広介の牢に侵入し、広介を殺害しようとするが、逆に殺されてしまう。開いた牢から脱走する広介。そこで故郷の童歌を歌うサーカスの少女、初代に出会う。広介はこの少女の歌が裏日本の歌であることを聞き記憶を取り戻そうとするが、その矢先初代は殺され、広介は殺人犯として終われる身となる。
この歌の謎を解くべく、広介は北陸へ向かう列車の中で自分にそっくりな男、菰田源三郎の死亡記事を目にする。広介は菰田源三郎の葬儀に紛れ込み、土葬された墓を暴き、菰田源三郎と入れ替わり、生き返ったように見せかける。一方、人見広介は身投げして自殺したように見せかけ、追われぬ身になった。
菰田家の当主、菰田丈五郎は菰田家にはおらず、近くの無人島で自分だけの理想郷を作ろうと躍起になっているという。そんな菰田家で生活しはじめてまもなく、源三郎の妻の千代子が殺される。菰田家の中で奇形人間らしきものに遭遇していた源三郎は父・丈五郎が居る島へ渡る決意をする。事の蛭川、遠縁にあたる娘の静子、下男を連れながら。
菰田丈五郎は産まれたときから手に水かきがあり、容貌も醜かった。愛した妻に避けられ続けた丈五郎は、差別する健常者を次々に奇形人間化し、彼らを徹底的に服従させていた。その奇形人間達の中に、初代によくにた秀子という娘と男がシャム双生児にされていた。菰田源三郎は自分が広介であることを明かし、丈五郎の理想郷作りに協力する代わりに、シャム双生児達に外科手術を施し、元の体に戻すことを願い出た。そして...

出演は、吉田輝雄(人見広介/菰田源三郎)、由美てる子(秀子/初代)、土方巽(菰田丈五郎)、葵三津子(菰田とき)、小畑通子(菰田千代子)、賀川雪絵(静子)、小池朝雄(蛭川)、近藤正臣(猛)、片山由美子(女患者A)、大木実(明智小五郎)、笈田敏夫(林田)、高英男(監守)、由利徹(坊主A)、大泉滉(坊主B)、上田吉二郎(医者)、桜京美(看護婦)、福本清三(宮城幸生)、土方巽暗黒舞踏塾。1969年10月31日公開。石井輝男監督作品。
まぁ、凄いぶっ飛んだ話です。
圧倒的な存在感を示すのは、暗黒舞踏の巨匠、土方巽。で、奇形人間などと言っているものの、半獣半人、せむし男、あとは土方巽暗黒舞踏塾。半獣半人、せむし男、よりも暗黒舞踏の方々の動きが実に不気味である。もしかすると、バカバカしすぎて笑っちゃうかもしれないけれど。
それと、私的に「ナニィィ!」といわざる得なかったのが、明智小五郎役が大木実であること。大木実といえば、必殺シリーズで何回仕置されたかわからないほどの悪役。「大木実=悪役」の図式が脳内に勝手に構築されていたので、「明智小五郎というものです」と言いながら唐突に現れた時は目が点になった。

そしてラストシーン。これはひどい(苦笑)。いやぁ、人によってはトラウマになるかもしれない。参りました。
グロイものに耐性が無い方にはまずお奨めしません。しかし、石井監督の発想に脱帽。

20090603_1.jpg

先日のブログに書いたとおり、テレビ版探偵物語(以下、工藤ちゃん探偵物語)をずっと見続けていて、後数話で最終回を迎えるこの時期に、映画版の探偵物語を見てしまった。
探偵役を工藤ちゃん探偵物語と同じ松田優作が演じているので関係しているのかと思われるかもしれないが
 「全く違うものです!」
派手なシャツも着ないし、帽子もかぶらないし、ベスパにも乗らない。辻山秀一という冴えない感じの普通の探偵である。このギャップたるものや...

近日中にアメリカへ移住が決まっている田園調布に住むお嬢様、新井直美(薬師丸ひろ子)の前に突如、ボディガードと監視のために雇われたと言う探偵辻山(松田優作)が現れる。痴漢と勘違いされて直美に嫌われるものの、探偵と言う仕事に興味を持ったのか、ある日の夜、辻山を直美は尾行。辻山が前妻である直木幸子(秋川リサ)と会っているところを目撃する。幸子は勤務先のバーの店長(ヤクザの大親分の息子でもある)と関係を持っており、いつもと同じホテルに入るが、そこで店長は何者かによって殺害されてしまう。同室にいた幸子が容疑者とされ警察も動き出すが、それよりも早くヤクザが元夫である辻山の元に幸子が逃げ込んだのではないかと、辻山の家を急襲する。それに巻き込まれる直美。絶対に殺していないという幸子の濡れ衣を証明するため、直美の探偵ごっこ?のようなものが始まる。

出演は、薬師丸ひろ子(新井直美)、松田優作(辻山秀一)、秋川リサ(直木幸子) 、岸田今日子(長谷沼君江)、北詰友樹(永井裕)、坂上味和(進藤正子)、藤田進(国崎剛造)、中村晃子(国崎三千代)、鹿内孝(国崎和也)、荒井注(赤川晶)、蟹江敬三(高峰刑事)、ストロング金剛(和田)、山西道広(佐藤)、財津一郎(岡野)、三谷昇(ラブホテルのマネージャー)、林家木久蔵(警官)、榎木兵衛(アパートの住人)、清水昭博(若い男)、加藤善博(直美を誘う男)。赤川次郎原作。根岸吉太郎監督。1983年作品。

最近、あまりに笑顔が不自然で怖い役ばかりしているような気がする薬師丸ひろ子だが、さすがにこの時期(19歳だったはず)は可愛らしい。お話的には、退屈なお嬢様がちょっと危険な香りのする探偵業に興味を覚え、大活躍してしまうというよくあるパターン。直美はそんな世界で生きている辻山へ次第に惹かれていく。辻山は大学生に「おじさん」と呼ばれているが、年齢は33歳という設定。ゲ、俺と1つしか違わないわけか。俺もそろそろおじさんとしての自覚をしっかりと持たなくてはいかんね(笑)。

別段悪いところも無いが、そんなに面白いと言えるところがあるわけでもないこの作品。
え?私はどっちの探偵物語が好きかって?
工藤ちゃん探偵物語に決まっているじゃないですか~。

20090526_1.jpg

一時期、自分の中でブームになって立て続けに見ていた横溝正史著の金田一シリーズ(というわりには、石坂浩二×市川昆監督作品ばかり見てたけど)。
1977年に劇場公開された「渥美清×野村芳太郎監督」による松竹版は見ていたが、1996年に劇場公開された「豊川悦司×市川昆監督」の東宝版は見ていなかった。急に怪奇推理物が見たくなったので、見てみた。

では、ざっとしたシナリオはAmazon.co.jpの商品説明を引用させてもらう。

昭和24年、孤独に生きていた辰弥(高橋和也)は、資産家・田治見家の遺児であることを知らされ、八つ墓村へと赴いた。その村では戦国時代に8人の落武者が惨殺されて以来、たたりの伝説があり、やがてそのたたりを裏付けるかのように次々と連続殺人事件が勃発。名探偵・金田一耕助(豊川悦司)は、この難事件をいかに解決するのか?

20090526_2.jpg

出演は豊川悦司(金田一耕助)、浅野ゆう子(森美也子)、高橋和也(寺田辰弥)、岸部一徳(要蔵・久弥・庄左衛門(三役))、萬田久子(春代)、岸田今日子(小竹・小梅(二役))、宅麻伸(里村慎太郎)、喜多嶋舞(里村典子)、神山繁(久野医師)、織本順吉(井川丑松)、白石加代子(濃茶の尼)、石橋蓮司(洪禅和尚)、西村雅彦(仙波清十郎)、今井雅之(尼子の落武者)、井川比佐志(諏訪弁護士)、うじきつよし(千石巡査)、吉田日出子(ひで)、石倉三郎(徳之助)、小林昭二(東坂工場長)、加藤武(轟警部)、石濱朗(森荘吉)、鈴木佳(井川鶴子)、姿晴香(おきさ)、大沢さやか(島)、横山道代(下宿のおばさん)。市川昆監督。1996年作品。

上記した野村監督版以外にも映画になった作品が1本、テレビドラマが6本と計9本。これは横溝正史作品の中では最多である。原作があるにもかかわらず、各作品が監督の考え方により内容がかなり変わっている(場合によっては、主要キャラクターがいない場合も...)。野村監督版と市川昆監督版しか見ていない私だが、前者が1977年当時と時代設定し祟りや神秘性をを肯定、八つ墓村にある鍾乳洞のシーンが長く取られているのに対し、後者は戦後に時代設定し、祟りと見せかけた殺しをしっかり殺人事件として扱い、祟りを否定し、人間が起こした犯罪らしく扱っている。

作品の舞台となる時代の前(大正時代)に、田治見家の当主・要蔵が発狂し、村人32人を惨殺するという事件が起きている。これは実際に起きた猟奇殺人事件「津山事件(または津山三十人殺し)」がモデルになっている。この事件は、1938年(昭和13年)5月21日未明に岡山県苫田郡西加茂村大字行重(現・津山市加茂町行重)の貝尾・坂元両部落で発生。2時間足らずで30名(自殺した犯人を含めると31名)が死亡し、3名が重軽傷を負ったという。詳しくはこちらのサイトを参照いただきたい。
その殺人へ向かう姿は、津山事件の犯人「都井睦雄」の姿とそっくりである。頭は手拭で作った鉢巻を巻き、この鉢巻の両側(両耳の上部)には懐中電灯が入るようになっており「二つ目の化け物」、「鬼の角」のように見えた。胸には自転車用ナショナルの角型ライトを紐で首にぶら下げ、横ぶれ防止に他の紐で胴体を結んだ。凶器は日本刀と匕首を左腰に、手には猛獣用のブローニング自動9連発を持った。弾薬は背嚢を肩からぶら下げて携行した。

20090526_3.jpg

本作ではこれを岸部一徳が演じたわけだが、野村監督版の山崎努には到底かなわなかったと思う。光の加減、血が噴き出す演出といい、山崎努の不気味さといい、文句の言いようが無い。猟奇的なシーンの長さも市川版は随分と短くなっている。まぁこれは時代的な配慮だったのかもしれない。
むしろ野村版よりも強力に思われたのは小竹・小梅の二役を演じた岸田今日子(合掌)。だが、極めつけは濃茶の尼を演じた白石加代子だろう。どの作品に出てきても私はこの人が怖くてならないのだが、今回の役も適任である。
「よし!わかった!」のセリフで有名な轟警部も、他市川昆監督作品と同様に加藤武が出演。お約束のことだが、噴出してしまった。

この作品だけでも十分に楽しめるのだが、両方見ているとどうしても野村監督版と比較をしてしまいたくなる。ちなみに、私は野村作品の方が好みである。渥美清が金田一耕助という設定は???(寅次郎のイメージが強すぎる)である。石坂金田一のイメージが強すぎるからか。インテリっぽい雰囲気がある豊川は外見的には問題ないような気がするが、ちょっと声の感じに違和感がある。今回は後手後手にまわって「しまった!」という言うシーンがたくさんあるのだが、どうも緊迫感が感じられない。何故、石坂×市川に出来なかったのかなぁ?

結構話が違うので、両方を見ても楽しめると思うが、猟奇的なものが苦手な方は市川版の方がいいでしょうね。


今日、Vシネマ版の『サソリ 女囚701号』を見た。ダメだ。全然ダメなのである。
主演の小松千春に冷徹な恐ろしさが無くむしろ可愛らしい。何よりもとにかくしゃべり過ぎである。松島ナミ(通称さそり。以下さそり)は目だけで意思を表示し、話すシーンは10回もあれば十分なのである。大体、最初は医者という設定は何なんだ?
1991年に同じくVシネマでリリースされた『女囚さそり 殺人予告』の岡本夏生版の方が相当マシである。最後がまぁまぁ面白かったのである。

しかし、梶芽衣子が演じる女囚さそり4シリーズにはとてもとても敵わない。特に「伊藤俊也監督&梶芽衣子主演」の前3作は秀逸だ。

   

ざっくりとシナリオをご紹介したい。

  • 女囚701号/さそり(1972年8月25日公開)
    麻薬捜査官の杉見(夏八木勲)のおとり捜査に協力するが、結局裏切られてやくざに輪姦されて捨てられる(このシーンの表現が白いシーツのようなものに赤い染みが出来て日の丸のようになる。実に反権力的だ)。その杉見を刺そうとするが失敗。刑務所行きとなる。杉見は刑務所内でさそりの抹殺を計画するが、失敗を続け刑務所内の治安は悪化。所長の郷田(渡辺文夫)は女囚に懲罰をあたえるが、これが原因で女囚が反乱をおこす。その隙に乗じて脱獄したさそりは真っ黒な例の格好で杉見の前に現れ、復讐を遂げる。
  • 女囚さそり 第41雑居房(1972年12月30日公開)
    さそり以外に白石加代子、伊佐山ひろ子、八並映子、石井くに子、荒砂ゆき、賀川雪絵、室田日出男、小松方正、戸浦六宏、渡辺文夫と、怪優大集合と言わざるえないメンバー。この後悪役として大活躍する戸浦六宏は刑務所を視察に来る法務省の官僚役。冒頭から女囚の仕置きに失禁してしまう。さそりを強姦する小松方正は、股間にくいを打ち込まれて絶命(その姿が死ぬほど情けない)。郷田は新宿でめった刺し。とにかく下品で外道でどうしようもない連中の死に方のすごさが本作では強調されている。さそりは殺人と脱獄の罪で刑務所に収容された状態からスタート。さそり+化け物女優が演じる女囚5人組はまたも刑務所からの脱走を図る。途中、野獣のような温泉客に強姦された上に殺されたり、さそりを裏切った報復を受けたりして、女囚5人は死んでいく。さそり、今回も徹底した仕事ぶりです。
  • 女囚さそり けもの部屋(1973年7月29日公開)
    冒頭からかなり驚いた。脱獄したさそりを追う刑事権藤(成田三樹夫)はさそりに手錠をかけるも、持っていた包丁で腕ごと切られてさそりを取り逃がす。血だらけの腕を振り回しながら街を走るさそりに恐怖を抱かずにはいられない。この展開はまさに予想外であった。さすがにこれをぶら下げ続けるわけにもいかず、墓地で手錠を外そうとしているところ、売春婦のユキ(渡辺やよい)に助けられる。このユキの兄は「あー」とか「うー」としかしゃべれない障害者で、ユキはこの兄の食事の世話のみならず性欲の対象にもなっており、酷いことに兄の子を身ごもっていた。ユキの家を出たナミはお針子のアルバイトをしながらひっそりと暮らしていたが、売春のショバ争いでユキがヤクザにつかまり、組織のリーダー鮫島(南原宏治)の愛人カツ(李礼仙)に強烈なリンチを受ける。鮫島は部下のタレコミからさそりの所在を知り、組事務所へ連行する。以前カツとさそりはムショ仲間だったことがあり、痛めつけて薬物中毒状態にしてカラスの飼育小屋に放置。その小屋に、モグリでアル中の医者に無理やり堕胎させられた女が瀕死の状態で担ぎ込まれる。女の手ににぎられたメスを武器にさそりは鮫島の部下達をあっという間に片付けていく。カツは完全にビビッてしまい、身の保障がされる刑務所に売春斡旋を自白して入ることに。腕を切られた権藤はユキを拷問しさそりの所在を知るや、下水道に逃げ込んださそりを火あぶりにする。が、そこで死なないのがさそり(笑)。さそりは軽い犯罪をわざと犯し、偽の身元で刑務所へ入る。さそりとカツは同房になり、カツは発狂。権藤をさそりと勘違いして殺し、さそりの復讐は終了する。
  • 女囚さそり 701号怨み節(1973年12月29日公開)
    監督が長谷部安春に変わった作品。長谷部安春というと「あぶない刑事」を初めとした、テレビ刑事ものの監督という印象。ちなみに、後の大物役者になっている人物が結構ひどい役で出ている。
    結婚式場で仕事をしていたさそり。よりによって挙式ラッシュの日に児玉警部(細川俊之)が乗り込んでくる。さそりは逮捕されてしまうが、あっさり護送車から脱走。そのままストリップ劇場へ逃げ込む。そこで、照明係の工藤(田村正和)と出会う。工藤は学生運動で児玉に捕まった際、股間に熱湯を浴びせられたという壮絶な拷問経験者。しかし、工藤に惚れていたストリッパーのタレコミで工藤は再び児玉に逮捕され拷問されるが、さそりの居場所は明かさなかった。その後、尾行されてさそりの所在はばれてしまうものの、児玉の自宅マンションに妻を人質として立てこもる。が、助けを呼ぼうとしたとき、ベランダから転落死してしまう。児玉、これでぶち切れ。さそりと工藤は恋に落ちるものの、またもや工藤は逮捕される。工藤の母親の説得があり、ついにさそりの居場所を教えてしまう。工藤は釈放され、さそりは逮捕。リンチ同然の取調べを受けることになる。そして女囚専用の処刑場へ。さそりに優しい看守長を児玉は部下達に襲わせ、さそりをわざと脱走させる。自作の絞首台で絞首刑を企図した児玉はうっかり足を踏み外して自分の首を絞めて死亡。工藤も密告したストリッパーと居るところを殺される。だから、さそりとかかわっちゃいけないんだよ...

