子育ての最近のブログ記事

私の住む蓮田市の隣である伊奈町にはたくさんの学校がある。その中の一つがこの『埼玉自動車大学校』である。すごい名前だが専門学校である。昔は『埼玉工業専門学校』という名前で、略称が『埼玉工専』。5年間行くほうの「高専」と同じようで紛らわしいのである(ちなみに、埼玉県に高専は皆無)。私は高専卒なので余計に気になってしまうわけである。
いわゆる車体整備だけではなく、モータースポーツ科なんてものもある。金と時間に余裕があるなら、俺も入学してみたいものである。

この学校の文化祭に今日は行ってきた。車大好きの息子を連れてである。

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校舎に入ってすぐ見えるのは、自動車歴史館。往年の名車が数々展示されている。写真はマスタングコブラ。映画でしか見たことがない。

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他にもいくつも車があるが、私の目にとまったのは「BMW イセッタ600」。何がすごいって、車のフロントが開閉し、ここから乗り込むのである。もちろんレストアしたものだろうが、ここまでやるとはなかなか...。エンジンは水平対向 空冷2気筒で19.5ps。水平対向2気筒って何だかすごいよな...。すごく遅いんだろうと思う。

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車内からフロントを見た様子。こんな機構なので、当然ステアリングもドアと一緒に動く。非常に運転しにくそうである。

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シート側の様子。後ろの座席に乗り込むためには、前の座席をまたいで越えるのか?

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R33 SKYLINEを斬鉄剣で真っ二つにしたようなものも出展されていた。

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今は無き、日産の名直列6気筒エンジン、RB-25DET。エンジンの動きから、トランスミッションに動力が伝達、ドライブシャフトを介して後輪が回転するまでのメカニズムを見ることが出来る。同様の出展はポルシェ928やプリウスなどでも見られた。大変ためになる内容だが、息子はまだこういうものに興味を持つことは出来ない。

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で、息子の目を最もひき付けたのがラジコン。このCubeはテーパー角やタイヤにそれらしいものを選んでいるのか、やたらとドリフトする。

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校内にあるバスケットコートがラジコンの走行場となっていた。これだけのラジコンが走り回っていたのだが、さすがにみんな操縦がうまい。銃のようなプロポはどうも不慣れ。息子もやってみたいと言っているが、不可能なのは目に見えているし、高価なもの(モノによっては、チューニングに10万円近くかかっている)を破壊されてはたまらないので、見ているだけにした。
ここに来て息子のラジコン熱(息子の父のラジコン熱でもある)が開花。息子は帰りにトイザらスに寄ってラジコンを買うよう、私にせがむわけである。

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他のフロアにはモータースポーツ科が使用しているものではないかと思われるが、R31 SKYLINE RS TURBO。何だか懐かしい。

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こちらはR34 SKYLINE。ロールバーで強化されまくりである。

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そして、Altezza。スポーティなCセグメント車(BenzのC ClassやBMWの3)が好きなのである。R34は自信がないが、これならば運転してみたい。

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校庭は、学生が自作したというカート(といっても、レーシングカートのようなすごいものではない)で、パイロンがたくさんあるコースを回ることができた。息子が運転する気満々であったが、三歳児の足がアクセルやブレーキに届くはずもなく、運転を断念。その代わり、私の運転で楽しんでもらうことにした。アクセル踏みっぱなし、ステアリング操作でスラロームを抜けるとき、息子は「うぁぁあ」と喜んでいるのかびっくりしているのかいまいちわからないような声を出していた。乗車後、「ちょっと怖かったよぉ~」という息子。すいません、大人気なくて(笑)。

校庭外周では、電気で駆動するスクーターの試乗が行われていた。息子に「風になるかい?」と聞いてみたが、全く意味はわからなかったようだ。3歳児と二人乗りはまず無理。ということで、ちょっと待っていてもらってスクーターで校庭一周。この学校の校庭、バンク角がついているし...フルアクセルでも50km/hをちょっと越えるくらいだし、コースがいいので全力で走る。あのスクーターのうるさい音がなくて、これだけ走れるなら本当に使えると思う。私だけしっかり楽しんでしまった。

近所にあるカーディーラーから新車の出展もあった。息子が気になったのはRX-8。俺も乗ったことがない。あの観音開きのドアはどうなのよ?と思い開けてみると、意外と後部座席側も開くので乗降は私の車よりはむしろしやすい。だが、後部座席での長距離乗車はやっぱりキツイものがある。

そろそろ息子が飽きてきたので、桶川のトイザらスでラジコンを購入。今は安い価格のものもあるのですなぁ。パトカーのラジコンを買って帰宅途中、息子は疲れてしまったのか、車の中で眠ってしまいました。

カレンダーの日付が赤い日は父と遊ぶ日。息子の中ではそのように定義されているようである。私はその週の週末、どこに行こうかと考えているわけだが、今日は最近行っていなかった銭湯、健美の湯へ、一緒に行ってみることにした。
息子も3歳になり、ようやくお風呂で粗相することも無くなった。やっと一緒に行けるのである。だが、サウナは無理だろうし、露天風呂も初経験ではないか?私はこうした風呂に来ると3時間くらい居座ってしまうのだが、息子と一緒では、まず無理だろう。息子は長湯が好きではないのである。

土日祝日は、大人が\650に、幼児が\250である。総計\900。お父さんも久しぶりに来たことだし、少なくともいつも以上は風呂に入っていたいぞ。
初めて見るような大きな風呂。泡が出るものもあれば、ヒノキの風呂もある。薬湯も。だが、何故か普通の大きいだけの風呂に入りたがる。なかなか落ち着かないらしい。私にぴったりとくっ付いて離れない。そうか。野郎が裸でこんなにたくさん居るところに来るのは息子ははじめてであったか...あまり人がいるところには行きたがらない。何だか怖いのかなぁ?

色々な風呂に入って15分も経つと、風呂に飽きてくる息子。妻からは「息子を徹底的に洗ってきて」と依頼されているので、それをこなした後に自分の頭や体を洗う。結局、40分くらいしか居なかった。最短記録であり、コストパフォーマンスも悪い。これはもうちょっと慣れてから来るべきであったと反省。ここに来たくなったら、息子の目を盗んでそ~っと一人で来るほうがいいなぁ...と正直思った。

このところ日曜日は、暗黙のうちに息子と一緒に遊ぶ日になっている。というか、カレンダーで数字が赤く塗られている日というのが息子の認識らしく、朝に
 息子「今日は赤い日じゃないの?」
と聞いてくる。赤い日に比べて圧倒的に多い黒い日の場合、私はそこでうなだれながら
 私「仕事だ...」
と沈んだ顔でボソッと言うわけである。

さて、今日はあまり動けない妻に変わって買い物に行く。もちろん、息子と共に。私は良くダイエー系列のマルエツというスーパーに行くのだが、この近所のマルエツには100均のダイソーが入っている。そこで手で投げて飛ばすグライダーを見つけ、なんとなく買ってしまった。
自分が子供の頃、これを飛ばして随分遊んだ。急に懐かしくなったのである。

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買い物が終わった後、マルエツの近所にある大きな公園で息子と遊ぶ。早速買ったグライダーを組み立て飛ばしてみる。
...思ったほど飛ばない?
勘が鈍っているのかなぁ?と思い、何度か飛ばしているうちに比較的距離が出るようになってきた。
息子も飛ばそうとするが、うまく飛ばない。そもそも飛ばす方向が変だし...推奨年齢6歳以上ってのはあながち間違いではないんだなぁ。
そういえば、紙飛行機もまだうまく飛ばせないわけで、難しいか。

飽きた息子は遊具で遊び、私は息子の目を盗んでグライダーばかり飛ばしていた。意外と楽しい。今度はゴムで飛ばすやつを買ってみよう。

第二子の写真は第一子に比べて枚数が少なくなることが多いらしい。
気持ちはわからんでもないが、同じように愛情を注いで育てていても、そういう余裕が無くなってしまうんですな。自分に第二子が出来てよくわかった。

妻は今でも私のお下がりの一眼レフカメラを使っている。デジタルではない。銀鉛フィルムのカメラである。PENTAXのMZ-5。悪いカメラではないが、現像することを考えるとそう気軽に撮影できない。そして、現像されていないフィルムが次第に貯まっていくのである。
最近はカメラやさんにメディアを挿入するだけで簡単に印刷してくれる機器が並んでいる。現像の工程がない分、銀鉛フィルムの現像よりも安いほどである。クォリティは...銀鉛の勝ちのような気がするけど。
紙焼きするのも楽になったから、妻もデジカメが欲しくなったらしい。ポケットに入るくらいの...そう、私が使っているIXY DIGITAL 20 ISと同じくらいのサイズのもの。\12,500という破格の価格で入手したわけだが、今、同じ店に行ってもこの値段では売っていない。妻もあまり高いのはちょっと...と言っているし。こういうときこそ、オークション。

いくつか目ぼしいものをピックアップし、価格上限を決めて入札(何か物を購入するとき、私の行動は異様に素早くなる)。
「上限超え~ダメー!」
と連呼する中、ほとんど新品に近いのに値段があまりあがらないカメラがある。PENTAX Optio S10

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店頭展示品だったらしく、付属品は全てついている。
ちょっと高めの入札上限額にして終了間際に見守るが、誰も入札してこない。結局、\6,500で落札。やった!
っていうか、IXYよりも画素数多いし、液晶大きいし。で、半分の価格ですか...。十分安かったIXYが今日は妙に高く感じられるぜ。

これで妻が文緒の写真をたくさん撮ってくれるでしょう。あ、SDHCカードも買わなきゃ...

些か季節はずれの感もあるが、花火をする。今のシーズンの夜の方が蒸し暑くなくて心地よい。あんまり蚊も居ないし。

息子は花火が苦手である。といっても、打ち上げるほうの花火である。雷なんかと同じ扱いのようで、大きな音にびっくりして泣き出してしまうのである。
で、手で持ってするような花火はどうかといえば、未経験。息子は花火がどういうものなのかを知らないままで私がすることを見ていた。そして、それが意外に楽しいものであることに気づいたらしい。今日、花火デビューである。
大人気なく、私も妻も花火は好きだが、そんなに量があるわけでもないので、主に息子にやらせる。花火を振り回すし、終わった後に水につけることも知らない。そこで、花火デビューの息子に花火マナーを色々と指導。そう、俺もそういえば親にこういうことを教えてもらったな...そんなことを思い出した。

「プシュー」と火花を散らす花火は主に息子にさせて、私は地味に線香花火。これがかなり楽しい。如何に長持ちさせるか、一番大きな状態をどれだけ維持できるかという、見た目以外の楽しみもある。息子もやりたがるのでさせてみるが、すぐに火の玉を落としてしまう。うまく出来ないこともあってか、気に入らなかったようである。また「プシュー」とか「バリバリ」という音がする派手な方へと帰っていった。
こういうね、枯れた味ってのは子供にはわからんのよね...と、3才児に向って思う大人気ない親なのです。

桶川と久喜のトイザらスを経験したわが息子。どうやら息子はトイザらスは素晴らしいところであると認識したらしい。ことあるごとに「トイザらスに行こう」と言う。
現在、息子は主に車や電車に興味を持っている。そんな息子の最も身近なおもちゃがミニカー。恐らく、現行で発売されているものの9割は持っていると思う。1台で見ると三百数十円という価格なので簡単に買い与えてしまっていたのがまずかったか、最近は中々我慢と言うものが出来なくなっている。

妹が生まれ、妻の手がそちらにほとんど言っている中、息子も良く我慢したものだと思う。3歳児にしては頑張ったほうだろう。と言うことで、ご褒美も兼ねて今日は岩槻のトイザらスへ。色々と迷った結果、買ったのは1/32サイズの日産GT-Rのダイキャストカー。ドアも開くし、ヘッドライトも白色LEDで再現されている。中々の出来である。GT-Rは私も好き。なんとなく購入への抵抗感が無かった。


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帰り、岩槻城址公園に寄る。電車の遊具があることに息子が気がつき、それでなんとしても遊びたいというのである。
岩槻城...江戸時代以前は岩付城と記されたこの城は、築城のプロフェッショナル、太田道真・太田道灌親子によって建てられ、戦国時代には太田資正の居城となった。後に資正不在の時に後北条家が乗っ取ってしまい、小田原攻めで落城する。前日紹介した『信長の野望』では、この城周辺で毎回激戦になる。個人的には公園よりもそうした歴史に興味があったわけだが、息子に連れられて公園で遊ぶ方を優先させられる。
中々広い公園で、天気が良かったこともあり多くの子供達が遊んでいた。息子はおっとりさん&(子供に対して)人見知りさんなので中々思ったように遊具で遊べない。ちょっと歳が上の女の子につり橋のような遊具で左右に揺らされ、ビビリまくる息子。大丈夫か、息子よ。

散々遊び、「氷溶かしただけで\300とは、これ如何に?」と唸りたくなるかき氷を食べて帰る途中、疲れたのか車の中で眠ってしまいましたとさ。

ある程度は予想していたことだが、妹ができたことにより母をとられまいと思うのか、息子が退化してしまった。
具体的には下記のような行動が見られるようになってきた。

  • 粉ミルクを哺乳瓶で飲みたがる。
  • 気を引くために色々ないたずらをする。
  • 異様に甘えたがる。
等。まだこの程度で済んでいるのは、割と軽いのかもしれないが。

