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必殺仕業人 始まる

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『あんた、この世をどう思う?
 どうってことねぇか
 あんたそれでも生きてんの?
 この世の川を見てごらんな
 石が流れて木の葉が沈む いけねぇなぁ
 面白いかい、あんた死んだふりはよそうぜ
 やっぱり木の葉はピラピラ流れて欲しいんだよ
 石ころはジョボンと沈んでもらいてぇんだよ
 おい、あんた、聞いてんの、聞いてんのかよ…
 あら、もう死んでやがら
 あ~菜っ葉ばかり食ってやがったからなぁ』

テレビ埼玉で月~木曜日のAM9:00~放映されている必殺シリーズの再放送。ここ数週間は高校野球の埼玉県予選とテレビショッピングが放送されていて中断されていたが、8/2からはついに名作(迷作?)必殺シリーズ第7弾「必殺仕業人」が始まった。
(当時の放送期間は1976年1月26日から1976年7月23日までの全28回)
上記はこの番組オープニングのナレーションで、宇崎竜童が担当している。ダウン・タウン・ヴギウギ・バンドが「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」をヒットさせたのが前年7月頃で、「あんた」という呼びかけはこの曲の歌詞「あんた、あの娘のなんなのさ」からの引用である(笑)。

仕業人の概要は過去のブログで掲載したが、とにかく貧乏で埃っぽく、赤い色ばかり目に付く(女郎の腰巻とか、剣之介の居合い抜き用竹光の鞘とか…主役の名前も赤井だ)。牢屋周り同心に降格させられた主水の姿もかなりみすぼらしく、髷は広がりっぱなしだし、無精ひげもすごい。着物も色あせている。下戸だった主水が酒を日中から飲みまくり、第3話では美人局のようなものに引っかかったりしている。

必殺シリーズにかなりの思い入れがある私も、シリーズ全ての話を見たわけではない(小学生の頃によく再放送を見ていたが、話を覚えては居ない)。仕業人のストーリーの中で、明確に記憶に残っているのは10話位である。よって、今回の再放送で初めて見る話も少なくはない。既に本日で4話まで放映されている。秀作ばかりだ。4話見て、確信した。私は必殺シリーズの中でこの仕業人が最も好きであることを。前回の主水シリーズ「必殺仕置屋稼業」なんかの比ではない。他にも「必殺うらごろし」辺りが好きだということは、貧乏でどうしようもない底辺の人々の暮らしを描いた作品がどうも私は好きなようである。

1話「あんたこの世をどう思う」で主水と剣之介が出会ったシーンにおける剣之介の台詞『あの…金貸せ!』がこの作品の印象を強烈に決定付けている。私は飲んでいたコーヒーを噴出しそうになった。
2話の「あんたこの仕業をどう思う」津川雅彦の強さもたまらない。日ごろから瓦割りなどをして異様なほどに体を鍛えている悪徳商人、田島屋伝兵衛役である。『健全な体には健全な心が宿る。これが私の信条ですから』と、悪役ながらも言い放つ。津川雅彦は「必殺橋掛人」では主役「柳次」を演じているが、初期必殺から強力な悪役として幾度となく登場している。「必殺必中仕置屋稼業」では西洋博打(ポーカーですが)で数万両という大金を摩ってしまう「負けて勝負」(殺しの無い回で、シリーズ中では非常に貴重)に登場し、「必殺仕置屋稼業」の「一筆啓上罠が見えた」では元締の一人「鳶辰」の役で登場、主水を追い詰めている。市松の助けが無ければ、間違いなく主水は死んでいただろう。そして、映画「主水死す」では、主水と相打ちになる葛西衆のボス役を演じている。
3話「あんたこの娘をどう思う」の展開もすごい。お市という娘(テレサ野田)の愛犬を殺して弄んだ男たちの仕置を、お市からちゃんと依頼されたわけではないのに「俺はやるぜぇ」と勝手に受けて仕置を始めてしまう。
4話「あんたこの親子をどう思う」も、見ていると金のために殺しが起きるのを心待ちにしているような雰囲気すら漂っているわけで、なんとも不謹慎極まりないのだが、それがいい。

