翌朝、常に朝はテンションが低い私。少しでも気持ちを上げるために朝風呂。そして朝食。あまりメニューが豊富とはいえないバイキングだが、そもそも朝食をとること自体が稀な私にはもうどんなものでも良し。フルーツだけでも、オレンジジュースだけでもいいのだが、ちゃんとご飯を1杯食べる。
チェックアウトする際、実家と妻へ地ビールのお土産を買う。一本\500。その地ビール代も含めて\6,000。相当安く上がったと思う。また来る機会があるかどうかはわからないが、一人旅ならぜひともまた利用したい宿だ。
46号線方面へ、相変わらず車の少ない道を爆走する。平気で120km/h位出てしまうほど、爽快な道路だ。すぐF.Iさんの家に向かおうとも思ったが、ここまで来て雫石駅を全く見ないと言うのも惜しいと思い、ちょっと寄り道をする。

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秋田新幹線が停車する駅のようだが、人気がほとんど無い。居たのは猫とタクシーの運転手の方のみ。中まで入りたかったが、車を路駐しているのでリスクをおかす気にもなれず。すぐ46号線へ戻る。
46号線を盛岡市方面へ走っているときに「バシッ!」という音がする。嫌な予感がしたが、思ったとおりフロントガラスに飛び石。それほど大きな被害は無いが、近いうちに交換が必要だろう。嫌な出費だとげんなりさせられるが、不可抗力である。どうしようもない。再び盛岡ICを越えて国道4号線も横切り、東へ。
国道4号線。私とはもっとも関係の密接な国道だといえよう。蓮田からはちょっと走る必要があるが、4号線は決して遠くない。妻の親戚達がいる白河も、私の親戚が多い郡山も、私の実家も、私が通っていた学校も、そして、これから会うF.Iさんも...4号線という東北を北上する道路でつながっている。私は初めてその4号線の始点を東京で見かけたとき、不思議な気持ちに襲われた。現実的には4号線を北上して盛岡まで行くという酔狂な方は(私はやりかねないけど)あまり居ないと思う。とにかく岩手県の広さはすさまじい。でも、一つの道路の周辺に自分に関係した人や物が集結しているというのは、愛着を感じずにはいられない。
彼女の家は高台の住宅地の中にあった。その住宅地へどうやって入るのか、相当混乱させられた。私はナビをほぼ常に平面表示で使っているので、ここに東西南北という概念以外に「高さ」が入ってくると本当にわけがわからなくなる。わからないなりに「おそらくこの辺では...」というところに到着。彼女へ電話をすると、息子と一緒に迎えに来てくれた。結構いいところまでは来ていたらしい。彼女の家の駐車場に車を入れ、お宅へおじゃまする。
再会してまず思ったこと。
それは、想像したより彼女が綺麗になっていたことであった。既に貰っていた写メールの写真は「わざと悪い写真送ったのか?」と疑いたくなるようなほどで、実際は相当きれい。本当に良い年の経方をしていると思った。髪が長くなり、時々メガネをかける。これが16年間における大きな違いだといえるが、さほど変わりはない。昼間にすれ違ったなら、私も気が付いたことだろう。その機会がなく、常に夜ばかりであったことが悔やまれる。
「昔好きだった人にあってガックリする」という経験談を4つ年上の友人から聞いていた。こと30才を過ぎるとそういう傾向が顕著に感じられるらしい。しかし、彼女に関して言えば全くその例は当てはまらない。私は彼女に告白したことがあるのだが(残念ながらうまくはいかなかったのだけれど)素敵な人に告白したものだと昔の自分を少し褒めてやりたくなった。だが、一度振られただけであっさりとあきらめてしまった過去の自分をぶん殴ってやりたくもなった。
とても素敵になっていたということに対する私なりの最大限の表現なのだが、読んだ方、少しは気持ちが通じただろうか?