おそらく世界は自分を中心に回っていると思っていたのが急にこうなるわけだから仕方が無いといえば仕方が無い。
母を娘にとられぎみだからか、私の行くところどこにでも一緒に付いてこようとする。別に迷惑だとまでは言わないが、面倒を見ながら動くとなると、時間は余計にかかってしまう。予定通りに物事が進まないことが日常茶飯事になった。

だが、私の母に聞くところによると、私もそういう時期があったらしい。
そう思うと、無下にはできないと思わせられるのである。

昨日、福島から私の父と母が孫の顔を見にやってきた。
その夜は義理の父母の家で宴会となり、娘の名前を考えることはできなかった。

というわけで、かれこれ1週間「名前はまだ無い」という状態であった。
苗字といくつか候補があった名前を打ち込み、
それっぽい書体にして大きく印刷したものを持参して
今朝再度集まり、娘の名前を検討。

色々と悩んだ結果、決まった名前は
『文緒』
となった。読みはもちろん『ふみお』である。
まぁ、こうなった由来は色々とある。

父、母、息子と一緒に蓮田市市役所に出生届を出しに行く。
あまり父母が孫の面倒をみることは無いのだが、
さすがに3歳にもなれば、不慣れでもどうにかなるようである。
少々時間がかかる出生届の処理を無事に済ませることができた。

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そして、父に名前を書いていただきました。
皆が勝手に色々な名前で呼びまくるような状況に終止符がうたれました。

妻はまだ絶不調のようだが、とりあえずは退院ということになった。
当初、実家ではなく我が家にそのまま帰ってくる予定であったが、日常生活にも困ってしまうほど調子がよくないので、予定を変更してしばらく妻の実家にお世話になることにした。つまり、我が家はまた私と猫2匹との生活になる。恐らく、妻の帰りを最も待ちわびているのはこの猫たちだろう。餌と水、トイレの掃除は毎日しているが、見かけるのは「のん」ばかり。三毛猫の「しろ」は、私の前に姿すら現さない(でも、餌は減っている)という始末である。

実家にお世話になるとはいえ、義理の父・母は息子が持ち込んだ風邪をうつされ、こちらも万全とはいえない。
それでも、近くに自分を見てくれる人が居るということは良いことである。これが周囲に誰も頼りになる人がいなかったらばどれだけ不安に思うだろうか。
妻にはゆっくり休んでもらい、元気になったら家に帰ってきてもらおう。

現在、妻は産婦人科に入院中。退院は土曜日になるとのこと。
その間、私は食事を妻の実家で済ませ、産婦人科へ車でお見舞いにいく。お見舞いという言葉が不適切な感じもするが、第一子の時より体力の消耗や疲れがドッと出ているようで、歩くのもちょっとおぼつかないほど。そんな具合なので、お見舞いという表現はあまり外れていない。
もちろん、子供の顔を見に行くという理由もある。なんとなく全体が柔らかい感じがして、生まれたときから女の子は女の子らしいものなのかと思わされる。
夜にお見舞いにいけるのは、旦那特権である。他の人は決まった面会時間以外に病室へ入ることはできない。とはいえ、あまり遅くまで居られるわけではないので、顔を見る時間を少しでも多くするため会社をとにかく早く出たいと思う。徹底して定時退社。入院中はずっとそうするつもりである。

上の子が男の子なので、下が女の子で本当によかった。
ちょうど年齢が3つ違いになる。
私には3つ年下の妹が居るので、同じである。

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で、産まれたのはこの子。
9:50に、3,090gで出生。
名前はまだ無いので、来る人ごとに自分の思い思いの名前で呼んでいく。
私も名前を色々と考えていたのだけれど、経産婦は予定日より早く出産すると聞いていたので8月用の名前ばかり考えていた。
そしたら、予定日どおりにしっかり産まれて、9月1日誕生日に。私のプランは全て白紙撤回。
(上の子も予定日どおりに産まれて来た。二人とも律儀だな)
上の子の命名は大分私の意見を尊重いただいたので、今回は妻が出す案から考えようと思う。
名前というものはこだわりだすと、画数やらなんやらと色々な検討要素が出てくるものだが、家はあまりそういうことまで考えることはしていない。こだわるのは、普通に読めるということくらいかな。こんな具合では気合が足りませんか?

まだ今年が終わったわけではないが、恐らくこの夜が一番長かったと思うことだろう。

妻の出産予定日が翌日に迫った今日、破水したとの連絡が届く。会社に居た私は急いで帰り、入院した産婦人科へと急いだ。
しかし、妻はそれほど出産が迫っているような様子でもなく、軽い陣痛のようなものは感じるが、まだ産まれそうではないとのこと。そこで私は一度、家に帰ることにした。

その後21:00頃に陣痛が始まったという連絡があり、再び病院へ。妻は既に陣痛室に入っていた。
第一子の出産の際は、この部屋に入ることすら出来なかった。体が重く、うまく身動きが出来ない状態の妻をフォローするために陣痛室までやってきたのだが、「この部屋に居る=出産に立ち会う」という暗黙の了解がなされていたようで、当初そのつもりは毛頭無かったが、居るだけで少しでも役に立てるのであれば立ち会おうと腹を決めることにした。
入ったのは二人部屋の陣痛室。その間はカーテンで仕切られていて誰が居るのかはわからない。だが、声だけは聞こえる。陣痛がかなり強いようで、痛々しい声ばかりが聞こえる。しばらくして分娩台のある部屋へ移動し、1時間程度で子供の泣き声が聞こえた。無事に出産したようである。
妻といえば陣痛の感じはあるものの、出産前ほどの強さにはなっていないらしい。一人部屋の陣痛室が開いたのでそちらに移動し、眠れるならば寝るように言われた。私も妻の横で休んだ。

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この病院の陣痛室の照明は変わっていて、赤・青・緑それらを単色にすることが出来る。3色合わされば加法混色で白色になるという具合だ。横になっている間、照明は青にされた。この青は、鎮静効果を狙っているのだろうか。
私は2時間ほど眠ったが、妻はよくよく眠れなかったらしい。翌朝5:00頃、あまりにも時間がかかっているので、分娩台のある部屋へ移って様子をみる。どうも子供の頭が下がりきっておらず、さらにへその緒が体に巻き付いているらしい。陣痛は増しているものの、それに対して力むような反応をすると、子供の頭が下がってこないのだという。陣痛は受け流すような感じ(この感覚、私には良くわからないのだが)にしなくてはいけないらしい。妻の体には、陣痛のペースがグラフ化される機器の端子が接続され、静かな部屋にこの器機の音が響いている。
義理の父母に電話で状況を伝え、再び妻の元に戻る。7:00頃、看護師達が入れ替わる時間になった。そこでやってきた助産師が妻の様子を見る。
 「頭が下がって出産まで、4時間くらいかかるかな?それ以上かかるようであれば、帝王切開も検討します」
という言葉を聞いて、妻と私は急激にゲンナリさせられた。あと4時間も妻は苦しい時間を過ごさなくてはならないのか。私は横で励ますだけだからどうということも無いが、妻はちょっと絶望的にさせられた。
が、ちょくちょくその助産師が確認しに来るようになったら、急に頭が下がりだした。陣痛の波長も短くなっている。9:15分頃、
 「下がってきたのでやってみましょう」
と助産師が言う。助産師の言うことに従いつつ、いきんだり、休んだり。一回一回に全力の力を出していて、私の手を握る妻の手にも力が入る。それを5~6回繰り返すと
 「おぎゃ~」
という泣き声と共に産まれた。
私達は事前に子供の性別を聞いていなかった。息子の時もそうで、なんとなくそうしたほうが、産まれたときの楽しみが増すのではないかと考えたからである。私は真っ先にそれが気になってあるものがあるか、無いかを確認した。そして
 「女の子だ!」
と叫んだ。なんだか嬉しくて妻と抱き合いつつ、泣いてしまった。

正直、出産がこんなに大変だとは思わなかった。
第一子の時は、陣痛室が満員で入れず、立ったまま痛みに耐え、一人で頑張って産んだのだだろう。私は事後報告だけで知るすべも無かったが(知ることが出来たなら病院に行った...)、心細かったのではないかと思う。

血が苦手な私は立ち会うつもりなど毛頭無かったのだが、事過ぎると、立ち会って本当に良かったと思う。
はっきり言って、男は無力である。助産師や看護師の指示の元、なにかをしたり、声をかけたりすることしか出来ない。だが、どんな状況を経て子供が産まれてくるのか、ほんの少しでも共有できたのではないかと思っている。妻や子供がより愛おしく感じられることは間違いない。
出産の立会い、本当にお奨めいたします。

今の私は出来る限り自分で洗車をしている。昔はほとんど人に任せていた。
この頃はセルフスタンドでばかりガソリンを入れているし、どうも昔に比べて軒並み「手洗い洗車」の価格が上がっている気がしてならない。お金がもったいなく感じられ、多少時間がかかっても自分でしたほうが得かも~って感じてしまう。もちろん、洗車機は論外です(って、もうボディ傷だらけだけど)。
庭に出て洗うわけだが、これが結構手間である。やりはじめるとワックスかけまでしてしまうので、3時間くらいかかってしまう。車の中も、息子の足跡などがたくさん。ゲンナリしてくるぜ。
車大好きなうちの息子。洗車していると手伝いにやってくるのだが、3才児に何が出来ようか?猫の手といいレベルである。「自分の車を洗いなさい」と、三輪車を洗わせることにした。
全く同じように真似をしてくるので、水洗い、ふき取りだけでなく、ワックスかけまでしようとする。そして、ワックスふき取り。きれいな三輪車の出来上がりである。

水ぶっかけられて、拭いた車をまた拭くハメになったりと中々作業は進まないわけだが、息子はそれなりに楽しんでいるようなのでまぁいいでしょう。

明日は息子の3歳の誕生日。
なんだかここに至るまでがあっという間に感じられてならない。去年と同様に我が家へ義理の父母に来てもらい、お祝いをする。

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今年も妻がケーキを作ってくれた。食べきれないほどのご馳走があったが、息子はもらったプレゼントに夢中である。
私があげたのは、ミニカーを走らせる道路や店が描かれているシート。妻からは蜜蝋のクレヨンとスケッチブック。圧倒的に妻からのプレゼントの方が高価なのだが、がっちり心を捉えたのは私からのプレゼント。ミニカー好きならば、必ずはまると思ったが大当たりだった。ご飯も食べずにずっと遊び続けるほどである。

もうすぐお兄ちゃんになる息子。色々と大変なことが待っていそうな3歳である。

お盆なので、ここ埼玉でもお祭りや花火大会が近隣で頻繁に行われている。

「ドン!ドン!」
家の息子は花火の音が怖くてならないという臆病ちゃんである。他には雷もダメ。
寝ているときに花火が始まろうものなら、目を覚まして泣きながら我々の元にやってくる。

息子は手で持ってする花火の経験も無く、打ち上げ花火を実際に見た経験も無い。恐らく、花火を雷の親戚ぐらいにしか思っていないのだろう。本物を見れば少しは怖さが変わるのかも...まずは、家でも出来る小さいもので花火デビューだな。

去年も行った、自宅近所にある神社のお祭りである。
どうも天候が微妙で、「やっているのかな?やってないかな?」と息子と話をしながら、今年は二人でやってきた。近々、出産を控えた妻はあまり動きたがらないようである。

行く途中は問題なかったが、息子にかき氷を買ってあげる。シロップはレモン。レモンそのものは食べられないと思うのが、息子はレモン味のアイスが好きなのである。私は生ビールが\350と安かったので買って飲む。なんてことをしている途中に天候が悪くなり、神社(といってもすごく小さい)の軒下に退避。

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しばらくすると神輿が帰ってきて、神社の中に納めるようなのでちょっと退く。小さい神社なので、入れる神輿も小さい。

雨が小降りになってから周囲の模擬店などを見て回る。息子は射的がしたいらしい。射的だけでも金を払えば出来るのだが、隣で売っているじゃがバターを買うと射的が無料で出来るとのこと。ビールにあうのでじゃがバターも購入。バターといっても本当はマーガリン。とても大きな缶に入った業務用ってやつである(写真取り忘れた)。
食べ終わっていざ、息子に射的をさせようとすると、ビビッて出来ない(苦笑)。ただコルクの弾が飛び出すだけなんだがな~。後ろから息子を支えつつ撃とうとしても、やっぱりダメ。しょうがないので私が撃ち、大人気なく全段命中させてお菓子をもらう。
しばらくすると踊り等の催し物が始まるのだが、おばさんのフラダンスなんて見たくも無いので、地区の全戸に配布された福引券を6枚ももらっていたので福引をして帰る事にする。当たると「クオカード\1,000分」で、はずれると「蓮田市・白岡町共通ゴミ袋」がもらえる。はずれてもそれなりに実用的なものはもらえるのである。
私はこういう運が全く無い人なので、全部息子にひかせてみる。すると、クオカードを2枚も当てているではないか。中々やるのである。

どうもこの地区のお祭りは、主催する側が老人ばかりのためか、規模が小さいためかわからないが、あまり面白いとも思えない。でも、息子はそうでもないらしい。俺も子供の頃に行った祭りでは結構楽しんでいた記憶がある。慣れきってしまっているから面白みを感じられなくなってしまったのだろうか?

そろそろいい加減にはじめなくてはならない。もう数週間経てば、何時産まれてもおかしくはないという状況である。
第一子の時に使用していたベビーベットやら、洋服やらを出してみる。ちなみに一子の時と同様に、今回も男女の性別は聞いていない。聞いたほうが準備は楽なのだろうが、産まれてきて「男の子ですよ」のように、性別を聞くほうが私はなんとなくうれしいのである。
検診の時、妻はよく医者に
 「あぁ、もう私は性別わかっちゃいましたけどね。言いません。言いませんよ(笑)」
のようなことをよく言われるという。こういうやり取りを聞くと、性別を聞く方の方が圧倒的に多いのだろうか?

