亀山(寺脇康文)さんが居なくなって次の相棒は...とハラハラしていたら、及川みっちゃんですか!
杉下(水谷豊)さんと知的と言う方向性でキャラがかぶるのではないかと勝手に心配していたのだが、いざ始まってみると、その同方向(といいつつも微妙にずれているけど)の張り合いが楽しい。
「アリエネェ」設定としてみっちゃんの愛車が"日産GT-R"になっているが、大門軍団等をリアルで見てきた自分は何とか許容可能。まぁ、これより刑事貴族で本城刑事(水谷豊)が乗っていた"バンデン・プラ・プリンセス1300"の方が滅茶苦茶だし。
(どうでもいいのだが、会社の駐車場によくバンデン・プラが停まっている。誰のだろう?)
神戸さん(及川光博)の特命係への出向期間は半年間。結構楽しめているので1クールで終了しないでほしいと思う。
テレビ番組の最近のブログ記事
最近、組織名が公共広告機構からかわったACジャパン。
笑えるものもあれば、不気味なものもあったり。地方に行ったときにしか見ることが出来ないものもあったり。最近のものは概ねいいセンスをしているなぁと思えるものが多い。このあたりはACジャパンのサイトからも閲覧が可能になっているので、ご覧いただければと思う。
私は不気味なCMや、放送事故の際の映像、試験電波の発信音、テレビ局のオープニング&クロージング映像などが怖くてならない人である。だが、怖いもの見たさでついつい見てしまう。こういうトラウマ的なものを与えてくれたのが通称「キッチンマザー」と呼ばれる、1982年から放送されていた、政府広報の覚せい剤撲滅CM。ちなみに下のもの。
これは怖すぎて子供の頃、見るたびに泣いていた。薬物汚染がひどい今こそ流すべきでは?(今じゃ怖すぎてクレーム来るか?)
AC版の覚醒剤撲滅キャンペーンのCM。やっぱりいい感じはしない。
「オー・マイキー」的ではあるが、やっぱり不気味よね。
最初は怖いけど、結構感動させられる。
広告という手段を使い、色々な啓蒙をしているだけあって、もっともっと種類はあるが、YouTubeで検索してもらえれば過去の動画もほとんど確認することが出来ると思う。
ちなみに、スポンサー企業の不祥事等の何らかの理由によりCMが打てなくなった場合の穴埋めにACのCMはよく使われる。
すごかったのが2004年にあった、キューピーの子会社「サラダクラブ」における外国人不法就労があった時のこと。キューピーはCMを自粛したため、『キューピー3分クッキング』は『3分クッキング』と名前を変え、CMもACのもののみになったこと。これでは『AC3分クッキング』である。
深夜にACやBPOあたりのCMをよく見かけると言うのも、スポンサーがつかなかったりするためなのだろう。あんまりドキッとさせられるものはご遠慮願いたい。
昨年末に放映された『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』にてガースー黒光り新聞として使用された旧千代田区役所。今日も何かの収録が行われていた。都心のど真ん中でこれだけの空きビルは貴重なのだろう。収録以外にも、区役所が臨時の窓口を設けるときに使われたりしている。当分、取り壊されることはなさそうだ。
今回はまた刑事モノの収録らしいが、番組が何なのかは不明。
パトカーに群がる報道陣。恐らく、誰か大物が警察に捕まったというシーンなのではないかと思う。何のドラマかわかった方がいたら、コメントお待ちしております。
ニヒリズムのことに関しては、以前、西部 邁先生の『虚無の構造』の書評と同時に私のとりうる態度を書いた。
ニヒリズムを語る上で欠かせないニーチェは、ニヒリズムに対する私達の態度を二つに大別した。
- すべてが無価値・偽り・仮象ということを前向きに考える生き方。つまり、自ら積極的に「仮象」を生み出し、一瞬一瞬を一所懸命生きるという態度(強さのニヒリズム、能動的ニヒリズム)。
- 何も信じられない事態に絶望し、疲れきったため、その時々の状況に身を任せ、流れるように生きるという態度(弱さのニヒリズム、受動的ニヒリズム)。
しかし、日常的にニヒリズムというものをこのように捉えて考えている人など、あまりいないことだろう。
例えば「ニヒルな人」という使い方がある。これはどういう人を差すことが多いのだろうか?私が思うには、自分を含む全てを疑問視し、冷静な態度をとりつつも、思慮深い慧眼を持ち、かつ紳士的な人あたりを指すのではないかと思う。今となってはあまり使われる言葉ではないのかもしれない。

私の中でニヒルな俳優といえば、本題作品にて探偵、明智小五郎役を演じた眉間の皺が似合う男、「天知茂」が筆頭に挙がる。いや、天知茂がニヒルというよりも、明智小五郎を演じる天知茂がニヒルに感じられるのかもしれない。人というものに絶望しつつも、自らの推理という仮象を次々に生み出し、周囲とは全く違う視点で事件に挑む。毎度毎度の登場する美女の誘惑に負けそうになりつつも(笑)。
本シリーズはテレビ朝日系列で1977年から『土曜ワイド劇場』の中で放送していたドラマシリーズ。今はそれらがDVD化されており、かなりのペースで見ている。
残念ながら、天知茂は本シリーズが終了する前、1985年に亡くなっている。享年54。若すぎる死であった。
その後は北大路欣也、 西郷輝彦が明智小五郎を演じる。私は北大路欣也も好きなのだが、このシリーズに関してはやはり天知茂がしっくり来るのである。
明智小五郎モノというと子供向けの作品が多い中、大人向けに演出された本作品は(原作からはかなりかけ離れてはいるものの)今見ても十分に楽しめる。とりあえずは、天知茂作品を全部見てみようと考えている。
先日まで、私の務める会社の一室にたてこもり、膨大な資料の確認をしている人たちがいた。我社が契約している監査法人からやってきた会計士達である。期末決算書の妥当性について細かく調査を行い、決算書が承認しうるものかどうか意見する。その昔は監査法人には多少の温情意見というものがあったようだが(そもそも企業から決算書の監査を依頼されるわけだから、癒着といった構造が生まれやすかった)、市場が世界規模に広がるにつれて厳正なる監査を金融監督庁からも求められるようになってきた。もし、この監査法人の意見が「承認できない」という回答であれば、粉飾決算とみなされ株主との関係が崩れ、資金繰りが難しくなる。さらに上場企業であれば、株式の下落という危機も待っている。社内の経理部門がうるさいのはこうしたリスクを軽減するための努力と見るべきであろう。
話は変わるが、NHKで土曜日21:00枠に放送されている「土曜ドラマ」では私好みのドラマをよく放映している。この枠で比較的有名なドラマをあげれば、柴田恭兵や大森南朋が出演していた『ハゲタカ』がある(『ハゲタカ』は映画化されるらしいですな。オフィシャルサイトはこちら)。銀行の自己資本比率が総資産額に対する4%(海外拠点がある銀行の場合8%)を切りそうになり、銀行業務が行えなくなることを恐れた銀行経営陣が、バルクセールなどを行っていた1997年頃のお話。通称『ハゲタカ』とは、瀕死の企業に対する貸出債権などを安値で買い取り、工場閉鎖やリストラを強引に推し進め、企業を事実上解体して利益をあげるような投資家・ファンドの俗称として用いられる。1980年代後半、米国で多額の借入金債務で倒産しそうな会社の暴落した社債や貸出債権を底値で買い取る金融業者、それを専門とするファンドが現れた。その姿が死期の近づいた動物の上空を旋回する「vulture(コンドル、ハゲタカ)」を想わせることからこの名がついた。日本ではより広く、投資リターン獲得に貪欲なファンドをすべてハゲタカと呼ぶ風潮がある。「護送船団形式」のような温情をかけすぎるのも一つの問題ではあるし、常に雇用の不安を抱えながら仕事をしなくてはならない社員が生まれるような強硬かつ冷淡な外資ファンドのやり方にも問題がある。この「旧体制的温情治療 VS 強行冷徹荒療治」が争点となったが、どちらが良い・悪いではなく、この国に合った手法を、悪しき習慣、外圧に屈せず模索していく必要があるという大きな問題提起となった番組だと思う。
さて、『監査法人』である。全6回(だが、NHKの1時間ドラマはCMが無いので、民放の2時間番組に内容は匹敵するのでは?)。撮りためていたものを一気に見た。オフィシャルサイトはこちら。
2002年、未だバブル後の日本経済が不透明だったころ、最大手の監査法人である「ジャパン監査法人」では、不況の影響により経営が苦しい企業に対して「多少の粉飾を見逃そう」とする温情派と、「厳格な意見を下す」厳格派の対立が起きていた。主人公である公認会計士の若杉 健司(塚本高史)は厳格監査の急先鋒である小野寺 直人(豊原功補)の方法を正義と信じ鑑査に望むが、その監査結果により制裁を受けた企業、社員を見て仕事に疑問を抱くようになる。一方、ジャパン監査法人の理事長 篠原 勇蔵(橋爪功)は、厳格監査を推し進めれば日本中の企業が倒産しかねないと、小野寺と対立する。
若杉は食品会社「飛鳥屋」の監査の中で、大手メガバンク「東都銀行」頭取との間に設けられた架空会社の存在を知り、飛鳥屋の経理担当から裏帳簿を入手する。これらの仕掛けを公表されることにより、飛鳥屋、そして今まで飛鳥屋の監査を承認してきたジャパン監査法人、仕掛けの立案者でもある東都銀行が経営危機になることは目に見えており、篠原は審査会で「承認できない」とされた監査結果を覆そうとする。だが、小野寺は財政監督庁の宮島恭一検査局長(利重剛)らと共謀し理事長の座から追放、証券取引法違反で逮捕されるに至った。
これにより、ジャパン監査法人は解体し、小野寺は「エスペランサ監査法人」を起こし、自らが理事長の任につく。小野寺の下、若杉は厳正監査を進めていくが、理事長という立場になった小野寺は会社存続のために厳格監査ではなく、多少の粉飾を容易に認めるようになっていた。若杉は変わっていく小野寺と同向き合うか、エスペランサ監査法人の行方は...