こんな調子の作品が28話も見られると思うと、今から楽しみでならない。

必殺仕置屋稼業

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『一筆啓上火の用心
 こんち日柄も良いようで あなたのお命もらいます
 人のお命いただくからは いずれ私も地獄道
 右手に刃を握っていても にわか仕込みの南無阿弥陀仏
 まずはこれまで あらあらかしこ』

テレビ埼玉で平日AM9:00から必殺シリーズ第6弾「必殺仕置屋稼業」が「必殺必中仕事屋稼業」の次として今日から放映されている。
(当時の放送期間は1975年7月4日から1976年1月9日までの全28回)
上記はこの番組開始のシーンでのナレーションで、前作の主役級の草笛光子(前作の嶋屋おせい)が担当している。

主役は一応、エンディングタイトルを見ていると市松(沖雅也)かと思うが、この作品には第4作に引き続き、中村主水(藤田まこと)が出演しており、いわゆる「主水シリーズ」の3作目にあたる。
本作は主水が北町奉行所から南町奉行所に異動になるところから始まる。しばらく裏の仕置の稼業から抜けていた主水であるが、本作の元締め…というよりは仲介役に近いおこう(中村玉緒)に
 「いったんこの(仕置の)道に入ったものは抜け出られんのと違いまっか?」
と押切られ、また自分の「裏稼業を始めるかどうか?」という判断が遅かったがために助けられなかった人も出てきたという自責の念もあってか、渋々承知して仕置を始める。今作では主水に監視役の十手持ち亀吉(小松政夫)がくっついてきて、仕事振りを細かく中村家の女達に伝えたりしている。前作から比べると、裏稼業は決してやりやすい状況ではないが、その中で何とか立ち回る主水の苦労は見ているものを楽しませてくれる。

仕置の方法だが、主水はいつもと同じ刀で相手を切る。藤田まこと氏もまだ若いので激しい立ち回りになることもあり、中々楽しめる。
市松は竹製の細い針のようなもので首の後ろから刺す。沖雅也は必殺シリーズ第2弾「必殺仕置人」いて「棺おけの錠」役で出演している。このときは武器がノミであったが、殺し方は非常に似ている。市松はちょっと設定が変わっていて、仕置人というよりフリーの殺し屋に近い。そのため、主水が持ってくる仕事以外でも殺しをしている。
印玄という坊さん(ひどい破戒僧w女は買うわ、人は殺すわ…)は相手を屋根の上まで怪力で持ち上げ、そこから叩き落すというもの。今までのシリーズにも何人か出ている怪力系キャラである(仕置され落ちていく悪役が「やめて止めてやめて止めて…」といいながら何度もアップになりつつ落ちていく姿は結構笑えるものがある。
殺しは主にこの3人が行うが、情報収集(今までの「おひろめの半次」のような仕事)は捨三(渡辺篤史)が担当する。情報収集以外にも、殺しの誘導役までもできる中々の芸達者である(たまにしくじって、主水にボコボコにされているけど…)。普段は風呂屋の風呂焚きをしており、この風呂焚き場が裏稼業の打ち合わせや仕置料のやり取り場になっている。

本作の見所はやはり市松と主水のやり取りであろう。最初に市松と主水はお互いを敵同士として戦うのだが、この戦いは必殺史上5本の指には入ると思われる名勝負である。こうした出会いであるから2人の関係はちょっとクール。だが、本作の最終回にもそのクールさの中にも思いやる気持ちが多少生まれてきたりしているのがおもしろい。そのために主水はひどい目に合わされるわけだが。
しかし沖雅也という俳優はすごいと思わされる。仕置人の「棺おけの錠」はひどい熱血漢であったが、市松はものすごいクールなキャラクターである。こうした「役になりきれる」名優であった。早世されたことが大変惜しまれる。