経過も順調なようで何よりなのだが、問題なのは私である。私が帰宅後、息子の面倒をほとんど見なくてはならないのだが、果たしてできるのだろうか?まだトイレなどで夜中に何度か起きなくてはならない状況のようなのだが、何だか起こされても起きる自信がないのである。それと、やはり父親と母親の違い。妻に抱かれるようにして寝ている子が、私と一緒に寝るだろうか?馴れるまでの数日は悩まされそうである。
で、何より困るのが起床時間。6時位に息子は起きることがある。その時間、今の私は間違いなく寝ている。
多くの子供が居る女性は「そんなに気にしなくても大丈夫」というが、やはりどうも心配でならないのである。

朝、1階に下りていくとビニールプールが置いてある。空気は入れかけ。隣には暑くて参っている妻が居る。
息子にせがまれたのか、ビニールプールを出したものの空気を入れている途中でつかれきってしまったらしい。確かに、妊婦には酷な作業である。
私は頭が痛かったので、トイレに行ってまた寝ようと思ったのだが、その様子を見て、手伝うことにした。

妻は自転車用の空気入れで膨らまそうとしていたようだが、空気を入れる口が当然合わず「スースー」と、半分くらい空気が漏れている音がする。う~んと思い、ビニールプール用のポンプを足で踏みながら膨らまそうとしたら、腰が痛くなった。結局、どの方法で入れるのが一番良いのかを検討した結果、口で入れるのが一番楽なような気がしてきた(昔は肺活量が結構あったのだが、最近はわからない)。
確実に入るし、膨らんでいく様子が目に見えてわかる。なんとなく達成感があって、一番楽な気がしたのである。
3箇所に空気を入れることで完成するビニールプールなのだが、真ん中だけ空気をいくら入れても膨らまない。なんとなく抜けている音がしていたのでチェックしてみると、穴が開いている。この形状...猫の爪ではないかなぁ。ビニールテープで応急措置をしてプールを造ったものの、半日くらいでその穴から空気漏れしてしまい、あらららら...ショボ~ンとしてしまった。

買い替えですね、これは。買うことはそんなに抵抗無いが、今あるプールを処分するのが少々面倒。冷夏だといわれているけれど、年内に出番はあるのか?

何だか私の体調がすこぶる悪い。しかし、それより辛いのが妻だ。お腹が大きくなり、さらに動くのが厄介になってきている。どうも下腹部の皮膚が「ピキーン」と張るようなのだという。確かに、お腹を見ると出産予定日2ヶ月前にしては随分と大きい感じもする(息子の時はどのくらいの大きさだったかなぁ?)

ゆっくり休みたいので、たまの休みくらいどこかに息子を連れて行ってくれと頼まれる。しかし今日は雨。そして私の体は猛烈にだるい。どこに連れて行くべきか思案に暮れていたら、息子が「トイザらスに行こう」と言う。行ったならば確実に何かを買う羽目になる。給料日前で懐具合が寂しい私だったが、行ってみることに。前回行った桶川店は少々遠いので、久喜店へ。

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久喜店は桶川店の2倍ほどの広さがあり、おむつなども販売されている。だが、息子お目当てのミニカーや電車の品揃えは同じくらいかなぁ?私の好みでガンプラエリアを眺めていると、アーガマのプラモ発見(戦艦好きなんです。アイリッシュ級やラーカイラム級も出してください!)。しかしプライスが\2,000。くぁぁ、給料日前にはさすがに厳しい。っていうか、子供が居る環境下でプラモは無謀かもしれないし。
息子も買うミニカーを随分と物色していたが、実はもうほとんど持っているのである。我が家の近所にはミニカーが売られているお店が2ヶ所あり、妻や義理の父母と息子が散歩に行く都度、何かしら買ってもらっているのである。なので「今日は違うものにしない?」と促し、これを購入。

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『ぼくのおでかけバッグ(ガソリンスタンド)』
ミニカーを何台か入れて、キャリングバックとしても使える。小さくたためるので整理もしやすく、これなら妻の反対もあるまい...ということで、息子も気に入ったようだし購入することに。

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「ちょっとすげぇなぁ。俺も欲しいわ」と思わされたのが上の『トミカ びゅんびゅんサーキット』。ただ、妻は反対するだろうなぁ。こんなでかいもの買ったら。さらに言えば、対象年齢ももうちょっと高いものかもしれない。変な使い方をして壊してしまいそうな気もする。

帰り、この商品の外箱にはミニカーが収納されている写真が掲載されており、どうも息子はこのミニカーもこの箱の中に入っているものだと思っていたらしい。残念。違うのね~。あんまり家に帰って悲しまないように、帰り道にセルフのガソリンスタンドによって、息子と一緒にガソリンを入れた。これが効をなしたか、家に帰ってきてからも、既に手持ちの数十台のミニカーに「給油しまーす」と言いながらガソリンを入れている。結構楽しんでもらえているようだ。
夜、「おとうさん、ありがとね」と息子が言いに来た。可愛いやつめ...しか~し、毎回俺と出歩く度に何か買ってもらえるとは思うなよ~。

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まだ2歳半の息子の最大の関心事は車。車といっても対象はミニカーで、持っている車の名前を覚えていて、実物を見ると喜びながら車名を言うのである。
最近、車高の高い車に興味をもつようになり「これはいかん!」と、走りの教育をすることにした。
教材は『頭文字D』である(笑)

息子が話を理解することはまだ無理なので、DVDで走行シーンばかりを見せる。好きな車であるRX-7、R32 GT-R、ランエボなどが出てくるので、見ていてたまらないらしい。
AE86のことは知らなかったようで「この車なに?」と盛んに聞いてくる。「ハチロクっていう車だよ」と超簡略説明。すごい速い車だと息子は勝手に理解しただろう。今度おもちゃ屋で見かけたら、買ってくれとせがまれるかも知れない。

1983~87年にかけて製造され、発表から25年以上経つAE86が未だに高値で取引されていることには驚きを隠せない。FR駆動で低排気量、ライトウェイトなこの車が当時の若者を魅了したであろうことは容易に想像がつく。需要がそれほどないからなのだろうが、手ごろな価格で購入できるこうした楽しい車が2シーターを除くとほとんどなくなってしまった。
環境に優しいことも大切だが、走ることを「愉しむ」という側面を持つ車が少なく、かつ高価になってしまったことは大変残念である。

16年後、市場にはどのような車が売られ、息子はどのような車を買うのだろか?

いい天気で、珍しく何の予定もない休日。布団を干して部屋の掃除でもしようと思い、ベランダから下を眺めると、息子と妻が家の庭に花を植えていた。

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義理の父の家で鉢に植えられていたパンジー。我が家の花壇(花壇というほど立派なものではないんだが...)は食い気たっぷりの野菜などばかりが植えられていたが、少し華やいだようである。
「暇ならば公園に行ってお昼を食べよう」と妻が言う。今日は天気が良いのでまぁいいか...と、車に乗って西城沼公園へ行く。

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つい先日まで華やいでいた公園の桜は、小さなさくらんぼをつけている。葉の色が目に優しい緑色である。

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「蓮田」という地名にも入っている蓮の花。そんな名前だから蓮が見られるところが比較的多い。この公園の沼にもたくさんの蓮の花が咲いていた。枯れた蓮の花が私は気持ち悪くて仕方がないので、蓮を見るときは少しずつ、おそるおそる見るのである。まだ咲いている花ばかりでよかった。で、何か変な生き物発見。

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亀でした。ちょっと大きさを比較できるものがないのでわかりにくいのだが、かなり大きい。よく見ると3匹もいたのである。
公園の木陰にシートをひいて、持ってきたおにぎりを食べる。木陰に入ると涼しくて気持ちが良い。今年は3人で来ているが、来年は4人になっているはずである。また色々と大変であろう。

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例によって、またすべり台やアスレチックの遊具で遊ぶ。うちの息子は階段などを上るのは平気なのだが、下るのが極度に苦手である。一人では不安らしく、高いところに上る時は誰かを連れて行かないと心細くて仕方がないようである。妻はもうおなかが大きいので、最近はこういう遊びが出来なかったのだろう。一緒になって遊んできた。

夕方、義理の父と母が我が家に来る。母の日なのでうちで食事をする約束になっていたのである。メインのメニューは手作りの餃子。うちの実家では餃子を手作りするという文化が無く、妻と結婚してから餡を作って皮で包むという自家製餃子を食べるようになった。自作の餃子は他で売っているものとは比べ物にならないほどおいしい。そして、妻は餃子を焼くのもうまい。ビールを飲みながらたくさん食べた。

一日中咳がひどく、少し調子が悪かったのだが、放っておいたら食後に血だらけの痰が出た。何かやっぱり体の調子がおかしいようですな。

うちの妻は重度の『クリント・イーストウッド』中毒患者である。そんな具合なので彼の主演・監督作品は劇場で視聴したいと当然思っていおり、現在上映中の『グラン・トリノ』も例外ではない(私もこの作品は見てみたい。生き方に迷いっぱなしなので)。現在は視聴に当たって一つ、大きな問題を抱えている。息子のことである。
よく息子は妻の実家に預けられているのだが、こうした娯楽目的であると妻も気が引けるらしい。そういうときにあてにされるのは私である。今日は休みで家に居る。しかも水曜日なのでレディースデー(女性なら\1,000で視聴可)である。映画くらい見に行きたいという気持ちも良くわかるので、今日は私が息子のめんどうを見ることにした。
だが、久しく息子と二人きりの時間を作っていなかった。休みの日であれば風呂くらい一緒に入ったりするが、平日は、私が帰宅する時間には大体寝ている。そんな関係だけが数ヶ月続いており、その間にも色々な言葉を覚え、トイレも使えるようになり、食べ物やおもちゃの趣向も変わってきている。「ちょっと自信が...」という気持ちがあることは否めない(子育てに素質というものがあるならば、最低レベルの親でしょうね、私は)。だからといってそのままで良いとも思ってはいない。良い機会と思うことにした。

今日の天気は曇り。何だか雨が降り出しそうである。
降り出さないことを祈りつつ、私も、息子も行ったことの無い公園へ足を伸ばしてみることにした。

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公園には比較的大きな噴水があった。最近、動いている噴水というものをあまり見かけない。息子は生まれて始めて動いている噴水を見たようで、えらく興奮していた。「すごいすごい」と連呼している。
昨日は雨が降っていたので、公園にあったアスレチック的な遊具はちょっと危ない(息子も俺も危ない...トロいんだよな、俺~)。あまり濡れていない、らせん状のすべり台があり、息子は喜んでそれを上っていく。何度か上り下りしている様子を私が見ていると、「おとうしゃんもすべりだりやろう(訳:おとうさんも滑り台で遊ぼう)」息子は私にもやれという。仕方がないので付き合ってやってみる。
上ってみて、ふと思い出す。昔から高いところが苦手で、二歳か三歳の頃は滑り台がダメだった。「俺より随分ましだなぁ...」とちょっと感心する。ブランコも大丈夫だし、この公園で初めて見た馬型のブランコも大丈夫だった。本当に子供の成長は早い。ちょっとの間でこの進化とは...。

公園で1時間ほど過ごした頃、雨が降り出してきた。
妻が帰ってくる時間にはまだ早い。近くにトイザらスがあることを思い出し、そこへ向かう。
息子の現在のブームはミニカーや電車のおもちゃあそび。ミニカーで所持している車種を、かなりしっかりと覚えているのに驚かされた。大きな車に興味があるらしく、エルグランドやボクシー、ノアあたりはよく気がつく。しかし残念ながら息子よ...父はあの手の車高が高い車に全く興味が無いのだよ。自分が免許とってから買ってくれ。
トイザらスではトミカのミニカー4つで\999と、こどもの日特別プライスでの販売がまだ続いていた。これは4つ買わぬわけに行くまい...と思い「好きなだけ買っていいよ」と言うと、ノアとハイラックスサーフを持ってきた。2つとは慎ましいやつだな...と思いつつ、私が新型クラウンとミキサー車を選ぶ(このあたり、完全にお互いの趣味が出ている。他のメーカーでもいいからBMWあったら買おうと思っていたが、やはり無し。なんで?)。
一通り興味がありそうなおもちゃをみて、店を出て自宅へと向かった。

妻が先に帰ってきていたが、残念ながら満席で映画を見られなかったという(最近は立ち見というものも出来ないらしい。まぁそれ以前に、妊婦の妻に立ち見は不可能だが)。休日でレディースデー。さすがに厳しかったか?せっかく時間ができたので、かわりに髪の毛を切ってきたとのこと。そこそこ気分転換ができたようで、それは良かった。
でも、なんとしても『グラン・トリノ』は劇場で見るつもりのようである。

前日の酒が抜け切れていない私は、10時少し前にようやく動けるようになった。
ウィスキーで飲みすぎたときはそれほど翌日に残らないのだが、ビールやワインは確実に長引いてしまう。蒸留酒かそうでないのか、そのことが私の体に及ぼす影響は随分とあるように思える。

今日はこどもの日である。義理の父母も呼び、うちで食事をすることになった。メインディッシュは寿司。最近、息子が異様なほど寿司によく反応するようになった。好きなネタはサーモン。炙ったりしたものではなく、生がいいらしい。ということで、サーモン多めで注文。それを息子と一緒に寿司屋へ取りに行かなくてはならない。重い頭を起こして、車で出かける。
そんなサーモン男な息子だったが、いくらも大好きであることが判明。いくらは多めに頼まなかったな...。今度からはいくらも気をつけよう。

最近、息子は食事において私のことを脅威であると認識しだしている。息子の数倍の速度で、あっという間に色々なものを平らげていってしまうからであろう。おかげで食べ物や飲み物にかなりいじきたなくなってきてしまった。何だかなぁ。寿司食べていても「これはダメ、これはダメ」と事前に宣言する。そういって確保はするもののまだ二歳児なわけで大した量を食べられるというわけではないのだが。

もちろん食べているだけではなく、大人はお酒を飲む。しかし、妊娠中の妻は酒を飲むことができない。そこで...