と、前フリのつもりで書いたが3話くらいまで書いてしまったかもしれない。
ハゲタカにも共通するが、この物語の中には「温情監査会計士 VS 厳格監査会計士」と「理事長としての立場 VS 正しい監査」という2つの側面について対立が見られる。もちろん、これは「どちらかが絶対に正しい」というわけではなく、それぞれの時代、その国の文化、かかわる自分の立場という面から、ただどちらかを一方的にではなく、必要とするものを取り入れ、不適格なものを排除していくしかない。特に「理事長としての立場 VS 正しい監査」は小野寺の内面の葛藤だ。ジャパン監査法人の理事長であった篠原と同様...いや、それ以上に会社存続のことしか考えられなくなっている。
実に面白いドラマであった。こんなに面白いと感じたのは久しぶりである。
最後に、とある人がドラマの中で話したことがあまりにも自分の考え(というか、そうしたほうが良いと気にしていること)に近かったので、それを紹介しようと思う。
『真実を貫くことだけが全てじゃない。
それが誰かのためにならなければ意味が無い。』
『正しい言葉は正しいが故に、時には人を傷つけることがある。』
まだ2歳半の息子の最大の関心事は車。車といっても対象はミニカーで、持っている車の名前を覚えていて、実物を見ると喜びながら車名を言うのである。
最近、車高の高い車に興味をもつようになり「これはいかん!」と、走りの教育をすることにした。
教材は『頭文字D』である(笑)
息子が話を理解することはまだ無理なので、DVDで走行シーンばかりを見せる。好きな車であるRX-7、R32 GT-R、ランエボなどが出てくるので、見ていてたまらないらしい。
AE86のことは知らなかったようで「この車なに?」と盛んに聞いてくる。「ハチロクっていう車だよ」と超簡略説明。すごい速い車だと息子は勝手に理解しただろう。今度おもちゃ屋で見かけたら、買ってくれとせがまれるかも知れない。
1983~87年にかけて製造され、発表から25年以上経つAE86が未だに高値で取引されていることには驚きを隠せない。FR駆動で低排気量、ライトウェイトなこの車が当時の若者を魅了したであろうことは容易に想像がつく。需要がそれほどないからなのだろうが、手ごろな価格で購入できるこうした楽しい車が2シーターを除くとほとんどなくなってしまった。
環境に優しいことも大切だが、走ることを「愉しむ」という側面を持つ車が少なく、かつ高価になってしまったことは大変残念である。
16年後、市場にはどのような車が売られ、息子はどのような車を買うのだろか?
「お前の話は本当につまらん」
金鳥(大日本除虫菊)のCMで大滝秀治が岸部一徳に浴びせる台詞である。
そんな台詞を浴びせたいニュースキャスターがいる。NHKニュースウォッチ9の田口五朗キャスターである。
私は主張するニュースが嫌いである。だからワイドショーなどはまず見ることは無い。ワイドショーでコメンテーターをしている人の神経が全く理解できない。彼らは世論の代表(マジョリティの意見)であるかのごとく様々なことをのうのうと話すことに違和感を感じないのだろうか?自分が専門ではないような事柄について話すことに躊躇したりしないのだろうか?発言することに責任感を感じないほど鈍感だからああいうことが平気で出来るんだろうな。
ニュースは事実を坦々と話してくれればいい。提示する情報にも出来るだけ公平性を持って欲しい。あとはこっちで考えますから。というわけで、大体の時間に放送されているNHKのニュースは好んでみている。大嫌いなのはテレビ朝日の報道ステーション。テレビ朝日のニュースというだけで見る気が萎えるのに、ご丁寧にコメンテーターとして朝日新聞の記者を呼んだりしている。バイアス情報の総本山から呼ぶあたりが噴飯ものである。
NHKのニュースは割と安心して見ている私だが、NHKニュースウォッチ9だけは別物である。
21:00ころに夕食を食べ終え茶などを飲みながらうっかりこのニュースを見てしまうのだが、キャスターである田口五朗氏のコメントがまた滅茶苦茶と言うか、全然いらないものなのである。彼のコメントと言えば
- ニュースVTRの中で解説した内容を反復して言う
- 「...でなくてはなりません。」、「...の改善が望まれます。」と完全に自己完結してしまう。
- 視聴者に考える余地を与えない、紋切り型のコメント。
- コメントに具体性がない。全ての問題が自分と関係の無い世界で起きているような気分にさせてくれる。
- コメントにあわせて鼻の穴の大きさが変化する
俺、このブログでこんなに人を非難したことが過去にあったかなぁ?