必殺仕切人

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『花が咲いても人は泣き その泣き声は蝉時雨
 月は晴れても心は闇で 逃げて彷徨う雪の中
 一年三百六十五日 鴉の泣かぬ日はあれど
 悪人笑わぬ日とてない 恨みを断ち切る仕切人
 浮世の気晴らしなさってくだせえ』

テレビ埼玉で「必殺必中仕事屋稼業」が放映されているかと思えば、テレビ東京の平日11:35~12:30には「必殺仕切人」が放映されている。私は毎日必殺を2作見ているわけで、脳が完全に必殺脳になっている。
(1984年8月31日~12月28日まで18回放映)
上記は番組開始時のナレーションで、市川段四郎が担当している。

主役はキャストの順番を見ていると、占い師をしている「お国(京マチ子)」ということになるが、実際は三味線屋の「勇次(中条きよし)」であろう。あの見事な三味線糸捌きで、悪人どもを吊り上げている。
本作の特徴は、必殺必中仕置屋稼業とは正反対で、仕事人の多さとその派手さが挙げられる。「お国」は矢のような先が尖った細い棒で首筋を刺して殺す。針仕事の指導をしている「新吉(小野寺昭)」は竹の定規に見立てた薄い刃の刀で突き刺す。殺しの際、ターゲットを特定するために相手に待ち針を刺し、その待針が夜光塗料が塗ってあるかのように光るため、そこに向かって突撃して刺し殺す。見ていて意外と面白い。途中から殺し業が変わったために技を二つ持つ理髪店の旦那「勘平(芦屋雁之助)」は、前半は尖った小指で相手の髷を切って、解けた髪で相手の首を絞め殺す方法(必殺仕業人の赤井剣之介に近い)と、木や柱にゴムのように弾力性のある紐を括ってリングのようなものを作り、そこに相手を投げ飛ばして返ってくる相手を壁にぶつけたり、ラリアットしたり…見てもらわないとこれはわからないかもしれない。小鳥屋「虎田龍之助(高橋悦史)」は、死に顔を見たくないので布で相手の顔を隠し、鉄製のものすごく大きなキセルで頭を殴る。本当に大きいキセルで、あんなもので殴られたら1撃で脳が陥没するだろう。どうでもいいが、虎田龍之助っていうか高橋悦史はかっこよすぎるぞ。学生何だか良くわからないおにいちゃん「日増(山本陽一)」は殺し役というより、相手を誘導したり、驚かせたりするのが主な役目。爆発させたいところまで火薬を誘導させ、その火薬の列に着火。大爆発を起こす。「勇次」は言うまでも無いと思うが、三味線の糸で相手の首を引っかけ、らんまや木のようなものに引っかけて吊り上げ、殺す。えーと、つまり6人も殺し屋が居ることになる(虎田龍之助は出演する時としないときがある)。

こんなに人数がいたら一人当たりの仕事料が目減りして何だかやってられないような気分になりそうだが、そういう考えも吹っ飛んでしまいそうなほど殺しが派手なので、もうどうでも良くなってくる。あまり深いテーマの話も多くは無い。とにかくばっさばっさと人を殺してスカッとしたい人向けの作品である。個人的には新吉の殺しが好きである。

必殺必中仕事屋稼業

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『金に生きるは下品に過ぎる 恋に生きるは切なすぎる
 出世に生きるはくたびれる とかくこの世は一天地六
 命ぎりぎり勝負を賭ける 仕事はよろず引き受けましょう
 大小遠近男女は問わず 委細面談仕事屋稼業』

始まってしばらく経つが、テレビ埼玉で平日AM9:00から必殺シリーズ第5弾「必殺必中仕事屋稼業」が放映されている。
(放映当時はは1975年1月4日~6月27日までの、全26回)
上記はその番組開始のナレーションである。この作品辺りから定着してきたのか、前作の主役級(つまり、暗闇仕留人の中村主水)がこのナレーションをしている。
「必殺」の文字を冠した作品としては、必殺仕置人以来、3作ぶりである。
(必殺仕置人放映時に、仕置人をみて逆上して人を殺したと言われた事件があり、それ以来、明らかに必殺シリーズなのだが「必殺」の文字は番組タイトルにつけていなかったのである)
番組のテーマはナレーションにあるように、博打。とにかく「賭ける」ことがこの番組の一貫したテーマになっている。賭けるのは金だけではない。仕事師たちの「命」も賭けながら仕事をしていくのである。

