ファッション的側面からの話ではなく、耐衝撃性という観点から乗馬時の時計を考えてみたい。
と、書いている本人も実は相当にどうしたらいいものか悩んでいるのである。
何よりも無難なのはデジタル式のクォーツであることはわかっている。等時性を水晶振動子から32.768kHzで得るデジタルクォーツには機械的動作が極めて少ない。つまり、物理的ショックによる影響を受ける部分が非常に少ないのである。ちなみにアナログ式のクォーツの場合、衝撃によって針が取れてしまうということが稀ながらも考えられる。
既に何度もブログの中でアピールしているとおり、私は機械式時計のファンである。日差も大きいしデリケート、オーバーホール等のメンテナンスも必要と、時計に対してストイックに実用性のみを求める人からすれば私は変人にしか思われないだろうが、時計好き人間の多くは私のような感じなのではないかと思う。さすがに水の中へ「ボチャーン」と入ったりするときにはクォーツの安い時計を使うが、乗馬くらいのスポーツならばそのまま機械式の時計を身につけていたいと思ってしまう。
初期の機械式時計は本当に衝撃に弱く、とてもスポーツ...いや、外で走り回りながら使えるようなものでは無かった。これを変えたのが1931年にポルテキャップ社が開発した耐震装置「インカブロック」である(メーカーによってはダイヤショックやパラショックという名前になっている)。テンプの天真が折れないようにばねを使って穴石を支えるこの仕組みは1930年代、登場してまもなくは高価で中々搭載できなかったようだが、腕時計の軍事利用により多く必要とされるようになり価格もこなれてきたようである。またムーブメントとケースの間に緩衝材を置いたり(そういう意味で言うと、最近のデカ厚時計は耐震という意味で有利だといえる)、ケースの外側を弾力があるプロテクターで囲む(G-SHOCKのようなイメージ)ものもある。このような手法も古典的耐震方法である。
しかし、スポーツにおける衝撃というものは皆さんが想像している以上にとても大きく、ゴルフのスィングだけで機械式時計が逝ってしまったと言う話などは良く聞くものである。逝ってしまうまでは行かなくても、精度が落ちる確実な要因であることは間違いない。実際、ゴルフのスィングではどの程度の加速度(G)がかかっているかというと、数百Gという強さである。野球やテニスも同じくらい。机の上に時計を置くという作業だけで10~20G、拍手は10~100G、木材にぶつけたときで30~100Gになる。
ちなみに1mからの自由落下で、床の素材が四ふっ化エチレン樹脂の場合だと4,000~5,000Gとなる。物体の衝撃は高さの平方根に比例するため、25cmからの落下は2,000~2,500G、反対に4mならば8,000~10,000G、9mならその倍、16mならさらに倍となる。これがエチレン樹脂ではなくコンクリートだったりすると...相当なものになるだろう。
ちなみに乗馬における加速度はデータが無く、良くわからない。上記では一瞬の衝撃について例を挙げたが、実は一瞬よりも継続的に衝撃が加わるほうがムーブメントへの影響は大きい。そういう意味で、乗馬が機械式時計に優しくなさそうなことは容易に想像できる。
ゴルフの時に使うべきではないという割にTAGHEUERはアンバサダーとしてタイガー・ウッズを使っているし(クォーツも売っているからいいのか?)、ROLEXの海外向けCMでは乗馬シーンが使われている。Jaeger-LeCoultreの「レベルソ」という文字盤が表裏回転する定番モデルがあるが、これはポロ競技で風防を破損しないための工夫だという。ポロ競技は馬に乗るし、マレットで球を打つわけだから、もう機械式時計にとっては最悪のスポーツだといわざる得ない。
もちろんこれはスポーティさや優雅さを前面に出すというマーケティング的な要素が多分に含まれていることは否定しない。しかし、少なからずユーザーへの誤解を与えるのではないかと危惧してしまう気持ちもある。