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こんなものが登場。キリンのノンアルコールビール『KIRIN FREE』。実際のところどんな味がするのか、大変気にはなっていた。
で、初めて飲んでみた。喉越しはかなりビール的。味は薄い感じがするが、こういう味の海外のビールあるよなぁ...と思った。ぶっちゃけ言いまして、アルコールは無いが、「新ジャンル」とか「第三のビール」と呼ばれているものよりはおいしいように思えた(あれ、枝豆の味を薄めたものに炭酸水を追加したみたいな感じがするんですが)。車の運転をする予定があるときの代用品として、まぁまぁ私は使えると思う。
といいつつも、その後にプレミアムモルツを飲んだら、そのおいしさを十二分に感じたのである。やっぱりうまいわ、これ。

ここ最近暖かくなってきたので、息子のトイレレッスンを再開した。
始めて2~3週間ほど経つが、かなりの進歩が見られて驚いている。夜、寝るとき以外はほとんど妻に「しーする」などと自己申告するようになった。
小用も大用も洋式便器に座ってするのだが、大人用の洋式便器ではお尻が出てしまうので、穴を一回り小さくする道具を使っている。

「まだ立って小用したことないでしょ~?」と息子に聞いたら「葉っぱにした」と言う。
あー、お外でしたんだなぁ。軽犯罪法違反だな(笑)

まだどこでも出来るというわけではなく、うちと妻の実家のトイレだけのようだが、ここまで出来ているならば他で出来るようになるのも時間の問題である。息子のオムツ離れは割とスムーズに行くのではないかと、楽観視している。

よく「何歳までサンタさんが居るって信じていた?」と聞かれるが、私はそもそも居ると信じていた時期が無かったのではないかと思う。
自分が小学生に入るかどうかという年齢の頃、クリスマスという日を期待していた記憶が無いのだ。確かに、通っていた保育園にサンタが来たことがある(実は仮装した私の父だった^^;)。しかし、そういう人が居てプレゼントをくれるという存在だと意識してはいなかったような気がする。これは恐らく自分に夢が無いとかそういうことではなく、我が家にそういう風習が無かっただけなのではないかと思う。
翌朝になったら枕元におもちゃが置かれていたことがある。あれは小学校1年生のころだったか?当時放映されていた「宇宙刑事シャリバン」の被り物のような物だったと思う。色々とボタンがあり、電子音がピコピコ言いながら光るおもちゃだったように記憶している。それを見て私はなんと言ったのだろうか?それが全く思い出せないのである。

このサンタの質問をしてくる人達には「あなたはいつまで信じていましたか?」と聞き返すのだが、結構、信じていた時期が長い人が多いことに驚く。今の子供たちが、信じているような行動をとるという話を聞いたときも少し驚いた。

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別に自分の過去がどうだったということは関係ない。子供にも夢を見せようとちょっと思い立ち、妻に「少しばかりプレゼントあげましょうか?」と相談。妻はフェルトで息子が好きなアンパンマンのポシェットをつくり、私がその中にまたまた息子が好きなミニカーを入れた。上の写真がちょうど出来上がったものである。息子も妻も寝静まった頃、赤い服までは着なかったが、そっと枕元にポシェットを置いた。
ちょっと翌朝の息子の反応が楽しみだ。

家でくつろいでいると、息子が全速力で私に向かって走ってくる。
私はあまり家に居ることが多くない。居るときはほぼ確実に遊ぶ対象として見られるわけで、ゆっくりくつろいでも居られない。
また来たかぁ~!と思いながら息子を眺めていると私の前で急に止まって
「あきですね~」
と言ってニコニコしている。

...どこからそんな言葉を覚えてきたんだ?

今日からまた出勤である。9日ぶりの出社で本格的に拒絶反応が出てくる。もちろん...休み前にやっていた仕事のことなど見事に忘れている。

今日、うちの妻は息子を歯科検診に連れて行った。場所は近所のスーパーの上にある歯科。子供向けに特化した歯科らしく、子供を喜ばせる工夫が随所に見られるという。その一つが、治療中に見ることが出来るテレビである。液晶ディスプレイが治療台にアームで固定されており、これを見ている間に子供が嫌がる治療を済ませてしまおうということらしい。いつも流されているのはアンパンマンなどのアニメらしいが、今日に限って違ったようである。妻いわく、ドリフ大爆笑のDVDだったらしい。治療を受けている息子的にはあのコントが理解できたとはとても思えないが、息子に付き添っていた妻が爆笑。

その話を聞いての妻との会話。
私「どういうわけでドリフになったんだろう?」
妻「先生が好きだったんだと思う。DVD買ったばっかりで見たかったとか?」
私「でも、親を笑わせてもなぁ?」

今の子供もああいう番組で笑うことができるのだろうか?もう20年前になるコントである。
内容を理解できるようになったら「お父さんはこういうのをみていたんだよ。おもしろい?」と聞いてみたいものである。
ちなみに私が子供の頃、10年前(つまり20+10=30年前)のお笑い番組を見たことがあるが、あまり笑えたものではなかった。
世代を超えて笑いを取れたら、ドリフターズは大したものだなぁと思う。

翌朝、常に朝はテンションが低い私。少しでも気持ちを上げるために朝風呂。そして朝食。あまりメニューが豊富とはいえないバイキングだが、そもそも朝食をとること自体が稀な私にはもうどんなものでも良し。フルーツだけでも、オレンジジュースだけでもいいのだが、ちゃんとご飯を1杯食べる。

チェックアウトする際、実家と妻へ地ビールのお土産を買う。一本\500。その地ビール代も含めて\6,000。相当安く上がったと思う。また来る機会があるかどうかはわからないが、一人旅ならぜひともまた利用したい宿だ。

46号線方面へ、相変わらず車の少ない道を爆走する。平気で120km/h位出てしまうほど、爽快な道路だ。すぐF.Iさんの家に向かおうとも思ったが、ここまで来て雫石駅を全く見ないと言うのも惜しいと思い、ちょっと寄り道をする。

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秋田新幹線が停車する駅のようだが、人気がほとんど無い。居たのは猫とタクシーの運転手の方のみ。中まで入りたかったが、車を路駐しているのでリスクをおかす気にもなれず。すぐ46号線へ戻る。
46号線を盛岡市方面へ走っているときに「バシッ!」という音がする。嫌な予感がしたが、思ったとおりフロントガラスに飛び石。それほど大きな被害は無いが、近いうちに交換が必要だろう。嫌な出費だとげんなりさせられるが、不可抗力である。どうしようもない。再び盛岡ICを越えて国道4号線も横切り、東へ。

国道4号線。私とはもっとも関係の密接な国道だといえよう。蓮田からはちょっと走る必要があるが、4号線は決して遠くない。妻の親戚達がいる白河も、私の親戚が多い郡山も、私の実家も、私が通っていた学校も、そして、これから会うF.Iさんも...4号線という東北を北上する道路でつながっている。私は初めてその4号線の始点を東京で見かけたとき、不思議な気持ちに襲われた。現実的には4号線を北上して盛岡まで行くという酔狂な方は(私はやりかねないけど)あまり居ないと思う。とにかく岩手県の広さはすさまじい。でも、一つの道路の周辺に自分に関係した人や物が集結しているというのは、愛着を感じずにはいられない。

彼女の家は高台の住宅地の中にあった。その住宅地へどうやって入るのか、相当混乱させられた。私はナビをほぼ常に平面表示で使っているので、ここに東西南北という概念以外に「高さ」が入ってくると本当にわけがわからなくなる。わからないなりに「おそらくこの辺では...」というところに到着。彼女へ電話をすると、息子と一緒に迎えに来てくれた。結構いいところまでは来ていたらしい。彼女の家の駐車場に車を入れ、お宅へおじゃまする。

再会してまず思ったこと。
それは、想像したより彼女が綺麗になっていたことであった。既に貰っていた写メールの写真は「わざと悪い写真送ったのか?」と疑いたくなるようなほどで、実際は相当きれい。本当に良い年の経方をしていると思った。髪が長くなり、時々メガネをかける。これが16年間における大きな違いだといえるが、さほど変わりはない。昼間にすれ違ったなら、私も気が付いたことだろう。その機会がなく、常に夜ばかりであったことが悔やまれる。
「昔好きだった人にあってガックリする」という経験談を4つ年上の友人から聞いていた。こと30才を過ぎるとそういう傾向が顕著に感じられるらしい。しかし、彼女に関して言えば全くその例は当てはまらない。私は彼女に告白したことがあるのだが(残念ながらうまくはいかなかったのだけれど)素敵な人に告白したものだと昔の自分を少し褒めてやりたくなった。だが、一度振られただけであっさりとあきらめてしまった過去の自分をぶん殴ってやりたくもなった。
とても素敵になっていたということに対する私なりの最大限の表現なのだが、読んだ方、少しは気持ちが通じただろうか?

さて、彼女の家に居たのは彼女だけではない。猛烈に元気のいい彼女の息子、I君である。目がクリッとして可愛い男の子であるが、うちのおっとり息子とは大違いでとにかく元気である。大汗をかきながらも全力で彼は私に「遊べ~~」と向かってくる。「普段はこんな遊びしないんだぞ~」というような(というかおっとりな息子にはまず無理)激しさい遊び。ボール、バット、ブロック、全てのものが彼にとっては遊び道具になる。その様子を見る彼女を見て、「母親なんだなぁ」という16年間という時間の無常さを感じる。

遊んでいるうちにお昼になった。「何が食べたい?」と聞かれていた私は冷麺をリクエストしていたために、彼女は冷麺を作ってくれた。それ以外にじゃじゃ麺という選択肢もあったのだが、私は冷麺を希望。辛いキムチも食べようとするI君...すごいなぁとおもう。うちの息子はまず無理。辛いとかいう以前に、食べられないものが多すぎるのである。
目の前に彼女が居て、一緒に食事をしている。これも16年ぶり。私が中学の放送委員会に入っていた頃、彼女と給食を食べたきりである。こんなことを書くと怒られるかもしれないが、彼女はみかんの皮をむくのが下手だった。小学校の頃から変わっていなかったから「相変わらず、そういうむきかたをしているの~?」と、ちょっとバカにしたことがある。「今は上手にむけるよ」と彼女は言う。会って話すことで、記憶の片隅に追いやられていたものがどんどんと表層化してくる。何もかもが、面白かった思い出ばかりだ。そして、今ならあのころシャイで言うことができなかった思い出も今なら堂々と言うことができた。私は彼女によく追いかけられていた。ほかの女の子にちょっかいを出したりしてF.Iさんに怒られていたのだ。彼女は足が速いから私を本当に捕まえてしまう。でも、私は捕まりたかったし、心の中では逃げているのではなく、F.Iさんのことを追いかけていた。ちょっかいを出していた女の子のことなど、正直言えばどうでもよかった。そんな思いを小学校5年から中学校を卒業するまで抱き続けていた。ただ、告白できたのは中学校を卒業したとき。それまでは付き合っていた別な彼女がいたし、陸上部で鬼のように走るのが速かった彼女が、スポーツとはまるで縁がなかった私を見てくれるという自信がなかった。だが、他県の学校に進学する予定だったから、最後のチャンスに負ける覚悟十分で挑んだ。その時のことは今でも昨日の出来事のように思い出せる。

彼女と話したいことはいくらでもあった。が、今回は世間話だけではなく一つミッションがある。彼女の家のPCにWebの制作環境を構築し、簡単なレクチャーをすることである。I君の「遊べ~」という激しい主張と私の要領の悪さで、作業は中々進捗せず。このミッションがなければ徹底的に遊んであげたのだが...しかもI君のママに対するジェラシーのような感覚が私の作業を見事に拒む。しかし、I君の気持ちも良くわかる。相当ママ(F.Iさん)がすきなんだなぁ。

2時過ぎに彼女の娘、Mちゃんが幼稚園から帰ってきた。Mちゃんはママの子供の頃に良く似ている。昔の彼女と同じように小麦色の肌。私は彼女とアンパンマンのカルタをする。でも、I君はもっと別な遊びをしたいようだ。階段を上ったり下りたりしている私についてきてくれる。あまりに人懐っこいので抱きあげた。うちの息子より数kg思いくらいだろうか。

こんな具合で要領の悪い作業を続けていたら、15:00近くになってしまった。今日は帰る前に龍泉洞にも今日中に行っておきたいし...ということで、自動的にできるけど時間だけかかる作業をF.Iさんに任せ、お子さんたちには「また戻ってきたら、遊ぶからね」と言い聞かせ、中抜けして龍泉洞へ向かうことにした。所要時間は約二時間とのこと。それは普通の車で行ってでしょ?俺と相棒であるこの車ならどのくらいの時間で向かえるかな?
その日、左の腕に身につけていたZENITH RAINBOW FLYBACKのクロノグラフスタートボタンを押し、彼女が見送る中、龍泉洞のある岩泉町へ向かった。