主役は坊主そばという蕎麦屋の主人「半兵衛(緒方拳)」、遊び人の「政吉(林隆三)」、そして元締め的存在である、飛脚問屋の主「おせい(草笛光子)」である。主に殺しに関わるのは前の二人で、半兵衛は鬚そり用の剃刀で首の動脈を切る(飛血をさけるため、手ぬぐいで首を押さえて殺す)。放映当時、理容業界で同じ剃刀を使っていたため、理容業界の団体からクレームがついたといういわくつきの代物である。政吉は匕首のようなものだが、これは元々はおせいが政吉に与えたものである。最終回まで、おせいの口から出ることは無かったが、政吉はおせいの子であり、止むに止まれぬ事情があり、おせいは政吉を子供の頃に捨てている。そのときに、その匕首を渡している。
殺しに関しては、シリーズを見渡しても最も戦力不足かもしれない。たまにおせいも茶道具に細工をしたもので殺しに関わることもあったが、ほとんど半兵衛と政吉が対応している。そのため、一人が数人殺らなくてはならない回も少なくは無い。

シリーズ中、この作品が特殊なのは仕事料の出所である。おせいは「仕事屋」と呼ばれる裏稼業(直接殺しを依頼されることもあるが、どちらかというと探偵業に近い)をしているのだが、そこで依頼人から金を受け取っていない(とか、受け取る前に殺されちゃってるとか)場合が多い。そのため、仕事料はおせいが身銭をきっている場合がほとんどである。昔、大悪党と付き合って大金を手にし、飛脚問屋を始めたといえ、自分に関係する人が殺されたときに身銭を切る仕事師は確かにいたが、これほどの頻度で身銭を切る人は今まで居なかった。

全体的に「博打」という遊びの色を前面に出しているが、博打というのは明日はどうなるかすらわからない、刹那的な一面も持っている。本作品の最終回はまさにそれを象徴しているかのようなものである。
非主水シリーズの中では指折りの出来と思えるこの作品、毎日楽しみに拝見しております。

群馬テレビの20時

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群馬県ローカルの新聞は上毛新聞と言う新聞らしい。ASPENに置かれていたので何気に見てみたところ、地元の話題が満載であった。さすが地元紙。
気絶しそうになったのはテレビ欄。群馬県のローカルテレビ局「群馬テレビ」でゴールデンタイムの20:00に放映されている番組がなんと!「必殺仕業人」(笑)。しかも今日は必殺シリーズのなかでも「でかい金が動く仕事は失敗する」という王道を作った作品「あんたこの五百両をどう思う」である。私はこの話のビデオまで持っているので別に見はしなかったが、ゴールデンタイムに仕業人とは、テレビ埼玉を上回る無謀さと言わざるえないだろう。
テレビ埼玉では現在「暗闇仕留人」が放映されているが、そろそろ終わりそうな時期である。次は「必殺必中仕事屋稼業」が放映されるのであろうか?とても気になる。

あいも変わらず「必殺仕業人」の第16話「あんたこの無法をどう思う?」を見ていたところ、ゲスト出演していた女優にノックアウトされる。とても美人なのである。エンディングを見てこの女優が「横山リエ」と言う名であることを知る。
必殺仕業人は1976年の作品。私が生まれる前に放映された作品である。「どの時代でも美人は美人なんだなぁ」と思い、興味本位でググってみたが思いのほか情報が少ない。そんな中、ピンポイントでかなり的確な情報を提供してくれたブログを発見。この店が新宿に残っていたなら、私も一度訪れてみたかった。
もう少し早く映像で出会っていたらねぇ。「新宿泥棒日記」も見てみようかしら。