22:00あたりのニュースを見る気にはさらになれないので、不快になることが解っていつつも見てしまう。で、最近の対処法。ギャグと思ってみている。特に見ものなのが(恐らくこっちがメインキャスターであると思われる)青山キャスターとのトークである。彼女も彼女で、以前同番組のスポーツキャスターを務めていた頃の癖が抜けないのか、騒ぎすぎなのである。そんな青山さんが田口氏にコメントを求めたり疑問を差し込むと、勝手に自己完結させた滅茶苦茶なコメントが返ってくる。突っ込めないボケのようなものが返ってくるわけで、青山さんが困惑する。意見のやり取りが全くなっていない。
NHKもまたすごい人物を21:00代に据えたものである。
撮りためていた「さよなら絶望先生」のビデオを見終えたので、同様に撮りためていた続編を見ている。
私の住む埼玉県では、2008年1月6日~3月30日かけて「テレビ埼玉」にて放映されていた。毎度毎度、よくこうも面白いネタが浮かぶものだなぁと感心させられる。オープニングすら滅茶苦茶(七話は○リキュアに極似。笑った)にしてしまうこのフリーダム感。声優を滅茶苦茶にしてみたり、突如昔のプロレスの解説を思わせる「絶望ファイト」なるものが挿入されていたり。
また、例によって黒板や看板、掲示板の落書きが滅茶苦茶である。これは瞬間しか表示されないため、リアルで見るよりも静止できるメディアで見ることをお奨めいたします。
「あんた最近、何見てんのさ?」
といわれてしまいそうだが、1960~80年代の時代劇や刑事ドラマのような作品は、無茶苦茶感がかなりあって、面白いのである。
本作品は1980年11月14日~1981年11月6日にテレビ朝日系で午後9時から放映されていた。つまり、必殺シリーズの1時間前である。しかも制作は必殺と同じ山内久司プロデューサーである。「法の網を潜って悪事をはたらく者に制裁する」というコンセプトがあり「必殺現代版」的雰囲気を持っているものの、殺しはしない。殺しはしないが、その悪事を公共の場で自白させたりすることにより、社会的に制裁するのである。
これも必殺と同様にシリーズ物なのだが、現在DVD化されているのは初めてのシリーズである本作品のみである。必殺はよく再放送されていたのだが、このシリーズは私の地元、福島県では本放送以外あまり見かけることが出来なかった。何故知っているかといえば、私が10歳くらいの頃、リアルに見ていたからである(ちょっと夜更かしするようになった)。その頃、名高達郎がハングマンのリーダーをしていたもので、未だに名高達郎を見るたびに「あぁ、ハングマンの人ね」というイメージである。
それにしても、結構変な内容が多いにもかかわらず、今から考えると「重鎮」と言っても差し支えないような役者がたくさん出ている。黒沢年男(現・黒沢年雄)、林隆三、名高達郎(現・名高達男)、山本陽子、佐藤浩市、渡辺徹、火野正平、夏樹陽子、早乙女愛、植木等、山村聡、天知茂、平田昭彦、フランキー堺...死んでしまった人も随分いるものの、すごい面子である。
レンタルされているものを少しずつ見ている。DVD全てはさすがに買えないのである。続編もDVD化を激しく希望している。
映画ではなく、1979年9月18日~1980年4月1日に日本テレビ系列で放映されていた作品の方である(どちらも松田優作が出ているけど、役どころは全然違う)。数ある刑事・探偵モノ作品の中で私が好きな作品を挙げれば、必ず五本の指の中に入る作品。
年齢的にリアルタイムで見ていても多分私は理解不能で、くどいほど夕方に再放送を繰り返してくれた福島中央テレビのおかげで、私はこの作品を何度も見ていた。私は松田優作というと、この作品か映画『人間の証明』がまず頭に浮かぶ。『太陽にほえろ』でジーパン刑事やっていた頃、私はこの世に生まれてすらいなかった。
子供の頃見たこの作品は、大人の世界が映る窓のようなものだった。あの頃は苦くて飲めなかったコーヒー(オープニングで松田優作が噴出している)やタバコ、身近に飲んでいる人などいなかったシェリー酒、夜の街の雑踏とそうした世界で生きている人々。歌詞が英語のSHOGUNが歌うオープニングとエンディング。工藤俊作こと松田優作のあの服装。どきどきしながらも毎日楽しみにしていた。
そして「工藤ちゃ~ん」といいながら怖い顔で絡んでくる服部刑事役の成田三樹夫。いつもハンマー持っているあの人は今も昔も恐い(笑)。ああいう人に脅されたら、どんなことでもケロッと自白しちゃうだろうなぁ。
DVDが出たおかげで、またあの頃の作品を見ることが出来るようになり、ただいまかなりハマっているところ。今見ても十分に面白い。警官が一般市民からかつあげしてみたり昼間から酒飲んでみたりと、ドラマといえどあまりにフリーダムすぎるが、そうした作品でもちゃんと放映していたわけだからすごい。今ならクレーマー達の格好の的になりそうだけれど。
それと最後に、忘れちゃいけないのがこの番組の次回予告。後半のほうになると全然予告でしゃべっている台詞と内容が関係なくなってくる。その内容が面白いと言ったら無い。エンディング短いから、DVD見るときも必ず次回予告を見てね。
『放送禁止』というテレビ番組をご存知だろうか?
フジテレビで深夜25:00以降に、年に一回位の頻度で突如放映されるフィクションドキュメンタリー番組である(地方ネット局では放映日が別になっていたり、そもそも放映されないこともある)。しかし、フィクションであるということは番組の冒頭と最後に流れるだけで、途中から見た視聴者の多くにはノンフィクションドキュメンタリー番組であると勘違いされがちである。内容は人が突然狂いだしたり死んだり襲われたりするので、過激で結構不気味である。フィクションであることを知らない視聴者からテレビ局に抗議が届くことも少なくないという。
既にテレビでは下記の6話が放映されている(放映日時はフジテレビのもの)。
- 第1回 放送禁止1「心霊」(2003年4月1日 26:05~)
- 第2回 放送禁止2「ある呪われた大家族」(2003年6月7日 27:20~)
- 第3回 放送禁止3「ストーカー地獄編」(2004年3月26日 26:50~)
- 第4回 放送禁止4「恐怖の隣人トラブルが引き起こした悲劇」
(2005年10月13日 26:25~) - 第5回 放送禁止5「隠された"しじんの村"の戦慄の悲劇とは」
(2006年10月15日 26:55~) - 第6回 放送禁止6「デスリミット」(2008年6月23日 25:40~)
『放送禁止』という題名の由来は、放送局のビデオアーカイブの中で何らかの理由から放送が見送られることになった「放送禁止映像」を再編集・公開するというところにある。「事実を積み重ねることが必ずしも真実に結びつくとは限らない」をテーマにしており、番組中に本当の専門家によるコメントや統計結果などが掲載されること、そして抑揚の無い坦々としたナレーションが番組のドキュメンタリー性を高めていく。
私は初回からずーっと見ていて、初回は「何だ、どうってことないじゃないか」と思っていた。しかし、2ch等の議論を見て戦慄が走った。表面上は完結するストーリーとは別に、全く別な結果へと結びつけるいくつもの伏線が張られていた。初回は制作サイドも試行錯誤しているためか、本シリーズ中最も謎が多い作品だが、様々な事象をどう考えるか、大きな議論になったことを思い出す。
初回の経験から、第2回以降はかなり穿った見方をするようになった。第1回に比べて非常に解りやすくヒントが出ていたのだが、それでも見逃すものは見逃す。また2chの書き込みを見て「あー!うゎあ!」と色々気づかされる。それらのメッセージをどのように解釈するのか、またそこで大きな議論が起きたわけである。
このように「フィクションである」ことを知らない人には衝撃的戦慄を与えるという意味でこの番組を楽しむことができるし、知っている人は画面内から得られる情報を元に、伏線のシナリオを推測していくという愉しみが待っている。中々面白い番組である。
その『放送禁止』が昨年9月、劇場公開された。
話としては、第6回「デスリミット」の続き...のような作品である。過去のテレビ放映作品もDVDとしてリリースされているので、こちらを先に見ることを強くお奨めする。「デスリミット」の中で「???」と思わされた行動の謎がいくつか解ける。正直、その映像の見せ方に「やられた~」って感じだった。多くを語るとネタバレになってしまうのでそこそこに留めよう。
インターネット上の闇サイトの一種である、復讐代行サイト「シエロ」を密着取材。その代表である白い仮面の女を追うというもの。このシリーズは初回以外は役者のスタッフロールが無い。なので主演などは全くわからず。長江俊和監督。オフィシャルサイトはこちらである。怖いものが苦手な人はオフィシャルサイトも自重しておいたほうがいいかも。
ちなみに、私が毎回「あぁぁぁぁ!」と思わされるのはこういうシーンとか、こういうシーンですね。このシリーズ、こういうの多いんだよな~。
今回も私は表層的なシナリオに流されて、後ろの話を読みきることは出来ませんでした。未熟者ですな。
続きには、もっと知らなくていいこと書いているので、見ないでください。
二年前に録画してパソコンで再生できるようにフォーマットを変換したものの、なんとなくサーバのHDDの中にそのまま放置していた。Eee PCで動画を再生できる環境を構築したので、寝転がりながら見ている。面白いなぁ、このアニメ。アニメを見るのはかなり久しぶり。
原作は久米田康治が「週間少年マガジン」で連載している『さよなら絶望先生』である。
何事もネガティブに捉えてしまう高校教師「糸色望(いとしきのぞむ)」と、糸色望が担当する「2のへ組」の個性的な生徒達との何ともいえないやり取りがメイン。1話につき、生徒1人を深く紹介するように話は進んでいく。
話自体も面白いが、黒板や掲示板に張られている紙の落書きが何とも面白くて仕方が無い。さらに、深夜アニメなので微妙にエッチだったりする(原作はこんなものではすまないらしいが)。何だか原作も面白そうである。買ってしまおうかな~。アニメを全部見終わったら。
先日の記事で紹介した、北大路さんの『BOSS 食後の余韻』のポスターと
この、フジテレビ開局50周年ドラマ企画『落日燃ゆ』の番宣用のポスター
向きは逆ながらも、結構似てません?後ろの背景色である赤がそれを印象付けるのかなぁ。
今日、
「落日燃ゆの番宣」
↓
「BOSS 食後の余韻のCM」
の順で放送されたのは狙ってなのか、わざとなのか...