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「私は氷、あなたはウィスキー」
言われてみたいものですね、こんな美人に。きっと角の味も、山崎や響のように変わるのではないかと思ってしまいます。

実家にあったサントリーの本。この裏表紙の広告を見た息子。ものすごい反応をした。すごい照れて、手から離さない。見るたびに「ニコニコ」して、ちょっと恥ずかしいような表情をする。
人が多くてちょっと興奮気味の息子も、この小雪さんの広告を見せながら「じゃあ、小雪さんと一緒に寝ようか?」といって、本を持っていくと、ニコニコしながら近づいてくる。布団の上に本を置けば、その本をずっと掴み、時々見ながら、恥ずかしがっている。

何だか猛烈に「自分の息子だなぁ」ということを感じた(笑)
とりあえず、女性の趣味は悪くないと思う。この広告、スキャニングして引き伸ばしてやろうかな。

そして、小雪さんを掴みながら、息子は眠ってしまいました~。

うちの親戚はあまり多くなく、必然的に子供も少ない。龍之介を除くと、私の従姉妹の所に二人ばかりいるくらいだ。
だから、どこに連れて行っても大体喜ばれる。昨日は妻の親類が中心であったが、今日は私の親戚が中心。

まずは私の祖父...龍之介から見たら曾御祖父さんにあたる母の父がいる施設へ。
この施設には「部長」という名のウサギがいる。何故「部長」なのかはわからない。部長元気かなぁ...と思いながら歩いていると、前にもまして巨大化した部長がかごの中にいた。部長も随分と貫禄が出てきたものである。

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祖父の年齢は90歳。今年の正月に帰省した際に会ったが、随分と老けて、動きが緩慢になった感が否めない。まだ私を初めとした家族のことを忘れていないだけ幸いである。息子を祖父に抱かせる。息子は嫌がることもなく、祖父のひざの上にいる。
以前、息子を祖父のところに連れて行ったとき、祖父は息子の手相を見た。息子と祖父の手相はそっくりで、ちょっと珍しいほどに生命線が長い(私は残念ながら全然長く無い上に、途中で切れている)。いきなりそこを見た祖父に驚かされた。何故似ていることがわかったのだろうか?
祖父はお茶を徳利に入れて飲んでいた。これでも少し気分は変わるものなのだろうか?酒が禁止されているわけではないので、今でも飲んでいる。飲もうとしてもそれほど量は飲めないらしい。もうこの年齢ならば、好きなものを食べ、好きなものを飲みながら生きてもらいたいと思う。

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昼食を経て次は父の妹、つまり私の叔母の家へ(この叔母の娘のところに子供が二人いる)。よく酒を一緒に飲むおじ(なぜかF士君がおじのことを気に入っている。一緒に話をしながら酒を飲むのが楽しいらしい。)ともう一人の従兄弟が同居しているのだが、よくよく考えれば今日は平日である。二人は仕事に出かけていた。
叔母は私だけではなく、妻&息子の訪問を大変喜んでくれた。おじの母の看病、先日あった葬儀による疲れからか、少しやせたような印象がある。叔母と龍之介が会うのは、1年ぶり。子供1年の成長というのは非常に大きく、走りながらトコトコとやってきた息子の成長をとても驚き、喜んでくれた。
この叔母は私にとっては第二の母と言ってもいいほどの存在である。実の母には話せない(うちの母は心配性なのである)ことをよく相談した。いろんなことを実際に経験してきた叔母の言葉は重く的確で、私の身になった。実の母は優しいが、やはり普通の専業主婦なのである。この二人あって、今の私があるといっても過言ではないと思う。
また、夫婦というものに対する考え方が私たち夫婦に非常に似ているのである。お互いのことに過剰に関与せず、必要なときには助け合う。一人の時間をとても大切にする人なのである。結婚してもう30年以上。夫婦がそれだけの期間スムーズにやっていける、一つのコツなのかもしれない。

16:00前に叔母の家を出て、今度は母の弟の家へ。例によって平日なので、居るのは奥さんのみ。この奥さんもまた子供が好きであり、地域のこと、新しいことに色々と精通している。私たちの方が年寄りなのではないかと思わされてしまうほどである。いつも目新しいものをたくさんくれるのだが、今回もお土産としてこちらが持っていった以上のものを頂いてしまった。

家に帰ってきて食事をしているところに、仕事が終わった母の弟が息子の顔を見るためにやってきた。
歩いてきたとのことなので、本当に久しぶりに一緒に飲む。鶴は昨日1日で飲み尽くしてしまったため、今日はI.W.HARPER。私はバーボンを好んで飲まない(どうも昔のあまりおいしくないというイメージから抜けきれない)のだが、久しぶりに飲むといけるものである。叔父は随分と酒に弱くなってしまったようだが、私と父は昨日と同様、1本飲みつくしてしまう。
私はそんなにものすごく酒が強いというわけではない。だから飲んだときに失態をおかした数は数え切れないのだが、実家で飲んでいるときはリラックスしているせいか、全く酔わないのである(ちなみに、自宅で飲んだときには酔ってどうにもならないことが稀にあります)。やっぱり飲む相手なのだろうか?あまりに気持ちよく飲む父の姿に、私も何らかの影響を受けているのかもしれない。

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今日は息子、龍之介の2歳の誕生日。去年に続いてケーキを作ってみたけど、ロウソク2本じゃさみしいからブルーベリーで「2」。「2」に見えますか?

龍之介が生まれた当日はとてつもなく暑い日だった。息子が生まれたという報告があったのは、出産後だった。その前日の夜は出産のラッシュだったらしく、息子も夜中というより明け方に近い時間に生まれ、その報告を受けたのが翌朝。電話で会社に休みの連絡を入れ、妻が入院していた病院へと向かった。出産に立ち会うとか、もうそういう次元ではなく完全な事後報告で、なんだか急に力が抜けるようだったことをよく覚えている。
去年の誕生日の写真と比べると...んー、顔は大人っぽくなったかなぁと思うけど、顔と体のバランスとか、その辺はあんまり変わっている気がしない。実際そうで、1歳ころまですごい勢いで大きくなり、ここ1年はさほど大きくなってはいない。だが、歩けるようになったし、2語で完結するような言葉は話せるようになった。大きな進化である。

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誕生会は自宅で、義理の父母を呼んで行った。義理の父母からのプレゼントは、消防車とバスのおもちゃ。ボタンを押すとサイレンがなったりするものだ。今までに救急車、パトカーともらっていたので、緊急車両が3つそろったことになる。バスにも最近は関心が深く、見かけるたびに「バシュ、バシュ」と言っている。バスの便が良いとは言えない蓮田にいるため、まだ本当にバスに乗ったことはない。早速箱から出して遊ぶ。とても満足しているようである。
このくらいの子供のおもちゃにまず求められるのは耐久性である。本当に何をしでかしてくれるか判らないので、とにかく壊れにくいものがいい。初めて救急車を貰った時には「最近のおもちゃといっても、さほど変わりばえしないものだな...」と思ったのだが、息子の扱いがもうめちゃくちゃなので、下手な機能が付いているよりもとにかく丈夫で長持ちしてくれるのがありがたいと実感。BMWもディーラーでミニカーを売っているのだが、\5,000近くする。かなり凝った作りのものなのだが、こんなものでは1日で息子に壊されてしまうところだ。

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私たち夫婦があげたのは、アンパンマンの抱き枕。息子はアンパンマンのストーリーどころか他のキャラすら知らないのだが、この顔に「ぱんぱん」と言いながら異常なほど反応する。よほど子供の心をとらえるような造形らしい。いつも寝る時間が遅くなりがち(まぁ、私の食事に付き合ったりしているからなんだけど)な息子が少しでも早く寝てくれることを願いつつ。

過ぎ去ってみると、1年というのはあっという間だった。いろんな小さな変化があって、それを妻から聞く。「今日は何をしゃべった」とか、「階段を自分で下りた」とか、いろいろなことがあった。私はそれを週末に息子と接しながら確かめる。だから、妻に比べると息子のことを本当に何も知らない。
私は自営業をしている家に生まれたので、いつでも父と母がいた。何度も仕事に一緒について行ったし、どんな仕事をしているのかも知っていた。だが、サラリーマンとして父をすること(そういう父親がいる環境そのもの)が初めてで、こんなに子供と接する時間が少なくていいものかとよく不安になってくる。

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龍之介とうちの飼い猫の「のん」。この二人は仲がいいのか悪いのか、よくわからない。毛を引っ張られたりしっぽをつかまれたりしているにもかかわらず、「にゃ~ん」といってやってくる。
また来年も、何事もなく誕生日が迎えられますように。こんな時代だから、そう思わずにはいられない。


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我が家の近くに須賀神社という小さな神社がある。ここでは毎年この時期に小規模ながらも夏祭りが開催されている。
各町内会の役員はこのお祭りの手伝いをすることになっており、今年は我が家も人を出さなくてはならなかった。うちの町内の仕事は模擬店でのじゃがバターの調理と販売。私では全く戦力にならないだろうということで、妻に行ってもらった。くそ暑い中、すまんと思いつつ、私は義母の家で息子と遊んでいた。

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息子は朝、唇を怪我して大量出血の上に大泣きしたという。確かに痛々しいが、今はとても元気。彼は私のことを遊び相手と完全に思い込んでいるので、一緒にはなかなかお昼寝などをしてくれない。根気強く数時間付き合い、ようやく眠ってくれる。私は家に帰って、洗濯物の取り込みなどをする。完全に妻と仕事が逆転している。

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16:30頃、町内会のノルマが終わったらしく、私と妻と息子の三人で神社のお祭りを見に行く。家の近くにあるのに、私はここに来るのが初めてである。本当に蓮田のことを全く知らない。

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本当に小さな子どもたちでたくさん。模擬店もいわゆる的屋は全く存在せず、全部町内会で賄っているためか、異様に安い。先ほどの町内会の仕事の報酬として妻が貰った\500券に100円を足し、生ビールを二杯購入する(つまり1杯\300。安すぎ)。ものすごく冷えており、暑い中で飲むには最高だった。

うちの妻はこの蓮田出身。だから、人が集まる所に来ると同級生などによく出会う。ほとんどが子持ちのお父さんやお母さんになっている。蓮田は東京への通勤圏だから、残る人が結構いるのだろう。私の地元、福島でこのような祭りに行ったとしても、同級生に会うような気はどうもしない。

ほどほどに見終わった後、みんななんとなく疲れていたので、家に帰らずに義理の母を交えて外食。このところあまり夕食は食べなかったのだが、かつ重とうどんを実質1人前ずつ食べてしまった。減量計画実現がちょっと遠のいた。

今日は九段坂病院で肩のこぶの摘出手術である。幾度と手術経験がある私としては、日帰り手術など全くどうというレベルではない...と強がりを言ってみたものの、久しぶりなので少々、緊張する。
手術は14:30よりスタート。執刀は素敵なT口先生と若い椎K先生である。看護師も全員女性。これが手術でなければ、ばら色なんですがねぇ。

まずは麻酔の反応テスト。毎回嫌な思いをさせられる注射である。注射は針を刺すとき、抜くときが痛いものだが、この反応テストは皮下注射なので、刺すときは痛くなく、麻酔を皮膚と筋肉の間に注射されているときが猛烈に痛い。大人気なく「いてー!」と騒いでしまった。
テストの結果も良好となると、今度は手術をする部分にペンでマーキングし、写真を取る(いまいち、この撮影の意味はわからない)。そして手術台に乗せられ、また痛い麻酔をガンガン打たれるわけである。もちろん、局部麻酔(全身麻酔の方が、気絶しているうちに終わるから楽なんだけど、この規模で全麻はありえないな)である。麻酔の注射も、針を刺されるときはどうということは無いのだが、麻酔を注入されるときはやはり痛い。「あいた、あいたたた」と思わず痛みを口にするとT口先生に「ごめんなさいね、いたいですよね。もうちょっと我慢してくださいね」と優しく言われる。先生にそういわれると「はい~」といって言うことを聞かざるえないのだが、痛いものはやはり痛いのである。何度か「痛い」といい、そのたびになだめられた。
麻酔が効いてきて、触覚のみが残り、痛みが感じられないようになったら、手術開始である。手術する部位のみが見えるようになっている緑色のシートをかぶせられ、メスで切られていく。しかし、切られているのが触られているだけのような感覚になる。しかし、ある位置から「痛ぇええ!」と急に感じる。私はどうも麻酔が効きにくい体質らしい(術後に「肝臓が強いのでしょうかねぇ?」とT口先生に言われる。麻酔の分解も肝臓なのか?)。「痛い」というたびに麻酔が追加されていくのだが、その麻酔の注射も痛いのである。
こぶの摘出の際は、引っ張られるような感覚がする。私からは全く見えない位置で手術されているので、どんな引っ張り方をしているのかもわからない。摘出が終了後、出血を止めるために電気で焼く。そのため、手術前に金属物を全て外すように指示されていた。手術をしていない右側の手にアース用の金属板をにぎらされ、アーク放電のような音を後ろから聞かされる。不思議な感覚である。この作業にて止血した後、穴の部分の左右を縫合し、傷口部分も縫合する。これで手術完了である。所要時間は約30分。縫合はとにかく早かった。T口先生、裁縫上手かも(笑)。