暗闇仕留人

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テレ玉(テレビ埼玉の略)にて、平日15:35から必殺シリーズ第3弾「助け人走る!」が放映されていたが、昨日、最終回を迎えて本日からシリーズ第4弾「暗闇仕留人」の放映が始まった。
時代は幕末、浦賀にペリーがやってきた頃の話で、主人公は石坂浩二が演じる「糸井貢」、蘭学者である。インテリな役柄であり、幕末という混乱期にどのように身を処すべきかをシリーズ通して悩んでいる。他には藤田まこと演じる「中村主水」と、心臓つぶしで相手を倒す石屋の大吉が仕置人として登場する。念仏の鉄の殺しのように、大吉の殺しにはレントゲン&オシロスコープが使用され、心臓が止まる様子がかなり面白く演出されている。

幕末という時代、病弱であった貢の妻「あや」が途中で死んでしまうこと(貢がこの稼業に加わったのは、あやの治療代を稼ぐという理由があった)、そして最後の貢の死…死に行く中で、この必殺シリーズ全体に影響を及ぼすような大きな問いを残したまま散っていく。シリーズ中のほか作品と比較しても、やりきれないような話が比較的多い作品である。しかし「助け人走る!」よりはどう見ても面白い。

しかし第3弾、第4弾と続けて必殺シリーズを放映してくれているテレ玉。ということは、次はシリーズ5弾「必殺必中仕事屋稼業」が放映されるのであろうか?とても楽しみである。


…うあー。って、テレビ東京で11:35から必殺渡し人やってんじゃん!今Yahoo!のテレビ番組表を見て気が付いた…。ちょっとショック(泣)。渡し人も最後は切ないんだよなぁ。とにかく録画しなきゃ。

埼玉のローカルテレビ局「テレビ埼玉」では、平日15:35から必殺シリーズ第3弾「助け人走る」が再放送されている。私はシリーズ中、この作品はさほど好きなわけではないのだが、まぁ腐っても必殺ということでそれなりに楽しんで見ている(チバテレビでは必殺シリーズ第12弾「必殺商売人」が放映されている。実にうらやましい。)
ワンセグチューナーによる初録画は「助け人走る」にすることに決定。EPG情報から直接番組を予約できれば良いのだが、ワンセグの電波からEPG情報を取得しているせいなのか、何らかの理由のための仕様なのか、テレビ番組表を数時間後までしか見ることができない。んー、インターネットからのiEPG情報を元に番組表を作ってくれればいいのに…まぁ、モバイルユーザーを対象に作っているための仕様なのか?インターネットに接続されていればiEPGから、接続されていなければEPGと切り替えてくれるとベストであるが…まぁ、iEPG情報を提供してくれるサイトのiEPGボタンを押すと自動的に予約ウィンドウが開き、情報がこのように登録される。毎週繰り返しの予約も可能だが、これは手動で行う必要がある。まぁこの程度は仕方が無いだろう。
撮影されたビデオは録画時に使用したがDH-ONE/U2接続されている同一パソコンでないと再生できないように暗号化されている。ちょっとこれは不便である。そもそもワンセグは高画質ではなく、収集に適した形式ではない。また、録画したものをポータブルデバイスで通勤中に見たいというような希望もあるだろう。どうにかならないものだろうか…?また、電波が正常に届いているかどうかがわからないので、録画予約したものの録画できていなかったという可能性もある。そのあたりは割りきりが必要だろう。
とつらつらと不便な点も述べたものの、1万円位でこれだけ楽しめる本製品は買いである。市場では品薄とのことだが、見かけたら衝動買いしても損しない製品であると思う。しかし、テレビを自室で見ることができるようになると、部屋への引きこもりがますます加速されてしまう。私的にはそれが最も大きな問題である。

必殺仕業人

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また時代劇ネタ(しかも必殺)で申し訳ない。
全30シリーズもあれば、一癖、二癖ある作品が存在するのは仕方が無いことである。先日、必殺シリーズの中でも「金を受け取らないで恨みをはらす」という、他シリーズでは見られない特殊性を持つ「必殺うらごろし」を紹介した。今回紹介する必殺仕業人は必殺シリーズの顔である「中村主水」こと「藤田まこと」が出演している作品である。シリーズ第7作、1976年1月26日~1976年7月23日まで、全28回にわたって放映された。ちなみに、本作品名は公募で決まったらしい。