私は北大路さんが好きなので、たぶんこのドラマも見ることでしょう。
ちなみに、『BOSS 食後の余韻』はまだ飲んでおりません。
初詣のことを「元朝参り」というのは我が家だけなのだろうか?いや、うちの親戚一同言っている気もするが。
昨日から今日にかけて、私はダウンタウンの「ごっつえぇ感じ」を見ていた。もちろん、ガースー黒光り新聞社があまりに気になったからである。
予想通り爆笑しながら見ていたのだが(しかしCM多すぎじゃねぇか?)、あまりに夢中になってしまい時間を忘れていた。気がつくと年明けを知らせる花火が。今年はヘイポーの恐怖に慄く叫び声を聞きながら迎えてしまった。なんってこったい。
毎年、初詣に行っている神社へと車で急ぐ。初詣対策がまったくなっておらず、ものすごく暗かった青柳神社には年末に飲んだFちゃんも来ているようだから...と思い、ちょっと連絡を取ってみる。会うことはできたものの、数秒の会話をしたのみ。まぁ、お子さんとお母さんがご一緒だったようだし。仕方ないよね。
次いで、日枝神社へ。拝んで火で暖をとっていると、ちらほらと雪が降ってきた。早々に退散することに。
急いで家を出たので、年越しそばを食べられなかった(母が紅白歌合戦に夢中で準備が全然できていなかったという話もある)。帰ってきたら、20:00頃に床に入っていた父が起きていた。父に年越しそばを作ってもらって(父が作った何かを食べるなんて何年ぶりのことだろう?)、「年を越してしまったそば」を食べる。父とまた酒を少し飲み交わし、私も床についた。
そういえば、どちらの神社でも願い事をするのを忘れていた。「二礼二拍一礼でよかったんだっけ...」なんてことを考えていたら、すっかり忘れてしまっていた。なんてことだ。
テレビ東京の放送圏(首都圏、大阪、名古屋)でないと全く分からないネタで恐縮なのだが、テレビ好きの人には比較的有名な話。
テレビ東京はアニメや旅行、時代劇、通信販売、B級映画等のちょっと独特のコンテンツを売りにしている。多極に迎合しないその姿勢には大変共感を感じている私なのだが、まぁ、それよりもすごいのは番組の編成をまず崩さないということがあげられるだろう。
過去にテレビ東京がやってくれたすばらしい実績を少々、紹介しよう。
- オウム真理教 松本被告に死刑判決が出たとき
もちろん、一番右下がテレ東

- 小泉首相靖国神社参拝
通販番組ですか?

- 那覇空港での飛行機事故
アニメは止めないテレ東

- 姉歯氏証人喚問
大木凡人...

- 宮城県沖地震
もちろん左下。結構渋い時代劇も再放送します

つまり、出来事に一喜一憂されないテレビライフを共にするという点では、テレビ東京は見事に我々を裏切らない。
私はどちらかというと一喜一憂されるタイプなのだが、今回のオリンピック中継ラッシュには全く興味がないもので、このようなスタイルを貫くテレ東に大変助けられている。新聞のテレビ欄をざっと見る。うちでとっている新聞は、大変親切にもオリンピック中継は背景が赤く印刷されている。テレ東の欄を見る上から下までザーッと。赤色無し。エクセレント!
一昨日、金曜日には大変感心させられた。私の好きな時代劇「刺客請負人」が2時間スペシャルで放映されているではないか。で、その裏番組(いや、本来ならば刺客請負人が裏番組というべきなのだろう)は、オリンピックの開会式。これは私のような人間だけではなく、日々の暮らしのリズムを変えられたくないという老人などにもきっと受け入れられることであろう。
このベクトルを崩さず、これからも独自の番組放送に邁進してほしいものである。
実は私は、ありとあらゆるスポーツが苦手であり、することはもちろん、観戦することにも全く興味が無い(唯一あるのはモータースポーツ位か?)。だから、世間話としてこの手のスポーツネタを振られることは、私にとっては猛烈な苦痛なのである。少なくとも、オリンピックの時期は、付き合いで出席しなくてはならない飲みはできるだけキャンセルしようと思っている。
ニュースを見ていてもスポーツコーナーがはじまったらチャンネルを変えるし(さらにいえば、スポーツ担当キャスターのはしゃぎっぷりや、まるで自分が優勝したかのように喜ぶのが見ていられない)、当然のごとくスポーツ新聞などは読む気にもならない。
比較的、事実を淡々と報道してくれるNHKのニュースばかり見ているのだが、それでも21:00のニュースではかなりはしゃいでいて(メインキャスターも元スポーツキャスターのため、うるさい)何だか見るのがきつくなってきた。
あと一ヶ月ばかりでオリンピックが開催される。電機メーカーはここぞとばかりに大型テレビとブルーレイやHDDレコーダーの新モデルを投入し、売りまくろうとしているようである。キャッチコピーも「北京を高画質で」とか、「オリンピックを大画面で」なんてのをつけているようだが、私個人の心には全く届かないキャッチコピーである。こういうときに、自分のマイノリティっぷりを猛烈に感じる。しかも、我が家でこうしたものに興味が無いのは、妻も一緒。マイノリティ一家なのである。
オリンピック競技を見ることが無いわけだから、録画してもう一度見る人の気持ちも当然のごとくよく判らず、さらにブルーレイのようなメディアで永久保存版を作っているなんて人の気持ちはますますわからない。我が家のような家における需要喚起には全く至らない広告宣伝なのである。
私は以前も同じようなことをブログに書いたことがあるのだが、なんで「スポーツ」というインターフェースを介することによって、人々はこれほどまでに愛国者に変わるのかが良くわからない。日本を愛するのならば、メダルの数で一喜一憂するよりも、社会保障費削減問題や、特別財源の透明化、労働問題、ガソリンの暫定税率、国内の食料自給率の向上(キリが無いんでもうやめます)などに意見をぶつけないのだろうか?住みよい国にするために、もっと別なベクトルに愛国心を向けてほしいものである。
話をスポーツ競技のことに戻す。
日本人選手は金メダルをもらったりすると「皆さんの応援のおかげです」とあらゆる方向に答える。そして報道する側は「すばらしい感動をありがとう」、「日本中が喜びに溢れている(私の中には喜びは溢れていません。どうでもいいです)」と結ぶわけである。金メダルを取るような選手は、血のにじむような(一般大衆には想像の付かないような)努力をしているのだろうが、決して「私のたゆまぬ努力の賜物です」とはいわない。こういうことをいうと、世間は「けしからん」というわけである。そして、選手もそのことを知っているのである。
社会学的に人の演技的行動を分類すると「表層演技」と「深層演技」に分けられる。表層演技は自分が演じていることを自覚しながら行われる演技であり、深層演技はその人の性格や体質にまで及んでいる、無意識の演技である。日本のスポーツ選手が「皆さんの応援のおかげです」というのはまさしく「深層演技」のレベルだろう。この国ではこうした「深層演技」に長けた人間が大人とみなされ、そうしない人を子供と見る。
でも、こんなに媚を売る必要は無いと思うし、それに対して反感を持つというのもかなりおかしいと思う。だって、あなた達はその選手のコーチでもなんでもないでしょうに?ただ単にテレビ見て、一方的に応援しているだけでしょう?何を期待しているというのだろう?