摘出されたこぶを見せてもらう。これが結構大きい。直径3cm位の球状のものである。記念に(笑)摘出したものを撮影してきたが、あまり見て気持ちいいものではないので公開はしません。

まだ麻酔がぼんやりと効いているのでさほど居たく無いが、切れると痛いのだろう。痛み止めの定番、ロキソニンと化膿止めを処方される。明日、経過を見るためにもう一度来院してほしいとのこと。

このまま会社に戻るのをやめて帰ろうかとも思ったが、微妙に仕事が残っているのでまじめに帰還しました。


帰宅後、さすがにこの暑さで汗をかいたし、頭も気持ちが悪いのでシャワーを浴びることにする。しかし、感部には水がかからないように注意しなければならないので、妻に頭を洗ってもらったり、背中を流してもらったりする。その様子を見ていた息子が「ママがとられた!」というようなジェラシーを感じたらしく(もうそういう感情も生まれているんだねぇ)、やたらに妻の気を引こうとする。
やっぱり、ママ大好きなんだねぇ。

気温の変化が激しい上に、次第に暑くなってきている。
私はどんな状況下でも食欲が落ちるということは無かったのだが、今、人生最大の食欲低下という状況に見舞われている。
これが三十路というものなのか?
全くダイエットするつもりなどなかったのに、いきなり5kgほどやせてしまった。

ちょっと具合も良くないので、景気づけにうなぎでも食べに行こうと思い、家族3人でさいたま新都心の「まんまる」へいく。広い座敷席があるので、子供がいても他飲食店での外食ほど気兼ねしなくて済むのがよい。
頂いたのは「うな重」。給料日前なので、「上うな重」のようなものはさすがにオーダーできず。でも、この店のうな重なら国産養殖ものなので、なんだか安心して頂ける。しかも\1,400と非常に安い。
息子もうなぎは好きなようで、パクパクと喜んで食べる。私も少し、元気になったような気がする。

その夜、息子は23時を過ぎても全く眠らず大暴れ。うなぎパワーなのだろうか?無理に寝せようとすると、私の顔面に向かって頭突きをしてくる。この頭がめちゃくちゃ固くて(いったい何で出来ているんだろう?モース硬度9って感じ←ダイヤモンドかよ)喰らうと目から火花が飛び散る。結局、日が変わるくらいまで眠るのに付きあわされた。

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天気が良かったから、久しぶりに西城沼公園へ妻と息子と一緒に散歩へ出かけた。
昼食をとっていないので(私は朝食も取ってないが)近くのスーパー、マルエツでパンとビールを購入。公園の芝生の上にござを引いてそこで食べる。
うちの息子の好物はパンとバナナと豆腐。なんだか渋いよね...。
パンを見かけると(特に甘いパン)「ぱん!ぱん!」と言いながら寄ってきて、口をあける。食べ終わるまでこれが続く。こんな小さな体なのに、よく食べるものだと思う。

息子は公園のすべり台のはしごを自力で登れるようになっていた。毎日接している妻からすれば何ともないかもしれないが、久しぶりに一緒に遊んだ私には、その進化に大変驚かされた。
(ちなみに昔から高所恐怖症だった私は、しばらくすべり台では遊べませんでした)

平日は朝と夜しか息子には会えない上に、休日も平日の疲れからへばり気味。悪い父だなぁと思う。

買ってもらいました。義理の父母に。息子もかなり気に入っているようです。
自分が子供だったとしても、かなり喜んだことでしょうね…

あんまり安全な遊びじゃないんですけどね…

最近、うちの息子は真似事ばかりする。人がしていることと同じことをしてみたいらしい。
その中の一つが、車の運転である。上の写真のように、運転席に乗せるとハンドルを動かそうとしたり、ハザードランプをつけたり、サイドミラーの開閉をしたりして遊んでいる。

私も子供の頃、車を運転するということにものすごい憧れがあった(実際、運転免許が取得できたときも、ものすごく喜んだ)。息子はまだ2歳にも満たないが、私は車の運転席に座って遊ぶことを小学校2年生くらいまでしていた。当時放映されていた「太陽にほえろ!」では、どういうわけだがみんなサイドウィンドウ全開で走っていたため、私もしきりに開けていたことを思い出す。まだ当時はパワーウィンドウの車は少なく、初めてパワーウィンドウに触れたときの驚きをいまだに覚えている。
また、私はメーター好きでもあった。速度計、回転数計、ガソリンの残量インジケーターなど、見ているだけでもゾクゾクする。そう、デジパネが搭載されている車のときはものすごく驚いた。あれは男の子の心を猛烈にくすぐる。

あと17年後に息子は車の免許を取得することが出来る。その頃はどんな車が走っているのだろうか?

うっへっへっへ。義理の父に買っていただきました。三輪車。
でも、自走はできません。扱ぐとかそういう動作はまだ無理なので、後ろの取っ手で押されます。
それでも大喜びのご様子で。

子供ができると、出産後必要であろうと思われるものを色々と購入するわけだが、実際に使用する(できる)期間が著しく短いものが多いことに驚かされる。ベビーバスやベビーベット、チャイルドシートの一歩手前のベビーシートと上げれば枚挙に暇が無い。
こういうものをまともに買って準備しておくのは結構馬鹿らしいものだなぁ…と、一人ばかり子供を育てながら思うようになった。おそらく他のお母さん方もこういうことを実感しているから、第二子、第三子となるといい加減…じゃなくて、コツを掴んだものの買い方をしていくようになるのだろう。そして、そうして育った子供達は第一子よりもたくましくなっていくんだろうなぁ(ちなみに私は第一子です…^^;)。

妻の友人が妊娠し、4月に出産予定だという。うちと同じく男の子だそうだ。
我が家の二階の一室は息子が一時期しか使わなかったものの倉庫となっている。こうした物たちが再度、日の目を見るチャンスと思い、車に入りきるだけのものを積んでその友人宅へ行くことに。場所は横浜。久しぶりの首都高である。ドライブならどれだけ距離があっても苦にならない私にとっては至福の時間である。

実家から帰って着たままの装備になっている私の車のタイヤはまだスタッドレス。ミシュランの固めのものをはいているのだが、夏タイヤに比べるとぐにゃぐにゃで限界性能がいかにも低い。首都高を思いっきり楽しむ…じゃなくて、安全に運転するためには夏タイヤに戻しておく方が良いだろうと思い、スタンドでタイヤを戻してもらう。スタンドの店員は「え?もう戻すんですか?」って表情であったが、滅多なことでは雪など降らない関東では別にどうでもいいのである。
ついでに給油も済ます。ガソリンも少しずつ値段を戻しているようだが、まだまだ高い(ちなみに平均価格の変動はこちら)。私の馴染みのスタンドではハイオクで\148/lであった。

蓮田から横浜までの所要時間は70分。これは相当速い(行きも帰りも全然渋滞していなかった。ガソリン高で車を利用する人が減った?)。その妻の友人は結婚してから横浜のマンションに引っ越したそうだが、やっぱりマンションはマンションで良いところがあるなぁ…と、毎度同じような事を思わされる。綺麗だし暖かいし…我が家は思いっきり反対いってるしなぁ。

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子供が居るとこんなにも家庭内の色々なものに気を使わなくてはならないのかと悩まされる。
まだ自分で動けないうちはそれほど問題ではなかったのだが、家中にあるありとあらゆる物が息子にとっての危険物と化す。玄関、階段、ガス、風呂、トイレ…枚挙に暇が無い。とりあえず、行ってはいけないところには柵をするようにした。階段やキッチンの入り口など…大人は不便になる一方だが仕方が無い。

寒くなってきて問題になったのが暖房である。
妻は乾燥肌なのでエアコンやファンヒーターの熱風を嫌っている。そのため石油ストーブ(いまどきの関東圏のアパートでは使用禁止の場合が多い)で暖をとっていたのだが、子供が火傷をする危険があるので今年は使用することが難しい。さらに言えば、石油がアホみたいに高騰している状況ではあまり使いたくない。
熱風がダメで高温になるものもダメ…となると、ホットカーペットかオイルヒーター位しか選択肢が無くなる。予算の都合上、後者を選ぶことにした。
エアコン等の他の暖房器具でも「8~4畳用」などと、温められる部屋の範囲が記載されている。範囲に幅があるのは、室内の気密状況によって暖房効果が異なるからだ。マンション等の鉄筋コンクリート家屋ならば高い効果が期待できるし、木造住宅ではその効果は薄くなる。オイルヒーターはじわじわと暖かくなるその特性からか、この幅がかなり広い。今回購入したオイルヒーターは「3~8畳用」。我が家は木造の戸建て…しかも古いので隙間風がヒューヒュー言っているような家である。「うちは3畳だろうなぁ…3畳って…」と思い上位のモデルも見てみたが、あったのは「4~12畳用」であり(そのくせ値段は倍くらいする)オイルヒーターを使う以上、あまり暖かさは期待できないなぁ…と諦めた。

商品が今日届いたので、早速6畳の和室で使っている。まぁぼんやりとは暖かくなっているようで、うちの猫もヒーターの周りに集まりだす(猫は暖かい場所を見つける天才ですなぁ)。直接フィンに触れても、火傷をするような熱さではない。
8畳の和室とつながっているので普段は襖を開けているのだが、熱が逃げるので襖は締め切ったままである。換気が悪くならないのかが心配だが、まぁ隙間風が吹き込むくらいだから大丈夫であろう。

今日で1歳の誕生日を迎えます。
長かったような、短かったような…でも、とても濃密でたのしい1年間でした。
来年はどこまで成長しているか、楽しみ。

まだ大人用の風呂が使えなかった頃…そして、大人の風呂に入るようになってしばらくは私が息子の入浴を担当していたのだが、このところ時間の都合等で私が担当することはあまりなかった。昨日、今日と久しぶりに息子を風呂に入れている。

どうも私は「洗う」という行為をする際に泡が立たないのがイヤなのである。そして、完全にきれいにならないのがイヤなのである。そのせいか、私が風呂洗いや食器洗いをすると結構な時間がかかってしまう。
息子を入浴させるときもそうで、割と徹底的に洗ってしまう。どうもそれが息子には辛いようで、途中で泣き出してしまうのである。最近は大分妥協するようになったのだが、どうも頭を洗うのは苦手である。
今日の入浴では「泣かさずに頭を洗う方法」というのちょっと考えてみた。どうも水(特にシャワー)に怖さがあるようで、水が体に触れるときは、誰かに抱えられていないと安心できないようなのである。以前は寝せて洗っていたが、今日は抱きかかえながら洗ってあげた。すると、いつものように泣き出さずに頭を洗うことが出来た。

甘えんぼさんなんだなぁと思うが、子供は甘えたいと思うときに甘えさせた方がいいと思っている。そのうち「甘えてみろ」と思っても甘えてくれない日がくるのだから。

300枚格納のCDラックをシアタールームに置いて使っているのだが、とうに所有CDは400枚を越し、収納しきれない状態が続いている。さらに、DVDもちょくちょく購入しているので、収納状況は悪化の一途をたどっている。
今の状態で地震がきたり、CDラックを揺らすような事をすると、上からCDが雪崩のように落ちてきてしまう。これから「はいはい」、「つかまり立ち」をする息子の頭にでも落ちてきたら大変である。

そこでCDラックも機能に引き続き、ヤフオクで落札。といっても、中古品ではなく新品をオークションストアから希望落札価格で落札した。\4,000である。送料は全国\1,000なので、しめて\5,000となる。今使っているラックには\10,000以上使ったような記憶があるので、それに比べると半額以下である。現物を見たわけではないので、何ともいえないが、あまりチープなものじゃないことを祈りつつ…これがオークションの面白いところでもあり、ちょっと恐い所でもある。

我が家の8畳和室には、5.1chスピーカー構成のホームシアター環境が構築されている。
この部屋の隣の6畳和室にて、最近は妻と息子が寝起きしている。息子が「はいはい」から「つかまり立ち」をするようになると、おそらく8畳和室にも来ることが想像できるため、危なそうなものは今のうちに撤去したり、配置を換えたりしようという話が出ていた。

ホームシアター環境を構築するのに使用しているリアスピーカーはYAMAHA NS-120というトールボーイ型スピーカーなのだが、床がたたみのため、通常使用では問題ないものの、何かが捕まったりすると倒れてくる可能性が考えられる。まずこれが危ないと槍玉にあがった。確かに12.5kgの自重があり、危険といわれれば危険である。
ということで、このスピーカーをやめて吊り下げ型のスピーカーに変える事にした。ついでに、使用しているアンプは6.1ch対応のYAMAHA DSP-AX1200であるため、リアセンターにもスピーカーを1台用意しようと思う。(といっても、DVDプレーヤーがDTS ES対応じゃないので、CD等のPCM信号をアンプのDSPがDTS ES処理したときのみの活躍…と、あまり意味がなかったりするのだがw)
我が家の天井は素材が良くわからないため、屋根からの天吊りはそのままスピーカーが落下してくる危険性も否めない。しっかりした壁の、しかも木材が確実に奥まで存在している位置に取り付けるのが無難であろう。そうなると、スピーカー固定用のブラケットが必要となる。スピーカー+ブラケットとなると結構な費用が必要となる。私はこの計画にあんまりお金を投入するつもりはない。そのため、中古のスピーカー+新品のブラケットで構成しようと考えていた。近所のハードオフ(かなりスピーカー類は充実している)を2店ほど回ったところ、YAMAHA NS-90が2本で\10,000で売られていた。このスピーカーは一本\10,000なので、ちょうど半額である。NS-90は「NS-120の上半分を切り取りました」という感じのもので、同等の能力は期待できる。ブラケットが1つ\6,500だから、定価で売られると想定して\23,000か…ちょっと嫌な出費だなぁと思っていた。吊り下げ型スピーカーの王道というか、名機「BOSE 101MM」あたりがオークションで十分に落札できてしまう位の出費である。うぅ。
そんなことを考えている時に、他のハードオフのような店を見つけたのでちょっと覗いてみたところ、オースミ電気製スピーカーAV-635がブラケット付きで、しめて\5,000(定価の1/4以下)で売られているのを発見!しかもほとんど新品同様で傷一つない…(オースミ電気ってかなりマイナーな印象を受けるが、結構業務用なんかでは導入されているもので、この価格帯の製品にしては珍しくMADE IN JAPANだったりする)ううう、\23,000の1/4以下か…現在は決して金に余裕がある状況ではないし、サラウンドスピーカーだしなぁ…と迷った挙句、これを導入することに決定。センタースピーカーも変更して、現在のセンタースピーカー(元々は天吊り用のスピーカーをセンタースピーカーとして使用していた)をリアセンターに配置しなおした。

というわけで、比較的安価に6.1ch環境を完成させて、転倒防止問題も解決。それでも子供は予想外の事をしてくれるから怖いなぁ。あとはCDラックにCDが入りきらなくなってきてCD雪崩が置きそうだから、ラックの増設かな?