雰囲気を知ってもらうためには、まずこのオープニングを見てもらうのが良いだろうか(YouTubeへのリンクなので、気をつけて)。語りは宇崎竜童である(港のヨウコ横浜横須賀~のオマージュ?)。「菜っ葉ばっかり食ってやがったからなぁ」のセリフに、噴出しそうになったことを覚えている。

本作品全体を覆う雰囲気、それはひたすら暗く、セコイ。シリーズ中、色々な閑職に追いやられる中村主水だが、コレが最低だろう。必殺仕業人の前シリーズ「必殺仕置屋稼業」の最終回にて自らの仕置の仲間である市松(沖雅也)をわざと逃がしてしまい、その不始末のために同心の中では最下級の牢回り同心に左遷されている。主水は無精鬚+色あせた着物を着用し、小伝馬町の牢屋敷から出ることは無い。そのため、今まで定町廻り同心として受け取っていた袖の下を手にすることもできず、貧しさに加速がかかる。中村家には間借り人まで居る始末。当然、奉行所からの給金で生活していくこともできず、仕置に手を染める。しかし仕事の元が罪人だったり、貧乏浪人だったり、町人だったりと、とにかく頼みの筋の規模が小さい。当然、仕置料も安い。

さらにすばらしいのは、仕置をする仲間である。おそらく必殺シリーズ中、最弱なんじゃないだろうか?前作にて「屋根から人を叩き落とす」という方法で仕置をしていた怪僧「印玄(新克利)」は、最終回に死んでしまっている。市松は江戸から逃げてしまっており、主に情報収集なんかを担当していた捨三(渡辺篤史)のみが残った(捨三は前作は風呂焚きを表の生業にしていたが、焼けてしまったとかなんとかで女郎屋の腰巻洗いに仕事を変えている。よって、本作における裏の仕事の打ち合わせは、腰巻の干し場に…また悲壮感を漂わせる…)。
で、メンバーなんだが
 ・牢回り同心
 ・やいとや(鍼灸師のようなものか?)
 ・脱藩の上、お尋ね者の大道芸人(内縁の女房付き)
まず「やいとや」だが、正しい名前は「やいとや又右衛門(大出俊)」。これがまた腕っ節が弱く、キザで女にばかり強い。殺しの方法は、高温で熱した針を急所に差し込むというもの。主に女の殺し及び、どう見ても強くない相手の殺し担当。異様なほどの験担ぎ。占い次第で殺しの気分も変わるときている。
そして、お尋ね者の脱藩男、内縁の妻(中尾ミエ)付き。「赤井剣之介(中村敦夫)」という名前(コレも偽名らしいのだが)である。第一話にてメンバーに加入するのだが、昼間は役人に見つからないようにするためか、顔を白塗りにし、居合い抜きのようなものを披露して日銭を稼いでいる。主水に初対面で「お前、金貸せ!」といきなり絡みつく。どうやら、どこかで出会った市松から主水のことを聞いていて、裏の顔の事も知っていたらしい。居合いに使っている刀は竹光であり、これを殺しに使うわけではない。剣の腕は確かなようなのだが、武士を辞めたということで、剣を持って戦おうとしない。指先に刃物が付いた指輪のようなものを付け、男性なら髷、女性なら結ってある髪をほどき、その髪の毛で相手の首を絞めて殺す。刀に比べて圧倒的に非効率な上に、弱い。返り討ちに合いそうになることもしばしば…。

主水の苦労ばかり見せられ、日常のセリフは「おめぇ、銭もってるか?」ばかり。まさに江戸時代の底辺感覚。そのドブ水のような世界で生き抜く者達を描いたこの作品は、好き、嫌いの意見が大きく分かれるだろう。いい男たちがすばらしいアクションで華麗に人を殺める。それが世における「必殺」というシリーズのイメージだろうが、その正反対を行っている。俺はそういうのが好きなんだなぁ。