ところで、様々なニュースに対して発生する人の意思は、メディアが作り出すものであってはならないというのが私的信念である。だから、余計なコメントを挟むキャスターが居るニュース番組には寒気がするし、それが多くの人にこの世の普遍的意見として受け入れられている事実にガックリとさせられる。(私はそういうことを積極的にさせようとしている報道ステーションとニュース23が特に嫌いです)これはまさに集団的催眠の実施であり、中世の魔女裁判やナチスのユダヤ人迫害の構造とたいした変わりは無いのではないかと思う。そして多くの大衆は、このことを断罪される時が来たならば「私達は何も知らなかったのだ」と、魔女裁判の時と同じことを答えるのだろう。
これはあるかなぁと思っていたけど、あらためて見ると中々面白い。飲酒運転防止だと交通課管轄だから、特命係とは関係無いことが唯一悔やまれる。
ホント、タイアップ広告っていいなぁ。まぁ、両方を知る人じゃないと効果が薄いという問題はあるけれど。
刑事ドラマが全体的に下火になってしまった昨今、異例とも思えるほど続く「相棒」シリーズ。シーズン1からずっと見ている。
水谷豊、寺脇康文、高樹沙耶の3名を見て「おいおい、刑事貴族メンバーじゃないか…」と唖然とした(さらにそしてシーズン4初回には田中実が出演)。水谷のイギリス通の継承(バンデンプラ・プリンセス1300に乗っていた。そんな警官いるわけない)と、寺脇、高樹がぜんぜん老けていないことに驚いた。確か、自分が中学生の頃に放映されていたと記憶しているので、約17年前である。うーん、すごい。
大笑いしました。
警視庁捜査一課の伊丹刑事と鑑識課の米沢鑑識課員という絶妙なキャスティング。リボD CMとしては、「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」の企画で登場したMr.オクレに次ぐ貧弱さであろう。
「相棒-劇場版-」放映に向けたCMなのだが、見事なタイアップだと思う。
テレビ朝日系列で金曜深夜に放映されている(といっても、放映時間なんかは地方の場合まちまちだが)タモリ倶楽部の1コーナー、空耳アワーへの投稿1年分を振り返り総括するのが空耳アワードである。毎年2~3月にかけてアワードは行われており、今回のアワードは主に2007年中に投稿されたものがノミネートされている。
タモリと遅刻気味でユル~イ感じの安斉肇さんが通常はこのコーナーを仕切るが、アワードともなるとゲストも参加する。「日本一のいい声」と私は思っているクリス・ペプラーさん、元メガデスのマーティ・フリードマンさん(英語が聞けるということで、クリス・ペプラーとちょっと被る感じがあるが…)、去年に引き続き、自称「イカくさい女」こと木村カエラさん(彼女面白いよな~。かなり好き)、もう常連の感がある日本音楽界の重鎮(珍獣?)近田春夫さん、NIGO、桜庭和志さんが参加。馬鹿らしいことをいい大人が真剣に語り合っている。
これまでのアワードはすべてMPEGにエンコーディングしてパソコンで再生できるようにしている。辛いことがあった時に見たりしているのだが、これを見ると辛い出来事等全てがばかばかしくてどうでもよくなってくる。
タモリ倶楽部に限らず、「馬鹿なことを真剣にやる」というスタンスの番組は非常に好きである。なんだか子供のころに帰ったような気がさせられるのである。
何だかスペシャル番組ばっかりで、今クールは大して放送してないような気がするんだけど…それなのに見逃しまくった。急にワンセグでテレ朝の受信状況が悪くなり、録画が正常に行えなかったのである。
で、今日が最終回放送。
予告を見ると「田舎亭を閉めたい」とおかみさんが言い出したり、キャップや大洞さんが退職後のことをやたらに心配しているため「え!今クールで終了?」と結構心配したのだが、うまい具合にその辺はうやむやになり、次クールもありそうな雰囲気。良かった。
次は「科捜研の女」だそうである。京都迷宮案内の次に好きなシリーズ。楽しみである。
実はこの頃(そしてこの歳…)になって、この番組にはまっている。
埼玉県ではテレビ埼玉で月曜19:00~放映されているのだが、どういうわけか常に一ヶ月放送が遅れている。時節を感じるコメントが入ると、違和感を感じることも少なくない。
放映開始は1988年3月5日。かなりの長寿番組である。制作は大阪のABCテレビ(朝日放送)で、同系列のキー局である東京のテレビ朝日が制作しているわけではない(どういうわけか、東京ではTOKYO MXテレビがこの番組を放映している)。そのため、全国放送されてはいるものの、放送しているテレビ局はバラバラである。福島県では福島放送が放送している。金曜深夜に放映されており、夜更かしばかりしていた学生時代に良く見ていたものだ。
ご存知の方も多いと思うが、この番組は視聴者からの依頼を探偵局員(主に関西系芸人)が調査し、その結果を発表するという番組である。その調査依頼は「俺も…疑問に思っていた」とか、「非常に興味がある」のように非常に共感できるものが多く、また「そこまでやるか?」と感じさせられるほど徹底している。探偵に関西系芸人が多いこともあってか体を張った調査が少なくなく、感心してしまう。自分も若い頃は好奇心が旺盛で不思議なこと(でも、体外くだらない事ばかり)を徹底的に調べたりしたものだが、探偵のこうした姿を見ると若き日の自分に戻ったようで、何だか元気にさせられる。
探偵局員以外には探偵局長(西田敏行)、秘書(岡部まり)、顧問が登場し、調査内容についてコメントを述べる。2000年4月までの探偵局長は上岡龍太郎で、関西芸人を束ね叱咤激励する大きな存在であったが、上岡龍太郎の芸能界引退と共に探偵局長も引退。後に局長不在のままの時期がしばらく続き、2001年1月から西田敏行が探偵局長を務めるようになった。私が福島で見ていた頃は上岡龍太郎が探偵局長で、最近見て…しかも西田敏行に変わったと知って、初めは少なからず違和感を覚えた。理由は西田敏行が関西圏とは近くない人間に見えたことと、前探偵局長のように毒舌で探偵局員をやり込めるような姿勢が彼には見られなかったからである。しかし、ちょっと感動すると涙ぐむところ(最近は、感動しそうな調査の場合、VTRを見る前に既にハンカチを持っている)や、彼流の比較的やさしい調査評も中々良く、私には上岡時代よりも面白くなっているとすら感じられる。「コテコテの関西流が好きではない視聴者も楽しめる」形にしたことには、高い功績を感じずには居られない。
調査内容にも小ネタや沖縄ネタなど定番のものがいくつかあるが、その中でも私が好きなのは(元)辻学園調理・製菓専門学校主任の林教授が滅茶苦茶な食材を、何とか食べられる形に変えていくという「林先生シリーズ」である。上のYouTube動画はその中でも非常に完成度が高いと(個人的に)思っている「巨大シジミを料理」の回である。
林先生は現在、辻調理師専門学校を退職され、西川きよしの娘と結婚、時々、顧問としてナイトスクープに出演している。また未知な食材に挑戦してほしいと願うものの、顧問という立場ではもう難しいのかなぁ?