福島駅11:26発の新幹線で妻と息子は私より先に帰った。私は5/10に帰る予定である。息子が居なくなったことで、父と母は心の灯火が消えてしまったかのように随分と残念がっていた。
妻を福島駅まで送った後、福島駅に接する銭湯「極楽湯」にて2時間ほど入浴する。入浴が終わった頃に妻から連絡があり、家に着いたとのこと。全く持って、新幹線というのはすごい乗り物である。しかし、もう少し特急料金をどうにかすることは出来ないのだろうか?
新幹線での最寄り駅は大宮駅になるのだが、後日聞いたところによると、義理の母は大宮のホームまで妻と息子を迎えに来ていたという。「一体、何様の帰宅じゃぁ?」と、ちょっと笑ってしまった。

今日は父の妹夫妻が息子の顔を見に来てくれた。仕事で疲れていたのか、予定時間よりもかなり遅れて、婚前のF士君もやってきた。しばらく抱いたりあやしたりしたあとは、酒である。
今夜の我が実家にはいろいろな酒が常備されている。芋焼酎、ワイン、日本酒×2(これらの酒はあまり詳しくないので、銘柄まではわかりません)、ウィスキーは竹鶴の21年と余市、アイラモルトのラフロイグ10年である。貧乏性の私は、21年物のウイスキーなど豪快に飲むほど気前がよくないのだが、昨日開けた竹鶴の2/3は既に無くなっている。ラフロイグはF士君と酒を飲むときには必須の酒なのだが、数杯飲んだところで疲れのためかF士君は眠ってしまった。正露丸というか、ヨード臭いので父は毛嫌いしていた酒なのだが「飲んでみると癖になるなぁ」などといいながら、ラフロイグをかなりあけていた。おかげであっという間にラフロイグも無くなった。もうちょっと年が行ったアイラモルトを今度は持ってきてみよう。それが飲めれば本物だが、私もボウモアの17年以降はちょっと自信が無い。値段もするので、空けて誰も飲めないなんてトホホなことにならなければいいが。

しかしF士君、最近は一緒に飲んでも即効ダウン気味。それだけ仕事が忙しいのでしょうけど。結婚式の準備も重なって、ことさら今は忙しいのかしら?

私の祖父母で存命なのは、母方の祖父のみである。今は福島市内の施設にて暮らしている。私が帰郷した際は、よほど忙しくない限りは会いに行っている。
年齢は88才。男性にしては長命な方である。脳の障害で右手が麻痺してからはや十数年経つが、それから特別経過が悪化したようなことも無いようで、私の結婚式の時と同様に車椅子を使って移動している。
息子を福島に連れてくるのが初めてなわけだから、息子が曾爺ちゃんに会うのも初めてのことである。子供は体調の変化が激しく、「何日に会いに行きます」と約束しても、その約束がドタキャンになってしまうことも少なくはない。そのため、「いつ、曾孫が来る」という話を母はしていなかったらしい。ということで、今日はガチンコ訪問なわけである。私が会いに行っても泣いてしまう曾爺ちゃんなので、曾孫を見たら大泣きだろう。喜んで泣いてくれるのであれば、それはいくらでも結構なことである。

父母、妻と息子を伴って曾爺ちゃんがいる施設へと向かう。部屋で息子を見て曾孫とすぐわかったようで、予想通り曾爺ちゃんはうれし泣きの涙を流した。
不思議なことに、曾爺ちゃんは曾孫の手のひらを見ようとしていた。手を開いて見せてあげたところ、手相を見たかったようだった。私は全く今日の今日まで気がつかなかったのだが、息子の手相は知能線が右、左共に真一文字に線が流れている。私は両方ともに途中で曲がっている。生命線など、途中であからさまにぶち切れている。きっと私は長生きは出来ないだろう(笑)。まぁ、死にそうな目に何度もあっているので、それはそれでかまわないけど。
と、話がそれたが、妻は片方の手のみ、知能線が真一文字で、私の父母は私と同様に、線は真一文字ではない。で、曾爺ちゃんの手相を見ると、これが奇遇にも息子と同じように、両方の手共に真一文字になっている。
知能と関係があるのかどうかはわからないが、私の祖父は書道家である。右手の自由が効かなくなってからは、左手で書いているが、字がうまく書けるような適性を継承してくれると実にいいなぁと思う。父は講師などの仕事をして、人前で文字を書くことがかなり多いが、これが非常に下手で恥ずかしい思いをたくさんしている。そういうことは無いといいのだが。

息子に着せてみた。うちの息子は顔が非常に大きく(どうも3.5頭身くらいに思えるのだが)、陣羽織とセットになっている鉢巻がうまく巻けない。頭からどうもすぐにずれてしまうのである。
何とか巻いて、鎧兜のセットの前に座らせて写真撮影してみたが、まぁまぁ、意外と喜んでくれているよう(な気が)する。親子二代で同じものを着るというのも、何だか感慨深いものである。

息子が来たところに早速、私の母の弟一家がやってきて、息子をあやしてくれた。人見知りしないその性格は福島にきても変わることなく、みんなが喜びながらあやしてくれるので、親としてはありがたい限りである。以外にも、従妹と相性がよかったのか、抱かれてとても喜んでいた。私のように親がへなちょこだと子供がフォローしてくれるのかしら?

もう5月の節句は日程的には過ぎているのだが、福島の実家では私が頂いた鎧兜を十数年ぶりに出して、飾っていてくれた。
自分で言うのも何なのだが、3段飾りの割と立派なものである。実際に買う立場になって岩槻や栃木市で鎧兜というもののプライスを見たが、眩暈がする思いだった。一体、これは如何程したものなのだろうか?
鎧兜は身に着けなかったが、陣羽織を着た子供の頃の私の写真をいくつも見ている。明日、息子にも着せてみようと思う。

多くの方々が上りの車線を走行する中、妻と息子を乗せ、東北道の下り車線を走っていた。走行している車は少ないが、雨が非常に強い。前日、ワイパーブレードを交換し、車全体に撥水コーティングをかけておいて良かったと思う。その効果は絶大だ。
私の息子が私の実家である福島に来るのは初である。もちろん、福島には親戚がたくさん居る。私の祖父も健在だし、叔父、叔母もたくさんいるが、今まで写真で姿をお披露目していただけで、実際に会ったことがあるのは私の両親だけである。
息子を長時間車に乗せるのは今回が初めてである。というか、埼玉県から息子は出たことが無い。茨城、群馬に一瞬入り、栃木を抜けて福島を目指す。その間、ほとんど息子は寝ていた。本当に手のかからない子で助かる。サービスエリアで何度か休憩をし、本宮で東北道を降りて国道4号線で福島市へむかったため、所要時間は実質4時間半というところだった。妻の親戚の家にまわり、無事、実家へとたどり着いた。
今回の福島での滞在期間は、私が5/10まで、妻と息子は5/8までの予定である。短い期間だが、まだ幼いので仕方が無いところだろう。

湯治で2週間、家を空けていた。2週間もあけていればいろいろなものが変わる。

まず、息子がでかくなっていた。いや、うちの息子は他の子に比べて大きいので、久しぶりに会ったから大きく感じているだけかもしれない。でも大きくなった気がする。

昨日までの鬱々とした天気から変わって、今日は非常に天気が良い。妻と一緒に息子の散歩に出かけた。元荒川にかかる橋を渡って驚いた。ものすごく増水しているのだ。そんなに雨ばかり降っていたわけではないから、おそらく農業用水のために増やしたのではないかと思う。でなければ…おかしいよな…

温かくなってきたためか、色々な花が咲いている。元荒川沿いを歩くとこれら花々を見ることができる。


温かくなってきたと言えば、義理の父母の家近くのである。どうもお腹に子供がいるらしい。うちではこれ以上の数はもう面倒見切れませーん。困りました。

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土曜日にしては珍しく過密ではないスケジュール。妻が歯医者に行きたいと言うので、私が息子の面倒を見ることにした。
最近、息子は私の顔を見ると、とてもいい笑顔をしてくれる。なぜだろう?まぁ、嫌われるよりは全然いいのだが。

しばらく家の中で遊んでいると、お腹が空いていた様子だったのでミルクを作って飲ませる。ミルク飲みながら「ぶーっ」、「ぶー」とおならをする。音の大きさといい、大人のそれと全く変わらない。何度も「ぶー」、「ぶー」と音を立てていたが、途中から急に音が「ぶにょにょにょ」と変わった。しやがったか…さすがにお尻が気持ち悪いようで、泣き出す。オムツ交換のためにベットへ。
ここ最近は、うんちをまとまってするようになった。一日に1~2回である。そのため、1回に出る量が半端ではない。オムツを取った瞬間「あーあぁ」とあまりの量に驚いた。お尻全体がうんこまみれである。しかもほとんどミルクばかりを飲んでいるのに結構臭い。お尻を拭いてあげ、新しいオムツに取り替える。ミルクが途中だったのでまた飲むかと思ったのだが、もういらないようである。50ccばかりもったいないなぁと思い、無理に飲ませようとしたら泣き出してしまった。
機嫌が悪くなったときは散歩に限る。今日は冬とは思えないような気温である。宇宙服のような暖かい服を上から着せてベビーカーに乗せる。私がベビーカーを使うのは今日がはじめてである。

子供を乗せてベビーカーを押す。どうも男の人が押しているのは珍しいようで、どうも注目を浴びてしまう。特に、同様に子供をベビーカーに乗せているお母さんはやたらと私のほうを見る。そんなに物珍しそうにみないで欲しいなぁ。
ただ散歩をするのも面白くないので、デジカメをもって景色を撮影しながら散歩することに。ここ最近、デジカメはトラブル気味であったが、CFカードを新調したところトラブルの発生も無くなった。黒いロングコートに一眼レフのデジカメを持ち、子供をベビーカーに乗せて歩いていたら、やはりあぶない人に見えるだろうか?子供がもう少し大きくて、ベビーカーではなく箱車で、私が刀を差していたら子連れ○状態である(笑)。
私はあまり自宅近所の地理に明るくない(妻はこのあたり出身なのでよく知っているのだが…)。どこをどう散歩しようという計画も特に無く、今まで立ち入ることが無かった公園に行ってみたり、元荒川の河川敷を歩いてみた。家を出て30分くらいで、ベビーカーの振動が心地よいのか眠ってしまった。眠ったならまぁ、それでいい。そのまままたしばらく歩き、1時間半くらい散歩した後、家に戻ったら妻が帰ってきていた。息子は家についても寝たままだ。
ベビーカーに乗せたり、ドライブが出来るようになったのは実にありがたい。寝せるための必殺技である。こんなに効果的だとは思わなかった。

昨日は妻の誕生日。我が家では記念日の贈り物は、リクエストを聞いてから贈るようにしている。花やお菓子、お茶なんかは別に関係なく買うけど…せっかく買ったものが趣向に合わなかったりするとね。私たち夫婦はどうも「こだわり」が多いのでそのようにしている。いきなりすごいものをかってびっくり…ってのも楽しいのだろうけど。
今年の妻の誕生日プレゼントは中々決まらなかった。が、昨日突然「龍之介と3人で家族写真が撮りたい」と。いいじゃないですか。プレゼントってことじゃなくても本当は撮影しておくべきなんだろうけれど…この案には即OKの返事をした。
撮影場所は浦和の伊勢丹の中にある写真館。写真館で写真を撮影するなんて、成人式のとき以来である…人の写真を頼まれて撮ったりはするけど、自分のはおざなりになっていた。龍之介が居る以上、車で行くしかない。10:30までに浦和の伊勢丹に間に合うよう、車をとばす。
撮影が近くなっても、とてもおとなしくしている今日の龍之介。どうも車に乗っている(但し、動いていないとダメ)のが好きらしい。何だか自分の子供らしいと思う。撮影の間もとくにぐずることなく順調に終了。実によい子であった。写真の現像完了は12/23とのこと。何テイクか撮った中から選ぶ必要がある。妻と一緒に選びに来よう。楽しみである。