基本的には「男や権力 VS さそり」という構図で描かれており、作品中でさそりに睨まれたら、死亡フラグである。またそのやられっぷりもひどく、流血、流血、また流血である。また、変なオカルト的表現が多く、アングラ感やB級感がとめどなく漂う。そういうのが苦手な方は、視聴を控えることをお奨めいたします。私は逆にそのB級感が好きなんですがね。

20090511_2.jpg

主演の梶芽衣子さん。この時代にこんな美人。しかもかっこいいんだなぁ。タランティーノがファンになるってのも良くわかる。梶芽衣子さんが歌う主題歌「恨み節」も中々こぶしの入り方が良い私の好きな曲。

『放送禁止』というテレビ番組をご存知だろうか?
フジテレビで深夜25:00以降に、年に一回位の頻度で突如放映されるフィクションドキュメンタリー番組である(地方ネット局では放映日が別になっていたり、そもそも放映されないこともある)。しかし、フィクションであるということは番組の冒頭と最後に流れるだけで、途中から見た視聴者の多くにはノンフィクションドキュメンタリー番組であると勘違いされがちである。内容は人が突然狂いだしたり死んだり襲われたりするので、過激で結構不気味である。フィクションであることを知らない視聴者からテレビ局に抗議が届くことも少なくないという。

既にテレビでは下記の6話が放映されている(放映日時はフジテレビのもの)。

  • 第1回 放送禁止1「心霊」(2003年4月1日 26:05~)
  • 第2回 放送禁止2「ある呪われた大家族」(2003年6月7日 27:20~)
  • 第3回 放送禁止3「ストーカー地獄編」(2004年3月26日 26:50~)
  • 第4回 放送禁止4「恐怖の隣人トラブルが引き起こした悲劇」
    (2005年10月13日 26:25~)
  • 第5回 放送禁止5「隠された"しじんの村"の戦慄の悲劇とは」
    (2006年10月15日 26:55~)
  • 第6回 放送禁止6「デスリミット」(2008年6月23日 25:40~)

『放送禁止』という題名の由来は、放送局のビデオアーカイブの中で何らかの理由から放送が見送られることになった「放送禁止映像」を再編集・公開するというところにある。「事実を積み重ねることが必ずしも真実に結びつくとは限らない」をテーマにしており、番組中に本当の専門家によるコメントや統計結果などが掲載されること、そして抑揚の無い坦々としたナレーションが番組のドキュメンタリー性を高めていく。
私は初回からずーっと見ていて、初回は「何だ、どうってことないじゃないか」と思っていた。しかし、2ch等の議論を見て戦慄が走った。表面上は完結するストーリーとは別に、全く別な結果へと結びつけるいくつもの伏線が張られていた。初回は制作サイドも試行錯誤しているためか、本シリーズ中最も謎が多い作品だが、様々な事象をどう考えるか、大きな議論になったことを思い出す。
初回の経験から、第2回以降はかなり穿った見方をするようになった。第1回に比べて非常に解りやすくヒントが出ていたのだが、それでも見逃すものは見逃す。また2chの書き込みを見て「あー!うゎあ!」と色々気づかされる。それらのメッセージをどのように解釈するのか、またそこで大きな議論が起きたわけである。
このように「フィクションである」ことを知らない人には衝撃的戦慄を与えるという意味でこの番組を楽しむことができるし、知っている人は画面内から得られる情報を元に、伏線のシナリオを推測していくという愉しみが待っている。中々面白い番組である。

その『放送禁止』が昨年9月、劇場公開された。
話としては、第6回「デスリミット」の続き...のような作品である。過去のテレビ放映作品もDVDとしてリリースされているので、こちらを先に見ることを強くお奨めする。「デスリミット」の中で「???」と思わされた行動の謎がいくつか解ける。正直、その映像の見せ方に「やられた~」って感じだった。多くを語るとネタバレになってしまうのでそこそこに留めよう。
インターネット上の闇サイトの一種である、復讐代行サイト「シエロ」を密着取材。その代表である白い仮面の女を追うというもの。このシリーズは初回以外は役者のスタッフロールが無い。なので主演などは全くわからず。長江俊和監督。オフィシャルサイトはこちらである。怖いものが苦手な人はオフィシャルサイトも自重しておいたほうがいいかも。

ちなみに、私が毎回「あぁぁぁぁ!」と思わされるのはこういうシーンとか、こういうシーンですね。このシリーズ、こういうの多いんだよな~。
今回も私は表層的なシナリオに流されて、後ろの話を読みきることは出来ませんでした。未熟者ですな。

続きには、もっと知らなくていいこと書いているので、見ないでください。

これほど1時間以内にちゃぶ台返しを見る経験は古今無いだろう。現代の超スロー撮影技術と、近代オヤジのちゃぶ台返しのコラボレーション。「もったいねぇなぁ」と思いながらも噴出してしまっている不謹慎な私がいます。
大体、キャスティングがもう反則に近い。最近だと『嫌われ松子の一生』で私の心をわしづかみにしてくれた中谷美紀が再び薄幸な女性を演じ、また続きやんねぇかなあ...やるなら必ず見るのになぁとすら考えている『トリック』主演の阿部寛&監督の堤幸彦の作品だ(堤作品では『ケイゾク』も好きだぞ)。劇場で見逃したのをものすごく後悔し、ようやくこの時期になってDVDを見るに至った。

原作は業田良家が週間宝石に連載していた漫画である。ストーリーはamazonから引用させていただこう。


森田幸江(33)は、無職で甲斐性無しの葉山イサオ(35)に尽くしている。二人は大阪で一緒に暮らしているのだが、まだ籍を入れていない。幸江がラーメン屋で働きながら生活を切り詰めやりくりしているというのに、イサオは毎日ボーッとして、やることといえば賭け事ばかり。気に入らないことがあれば、ちゃぶ台をひっくり返す。ところが幸江は、周りに何と言われようと、イサオに惚れて惚れて惚れぬいている。


主演は中谷美紀(森田幸江)、岡珠希(森田幸江の中学時代)、阿部寛(葉山イサオ)、西田敏行(森田家康)、遠藤憲一(あさひ屋マスター)、アジャ・コング(熊本さん)、丸岡知恵(熊本さんの中学生時代)、名取裕子(美和子)、佐田真由美(森田秋子)、竜雷太(組長)、カルーセル麻紀(福本千春)、斉木しげる(訪問販売の男)、ミスターちん(難波警部)、金児憲史(船場巡査)、Mr.オクレ(喫茶店主)、島田洋八(ポン引き)、蛭子能収(新聞販売店店主)、松尾スズキ(中年男)、業田良家(あさひ屋の客)ほか。堤幸彦監督。2007年作品。オフィシャルサイトはこちら

この作品、単純に「混沌とした大阪の街並み(『三丁目の夕日』の大阪版みたいな~)」や「登場する味のありすぎるキャラクター」を見ているだけでも面白い。原作ではそうではないようだが、幸江の出身地が気仙沼なのが何ともいえない。あそこってあんなに訛りがあったっけ?でも、言っている言葉がなんとなくわかってしまう東北出身者の私である。
前半、どうしようもないイサオの行動を客観的に見ているだけでも面白い。何をしてもうまくいかないといえば、幸江に気があるあさひ屋のマスターもそうだ。そう、出演する多くのキャラクターが何をしようとしてもうまくいかない。ごった煮の世界の中で生きているそうした人たちの日常だけで十分面白いのだ。
後半、幸江が産まれてすぐに家を出て行ってしまった母との関係を中心に、過去を振り返るシーンがしばらく続く。ここで何故こんなにも幸江はイサオを愛しているのかがわかるのだが、オヤジの家康が乱入してくる以外はちょっと退屈かも。色々紆余曲折あって、幸江を心配してくれる人がたくさんいることを知り、彼女は自身が幸せであることに気づく...

がぁぁあ!そんなの私は認めません(笑)。
幸せなんてものはそもそも存在しないのね。求めても得られるものじゃない。今、不幸だと思っているあなた。いいんです。仕方が無いんです。そういうもんなんです。生きている意味なんて無いんです。
淡々と時間が過ぎていく。それだけなんじゃないんですか?

もう一本、レンタルビデオやさんから借りてきたのは、気にはなっていたものの中々見られなかった三谷作品の最新作。
そういえば本作を母と妹は劇場に見に行ったと言う。



「命が惜しければ、五日以内に幻の殺し屋"テ゛ラ富樫"を見つけて来い!」
街を牛耳るホ゛ス・天塩(西田敏行)の愛人・マリ(深津絵里)に手を出してしまった手下の備後(妻夫木聡)。命の代償に伝説の殺し屋"テ゛ラ富樫"を連れて来ると誓うが、期日が迫ってもテ゛ラは見つからない。窮地に陥った備後が取った苦肉の策は、無名の俳優村田大樹(佐藤浩市)を雇って、殺し屋に仕立てあげることだった。
まるで映画のセットのような不思議な港町、守加護(すかご)で、すべてを映画の撮影だと信じ、伝説の殺し屋を演じ続ける村田。その俳優を本物の殺し屋だと勘違いし、雇ってしまう天塩。そして、自分の命を賭けて、2人の男をだまし通そうとする備後。果たして、<彼ら>と<彼らに巻き込まれていく人々の運命は一体どうなるのか!?

amazon ストーリー紹介より



出演は佐藤浩市(村田大樹)、妻夫木聡(備後登)、深津絵里(高千穂マリ)、綾瀬はるか(鹿間夏子)、西田敏行(天塩幸之助)、戸田恵子(マダム蘭子)、寺島進(黒川裕美)、小日向文世(長谷川謙十郎)、伊吹吾郎(鹿間隆)ほか。三谷幸喜監督。2008年作品。オフィシャルサイトはこちら

他の喜劇映画に比べれば十二分に面白いのだが、前回の『有頂天ホテル』があまりにも面白かったために(あれは笑い死ぬかと思った)過剰な期待をしてしまった。腹を抱えるというほどではないが、十分に楽しむことが出来ると思う。まぁ、明らかに「そんなことあるわけねぇよ!」という世界だったためにちょっと作品との間に距離を感じてしまったのかなぁ。
でも、佐藤浩市と西田敏行のやり取りは最高だった。とっても面白い勘違いのやり取りをしてしまう。それがなんとなくお互いの都合のいいように理解されていく様がいい。

決して見て損をする作品ではないので、一度見てみることをお勧めいたします。

実家に42インチもの美しいテレビが導入されたのであれば、DVDを見ずには居られない。というわけで、実家近所のレンタルビデオやさんへGo。
自宅では息子に邪魔をされてしまい、ゆっくり映画を見るなどと言うことは不可能に近い。絶好の機会である。

で、選んだ映画がヒトラー。よくニコニコ動画に掲載されているMAD動画(嘘字幕シリーズ)の素材にこの作品のヒトラーが利用されている。その件でもこの作品が気になっていたし、ちょうど近代ドイツの歴史を調べたりしているところで、ドキュメンタリー色が強いこの映画には興味があったのだ。



1945年4月20日、ベルリン。ヒトラーは56歳の誕生日を総統地下壕で迎えた。ソ連軍の猛攻により包囲網が狭まる中、ヒトラーはもはや実行不可能な攻撃命令を叫び続け、側近たちを追いつめていく。極限状態に陥った地下要塞の人々が酒盛りやパーティーに興じる一方で、地上のベルリン市街では兵士や市民が苛酷な戦闘に身を捧げ、命を落としていった。
戦況は刻一刻と悪化、いよいよ敗戦を確信したヒトラーはある重大な決意のもと、長年の愛人エヴァとささやかな結婚式を挙げる。それは"第三帝国"の遅すぎた終焉の合図だった...。

amazon ストーリー紹介より



出演はブルーノ・ガンツ(アドルフ・ヒトラー総統)、ユリアーネ・ケーラー(エーファ・ブラウン ヒトラー夫人)、ハイノ・フェルヒ(アルベルト・シュペーア軍需相)、ウルリッヒ・マテス(ヨーゼフ・ゲッベルス宣伝相)、コリンナ・ハルフォーフ(マグダ・ゲッベルス ゲッベルス夫人)、ミヒャエル・ブランドナー(ハンス・フリッチェ宣伝省局長)、トーマス・ティーメ(マルティン・ボルマン党官房長)、ウルリッヒ・ネーテン(ハインリヒ・ヒムラー親衛隊長官)、トーマス・クレッチマン(ヘルマン・フェーゲライン親衛隊中将)、マティアス・グネーディンガー(ヘルマン・ゲーリング帝国元帥)ほか。 原作はヨアヒム・フェスト『Der Unfergang(翻訳版名:ヒトラー 最後の12日間)』とトラウドゥル・ユンゲ『Bis zur letzten Stunde(翻訳版名:私はヒトラーの秘書だった)』、オリヴァー・ヒルシュビーゲル監督。2004年作品。