オフィシャルサイトはこちら。
本日のNHKスペシャル、かなりの意見が様々な方のブログにアップされていることだと思う。私も視聴して感じたことをちょっと述べたい。
Webのサービスを享受している方であればもうご存知かと思うが、Web上の情報はハイパーリンクによって各ページが結合されているだけであるため、自身が欲しい情報を入手するためには一般的に「検索エンジン」と呼ばれるサイトを利用する。そのサービスを提供する企業の一つがgoogleである。
ユーザーが入力したキーワードに対してどのサイトが最も適しているか、その表示順位を決めるのは検索エンジンを提供する会社の独自ルールである。そして、このルールは日々更新され、決して外に流出することは無い。
検索した結果に対してユーザーがどのようなアプローチ(動線)をとるか、本番組中で紹介があったが、検索結果上位5位までのサイトにはある程度のアクセスがあるものの、それを下回るとユーザーからのアクセスは激減する。そのため広告宣伝手段としてWebを利用している多くの企業は、関連する単語で検索された場合の検索結果を上位に表示するために様々な努力をしている(私自身も会社でこのような仕事に従事している。過去のブログSEOを参照)。
検索サービスを提供する会社が決定するこのルールは「どういう原理で順位が決まるか」という大筋は見当付くものの、子細は良くわからない。今まで表示ランキング1位だったサイトが10位以下になることも十分にありうる。このような検索結果ランキングの低下はWebサービスに収益の依存が高い企業の場合、死活問題となる。もちろん、SEOコンサル会社との契約がある場合、コンサル会社へ多大な賠償金を請求するようなことも考えられる。自分自身を含めて、この検索結果ルールには多くの企業が翻弄されている。
非常に利用者が多く、半ば公共性すら感じる検索エンジン。しかしこれを提供しているのは、利益を追求する「一般企業」なのである。表示順位次第で他の企業の売り上げや株価のコントロールまでも可能な状況にあることは非常に恐ろしく感じる。
ここ数年でこれほどの規模まで成長したgoogleという企業。googleアースやGmail、Picasa等の非常に便利なサービスを無償で提供するこの会社の収益源はどこにあるのかと気にはならないだろうか?
最も大きな収益源として、本特集ではキーワード広告が上げられていた。特定の単語で検索した際、検索結果の上部・右部に表示される広告である(検索結果より上なので、自然と視線に入るわけである)。広告は単語に結び付けられており、その単語ごとに値段が決められている。よく使われる単語ほど価格が高価になる。
googleのビジネスモデルはエンドユーザーからお金を取らないように出来ている。これがユーザーを莫大にすることが出来た秘訣であろう。
googleの最高経営責任者Dr. Eric E. Schmidt氏は「全世界の全ての情報をgoogle管理すべきであり、そうすることでユーザーにとってさらに利便性の高いサービスをもっと提供できる。」と番組中で公言していた。確かにWebの世界だけではなく様々なサービスを享受するためには、自分自身の情報を開示する必要がある。位置情報まで晒せば、更にピンポイントで有益な情報を得られるだろう。だが、独立した個人が、利益を追求する企業からの情報のみを一方的に受け続けるということには何となく嫌悪感が否めない。前述したが、googleは一企業としての存在以上に、より公共的な存在になりつつある。
googleの今後の動向にも目を離すことは出来ない。
年々、年末から年始にかけて放映されている特番の期間が長くなっているような気がする。
ニュースと刑事ドラマと時代劇しか見ない私にとっては、週に1度の楽しみを長期にわたって奪うだけの存在で、あまりありがたいものではない。昔はバラエティも見ていたのだが、このところ見てはいない。テレビを見ていると、そうでなくとも少ない1日のプライベートタイムが失われるようで、何だかもったいない感じがしてならない。
パソコンで見られるワンセグチューナーの導入は「テレビも見たいが他のこともしたい」という私の欲求を解決するための1つの案であった。しかし、人間なかなか二つのことを同時にすることは難しい。ブログの記事を書きながらテレビを見ていると、そうでなくとも支離滅裂な文章がさらにおかしくなる。
私が自宅で使用しているパソコンであるThinkPad T42は、「スーパーファインビュー液晶」モデルで、画面の解像度が1400×1050と少し変則的な形である。1/30に発売されるWindows Vistaは「ガジェット」と呼ばれるデスクトップアクセサリーを配置することができるが、これが画面の横方向を占有するため、Vista対応を謳うノートPCの多くはワイド液晶モデルになっている。つまり時代的に言えば、この解像度は少し遅れているのである。ワンセグの映像の横長なため、何か作業をさせながらテレビを表示するならば、ワイド液晶のほうが良いのだろう。
しかし、純粋に写真の修整をする場合や、プログラムを書いている場合は横長だと不便な場合も少なくない。よって最良なのはデュアルディスプレイなのだが、私のFrancfrancのデスクにはそこまでスペースが無い。悩ましい問題である。
テレビ埼玉での最終回はとっくに過ぎていたのだけれど…今日、録画しておいたビデオをようやく見た。
24回という番組回数の制限があったせいか、最後の方はいささか急いでいる感じが否めなかったが、
実家からの仕送り止る→生活できない→生活のためにバイトをはじめてフリーターへ
と、見事に引きこもりからは脱出できている。そういう意味では、佐藤達広はNHKの陰謀に既に勝っていたと言っていいだろう。もうちょっとこのあたりに至るまでは引き伸ばしてやってほしいかなぁとも思ったが。
アニメ版は終了しているが、漫画はまだ終わってはいない。あまり気になるもので1巻~6巻まで大人買いしてしまった。まったりと読破させていただきましょう。
7/23にNHKスペシャルにて放映された「ワーキングプア~働いても働いても豊かになれない~」の反響を元とした続編が今日のNHKスペシャルで放映された。あまりにも印象的であったので8/28から9/4の私のブログにもその内容と思いを掲載した。
「ワーキングプア」という言葉、それは「労働意欲があり働いているにも関わらず、生活保護水準以下の収入しか得ることが出来ない」人のことを指す。いまや400万世帯を超えるといわれている。その要因はあまりにも多岐にわたる。キーワードを挙げれば「規制緩和」、「グローバル化」、「世界的な競争社会」、「社会保障の削減」、「自己責任」、「非正規社員」とキリが無い。
最近の社会保障のトレンドは、直接お金という形で支援するのではなく、自助努力を促したり再チャレンジをサポートするというものに変わっている。確かに、社会保障の範囲や金額は軒並み下がってきている。資格の取得や、再雇用のために仕事を探す人たちへの支援は広くなったのかもしれないが「今、まさに生活するためのお金が無い」人たちには資格や再雇用へのチャレンジすら非常に難しい。「夜、勉強すれば…」と私も思っていたのだが、今回紹介された方々は夜をも他の仕事を掛け持っている。家族のために2つ、3つの仕事を抱えている。正直、時勢に合った方向のサポートになっているのかどうか、疑問に思えてきた。
一言に資格というが、資格は二つに大別できると考える。「その資格を持つが故に出来る仕事がある」ものと、「自分の持っている能力の付加価値となる」資格である。前者は弁護士、行政書士、会計士、看護士、介護福祉士など。専門的な仕事に従事する可能性を秘めており、その取得も容易ではない。特定の学校を出ている必要がある場合や、特定の業務に数年従事が必要な場合もある。もちろん、難易度が高い試験もある。自分が世帯の収入を得る中心である人にとって、こうした資格の取得はほぼ不可能に近い。比較的取得が容易な「自分の持っている能力の付加価値となる」資格は、収入を増やす手立てにならない場合が多い(過去のこうした資格を取得させるために専門学校の講師をしていた自分としては、耳が痛い)。そもそも資格自体の方向性が現実に即していないもの、どう考えても資格主催団体の金儲けにしかなって居ないものなど、そんな資格が(実名は挙げられないが)いくつも存在する。そして、最も問題なのは、こうした資格を持っていても就職や賃金アップの付加価値にならない場合が多いということである。実際には有用な資格があるのかもしれないが、受け入れる企業側がそのレベルに達していないという不幸な例も少なくないだろう。
「努力することでワーキングプアから抜け出せない」という人々の事例の紹介を中心に番組は進んで行ったが、私にもその解決の方法は考えられなかった。いい仕事に出会うためには「専門性」があり、「専門性を生かした経験」があり、「若さ」が必要である。ワーキングプアの家庭から大学へ進学する18才の女性が番組中に出てきたが、彼女には先の3つを得る可能性が残っている。だから、なんとしても卒業させたいという親の気持ちはとてもよくわかる。
本屋やWebで最近見かける謎の文字「N・H・Kにようこそ」。
NHK(日本放送協会)の一つの番組かと思っていたのだが、本屋で単行本を見て…全然違うことを知った。
ここで言う「N・H・K」とは「日本ひ○こ○り協会」のことで、ひきこもり暦3年という「N・H・Kへようこそ」の主人公が、人をひきこもりにさせるという変な陰謀を持った組織として脳内で考えているもののことらしい。ちょっと萌え系な絵は正直引いてしまうのだが、ここまで私の意識をぐいぐいと惹いてくれたので、アニメの1話を見てみる…おもしろいじゃないか。
アニメ絵の件はちょっとアレであるとしても、突拍子も無い話がなんとも面白い。引きこもり暦3年の主人公を更生させるといいだしながら突然現れる少女も「ありえねぇ展開!」と思いながらも見入ってしまう。
既に5話位まで見ているのだが、秋葉原にある電気屋の名前とか、パソコンのソフトウェアの名前とか、話の中で出で来るアニメもそうなのかな?何かこの辺に精通していると、結構笑えるポイント多し。
ちなみに、テレビ埼玉では日曜深夜1:30から放送中。見てみるがよろし。
今日、テレビ東京で22:00から放映される番組「ガイアの夜明け」のタイトルは「No.1を死守せよ ~カローラ40年目の苦闘~」である。私は番組は見なかったのだが、常々考えていたことがある。
カローラの誕生は1966年。40年賀経過するが、未だに日本で最も販売されている車だ(軽自動車を除く)。まさに「国民車」ともいえる車であろう。
「カローラ」という名前を冠した車はかなり多くある。カローラFX、カローラ2、カローラスパシオ、カローラセレス、カローラアクシオ、カローラランクス、カローラフィールダー、カローラワゴン、カローラレビン…こんなところであろうか?一貫して言えることは、安価でありほとんどが200万円以下であるところだろう(上位グレードには220万位するカローラもある。カローラらしくはないが…)。その値段の安さを押しつつ、対象を若者から高齢ドライバーまで幅広く取り込もうという戦略が、これだけの車をラインナップさせたのだろうか?