破壊にまで至らなくても、精度が狂う要因になっていることは紛れも無い事実といっていいだろう。こうした衝撃に対する新技術が最近はいくつか見られるが、機械式ムーブメントが精度不良をの回避を求めるならば「ハイビート化」、「テンプの振り角の向上」、「フリースプラングテンプ(緩急針を使用しない)」、「テンプの保護」、「ひげゼンマイの素材改良」あたりが有効だと思う。
ハイビート化することによって、瞬間的に受ける衝撃がテンプの動きに影響する時間は短縮されることになる。ゆっくり回る独楽に外乱を与えるとすぐにぐらつくが、早く回る独楽はそれより外乱の影響を受けにくい。それと同じ理屈である。
テンワを大きくするなどしてテンプの振り角を高めれば、テンプの慣性モーメントが高くなるわけだから、これも耐衝撃という意味では有効だ。小さな独楽よりも大きな独楽の方が外乱に強い。
フリースプラングテンプは「緩急針を使わない」というところがポイント。割と衝撃で緩急針は動いてしまうので、精度に大きな影響を与える。
テンプの保護の具体的な手法は、ダブルブリッジ化やテンプブリッジに使用するマテリアルによる工夫がある。現行ROLEXやOMEGAのCal.8500系は両持ちにしているし、マテリアルの工夫であれば、ZENITHのDefyシリーズに採用されている「ゼニチウムZ(アルミ・チタン・ニオビウムによる形状記憶性を持つ合金)」などが該当しよう。
ひげぜんまいの素材で最先端を行っているのは、ROLEXが2000年にリリースしたコスモグラフ・デイトナから搭載をはじめたひげゼンマイだろう。パラクロム・ニオビウム・ジルコニウムの合金によって作られておりニオビウムの形状記憶能力が耐衝撃性も高めているだけではなく、高耐磁性、温度特性も兼ね備える。美しいブルーのひげゼンマイだが、これはニオビウムの酸化皮膜によるものである。
上記のような工夫等で耐衝撃性を持たせた時計で"ISO 1413-1984 Horology-Shock-resistant watches"の試験をパスすれば「Shock-resistant watches(耐衝撃ウオッチ)」を名乗ることができる。試験内容を軽く紹介すると
- 1mから硬い木材への自由落下を行う(5000Gくらい?)。
- 耐衝撃試験によって停止しないこと。
- 残留影響が60秒/日以内であること。
- ウォッチの性能に影響する異常(針の曲がりや外れ、自動巻やカレンダー装置の損傷、ガラスの割れ、竜頭・ボタンの破損など)が生じないこと。
である。昔は確かに「耐衝撃」と明確に書かれた時計が存在していた記憶がある。でも最近は見ないなぁ。
この記載が無くても、多くの時計メーカーは独自に耐衝撃試験を行っている。それには共通なルールがあるわけではなくメーカー独自なのだが「何をやるにも大げさなくらいの性能を持たす」IWCは600Gの衝撃を50,000回与えるテスト(実用性という意味ではでかい一撃の衝撃テストよりも効果的)、軍用から派生したパネライの試験も5000Gの自由落下テストはもちろん、28Gの衝撃(時計をうっかり何かにぶつけてしまうレベルの衝撃)を連続的に与えるテストを行っている。プロ用の計器を標榜するブライトリングは衝撃試験(サファイア風防側に鉄球をぶち当てるという豪快なもの)を実施している。
機械式時計の復権からしばらく時間が経過した現在「スポーツウォッチ」という定義が変わってきていると思う。確かにISOのような共通仕様も必要かと思うが、それを上回る性能を持たせること、それが各ブランドに持つイメージの裏づけとして機能してきている。「虚飾のブランド」ではなく「実力の伴うブランド」として市場に存在していくためには、ISOを超える独自のテストが必要なのだろう。だが、その辺りに拘りすぎるにあまり、商品が数百万になられたりすると辛いわけだが。
さて、一般的な話から私個人が持っている機械式時計でどれを使おうという話になるのだが、とりあえずレザーストラップモデルは除外しておく。ということで
あたりに絞られてくる。ちなみに、フリースプラングテンプモデルはROLEXのみ(ダメダメじゃん!)。OMEGAのDe Ville Co-Axialはフリースプラングだけど、レザーストラップだしなぁ。