さて、彼女の家に居たのは彼女だけではない。猛烈に元気のいい彼女の息子、I君である。目がクリッとして可愛い男の子であるが、うちのおっとり息子とは大違いでとにかく元気である。大汗をかきながらも全力で彼は私に「遊べ~~」と向かってくる。「普段はこんな遊びしないんだぞ~」というような(というかおっとりな息子にはまず無理)激しさい遊び。ボール、バット、ブロック、全てのものが彼にとっては遊び道具になる。その様子を見る彼女を見て、「母親なんだなぁ」という16年間という時間の無常さを感じる。
遊んでいるうちにお昼になった。「何が食べたい?」と聞かれていた私は冷麺をリクエストしていたために、彼女は冷麺を作ってくれた。それ以外にじゃじゃ麺という選択肢もあったのだが、私は冷麺を希望。辛いキムチも食べようとするI君...すごいなぁとおもう。うちの息子はまず無理。辛いとかいう以前に、食べられないものが多すぎるのである。
目の前に彼女が居て、一緒に食事をしている。これも16年ぶり。私が中学の放送委員会に入っていた頃、彼女と給食を食べたきりである。こんなことを書くと怒られるかもしれないが、彼女はみかんの皮をむくのが下手だった。小学校の頃から変わっていなかったから「相変わらず、そういうむきかたをしているの~?」と、ちょっとバカにしたことがある。「今は上手にむけるよ」と彼女は言う。会って話すことで、記憶の片隅に追いやられていたものがどんどんと表層化してくる。何もかもが、面白かった思い出ばかりだ。そして、今ならあのころシャイで言うことができなかった思い出も今なら堂々と言うことができた。私は彼女によく追いかけられていた。ほかの女の子にちょっかいを出したりしてF.Iさんに怒られていたのだ。彼女は足が速いから私を本当に捕まえてしまう。でも、私は捕まりたかったし、心の中では逃げているのではなく、F.Iさんのことを追いかけていた。ちょっかいを出していた女の子のことなど、正直言えばどうでもよかった。そんな思いを小学校5年から中学校を卒業するまで抱き続けていた。ただ、告白できたのは中学校を卒業したとき。それまでは付き合っていた別な彼女がいたし、陸上部で鬼のように走るのが速かった彼女が、スポーツとはまるで縁がなかった私を見てくれるという自信がなかった。だが、他県の学校に進学する予定だったから、最後のチャンスに負ける覚悟十分で挑んだ。その時のことは今でも昨日の出来事のように思い出せる。
彼女と話したいことはいくらでもあった。が、今回は世間話だけではなく一つミッションがある。彼女の家のPCにWebの制作環境を構築し、簡単なレクチャーをすることである。I君の「遊べ~」という激しい主張と私の要領の悪さで、作業は中々進捗せず。このミッションがなければ徹底的に遊んであげたのだが...しかもI君のママに対するジェラシーのような感覚が私の作業を見事に拒む。しかし、I君の気持ちも良くわかる。相当ママ(F.Iさん)がすきなんだなぁ。
2時過ぎに彼女の娘、Mちゃんが幼稚園から帰ってきた。Mちゃんはママの子供の頃に良く似ている。昔の彼女と同じように小麦色の肌。私は彼女とアンパンマンのカルタをする。でも、I君はもっと別な遊びをしたいようだ。階段を上ったり下りたりしている私についてきてくれる。あまりに人懐っこいので抱きあげた。うちの息子より数kg思いくらいだろうか。
こんな具合で要領の悪い作業を続けていたら、15:00近くになってしまった。今日は帰る前に龍泉洞にも今日中に行っておきたいし...ということで、自動的にできるけど時間だけかかる作業をF.Iさんに任せ、お子さんたちには「また戻ってきたら、遊ぶからね」と言い聞かせ、中抜けして龍泉洞へ向かうことにした。所要時間は約二時間とのこと。それは普通の車で行ってでしょ?俺と相棒であるこの車ならどのくらいの時間で向かえるかな?
その日、左の腕に身につけていたZENITH RAINBOW FLYBACKのクロノグラフスタートボタンを押し、彼女が見送る中、龍泉洞のある岩泉町へ向かった。