ヒトラーの鬼気迫るような演技、そしてその側近達の動揺、敗戦がほぼ決まった状況の兵士達の混乱。総統地下壕における様子が非常にリアルで、心身ともに衰弱していく様子がすごい。最も凄まじいのはブルーノ・ガンツ演ずるヒトラー総統。状況、対応する人に合わせた演技が半端ではない。最終的に側近達は自殺したり逃亡したりするのだが、その様子は非常に生々しい。ナチスやヒトラーと言うとそれだけで拒否反応を示す人も居るだろうが、追い詰められた人間はどのような行動をとるのか、そうした視点で見てみると実に興味深い内容である。気持ちがよくなるような映画とは言えないが、この戦争にいたるまでの歴史をたまたま深く調べていたため、私にはより面白く感じられた。

しいて「う~ん」と思わされたところを挙げれば、やっぱり長すぎることだろう。155分。中々濃い時間となることでしょう。

何かの分野に対し真剣に取り組んでいる第一人者と言われるような人の講演や授業というものは、非常に面白いことが多い。それはその取り組む対象への哲学が生まれてくるからではないかと思う。誰よりも面白いところを知っている。そしてその面白さを皆に知ってほしいと思う。例えが適切ではないかもしれないが、芸人のようなエンターテイナーだなぁと思わせてくれた先生を私は何人も知っている。
私ももう10年以上も人に物事を教える仕事をし続けてきた。グラフィックデザインや情報技術をいかにわかりやすく、好奇心を持たせて伝えることができるか?どんな実験や実習をさせればより理解が進むかを自分なりに考えながら教えてきたつもりなのだが、受講生に「この人は本当にこういうことが好きなんだなぁ」という思いを少しでも抱かせることができたかどうか…私はこの作品の博士と中学校の数学教師となったルートを見ながら振り返らずにはいられなかった。

不慮の交通事故で、天才数学者の博士は記憶がたった80分しか持たない。何を喋っていいか混乱した時、言葉の代わりに数字を持ち出す。それが、他人と話すために博士が編み出した方法だった。その博士の下で働くことになった家政婦の杏子と、幼いころから母親と二人で生きてきた10才の息子。博士は息子をルートと呼んだ。博士が教えてくれた数式の美しさ、きらきらと輝く世界。母子は、純粋に数学を愛する博士に魅せられ、次第に、数式の中に秘められた美しい言葉の意味を知る。出演は寺尾聰(博士)、深津絵里(杏子)、斉藤隆成(子供のころのルート)、吉岡秀隆(先生になったルート)、浅丘ルリ子(未亡人)。原作、小川洋子「博士の愛した数式」(新潮社刊)。小泉堯史監督。2005年作品。公式サイトはこちら

感想の前に、この作品中に出てきている数式は高校レベルの数式なのだが、素数・階乗・完全数・虚数あたりまでは辛うじて記憶していたものの、友愛数や指数関数と三角関数を結びつけるオイラーの公式(eπi+1=0)あたりは完全に記憶の彼方へ飛んでいた(博士、ルートともにオイラーを尊敬していたようだが、私が高専にいたころの数学の先生もそうだったように記憶している)。使っていないものは忘れる!仕方がない!

この作品の中で最も心を強く打たれたのは病院のシーン。博士が杏子に「直線を描いてごらん」というシーンだ。厳密な直線の定義によれば永遠に続く線が直線であり、始点と終点を持つ線は線分と区別される。しかし、紙という限られたスペースに書ける線には限界があるし、永遠に線を書き続けることができるだけの体力がある人間など存在しない。つまり、本当の直線というのは視覚化することができない、心の中にしか存在し得ないものだという。そして、直線のような視覚化出来ない、心の中にあるものの中にはとても大切なものがあると博士は話す。
私はこのところずっと考えていることがある。時間のことである。時間というものが確実にあるということは皆が知っているのに、例えば空間の広がりのように視覚的に認識することができない。先の直線のようなものである。そして、あるときは長く、あるときは短く感じられて捕らえどころがない。
人は「いつか」という(本当にあるのかどうかわからない)将来に期待し、「いつか」という過去に後悔したりしながら生きてしまいがちだが、80分で記憶が切れてしまうという博士にはこれがないのである。常にその瞬間瞬間を大事に(もちろん、博士はそういう意識は持てないのだが)生きているその姿は、生物としてむしろ自然なのではないかと思わされた。

上映時間は117分と長すぎも短すぎもせずちょうどよい。静謐な物語の展開も自分にはちょうどよかった。心が温まり、数学に対する興味を再び持たせてくれた秀作と評価したい。お勧めできる1本である。

蓮田駅へ向かう途中、強烈な怪電波を感じた。電波の発信元は電柱の看板である。近づいて見てみると…アッーーーーーー!(ニコニコ動画風にお願いします)御巣鷹山!

この映画の監督及び主演は「渡辺文樹」。私の地元、福島県が生んだ怪人監督である。
彼の映画の放映は突然、日本全国のあるところでゲリラ的に行われる。その公開予告に使われるのがこの手の看板だ。看板には「気絶者続出」、「観ると吐く!」、「吐くなら吐け!」 、「子供は見るな!」、「イスラム圏上映禁止、なぜだ! 見りゃ納得」 、「スティーブン・スピルバーグが絶賛!」といったかなりの誇張交じりの台詞が筆文字で殴り書きにされている。その文字から、かなりの怪電波が感じられる。人によっては怪電波にやられてしまうだろう。私も15才の頃に地元で『ザザンボ』という作品の看板の「たまには皆でそろって吐くのもいい思い出」 という文字を見せ付けられ、恐怖におののいた記憶がある。

彼の作品をざっと列挙すると

  • 家庭教師(1987年)
  • 島国根性(1990年)
  • ザザンボ(1992年)
  • 罵詈雑言<バリゾーゴン>(1996年)
  • 腹腹時計<ハラハラトケー>(1999年)
  • 御巣鷹山(2005年)
などがある。
どの作品も少なからず問題を抱えており、『ザザンボ』では実際にあった殺人事件を元ネタとし実名を使って放映したために福島県法務局が動いた。『腹腹時計』では天皇暗殺計画の話であったために(天皇が乗っている電車に、地元ローカル線「阿武隈急行」をぶつけるという…)、上映会場に右翼の街宣車が殺到した。また、他作品においても上映後「金返せ」コールと暴動が起きた。こんな具合だから、一般映画館での公開は完全に不可。公民館などの施設を使っているのだが、会場を貸す側も必死であり(会場を貸す、貸さないで裁判沙汰になったことも…)上映もゲリラ的にならざる得ない。

面白い特徴なのだが、この監督の作品では必ず自分が主演なのである。監督「渡辺文樹」・主演「渡辺文樹」である。全て低予算なので自分が主役をやらざる得ないという事情もあるのだろうが、ようは目立ちたがり屋で格好良い姿を見るのが好きなのだろう(あくまで渡辺監督の主観的な格好良さですけど…)。最近作の『御巣鷹山』では日航機墜落事故があった当時の首相、中曽根康弘(役の俳優)とガチンコで事故の秘密を追求し、中曽根の手下とされる役者(シルバー人材センターで調達した老人…低予算だから…)相手に木刀もって暴れまくる。監督、もういい年で全然動けないんだろうけど…

今回は11月29日(木)~30日(金)にかけて「さいたま市民会館うらわ」で『腹腹時計』、『罵詈雑言』、『島国根性』、『ザザンボ』、『御巣鷹山』が上映される予定。何で平日昼間にやるんだよ~。見に行けないじゃないかよ。休日だったら絶対行ったわ。
実はこう「知っている風」に渡辺監督の作品について述べているものの、実は私1作も見ていません。アングラ系の本やサイトばかり見ているので、ほとんどのシナリオは知っているのである。
本当はとても見たいのだが、このようなゲリラ上映では中々自分の都合の良いときに作品を見ることは出来ない。もちろん、多くの作品はメディア化されていない(されていてもどこで購入すればいいのかわからない。渡辺監督の事務所である「マルパソプロダクション(クリント・イーストウッドに怒られるぞ!)」なら売ってくれるのか?)。唯一、常に見られる場所といえば福島県立図書館。何故かあそこには館内閲覧用のVTRが数本あるらしい。今度福島県立図書館が休館で無い日に福島に居たら、絶対に観に行くつもりである。

今後の渡辺作品だが『ノモンハン(2007年上映予定)』、『松川事件(2008年春、東北地方で撮影開始予定)』とのこと。もうすぐ2007年も終わりなのだが、ノモンハンはできたのだろうか?松川事件の台本作成も大丈夫なのだろうか?
上映会の多くには渡辺監督自身がやってくるという。お忙しいのだろうが、我々の度肝を抜く作品をこれからも世に放ち続けてほしい。

近所のレンタルビデオショップがくれた\100割引券の有効期限が今月一杯で切れる。まだ3枚残っているのに何だかもったいない。家に帰れば見るべきDVDやら録画したTVやらが大量に(もう50時間分くらい)たまっているわけだが、割引券を消費したいという思いを抱き、ビデオショップへ。
見たい映画はいくらでもあるのだが、息子が寝てしまえば大音量でDVDを見ることはできないわけで、実際に借りて見られるのは1本がいいところ。そのレンタルビデオショップのランキングで上位に入っていた本作を、何の予備知識も無しのまま借りて視聴した。

初めに空港らしいシーンでグッド・キャットから、過去にあったマフィアによる凄惨な事件の回想が入る。もちろん、何でこの話がここで入るのかは全くわからない。とにかくグッド・キャットはどこにでも現れる不気味な役でしばらく謎の存在である。
その後、仕事をクビにされ、彼女の浮気を知り、自宅アパートがシロアリ被害で閉鎖された上に、強盗に顔を殴られたという不幸続きの男スレヴンが友人ニックの家に間借りするためにやってきた。ところが、対抗しあう2組織のギャングにニックと間違われ、「借金の取立て」を理由に連れて行かれてしまう。双方から殺しの依頼をされ、遂行せねば殺すと脅される。ひどい人違いもあったものだ…と、笑いながら見ていると…出演はジョシュ・ハートネット(スレヴン)、ブルース・ウィリス(グッド・キャット)、ルーシー・リュー(リンジー)、モーガン・フリーマン(ボス)、ベン・キングズレー(ラビ)、スタンリー・トゥッチ(ブリコウスキー)ほか。ポール・マクギガン監督。2007年作品。R-15指定。公式サイトはこちら

中盤から後半にかけて(序盤~中盤はちょっと単調。猛烈に眠くなった)冒頭の回想ムービーとの関連性が見えてくる。そうすると、一つ一つの行動や発言の意味が次第にわかってくる。例えば、彼はリンジーに「3つの不幸にあった」と言っているが、実際には4つの不幸に見舞われている。1つをカウントしなかった理由は?など。最後はちょっとできすぎかな?こういう展開じゃなくて、残酷に徹しても良かったと思う。R-15指定になっているが、そこまで規制しなくてはいけないかどうかは微妙。私は別にR-15にしなくても良かったと思うが。もし、バイオレンスなシーンを敬遠してこの作品をご覧になられていないのであれば、そんなに心配はないと思う(国内映画のR-15規制作品は結構キツイよなぁ)。
モーガン・フリーマンが(重要だけど)ちょっと情けない役なのは、好きな俳優だけに何だか微妙。ブルース・ウィリスは陽気な親父役よりも、こういう感じの沈着冷静なキャラクターの方がいい。ただ、このキャラクターでは主役にはなりにくいから仕方が無いのかな?

内容は割と満足でした。

福島県出身者なら見なくちゃダメだろ…と思い手にとった1本。

エネルギー資源が石炭から石油へと変わろうとする昭和40年。日本中のほかの炭鉱と同様に、福島県いわき市(当時は常磐市)の常磐炭鉱も廃鉱への道を余儀なくされていた。採掘規模は小さくなり、人員も整理縮小される(実際に閉山となるのは昭和51年)が、雇用再建に向けて今まではただ捨てるだけだった、炭鉱から湧き出る温泉を生かした一大観光事業へ乗り出す。その環境事業の結果が常磐ハワイアンセンター(現スパリゾートハワイアンズ)である。その立ち上げに関わった人々を描く。主演は松雪泰子(平山まどか)、豊川悦司(谷川洋二朗)、蒼井優(谷川紀美子)、山崎静代(熊野小百合)、富司純子(谷川千代)、岸部一徳(吉本紀夫)ほか。李相日監督。2006年作品。公式サイトはこちら

タイトルが「フラガール」なだけに、炭鉱婦の女性がハワイアンセンターのダンサーになるまでを描いている。ずぶの素人である女性たちにダンスを教えるのが平山まどかである(ちなみに早川和子さんという女性がモデル。この方はまだ現役でダンサーを鍛えている。平山まどかのように借金取りに追われる生活をしていたわけではないらしい)。初めのダンサー募集に集まったのが谷川紀美子をはじめとする4人。生徒もどうにもならなければ先生もどうにもならない。決裂しそうなところを吉本紀夫(中村豊 常磐興産元社長がモデル)が何とか仲を持ち、見事なダンサーへと成長していく。
ラストはハワイアンセンターのオープンとなるのだが、そのときのダンスが見もの。蒼井優すごいぜ!良くここまで練習したなぁとちょっと感動。音もDTSで収録され、迫力は十分。できれば5.1ch環境下でご覧頂くことを強くお勧めする。

007シリーズ21作目。しかし、原作者「イアン・フレミング」の小説007では「カジノ・ロワイヤル」が第1作目なのである。よって、本作では若き日の「ジェームズ・ボンド」が描かれる。今回からジェームズ・ボンドの配役が変わり、第6代目ボンドを「ダニエル・クレイグ」が担当する。初の金髪のボンドの登場である。

出演は ダニエル・クレイグ(ジェームズ・ボン)、エヴァ・グリーン(ヴェスパー・リンド)、マッツ・ミケルセン(ル・シッフル)、カテリーナ・ムリーノ(ソロンジュ)、ジュディ・デンチ(M)、ジェフリー・ライト(フィリックス・ライター)、ジャンカルロ・ジャンニーニ(マティス)他。マーティン・キャンベル監督。2006年作品。オフィシャルサイトはこちら

オープニングは00(ダブルオー)のエージェントに昇格するために必要な2度目の暗殺シーンから始まる。007のオープニング前といえば派手なカーチェイス等が描かれるが、地味目のスタートである。
00エージェントとなって初の任務は「テロ組織の資金源調査と根絶」。しかしターゲットを取り逃がし、大使館に駆け込まれたにもかかわらず、館内に侵入してターゲットを射殺してしまう。ここまでのアクションシーンがすごい。後半にかけてアクションシーンが減っていく本作では、アクションの最大の見せ場だろう。なお、この件でボンドはMに叱責される。
中盤は飛行機の爆破テロによる株価暴落を狙った死の商人である「ル・シッフル」と、テロリストからの資金をかけたカジノバトルが見もの。ボンドが窮地に陥る際のCIAエージェントとのやり取りも中々面白かった。
そして終盤は…実際に見てください。