SpeedmasterはNASA正式採用(厳密にはMoon Phaseモデルじゃないけど)されているという実績がある。だが、衝撃・振動関連のテストは
- 衝撃テスト
40Gの衝撃を11/1000秒間、繰り返し加圧する。 - 加速度テスト
333秒間で1Gから7.5Gになるまで加速した後、16Gを30秒間加圧える。 - 振動テスト
5Hzから2,000Hzの可変振動を30分間与える。
と、実は大したことがない。しかし、バイク愛好家が多用しているという実績を考慮すると、乗馬でもいけるんじゃないかなぁという気がしてしまう。何より、手巻きであるためにローター周りの損傷を気にしなくていいというのはポイントが高い。但し、6振動のロービートである。だが、かなりテンプの振り角が大きいから影響は少ないような気もする。
余談だが、
ダイワ時計店のサイトを見ると、乗馬でこのモデルを使う自信が出てくる(苦笑)。まぁ、機械式の修理などろくにできない私に同じようなマネはとても出来ませんけど。
Rainbow Flybackも開発経緯に注目したい。結果として採用はされなかったものの、フランス空軍との共同開発という点が見逃せない。しかし、戦闘機における人間の耐久限界加速度は9G程度と、日常的に時計にかかる振動からすると不安は残る。さらにパーツ点数の多いエル・プリメロ...現行Defyならまだしも、ちょっと危険な感じは否めない。10振動の超ハイビートで精度はいいのだが、緩急針がぶっ飛んでは元も子もない...
実用最強(だと思っている)ROLEX OYSTER PERPETUAL DATEは、Cal.3135搭載。ダブルブリッジで、同社のデイト付きスポーツモデルの多くに搭載されているムーブメントと一緒である。そして唯一のフリースプラングテンプモデル。スペックだけを見ていると、私が所持する時計の中では最も乗馬に適していそう。
次はTAGHEUER 4000。TAGHEUERは自ら「スポーツウォッチ」メーカーを標榜するだけのことはあり、昔からハードな試験を出荷に際して課しているブランドでもある。衝撃に関しても例外ではなく、5000Gの落下試験はこのモデルがリリースされたことからやっているし、現在は振動を継続的に与える試験やクロノグラフボタン、逆回転防止ベゼルの耐久試験もしっかりやっている。だが、このモデルのムーブメントはCal.ETA 2894-2。しかも価格的にはETAポンっぽい感じがする。ノーマルのETA系ムーブメントは自動巻きローター部分の評判がすこぶる悪い。悪くすると振動で外れてしまうのではないかと心配になる。故障時のショックは(価格的に)大きくなさそうだが、乗馬にはあまり適してなさそうな感じがする。
OMEGA Seamaster 120mもETAムーブメント(ETA2892-A2)を採用するが、こちらはポン載せではなく、自動巻きローターのベアリング部を見直してもともとの物よりも耐衝撃性を高めている。また、インナーに耐磁プレートを持つ。元々は名前のとおり磁力による影響を防ぐためのものなのだが、結果的には緩衝材的役割も果たし、耐衝撃性を高めるためにも役立っている。
私は持っていないが、後継機のAqua Terrorならフリースプラングテンプを採用しているため、より衝撃に強そうだが、あっちはあっちで耐磁プレートが無いんだよな~。
という具合で、一番適しているのはROLEX OYSTER PERPETUAL DATEという結果に。しかしねぇ、これは主にONの時に使用している時計なんだよなぁ。出来ればクロノグラフであったりしてほしいと思うのだが、上記要件をフルに満たす時計というのはROLEXのコスモグラフデイトナを初めとした高価なものばかりである。そこそこ満たすモデルで安価なもので、フレデリック・ピゲのムーブメントを搭載したOMEGAのクロノグラフやBreitlingのクロノマットエボリューション辺りかねぇ...
当面はスピマスで乗馬することにしましょう。本格的に精度がおかしくなったら、またブログにて報告いたします。OMEGAとNASA認定クォリティを信じて、人柱となりましょう。