対して、日産が誇る国民車といえば、「サニー」である。残念ながら「ティーダ」が発表されると同時に、同セグメントにあたるサニーは廃モデルとなってしまった。サニーを冠した車にははサニーRZ1、サニーカリフォルニアという車種がある。サニーRZ1はほとんどサニーと同じものをワゴンにしただけという感じで、サニーカリフォルニアはずいぶんと昔のモデルで記憶があやふやなのだが、カローラレビンと同じような、低価格2ドアクーペであったと思う。サニーはとにかく地味。その地味さ加減が私は好きだった。圧倒的な走行性能や居住性を誇るわけは無いが、乗用車としてしっかり4人乗れる。そして、フルモデルチェンジしても前モデルのイメージをどこと無く残すデザイン。市場に媚びずにあくまで独自の路線を歩んだこの車のマーケティングに共感を覚えていた(といっても、買いはしない)。だからサニーが無くなったとき「やっぱり商売なんだよなぁ」と、寂しさを覚えた。
サニーは売り上げ台数でカローラに勝ったことは無い。どちらも国民車であるが、そのターゲッティングやモデルチェンジに対する考え方はずいぶんと異なっていると私には感じられる。カローラという中心軸をたて、カローラ自身が持つ「トヨタ製で品質がよいが、安価である」というイメージに、「かわいらしさ」や「収納力」や、「若々しさ」といったイメージを付加して、車種を増やしている(私には「安っぽい」というイメージばかり目に付いてしまうけど)。しかし、サニーにはそんな考えが毛頭ない。
私の知人に、サニーばかりフルモデルチェンジするたびに買い換えるという人がいる。フルモデルチェンジでの買い替えを1度我慢すれば、そこそこの高級感があるティアナ(昔なら、ローレル、セフィーロあたり?)くらいは変えると思うのだが、それをしない。サニーが好きらしい。その方曰く「サニーは地味に機能的」だったそうだ。モデルチェンジすると、前モデルでちょっと不便と思った機能のほとんどが改良されていたらしい。それが事実なら、最終モデルは相当、市場の意見をフィードバックした名車になっているはずだ。そのノウハウがティーダに受け継がれてくれればいいが…。サニー乗りの知人は、まだサニーの最終モデルに乗っているそうである。
ほとんどの仕事において、いや、人が判断するあらゆることに100%の答えはない。最近、つくづくそう思う。
NHKで木曜22:00から放送されている本番組。本日はサントリーのウィスキーブレンダーである「輿水精一」氏がプロフェッショナルとして紹介された。ブレンダーのコンクールでも世界一と称されるほどの舌、鼻の持ち主である。
ウィスキーのブレンドというのは実に奥が深い。ウィスキーの原酒を足し合わせるのだが、1+1が2にならない。水、樽材、大麦、蒸留回数、ポットの形、時間、気温。ウィスキー原酒の味を決めるパラメータはものすごく多い。これらを混ぜ合わせ「原酒の持っている特性以上の魅力を引き出す」、これがブレンダーの仕事である。これが「うちはうちだけの味でいきますから」とでも言える地酒の蔵元ならまだしも、「サントリー」というマスプロダクトを生む大組織に属しているわけだから、売れるものを作らなくてはならない。さらにマーケティング的なプロダクトイメージや価格といった要素も考えなくてはならない。酒というものは飲む人の志向性が大きく影響するが、「サントリー」では売れないものは作れない。この仕事のプレッシャーは相当強いと、一ウィスキーファンとして思う。
輿水氏の直近のミッションとして番組では「白州蒸留所 25年物のウィスキーブレンディング」が紹介されていた。価格は1本10万円。期待を裏切るような商品には絶対にできない。25年物というのは(私も21年物までしか味わったことが無いのだが…)原酒の味を決めるパラメータが最大限に拡大されている。もう、混沌といっていい。シェリー樽などを使って熟成させればブランデーのような香り、味わいになる。ピートが強いものであれば、硝煙のような、または薬のような味となる。しかし、白州のウィスキーは気候のせいなのか、上品で癖が比較的少ないものが多いように私は感じている(といっても、白州のシングルモルトは12年までしか味わったことが無いのだが)。上品過ぎると、年代物であるという主張が乏しくなってしまう。そんな特性をどう生かしていくか?初めは比較的主張が強い原酒をベースとし、その原酒のマイナスポイントを補うようなブレンドをしていくが、ウィスキー暦40年という銀座のバーテンダーに「少し、味が逃げているように感じられますね」と看破されてしまう。その意見を聞き、輿水氏のブレンディングの方向が大きく変わる。「優等生」的なブレンディングから、味わいに印象を残す「個性的」なブレンディングへ変わっていく。原酒の中の1つにあまりに個性が強すぎて、全体の味を牽引してしまうようなものがあった。輿水氏はこれの混合を見送っていたが、どうにも忘れられなかったらしい。その原酒をどうするか?悩みに悩んだ上、数滴混合することとし、役員相手のプレゼへ挑む。
番組の中で輿水氏は「ブレンダーは言葉にならないことを一生懸命表現しようとしている」と言っていた。これは非常に強く私の心に残った。今まで多くの芸術家が挑戦してきたこと、まさにそれと同じであると思った。そして、「うまい」と思われるという「結果」を望む(そして、100%そうとはなりえないという結果を知りながらも)飽くなき姿勢には敬意を表したい。そして、自分の仕事の中にも共通する部分が少なくないなと、改めて思わされた。
アイドル、局アナ、お天気お姉さんなどにあまり興味が無かった私。そんな私をも虜にしてしまったお天気キャスター「半井小絵(なからい さえ)」さん!NHKニュース7のお天気のコーナーを担当している。19:28にチャンネルをNHKにしておけば、きっと君も出会えるはずだ!(最近は放映時間までに家に帰れない…悲しい)
何が(・∀・)イイ!!って、あの唇である。天気予報が終わった後に、季節にあった挨拶を一言いれ、ニコリとする。その瞬間である。当然、私なんかよりも相当コアな彼女のファンは存在しており、こんなサイトまで存在している。著作権、肖像権の問題にあたるだろうが、まぁ熱心なことである。
私は4年ほど前から半井さんのことを気にしていた。以前はNHKニュース7ではなく、21時の関東甲信越地方の天気予報を担当したように記憶している。出番が全国区になり、日に日に魅力が増していて「ど、どうなっているんだ?」と個人的に感じていた。どうも同じことを感じていた人が居たらしい。「久米宏」である。TBSラジオの彼の番組の中でそのように語っていたそうだ。
お天気のコーナーの半井さんの口調は実に淀み無く流暢で、読み間違い等も少ない。与えられたお天気コーナーの数分を完璧に使いこなしているように見える。しかし、とんでもない天気(台風、大雪など)の場合、ニュース7の冒頭に呼ばれて登場することがある。こうした時はちょっとペースが掴みにくいのか、変な間が空いてしまったり、やり取りにギクシャクしたものを感じる(今日の北海道の竜巻による死亡事故の際には、番組のはじめに呼ばれたそうだが…)。
というとずいぶんと熱心に天気予報を聞いているかのようだが、実は全然聞いてない。半井さんの様子に夢中で、お天気情報は右から左へ~。お天気コーナーが終わった後、妻に「で、明日の天気は?」と聞き返す。「天気の情報よりキャスターが気になってしまう」ことは、実に大きな問題である。しかし、その問題は私の方にあるのだろう。他のキャスターだと天気がよくわかるんだが。
やっぱりフジテレビの時代劇はダメである。
昔、テレビ朝日で放映されていた必殺シリーズ第1弾「必殺仕掛人(緒方拳主演)」に比べると、登場するキャラクターが池波正太郎の原作にかなり近い。しかし、話はごちゃ混ぜ(梅安と小杉十五郎が初対面であることから判断すると「梅安蟻地獄」が原作かと思うが…)な上、仕掛への動機が非常に安直なものになってしまっている。わかりやすいが面白くない。藤田まことは予想通り、音羽の元締め役。しかし、あまり出番が無い。私のような「必殺好き」の気を引くための配役であろう。高岡早紀はどうしてしまったのだろう?ここのところ時代劇に立て続けで出演し、男に抱かれる役ばかりである。離婚して色々と大変なのだろうか?