今までのシリーズと比べると全体的に大人しい印象が否めず、定番であるボンドカー(アストンマーチンDBS…かっこいいんだけどあっという間に大破)もほとんど活躍していない。スパイグッズも携帯電話と小型発信機位しか登場しない(時計にも特別な機能は盛り込まれていない。だが「ロレックス?」と聞かれて「オメガだ」と答えるシーンには大満足!)。
この作品は従来の007シリーズとして見るよりも、別な新しい作品として見る方が適切なのかもしれない。まぁ、借りて損は無い1作だと思う。

最近、息子がリモコンに対して異常なほど執着を持つようになった。私がリモコンを使っている姿を目にすると、それを手にするまで泣き叫ぶ。勝手にチャプター移動をされたり、音量を変えられたり、アンプやDVDプレーヤーの電源を切られたり…。
そんなわけで、息子のリモコンに対する悪戯を避けるためにあやしながらDVDを見ているのだが、内容が良くわからなくなってしまうことも多々…。そんな家庭の事情があるもので、最近は難しい作品よりも簡潔でわかりやすいものを見るようにしている。本作もそんなことを考えながら選んだ一本である。


「愛されたい」というその思いがゆえに不幸な人生を歩んでしまうことになる「松子」の一生を、その時代の歴史と共に駆け抜けていくというかなり痛快なストーリー。高度経済成長時代やバブル時代の回顧録といってもいいだろう。この作品は松子が死んだことを松子の甥「川尻笙」が知るところから始まり、松子の部屋を掃除したり、生前の関係者と接触することでその一生を振り返っていく。
出演は中谷美紀(川尻松子)、瑛太(川尻笙)、伊勢谷友介(龍洋一)、香川照之(川尻紀夫)、市川実日子(川尻久美)、黒沢あすか(沢村めぐみ)、柄本明(川尻恒造)、柴咲コウ(渡辺明日香)ほか(一瞬しか登場しない出演者も加えると、ものすごい数!)。中島哲也監督。2006年作品。公式サイトはこちら

中谷美紀主演のドラマというと、私は1999年に放映され後に何度か映画化された「ケイゾク」がまず浮かぶ。中谷美紀は東大卒のキャリア警官の役であったが、かなりずれた所があるキャラクターであった。その印象が拭えないもので、今回もちょっと代わった役回りを期待したのだが、それに見事に応えている。まさに適役。また、松子は中学校の教師だった時代にコーラス部の顧問を務めるなど作品中で何度も歌うシーンが出てくるのだが、CDリリースの経験がある彼女だけのことはあり、うまく歌っている。
最近はテレビドラマで中谷美紀を見かけることが少なくなったようだが(というか、私がテレビドラマをあまり見ないから気がつかないだけ?)、同じようなキャラクター路線を柴咲コウが継承しているように思える。ちなみに二人とも芸能事務所も同じである(スターダストプロモーション…沢尻エリカ問題で有名になりましたね)。その「似ている印象」を持つ二人が本作では競演しており(但し、一緒に現れるシーンは皆無ですが)、それもまた面白い。

深刻なシナリオでも演出が良く出来ており娯楽映画として単純に楽しむことができると思う。レンタルして見る価値は十二分にある。お勧めである。
なお、原作と映画ではシナリオが若干変わっており、松子の死以降の話もあるという。機会があれば読んでみたいと思う。

おそらく私より上の世代の方には有名な映画であろう、1973年に放映された同タイトル映画のリメイク版である。原作は小松左京。同1973年に小説が刊行され、上下巻合わせて385万部を売り上げた。その時代は、日本はオイルショックのような社会不安を経験し、ノストラダムスの予言や超能力がブームになった頃である。このようなパニック作品が流行する下地があった時代だったのだろう。

アメリカ測地学会が「40年以内に日本沈没」との報告を日本政府に行い、この詳細を田所博士が地質調査、日本沈没までの期間をシミュレートしたところ、1年以内に沈没することが判明する。このことを国民に公にすることによるパニックを防ぐため、政府は「日本は5年以内に沈没」との公式発表をする。しかし、駿河湾沖地震(沈没101日前)、北海道と阿蘇山の噴火(沈没70日前。この時、九州上空を飛行していた政府専用機が墜落し、山本首相は死亡)、北海道・四国分裂(沈没60日前)といった天変地異により多くの死亡者が出ることにより、国内は国外への脱出パニックに陥る。政府は日本国民と資産を海外へ脱出させる「D計画」を立案・発動するが、事態の推移は当初の田所の予想すら超えた速度で進行していた。そんな中、政府高官との対立により干されていた田所博士の元に、元妻でもある鷹森沙織文部科学兼危機管理担当大臣が赴き、日本沈没を防ぐための方法は無いか相談する。そこで田所はプレートを爆薬によって破壊し、地震を食い止めるという案を話す。その計画のために世界各国から掘削船を集め、プレート破壊計画へ乗り出す。出演は草なぎ剛(小野寺俊夫)、柴咲コウ(阿部玲子)、及川光博(結城達也)、福田麻由子(倉木美咲)、吉田日出子(阿部玲子の叔母)、柄本明(福原教授)、國村隼(野崎亨介内閣官房長官)、石坂浩二(山本尚之総理大臣・特別出演)、豊川悦司(田所雄介博士)、大地真央(鷹森沙織・文部科学兼危機管理担当大臣)。樋口真嗣監督。2006年作品。公式サイトはこちら

ざっとあらすじを書いたのだが、主役の二人のことを書き忘れていた。1973年版では主役は田所博士(「日本沈没」という大きなシナリオを語る上では必須のキャラクターである)だったのだが、2006年版では、深海調査船「わだつみ6500」のパイロットの結城と共に担当していた小野寺と、東京消防庁のハイパーレスキュー隊員である玲子が主役となっており、この二人の恋愛が話の中心となっている。当初、小野寺には深海調査船のパイロットとしてイギリスからオファーがあり、そのオファーに乗ってイギリスへ移る予定であった。これに玲子も誘うのだが、玲子はハイパーレスキュー隊としての職務を捨てることが出来ず、結局日本に留まることになる(ちょっとこの辺りのやり取りに冗長が見られるのだが)。その頃、田所博士のプレート破壊計画の締めくくりとして爆薬を投入する役割を「わだつみ6500」にて結城が担当したが、突然の海底火山に爆発により失敗してしまう。紆余曲折あって、その爆薬投入任務を小野寺が担うことになるのだが、果たして…?

監督が樋口真嗣ということで、一抹の不安(同監督作品「ローレライ」のレビューはこちら)を隠せなかったのだが、予想以上に良い出来であったように思う。だが、小野寺・玲子のシーンの多さ、そして最後のシーンの演出から「これって、アルマゲドン?」と揶揄されても仕方が無いような印象も否めなかった。結果的にかなりの興行成績をあげたようだが、アルマゲドンも酷評されつつも、興行成績は悪くなかった。映画を単純に娯楽として楽しむ分には決して悪いものではないと思う。まだご覧になられていないのであれば、レンタル屋で借りて見る分には決して損はしないと思う。音響はかなり凝っているので、出来れば5.1ch環境下でごらん頂くことをお勧めする。


本作は1973年版と比べると相当に設定が変わっているという。1973年版の方がかなり原作に忠実であるとのことだから、もしレンタル屋にDVDがあったら借りてみようと思う。
また、本作のパロディとして筒井康隆が小松左京の許可を得て作成した「日本以外全部沈没」という作品がある。これも2006年にリメイクされているとのことなので、ぜひとも見てみたい。

「特撮、CGを使いません」ということで、全編ムエタイ選手のスタントマンなしの「生身アクション」で話題となったタイ映画『マッハ !』続編。しかし、前作とシナリオの関連性は全く無い。「生身アクション」というコンセプトのみを継承した作品である。今回はムエタイ選手だけでは無く、サッカー選手や体操の選手ら7人が生身アクションに挑む。

捕らえられた麻薬王ヤン将軍奪回のため、武装集団がタイ最北部の小さな村を襲撃。村人を人質に政府に将軍の釈放を求めたのだ。そんな村にたまたま慰問で訪れていた、テコンドーやサッカーなどの国内の一流スポーツ選手と刑事デューが立ち向かうことに。主演はダン・チューポン,、ゲーサリン・テータワッタクン、ピヤポン・ピウオン、アモーンテープ・ウェウセーン、ラッタナポーン・ケムトーン。パンナー・リットグライ監督。2006年作品。

前作を見ていたこともあって、有無を言わさずこのDVDを借りてしまった(それほどに前作のアクションはすごかった)。アクションは十分に堪能できるものの、シナリオはほとんど無いに等しい。そういったところが気になる方は見るべきではない映画である。映画というより、サーカスを見ているのに近い感じである。
しかし7人もアクションを担う役者を出す必然性はあまり無く、さらに襲撃される村にも恐るべき生身アクション役者が居るため、ちょっと「おなかいっぱい」感が正直否めない。ちなみに私のお気に入りは、足を1本無くした少年が見せる松葉杖を使ったアクションである。下手な2本足よりも圧倒的に器用に見える。

レンタルビデオ店に行くと、見たいと思いつつも見忘れた映画が膨大にあることに気づかされる。トリックは劇場版1は劇場に見に行き、テレビ版もほとんど見ていた。2も、1を一緒に見に行った方に誘われていたのだが、何だか良くわからないうちにうやむやになって、見に行くのを忘れていた。「これで最後だ!」とトリックシリーズの終了を公言しているのがとても残念だが、仲間由紀恵も売れまくりの女優であり、こればかりやってもいられないのだろうか。
(しかし、作品最後の「完」の右下に「かも」の文字があったのを見逃さなかったが)

富毛村(「ふもうむら」と読む)出身の青沼和彦という青年は10年前に行方不明になった幼なじみの西田美沙子という女性を探して欲しいと上田教授に依頼した。依頼を引き受けた上田と奈緒子は、西田美沙子を探しに筺神(はこがみ)島へ向かう。しかし、その南海の孤島には恐ろしい霊能力者である筺神佐和子率いる「箱のゆーとぴあ」と呼ばれる宗教団体が暮らしていた…。主演は仲間由紀恵(山田奈緒子)、阿部寛(上田次郎)、生瀬勝久(矢部謙三)、野際陽子(山田里見)、片平なぎさ(筐神佐和子)、堀北真希(西田美沙子)、平岡祐太(青沼和彦)、綿引勝彦(回りくどい富毛村村長)、上田耕一(佐伯周平)、北村有起哉(伊佐野銀造)、池田鉄洋(秋葉原人)、瀬戸陽一郎(照喜名保)、大島蓉子(池田ハル)、アベディン・モハメッド(ジャーミー君)、なすび(隣の部屋に住んでいる夫)、ゆーとぴあ ホープ(山崎箱一)、ゆーとぴあ ピース(山崎箱二)、有吉弘行(二世代ローンが気になる村人)、山崎樹範(途中でいなくなった村人)、温水洋一(原因不明の病で倒れた現場監督)、大仁田厚(大仁田厚)、マギー司郎(マジシャン)、重泉充香(ズワイガニがうれしい信者の吉田美津子)他。堤幸彦監督。2006年作品。公式サイトはこちら

例によってゆる~い感じの笑いが盛りだくさんである。初めは毎度おなじみ、山田母の書道教室でのバカバカしい文字のラッシュ。こうした細かい演出はコマ送りで見ないと追えないので、DVDだと自由に見ることができて大変ありがたい。「次のシーンで大仁田厚登場」という文字の次のシーンで本当に本人が登場していた(政治家役として…w)。
今回の悪役は2時間殺しドラマの女王、片平なぎさ。本人が登場した瞬間、噴出しそうにそうになった。船越英一郎が出なくて良かった(笑)。筺神島に乗り込み、美沙子を助けた後に富毛村へ向かう。この村、「毛」の名前がついているだけに、当然あの方(矢部謙三)が出てくるのだが、あまり活躍することが無かったのが残念だった。同じく、山田母もさほど活躍の場がなかったなぁ。本当に最終回にするのであれば、初回からのメンバーであるこの2人はもっと活躍させてほしかったなぁ。
こんな具合の消化不良があるので、これで最後にはして欲しくないと切に思った。

続編作品が最近はリリースラッシュのような気がしてならないのだが…インディジョーンズもまた続編をするそうで…M:i-2から5年だから、本作はそれほど久しぶりではないかな?とにかく見忘れていたので、レンタルビデオ屋で借りてきた。後でamazonでスペシャルエディションが\1,500位で売っているのを見て、買えばよかったとちょっと思った。

M:i-1は「スパイ大作戦を思い出させる」という意味で、非常に成功した映画であったと思う。M:i-2は「ジョン・ウー監督によるアクション」が見られるということで、これも成功。さて、本作は?

