
一時期、自分の中でブームになって立て続けに見ていた横溝正史著の金田一シリーズ(というわりには、石坂浩二×市川昆監督作品ばかり見てたけど)。
1977年に劇場公開された「渥美清×野村芳太郎監督」による松竹版は見ていたが、1996年に劇場公開された「豊川悦司×市川昆監督」の東宝版は見ていなかった。急に怪奇推理物が見たくなったので、見てみた。
では、ざっとしたシナリオはAmazon.co.jpの商品説明を引用させてもらう。
昭和24年、孤独に生きていた辰弥(高橋和也)は、資産家・田治見家の遺児であることを知らされ、八つ墓村へと赴いた。その村では戦国時代に8人の落武者が惨殺されて以来、たたりの伝説があり、やがてそのたたりを裏付けるかのように次々と連続殺人事件が勃発。名探偵・金田一耕助(豊川悦司)は、この難事件をいかに解決するのか?

出演は豊川悦司(金田一耕助)、浅野ゆう子(森美也子)、高橋和也(寺田辰弥)、岸部一徳(要蔵・久弥・庄左衛門(三役))、萬田久子(春代)、岸田今日子(小竹・小梅(二役))、宅麻伸(里村慎太郎)、喜多嶋舞(里村典子)、神山繁(久野医師)、織本順吉(井川丑松)、白石加代子(濃茶の尼)、石橋蓮司(洪禅和尚)、西村雅彦(仙波清十郎)、今井雅之(尼子の落武者)、井川比佐志(諏訪弁護士)、うじきつよし(千石巡査)、吉田日出子(ひで)、石倉三郎(徳之助)、小林昭二(東坂工場長)、加藤武(轟警部)、石濱朗(森荘吉)、鈴木佳(井川鶴子)、姿晴香(おきさ)、大沢さやか(島)、横山道代(下宿のおばさん)。市川昆監督。1996年作品。
上記した野村監督版以外にも映画になった作品が1本、テレビドラマが6本と計9本。これは横溝正史作品の中では最多である。原作があるにもかかわらず、各作品が監督の考え方により内容がかなり変わっている(場合によっては、主要キャラクターがいない場合も...)。野村監督版と市川昆監督版しか見ていない私だが、前者が1977年当時と時代設定し祟りや神秘性をを肯定、八つ墓村にある鍾乳洞のシーンが長く取られているのに対し、後者は戦後に時代設定し、祟りと見せかけた殺しをしっかり殺人事件として扱い、祟りを否定し、人間が起こした犯罪らしく扱っている。
作品の舞台となる時代の前(大正時代)に、田治見家の当主・要蔵が発狂し、村人32人を惨殺するという事件が起きている。これは実際に起きた猟奇殺人事件「津山事件(または津山三十人殺し)」がモデルになっている。この事件は、1938年(昭和13年)5月21日未明に岡山県苫田郡西加茂村大字行重(現・津山市加茂町行重)の貝尾・坂元両部落で発生。2時間足らずで30名(自殺した犯人を含めると31名)が死亡し、3名が重軽傷を負ったという。詳しくはこちらのサイトを参照いただきたい。
その殺人へ向かう姿は、津山事件の犯人「都井睦雄」の姿とそっくりである。頭は手拭で作った鉢巻を巻き、この鉢巻の両側(両耳の上部)には懐中電灯が入るようになっており「二つ目の化け物」、「鬼の角」のように見えた。胸には自転車用ナショナルの角型ライトを紐で首にぶら下げ、横ぶれ防止に他の紐で胴体を結んだ。凶器は日本刀と匕首を左腰に、手には猛獣用のブローニング自動9連発を持った。弾薬は背嚢を肩からぶら下げて携行した。

本作ではこれを岸部一徳が演じたわけだが、野村監督版の山崎努には到底かなわなかったと思う。光の加減、血が噴き出す演出といい、山崎努の不気味さといい、文句の言いようが無い。猟奇的なシーンの長さも市川版は随分と短くなっている。まぁこれは時代的な配慮だったのかもしれない。
むしろ野村版よりも強力に思われたのは小竹・小梅の二役を演じた岸田今日子(合掌)。だが、極めつけは濃茶の尼を演じた白石加代子だろう。どの作品に出てきても私はこの人が怖くてならないのだが、今回の役も適任である。
「よし!わかった!」のセリフで有名な轟警部も、他市川昆監督作品と同様に加藤武が出演。お約束のことだが、噴出してしまった。
この作品だけでも十分に楽しめるのだが、両方見ているとどうしても野村監督版と比較をしてしまいたくなる。ちなみに、私は野村作品の方が好みである。渥美清が金田一耕助という設定は???(寅次郎のイメージが強すぎる)である。石坂金田一のイメージが強すぎるからか。インテリっぽい雰囲気がある豊川は外見的には問題ないような気がするが、ちょっと声の感じに違和感がある。今回は後手後手にまわって「しまった!」という言うシーンがたくさんあるのだが、どうも緊迫感が感じられない。何故、石坂×市川に出来なかったのかなぁ?
結構話が違うので、両方を見ても楽しめると思うが、猟奇的なものが苦手な方は市川版の方がいいでしょうね。