撮影は11:30ころに終了。朝食をとっていなかった私たちは、龍之介がおとなしいので調子に乗って伊勢丹内のファミレスへ。だが、注文した料理が中々出てこなく、その間に龍之介はご機嫌ななめ気味に。妻と私が交代で店に出入りしながら食事をとった。急いで食べたので味はよく覚えていない。まぁ、まだちょっと4ヶ月では早すぎるよねぇ。速く隣に座っていた子供のように、一緒に食事が出来るようになるとよいなぁ。

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福島市の風習では男の子のお食い初めを110日目に行うそうである(と、母から聞いた)。厳密に110日になるのは12/5なのだが、12/5は平日の火曜日。みんなで集まるのは難しいので、今日行うこととなった。こうした行事は遅れて行うよりも、早く行ったほうが良いらしい。福島からは私の母、それと義理の父母、私たち夫婦、主役の龍之介の6人が集まり、お食い初めをすることにした。
料理は近所付き合いということで、近くの寿司屋に依頼。寿司屋とは言え、若干高い…お食い初めにははずせない鯛は、すさまじく大きな桶に丸々1匹。私もこんな大きな鯛は食べたことがない。
龍之介用に新しい茶碗と箸を用意した(これが本当に使えるようになる日はいつのことか…)それに赤飯や鯛をほぐしたものを乗せて(当然、まだこのようなものは食べられないので)食べるふりをさせる。作業としてはたったそれだけ。後は私たちの宴会である(子供を口実に親戚で飲もうという会になっているが…それはそれでいい機会を作ってくれているともいえるな)。今日はめでたい日ということで、飲むウイスキーも竹鶴の17年に変更。昼から3時過ぎまでずっと飲んでいたが、さすがに昼の酒は効く。夕方になったらぐったりしてきた。忘年会やパーティがこれから何度か続くが、胃が参るだけではなく、また太りそうである。

もう11月も今日でおしまい。晩秋の時期が終わりを告げ、冬がやってくる。
我が家の暖房器具はエアコンか石油ストープ、セラミックヒーターなど。隙間風が多い我が家ではさすがに寒さに耐えられず、暖房器具を出した。
今まで考えたことも無かったのだが、ハイハイやちょっと立って歩けるような子供にとっては、これら暖房器具は非常に危険なものである。うちの中の物すべてが子供がいることを前提にされていないため、暖房器具以外にも予想できない危険物はたくさんあるのだろう。
うちの猫2匹は石油ストーブの前によく陣取っているが、さすがに熱さというのは気が付くようで熱すぎないぎりぎりの位置にいる。まだまだ、猫の知能には息子は負けている。猫の知能は、人間で言うと4才程度であると聞くが、本当だろうか?

私の息子が生まれて、今日でちょうど100日目。何だかもっと長い期間一緒に居るような気がする。
100日目や105日目、110日目、120日目、200日目と諸説あり過ぎて良くわからないのだが、こうしたタイミングで食い初めというイベントをするのが一般的らしい。まだ本当に食べ物を食べられるほど成長していないので、実際には食べ物を食べさせるフリをするらしい。私も子供の頃に食い初めはしており、その時撮影してもらった写真には、書道家である祖父が毛筆で書いた大きな字の下に、親戚中が集まってすばらしいご馳走を食べているというものであった。そうした規模では出来ないが、110日目周辺の12/3に食初めをすることにした(福島市では、男の子の場合110日目が一般的と母から聞いたので、福島流ですることに)。
といいつつも、100日という一つの節目でもあるから、食い初めとは別に100日記念をしようということになった。鯛のお頭付きとホールのケーキを用意して、(息子はまだモノを食べられないので)私と妻とでささやかなお祝い。200日目の頃にはどこまで成長しているだろうか?楽しみである。

ベビーシートを車の後部座席に付けたはいいが、なんとなく不安で運転手(私か妻)1人+息子1人という状態では出かけられず、しばらく時間が経ってしまった。せっかく買って何とか取り付けたわけだから、いい加減そろそろ私も妻も使えるようにならないと…と思い、今日は初めて息子を連れて3人でドライブに出かけることにした。蓮田市の隣、伊奈町のバラ園では秋のバラが咲いているだろうし、まだコスモス祭りもやっているかもしれない。今日は出かけることそのものが目的だから、まぁやってなくてもイイや。
昨日、少しガソリンの価格が安くなっているのを見て、ハイオク満タン&洗車をしておいた。美しい。やはり黒いボディは洗った後の効果が歴然としていていいなぁ。今日は天気もいい。ドライブをするに当たって、不安要素が何も無い本日を逃す手はないな。
息子をベビーシートに乗せ、妻をその隣に。私が運転をする。子供を乗せて車を運転してみて、車の後部に「子供が乗っています」というシールを張っている運転手の気持ちがわかった。子供を一緒に乗せていては、心配で無茶な運転などとても出来るものではない。今まではガンガンにエンジンを回し、道路を突っ走っていたのだが、反省。318tiはセダンモデルに比べて足が硬い。さらに、ホイールは318ti純正の「スタースポーク・スタイリング45(205/55R16)」ではなく、「クロススポーク・スタイリング42」に変えているため、タイヤは225/50R16という扁平ぶり。ぶっ飛ばして運転する分にはロールも少なくていいのだが、逆にゆっくり走ると路面の突き上げが感じられる。これでは乗っていて気持ちが悪いかなぁと心配したが、息子はずっと寝ているだけだった。いい「ゆりかご」になっているようである。
伊奈町のバラ園は元々は町制の記念公園であり、遊具等も充実しており敷地も広大だ。どのくらいの状態でバラが残っているかなぁとあまり期待しないで言ったのだが、このとおり立派なバラがたくさん。しかし息子はバラなどどうでも良く、眠そうにしている。赤、白、黄色のバラはバラらしいが、ピンクっぽい色のものはどうも「さつき」の花のようである。
バラ園を1時間位で発ち、そのバラ園の近所にあるケーキ屋へ。ケーキ屋とカフェが一緒になっており、おいしいコーヒーをいただけるのだが、息子連れではちょっとリスキー。ケーキを買うだけで店を出る。マロニエ、レアチーズケーキ等を購入。マロニエは栗嫌いの私でも食べられるような、甘さが上品に抑えられた逸品。でもこのサイズで\420は高いなぁ。

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コスモス祭りは特定の場所に集中して行われているわけではなく、伊奈町に点在するコスモスの花が咲いているところで開催されている。まだ花は咲き乱れていた。ああ、きれいなものである。天気が良いせいか、蝶やミツバチもたくさん居る。しかし、花畑の近所にある化学工場からの匂いがひどい。これでは花の匂いもわからん…と思ったのだが、私達以外の花を見ている方は、匂いのことは気にならないようである。不思議だ。
最後に、いつも買い物に来ているマルエツへ。息子は初マルエツ。これから幾度と無くここに訪れることになるだろう。しかし、また寝てるし。日中、外で活動し、今夜は疲れてぐっすり休んでもらうという我々の計画がぁ!とても二ヶ月とは思えない重量感の息子をずっと抱えていたせいか、右腕が笑ってる~。
今日は近距離ドライブだったからまぁ良いが、福島の実感に帰るとなったらそれこそ大事である。年末、正月は帰省できそうも無いが、来年のGWは大変だろうな。

今日は妻の友人の女性2人が我が家にやってきた。1人は昔、バイトで一緒に仕事をした友達、もう一人は妻が以前勤めていた弁護士事務所の事務を引き継いでくれた方だ。
お客様がみえる日なのに、龍之介の顔はにきびだらけ。1日、1日で出ては治ってというのを繰り返している。今日出来てしまったにきびも明後日くらいになるともう消えている。新陳代謝がそれだけ良いということなのだろう。
お昼くらいにお客様は我が家に着いた。お客様が太巻きを作ってきてくれたので、それとサラダや煮物をこちらで用意し、一緒に昼食をとる。妻が妊娠してしまったために、我が家でしばらく寝かせていた白ワインをあけることにする。久しぶりに妻も少しだけ飲む。この後の授乳は粉ミルクにするそうだ。
食事をしていると龍之介の泣き声が。体は小さいのに、声はものすごい大きさである。まぁ元気で良いのだが、おしめを交換しても、抱き上げてもどうもぐずっている。妻曰く、日中はこういうのが日常茶飯事なのだが、あまり居合わせることが無い私は「何事か?」と思えて仕方が無い。仕方が無いのでミルクを急いで作ってもらい、それを飲ませる。泣き止んだ。ミルクの風呂は、誘眠効果抜群である。しかし、一日に出来る回数に限度があるのが難点だ。
先週の日曜も日中から酒を飲み始めたのだが、やはり昼間の酒と言うのは胃にダメージが大きい。4時頃にお客様が帰った後、急にぐったりと疲れが出てしまった。昼寝はしない派の私もさすがにつらくなり、自室で休むことにする。2時間仮眠をとった後、龍之介を風呂に入れるために、風呂掃除を開始。平日はあまり気合を入れて風呂掃除が出来ない分、休日にはしっかりと洗わなければ。ちょっとカビが出てきているところもあり…二ヶ月の赤ちゃんが入るので、どうにかしなくてはなぁ。カビキラー等で一掃したいのだが、今日はその余裕無し。そのうちやりましょう。
風呂掃除といえば、バスポリッシャーという電動たわしのようなものがあるのだが、あれは便利そうだなぁ。

最近、妻の調子も大分戻ってきたためか、息子を見に妻の友人がよく来るようになった。私としては一向に構わず、むしろゲストと話をしてしっかりと楽しんでいるほどである。
今日は妻が妊娠前に勤めていた会社の同僚がやってきた。大宮での仕事を終え、18:30位に来てくれたのだろう。妻は元気になったとは言えど、子供の世話があるのでそれほど気合の入った待遇をすることはまだ難しい。もう少し私が子供の世話を見られればよいのだが、食事の部分がどうにもならない。ミルクを作るってのは意外と大変である。使った後も消毒したりする必要があるし。
まだうちの子は人見知りをしたりする年ではない。逆に人が多くいて、会話をしているところにいる方が落ち着くようである。また、「あー」とか「うー」とか、彼なりにがんばって話をしているような気配すら感じられる。聴覚などの外部からの刺激は脳の発達に欠かせないという話を聞いた。そのためだけではないが、私は出来るだけ話しかけるようにしている。それに対しても「あー」、「うー」。
何を言っているのかはわからないけど、何だか嬉しいものです。

私の息子も生まれて一月半くらいが経過した。もうベビーバスではなく大人用の風呂に一緒に入って良いと言われていたので、本日決行することにした。
ほかの子と比較したことが無いので良くわからないのだが、うちの子は意外と風呂に入れやすい。湯船にさえ入ってしまえば、さほど騒ぐようなことも無い。体がムチムチしていてしわ(?)になっている部分がちょっと洗いにくいが、湯船に入って「ホゲホゲ」言っている間にささっと済ます。本によれば沐浴は5分程度でよいと書かれているが、ちょっと5分で一連の作業をするのは無理である。
ベビーバスでなくなることで、入浴そのものは楽になる。しかし、今まで1人でも入浴作業が出来たものの、大人用の風呂となると「風呂に入れる人」と「お風呂から出た後の世話をする人」の2人が必要になる。私が洗う役、妻が風呂のあとの世話役である。
一連の作業を見ると、まず私が風呂に入る。そこに妻が息子を連れてやってくる。まずはお尻を桶で洗い、ガーゼを体の上に乗せて湯船に入れる。ここで例によって泣き止む。ベビーバスの頃は足が風呂の底にとどいたが、今度はそうはいかない(そもそも二足歩行できるわけではないので、あまり意味は無いのか?)。私の腕の中で抱かれて風呂に入っている。ちょっと手を引いただけで大変な事態になるのだが、安心しきって体を私に委ねている。ここまで私を信じきっているんだなぁと不思議な気分。よほど気持ちが良いのか、寝てしまいそうになる。その後、湯の外に出し、空気で膨らむビニールマットの上において、体を洗う。いつもと同じように頭をまず洗い、その後に体を洗う。ベビーバスで洗うよりはとても楽である。また、シャワーが使えるところも大きい(ずっとシャワーの温度は気にし続けなくてはいけないけど)。シャワーで石鹸を洗い流したら、また一緒に風呂に入る。育児の先輩方に聞くと、気持ちよさのあまり、排泄行為をしてしまうことがあるらしい。小用は…まぁ許そう。大用は勘弁してくれー。
入浴が終わったら、妻に子を渡す。次は私の入浴である。風呂から上がるころには新しい服に着替えて、眠っている。入浴は疲れるのであろう。入浴後は数時間眠るので、その間に私たちの食事の時間となる。子供中心に時間が回っている我が家である。

生後一ヶ月経った息子の入浴担当、土日は私らしい。
あかちゃんというのはムチムチしていて、体に溝がいっぱいある。そこに汚れがたまるので、そのあたりを重点的に洗ってあげる。難しいのはのど。首を反らせなければならないので難しい。
入浴前、服を脱がせるとうちの子は泣き出す。体の上に何も無いということがよほど心細いらしい。ガーゼを乗せてあげて、適温にしたお湯に入れる。実に不思議なのだが、それまで泣いていたのに湯につかると泣き止み、嬉しそうな顔をする。お腹の中に居た頃の心地よさなのだと聞いたが、一歩間違えば危険な水である。不思議なものだ。
お湯から上がるとまた泣く。だが、バスタオルでくるむと泣き止む。今日は入浴後にとてもさっぱりしたのか、放尿してくれた(今日に限らず、どうも入浴後はやってくれる)。なかなか威勢のいい奴である。こんなんでも可愛いのだから、重症だ。

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