米国のスパイ組織IMFのエージェント、イーサン・ハントは、現場を退き教官としての仕事をしながら婚約者のジュリアと幸せな生活を送っていた。そんな彼の元に、かつての教え子である女性エージェント、リンジーが捕らえられたという知らせが届く。迷いながらも救出作戦に参加したイーサンは、仲間達とのチームワークを発揮し見事にリンジー救出を果たしたが、ヘリに乗って逃げる途中、リンジーの頭に仕掛けられた爆弾の時限装置が作動し、リンジーが死んでしまう。イーサンはリンジーの任務であった、ブラックマーケットの商人であるオーウェン・ディヴィアンを拘束すべく、仲間と共にバチカンへ向かうが…。主演はトム・クルーズ(イーサン・ハント)、フィリップ・シーモア・ホフマン(オーウェン・ディヴィアン)、ヴィング・レイムス(ルーサー・スティッケル)、ローレンス・フィッシュバーン(ブラッセル)、マギー・Q(ゼーン)、ジョナサン・リース=マイヤーズ(デクラン)、ミシェル・モナハン(ジュリア・ハント)、ケリー・ラッセル(リンジー・ファリス)、サイモン・ペグ(ベンジー)。J・J・エイブラムス監督。2006年作品。

シナリオはちょっとありきたりだけれど、使用するスパイツールがかなり面白い。そしてアクションは前作ほどではないにしても、かなり派手。何も考えずスカッと楽しめる。が、劇場に見に行くほどのものではなかったかな。
音響が非常に評価できるので、ぜひとも5.1ch環境下での視聴をお勧めしたい。弾丸が飛んでくる方向から音が聞こえるし、爆発音もすごい。何よりすごいのがヘリの音。大迫力でした。

川崑監督+石坂浩二主演の横溝正史原作ミステリー映画第5作。原作でも金田一耕助最後の事件がこの事件であるように、映画も第5作目の本作を持ってシリーズ終了となる。
昭和26年、吉野市に住む先生(先生夫妻は、横溝正史夫妻…しかも、推理作家の役で、台詞もかなり長い。ちょっと台詞が棒読みなのは仕方が無いが、1作目の那須ホテルの主人の頃と比べると、かなりの進歩である。)の元を金田一は訪ねる。しばらく渡米しようと考えていることを告げる。そのために必要なパスポート用写真の撮影のために、先生の薦めがあった近くの写真館を訪れる。そこで、写真館の主人徳兵衛から「最近、誰かに命を狙われているようだ」と、調査の依頼を受ける。ここから事件が発生する。主演は石坂浩二(金田一耕助)、佐久間良子(法眼弥生)、桜田淳子(法眼由香利・山内小雪)、菊地勇一(法眼琢也)、入江たか子(五十嵐千鶴)、三条美紀(田辺光枝)、河原裕昌(五十嵐滋)、萩尾みどり(山内冬子)、小林昭二(三之助)、あおい輝彦(山内敏男)、久富惟晴(五十嵐猛蔵)、ピーター(吉沢平次)、林ゆたか(佐川哲)、早田文次(秋山武彦)、山本伸吾(原田雅美)、小沢栄太郎(本條徳兵衛)、清水紘治(本條直吉)、草笛光子(雨宮じゅん)、白石加代子(宮坂すみ)、三木のり平(野呂十次)、横溝正史(推理作家)、草刈正雄(日夏黙太郎)、加藤武(等々力警部)、岡本信人(阪東刑事)、大滝秀治(加納巡査)他。監督市川崑。1979年作品。

金田一がパスポート用写真を撮影した後、山内小雪が写真館を訪れる。「結婚写真を撮影したいので、ある場所に来て欲しい」。それだけを告げ、前金を置いていった。写真館の主人の息子直吉と弟子の日夏黙太郎は撮影の準備をし、案内された先へ向かう。そこは「首縊りの家(法眼弥生の夫、琢也の愛人、山内冬子が終戦の翌日に首を縊って死んだ)」と呼ばれる法眼病院跡であり、空き家のはずの場所だった。そこには金屏風をバックにした花婿姿の山内敏夫と、花嫁姿をした、写真の撮影を依頼者と思われる女性がいたので、撮影する。翌晩、また電話にて法眼病院跡で撮影してほしいと同じ女性から依頼があったので直吉らが向かったところ、天井から花婿の生首が風鈴のように吊るされているのを発見する。徳兵衛は昨日撮影した写真を現像し、その花嫁が法眼由香利に似ていることに驚く。
「生首風鈴殺人事件」捜査本部が設置され、(例によって)等々力警部が捜査の担当となる。殺人現場に家主、法眼弥生、由香利、五十嵐滋、田辺光枝、死体発見者の四人、容疑者の吉沢を集め、その状況を見せる。この時点で金田一は誰が犯人かを既に知っており、この殺人が起こった経緯を日夏黙太郎と共に調査し始める。やがて金田一は、敏夫と小雪が、この場所で首を縊った冬この遺児であることを知る。そして、捜査本部に小雪からの「血のつながりのない兄との結婚を断ったことから争ううち、兄を刺してしまい、息絶える寸前、母を不幸な死に追い込んだ法眼家への復讐の念を燃やす兄は、自分の首を母が死んだ場所に吊るすことを遺言した。私はそれを実行し、母、兄の許に旅立つ…」との遺言が届く。しかし、その遺言書から小雪の指紋は検出されなかった。
その後、徳兵衛、吉沢が殺される。金田一は黙太郎と協力しながら、法眼一族と山内家の一族との関係をつきとめ、冬子は法眼弥生の娘、そして、敏夫と小雪が孫であることを知る。そして、由香利として法眼家に居るのは実は小雪であるということも…
ラスト、弥生は法眼病院跡へ三之助が引く人力車で向かう。病院跡に着いて、三之助が、車のシートを開くと、舌を噛んでうっすらと血を流す弥生の姿があった……

金田一はかなり始めの時点から犯人を知っていたためか、法眼弥生が何故犯人になったのかという「人物関係」と過去の出来事の調査にを中心に動き回る。今までのように「思い悩む金田一」という役は、日夏黙太郎に譲っているように見える。いつもの「飯を食いながら、人物関係図を作る」という作業を金田一はしていないが、本作は本当に人物関係が複雑なので、視聴するときに自分で書いて見るほうが良いかもしれない。
偶然が引き起こしたと言え、実に悲しい結末である。最後の三之助の姿はかなり格好よかったな…

市川崑監督+石坂浩二主演の横溝正史原作ミステリーの映画第四作目が本作、女王蜂である。どうやら当初は第三作で終了の予定であったようだが、前作までの興行成績が非常に良かったため、本作が作られることになったようである。
昭和27年、伊豆天城の「月琴の里」にある大道寺家を金田一耕助は訪ねる。京都の山本弁護士から、19年前に起きた事件の再調査の依頼を受けていたのである。大道寺家に金田一が着いたとき、大道寺家の大時計で大道寺智子の求婚者の一人である遊佐三郎が何者かに殺されていた。この殺人を皮切りに、大道寺智子をめぐって連続殺人が発生する。出演は、石坂浩二(金田一耕助)、加藤武(等々力警部)、岸惠子(神尾秀子)、司葉子(蔦代)、中井貴恵(大道寺智子)、萩尾みどり(大道寺琴絵)、高峰三枝子(東小路隆子)、仲代達矢(大道寺銀三)、沖雅也(多門連太郎)、神山繁(九十九龍馬)、坂口良子(おあき)、白石加代子(速水るい)、小林昭二(木暮刑事)、大滝秀治(加納弁護士)、草笛光子(お富)、三木のり平(嵐三朝)、伴淳三郎(山本巡査)、石田信之(遊佐三郎)、中島久之(赤根崎嘉文)、佐々木剛(駒井泰次郎)、佐々木勝彦(日下部仁志)、高野浩之(文彦)、常田富士男(農夫)他。市川崑監督。1978年作品。

19年前の事件は、源頼朝と縁ある大道寺家へ歴史調査のために京都から2人の学生が来たことから起こった。この2人の学生は日下部仁志と、後の大道寺銀蔵であった。大道寺家に世話になっているうちに日下部と大道寺家の娘(大道寺智子の母)琴絵が恋仲になり、やがて妊娠したことが発覚する。琴絵は結婚を迫るが、日下部は母の反対があって受けることが出来ない。日下部の本当の姓は「東小路」であり、元公爵家という名門であった(婚姻に反対していた母とは東小路隆子である)。そんないざこざの中、何者貨の手によって日下部は殺されてしまう。琴絵が日下部を殺したと家庭教師である神尾秀子は思い、あたかも事故死であるかのように偽装する。所轄の巡査が事件を調査したものの、宮内省からの圧力がかかり、調査は中断された。
大道寺銀三は普段は京都に居るが、この日は智子を京都に連れて行くために月琴の里の屋敷を訪れていた。そして智子を連れ、東小路隆子が主催する茶会に出席した際に第二の殺人が起こる。遊佐と同じ求婚者であった赤根崎が青酸カリによって毒殺されてしまう。
智子は次第に実の父、日下部こと東小路仁志の事に興味を持ち出していた。そんな矢先、九十九龍馬は実の父の事をネタに智子を密室に呼び出し、強姦しようとする。しかしその企みの中、何者かによって刺殺されてしまう。
このように大道寺智子を中心に、その周りに居る男達は次々に殺されていく。女王蜂は母系社会の種族を永らえるために働き蜂に身を守らせ、そして殺していく。その様子がこの映画のタイトルの由来である。

市川崑監督の横溝正史映画作品一作目「犬神家の一族」の犯人は高峰三枝子、二作目「悪魔の手毬唄」の犯人は岸惠子、三作目「獄門島」の犯人である司葉子の三大女優を集結させた大作である(よく集めたものである…)。例によって、金田一は19年前の事件を足がかりに調査をはじめ、静岡県警の等々力警部は今現在起きていることしか見ようとはしない。「全くあの男は…突然居なくなって全く無責任…」云々という等々力警部の台詞は「よし!わかった!」と同じように定着化してきている。やはり19年前の事件は今回の事件に関係があり、そしてそれより昔…銀三の子供時代からの怨みの蓄積がこれらの連続殺人の原因であった。そして、悲しい形で結末を迎える。

大滝秀治のすっとぼけた感じには磨きがかかり、シリーズを重ねるごとに草笛光子の役は段々と変な役になっていく…(笑)。白石加代子の不気味さも度を増している…そんな中、急成長をとげるのが小林昭二である。今回は等々力警部指揮下の刑事として結構活躍しているように見受けられた。小林昭二だけではなく、多くの出演者が亡くなってますね。昭和はもう大昔ですなぁ。

市川崑監督+石坂浩二主演の横溝正史原作ミステリーの映画第二弾が本作、悪魔の手毬唄である。昨日見た獄門島は第三弾作品で、映画化された順番と前後してしまった。
岡山と兵庫の県境にある四方を山に囲まれた鬼首村(「おにこべむら」と読む。もちろん、実在しません)。古き因習に呪われた閉鎖的な山村にて、古くから伝わる手毬歌の通りに起こる連続殺人事件の謎を解く。主演は石坂浩二(金田一耕助)、若山富三郎(磯川警部)、加藤武(橘警部)、岸惠子(青池リカ)、仁科亜季子(大空ゆかり)、草笛光子(由良敦子)、高橋洋子(由良泰子)、永野裕紀子(仁礼文子)、渡辺美佐子 (別所春江)、中村伸郎(多々羅放庵)他。市川崑監督。1977年作品。

金田一は鬼首村の温泉旅館「亀の湯」で岡山県警の磯川警部と待ち合わせをしていた。仕事の依頼を受けるためである。磯川警部は金田一に、待ち合わせに使った温泉旅館「亀の湯」の主人が殺害された20年前の迷宮入り事件の調査を依頼をする。犯人は詐欺師の恩田という男であることはわかっているのだが…
鬼首村には由良家(古くからの由緒ある名家)と仁礼家(新興してきた名家。ワイン工場を持っている)という二つの名家があり、そのころ恩田と別所(旧姓仁礼)春江の間の子である千恵が人気歌手になって帰ってきた。そんな中、元は庄屋であったが大変な放蕩の末に財産を失ってしまった男、多々羅放庵が行方不明になる。さらに由良泰子、仁礼文子が村に伝わる手毬唄の歌詞通りの姿で次々に殺されていく…
(もっと詳しいシナリオはこのサイトで。私が書くより相当わかりやすいわ)

私は市川崑+石坂浩二コンビによる5つの横溝作品の中で、本作が一番好きである。
磯川警部は20年前の事件を調べることによって、何となく「自分が望まない結論」に達することを薄々感じていたのではないかと思う。そう思いながらも、この謎解きを金田一に依頼したのは「自分の疑念は偽りだった」という確証が欲しかったのではないかと思う。しかし、20年前の事件だけではなく、新たに多くの殺人事件が発生する。信じたいが疑いは増えるばかり。そんなやるせない感情がとてもよく表現されている。
また、次々と殺人を繰り返すことになる犯人にも悲しい結末が訪れる。殺人を娘に知られ、そして殺すべき相手と間違って自分の娘を過てしまう、その悲しさ…。恩田と言う男を愛してしまったがために、人食い沼に吸い込まれていくように身動きが取れなくなっていく。

恐怖感以上に悲しみに包まれていく本作。でも、のめり込むように見入ってしまった。

犬神家の一族を見てから、久々に市川崑+石坂浩二の金田一耕助シリーズを見たくなった。具体的には「悪魔の手毬唄」、「獄門島」、「女王蜂」、「病院坂の首縊りの家」なのだが、近所のレンタルビデオ店に全作品があることを確認した。今日はそのレンタルビデオ店のレンタル料金半額日であったため、とりあえず「悪魔の手毬唄」、「獄門島」、「女王蜂」の3作を借りてきた。今日はその中から「獄門島」を見ることにした。

昭和21年9月下旬、金田一耕助は戦争からの復員船の船内で死んだ「鬼頭千万太」の遺言書を届けるために、瀬戸内海に浮かぶ彼の故郷「獄門島」へと向かう。獄門島では千万太が死ぬ間際に残した言葉「俺が生きて帰らなければ、3人の妹達が殺される…。」の通りに、妹が次々に異様な姿で殺されていく。出演は石坂浩二(金田一耕助)、加藤武(橘捜査主任)、大原麗子(鬼頭早苗)、司葉子(勝野)、太地喜和子(巴)、ピーター(鵜飼章三)、浅野ゆう子(鬼頭月代)、中村七枝子(鬼頭雪枝)、一ノ瀬康子(鬼頭花子)、草笛光子(お小夜) 、内藤武敏(鬼頭与三松)、大滝秀治(儀兵衛)、上條恒彦(清水巡査)、小林昭二(竹蔵)、坂口良子(お七) 、東野英治郎(鬼頭嘉右衛門)、佐分利信(了然)、池田秀一(了沢)、荻野目慶子(少女時代の勝野)他。何気に池田秀一(ガンダムのシャア・アズナブル)が役者で出てるし…。市川崑監督。1977年作品。

鬼頭家の三娘(月代、雪枝、花子)が殺されるのだが、この殺され方が宝井其角と松尾芭蕉の下記の三つの句にあわせている。この句は金田一が宿として借りた寺の一室の屏風にかかれているのだが、達筆すぎて金田一は読めなかったのである。
 鶯の身をさかさまに初音かな (宝井其角) 花子の死
 むざんやな冑の下のきりぎりす(松尾芭蕉) 雪枝の死
 一家に遊女も寝たり萩と月  (松尾芭蕉) 月代の死
時期は9月下旬ということもあり、一句目は季語が合っていない。これは春の句なのである。了然はぽつりと「きちがいか…」と言う。この「きちがい」を金田一は「気ちがい」だと思ってしまう。了然は「季ちがい」のつもりで言っている。この言葉が事件解決への糸口となっている。
ところで、「気ちがい」は放送禁止用語であり、公共の電波にのって放映されたときには、音が消されたり「ピー」という音にすりかえられている。しかし、この言葉のトリックが無いと三姉妹の死が俳句にそったものであることをアピールできない。そのため、DVDでは音は消されることなく収録されている。

ところで、この市川崑版獄門島は横溝正史の原作とは犯人が異なっている。誰かとは言わないが、私は今作のほうが不思議としっくり来る。


役者を見ると、やはり若い坂口良子は非常にかわいいのだが、それ以上に大原麗子が捨て置けない。目茶苦茶美人で卒倒しそうである。今でも綺麗ですけどね~。それだけでも見る価値があるかもw
鬼頭三姉妹は、綺麗なんだけどちょっと気が変な感じがして、ちょっと見てられないなぁ。化粧が濃すぎて月代が浅野ゆう子ということに気がつかなかったし。