テレビ朝日で火曜日の19:00から時代劇が放映されている。この時間帯の映像はハイビジョン撮影でとても美しいのだが、時代劇としての違和感を感じない。しかし、フジテレビの時代劇だと全体的な彩度が高く、映像は美しいが時代劇を見ている気にどうしてもなれない。
あらゆる面で、2週続けて「残念!」と言わざるえない。
久しぶりにNHK、テレ朝、テレ東以外のチャンネルをまわす。フジテレビって…ああ、8だったな。
踊る大捜査線の周辺人物を中心としたドラマスペシャルなのだが、もう、青島刑事の直接的な周辺人物ではなく、そのまた周辺人物の話ですなぁ。映画では「交渉人・真下正義」、「容疑者・室井慎次」があり、テレビでは「逃亡者・木島丈一郎」と同じようなシリーズ。「逃亡者・木島丈一郎」がかなり楽しめたので期待して見てみようと言う気になったのだが、全然おもしろくなかった。
これは「容疑者・室井慎次」を私が見ていないため、面白くなかったのかもしれない。しかし、「逃亡者・木島丈一郎」は前提知識無しでかなり楽しめた。そもそも映画よりも視聴する人間が多いテレビで「映画前提」ってのはナシだろう。(以前、テレビで始まり映画で終わるという「あぶない刑事」のスペシャルがあったが、あれは片方だけでも話がそこそこ完結していたこと、そして続編が映画であったためにいい相乗効果を生んだと思う)
フジテレビにとってドル箱作品と言える「踊る大捜査線」シリーズも、こういう感じで安売りしていくとその価値が失われていくだろう。というか、織田裕二ナシ、いかりや長介ナシでしかできないのだから、もうこのシリーズは封印してもいいんじゃないだろうか?
まぁ、この番組のことよりも、問題は次週である。驚いた。「仕掛人 藤枝梅安」が次週放映される。梅安役は岸谷五朗。まぁ、悪くは無いと思う。そして悪役(っぽい…予告しか見てないから)の石橋蓮司。必殺シリーズの名悪役の1人と言って過言ではないこの方が出ることは嬉しい。そしてなによりも…スタッフロールの最後には藤田まことの名が!思わず飛び上がって喜んでしまったよ。
テレビ朝日系列で水曜の9時から放映されている作品である。最初は「全然面白くねぇ!」と見るのをやめようかと思うほどであったが、見ているうちにハマってきた(私の中では良くあるパターン)。特に先週の話はよかった。何かこの世がおかしい。生活が脅かされ、死ななくてもいい人がどんどん殺されていく。これはドラマの中の話だけではない。実際に我々が生きるリアルな世界においても同様のことが言える。
先週の話はネプチューンの名倉潤がコンビニ強盗役になり、立てこもる事件。つい先日、名倉の妹役がバイト先の別なコンビニにて強盗に刺されて死んでしまった。単純に考えるとその復讐かと思うが、そういうことではない。ただ悲しみにふけり、ふらりと近所のコンビニにふらっとやってきて、そこで売られていたカッターナイフに目が入る。それを取り出して店員を脅し、立てこもってしまう。計画性は全く無い。ただ絶望感の中、気がつけばそうしていたというのに近いだろう。拉致されたのは3人。その中に本作の主役である木村佳乃が演じる刑事も含まれている。名倉は特に何を要求するわけでもない。ただ悲しみや苦しみにより暴走を止めることができない。名倉は「世の中いったいどうなってるんだ」とやるせない思いを吐く。
コンビニというものは現代社会をあらわす一つのシンボルではないかと私は思う。今はそこそこな田舎に行っても、深夜まで営業するコンビニエンスストアが存在している(あ、私の家と実家の周りは別…)。とにかく「個」にこだわる人にはなくてはならない存在がこのコンビニ。夜だけ外に出られる方(私も荒んでいた時期があるのでわかります。AM3:00くらいに酒だけを買って帰る。公園で酒を飲みながらあたりが明るくなっていくのを感じて、家に帰っていた。)や、夜遊び大好き人間には必須である。またコンビニが増えることによって元々存在していた商店等が廃業に追い込まれる(実際に私の実家周辺ではこうしたケースがあった)ことで、経済的に追い込まれた人が生まれてくる。
ちなみに今週のシナリオは、巨大チェーンソーを持って銀行のATMを破壊する事件であった。犯人は町工場の社長。今までタダ同然で工場で働いてきた社員に、最後の給与を何としても渡したい。その思いだけであった。ATMをぶっ壊す人はそうそう居ないだろうが、そうしたいと思いたくなるような経営者はとても多いだろう。
「世の中いったいどうなってるんだ」って言葉、それは世の歪さにどこかで気がついてしまった人の心を表す最もストレートな表現なのだろう。
水曜日は21:00テレ朝は刑事ドラマの時間である。1クールずつシリーズものを順番にやっている。最近終わった藤田まことの「はぐれ刑事純情派」もこの時間帯だった。
妻は今日、最終回であった「相棒」が好きである。推理的なものが好きらしい。私は去年柴田恭兵がやっていた「刑事部屋」というのが好きであったが、これはシリーズ化するかどうかはわからない。ほのぼのしていて中々良いのだが、あまり人気は出なかったようだ。柴田恭兵は「はみ出し刑事」やあぶない刑事のキャラの名残が強かったのかなぁ?次からは新しいシリーズがはじまるようだが、どうなんだろう?予告編を見ただけだと、ちょっとどうかなぁと心配が残る。
4月からはNHKも放送する番組と時間帯が相当変わる。まず大きいのは、News10が無くなる事。テレ朝の「報道ステーション」との視聴率バトルに負け、他局がニュースをやらない時間帯である9時に移った。報道ステーションほとんど見ていなかった私にとっては、少し寂しい。NHKも結構視聴率気にしているんだなぁ。NHK教育はそういう意識が無いのか、視聴率を全く気にしない番組をガンガン作っているのが面白い。昔の高校講座とか全然面白くなかったのに、最近見ると面白い。演出が良い。これなら楽しく微積分を習得できるだろうなぁ。現役の時代にやってほしかったよ。