慶次郎縁側日記3

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NHKの木曜時代劇、時代劇好きの私は結構見ている。ほとんどの作品は単発だが、慶次郎縁側日記ははシリーズ化され、ついに3シーズン目に突入。きっと人気があるのだろう。私はこの作品が最も好きである。なお、本作は北原亞以子の「慶次郎縁側日記シリーズ」を原作としている。
主役は元八丁堀同心の森口慶次郎(高橋英樹)。引退した今は根岸の寮番を飯炊きの左七(石橋蓮司)と共にしている。寮番といえど、元同心に出来ることといったらほとんど何もない。ほとんどの仕事を左七に任せて、ご隠居として居る様なものである。慶次郎は妻を亡くし、そして1シーズンの初めに三千代という娘を亡くしている。亡くなった三千代の許婚であった晃之助(比留間由哲)が養子となり森口家を継いでいる。そして晃之助は皐月(安達祐実)という妻を娶っている。2シーズン目に夫婦の間に子供も生まれた。
慶次郎は八丁堀同心で会った頃「仏の旦那」と呼ばれているほど寛容な男だった。義理や人情を重んじ、被害者にも下手人にも出来る限りの事をしてきた。だが、どれだけ心を砕いても、彼は無力であった。切なくなるほどに。隠居した今でも家のこと、左七のことをはじめ皆のことを思うが、どうしてやることもできない。しかし、それでも彼は「もっと、もっと」と世俗に分け入り生きながらえながら無力であることを感じ続ける。
初回である今回のタイトルは「峠」、半ば正当防衛で人を殺してしまった男の話(どうも初回は衝撃的なものが多い)である。まだ慶次郎が八丁堀同心であった頃の話。峠越え途中の男の前に野盗が現れ、襲いかかる。男と野盗がもみ合いになっていると、足を滑らせて2人は谷に落ちそうになる。間一髪、落ちる途中にあった木につかまり助かるが、野盗が男の足につかまり「助けてくれー」と叫んでいる。しかし、男の手も大人2人分の重さを支える力は無く、このままでは2人とも助からない。思い切って野盗が持っていた鎌を足元に振るう。すると野盗は男の足に大きな傷を残し、絶叫と共に谷底へ落ちていった。
これは人通りのない峠での出来事。誰もこのことを知るものはいない。だが、人を殺したという事実は男の気持ちの中に残り、その恐怖から逃れることが出来ない。野盗が落ちていくときの叫び声を忘れることが出来ない。男は自分も死にたいと思うようになった。
その重荷から逃れるため、男は仏と呼ばれた同心に全てを伝える。そして慶次郎は男に向かってこう言う。「生きて償え」と。
男は自首し、島送りになった。島でも金があるやつ、権力があるやつは様々なことで優遇されていた。罪が重くなかったため、そこそこの期間で島から帰ったが、罪人と呼ばれ全く相手にしてくれない。長屋の連中からも「島帰り」と陰口をたたかれるばかり。自首した後、生きて得たものは何も無かった。その恨みから、男は隠居した慶次郎を襲う。

生物には生きたいという本能がある。だが、絶望や諦め、憎悪の果てに、生きる希望を人は持ちえるのか?「それでも生きて欲しい」という思いがこのシリーズの中で一貫している大きなテーマである。1シーズン目では、慶次郎は娘の三千代を死に追いやった男を殺そうとした。だが、慶次郎にはそれはできなかった。2シーズン目ではその娘を死に追いやった男が病に倒れる。恨むべき目標を失う。そして、慶次郎と晃之助のお手先の辰吉と、三千代を死に追いやった男の娘との結婚を許した。慶次郎は絶望、諦め、憎悪を全て許した。
何か大きな流れの中で、人は本当に無力である。不条理な中、流れ流れて翻弄されながら生きていく。甘っちょろい勧善懲悪な話ではなく、何か心に残る。また来週が楽しみである。

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