2006年版「犬神家の一族」を見て、急に過去の同作品を見たくなったので、近所のレンタルビデオ店に行って借りてみた。
シナリオは2006年版とほぼ同じなので省略。出演は石坂浩二(金田一耕助)、島田陽子(野々宮珠世)、あおい輝彦(犬神佐清)、高峰三枝子(犬神松子)、三条美紀(犬神竹子)、草笛光子(犬神梅子)、坂口良子(那須ホテル女中・はる)、岸田今日子(琴の師匠)、小沢栄太郎(古舘弁護士)、加藤武(橘署長)、大滝秀治(大山神官)、横溝正史(那須ホテル主人)、角川春樹(渡辺刑事)、三國連太郎(佐兵衛)他。市川崑監督。1976年作品。

随分と前に見たもので、私自身、勘違いしている点がいくつかあった。「よし、わかった!」の署長は名前が変わっており、1976年版でも署長であった。確か加藤武は「獄門島」にも出演しており、こちらで警部役だったのかも知れない。また、子供の頃に見たから強烈な印象を受けたのか、今見てみるとそれほど「エログロ」な脚色はされていない。古谷一行版犬神家の一族と勘違いしているのかも知れないが…
久々に見て新鮮だったのは、那須ホテル女中はる役の坂口良子である。今もきれいな女性だが、猛烈に可愛らしい。2006年版では深田恭子が演じているが、確かに現代なら彼女が適役であったと思う。

私は古い時代劇を良く見ているので余計に感じるのかもしれないが、1976年版も十二分に映像が美しい。信州の山野、湖の景色が今見ても実に見事で2006年版と比べても遜色は無い。角川映画第一作である本作にどれだけ力をかけていたかが肌身で感じられる。最近の商業主義的な姿勢を見直して欲しいと心から思う…
というと2006年版の批判になってしまうのだが、エンディングを除いて、見事なくらい1976年版に忠実に2006年版が作られていることがわかる。それが良いことなのか悪いことなのかを述べるのは難しい。なぜなら、1976年版が十二分に面白いからである。だがこれだけ忠実なのであれば、これから犬神家の一族を見る方は2006年版を見るだけで十分だと思う。音なんかはどうやっても敵わないですから。

20070608_1.jpg

すっかり上映され、DVDも発売されているのに見るのを忘れてしまっていた…

前作映画「あぶない刑事フォーエバー」から7年。(今度こそ)誰もが死んだと疑わなかったタカ&ユージは韓国・釜山にてアンダーカバーコップとして活躍していた。どういう経緯でそうなったのかはわからないが、2005年、再び横浜港署に刑事として帰ってきた。
出演、舘ひろし(鷹山敏樹)、柴田恭兵(大下勇次)、浅野温子(真山薫)、仲村トオル(町田透)、小林稔侍(深町新三)、木の実ナナ(松村優子)。監督 鳥井邦男。2005年作品。


「あぶない刑事」シリーズは非常に好きなもので(特に大下勇次はいいのぅ…)贔屓目で見てしまうこと私なのだが、今作はいけなかった…。アクション中心であまり深く現実的な事を考えながら見てはいけない作品なので、その点だけを評価するならば、おさえて置かなくてはならないシーン(タカがバイクに乗ってレミントンをぶっ放すシーンや、ユージがジャンプしながら敵を撃つシーンなど)は当然のごとく盛り込まれている。カーチェイスも相変わらず楽しめる(愛車がマセラティ クアトロポルテになってるし。日産がスポンサーじゃなくなってからはイタリア車ばっかり。イタ車好きなんだなぁ、ユージ)。
問題なのはシナリオである。彼らが横浜に戻ってきた理由がいまいちわからないし、刑事に復帰する理由も不明確だ。現実的にありえないことがあっても、それを多少は裏付けるシナリオがあったのだが、今回は完全にそれが破綻している。また、リターンズあたりからなのだが「コンピューター万能論」的なものがはびこり、素人があまりにも安易にクラッキングしたりしている。パソコンが現在ほど普及していなかった「リターンズ」のころはそれでもごまかしが効いたとおもうが、現在のように「当たり前の道具」になってからは多くの人が違和感を感じたのではないかと思う(私はリターンズからずっと気になって仕方がなかった)。
今回は敵にも深みがない。登場する役者がそれほど多くなく、完全に思ったような展開である。これは上映時間にも現れているように思える。108分なのである。最近、邦画は時間が短くなる一方のような気がしてならないが(洋画は3時間越えが当たり前になってきて、別な意味で見るのが辛くなってきたけど)、あぶ刑事の映画を108分で作るのはちょっと無理である。敵を減らして、安直なシナリオにするしかないだろう。前作「フォーエバー」では、「テレビで始まり、映画で終わる」というスタイルをとった(そして、片方だけでもそこそこ楽しめるように出来ていた)。そのため、全体を通じた上映時間はゆうに3時間を越えていたはずである。「あのときのNETという犯罪組織はどうなったのだろう?」という疑問を「フォーエバー」のエンディングを見ながら不思議に思っていただけに、今作にもNETは関係してくると思っていたのだが…全然違った。

7年ぶりのあぶ刑事で、この作品だけを見たという新しい世代の方も居るかもしれないが、これをあぶ刑事とは思わないで欲しい。今回の作品は「同窓会」的な作品で、昔のメンバーがどうなったかを振り返り、そしてタカ&ユージがどれだけまだはしゃげるか(または、どれだけ年食ったか)を見るための作品である。もういろんな意味でみんな大物俳優になってしまっただけに作ってくれるだけでもありがたいのだが、ちょっと残念な印象は否めない。

横溝正史氏原作、1976年に市川崑監督が映画化したものを、同監督が再びリメイク。昭和22年信州那須市(架空の市。実際の撮影は長野県上田市で行われたようである)が生んだ製薬王「犬神佐兵衛」が残した膨大な財産相続を描いたミステリー。私立探偵「金田一耕助」役を1976年の作品(以下、「前作」と略)と同様に石坂浩二が担当している。他、出演は松嶋菜々子(野々宮珠世)、尾上菊之助(犬神佐清・青沼静馬)、富司純子(犬神松子)、松坂慶子(犬神竹子)、萬田久子(犬神梅子)、深田恭子(はる)、奥菜恵(犬神小夜子)、岸辺一徳(犬神寅之助)、草笛光子(琴の師匠)、大滝秀治(大山神官)、加藤武(等々力署長)、中村敦夫(古館弁護士)、仲代達矢(犬神佐兵衛)ほか。監督は市川崑。2006年作品。

犬神佐兵衛にはそれぞれ母親が異なる松子、竹子、梅子の3人の娘がいるが、古館弁護士に託した遺言状にはなぜか犬神家に同居する恩人の孫娘「野々村珠代」に全財産を譲ると書かれていた。しかし、珠世が財産を受け継ぐためには、松子、竹子、梅子の息子と結婚することが条件とされていた。この珠世をめぐり息子達が争いを始める中、殺人事件が発生する。


石坂浩二は1941年生まれなので、前作の時点では35才。現在は65才になるわけだが、これだけ年をとって同じ役を演じられるというのは恐ろしさすら感じさせる。他にも「よし!わかった!」で有名な等々力署長(前作では等々力警部だったけど…出世?)を加藤武が演じたり、大滝秀治が同じ神官役で出てきてくれているのは非常に嬉しい。役柄は異なるけれど草笛光子も出演しているのが何とも嬉しい。音楽もメインテーマは同じものをアレンジしたものが使用されているが、全く古さを感じさせない。いかに洗練されていたか、今になって深く思わされる。

前作と比較すると、大分タッチがソフトになっていることが第一印象である。残虐な場面が軽減され、お色気も無くなった。1970年代の映画やテレビに許されていた独特の「エログロ」さがスポイルされおり、恐怖感は明らかに少なくなっている。惜しいとも思えるが、見られる間口が広がったと解釈しようと思う。まぁ、子供が見たら佐清(以下、スケキヨ)で卒倒しそうだけど(笑)。やっぱりスケキヨは恐くないと。湖に足だけ出てひっくり返ってる死体には前作で相当度肝を抜かされたのだが、今回はそれを発見した奥菜恵に度肝を抜かされたw

これを見て久しく見ていなかった前作や、市川崑&石坂浩二の金田一耕助作品「悪魔の手毬歌」、「獄門島」、「女王蜂」、「病院坂の首縊りの家」が久しぶりに見たくなった。レンタル屋にどこまで揃っているだろうか?

同じマンションに住む男に片思いした女が、彼の全てを知ろうとゴミを集め生活を想像、同じタバコを吸うなどし彼自身に近づこうとする。愛する人のすべてを知りたいためにゴミを集める女性の行動を描いたラブストーリー?。主演は中村麻美、 鈴木一真、柴咲コウ、田口トモロヲ。監督は廣木隆一。2000年作品。

久しぶりに88分の上映時間が異様に長く、辛く感じられるほどの駄作!と言い切ってしまいながらも、「夢に描いていたことが実現してしまうと、急に魅力がなくなる」ってのは結構私もあって、ちょっと同感。しかしその対象がゴミってのはなぁ…ホント、ゴミは個人情報の塊っす。私の個人情報など知ったところでどうにもなりませんけど、何だかシュレッダーを購入したくなる1作w

しかし、柴咲コウが超どうでもいい役として登場しているのが何ともいえない。この後、メガヒットした女優だよなぁ。歌手としても十分才能をみとめられるし。

18:00ぎりぎりに草津音楽の森コンサートホールへ到着。寄り道しすぎてしまった。山道を100km/hオーバーで走るのは、流石にあぶねえなぁ。

中山節夫監督作品で、作名に「新」とついているように、40年前に「あつい壁」という作品を同監督が撮影したとのこと(私もこの作品は見ていない)。本作のあらすじは、パンフレットから引用させていただきます。

 まだ駆け出しのフリールポライター卓也は、たまたま取材知り合ったホームレスの男・友田から、55年前に熊本で起きた殺人事件の話を聞かされた。「おれはその犯人のせいにして盗みをはたらいてな。ところが後で、その犯人が死刑になったって聞いた。無実かも知れねぇと言う話も…」
 卓也は、これを取材すればいい記事が書けるかもしれないと、知り合いの編集長・福島にあたる。しかし、福島は打ち合ってもくれない。あきらめ切れない卓也は、友田の話を手がかりにしながら、少しずつ調べ始める。それは、ハンセン病患者が犯人とされた事件であった。卓也は熊本行きを決意する。
 熊本にある国立ハンセン病療養所菊池恵楓園の自治会を訪ねた卓也は、そこで、当時のことに詳しい増井と佐伯に出会う。そして、その二人から、当時の事件や裁判についての詳細な話を聞かされる。それは、聞けば聞くほどに、犯人とされ死刑となった男・勇吉の無実を思わないではいられない話ばかりだった。さらに卓也は、勇吉の最後の教誨師として関わった牧師・坂上から、当時の裁判に直接関わった書記官の証言として「ボロ雑巾のように死に追いやった」という話を聞かされる。そこにあったのは何か。
 卓也はさらに、増井と佐伯から、ごく最近起きた宿泊拒否事件のいきさつの中で、恵楓園の入所者に送られてきたあまりに多くの誹謗や中傷を内容とする手紙やメールのことを知らされる。55年前の事件の中にあった偏見や差別は決して過去のことではなかったのだ。
 いい加減な気持ちで取材を思い立った卓也の中に、少しの変化が生まれてきていた。取材を終えて東京に帰った卓也は、再度、福島に原稿を記事にしてくれるように頼みに行く。そこで卓也は、さらに新しい事実を知ることになる…

ちなみに、この作品は過去にあった事実(「藤本事件」という)を元に作成されている。多くが事実であっても映画化するにあたっての視点、対象について、実は私は結構納得していない。勇吉は大学病院の先生から「ハンセン病ではない」という診断結果を得ているたが、要するに「ハンセン病であるかどうかという事実に関わらず、国にそう思われたらもうおしまいである」ということを強調するため、実際にはハンセン病ではない人の判例を脚本にしたのだろうか?既に「被害者本人の迫害の歴史を語る」映画は多数存在するため、あえてこういう冤罪事件を前面に押し出した脚本としたのだろうか?とにかく、行政にとって不利になりうることは抹殺するなどして隠蔽してしまうというのは「胎児標本の無断火葬」のように、今も続いていることは確かなことである。
若い人間(特に今作はルポライターという「過去の事実に迫る」ことを職業としているような人という設定がなんとも安易ではあるが)がハンセン病問題を知り、それを調べたくなるという気持ちには非常に共感できる。私自身も草津における長期滞在にてこの問題を知り、国立療養所を訪れている。そして、多数の悲惨な過去を知っていたたまれない気持ちにはなった。
現在でも続く差別について、温泉宿泊拒否事件を例に挙げているが(この温泉自体が廃業に追い込まれてしまったという事実も、劇中で公表すべきだと私は思うのだが)、このようなハンセン病患者に対する直接的差別はこれからも続くであろう。これは同じ差別ではあっても、部落差別とは異なり「見ただけでハンセン病とわかってしまう」ことに原因があると思う。しかし、ハンセン病は遺伝する病気ではなく、感染力も薄く、完治する病であることをこうした映画や活動を通してもっと公に公表することで、少なくとも親類等への差別は減らすことができるし、病気そのものが消えていくのではないかと、私は考えている。

権力というものは恐ろしいもので、マスメディアが何らかのきっかけで積極的に世に公表することで、今まで虐げられていた人が、逆に人を虐げられるようになることがある。HIVや同和問題も私にはそのように感じられる。ハンセン病も「らい予防法廃止法」施行後、そのような性質を帯びているように私には見える。過去の悲惨な出来事があったことについては心を痛めるが、温泉宿を簡単に潰すくらいの力を持っていることを忘れないで欲しい。


当日、映画放映後に中山節夫監督は「この映画を公表する機会をもっと与えて欲しい」と訴えていた。内容全てを手放しで評価できるとは私は思えないが、少なくともハンセン病への理解を深める一つのチャネルになり得るものだと思う。私にそれだけの力があれば、喜んで力を貸すのだが…

ところで、この作品の主人公「卓也」は「趙 珉和」という外国人なのだろうか?私はこの配役に疑問を禁じ得ないのだが…。夏八木勲が友情出演しているが、彼はすごいなぁ。仕事を選ばないというか、何でも出来るというか…本当にすごい役者である。

三谷幸喜は本当にすごいなぁと思う。彼が書いた作品は何を見ても面白い。今回も期待を裏切ることの無い出来栄えであった。細かい出来事が話の中で次々と関係し、最後には面白いオチとなる。伏線一つ一つが面白いのに…すごいなぁ。
一応あらすじ。毎度のごとくAmazon様から引用させていただきますが、


大晦日、様々なイベントが目白押しでごった返すホテル・アバンティ。そんな時に副支配人の新堂は別れた妻と再会。妻は再婚していたが、その再婚相手はホテルの目の上のタンコブであるコールガールのヨウコと浮気を。そんなことは知らぬ新堂は、つい元妻に見栄を張って大嘘をついてしまう……。という話はごく1部。主な登場人物だけで20名以上もおり、それらの人々が織りなす2時間の物語がリアルタイムで、しかも絶妙に絡み合って展開していく。面白いのは舞台っぽいところ。あえて1シーン1カットにこだわった撮影が舞台っぽさを強調し、ちょっとやりすぎではと思える笑いの要素(特殊メイクなども含めて)も引っ掛かることなくサラリと見せてしまうのだ。三谷ワールドは全開だし、俳優たちの演技合戦も相当に楽しい。観て損なしの作品だ。(横森文)

シナリオの面白さもあるが、使っている役者がとにかく豪華だ。役所広司、松たか子、佐藤浩市、香取慎吾などなど。三谷作品は外れることが少ないだろうから、これだけ有名な役者が揃うのも理解できる。他に篠原涼子も売春女の役で出演していたが、金髪のズラが取れるまで誰だかわからなかった。個人的にはまってしまったのはホテルの支配人役の伊東四朗が白いどうらんを顔に塗ったまま、それを落とせずにホテル内を逃げまくる様子。何度見ても笑えてしまう。唐沢寿明もすごい髪型で出演しているが、三谷×唐沢の組み合わせにコーヒーのCMを思い出した。
文章で説明するのが面倒なのでこのあたりにしておきますが、見て損はありません。もうね、買ってもいいくらい。お勧めです。

私が「カンゾー先生、見てみたいなー」と妻に話したのを覚えていてくれたのか、DVDを借りてきてくれた。何ともコミカルかつエロい作品だったような覚えがあるのだが、話しの詳細は良くわからず。予想していたものとは違ったけど、むしろ想像していたものより良いかも。あらすじはこんな感じです。いつもすみません、amazonさん。

戦時下の岡山県で「開業医は足だ」をモットーに診療を続ける赤城風雨(柄本明)は、どんな病気も肝臓炎と診断してしまう「カンゾー先生」と呼ばれる医者。「このままでは日本中に肝臓炎が蔓延し、国が壊滅してしまう」との危機感を抱いた彼は、診療の傍ら肝臓炎ウィルスの研究に精を出す。そんな折り看護婦として雇われているソノ子(麻生久美子)が、負傷した脱走兵・ピート(ジャック・ガンブラン)を診療所に匿ってしまう。

ネタバレしない解説だとこのくらいになってしまうのかな?ただ面倒でどの患者にも「肝臓炎」と言い続けているだけかと思ったが、実際にそれだけ蔓延している病気だったらしい。肝臓炎とは「肝臓の炎症性疾患の総称。病因によってウイルス性・中毒性・自己免疫性に分かれ、また、経過により急性と慢性に分かれる。」とのこと。ウィルス性のものであるとうつる可能性があり、さらに顕微鏡等を使用しないとそのウィルスを確認することはできない。慢性になるとお腹に水がたまり、すさまじい状態になるようだ。本作品の中にもそうしたシ-ンがあり、驚いた。
本作品は大東亜戦争末期の話で、本土決戦も辞さない時代に生きる人々を生活を描いているのだが、それを見事に映像で表現している(といっても戦争中に生きていたわけで、実際にはこれと異なるのかもしれないが、今村昌平監督を信じたい。)。ボロボロで汚れた衣服を身につけながらも、現代よりもむしろ生き生きと「人間らしい」生活をしているように私の目には映った。この世界からすれば、今の私達の世界など「無菌室」のようである。とにかくたくましい。ソノ子の家庭は両親が亡くなっており、とても貧しい。生計は売春(作品の中では淫売という言葉を使っている)での収入。ひどいあばら家に住んでいるソノ子の妹、弟は満足に飯を食うことも出来ず、空腹のために「お姉ちゃん、淫売たのむ。」と書かれた置手紙を残して、寝ている。子供だから淫売ということが何なのか、良くわかっていないのだろう。唐十郎が演じる酒ばっかり飲んでいる坊さんや、モルヒネ中毒の外科医(世良公則)と破天荒な人がたくさん出てくる。実に面白い。
私としてはかなりお勧めの作品である。

主役しかやらない男「トム・ハンクス」主演の空港から出ることが出来なくなった男の映画である。監督は「スティーブン・スピルバーグ」。
何故そのような事態になったかというと…amazon様、よろしくお願いいたします。
東欧のクラコウジア(本作のために設定された架空の国)からニューヨークを訪れた旅行者ビクターが、母国の突然のクーデターにより“無国籍”状態になってしまう。アメリカへの入国許可が下りないまま、彼は空港のターミナルで9ヶ月間も過ごすことに…。
結論から言うと、前半から中盤まではとても面白かった。初めは英語をろくに話すことが出来なく、金も無い状態。飯もろくに食えないそんな彼が、空港内でお金を稼ぎ、生活していく方法を次々と考え出していく。また、同様に空港内の清掃を行う老人を初めとした「空港で働く人々」との関係がユニークでとても面白い。
ニューヨークに行きたい理由、それがわかるシーンはちょっと感動。私もJazzファンなので、何だかその気持ちはとてもわかる。だが、スチュワーデスとの関係が濃密になってくる後半はちょっといただけなかった。当初の思いは叶ったのだが、どうもその女性のことを思うと「ん~~」と言いたくなる。
と散々申しましたが、トータルで見ればとてもいい映画です。笑えます。感動できます。そして、少しだけ驚けます。おすすめできます。

「踊る…」シリーズの作品は一通り見ることにしている。総じて面白いからである。確か、テレビドラマだった「踊る大捜査線」の放映していたころから既に10年近く経つ。10年後にこのような形で作品が作られるとは、フジテレビも考えていなかっただろう。新作作れば大体当たる。ドル箱と言えるシリーズである。
本作はもしかすると地上波で既に放映されているのだろうか?最近、フジテレビを全く見ない私としては知るわけが無い。あらすじは下記のとおり(例によってamazon様の引用)
事件は、「台場連続殺人事件」の1時間後から始まった!?
2003年11月24日、レインボーブリッジを封鎖して解決した「台場連続殺人事件」。 その事件直後、真下正義(ましたまさよし)警視は、警視庁初の交渉人(ネゴシエイター)として、事件解決の経過を説明していた・・・。
あれから1年・・・。
2004年12月24日、雪乃とクリスマス・イブのデートの約束をしていた警視庁交渉課準備室課長の真下は、その日の午後、突然、室井管理官から呼び出しを受ける。東京の地下鉄の最新鋭実験車両(通称:クモ)1両が何者かに乗っ取られたのだ。乗降客200万人の命が、爆走するたった1両の車両によって危険にさらされる。
犯人の狙いは、身代金?それとも・・・?
そして、1年前の真下の報道陣へのインタビューを見ていた犯人が、交渉の窓口として、真下を指名してきたのだった・・・。
迷走する地下鉄全車両にも、時間的限界が迫りくる。そして、大切な雪乃との約束の時間も刻一刻と迫っていた・・・。
真下は、事件を解決して、雪乃のもとへ会いにゆくことができるのか!?
そして、真下と雪乃の2人の恋の行方は!?乗降客200万人の命が真下の肩に託された。かくして映画史上初となる首都・東京の地下鉄網を舞台にした息を呑む、交渉人・真下と姿なき犯人の知能戦の火蓋がきって落とされる!

地下鉄の管理センターがどのようなところなのか?また、方眼紙と赤鉛筆だけで運行ダイヤを作る人(線引き屋というらしい。高級フルーツのお店ではない。)などを見られたのは、そこそこの電車好きである私にはとても楽しめた。また、今までの「踊る…」シリーズに出てきた方が再度出てくる(但し、織田裕二や深津絵里、当然いかりや長介はでてこない。柳葉敏郎は次作の関係上、出なくてはならない)のも面白い。微妙に出世したりするし。過去の作品へのオマージュも多い。
ネタバレ抜きで感想を述べると、どうも最後が気に食わない。この作品は「誰でもそれなりに楽しめる」がモットー(だから興行収入もいいわけで)だと思うのだが、何だかすっきりしない。そういう作品のためのエンディングには見えない。そういう映画を作りたいのなら、「踊る…」シリーズじゃない作品で行ったほうがいいと思う。本格的なサスペンスとかね。
最近DVDレンタル店で見かけるようになった「容疑者 室井慎次」はまだ見ていないが、映画化された作品の中では最も劣ると思う。むしろ地上波で放映された「逃亡者 木島丈一郎」の方が相当面白かった。ただ「踊る…」シリーズの中での評価であり、あのシリーズは総じて面白い。DVD借りて見るだけの価値はあると思う。

妻が映画上映時に「見たい見たい」と言っていたのを思い出しレンタル店で借りたのだが、ゴールデンウィークに私が福島へ戻っている間に借りてみていたという。といいつつも、一緒に見たのですけど。
元々はロアルド・ダール原作の童話らしいが、かなり毒入り童話である。映画になってその毒がどの程度抜けた(増えた?)のだろうか。私は童話は呼んでいないのでわからない。ちょっと怖いものが苦手な子供だと、退いてしまいそうである。
監督はティム・バートン、主演はジョニー・デップ。それだけで見たいと言う方もいるだろう。チョコレート工場のオーナーのウォンカ氏をジョニー・デップが演じる。見事な変人ぶりである。適役だ。
世界中で販売されているこのウォンカ氏のチョコレート。そのチョコレートに5枚だけゴールデンチケットが入っており、これを手にしたものだけがウォンカ氏のチョコレート工場を見学することが出来る。そのゴールデンチケットを手にするためにチョコを買い占めたり、輸送時間等から計算して手にしたりと、あらゆる手法をとる子供たち。一癖もふた癖もありそうな子供達が4枚のゴールデンチケットを手に入れる。残り1枚はチャーリーが買ったチョコレートの中に入っていた。5人が揃い、保護者を1名ずつ連れて工場見学が始まる。
私的には大変面白かった。とにかく工場の内部が面白い。そして、自由奔放に振舞うチャーリー以外の4人の子供達。そんな4人に色々なハプニングが起きるのだが、それは見てください。チャーリーは本当にいい子過ぎ。しかも可愛らしいし。すごい子役だと思う。
ちょっと意外な人選に思えたのが、ウォンカ氏の父の役。クリストファー・リー(というよりも、スターウォーズでデュークー伯爵役だった人といったほうがわかりやすいかも)である。しかも歯医者。親が歯医者で子供がチョコレート工場のオーナー。対極的であるお互いの仕事が、作品の中でも影を落としている。
まぁ、見てみてください。レンタル料の元は確実に取れるくらい良いですよ。

今日はビデオレンタルショップの半額の日。久しぶりに借りに行ってみた。狙いは去年?放映になった「まだまだあぶない刑事」だったのだが、全て借りられていた。
代わりと言うわけではないが、「亡国のイージス」は見てみたかったので今日はこちらを借りることに。
自衛隊の全面協力が得られた作品らしく、一部のCGを除いて戦闘機や船内にリアリティがあり、中々のものである。
ストーリーは…書くのがめんどいので、amazon様から引用させていただきます。

最新鋭の防空システムを搭載したイージス護衛艦「いそかぜ」に、沖縄米軍基地から盗まれた化学兵器「GUSOH」が特殊工作員によって持ち込まれたのだ。「いそかぜ」の先任伍長の仙石はその情報をつかみ、新入りの如月が工作員ではないかと、目星をつけるが、副長から離艦命令が。そのあと「いそかぜ」の全ミサイルの標的が東京に設定された。黒幕は対日工作員のヨンファ。彼の目的は?そして東京はどうなる?

ちょっと補足すると、このミサイルを打ち込まれたくなければ、政府が今まで行ってきた軍事的な隠ぺい工作の公表を行うことなど、要求を突きつけられている。「いそかぜ」には広範囲かつ正確な360°レーダーが配備されており、対空、対海戦ではとてもかなわない。唯一、潜水艦だけが攻撃の可能性を持つが、いそかぜは東京湾に入ってしまったため潜水艦は浅瀬を乗り越えられず使えない。もうどうにもなりませーん状態。
とりあえずネタばれになるのでこの辺までの紹介といたしますが、見終わって思ったことが「よくわからない」ということ。この作品は元々小説があり、上下巻あわせて1,000ページに及ぶ。この内容を2時間とちょっとの映画にまとめるわけだから、無理が出てきてしまう。中途半端に人物のエピソードなどが出てくるのだが、小説を読んでいない人からすると意味がわからない。そぎ落とすべきところはバッサリとやって、変な疑問を残さないようにしてしまった方がよかったと思う。
とは言いつつも、娯楽的に見ればまぁまぁよい映画だと思う。政府の数々の隠ぺい工作ってのがらしいといえばらしいし、この乗っ取り事件もこういう解決をした後、適当に隠蔽されながら報道され、人々は信じてしまうのだろうなぁ。私はそういう点の方に面白みを感じました。最近は色々と隠蔽された事実が暴露され、よく叩かれてますし。でも、氷山の一角なのでしょう。この国も平和なふりをしていますが、実際は色々とあるのでしょうね。

妻がDVDを借りてきた。前々から予告は見ていたが、どのような話なのか全く想像ができなかった。
この作品は東野圭吾著の「レイクサイド」を原作とした 2004年日本製作の映画。監督、脚本は青山真治。そういえば妻が「レイクサイド・マーダーケースって映画、気になるわ」と言っていたことを思い出した。役所広司が好きなのかと思っていたが、青山真治の方に興味があったようだ(ユリイカという映画が良かったそうだ)。
タイトルを聞いたとき、連続殺人か何かの話かと思ったが全然違った。小学生?の中学お受験合宿の話である。3人の子供が名門私立中学へ合格するために、その3人のうちの1人の親である医者(柄本明)が持っている別荘に名門私立入学を専門とした予備校の講師(豊川悦司)を呼んで親子ともども面接などを含めて色々と勉強していく中、殺人事件が起きる。当初、犯人だと役所広司の妻役である薬師丸ひろ子が自白する。これが、怖い。顔が超怖い。荻野目慶子の次くらいに怖い。子を思う故の狂気じみた演技を淡々とこなす。
お受験…名門私立校への入学など経験が全く無い私には良くわからない世界である。面接では子供以上に親の方が見られるようである。そもそも「いい私立の学校に」などと考える主体は親の方にあるからだ。「社会的敗者にならないように親は子供のためにレールを敷いてあげて、その上を安心して進ませればいい!」と鶴見辰吾だか柄本明が言っていたが、なんだか同意できない話である。まぁ幸せになってほしいとは思うが、その幸せというものが何なのか、親の価値観を押し付けるだけだと社会に出た後におかしくなりそうである。「こんなに楽しくないものか、社会とは」なんてね。確かに学歴が高いということは職業選択の幅は広がるわけだが、プライドや周りのプレッシャーがあって中々ほんとうに好きなことを仕事になどできないのではないか?
あまり書くとネタバレになるのでこの位にしておくが、自分の子供が犯した罪を親が必死にもみ消すという感覚は全く持って異常である。そうならないように育てるのがベストだし、何かしたならばそれは子供であろうと罪として償わせなくてはいけないだろう。なんとも後味の悪い作品であったが、そこそこ面白かったです。

事前に買ったものの、見る時間が無くて結局今日になってしまった。
今シリーズは劇場では見ておらず1、2共にDVDを買って家で見ている。私はガンダムシリーズの中で、Zが一番好きである。20年前の作品を焼直してくれると言うだけで大変感謝しているのだが、しいて言えば、20年前の映像をそのまま使うのは避けてほしかった。新しく挿入されたシーンと、昔のままのシーンに差がありすぎる。これだけの動員数であれば結構儲かるだろうし、予算的にも全て置き換えることも可能だと思うのだが。それでも1に比べて2は新しいシーンが多くなった。ありがたい。
2のサブタイトルは「恋人たち」。「カミーユとフォウ」、「カミーユとファ」、「アムロとベルトーチか」、「クワトロとレコア」の関係をさしていると。あ、「ジェリドとマウアー」もか。恋人たちと言う割には、どういう経緯で恋人になったのかという描写がとても少なく、劇場版を見ただけでは「何でこんな初対面のやつにいきなりキスするわけ?」とわけわからんと思う。特にフォウとの関係。「シンデレラ・フォウ」の話がほぼ1本落ちているせいなのだろう。この辺が希薄だと、サイコガンダムのコクピット内での二人のやり取りがわけわからんと思う(どちらにしてもカミーユがひどく混乱するシーンだから、あんまり関係ないか?)。スードリのブースターでMk-2を宇宙に上げようとするフォウの思いをカミーユに向かってアムロが言う「人の善意を無視する奴は、一生苦しむぞ、カミーユ!」というせりふ。俺、個人的にはここのせりふがすごくすきなのだが、抜けてた。げんなり。そもそも時間が1時間半しかないわけだから、もうちょっとフォローしても時間的に問題ないと思うんだけど。
それと、色々と意見が聞かれた声の件。特にフォウの声が違うと聞いていた。テレビ版ではもっと甘ったるい感じの話し方だったけど、私はあまり違和感は感じなかった。むしろ「どうにかしてくれ!」と言いたいのはサラの声。これは違和感ありまくり。話し方全てがこう、サラの性格にあってない。ぶっきらぼうと言うか、なんというかかわいさがない。で、エンディングのスタッフロールを見ていたらサラの声は「池脇千鶴」。どうなってんだよ、これ。私は池脇千鶴がけっこう好きだが、ビジュアルが無い状態で声を聞くとここまで嫌悪感を感じるものなのだなぁと実感。
大体、三部作の映画というものは二つ目が繋ぎということであまり面白くないことが多いが、本作も1に比べればちょっと劣る。2の終わりはではテレビで言うところの25、26話辺りなのだろうか?(ジャマイカンが死んでないしなぁ)となると、かなりの話題を3作目には入れる必要が出てくる。監督はテレビ版で出たキャラを一人も消さないと言っていたからなぁ。ロザミアの話なんかを入れると、苦しくなりそうだ。
映画版A New Translationで、最後はどのようになるのだろうか?テレビ版ではとにかく人が死にすぎた。だが、酸素欠乏症となるカミーユが居ないと、ZZに話は続かないんだけどねー。ネオジオン勢力が残ったままだから、Zだけで話を完結するのはとても難しいと思うんだけど。どうなんだろう?楽しみに待ってます。

鉄砲が無く、剣と剣の戦いがある映画ばかり見ている私。そんな私の目に止まったのがこの作品。
舞台は12世紀。エルサレムにおける十字軍とイスラム教徒戦士との戦いが行われていた時代。鍛冶屋のバリアンの元に突然現れた父の誘いで十字軍遠征に参加することとなる。エルサレムでバリアンはさまざまな功績をたて、騎士として成長していく。
あらすじはこんなところ。
映像とかそういったものはそれなりに出来ており、野戦、攻城戦は中々の迫力。だが、この映画は表面的な映像処理よりも内容に深みがあるように感じる。大事と小事。これらにどう向き合うかということがこの作品からは強く感じられた。「大事のための小事にこだわるな」とよく言われるのだが、小事を無視した大事というものはあまり長続きしない。しかし、小事を意識しすぎると大事がなせない。実にバランスが難しいことだ。
例えが三国志演義ばかりで申し訳ないのだが、大事のための小事にこだわった人が劉備玄徳。とにかく人民のことを考え、小さなことでも大事にした。結果として蜀の皇帝となったが、この地は三国時代においては最も領土が小さかった。民衆は君主を愛した。反対なのが曹操孟徳。とにかく自らの領土を増やす大事のために、多くの小事は無視してきた。そういった性格のせいもあるだろうが、三国時代には最も大きい魏の皇帝となった。彼は民衆より恐れられた。
この作品の中のバリアンはまさにそうした行動が幾つか見られた。例えば、バリアンは国王の妹と結婚することで国王になりうるチャンスを得たのだが、それをしなかった。国王の妹は他の貴族の下に嫁いでいた。その貴族は暴虐な人物で、とても国王のような重責を担うにはとても考えられないような人物であった。この貴族が王にならないよう、他の貴族がバリアンを推すのだが、背徳的行為であると言うことで、王になることを拒む。結果的に新しい王は国王の妹を妻にする貴族がなった。その貴族は早速イスラム勢力との戦争を始める。水源の問題で、エルサレム篭城戦が有利だと説くバリアン。新しい王はその意見を聞かず、大敗を喫する。
イスラム軍はついにエルサレムを包囲し、攻撃を開始。エルサレム内にはバリアンとその部下、王女、その他一般市民のみ。城壁があるおかげで防戦有利だが、兵の数は敵の方が圧倒的に多い。幾度か戦っているうちに城壁のもろい部分が崩壊し、バリアンはイスラムの王と和平条約を結ぶ。
バリアンは王女と結婚することが出来なかった。自身が王になれるという大事があっても、結婚するという小事に抵抗を覚えて、そうすることが出来ない。もし、バリアンが王になれば戦争は避けられ、これほどの死者を出さずにすんだ。そうすればエルサレムの陥落も無かっただろうし。でも、それが出来なかった。
大事のための小事とはいえ、いつか小事が積み重なることで、大事をなすことが出来なくなることもある。難しいことだ。

昨日借りてきたDVD。笑いの大学と役所広司続き。本当にいい俳優だと思う。
この作品、好きな人は好きなのだろう。だが私的には萎え萎え。シベリア超特急をも超える駄作。久しぶりに気絶しそうになった。
まぁ、主観の違いですから許してください。とりあえずこういう心境になった要点だけ列挙。

<変人ばっかり>
 沢山変人がいるのだが、朝倉大佐が極めておかしい。アニメではこうしたわけのわからないナルシストさんや天才が出てくるわけだが、実写映画でアニメ的な設定が来るとかなり萎える。軍部が管理し切れていない高級将校なんてありえるわけ?高須成美も怪しすぎ。それは石黒賢のせいだろうか?

<テンポ速すぎ、理解不能>
 感動して泣いたり、怒ったり、勝手に奮い立ったりするイベントが多々あるものの、無理やりその設定を映画の時間内に盛り込むため何がどうなってこうなったのかがわからない。わかったとしても時間が足りないので「さっきまで奮い立ってたのに、こんなに萎えてんの?」と。原作にあることを忠実に含めるのであれば、この時間では収まるはずも無い。いっそのこと、もっと一つ一つのイベントを大事にしたほうが良かったのでは?

<あの女は何だ?>
 本作中の一番の萎えポイント。N式の中にいるパウラという女。いや、女がいると言うことではなく、あの顔と衣装が問題。戦争映画を見るつもりでこの作品を見たので、卒倒しそうになった。挙句の果てに、その女が新兵器センサーの中枢だと言う。これほど不安定なシステムを予備人員もなしで使わせるという。異常だ。外で歌うシーンも音量と合わない口ぱくも参る。そして、たいしたイベントも無いにもかかわらず、あっという間に折笠に惚れる女。戦争、潜水艦映画と言えば男の友情の世界を期待していたのだが、もうありえない。

<ゲーム以下のCGとBGM>
 CGひどすぎ。ゲーム機のCG以下。グランツーリスモのオープニングの方が十分にいけていますよ。BGMも戦争ゲームみたいな感じ。映画らしさが無い。その割にはそんなBGMが延々と流れる。無音の状況が少ない。
 日本映画でハリウッド映画のような作品を作ろうとすること自体に、相当に無理があるなぁと実感した。日本映画は台本勝負でしょうね。

<設定に無茶ありすぎ>
 潜水艦に女って言う瞬間におかしいのだが、他にも艦隊の配置。艦隊の水面下を進むシーンで、駆逐艦同士が隣接しすぎていて、魚雷の直撃で船同士がぶつかりあって自滅していく。国志の赤壁の戦いにおける連環の計状態である。あんなバカな艦隊の配置の仕方はあるのか?そして、B29を潜水艦の砲塔で撃墜すること自体が無理。

こんな映画に出演した役所さんや柳場さんも大変だな。イメージダウンだよ。
これはどう考えてもアニメ映画として公開すべきだったのでは。というか、ほとんどガンダム。パウラ(強化人間)、朝倉(シロッコやトレーズ)、浅見少佐(ブライト)…いくらでも浮かぶわ。
実写ですべき内容ではなかったということ。それと、もう少し時間がほしい。
しかし、何であんな映画でウケタのだろうか?興行成績は良かったと聞くが。踊る大捜査線効果でフジテレビが絡めば何でもいいのか?

妻がDVDを借りてきたので、一緒に見てみることに。本当に三谷幸喜さんという方は面白い作品を作るものである。
ちょうど戦時中の日本、言論統制真っ只中の劇作家の検閲官とのやり取りが内容の主である。国のためにならない、都合が悪いような表現は検閲官の手により台本から抹消。さまざまな修正を経て、戦時中の国家のためになる内容に変えられる。台本は大きく捻じ曲げられてしまうが、上演できるだけでもマシとである。直しようも無いほど不適切な内容ばかりであれば、この台本での上映禁止を意味する「不許可」の判が押され絶対に上映できない。その検閲官が最近赴任してきたばかりという向坂(役所広司)であり、検閲を通すために台本を直しまくる劇作家椿(稲垣吾郎)のやり取りを描いたものである。ほとんどが検閲室での二人のやり取りで、他にあまりシーンはない。低予算なのかと思ったら、この話は元々はラジオドラマで、それから演劇化された話だったらしい。確かに、舞台変更があまり要らないこの作品は演劇でやるにも持って来いだろう。
とにかく役所広司がすごい。威厳ある「笑ったことがない」という堅物検閲官役が良く似合っている。この検閲官がだんだんと「笑い」というものに引き込まれていき、元が堅物であるがゆえ照れながら演技するその姿は実にすばらしい。後半の怒りながら笑うシーンなど、よくできるものである。ラストもうまく締める。久しぶりに心から気持ちよく見ることができた。ぜひごらんいただきたい。

金曜に借りてきたDVDを見る。予告編ばかり散々見ていたので気になっていた「ナショナルトレジャー」。うちの妻的にはただの「はげ」という非常に厳しい見方をされる彼、ニコラス・ケイジであるが、私は結構好きである。
あんまり説明してもネタバレになるので軽く。アメリカ独立と切っても切れない関係の秘密結社フリーメイソン。テンプル騎士団が入手したとされる世界中の財宝をアメリカへ移し、それを英国の手に渡らないように厳重に保管していたのだが、アメリカ独立戦争中にフリーメイソンの手から忽然と消えた。それがどこにあるのか、探し出すというお話。100ドル札のベンジャミン・フランクリンって何した人なの?みたいな知識レベルの私にとっては、まぁいろいろとアメリカ史について勉強になりました。なんだかいろいろとあるんだねぇ。
内容が単純明快だからほとんどの人が楽しめるんじゃないでしょうか?独立宣言書を盗み出すシーンは結構凝っていて楽しめる。最近は長時間作品が多いがこれは120分ちょっとで、ぐいぐいと引き込まれるように見ていたせいか時間を感じなかった。DVD借りても損は無いと思います。
最後にFBIセダスキー捜査官(ハーヴェイ・カイテル)が非常にかっこよい。いい年のとりかただなぁ。

昨日借りてきたDVDのもう1枚。昨年続いた古代モノの作品(トロイ、キングアーサーなど)熱が冷めず、思わず借りてきた。
アレキサンダー大王は社会の教科書でよくモザイク画を見た記憶があるが、実際にどんなことをした人なのか全くわからなかった。東方へすさまじい遠征をしたということだけが私の知識範囲だったので、内容は非常に新鮮であった。
人の歴史の中で様々な文明や国家が生まれ、そして滅んでいった。栄枯盛衰というやつである。それが侵略によるものか、天災によるものか、または統治者や市民の堕落によるものか。その要因は様々だ。マケドニアという国の栄枯盛衰はまさにこのアレキサンダー大王自身の栄枯盛衰と一致していたと思う。ペルシアを制した偉大なる大王であるが、東方遠征にて人望を失いはじめるころ、本国では執政者が増長しはじめる。様々な困難の中で仲間を次第に失い、大王自身もインドで瀕死の重傷を負う。遠征をあきらめ、ペルシアの都市バビロンに戻った後は友人ヘファイスティオンを失う。アレキサンダー自身もその後32才にて死去。子がなかったため後継者を示すことができず、広大なる帝国は配下の将軍により分割され、長く戦いが続く。アレキサンダーという常人を超えた統治者でなくては治められない国が、その人の死によって瓦解する。
この後ヘレニズム文化が生まれることを考えると東征は良かったのかなぁ?とも思うが、自分が彼の部下だったらいやだな。国に帰りたいとすぐにギブアップしていただろう。
上映時間は三時間に近い。ご覧になられる際は三時間拘束でも問題ないよう、本腰をいれてご覧頂きたい。

久しぶりにDVDを2本借りてくる。うち1つがこの「東京原発」という作品。
新宿中央公園に原発を建てよう!というとんでもない内容。役所広司が東京都知事の役。これが相当のワンマンぶり(実際の都知事に近いものがあるなぁ)でmいろいろなことを深く考えずにとりあえず言ってしまう。色々と波風が立つわりには都民ウケは良いというお方。副知事や各局長はその好き勝手さに振り回されている。そんな都知事の今回の爆発発言は「東京に原発を建てる」と。はじめは様々な助成金を国から引き出したり、また景気回復の一手として都の財政を再建させるというのが狙いであるかのように物語りは進むが、首都圏の電気がどこから来ているのか?原発を抱える地方のリスクやどれほどあるのか?という「都民よ、せめて知っておいてくれ」といいたくなる(私は福島県出身なので)内容へ。さらに高速増殖炉の問題や核燃料廃棄物の問題へと進む。こうしたリスクを都知事以下が知った上で、一つの大きな事件が起きる。
個人的にはとても勉強になった作品。レンタルなら損はないと思う。

2009年8月

            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

トップページへ

8square.net

ウェブページ

Powered by Movable Type 4.2rc1-ja